スペイン

2018年8月13日 (月)

映画「ラ・チャナ(La Chana)」

00 伝説のフラメンコダンサー、アントニア・サンティアゴ・アマドア(Antonia Santiago Amador)の半生を題材にしたドキュメンタリーです。

コスタ・ブラバ(カタルーニャ州北東部の海岸地域)で暮らすヒターノ(ジプシー)の家庭に生まれ、ラジオの音を頼りに独学で踊りを体得したアントニア。フラメンコ・ギタリストだった叔父のエル・チャノに見出され、14歳からトッサ・デ・マール(Tossa de Mar)にある店で踊り始めたそうです。彼女のステージ・ネームであるラ・チャナは、エル・チャノの女性形ですね。彼女曰く、賢いという意味があるそうです。

その後の人生はまさに波瀾万丈です。パワフルな踊りで人気を集めますが、彼女の活躍に嫉妬した夫から妨害され、突如として姿を消します。映画の中でこの夫のことは“娘の父親”としか言わず、直接言及することはありませんが、ミゲル・デ・レオン(Miguel de León)というギタリストだったようです。このステージ・ネームだと、スペイン北部の人だったのでしょう。妊娠がわかってすぐ、サンタンデールに移ったというお話とも辻褄が合います。

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離婚を経て復帰し、現在71歳。もう立って踊ることは難しいので、ステージでは椅子に座った状態でサパテアード(足の踏み鳴らし)を見せ、聞かせるのですが、それでも鳥肌が立つほどの迫力です。何かにつけてコンパス(compás:拍子やリズムのこと)について熱く語る彼女、最後にはアルマ(alma:魂)の話に行き着くあたりに、いろいろと苦労した人ならではの人生観が滲みます。猛スピードで足を踏み鳴らす超絶技術もさることながら、彼女のチャーミングな生き方も見どころの一つでしょう。

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1946年生まれの彼女が最初に注目を集めたのは、バルセロナのタブラオ、タラントス(Los Tarantos)で踊っていた18歳のときだそうです。毎晩のようにヒョウ(ocelot)を抱いたダリ(Salvador Dalí)が彼女の踊りを観に現れ、19歳のときにはピーター・セラーズ(Peter Sellers)にスカウトされて映画出演も果たします。1977年にはホセ・マリア・イニゴ(José María Iñigo)のテレビ番組「Esta noche...fiesta」に出演して一気に知名度が高まりますが、その収録の際、夫からの暴力であばら骨が2本折れた状態で踊ったといいますから何とも壮絶です。

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それというのも、ヒターノの伝統で夫に逆らえなかったからだそう。彼女の評価が高まるにつれ、夫からの暴力も激しくなり、32歳でステージを去ることになります。その後、7年間のブランクを経て1985年にステージに戻って来るわけですが、次の結婚相手が映画に登場するフェリックス(Félix Comas Itchart)。子どもの頃から知っている同郷の魚屋だそうで、いかにも温厚そうな男性です。ちなみに2人ともカタルーニャ出身ですが、本作での会話はすべてカステリャーノ(いわゆるスペイン語)です。

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現在は、優しい夫と暮らし、自宅に訪ねてきたフラメンコ界の大御所、アントニオ・カナーレス(Antonio Canales)からは“カルメン・アマヤの後、神が遣わしたフラメンコの女王”と讃えられる存在。

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映画にはカルメン・アマヤ(Carmen Amaya)の血を引くカリメ・アマヤ(Karime Amaya)も出ていますが、彼女からも崇められ、とても幸せそうです。

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一時は忘れられつつあったラ・チャナを知り、映画化まで漕ぎ着けたのがクロアチア出身のルツィア・ストイェヴィッチ(Lucija Stojevic)監督。これまでもバルセロナを拠点にさまざまなドキュメンタリー作品を発表してきたそうです。

本作は、表面的にはフラメンコダンサーの生涯を描いた映画ですが、背景にあるヒターノの生活を見せつつ、そこから派生する形で家庭内暴力の問題、女性のキャリアの問題に触れていく重層的なもの。制作過程で意識したのがサラ・ポーリー監督「物語る私たち」というのも頷けます。また、ラ・チャナのメイク中の表情や、妙な柄のパジャマ姿まで映像に収めている信頼関係には驚かされます。

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このブログでは3週にわたって、「悲しみに、こんにちは」「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」、そして本作と、スペイン語の映画を取りあげて来ましたが、3作すべてが女性監督でした。時代は変わりつつありますね。

公式サイト
ラ・チャナLa Chana

[仕入れ担当]

2018年8月 6日 (月)

映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス(Buena Vista Social Club: Adios)」

00 もう18年も経つのですね。ヴィム・ヴェンダース監督が撮ったキューバの老ミュージシャンたちのドキュメンタリー「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の続編が公開されました。

ミュージシャンたちのその後を中心に、彼らの生い立ちから前作で登場したコンサートシーンの裏側まで見せてくれます。監督はずっとドキュメンタリーを撮っている英国人女性のルーシー・ウォーカー(Lucy Walker)で、ヴェンダースもプロデューサーとして参加しています。前作の撮影シーンで映るヴェンダースが若くてびっくりです。

