スペイン

2019年3月25日 (月)

映画「マイ・ブックショップ(La libreria)」

00 久しぶりのイザベル・コイシェ(Isabel Coixet)監督作品です。5年ほど前に公開された「しあわせへのまわり道」を見損ねてしまいましたので、私としては「エレジー」「マップ オブ ザ サウンズ オブ トウキョウ」以来、10年ぶりの鑑賞ということになります。コイシェ監督は本作で「あなたになら言える秘密のこと」以来2度目となるゴヤ賞の作品賞・監督賞を受賞しています

原作は英国のペネロピ・フィッツジェラルド(Penelope Fitzgerald)が1978年に発表した小説「The Bookshop」。1979年に「テムズ河の人々(Offshore)」でブッカー賞を受賞した作家ですが、その前年に発表した「The Bookshop」は、彼女としては初めてショートリスト(最終候補作)に残った記念すべき作品です。

物語の舞台は英国サフォーク州の田舎町、時代は1950年代の終わり。主人公のフローレンスは戦争で夫を失った後、夫婦の夢だった書店を開こうとこの小さな町にやってきます。長い間、誰も使っていなかった古民家を買い取り、町で唯一の書店“THE OLD HOUSE BOOKSHOP”の開業に漕ぎ着けるのですが、町の有力者であるガマート夫人が横やりを入れてきて・・・というお話です。

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なぜガマート夫人が邪魔をするのかといえば、彼女が、この古民家を使ってアートセンターを開設しようと考えていたから。書店もないような田舎町にアートセンターが必要なのか、とも思いますが、現代の日本でも大規模開発では必ずアートセンター整備計画が盛り込まれますので、古今東西を問わず、権力者が手っ取り早く文化の香りをまとうベーシックな方法なのでしょう。

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そこにロンドンの書店で働いているときに亡夫と出会ったというフローレンスがやってきて、書店を開くというのですから、気に入るはずがありません。彼女が町の文化的アイコンとなり、インフルエンサーとしてのポジションを得るのは確実ですし、1950年代のことはわかりませんが、20世紀の英国には驚くほど高学歴な書店員がたくさんいましたので、田舎町の有力者が劣等感を抱くような経歴を持っていた可能性も大です。

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町の人たちも、排除こそしないものの、好意的に受け入れているというわけでもなさそうです。彼女の書店でアルバイトすることになる少女クリスティーンは、古民家の修繕を頼んだ職人の娘。仕事の少ない田舎町の人々からみれば、フローレンスは工事を発注でき、従業員を雇用できる金づると見られているのです。

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そんな町民の中に一人の変わり者がいます。妻を失って以来、ずっと海辺の屋敷に引きこもっているという老人エドモンド・ブランディッシュ。家事をクリスティーンの母親に頼んでいるぐらいですから、おそらく何らかの資産を運用して収入を得ているのでしょう。彼からフローレンスの元に、書籍を見繕って送って欲しいという依頼があり、彼女がレイ・ブラッドベリ「華氏451」を紹介したことで二人の交流が始まります。

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フローレンスに対してエドモンドが心を開いていることも気にくわないガマート夫人。甥の地方議員に頼んで、公益性のある建物は自治体がその用途を定めて収容できるという議案を提出させます。もちろん狙いは“THE OLD HOUSE BOOKSHOP”であり、フローレンスの影響力の芽を摘むことです。

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フローレンスの苦労の種はガマート夫人だけではありません。当時、流行の兆しを見せていたナボコフ「ロリータ」の仕入れで悩んだり、クリスティーンのアルバイトが児童労働にあたると糾弾されたりします。その結果、クリスティーンという仲間を失い、代わりに仕事を手伝うと申し出た元BBCのミロ・ノースがロクでもない男だった上に、唯一の支持者だったエドモンドもたおれ、どんどん追い込まれていってしまいます。

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そんなフローレンスを演じたのは「ベロニカとの記憶」でベロニカの母親を演じていたエミリー・モーティマー(Emily Mortimer)。クリスティーンから"You're too nice"とか”You're so kind"とか言われ続ける善良なキャラクターを好演しています。小売業を営んでいる身からすれば、この映画の教訓は“良い人過ぎてはダメ”ということでしょうか。彼女にはクリスティーンの逞しさが必要だったようです。

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その少女クリスティーンを演じたのはオナー・ニーフシー(Honor Kneafsey)。もう一人の味方、エドモンドを演じたのはビル・ナイ(Bill Nighy)。そして敵対するガマート夫人をコイシェ監督「エレジー」にも出ていたパトリシア・クラークソン(Patricia Clarkson)、ミロ・ノースをジェームズ・ランス(James Lance)が演じています。

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本作のナレーションを担当したのはコイシェ監督「あなたになら言える秘密のこと」に出ていたジュリー・クリスティ(Julie Christie)。トリュフォー監督「華氏451」の主演女優でもあります。映画の終盤で物語の語り手が誰なのか明かされ、この身もふたもない話にある種のオチをつけるのですが、そのシーンで映り込む壁に飾られている写真(写っている人が誰かはネタバレになるので書きません)は、おそらくコイシェ監督の作品です。

