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2018年4月 9日 (月)

映画「ペンタゴン・ペーパーズ(The Post)」

00 ベトナム戦争が泥沼化していた1971年。最高機密とされていた国防総省の調査報告書をスクープし、歴代の大統領が国民に虚偽の説明をしていたことを暴いたジャーナリストと、訴訟リスクを恐れず掲載を決めた新聞社幹部を描いた作品です。

監督は巨匠スティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)で、脚本は駆け出しのリズ・ハンナ(Liz Hannah)。2016年末に映画化権を獲得してすぐに映画化を決め、2017年春には脚本のリライトを「スポットライト」のジョシュ・シンガー(Josh Singer)に依頼、2017年5月末に撮影に入るという短期間のスタートだったそうです。

それにもかかわらず、主役であるワシントン・ポスト社主、キャサリン・グラハムをメリル・ストリープ(Meryl Streep)、編集主幹のベン・ブラッドリーをトム・ハンクス(Tom Hanks)が演じるという豪華な布陣が可能だったのもこの監督だからこそでしょう。

時代背景としては、スピルバーグが「すぐに公開すべき」と決断したこの一件に続き、ワシントン・ポスト紙は同じベン・ブラッドリーの指揮下でウォーターゲート事件をスクープし、それらがニクソン大統領の辞任へと繋がっていくことになります。ちなみに「スポットライト」に登場するボストン・グローブ紙の編集部長ベン・ブラッドリー・Jr.は彼の息子です。

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映画の幕開けはベトナムのロンアン省で従軍していた軍事アナリスト、ダニエル・エルズバーグが前線の悲惨な戦況を目の当たりにする1966年。米国に戻る機内で当時の国防長官ロバート・マクナマラに状況を伝え、それに同意していたはずの長官が、帰国後の記者会見でまったく逆の説明をしていることに失望します。その後、ランド研究所に移ったエルズバーグが、グリーンベレーの犯罪報道などに触れていくうちに決意を固め、自身も取りまとめに関与した“History of U.S. Decision-making in Vietnam, 1945-66”をコピーしてニューヨーク・タイムズ紙のニール・シーハン記者に渡します。

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その頃、ワシントン・ポスト紙では編集主幹のベン・ブラッドリーが、地方紙から一流紙への脱皮を目指して奮闘していました。彼の戦略は、ニューヨーク・タイムズ紙の動向を探り、スクープで遅れをとらないこと。映画の中でも、ニール・シーハンが姿を消したと聞いたブラッドリーが、インターンを送り込んでスパイさせる場面が描かれています。

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一方、ワシントン・ポスト紙の経営面では、自殺した夫の後を継いで社主兼発行人となったキャサリン・グラハムが、会社の事業基盤を固めるため株式公開の準備を進めている最中でした。映画では就任したばかりのような印象ですが、フィル・グラハムが亡くなった1963年8月から事実上のオーナーであり、1967年頃からは社主として、1969年からは発行人として活動していたようです。

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実際、ニューズウィーク誌のワシントン支局長だったブラッドリーをワシントン・ポスト紙へ移籍させたのもキャサリン・グラハムで、彼とその話し合いをしたのが1964年の暮れ、前任者のアル・フレンドリーと交代させたのが1965年11月だったいうことですから、もともと実行力のある人なのかも知れません。ついでながら、ブラッドリーは1961年にフィル・グラハムがニューズウィーク誌を買収した際の立役者の1人で、以前から信頼関係は強かったようです。

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映画の話に戻ると、本作の良いところは、政権の闇を暴くジャーナリストの正義を描くだけでなく、キャサリン・グラハムが社主としての覚悟を固めていく成長譚になっているところでしょう。

ジャーナリストの正義という点で政権のウソと対峙し、キャサリンの成長譚という点で女性の時代を象徴する、この時宜を得たアイデアをすぐさま作品にできるところがスピルバーグ監督の凄さ。スピード感だけでなく、新聞社の活版印刷機やゼロックスの旧式コピー機を当然のように見つけてくる作り込みの細かさも流石です。トム・ハンクス主演の「ブリッジ・オブ・スパイ」でも同じことを書きましたが、真摯な姿勢がみえる立派な作品だと思います。

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件の調査報告書を掲載したニューヨーク・タイムズ紙が記事の差し止め命令を受け、多くの報道機関が尻込みする中、ベン・ブラッドリーは後追いスクープに執念を燃やします。株式公開を間近に控え、会社の役員会はもちろん掲載反対ですし、マクナマラと個人的に親交があったキャサリン・グラハムも躊躇しますが、最終的に掲載に踏み切ります。その際、彼女が説得に使う言葉“Quality drives profitability”は座右の銘にしたいと思いました。

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もう一つ記憶に残ったセリフは、調査報告書を入手したワシントン・ポスト紙の記者、ベン・バグディキアンが言う“I always wanted to be part of a small rebellion”。彼のこの気持ちが困難な取材を成功させ、無責任な政府首脳部を追い込んでいくことになります。そしてこの場面でバグディキアンの隣にいたハワード・シモンズが、後にウォーターゲート事件のデスクとしてニクソン政権を葬り去るのです。

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同紙を所有するワシントン・ポスト・カンパニーは2013年、Amazon.com創業者のジェフ・ベゾスに買収されました。そのインタビューでベゾスが口にしたのが“Democracy Dies in Darkness”という言葉で、元々はウォーターゲート事件で活躍したボブ・ウッドワード記者の発言だとされています。

“民主主義は暗闇の中で死ぬ”。昨年2月からはワシントン・ポスト紙の公式のスローガンとして大々的に使われていますが、この危機感こそ“今すぐ”この映画を撮るべき理由なのだと思います。

公式サイト
ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書The Post

[仕入れ担当」

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