映画の始まりで登場するのは本作でナビゲーター的な役割を務めるファン・デ・マルコス・ゴンザレス(Juan de Marcos González)。Afro-Cuban All Starsのバンドリーダーとして老ミュージシャンと交流していた彼が、ライ・クーダー(Ry Cooder)のプロジェクトに参画したことでアルバム“ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ”が生まれたわけですから、重要な立役者の1人と言えるでしょう。

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彼が赴いた先は、ダンスクラブ“Buena Vista Social Club”があった場所。昔は白人用と黒人用のクラブが分けられていて、“Buena Vista Social Club”は黒人用のクラブとしてたいへん賑わっていたそうです。現在は民家やスポーツジムとして使われているようですが、床のタイルなどは往時のままとのこと。その伝説のクラブが閉鎖されて半世紀後の1997年、そこで活躍した老ミュージシャンたちに再び脚光が当たることになります。

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今回の映画の中で、キューバとの国交回復を為し遂げたバラク・オバマ大統領(当時)が、ホワイトハウスに彼ら(といってもオリジナルメンバーのほとんどが亡くなっていましたが)を招いたときの映像が使われていますが、オバマ氏もアルバム“Buena Vista Social Club”のリリース時にCDを買ったと語っていました。それほど大ヒットしたアルバムに続き、ヴィム・ヴェンダースのドキュメンタリー映画を通じて世界中から知られるようになるわけです。

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その中心メンバーの1人、ヴォーカルのイブライム・フェレール(Ibrahim Ferrer)は、このアルバムが録音される前まで、音楽から離れて靴磨きで生計を立てていたそうです。誰かがオマエのことを探していたぞと言われ、カネを払ってくれるならということで招聘に応じたと語っていました。物乞いのラザロを篤く信仰しているというイブライム、それまでの苦労あってのことかも知れませんが、ステージ上でのサービス精神も旺盛で、おそらく最も人気のあるメンバーだったのではないでしょうか。

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彼と双璧をなす人気者、コンパイ・セグンド(Compay Segundo)は常に変わらないダンディーなスタイルで登場。街の人々に囲まれて語らうシーンでも、ポジョ(鶏肉)もアモーレ(愛)もほどほどがいい、と色男らしい警句を振りまきます。映画のタグラインに使われている“Las flores de la vida llegan tarde o temprano, pero sólo llegan una vez”(人生の開花は遅かれ早かれやってくるが一度だけだ)も彼らしい喩えで洒落てますね。

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コンパイ・セグンドとピアニストのルベーン・ゴンサーレス(Rubén González)が2003年に亡くなり、イブライム・フェレールも2005年に亡くなっていますが、バンドのディーバであるオマーラ・ポルトゥオンド(Omara Portuondo)は87歳になる今も健在です。彼女は若い頃、姉と一緒に4人組みのコーラス・グループに参加していたそうで、当時の映像が使われているのですが、歌の上手さも踊りのキレも際だっていました。生まれながらのスターなのでしょう。

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本作もオリジナル版の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と同じく、ハバナの街なかの風景がふんだんに登場します。また、イブライム・フェレールやコンパイ・セグンドの出身地であるサンティアーゴ・デ・クーバも取りあげられています。どちらも海岸線が美しい街で、風情ある街並みを観ているだけで今すぐ旅に出たくなってしまいます。

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またここで暮らす人々も魅力的です。誰もが身体に音楽が染み込んでいる感覚というのでしょうか。オムニバス映画「セブン・デイズ・イン・ハバナ」に、エミール・クストリッツァがタクシー運転手のジャム・セッションに案内され、素晴らしいトランペットに魅了されるという一編がありますが、ああいうことが普通に行われていそうな雰囲気があります。

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そしてみんな明るく元気なこと。ラムは飲むし葉巻は吸うし、まったく健康的な暮らしには見えませんが、コンパイ・セグンドは95歳まで、ルベーン・ゴンサーレスは84歳まで生きました。イブライム・フェレールは78歳と、彼らの中では短命な方かも知れませんが、亡くなる2週間前までヨーロッパ公演のステージに上がっていたそうで、そんな生き方に憧れます。

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日本からのメキシコ直行便も増え、ほんの少し行きやすくなったキューバ。米国の旅行産業に荒らされる前に訪れておきたいものですね。

公式サイト
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス

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2018年7月30日 (月)

映画「悲しみに、こんにちは(Estiu 1993)」

00 2017年のベルリン映画祭で新人賞(GWFF Best First Feature Award)を受賞し、ゴヤ賞でも各賞に輝いた作品です。カタルーニャ出身の女流監督、カルラ・シモン(Carla Simón)の長編デビュー作。昨年のラテンビート映画祭で上映予定だったものが中止となり、今は渋谷の単館のみですが、ようやく日本でも観られるようになりました。