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彼女は写真家としても活躍していて、昨年末から今年の初めにかけて東京のセルバンテス文化センターで“イサベル・コイシェ写真展『フェイス』”を開催していました。入口すぐに「顔たち、ところどころ」のアニエス・ヴァルダ監督を撮った写真が飾られているあたりから想像できるように人の顔にフォーカスした展覧会で、コイシェ監督作品でお馴染みのセルジ・ロペス、ペネロペ・クルス、サラ・ポーリー、ティム・ロビンスといった俳優たちをはじめ、数多くの顔写真が飾られていました。

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公式サイト
マイ・ブックショップThe Bookshop

[仕入れ担当]

2019年3月18日 (月)

映画「ROMA ローマ」

00 話題作ですね。ヴェネツィア映画祭で金獅子賞、ゴールデングローブ賞で外国語映画賞と監督賞、米国アカデミー賞で外国語映画賞、監督賞、撮影賞を受賞し、英国アカデミー賞を含め外国語映画賞を競っていた「万引き家族」が、ことごとく割を食うことになりました。とはいえ、これだけの映画はなかなか出てこないと思いますので、是枝監督が不運だったというしかないでしょう。

アルフォンソ・キュアロン(Alfonso Cuarón)監督といえば、現在では、諸々の映画祭やアカデミー賞で監督賞を総なめにした「ゼロ・グラビティ」が有名かも知れませんが、なんといっても「天国の口、終りの楽園。」の監督ですよね。メキシコの普通の人々が活き活きと描かれていた名作でしたが、本作も1970年代のメキシコシティで暮らす家族の日常を捉えたもの。その家で働くメイドにスポットライトを当て、彼女が生活していく中で出会ういくつかの事件を描いていきます。

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舞台となるコロニア・ローマは市内の高級住宅地だそうで、住人の白人一家はキュアロン監督の家族がモデルとのこと。働いている二人のメイドはどちらも先住民で、彼女たちの会話はミシュテカ語になります。といっても、それなりの教育を受けているようで、当たり前にスペイン語を話すだけでなく、子どもとの会話で時制の間違いを指摘してあげたりもします。

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映画の冒頭は、石材の床タイルの映像。画面の外で何かを洗っているらしく、シャカシャカとデッキブラシでこする音が聞こえてきます。そしてバケツから捨てられた水が画面の中に流れ込んできて、その水に上空を飛んでいく飛行機が映り込みます。ただそれだけを長回しで見せるだけですが、その1カットで水の象徴性と作品の完成度の高さが伝わってくる素晴らしい映像です。

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二人のメイドはクレオとアデラ。この映画の主人公であるクレオは、アデラの従兄弟ラモンの友人であるフェルミンと恋に落ちるのですが、この男が問題ありで、物語の進展に伴ってそれが分かってきます。並行してこの白人一家の夫婦間にも問題があり、それも次第に決定的になっていきます。

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大人たちはそういった私的な悩みを抱えているのですが、子どもたちは幸せ一杯の毎日です。トーニョ、パコ、ソフィ、ペペの3男1女の兄弟は、メキシコの陽光の下、両親の財力と優しいメイドに護られて伸び伸びと暮らしています。ちなみに次男のパコが少年時代のアルフォンソ・キュアロンだそうです。

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どうやらこの家族、祖母テレサの振る舞いを見る限り、母親ソフィアの一族が資産家で、そこに父親アントニオが入ってきたというパターンのようです。それが原因で外部に安らぎを求めたのか、不倫に走ってしまった彼は最終的に家から出ていくことになります。

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またクレオが好きになるフェルミン、初めて二人きりになった場面でいきなり武術の形を披露してみせたりして、かなり変な男なのですが、実はメキシコ史の闇を象徴する存在として描かれています。というのは、彼が武術を習っているのは、おそらくロス・アルコネス(Los Halcones)という集団で、時の政権が反政府運動を潰すために秘密裏に作った組織なのです。

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映画の終盤で、クレオとテレサが家具屋に行き、デモをしていた学生たちが射撃されるところに遭遇しますが、これは120人あまりの犠牲者が出たコーパスクリスティの虐殺(La Masacre de Corpus Christi)で、それを主導した武装集団がロス・アルコネスです。

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有名俳優が出ていない映画ですが、武術訓練を指導するゾベック師を演じているラテン・ラヴァー(Latin Lover)は、メキシコではよく知られているプロレスラーだそうです。

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彼が訓練生に“すごいワザをみせる”といって、ヨガでいう木のポーズのような片足立ちをしてみせる場面があります。武術の秘技を期待していた訓練生たちは失笑しますが、それなら自分でやってみろと言われて、試してみると誰もできません。ところがただ一人、観衆のクレオだけが簡単に片足立ちできてしまいます。これは彼女の持つ聖性の顕れであり、終盤の空に向かって階段を上っていくシーンと繋がっているような気がするのですが、いかがでしょうか。

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ぬくもりを感じさせるモノクロ映像と、喜怒哀楽をあまり表面に出さないクレオの佇まいが大きな効果を生んでいる映画です。そんな彼女の内面が、ポスターに使われている海辺のシーンで一気に吹き出し、大きな感動を与えてくれます。彼女を演じたヤリッツァ・アパリシオ(Yalitza Aparicio)は本作でデビューを果たした元教師だそうですが、キュアロン監督のキャスティングの妙が光ります。

