カルチャー

2018年4月16日 (月)

映画「ラブレス(Нелюбовь)」

00 3年前の「裁かれるは善人のみ」ではロシアの辺境を舞台に政治と宗教の歪んだ関係を描いてみせたアンドレイ・ズビャギンツェフ(Andrey Zvyagintsev)監督。今回はモスクワ郊外の街を舞台に、愛情が希薄化し、他者への関心を失った現代的な家族の姿を描いていきます。

映画の幕開けは小学校のファサード。ちょうど下校時間になり、子どもたちが次々と飛び出してきます。カメラはその1人を捉え、対岸に高層住宅が建ち並ぶ川岸を歩いて行く少年を追います。工事現場で使う危険表示用テープでしょうか。木の根もとに落ちていた赤白テープを木の枝に放ったりしながら、川面をたゆたう鴨の家族を横目に自宅に向かいます。

この少年こそ物語の軸となるアレクセイですが、登場場面はあまり多くありません。離婚協議中の両親が彼の養育を巡って激しく口論する姿を見た後、忽然と姿を消してしまうのです。

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なぜ口論になるかといえば、両親それぞれに次のパートナーがいて、新たな生活をスタートさせたいと願っているから。
父親ボリスの相手は若い女性で現在妊娠中、母親ジェーニャの相手は既に子どもが手離れして悠々自適の生活を送っています。どちらの暮らしにもアレクセイの居場所はありません。

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ちょっとネタバレになっていましますが、アレクセイの失踪は必ずしも家出とは限りません。自分が邪魔になっていると知り号泣するシーンが描かれますので、観客の多くは彼が家出したと思って観るでしょう。しかし終映後に反芻してみると、少年の意志どころか、両親が家出と思っていたかすら明かされず、最後まで曖昧だったことに気付きます。

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両親は、彼らが養育義務を押し付け合っていることを、アレクセイが知らないと思っている可能性もありますし、それどころか、アレクセイが両親の離婚をどう受け止めているか、まったく気にしていないようにも見えます。それぐらい関心が薄いのです。

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アレクセイの失踪後、ジェーニャが警察に届けますが、警察はアレクセイの部屋を確かめて簡単な調書を作っただけで動こうとしません。警察は忙しいので、自力で捜索するか、NPOに頼めというのです。「裁かれるは善人のみ」でも描かれていた行政への不信感、本作の基盤となっている関心の低さの顕れでしょう。

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警察とは対照的にNPOの捜索活動は熱のこもったものです。住宅地を取り囲む森をくまなく調べ、ジェーニャの母親が匿っているかも知れないと、実家までついてきて家捜しします。

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その過程でジェーニャと母親の関係、ジェーニャとボリスの結婚に対する母親の立ち位置が見えてきて、ジェーニャが新たな相手に求めるもの、ボリスの懲りない性格などが明らかになっていきます。

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エンディングは、ウクライナ紛争を伝えるTV放送を横目に小雪舞うベランダに出て、トレッドミルで走り込むジェーニャの姿。その無表情な顔も印象的ですが、彼女が着ているジャージも強烈です。
監督いわく、この物語はロシア人が政治改革に期待した2012年10月に始まり、それに失望した2015年で終わるように作ったとのこと。家族に対する無関心と他国や他民族に対する無関心が同列が描かれ、それぞれで悲惨な状況に置かれる子どもたちに意識が向かいます。

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どちらも次の相手を愛していると言いながら、その相手といるときも常にスマホを手放さず、生身のコミュニケーションは一方的かつ刹那的。もはや誰に対しても関心を持ち続けることは難しいのかも知れません。寒々しいモスクワの風景より、さらに冷え冷えとした心象風景を感じさせる作品です。エンドロールの協力者一覧にinstagramという文字を見つけました。

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公式サイト
ラブレスLoveless

[仕入れ担当]

2018年4月15日 (日)

巡りゆく日々 サラ・ムーン写真展 シャネル・ネクサス・ホール

フランスを代表する写真家サラ・ムーン(Sarah Moon)の個展を観てきました。サラは1960年代にモデルとして活動したのち、70年代からシャネルやディオールなどトップメゾンのファッション広告に携わるカメラマンとしてキャリアをスタート。80年代に作家として作品を制作しはじめてから、アーティストとして30年以上にわたり第一線で活躍している女性です。