3年前に他界した父親に続いて母親も亡くなり、孤児となった6歳の少女フリダが叔父夫婦に引き取られて、バルセロナからジローナの田舎に移ることになるというお話です。

映画の大部分がフリダの日常を捉えた映像で、全般的にまったりと進んでいくのですが、エンディングで一気に引き込まれることになります。というか、このシーンを撮りたくてこの映画を作ったのだろうと思うほど、最後の一瞬に感動が凝縮されている作品です。

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原題はカタラン(カタルーニャ語)で“1993年の夏”という意味。少女フリダのひと夏の経験を描いた映画なのですが、ポイントの一つがこの1993年という年。映画の冒頭で母親が肺炎で死んだことを訝しむ会話が交わされますので、勘の良い方ならすぐ気付くと思いますが、少女の両親はおそらくエイズで亡くなっています。映画の中では具体的な病名を示さず、たとえば転んで出血をしたフリダの扱いなどで、それとなく伝えます。

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90年代前半は「BPM ビート・パー・ミニット」でも描かれていたように、エイズに対する理解と周知が不十分で、わからないものに対する恐怖心が差別を生んでいた時代です。さらに、本作の主人公はバルセロナの都市部からジローナの山村に移り住むことで、都会と田舎の情報格差にも直面することになります。田舎の人の方が保守的で、未知のものへの忌避感が強いのは世界共通の傾向でしょう。

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ジローナと言われてもピンとこないかも知れませんが、マドリードを東京、バルセロナを大阪に喩えれば、京都や奈良のような位置付けの古都で、モナドの取り扱いブランドであるジョイドアート(joid’art)の本社もここにあります。

街の中心はそれなりに賑わっていますが、少し外れると途端に人の気配がなくなる田舎らしい地域で、2011年のゴヤ賞に輝いた「ブラック・ブレッド」は、ジローナの山奥の閉鎖性と森に住む精霊の伝説をフランコ政権下の闇に絡めて描いた秀作でした。

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ちなみに、少し前に話題になったカタルーニャ独立運動の中心もこの界隈で、カルラ・シモン監督の出身地であり、本作のロケ地にもなっているラス・プラナス(Les Planes d'Hostoles)に向かう街道沿いに、カルラス・プッチダモンの故郷アメール(Amer)があります。この映画の中でも、フリダの新学期の準備を手伝っている叔母が“国語というのはカタランのことよ”と言い添えるシーンや、村祭りでフリダがサニェーラ(カタルーニャ旗)を振るシーンが描かれています。

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フリダを引き取ることになる叔父エステバは、妻のマルガ、娘のアナの3人家族。両親と姉(フリダの祖父母と母)がバルセロナ在住であることから、どうやら田舎暮らしに憧れて当地で暮らし始めた人のようです。リゾート施設のようなプール併設のカフェで働きながら、自宅の畑でキャベツやレタスを育て、夜はジャスを聞いたりギターを奏でたりして、ゆったりと暮らしています。

それに対してフリダは、母親の入院中から祖父母と叔母に甘やかされて家事をしたこともありませんし、家の中にハエがいることさえ不快です。その上、猫アレルギーで蕁麻疹が出るのですが、両親の病気の一件がありますので村の診療所で何度も血液検査を受けることになり、ここでの暮らしがイヤで仕方ありません。

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それでも、村の子どもたちの遊びに加わるなど彼女なりに努力して、少しずつ田舎暮らしを受け入れていきます。エステバとマルガはひたすら愛情を注いでくれますし、アナとも仲良しになりました。母親や都会が恋しいと思う反面、自分が置かれている状況もわかっています。わがままな子どものフリダと、社会性のある賢いフリダが相克している感じです。

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わがままな子どものフリダは、ときに残酷なイタズラをして周りの大人たちを困惑させます。アナにイジワルしたり、祖父母が訪ねてきたときに一緒に帰りたがったり、祖母がくれたパジャマが気に入らなくて捨てようとしたり……。

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田舎暮らしに馴染めない自分が、田舎の人たちから嫌われているのではないかという疑念も消えません。表面的には明るく振る舞いながら、内面的にはギリギリ一杯一杯なところで踏ん張っているわけです。

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そんな難しい演技をこなしたのが、オーディションで選ばれたライア・アルティガス(Laia Artigas)というバルセロナ出身の少女。そしてアナを演じたパウラ・ロブレス(Paula Robles)。この2人の演技が映画の成功の9割以上を占めていると思います。

都会育ちの少女のちょっと小賢しい部分と、田舎育ちの少女の地に足の付いた強さが、さまざまな場面で対照的に描かれ、映画の面白さの核になっています。これは演技というより個性なのでしょう。素晴らしいキャスティングです。

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叔父エステバを演じたダビド・ヴェルダグエル(David Verdaguer)、叔母マルガを演じたブルーナ・クッシ(Bruna Cusí)、祖父アヴィを演じたフェルミ・レイザック(Fermí Reixach)、祖母を演じたイザベル・ロカッティ(Isabel Rocatti)など、主にカタルーニャやバレンシアで活躍する俳優たちが出演しています。ダビド・ヴェルダグエルは本作でゴヤ賞の助演男優賞を受賞しました。