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その相手役のフェルミンを演じたホルヘ・アントニオ・ゲレーロ(Jorge Antonio Guerrero)もそれらしくて良かったと思いますが、面白いのはゴールデングローブ賞の授賞式の招待状を貰い、米国行きのビザを申請したところ、不法就労を疑われて却下されたというエピソード。ヤリッツァ・アパリシオやソフィアを演じたマリーナ・デ・タビラ(Marina de Tavira)はL.A.のプレミアに出席できたわけで、彼のそれらしさが裏目に出たのかも知れません。

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この映画、ご存じのようにNetflix限定で劇場公開はしないということでしたが、先週からイオンシネマでの公開が始まりました。今週からはいくつかのミニシアターでも上映されるようです。後方から生活音が聞こえてきたり、音響にも凝った作品ですので、劇場で見直すと新たな発見がありそうです。ということで、下の写真は“初イオンシネマ記念”に撮った1枚です。

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公式サイト
ROMA ローマ

[仕入れ担当]

2019年2月11日 (月)

RCRアーキテクツ展 夢のジオグラフィー TOTOギャラリー間

2017年プリツカー賞を受賞したスペインの建築家集団、ラファエル・アランダ、カルマ・ピジェム、ラモン・ヴィラルタの3人が設立したRCRアーキテクツ(RCR Arquitectes)の展覧会を見てきました。

スペイン・カタルーニャ地方にあるオロットを拠点に、土地や文化に寄り添いながら現代的なデザインを創り続けている彼らの歩みと、夢をテーマに進めているプロジェクトの紹介です。ちなみにオロットは、ジョイドアート(joid’art)の本拠地でもあるカタルーニャ州ジローナ県にあります。

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パンフレットの緑に囲まれた広大な敷地もまた、ジローナ県にあるガロッチャという場所。ここに研究施設や工房、宿泊施設、パビリオンなどを配した「ラ・ヴィラ」を計画中の彼らは、人びとが集い、学び、自然を空間として体感できる場を実現しようとしています。

そのなかには、長年にわたる日本との交流により生まれた「紙のパビリオン」があり、奈良県吉野町の人びとと協力し合い、吉野杉や和紙を用いて造るそうです。

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吉野の職人が建てたパビリオンの構造の一部や、吉野をめぐる旅を追ったドキュメンタリー映像、ドローイングなどを見ることができます。

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RCRアーキテクツ展 夢のジオグラフィー
https://jp.toto.com/gallerma/ex190124/
2019年3月24日(日)まで

[店長]

2019年1月20日 (日)

光の島 INSULA LUX シャネル・ネクサス・ホール

スペイン・バルセロナから北西20kmの場所に位置するサバデル(Sabadell)出身のアーティスト、アントニ・タウレ(Antoni Taulé)の個展を観てきました。

1970年から暮らしているというフォルメンテーラ島が舞台です。と言っても、世界有数のリゾート地を描いたそれではありません。暗い室内から光の差し込む方向を見ている構図で描かれた絵画作品と、額におさめられた写真と絵画のミクスト・メディア作品で構成されています。

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古びた建物から見える柔らかな光と地平線《Carrelage》は、過去に撮影した写真の一部に油彩で絵を描き加えて制作。過去と現在、現実と虚構、光と陰など相反するものが共存する作品に、不思議な感覚に包まれます。

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会場構成は、パリのオペラ座やバルセロナのカタルーニャ国立劇場など世界各地の劇場で舞台芸術を手がけた建築家でもあるアントニ氏自身によるものだそうです。本展のパンフレットに使われている絵画作品《L’ Énigme》ともリンクします。

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光の島 INSULA LUX
https://chanelnexushall.jp/program/2019/antonitaule/
2019年2月14日(木)まで

[店長]

2019年1月13日 (日)

映画「家へ帰ろう(El último traje)」

00_3 今年2本目の映画もスペイン語作品です。引退したアルゼンチンの仕立て屋が生まれ故郷のポーランドを目指すロードムービーで、その背景にはホロコーストの問題があるとはいえ、暗い映画ではありません。老いやジェネレーションギャップといった現代的なテーマまで織り込んだユーモアに溢れる人情ドラマです。

監督を務めたパブロ・ソラルス(Pablo Solarz)はアルゼンチンでは脚本家として実績のある人だそうで、本作は長編デビュー作のコメディ映画に続く長編2作目とのこと。父方の祖父がポーランド生まれのユダヤ人で、本作の主人公と同じく、ナチスによる迫害を逃れてアルゼンチンに渡ってきたそうです。生まれ故郷を目指すという展開は別の経験から得たアイデアだそうですが、細部には個人的な経験が織り込まれているようです。

映画の始まりは88歳になるアブラハムのホームパーティの場面。長年暮らした家を売り、老人ホームに移る彼の自宅に子どもや孫たちが集まっています。孫たちに囲まれた写真を撮ろうとしますが、孫娘の一人が写真に写りたくないと駄々をこね、アブラハムが言いくるめようとしますが、思うようにいきません。結局、モノで釣ることになるのですが、孫娘もなかなかのタフネゴシエターで、交渉に勝ったと思ったら負けていたという状況に……。笑いを取りながら、さりげなくアブラハムの性格とユダヤ人らしい金銭感覚を見せる上手な入り方です。