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作家自身が作品・会場構成を手掛けている本展では、近年の作品にフォーカスし、ファッション、自然、鳥や象など動物を被写体にした写真や映像約100点を紹介。まるで絵画のような作品は古い記憶を呼び覚まし、幻想的な世界に連れて行ってくれます。

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白い床と壁で囲まれた会場は、天井にも白い布を張り、作品にスポットライトが当たらないようにしたそうです。柔らかな光の中、儚くおぼろげな作品が浮かび上がってきます。

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巡りゆく日々 サラ・ムーン写真展
http://chanelnexushall.jp/program/2018/dun-jour-a-lautre/
2018年5月4日(金)まで

[店長]

2018年4月 9日 (月)

映画「ワンダーストラック(Wonderstruck)」

00キャロル」のトッド・ヘインズ(Todd Haynes)監督の最新作です。今回はがらりと趣きを変え、別々の時代を生きる少年と少女の物語。といってもSF映画ではありませんので時空を飛び越えたりしません。2つの物語がNYの自然史博物館を軸に繋がっていくのですが、古い時代をモノクロ映像のサイレント映画風、新しい時代をカラー映像のトーキー映画風に作るあたり、この監督ならではのこだわりを感じます

原作及び脚本は「ヒューゴの不思議な発明」の原作者であるブライアン・セルズニック(Brian Selznick)で、本作でもやはり主人公の出生の秘密が物語の鍵になります。「ヒューゴの……」の舞台はフランスのパリでしたが、こちらは米国。主人公の1人であるローズは1927年のニュージャージー州ホーボーケンで暮らす少女、もう1人の主人公であるベンは1977年のミネソタ州ガンフリントで暮らす少年で、どちらも家出してNYに向かうことになります。

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耳の聞こえない少女ローズは使用人のいる立派な邸宅で父親と暮らしています。聾者用の書籍で勉強するように厳しく叱責する父親の目を盗んで、人気女優のリリアン・メイヒューの記事を切り抜いて集めるのが楽しみ。リリアンのNY公演があると知った彼女は、実家を離れて自然史博物館で働く兄ウォルターから送られてきたポストカードを握りしめ、フェリーでNYへ渡ります。

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一方、ガンフリントの湖畔で母親エレインと2人で暮らしていた少年ベンは、母親を交通事故で失い、一時的に近くの親族の家に住んでいます。生前のエレインには何度も父親の消息を訊ねましたが、そのうち教えると言ったまま帰らぬ人になってしまいました。そんなある日、エレインの寝室で自然史博物館の古い本を見つけます。そこに挟まっていたNYの古書店Kincaid Booksのスリップに“Dear Elaine, I'll wait for you. Danny”と記されていることに気付いたベン。寝室から古書店に電話してみますが、呼び出し音が鳴っている最中に落雷があり、感電して気を失ってしまいます。

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病室で目が覚めると、耳が聞こえなくなっています。叔父や叔母は生きていただけで幸いといった様子ですが、父親の謎を解く糸口を見つけたベンは、いてもたってもいられません。従姉妹の手助けで1人NYへバスで旅立ちます。ガンフリントからNYまで2500キロ程度ありますから、概ね東京・福岡の2倍の距離です。1977年当時の長距離バスなら2日近くかかったのではないでしょうか。

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1927年のローズはNYに着き、リリアンが出演する劇場に行きますが、諸々の事情があり、楽屋から逃げ出すことになります。そして向かったのは兄ウォルターが働く自然史博物館。世界最大級の隕石“Ahnighito”の傍らで警備員に追われたり、抜かりなく見どころを映し込みながら兄との再会に至り、この時代のパートは終わります。

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1977年のベンがKincaid Booksを突き止めると、閉店してしまった様子。通りがかった少年が何やら教えてくれますが、耳が聞こえないので理解できません。そのまま彼の後をつけていくと、行き着いた先は少年の父親が働く自然史博物館。その少年ジェイミーと知り合いになったベンは、彼の秘密の部屋に案内され、これまでのいきさつを説明して自然史博物館の古い本を見せます。そして謎の解明に向かって進み始めます。