公式サイト
悲しみに、こんにちはSummer 1993

[仕入れ担当]

2018年4月 8日 (日)

プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光 国立西洋美術館

スペイン王室が収集してきた膨大な数の名画を所蔵するプラド美術館。今までも同館がコレクションするゴヤの名作や小さなサイズの作品に焦点を当てた展覧会(2011年2015年)がありましたが、今回はディエゴ・ベラスケスの作品を中心に17世紀絵画の傑作や当時の画家に影響を与えた作品群を紹介しています。

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1620年代、24歳のときに、6歳年下の若き国王フェリペ4世の肖像画を描き、それ以降宮廷画家として活躍したベラスケス。国王から「ベラスケス以外は私を描いてはならぬ」と言われるほど絶大な信頼を得ていたそうです。飾らない《狩猟服姿のフェリペ4世》、疲れきったローマ神話の戦いの神《マルス》、自身の家族をモデルに描いたといわれる《東方三博士の礼拝》など、誇張した描写ではなく人間らしい表現で作品を描き、西洋美術の歴史に多大な影響を与えています。

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1550年頃に描かれたティツィアーノの《音楽にくつろぐヴィーナス》は歴代国王に愛された絵画の一つですが、敬虔なカトリックの国スペインでは当時「裸婦像はいかがわしい」とされ、焼き捨てるよう命じた国王もいたとか。フェリペ4世は宮廷に特別室をもうけ、限られた人しか鑑賞できないように展示。
そのしきたりはプラド美術館にも引き継がれ、1827年~38年は裸体画だけを展示した特別室があり、入室を制限していたそうです。政治はまるでダメだったフェリペ4世ですが、ベラスケスを見出し、王室の美術コレクションを充実させた功績は大きかったと言われています。

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ベラスケスの作品は美術館の貸出条件が厳しく、これまで日本の展覧会で観られたのは最高5点でしたが、今回は最多の7点が来日。しかも2メートル超の大きな作品もあり見応え十分です。

プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光
https://artexhibition.jp/prado2018/
2018年5月27日(日)まで

[店長]

2018年3月11日 (日)

映画「ロープ/戦場の生命線(A Perfect Day)」

00 マドリード出身のフェルナンド・レオン・デ・アラノア(Fernando Leon de Aranoa)監督が、2年前のゴヤ賞で脚色賞(主要な賞は「しあわせな人生の選択」が独占)を受賞した作品です。以前もゴヤ賞で監督賞など獲っているベテラン監督なのですが、おそらく日本で一般公開されるのは本作が初めてでしょう。ウガンダの少年兵のドキュメンタリー作品もある社会派の監督です。

物語の舞台は1995年のバルカン半島。場所は特定されていませんが、停戦直後ということですからクロアチアかボスニアあたりでしょう。国境なき水と衛生管理団(water and sanitation, Aid Across Borders)というNGOのスタッフたちが、井戸に投げ捨てられた死体を引き揚げるロープを探し回るうちに、紛争地域の厳しい現実に触れていくというお話です。

砂埃をあげて爆走する車に乗っているのは、NGOスタッフのBとソフィ。そこに突然現れるのが、路上に横たわる牛の死体。左右どちらかに避ければ、そこに地雷が仕掛けられているというわけです。何度も修羅場を抜けてきたBは、いっとき躊躇しながらも覚悟を決めて車で牛の上を乗り越えます。新任のソフィが悲鳴をあげようが構っていられません。

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彼らが向かった先で待っていたのは、同僚のマンブルゥと現地人通訳のダミール。死体を井戸から引き揚げていたロープが切れてしまったのでBに手伝いを頼んだのです。

Bとダミールを乗せた車はロープを探しに、マンブルゥとソフィーを乗せた車はブリーフィングを聞くために国連軍のキャンプへ向かいます。

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Bたちは近くの村落で荒物屋を見つけてロープを買おうとしますが、店主は拒否。おまえらに売るロープはないというわけです。外国人に協力したくないのか、はたまた死体を引き揚げさせたくないのか、理由は明らかになりませんが、いずれにしてもロープは手に入りません。

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一方、マンブルゥたちは、偶然、路上で苛められていた子どもニコラを助け、彼を拾ってキャンプに向かうのですが、道すがら目にしたのは給水車で水を売りさばいている一団。住民たちは水がなくては生きられませんので、高値でも文句を言いながら買い求めています。井戸が使えなくなったので水を売りに来たのか、水を売りたくて井戸を使えなくしたのか、不信感を抱えてキャンプに到着します。

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駐車場で他のスタッフから“ロシア系美女の検査官が来ている”と聞き、嫌な予感がしたマンブルゥが上司のゴヨに訊ねると、案の定、その検査官というのは彼が関係をもったことがあるカティア。物語の本筋から言えば、どうでも良い話なのですが、マンブルゥの悩みの種が増えて話が膨らみ、彼の人間性や他者との係わり方が見えてくるわけです。