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すぐ後の場面で、アブラハムの左腕にある数字の入れ墨が映り込み、彼がナチスドイツの強制収容所に入っていたことわかります。また子どもたちとの会話を通して、アブラハムが最後に仕立てたスーツを、生まれ故郷で彼を救ってくれたキリスト教徒の友人に届けに行こうと考えていたことがわかります。

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アブラハムは戦中に負傷した右足がいくぶん不自由で、自力で歩けるとはいうものの、医者から脚の切断を勧められている身です。本人はその足を“ツーレス”と名付けて愛着を示しているように見えますが、tzuresというのはイディッシュ語でトラブルや苦労という意味だそうですので、自覚もあるのでしょう。長旅ができる身体ではありません。

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それでも行ってしまうのがアブラハム。本来ならヒースロー経由やシャルルドゴール経由でワルシャワまで飛ぶのが正解でしょうが、今晩すぐに出発したいと強引に頼み込み、マドリードまで飛んで鉄道でポーランドに向かうことになります。

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そのマドリードで、一休みしようと借りた部屋で問題が発生するのですが、それはさておき、その宿の主がマリア。彼女と、飛行機の中で出会ったミュージシャンのレオにいろいろと助けられることになります。

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そしてスペイン国鉄のAVEに乗り、フランス国鉄のTGVに乗り換えてパリのモンパルナス駅へ。タクシーで東駅に移動し、ベルリン経由でワルシャワへ。

アブラハムはポーランドという言葉を口に出すことさえ忌々しいと思っている人。ましてやドイツの土など踏みたくありません。東駅で路線図を見て、自分の経路がベルリン乗り換えだと気付いた彼は、ドイツを経由しないでワルシャワに行きたいと交渉しますが、もちろん現実的ではありません。

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そこで彼を助けてくれるのが文化人類学者のイングリッド。フランス人駅員との間をイディッシュ語を介して通訳してくれ、その後、スペイン語で会話することになるのですが、彼女がドイツ人だと気付き、ちょっとややこしいことになります。とはいえイングリッドの側にユダヤ人の歴史に対する理解があり、最終的にアブラハムも心を開くことになります。

彼女に自分の体験談を語る中で口にする言葉が“no es que me lo contaran… es que yo lo vi”(聞いた話じゃない、この目で見たんだ)。同じことをマドリードでも語っているのですが、やはりドイツ人との会話に出てくると重さが違います。この駅ベンチでの会話は、本作の見どころの一つではないかと思います。

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そして列車でワルシャワに向かうのですが、いよいよ足の状態が限界に達し、病院に担ぎ込まれることに。そこで彼の面倒を見てくれるのが看護婦のゴーシャ。最終的にはアブラハムの故郷であるウッチまで連れて行ってくれることになります。

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ちなみにワルシャワからウッチまで約140kmということですから東京から沼津あたりまでの距離です。大規模なゲットーがあった街で、戦中は強制収容所や絶滅収容所が置かれたとのこと。繊維業が盛んで、現在もテキスタイル美術館(Central Museum of Textiles)があるようですので、アブラハムが代々続く仕立て屋という設定とも関係がありそうです。

ということで生まれ故郷でのクライマックスに向かっていくのですが、頑固ジジイ役がよく似合うアブラハムを演じたのはアルゼンチンの舞台俳優ミゲル・アンヘル・ソラ(Miguel Ángel Solá)。1950年生まれですが、5年ほど前、共演したパウラ・カンシオ(Paula Cancio)という1985年生まれの女優との間に娘が生まれたそうで、映画の中のみならず、実生活でもモテモテのようです。

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マドリードのマリアを演じたのはスペインのベテラン女優、アンヘラ・モリーナ(Ángela Molina)。「抱擁のかけら」でペネロペ・クルス演じる主人公の母親役を演じた他、「シチリア!シチリア!」「星の旅人たち」「ブランカニエベス」などで重要な脇役を演じてきた人です。彼女はマドリード出身ですが、Canarias7の記事によるとホテルの撮影はカナリア諸島グランカナリアの Hotel Madrid で行われたようです。

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そして文化人類学者のイングリッドを演じたのはデュッセルドルフ生まれのユリア・ベアホルト(Julia Beerhold)、ワルシャワの看護婦ゴーシャを演じたのはポーランド人女優のオルガ・ボラズ(Olga Boladz)。その他、アブラハムがマドリードで会う娘のクラウディア役で「屋根裏部屋のマリアたち」のナタリア・ベルベケ(Natalia Verbeke)が出ています。

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公式サイト
家へ帰ろうThe Last Suit

[仕入れ担当]

2019年1月 7日 (月)

映画「シークレット・ヴォイス(Quién te cantará)」

00 新年初の映画紹介は“未体験ゾーンの映画たち2019”で観てきたこのスペイン映画。2016年春に日本公開された長編デビュー作「マジカル・ガール」で注目を集めたカルロス・ベルムト(Carlos Vermut)監督の最新作です。

往年の国民的歌手リラ・カッセンが表舞台から退いて10年。今も根強い人気があり、復活が望まれているスターです。スペインのアンダルシア地方、カディス湾の北側に位置するロタ(Rota)の豪邸で暮らしていますが、マネージャーで母親代わりのブランカは、印税収入が減っていて、このままの生活レベルを維持していくことは困難だと再起を促しています。