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ちょっとネタバレすると、自然史博物館には狼の標本(こちら)が展示されていて、それがガンフリント湖(Gunflint Lake, Northern Minnesota)の情景を再現したものなのです。自然史博物館の古い本とこの狼の標本の結びつきがベンの秘密を解く鍵になります。またクライマックスにはクイーンズ美術館のNY全域のパノラマ(こちら)が出てきてエンディングに向かうのですが、全編を通して博物館とNYに対する愛が溢れる映画です。

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愛が溢れるといえば、映画「ベルベット・ゴールドマイン」でデヴィッド・ボウイらしき人物を描きながら、タイトルと同名の楽曲は使わせてもらえなかったトッド・ヘインズ監督。その愛憎入り交じった気持ちは知る由もありませんが、本作では繰り返し“Space Oddity”(Velvet Goldmineのカップリング曲でもあります)が使われていて、ストーリーに結びつくのかというと、そうでもなさそうなところが微妙です。

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また映画の出来を言えば、それぞれの時代をきちんと再現して映像化した凝りようは、さすがトッド・ヘインズ監督という感じですが、話の作りは今ひとつで、最後に1人の登場人物の語りですべての伏線を回収してしまい、単純過ぎて肩すかしにあったような気分になります。そういう意味では、撮り方を学びたい人には向いているかも知れませんが、純粋に娯楽として楽しみたい人、特に物語重視の人には不満が残る作品だと思います。

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出演者としては、女優リリアン・メイヒューと後半で登場するもう一役の二役を演じたジュリアン・ムーア(Julianne Moore)と、ほんの僅かしか登場しないベンの母親エレインを演じたミシェル・ウィリアムズ(Michelle Williams)の2人が有名どころでしょう。

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ベンを演じたオークス・フェグリー(Oakes Fegley)はTVを中心に活躍している子役でディズニー映画にも出ているそうです。ローズを演じたミリセント・シモンズ(Millicent Simmonds)は実生活でも聴覚障碍を持つ少女で、今回はじめてオーディションで選ばれたそうですが、次はジョン・クラシンスキー監督の新作「A Quiet Place」でエミリー・ブラントと共演するそうです。その兄ウォルターを演じたコーリー・マイケル・スミス(Cory Michael Smith)は「キャロル」にも出ていた人ですね。

公式サイト
ワンダーストラックWonderstruck

[仕入れ担当]

映画「ペンタゴン・ペーパーズ(The Post)」

00 ベトナム戦争が泥沼化していた1971年。最高機密とされていた国防総省の調査報告書をスクープし、歴代の大統領が国民に虚偽の説明をしていたことを暴いたジャーナリストと、訴訟リスクを恐れず掲載を決めた新聞社幹部を描いた作品です。

監督は巨匠スティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)で、脚本は駆け出しのリズ・ハンナ(Liz Hannah)。2016年末に映画化権を獲得してすぐに映画化を決め、2017年春には脚本のリライトを「スポットライト」のジョシュ・シンガー(Josh Singer)に依頼、2017年5月末に撮影に入るという短期間のスタートだったそうです。

それにもかかわらず、主役であるワシントン・ポスト社主、キャサリン・グラハムをメリル・ストリープ(Meryl Streep)、編集主幹のベン・ブラッドリーをトム・ハンクス(Tom Hanks)が演じるという豪華な布陣が可能だったのもこの監督だからこそでしょう。

時代背景としては、スピルバーグが「すぐに公開すべき」と決断したこの一件に続き、ワシントン・ポスト紙は同じベン・ブラッドリーの指揮下でウォーターゲート事件をスクープし、それらがニクソン大統領の辞任へと繋がっていくことになります。ちなみに「スポットライト」に登場するボストン・グローブ紙の編集部長ベン・ブラッドリー・Jr.は彼の息子です。

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映画の幕開けはベトナムのロンアン省で従軍していた軍事アナリスト、ダニエル・エルズバーグが前線の悲惨な戦況を目の当たりにする1966年。米国に戻る機内で当時の国防長官ロバート・マクナマラに状況を伝え、それに同意していたはずの長官が、帰国後の記者会見でまったく逆の説明をしていることに失望します。その後、ランド研究所に移ったエルズバーグが、グリーンベレーの犯罪報道などに触れていくうちに決意を固め、自身も取りまとめに関与した“History of U.S. Decision-making in Vietnam, 1945-66”をコピーしてニューヨーク・タイムズ紙のニール・シーハン記者に渡します。