ちなみにこの映画、紛争地域と同じく登場人物が多国籍ですので会話はほぼ英語ですが、マンブルゥ役をベニチオ・デル・トロ(Benicio Del Toro)、ゴヨ役をセルジ・ロペス(Sergi López)が演じている関係でこの場面だけスペイン語になります。

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憂鬱になりながら指揮官のブリーフィングに参加すると、そこで井戸の一件をないがしろにされ、憤ったソフィが“井戸の死体には爆発物が仕掛けられている”と挑発してしまいます。これが後々、厄介な問題を引き起こすことになるのですが、それはさておき、勝ち気なソフィと訳ありのカティアを同乗させたマンブルゥは、ニコラの案内で、彼の実家にロープを取りに行くことになります。

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ニコラは、紛争が激しくなった際に両親が祖父に託した子どもで、それ以来、実家に帰っていません。ですから、マンブルゥのロープ探しをきっかけに実家へ帰りたくて仕方ないのです。

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ということで、Bとダミールを乗せた車と合流した4人はニコラの実家に向かい、そこでいろいろあった末に何とかロープを入手し、さらに別の問題を一つ乗り越えて、ようやく井戸に戻ってきます。

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もちろんそこで話は終わりません。結論を言ってしまえば、紛争地域で部外者は無力だということ。現地人が気持ちと力を合わせ、天が味方して、ようやく物事が進展するものなのでしょう。原作となった“Dejarse llover”を書いた作家パウラ・ファリス(Paula Farias)は、国境なき医師団で活躍した医師だそうで、その実体験がこの作品全体にある宿命を受け入れる感覚、ある種の諦念に通じているのだと思います。

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主な出演者としては、B役は「あなたになら言える秘密のこと」のティム・ロビンス(Tim Robbins)、ソフィ役は「海の上のピアニスト」でティム・ロビンスが惹かれる美女を演じたメラニー・ティエリー(Mélanie Thierry)、カティヤ役は「007 慰めの報酬」「トゥ・ザ・ワンダー」のオルガ・キュリレンコ(Olga Kurylenko)、ダミール役は「最愛の大地」に出ていたというフェジャ・ストゥカン(Fedja Stukan)といったところでしょうか。

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作品そのものとはあまり関係ないかも知れませんが、この映画、バズコックスやラモーンズのパンクがかかったり、ルー・リードやヴェルヴェット・アンダーグラウンドが使われていたり選曲が独特です。途中で流れるSweet Dreams (Are Made of This) もオリジナルではなくマリリン・マンソンのカバーで、不穏な空気感を強調します。

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とはいえ、エンディングはマレーネ・ディートリヒが歌う“Where Have All the Flowers Gone”で手堅く締めます。彼女はこの反戦歌を英語、フランス語、ドイツ語で歌ったそうですが、フランス語版を最初に披露したのはUNICEFのコンサートだったということです。

公式サイト
ロープ/戦場の生命線

[仕入れ担当]

2018年2月26日 (月)

映画「ナチュラルウーマン(Una Mujer Fantastica)」

00 4年前の「グロリアの青春」で日本でも知られるようになったチリのセバスティアン・レリオ(Sebastián Lelio)監督。前作は常識にとらわれず自由に生きる中年女性のお話でしたが、本作は自由に生きたくても世間の偏見で思うようにいかないトランスジェンダーの物語です。2017年のベルリン映画祭で銀熊賞(脚本)を受賞しています。

舞台は前作同様、チリのサンティアゴ。ウエイトレスをしながら歌手を目指しているマリーナは、中年男性のオルランドと暮らしています。倍ほど年齢が違う年の差カップルですが、チャイニーズレストランで彼女の誕生日を祝ってくれ、イグアスの滝への旅行をプレゼントしてくれる優しい恋人です。しかしここで小さな問題が・・・。

用意していた旅行のチケットが見あたらなくて、どこに置いたか思い出せないというのです。マリーナが歌うクラブに迎えに行く前、サウナに寄ったときはあったはずなのに・・・ということで、旅行に招待すると書いた手紙を手渡し、1週間以内に行く約束をします。

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その晩、うめき声を聞いてマリーナが目を覚ますと、ベッドの端でオルランドが苦しんでいます。病院に連れて行こうと、マリーナが鍵を探している間にオルランドが階段で転倒。何とか車で救急外来に運び込みますが、あえなくオルランドは逝ってしまいます。

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映画が始まったばかりですので、観客の受け止め方は、サウナに行ったのが引き金になったのか、とか、物忘れは病気の徴候だったのか、といった程度でしょう。しかしこの出だしが実はとても重要で、感動的な終盤に繋がっています。

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最愛の恋人を失い、悲嘆に暮れるマリーナですが、それだけで済まないのが、性的マイノリティの辛さ。病院では、家族か?と訊かれて返答に困ります。オルランドの親族とは付き合いがありませんので訃報を伝えることもできません。病院に居づらくなって夜道を歩いていると、警察官に同行を求められ、病院に戻って事情聴取を受けることになります。どれもこれもマリーナがトランスジェンダーであるが故の困難です。