映画の幕開けはそんなリラがビーチの波打ち際に倒れ、ブランカが必死に蘇生処置をしているシーン。病院で意識を取り戻したリラですが、記憶喪失に陥ってしまったようで、いろいろなことが思い出せません。それでも、雑誌のページを折って作った舟に関心を持ったリラに、紙を開かせ、記事の写真を見せると、それがシャキーラだと認識します。続いてiPadに表示させた写真を見せ、それをリラだと認識したところでiPadがスリープして、リラ自身の顔が映ります。自分がリラであることを思い出した瞬間です。

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実はリラ、復帰コンサートのツアーが計画されていて、その皮切りとなるマドリード公演を間近に控えているのです。リラが入水した理由もそれと関係ありそうですが、何より重要なのはツアー開幕までに元通りのリラに戻ること。豪邸に戻ったリラはゴールドディスクが飾られた部屋でやみくもに練習します。とはいえ、仮に記憶が戻ったとしても10年に及ぶブランクを埋めるのは容易いことではありません。

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町はずれのカラオケバーで働くヴィオレッタは23歳の娘を持つシングルマザー。リラの大ファンで、彼女の歌なら振り付けまで完璧にこなせます。カラオケバーの動画サイトに投稿されていた映像を見つけたリラは、彼女に興味を持ちます。

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記憶喪失になったことが漏れてしまいますので、業界関係者の協力を仰ぐことはできませんが、ヴィオレッタのような部外者からアドバイスを受けるのなら、表沙汰になりにくいだろうという考えです。

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ブランカが意図を隠してヴィオレッタに近づき、守秘義務契約を結んでリラの練習への協力を依頼します。もちろんヴィオレッタは断りません。しばらくカラオケバーの仕事を休んでリラの豪邸に通うことになりますが、娘のマルタにもこの隠密行動のことは内緒ですので、カラオケバーに行くフリをして目くらまししています。

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23歳になっても働かずブラブラしているマルタ。どうやら若くして彼女を産んだヴィオレッタが引け目を感じ、必要以上に溺愛してしまったようです。その結果、マルタはヴィオレッタから小遣いをせびり、思い通りにならないと暴れて部屋を壊したり、自傷をちらつかせて要求を通す娘に育ってしまいました。そんな彼女がヴィオレッタの秘密の仕事を知ってしまったことで物語が大きく動いていきます。

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映画に出てくる主な登場人物は、リラとブランカ、ヴィオレッタとマルタの4人の女性ですが、10年前に亡くなったリラの母親もとても重要な人物です。つまり、リラと母親/ブランカ、ヴィオレッタと娘という2組の母娘の物語が軸となります。そういう意味で、スペイン映画らしい作品とも言えるでしょう。

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映画の終盤、娘が生まれて歌を諦めたとヴィオレッタが言います。それに対してリラが、私は母親のために歌い始めたと告白します。映画の原題を直訳すると“あなたに歌うのは誰か”という意味ですが、その答えを導くカギとなる会話です。最終的な解釈を観客に委ねるタイプの作品とはいえ、この会話のおかげで迷うことはありません。

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リラを演じたナイワ・ニムリ(Najwa Nimri)は歌手としての活動もしている女優さんで、古い作品ですが「アナとオットー」でアナを演じていた人です。最近は「雨さえも」や「ルート・アイリッシュ」にも出ていたようです。

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ヴィオレッタを演じたのは「マジカル・ガール」にも出ていたエバ・リョラッチ(Eva Llorach)。ブランカを演じたカルメ・エリアス(Carme Elías)は「カミーノ」のお母さん役で2008年ゴヤ賞の主演女優賞を受賞したベテランです。

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そしてマルタを演じたナタリア・デ・モリーナ(Natalia de Molina)は1990年生まれの若さで既に2度のゴヤ賞を受けているマラガ出身の女優さん。本作では微妙な役どころでしたが、今後の活躍に要注目ということで、次作はイサベル・コイシェ監督の「Elisa y Marcela」で主役を務めるようです。2017年の「マイ・ブックショップ」がようやく今年3月に日本公開されるなど、このところ日本での扱いが地味なコイシェ監督ですのでこの次作が日本公開されるかどうか微妙なところですが、期待したいと思います。

[仕入れ担当]

2018年11月13日 (火)

ラテンビート映画祭「ローマ法王フランシスコ(El Papa Francisco, un hombre de palabra)」

00 1999年の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」以降は、フィクションよりもノンフィクションの方がヒットしている感があるヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)監督。彼が敬愛する第266代ローマ法王、フランシスコへのインタビューを中心に構成されたドキュメンタリー映画です。

カメラに向かって語るインタビュー映像の合間に、さまざまな場所で行ったスピーチ映像が挟み込まれ、彼の考え方が明確に示されるのと同時に、これまで5年間の法王としての活動を俯瞰できる作りになっています。

タイトルを直訳すると“フランシスコ法王、言葉の人”といった感じでしょうか。映画の序盤で法王は、“世界の大部分は聞く耳を持たない”が大切なのは“少なく語り多く聞くこと”だと語ります。しかし法王が沈黙してしまうわけにはいきません。貧困や環境からテロや軍事衝突まで世界中の課題と向き合うフランシスコですが、ヴェンダース曰く“法王には言葉しか武器がない”。語り続けることが使命なのです。