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その頃、ワシントン・ポスト紙では編集主幹のベン・ブラッドリーが、地方紙から一流紙への脱皮を目指して奮闘していました。彼の戦略は、ニューヨーク・タイムズ紙の動向を探り、スクープで遅れをとらないこと。映画の中でも、ニール・シーハンが姿を消したと聞いたブラッドリーが、インターンを送り込んでスパイさせる場面が描かれています。

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一方、ワシントン・ポスト紙の経営面では、自殺した夫の後を継いで社主兼発行人となったキャサリン・グラハムが、会社の事業基盤を固めるため株式公開の準備を進めている最中でした。映画では就任したばかりのような印象ですが、フィル・グラハムが亡くなった1963年8月から事実上のオーナーであり、1967年頃からは社主として、1969年からは発行人として活動していたようです。

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実際、ニューズウィーク誌のワシントン支局長だったブラッドリーをワシントン・ポスト紙へ移籍させたのもキャサリン・グラハムで、彼とその話し合いをしたのが1964年の暮れ、前任者のアル・フレンドリーと交代させたのが1965年11月だったいうことですから、もともと実行力のある人なのかも知れません。ついでながら、ブラッドリーは1961年にフィル・グラハムがニューズウィーク誌を買収した際の立役者の1人で、以前から信頼関係は強かったようです。

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映画の話に戻ると、本作の良いところは、政権の闇を暴くジャーナリストの正義を描くだけでなく、キャサリン・グラハムが社主としての覚悟を固めていく成長譚になっているところでしょう。

ジャーナリストの正義という点で政権のウソと対峙し、キャサリンの成長譚という点で女性の時代を象徴する、この時宜を得たアイデアをすぐさま作品にできるところがスピルバーグ監督の凄さ。スピード感だけでなく、新聞社の活版印刷機やゼロックスの旧式コピー機を当然のように見つけてくる作り込みの細かさも流石です。トム・ハンクス主演の「ブリッジ・オブ・スパイ」でも同じことを書きましたが、真摯な姿勢がみえる立派な作品だと思います。

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件の調査報告書を掲載したニューヨーク・タイムズ紙が記事の差し止め命令を受け、多くの報道機関が尻込みする中、ベン・ブラッドリーは後追いスクープに執念を燃やします。株式公開を間近に控え、会社の役員会はもちろん掲載反対ですし、マクナマラと個人的に親交があったキャサリン・グラハムも躊躇しますが、最終的に掲載に踏み切ります。その際、彼女が説得に使う言葉“Quality drives profitability”は座右の銘にしたいと思いました。

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もう一つ記憶に残ったセリフは、調査報告書を入手したワシントン・ポスト紙の記者、ベン・バグディキアンが言う“I always wanted to be part of a small rebellion”。彼のこの気持ちが困難な取材を成功させ、無責任な政府首脳部を追い込んでいくことになります。そしてこの場面でバグディキアンの隣にいたハワード・シモンズが、後にウォーターゲート事件のデスクとしてニクソン政権を葬り去るのです。

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同紙を所有するワシントン・ポスト・カンパニーは2013年、Amazon.com創業者のジェフ・ベゾスに買収されました。そのインタビューでベゾスが口にしたのが“Democracy Dies in Darkness”という言葉で、元々はウォーターゲート事件で活躍したボブ・ウッドワード記者の発言だとされています。

“民主主義は暗闇の中で死ぬ”。昨年2月からはワシントン・ポスト紙の公式のスローガンとして大々的に使われていますが、この危機感こそ“今すぐ”この映画を撮るべき理由なのだと思います。

公式サイト
ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書The Post

[仕入れ担当」

2018年4月 8日 (日)

プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光 国立西洋美術館

スペイン王室が収集してきた膨大な数の名画を所蔵するプラド美術館。今までも同館がコレクションするゴヤの名作や小さなサイズの作品に焦点を当てた展覧会(2011年2015年)がありましたが、今回はディエゴ・ベラスケスの作品を中心に17世紀絵画の傑作や当時の画家に影響を与えた作品群を紹介しています。