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オルランドの電話を探し出して彼の弟ガボに連絡します。ガボが後のことを請け合ってくれたのでひと安心と思いきや、その翌日、職場であるレストランに婦人警官が訪ねてきて、死因を確かめたいと言います。遺体に打撲と出血がみられたので、犯罪の可能性があるというのです。ずっと性犯罪を担当して修士まで取っているので、あなたのような人のことは理解していると言いますが、だからと言って偏見がないわけではありません。場合によっては、直截的な差別をする人より厄介な相手です。

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そしてもう一人、厄介な女性がオルランドの元妻ソニア。自分の夫を奪ったマリーナを良く思っているはずがありません。その上、オルランドがトランスジェンダーと交際していたことを家族の恥だと思っているのです。最初は事務的に、車とアパートを明け渡して欲しいと言うだけでしたが、次第に憎しみと蔑みが噴き出してきます。息子のブルーノは最初から偏見丸出しですので、オルランドの親族で若干まともなのは弟ガボだけです。

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散々に傷つけられながらも、マリーナには心の拠り所、歌があります。老先生の部屋を訪ね、彼の伴奏で歌うのがヴィヴァルディのアリア“Sposa son disprezzata(私はないがしろにされた妻)”。予告編にもある、倒されそうになりながら逆風に向かっていくマリーナに繋がる場面ですが、この曲を選ぶセンスはこの監督ならではでしょう。

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前作でもテーマ曲グロリアで観客を引き込みましたが、本作でも選曲の妙は健在です。たとえば、映画の序盤、マリーナがクラブで歌っているのがエクトル・ラボーの“Periódico de ayer(昨日の新聞)”という1970年代後半のヒット曲。歌詞が全体に対する弱い伏線になっています。ちなみにエクトル・ラボーは、マーク・アンソニー主演で「エル・カンタンテ」という伝記映画が作られたほど人気があったラテン系の歌手です。

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また、オルランドとマリーナが二人で踊る場面はアラン・パーソンズ・プロジェクトの“Time”で、エンドロールでも使われていて、しっとりした余韻を残してくれます。その直前にマリーナが決意を込めて歌う曲は、プラタナスの木陰の心地よさを歌ったヘンデルのアリア“Ombra mai fù”ですね。もちろん、邦題の元ネタになったと思われるアレサ・フランクリン“(You Make Me Feel Like) A Natural Woman”も使われています。

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映画の中盤、オルランドの車の床で拾った鍵が物語のキーになっていくのですが、この鍵を使うシーンがとても感動的です。ここに至る仕掛けも、その後の展開も素晴らしいとしか言いようがありません。実生活でトランスジェンダーとして暮らしているダニエラ・ベガ(Daniela Vega)の内面が滲み出る最高の見せ場でしょう。彼女は元々オペラ歌手だそうですが、本作の後は女優としても活躍しているそうです。

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ガボを演じたルイス・ニェッコ(Luis Gnecco)は「ネルーダ」で詩人ネルーダ、「No」で左派の中心人物を演じていたパブロ・ラライン作品の常連。なおパブロ・ラライン監督は本作にプロデューサーとして参加しています。

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また、歌の老先生を演じたセルヒオ・エルナンデス(Sergio Hernández)は「グロリアの青春」で相手役ロドルフォを演じていた人。パブロ・ラライン監督「No」ではピノチェット側近の軍人、「ローマ法王になる日まで」では老いてからの法王を演じていたチリのベテラン俳優です。

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公式サイト
ナチュラルウーマンA Fantastic Woman

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2018年1月 3日 (水)

ビルバオ・グッゲンハイム美術館 アート・アフター・ダーク

昨日も登場したビルバオ・グッゲンハイム美術館正面の「パピー(Puppy)」です。ライトアップされた夜の顔は、また違った感じですね。

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この美術館では、月に一度、面白いイベントを催しています。その名も「アート・アフター・ダーク(Art after Dark)」。

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毎月、いずれかの金曜日に開催されるイベントで、夜が更けてからアートを楽しもうというコンセプトのもと、夜22時から深夜1時までオープンしています。

ちょうど、ビルバオ滞在と重なったので出掛けてみました。

エントランスの仮設カウンターで飲物も売っていて(と言っても種類はありません)、館内でお酒を飲むことができます。

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23時近くなるとDJが登場し、クラブさながらの盛り上がりをみせます。

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地元の若者にも人気のようで、たくさんの人たちが続々とやってきて楽しんでいました。

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昼間と同様に、作品も鑑賞することができます。

ジェニー・ホルツァー(Jenny Holzer)のインスタレーションは、夜の美術館にぴったり。

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リチャード・セラ(Richard Serra)の巨大な作品「The Matter of Time」は圧巻です。人がいないとサイズ感がわかりにくいかも知れませんが、うずまきの高さは4m以上あります。