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ヴェンダースは、フランシスコがいろいろと“最初”だったことを強調します。初めてアメリカ大陸から選ばれた法王、初めてのイエズス会出身の法王、初めてフランシスコを名乗る法王。特にその名に関連し、アッシジの聖フランシスコの生き方とのつながりに注目します。

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まず法王が語るのは貧困問題。世界の富の80%を20%の人が握っているという不平等を変えなくてはいけないと主張し、また飢えた人が大勢いるこの世界で、足るを知る大切さを説きます。これは法王のライフスタイルとして広く知られていることですが、アッシジの聖フランシスコが説いた清貧の思想と重なる部分でもあります。

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環境問題についても語るのですが、これも動植物と心を通わせ万物兄弟の思想を説いた聖フランシスコと繋がります。ちなみに映画「ローマ法王になる日まで」でもみたように、法王フランシスコは理系の出身。廃棄物を減らすために無駄なものを買わないという心がけを語るだけでなく、宗教における科学の重要性も力説します。

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また、ふいにドストエフスキーに言及したのも意外な感じでしたが、それより何より、自由の大切さを説いたくだりで、“どの神を信じることも自由、神を信じない自由もある”と言い切っていた包摂力には驚きました。

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世界中を旅している法王フランシスコ。スラムや被災地に行ったかと思えば嘆きの壁を前で祈り、ワシントンDCでは上下院議員に武器輸出の愚かさを説いて、セレブ用の装甲リムジンではなくミスタービーンのような小型車で移動します。テロや紛争に関する語りのリアリティは、混乱期のアルゼンチンでいろいろと苦労された法王ならではでしょう。

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良いお話が盛りだくさんで、クリスチャンではない私もいろいろと感銘を受けました。特に、人としての尊厳を保つために3つのT、即ちtrabajo(仕事)、terra(大地)、techo(天井=住居)が必要だという部分、終始一貫して共通善(common good:法王のいうun bien mayor)の大切さを強調していたことが印象に残っています。

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公式サイト
Pope Francis: A Man of His Word

[仕入れ担当]

2018年11月 7日 (水)

ラテンビート映画祭「アブラカダブラ(Abracadabra)」

00 このラテンビート映画祭で5年前に観た「ブランカニエベス」は、スペイン文化への愛情あふれるモノクロ映画で、ゴヤ賞10部門受賞という快挙を成し遂げた作品でした。

続くパブロ・ベルヘル(Pablo Berger)監督の最新作はガラッと趣向を変えて、カラフルな映像に彩られたコメディタッチのサスペンス。ホラーの要素もあり、サイコスリラーの要素もありといった盛りだくさんの人間ドラマです。

主人公カルメンの夫カルロスは、これから親類の結婚式に出るというのに、ギリギリまでTVにかじり付き、挙げ句の果てに教会の中でラジオ中継を聞きながら参列するといったサッカー狂。家庭内のことには見向きもしないばかりか、ことあるごとに妻と娘に怒鳴り散らすマッチョな男です。

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結婚披露宴でカルメンの従兄弟ペペが催眠術の余興を行うのですが、誰も被験者になりたがらず、常々インチキだと馬鹿にしていたカルロスが悪のりしてステージに上がります。一瞬、催眠術にかかったように見せかけ、観衆の注目を集めるのもカルロスの悪ふざけの一部。ペペに悪態をつき、笑いものにしながらステージから降ります。

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もちろんカルメンは不機嫌になりますが、どうやらこういうことは日常茶飯事のようです。娘のトニも、カルロスの行いを気にしていないというより、存在を無視している感じでやり過ごしています。

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ところが、カルロスに大きな変化が現れます。サッカーへの情熱がなくなったばかりか、カルメンのために朝食を用意したり、掃除機をかけたり・・・。トニの勉強の手伝いまでして、明らかに今までのカルロスではありません。

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カルメンはペペの催眠術のせいではないかと思うのですが、ペペの師匠であるドクター・フメッティの見立てでは、カルメンへの思いを抱いて1983年に亡くなったティトが憑依しているとのこと。そしてカルメンとペペは憑きものを落とすために奔走することになります。

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タイトルの“アブラカダブラ”は、催眠術の呪文として使われる他、スティーヴ・ミラー・バンドの同名の曲が80年代風のディスコの場面でかかります。その曲に合わせて繰り広げられるダンスシーンといい、続けて10ccの“I'm Not in Love”がかかるあたりといい、1963年生まれの監督らしさが出ていると思いました。

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終映後にはパブロ・ベルヘル監督のティーチインがありました。サービス精神にあふれた人で、いろいろお喋りをして観客を涌かせていましたが、印象に残ったのは、催眠術にかかっていたのはカルロスだけではないというお話。カルメンには“結婚生活とはこんなものだ”という諦めがあったわけで、そういった思い込みからの解放を描いた映画でもあるということでした。確かにエンディングのカルメンの表情は希望と力強さに満ちています。

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そのカルメンを演じたマリベル・ベルドゥ(Maribel Verdú)は「ブランカニエベス」で継母役だった人。「天国の口、終りの楽園。」をはじめ多くの作品に出演しているベテラン女優で、この映画も彼女の魅力と演技力に支えられている部分が大きいと思います。

