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2016年11月20日 (日)

映画「シークレット・オブ・モンスター(The Childhood of a Leader)」

00 この謎にヴェネチアがひれ伏した、というタグラインで宣伝していますので何事かと思えば、ヴェネチア映画祭のオリゾンティ部門で審査委員長のジョナサン・デミが絶賛し、2つの賞を獲得した作品だそうです。

いまだ四半世紀前の「羊たちの沈黙」で語られるデミ監督ですが、最近では「レイチェルの結婚」など家族にフォーカスした作品を撮っていますので、彼が評価した作品だということと、豪邸の廊下に美少年が立っている日本版ポスターの印象から「白いリボン」のような作品をイメージしていました。

しかしまったく違います。ひれ伏すほどの謎もありせん。監督は「メランコリア」にも出ていた俳優のブラディ・コーベット(Brady Corbet)で、初めて撮った本作がヴェネチアで評価されて話題を集めたようですが、謎というより思わせぶりな伏線が目立つ作品です。

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舞台は1918年のフランス。主人公の少年プレスコットの父親は国務長官を補佐する米国の政府高官で、ヴェルサイユ条約締結に向け、息子とフランス出身の妻を伴って赴任してきます。この3人家族が住むことになった郊外の大きな屋敷には、住み込みのメイドもいますし、プレスコットがフランス語を学ぶために(母親がフランス人にもかかわらず)家庭教師も雇っています。しかし、プレスコットはフランスでの暮らしが気にくわないようで、教会から出てくる人に石を放ったり、食事を拒否したりします。

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ここでポイントになるのが、ヴェルサイユ条約と石を放る少年のイメージ。

ヴェルサイユ条約、パリ講和会議で締結された対独平和条約のことですが、時の米国大統領ウッドロウ・ウィルソンの理想主義的な主張とは裏腹に、ドイツに過酷すぎる、連合国による復讐の産物だと批判された条約です。映画の中でもイタリアの身勝手さに触れられますが、連合国側は一枚岩ではなく、また条約締結後のドイツは賠償金の支払いに苦しみ、国民の不満の高まりがナチ党の権力掌握に繋がっていくわけです。

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そして石を放る少年ですが、この元ネタはムッソリーニの伝記だそうです。繊細そうに見えて暴力的だった少年時代を経て、教会に反駁する気持ちを持ちながら教会を利用して支持基盤を固めていったムッソリーニのイメージが、本作の主人公である少年の姿に投影されています。

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プレスコットは始終不満げです。その理由の1つは仕事にかまけて家庭を顧みない父親。それでいてプレスコットに対しては強権的で絶対服従を強います。そしてもう1つは身勝手で精神的に不安定な母親。ヒステリックに叱ったかと思えば、プレスコットを無視して放置します。映画ではあまりはっきりしませんが、メイドや家庭教師に対するふるまいを見る限り、おそらく愛情に飢えているのでしょう。

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そんなプレスコットと家族の日々を描いていき、最終章で独裁者となった後の姿が示されます。これが本作のテーマである“何が少年を独裁者へと変貌させたのか”という謎解きなのですが、大人になった主人公の顔を見て、結局それが理由?と肩すかしを喰った気分になりました。

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今ひとつピンとこなかったので、本作のベースとなったというサルトル「一指導者の幼年時代」を読んでみました。筑摩の全集に入ってる翻訳でしたが、これがなかなか読みにくくて理解するのも一苦労。訳文の正確性もちょっと微妙で、カルチェラタンをラタン地区としているのはいいとしても、アルメニアの紙という直訳からみると(たぶん紙香=アルメニアペーパーのことなので、この訳だと意味が通じない)、他の箇所でも意味を把握しないまま機械的に言葉を置き換えていそうです。

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そんなわけで信用できない翻訳でしたが、内容はといえば、少年時代は女の子のようだったリュシアンが、性的に不安定な青年時代を経て、自己を失いそうになりながら社会参加(アンガージュマン)していくというもの。年上の男性と関係をもったり娼館に出入りしたりといった主人公の行動がエディプスコンプレックスに起因するものだというフロイド的な考えや、ユダヤ人が嫌いだと主張するあたりで影響を受けているのかも知れませんが、あまり映画を理解する助けにはなりませんでした。おそらく少年時代のイメージを参考にしただけで、監督も着想を得たとしか言っていないので、これを原作と書いてしまうのは疑問です。

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ということで、良くいえば実験的、悪くいえば掴みどころのない映画です。ご覧になる際は、宣伝をみて期待し過ぎないようにしてください。

主だった出演者としては、主人公の子役として新人のトム・スウィート(Tom Sweet)、父親役でリアム・カニンガム(Liam Cunningham)、母親役で「ある過去の行方」「あの日の声を探して」のベレニス・ベジョ(Bérénice Bejo)、家庭教師役でステイシー・マーティン(Stacy Martin)、メイド役で「セラフィーヌの庭」のヨランド・モロー(Yolande Moreau)が出ている他、重要な役で「ディーン、君がいた瞬間」のロバート・パティンソン(Robert Pattinson)が登場します。

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公式サイト
シークレット・オブ・モンスター

[仕入れ担当]

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