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こちらは「パピー」と同じアーティスト、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)の作品「チューリップ(Tulips)」です。美術館の裏手に置かれています。

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現地でもチケットは買えますが、人気DJのイベントだと早々に売り切れてしまうそうですので、事前に美術館のウェブサイトで購入しておく方が安心かもしれません。
https://aad.guggenheim-bilbao.eus/

さて、ビルバオと言えば、芸術だけではありません。お腹が空いては、芸術鑑賞もできません。美食の街ビルバオも堪能してきましたよ。

街中に点在するバルを立ち飲みで巡るのも楽しいし、テーブルに着いてしっかり食べるのも美味しい。下の写真はホセリート(Joselito)の生ハムを自慢げにずらっと提げたLa Viña del Ensanche の店内です。

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まずはバスク豚。

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ツナ(マグロですね)をSUSHI風にした創作料理も。

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アスパラの天ぷらもさくさくっと美味しかった。

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シンプルなエビのプランチャも、

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柔らか煮のようなタコのガリシア風も、

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鰯のオイル漬けも、

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こんなにアーティスティック! まるでお皿が一枚のキャンバスのようです。

地元の名物は微発砲酒のチャコリですが、飲めない人にはモストと呼ばれる甘めのブドウジュースもあります。

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芸術も美食も、どちらも楽しめるビルバオ。地元出身のスティーブ・モノ(Steve Mono)創業デザイナー、ゴンサロさん曰く、バスクと日本は料理人の交流が盛んなので、日本人好みの食べ物が多いそうです。どうりで何を食べてもおいしいはず。スペイン旅行の訪問先に是非とも加えたいエリアです。

近いうちに、サン・セバスチャンや周辺地域の味覚もご紹介したいと思います。

[仕入れ担当]

2018年1月 2日 (火)

あけましておめでとうございます

戌年の今年の年賀状は、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)の「パピー(Puppy)」の写真にしました。

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スペイン北部の街、ビルバオ(Bilbao)にあるビルバオ・グッゲンハイム美術館(Museo Guggenheim Bilbao)の入り口近くに鎮座しています。

昨秋、パリの展示会へ行く前に立ち寄ったとき撮りました。波打つダイナミックな建物が有名過ぎるビルバオ・グッゲンハイム美術館は、ご存知、フランク・ゲーリー(Frank Gehry)の設計です。

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ビルバオはスティーブ・モノ(Steve Mono)の創業デザイナーであるゴンサロさんの出身地です。また、このブログでも記していますが、ヘレナ・ローナー(Helena Rohner)はビルバオ・グッゲンハイム美術館のためのエクスクルーシブなコレクションを制作しています。なので、モナドにも縁のある街なのです。

色とりどりの花々をまとったパピーに小鳥たちもやってきました。

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六本木ヒルズの巨大蜘蛛が、ここにもいました。ルイーズ・ブルジョワ(Louise Bourgeois)の作品「ママン(Maman)」。

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スペイン北部屈指の港湾都市だったビルバオ。鉄鋼や造船で栄えた街が時代の趨勢で衰退したものの、芸術と美食で都市再生に成功した例として有名ですよね。そして、その立役者になったのが、このビルバオ・グッゲンハイム美術館。シンボル的存在です。

実際、ビルバオの街はきちんと整備されていてコンパクト、とても歩きやすく感じました。

美術館近くの川沿いはゆったりとした遊歩道があり、芝生の上をトラムが走り、トラムの線路のすぐ横に自転車道、その向こうに自動車道と歩車分離されています。おかげで子どもや老人が安全に行き交い、観光客がのんびり歩いてまわれます。

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ちょっと座っておしゃべりしたり、休んだりできるように、街中にベンチが置いてあるのですが、浮浪者に占拠されている様子も目にしませんでした。

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というわけで、ビルバオには初めて行ったのですが、とても気に入りました。

さて、明日は、このグッゲンハイム美術館で催されている面白いイベントについて書いてみたいと思います。

[仕入れ担当]

2017年12月 8日 (金)

ブボ バルセロナ 世界一のチョコレートケーキ「シャビーナ」

慌ただしい12月、寒さも増してきて無性に甘いものが欲しくなり、、、スペイン発のパティスリー bubó BARCELONA に出掛けてきました♪

バルセロナにある bubó は、ジョイドアート(joid’art)ヘレナ・ローナー(Helena Rohner)マラババ(Malababa)の直営店もある旧市街のオシャレなエリアにありますが、日本第1号店は今年2月に表参道にオープン。1階ブティックでは、ショーケースにずらりと並んだケーキやチョコレート、ヴィエノワズリーが購入できます。

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2階カフェでいただいたのは、パティシエの世界大会で世界一のチョコレートケーキに輝いた「シャビーナ(xabina)」と釜炒りのオーガニックほうじ茶。店名をデザインした可愛らしいデコレーションで、食べるのが惜しくなります。

