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2018年7月10日 (火)

映画「告白小説、その結末(D'après une histoire vraie)」

00 ロマン・ポランスキー(Roman Polanski)監督の新作です。前作「毛皮のヴィーナス」に続いて妻のエマニュエル・セニエ(Emmanuelle Seigner)が主役を演じ、フランス語での映画出演は13年振りというエバ・グリーン(Eva Green)、「ル・コルビュジエとアイリーン」「ダリダ」のヴァンサン・ペレーズ(Vincent Perez)、「ミックマック」「天才スピヴェット」のドミニク・ピノン(Dominique Pinon)が共演しています。

物語は、自殺した母親をモチーフにした半自叙伝的な小説がヒットし、次作が期待されている女流作家デルフィーヌが、彼女のファンと称する不思議な女性と出会ったことで、彼女のペースに巻き込まれ、精神的に不安定になっていくというもの。エル(フランス語で彼女を指すElleと同音)という名のその女性の存在がリアルなのかヴァーチャルなのか曖昧にしたまま展開するサスペンスです。

原作はデルフィーヌ・ドゥ・ヴィガン(Delphine de Vigan)の小説(原作と英訳は映画と同じ題名。邦訳は「デルフィーヌの友情」)で、ロマン・ポランスキー監督と、「アクトレス」「パーソナル・ショッパー」の監督オリヴィエ・アサイヤス(Olivier Assayas)が共同で脚本化しました。細部はかなり端折られていますが、ストーリーは概ね原作を踏襲しています。

この小説はゴンクール賞とルノードー賞を受賞し、フランスではかなり読まれたそうです。そういう場合、小説と映画とどちらが面白いか、映画化したのは正解なのかという話になるわけですが、これについては若干のネタバレを含みますので後で書きます。

01

映画の始まりは、ブックフェア(原作ではパリのSalon du livre)で行われたデルフィーヌのサイン会。そろそろ終わりにしようとしていたところに、デルフィーヌよりひとまわり若い女性が現れます。キリがないからとサインを断って内輪のパーティに移動したところ、キッチンで先ほどの女性と再会。この女性がエルで、会話しているうちに打ち解けていきます。原作ではパーティで会った見ず知らずのエルに、ファンから求められたサインを断ったことを後悔していると打ち明けて関係が始まる流れが自然ですが、映画のようにブックフェアで並んでいたファンが何故か内輪のパーティにいるという設定も不穏さを醸し出して良いと思います。

03

そうして出会ったデルフィーヌとエルは一気に親しくなっていきます。その理由の一つがデルフィーヌのスランプ。ヒット作の次作ということで期待がかかっている上に、前作で身内の不幸をネタにしたことに良心の呵責を感じています。そういったプレッシャーでなかなか書き出せないでいるところに、利害関係なく語り合える友人ができれば、気兼ねなく真情を吐露できます。そしてもう一つの理由は、原作では特にこの部分が強調されているのですが、エルの装いや身のこなしがデルフィーヌが理想とするスタイルだったから。

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映画ではエマニュエル・セニエが演じていることもあってゴージャスで自信に溢れたデルフィーヌですが、原作ではフォリ・メリクール通り68のエレベーター無しの7階に住み、Super Uやバスティーユのマルシェで買い物をする冴えない女性です。対するエルは常にきちんとした身なりとメイクで隙がありません。デルフィーヌは出会ったときのエルの着こなしを“ジェラール・ダレル(Gerard Darel)のブランド広告のようなシンプルモダン”で、彼女は“まさしく私が幻惑されてしまうタイプの女性”と表現します。エルの洗練された印象に魅惑され、惹きつけられるのです。

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元々コンプレックスが強い上に、今回は実力以上に評価されたのではないかと弱気になっていたデルフィーヌの心の隙間にエルはすっと入り込んできます。そして彼女の存在が次第に大きくなり、デルフィーヌの創作のみならず私生活にまで影響を与えるようになります。恋人のフランソワはエルの存在を訝しみますが、仕事で米国に発つことになってデルフィーヌを支えることができません。閉じた世界の中でデルフィーヌとエルの関係がどんどん煮詰まっていき、身動きがとれない段階まで進んでしまいます。

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小説家がファンに追い込まれていくという設定は「ミザリー」と似ています。このことは小説ではエピグラフで予め示されていて、3章から成る作品の1章と3章が「ミザリー」からの引用、2章は同じスティーヴン・キングの「ダークハーフ」からの引用です。この2作への言及がなくても、作家と主人公が同名である時点でお気づきかも知れませんが、この小説は一種のメタフィクションです。その面白さがうまく映画にとりこめず、TVドラマのような平板な仕上がりになっているような気がします。

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デルフィーヌは、半自叙伝的な小説が当たった後、次の作品をフィクションにしようと考えています。ところが多くの読者は彼女本人に興味と共感を抱いていて、エルも真実を書くべきだと迫ります。それ対してデルフィーヌは、フィクション(虚構)、オートフィクション(自伝的小説)、オートビオグラフィ(自伝)の境界は明確ではない、書く行為が真摯なものであれば、それが真実であろうが虚構であろうが関係ないと訴えるのです。そして、エクリチュール(書く行為)について、学生時代にロラン・バルト(Roland Barthes)やジェラール・ジュネット(Gérard Genette)、ルネ・ジラール(René Girard)、ジョルジュ・プーレ(Georges Poulet)を学んだ同士という立場で議論されます。

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また、映画でも会話にドン・デリーロ(Don DeLillo)、イアン・マキューアン(Ian McEwan)、ジェイムズ・エルロイ(James Ellroy)といった小説家の名を挟んで文学的な雰囲気を醸し出していましたが、原作小説に記されている小説家はよりマニアックです。

たとえばエルの空想の友達ジィジー(映画ではキキ)の話は、サリンジャー(J.D.Salinger)とグザヴィエ・モメジャン(Xavier Mauméjean)の小説の混合ですし、その他にもエルの作り話のネタとしてヴェロニク・オヴァルデ(Véronique Ovaldé)、アリシア ・エリアン(Alicia Erian)、ジェニファー・ジョンストン(Jennifer Johnston)、エマニュエル・ベルナン(Emanuel Bergmann)、ギリアン・フリン(Gillian Flynn)といった小説家の名が挙がります。

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ということで、いろいろと含みや仕掛けがあり、エンターテイメント性が高いサスペンスなのに適度に衒学的といったタイプの小説です。ですからこの映画、原作小説を読んでいて、ポランスキーとアサイヤスが2人がかりで手がけたと知って観に行くと、ちょっと期待ハズレかも知れません。だからといって映画がダメということではなく、役者も良いことですし、気軽なドラマとしてでしたら安心して観ていられる思います。

公式サイト
告白小説、その結末D'après une histoire vraie

[仕入れ担当]

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