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そしてカルロスを演じたのは、スペイン映画ファンにはおなじみのアントニオ・デ・ラ・トレ(Antonio de la Torre)。このブログでも「気狂いピエロの決闘」「刺さった男」「アイム・ソー・エキサイテッド!」「マーシュランド」「静かなる復讐」「ゴッド・セイブ・アス」と多数ご紹介している人気俳優です。

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娘のトニを演じたのは、アルモドバル監督の「ジュリエッタ」で失踪したアンティカの少女時代を演じていたプリシラ・デルガード(Priscilla Delgado)で、まだミドルティーンながら既に7年以上のキャリアがあるというプエルトリコ出身の子役。ペペを演じたホセ・モタ(José Mota)は「刺さった男」の主役ですね。

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上映前にこの映画祭のプロデューサーであるアルベルト・カレロ・ルゴが登壇した際、自分に似ている人が出ていると言っていたのは、このホセ・モタのことでしょう。またアルベルトは、本作のロケ地となったマドリードのカラバンチェル(Carabanchel)地区の出身だそうで、いろいろと縁のある映画だと言っていました。

ちなみに、ベルヘル監督の奥様は原見夕子さん(Yuko Harami)という日本人写真家で、彼の一連の作品でプロデューサーを務めている他、本作では字幕翻訳も担当されています。

[仕入れ担当]

2018年11月 5日 (月)

ラテンビート映画祭「カルメン&ロラ(Carmen y Lola)」

00 今年で15年目というラテンビート映画祭、第1作目はビルバオ出身の女性監督アランチャ・エチェバリア(Arantxa Echevarria)初の長編劇映画です。

マドリード郊外で暮らす16歳の少女ロラの初恋の物語。美しい映像で女性同士の恋愛を描いていく繊細な作品ですが、登場人物がヒターノ(ジプシー)だということがシンプルなラブストーリーに複雑さを与えています。

ロラが恋する相手は1つ年上のカルメンで、それぞれの親が商いをしている青空市場で出会います。

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ロラは自分が女性に惹かれることに気づいていますが、カルメンはそうではありません。結婚して母になるのが当たり前だと考えていて、数日後に婚約式を控える身です。

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ロラの夢は大学に進んで教師になること。対するカルメンは、自分の夢は可愛いらしい美容室を開くことだと言うのですが、それを聞いたロラは、ヒターナ(ヒターノの女性)の仕事イコール美容師という紋切り型を批判します。

エチェバリア監督によると、とりたてて能力のないヒターノの少女にとって職を持つことも自立することも遠い夢で、誰かの妻として生きるしかないのが現実だそうです。そういった背景は、ロラが好んで描き、またカルメンのピアスのモチーフでもある、羽ばたく鳥で表現されています。

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その後、二人はカルメンの婚約式で再会し、カルメンの婚約者がロラのいとこであることを知ります。この場面で執り行われるヒターノの婚約儀礼は見どころの1つですが、ストーリー的には彼らのコミュニティの狭さと互いに監視し合う日常が示されます。

映画の舞台になっているマドリード北東部のオルタレサ(Hortaleza)という地域は、歴史的に政府による強制移住先だったそうで、いまも監視塔(→map)が残っています。時折、画面に映り込む監視塔が彼女たちの生活を象徴するかのようです。

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カルメンは友だちだと思っていたロラが自分に好意以上の気持ちを抱いていることに気付いて衝撃を受けます。一時的にロラを避けるようになりますが、彼女との付き合いを通じて、ヒターノ社会の閉鎖性やマチスモを押し通す父親や婚約者への疑問が芽生えていたのでしょう。再びロラと会うようになります。

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カルメンがロラに“(誰かと)キスしたこともないのにどうして(自分がレズビアンだと)気づいたの?”と質問すると、ロラは“(女性と)キスしたこともないのにどうして(自分は)違うと思うの?”と質問を返します。二人の関係が変わっていく瞬間です。

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彼女たちが暮らす社会で同性愛は禁忌であり、呪われた病気として扱われています。カルメンが婚約を解消したことで面目を失った家族たちは激怒し、彼女たちの関係を知ったロラの両親は悲嘆に暮れます。そして彼女たちは居場所を失うわけですが、その後の二人の選択が美しいサンタンデールの風景に繋がっていくところもこの物語に希望をもたらしていると思います。

終映後に元宝塚女優でLGBTアクティビストの東小雪さんを交えてエチェバリア監督のティーチインが行われました。

Carmenlola

いろいろと映画の背景が語られましたが、中でも驚いたのは、出演者全員が素人であり、ヒターノであるということ。喫煙シーンがあると言った途端に“結婚できなくなる”と断ってくるヒターナが一般的な中、同性愛の役を演じた主役二人には、登場人物と同じレベルの大きな決断が必要だったと思います。ちなみに、ロラの父親は工事現場の警備員、母親はバリェカス(Vallecas)市場の青果商として働いている人だそうで、それぞれその場で声をかけ、一本釣りしてきたそうです。

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また、上に記した通りオルタレサというのは特殊な地域ですので、そこでヒターノの協力を得ながら、彼らの旧態依然とした考え方を否定するような映画を撮れるようになるまでには長い時間がかかったようです。監督は、2009年にヒターナのレズビアンカップルが誕生したという報道を見てこの企画を考え始めたそうですが、その後、6年間かけて彼らのコミュニティに入り込んでいったと言っていました。