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天然のバニラシロップをしみ込ませたスポンジ生地や、オリーブオイルを使ったケーキ生地を濃厚なチョコレートムースでサンドし、つやつやのグラサージュショコラでコーティングしたケーキです。甘さを引き立てるシナモンや爽やかなクローブなどスパイスをきかせた大人の味で、お呼ばれしたときの手土産にも良さそう♪

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帰り道は、7年ぶりに表参道全域でライトアップしているイルミネーションを楽しんできました♪♪

bubó BARCELONA 表参道本店
http://www.bubojapan.com/
営業時間:11:00~20:00

[店長]

2017年11月27日 (月)

映画「エンドレス・ポエトリー(Poesía Sin Fin)」

00 3年前に日本公開された「リアリティのダンス」の続編です。もちろん監督は御年88歳の巨匠、アレハンドロ・ホドロフスキー(Alejandro Jodorowsky)。監督の自伝的作品の第2弾ですので、前作を観ていないと背景も流れもわからないと思います。また、ホドロフスキーの他の作品を観ている方が楽しめると思います。

前作はトコピジャでの暮らしが中心でしたが、本作は12歳のときに移住したサンティアゴを舞台に展開します。共産主義者だった父親は商店主としてユダヤ人らしいカネの亡者になり、母親は相変わらず歌で会話し、一人息子のアレハンドロ(要するに監督の子ども時代)は父親に怯える気弱な少年のままです。

映画の始まりは両親が経営する商店で万引きの見張りをするように言われていたアレハンドロが、遅刻して父親から叱責される場面。続いてアレハンドロが万引きの男女を見つけ、足蹴にする父親に促されて一緒に蹴りを入れる場面。

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そして父親がその女性を店頭に引きずり出し、公衆の面前で服を脱がして辱めるという展開になるのですが、その万引き犯というのが2人とも侏儒。日本人の感覚だと、障碍を持つ人にそんな酷い仕打ちを、と思ってしまいますが、これがホドロフスキーの世界ですね。よく言えば、すべての人に平等、悪く言えば、誰に対しても容赦ありません。

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息子たちの扱いも同様です。前作と同じく父親ハイメ役が実の長男ブロンティス・ホドロフスキー(Brontis Jodorowsky)、その子どもであるアレハンドロ役は末子アダン・ホドロフスキー(Adan Jodorowsky)なのですが、アダンにも全裸で演技させていて、そのおかげで18禁になっています。

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ついでに記しておくと、監督の現在の妻であるパスカル・モンタンドン=ホドロフスキーが衣装担当で参加しているのですが、彼女は1972年生まれなので1979年生まれのアダンとは7歳差。妻と息子がほとんど同世代ということになります。ちなみに監督は1929年生まれですから40歳以上離れた夫婦です。

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万引き犯が落としていった籠に詩集を見つけ、それを読みふけるアレハンドロ。父親からは医者になるように命じられていて、本当は生物学の本を読まなくてはいけません。しかし、文学はオカマ(maricón)がやることだと全否定されながら、詩の魅力に取り憑かれていってしまいます。

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ここで彼が読む詩はフェデリコ・ガルシア・ロルカの「夢遊病者のロマンセ(Romance sonámbulo)」。“Verde que te quiero verde”で始まる有名な詩ですね。カルロス・サウラの映画「フラメンコ×フラメンコ」の冒頭(Youtube)でも使われていました。

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その後も親と衝突するのですが、最終的に家を出て、従兄弟リカルド(Ricardo)の紹介でセレセダ姉妹(hermanas Cereceda)の芸術コミューンで暮らすことになります。

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カフェ・イリスで赤毛の詩人ステラ(Stella Díaz Varín)に魅了され、彼女に触発されて“La víbora(蛇女)”を書いたニカノール・パラ(Nicanor Parra)と知り合ったり、後にチリを代表する詩人になるエンリケ・リン(Enrique Lihn)と親友になったり、芸術家としての基盤が作られていった時期です。ステラとの出会いが1949年といいますから、アレハンドロが20歳の頃のお話ということになりますね。

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ちょっと面白いのが、映画「ネルーダ」同様、パブロ・ネルーダを甘ったるいとけなしているところや、前作で父親ハイメが暗殺に失敗したイバニェスが帰還してくる場面でハーケンクロイツがはためくところ。そこかしこでホドロフスキーの立ち位置が見え隠れします。

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また、ホドロフスキーの母親サラと、ホドロフスキーが惹かれる詩人ステラを、一人二役でパメラ・フローレス(Pamela Flores)が演じているあたりも興味深いところです。マザコン的な嗜好を示しているのか、単なるギャラの節約なのか、ちょっとわかりませんが・・・。

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撮影はクリストファー・ドイル(Christopher Doyle)。出演者に特にスターがいるわけではありませんが、芸術コミューンの一員で、合体ダンスのパフォーマーとして登場する女性は伊藤郁女(Kaori Ito)という、その世界では知られた日本人ダンサーだそうです。

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公式サイト
エンドレス・ポエトリーPoesía Sin Fin

[仕入れ担当]

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