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おかげで、この映画ではさまざまなヒターノ独特のカルチャーを垣間見ることができます。また同時にネガティブな部分、たとえばDVや貧困の問題だったり、十分な教育を受けられない現実だったり(ロラの母親は文盲です)、ヒターノ以外のスペイン人(字幕では“白人”となっていました)への嫌悪感といった表面化しにくい部分を知ることもできます。ヒターノのDVについては、肋骨が折れるほど暴力を振るわれても離婚できなかったと言っていた「ラ・チャナ」を思い出しました。

いずれにしても監督の熱意が理想的な形で結実した素晴らしい作品です。日本での一般公開は予定されてないようですが、機会があれば是非ご覧になっていただきたい映画だと思います。

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[仕入れ担当]

2018年8月13日 (月)

映画「ラ・チャナ(La Chana)」

00 伝説のフラメンコダンサー、アントニア・サンティアゴ・アマドア(Antonia Santiago Amador)の半生を題材にしたドキュメンタリーです。

コスタ・ブラバ(カタルーニャ州北東部の海岸地域)で暮らすヒターノ(ジプシー)の家庭に生まれ、ラジオの音を頼りに独学で踊りを体得したアントニア。フラメンコ・ギタリストだった叔父のエル・チャノに見出され、14歳からトッサ・デ・マール(Tossa de Mar)にある店で踊り始めたそうです。彼女のステージ・ネームであるラ・チャナは、エル・チャノの女性形ですね。彼女曰く、賢いという意味があるそうです。

その後の人生はまさに波瀾万丈です。パワフルな踊りで人気を集めますが、彼女の活躍に嫉妬した夫から妨害され、突如として姿を消します。映画の中でこの夫のことは“娘の父親”としか言わず、直接言及することはありませんが、ミゲル・デ・レオン(Miguel de León)というギタリストだったようです。このステージ・ネームだと、スペイン北部の人だったのでしょう。妊娠がわかってすぐ、サンタンデールに移ったというお話とも辻褄が合います。

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離婚を経て復帰し、現在71歳。もう立って踊ることは難しいので、ステージでは椅子に座った状態でサパテアード(足の踏み鳴らし)を見せ、聞かせるのですが、それでも鳥肌が立つほどの迫力です。何かにつけてコンパス(compás:拍子やリズムのこと)について熱く語る彼女、最後にはアルマ(alma:魂)の話に行き着くあたりに、いろいろと苦労した人ならではの人生観が滲みます。猛スピードで足を踏み鳴らす超絶技術もさることながら、彼女のチャーミングな生き方も見どころの一つでしょう。

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1946年生まれの彼女が最初に注目を集めたのは、バルセロナのタブラオ、タラントス(Los Tarantos)で踊っていた18歳のときだそうです。毎晩のようにヒョウ(ocelot)を抱いたダリ(Salvador Dalí)が彼女の踊りを観に現れ、19歳のときにはピーター・セラーズ(Peter Sellers)にスカウトされて映画出演も果たします。1977年にはホセ・マリア・イニゴ(José María Iñigo)のテレビ番組「Esta noche...fiesta」に出演して一気に知名度が高まりますが、その収録の際、夫からの暴力であばら骨が2本折れた状態で踊ったといいますから何とも壮絶です。

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それというのも、ヒターノの伝統で夫に逆らえなかったからだそう。彼女の評価が高まるにつれ、夫からの暴力も激しくなり、32歳でステージを去ることになります。その後、7年間のブランクを経て1985年にステージに戻って来るわけですが、次の結婚相手が映画に登場するフェリックス(Félix Comas Itchart)。子どもの頃から知っている同郷の魚屋だそうで、いかにも温厚そうな男性です。ちなみに2人ともカタルーニャ出身ですが、本作での会話はすべてカステリャーノ(いわゆるスペイン語)です。

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現在は、優しい夫と暮らし、自宅に訪ねてきたフラメンコ界の大御所、アントニオ・カナーレス(Antonio Canales)からは“カルメン・アマヤの後、神が遣わしたフラメンコの女王”と讃えられる存在。

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映画にはカルメン・アマヤ(Carmen Amaya)の血を引くカリメ・アマヤ(Karime Amaya)も出ていますが、彼女からも崇められ、とても幸せそうです。

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一時は忘れられつつあったラ・チャナを知り、映画化まで漕ぎ着けたのがクロアチア出身のルツィア・ストイェヴィッチ(Lucija Stojevic)監督。これまでもバルセロナを拠点にさまざまなドキュメンタリー作品を発表してきたそうです。

本作は、表面的にはフラメンコダンサーの生涯を描いた映画ですが、背景にあるヒターノの生活を見せつつ、そこから派生する形で家庭内暴力の問題、女性のキャリアの問題に触れていく重層的なもの。制作過程で意識したのがサラ・ポーリー監督「物語る私たち」というのも頷けます。また、ラ・チャナのメイク中の表情や、妙な柄のパジャマ姿まで映像に収めている信頼関係には驚かされます。

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このブログでは3週にわたって、「悲しみに、こんにちは」「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」、そして本作と、スペイン語の映画を取りあげて来ましたが、3作すべてが女性監督でした。時代は変わりつつありますね。

公式サイト
ラ・チャナLa Chana

[仕入れ担当]

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