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1620年代、24歳のときに、6歳年下の若き国王フェリペ4世の肖像画を描き、それ以降宮廷画家として活躍したベラスケス。国王から「ベラスケス以外は私を描いてはならぬ」と言われるほど絶大な信頼を得ていたそうです。飾らない《狩猟服姿のフェリペ4世》、疲れきったローマ神話の戦いの神《マルス》、自身の家族をモデルに描いたといわれる《東方三博士の礼拝》など、誇張した描写ではなく人間らしい表現で作品を描き、西洋美術の歴史に多大な影響を与えています。

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1550年頃に描かれたティツィアーノの《音楽にくつろぐヴィーナス》は歴代国王に愛された絵画の一つですが、敬虔なカトリックの国スペインでは当時「裸婦像はいかがわしい」とされ、焼き捨てるよう命じた国王もいたとか。フェリペ4世は宮廷に特別室をもうけ、限られた人しか鑑賞できないように展示。
そのしきたりはプラド美術館にも引き継がれ、1827年~38年は裸体画だけを展示した特別室があり、入室を制限していたそうです。政治はまるでダメだったフェリペ4世ですが、ベラスケスを見出し、王室の美術コレクションを充実させた功績は大きかったと言われています。

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ベラスケスの作品は美術館の貸出条件が厳しく、これまで日本の展覧会で観られたのは最高5点でしたが、今回は最多の7点が来日。しかも2メートル超の大きな作品もあり見応え十分です。

プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光
https://artexhibition.jp/prado2018/
2018年5月27日(日)まで

[店長]

2018年4月 2日 (月)

映画「ウィンストン・チャーチル(Darkest Hour)」

00 話題作ですね。話題の日比谷TOHOシネマズで観てきました。
先ごろのアカデミー賞で、チャーチルを演じたゲイリー・オールドマン(Gary Oldman)が主演男優賞、その特殊メイクを手がけた辻一弘氏がベストメイクアップ賞を獲得しましたが、まさにその評価の通りで、ゲイリー・オールドマンの迫真の演技と、その化けっぷりを観に行く映画だと思います。

ナチスドイツの進撃で英国の保守党政権が倒れ、チャーチル首班で挙国連立内閣が成立した約1ヶ月間の物語です。時代でいえば1940年の春。同時代を描いたクリストファー・ノーラン監督「ダンケルク」は戦地が舞台でしたが、こちらは議会を中心に話が展開します。監督は「路上のソリスト」「ハンナ 」のジョー・ライト(Joe Wright)で、彼の出世作となった「つぐない」にも英国兵がダンケルクへ敗走する場面がありました。

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副題の“ヒトラーから世界を救った男”は如何なものかと思いますし、チャーチルという人物については日本人としても現代人としても共感できませんが、ゲイリー・オールドマンが演じたチャーチルは、とても愛嬌のある魅力的なキャラクターです。

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また、ジョー・ライト監督の演出は、変わり者だけど決断力のある人物という部分を強調し、帝国主義的な部分を薄めていますので、観客からの理解も得やすくなっていると思います。しかし、ちょっとやり過ぎ感も否めません。

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たとえば地下鉄に乗り込んで市民と対話するシーン。脚本を書いたアンソニー・マッカーテン(Anthony McCarten)が史実ではないとインタビュー(こちら)で答えていましたが、ゲイリー・オールドマンの人懐っこさを活かして観客の気持ちを掴む巧みな演出だと思います。とはいえ、チャーチルが庶民的だったという設定以前に、もしこの類の作り話を日本の戦中を描いた映画に織り込んだら、事実を歪曲してると世界中から非難されるレベルの演出でしょう。インタビューアが、St.James' Park駅からWestminster駅まで現在は2分しかかからないが1940年には5分もかかったのか、とイジワルな質問をしているように、ある程度の知識があれば皮肉のひとつも言いたくなります。

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映画の中で触れられている通り、ダンケルクからの撤退はうまくいきましたが、カレーに留まった部隊はチャーチルの一存で全滅しました。この後、日本軍がシンガポールに侵攻した際にもチャーチルは徹底抗戦を命じ、全滅をおそれたパーシバル司令官(ダンケルクを経験した人です)と本国司令部の判断で投降したというのもよく知られた話です。軍人出身ながら、兵隊の命など何とも思わなかった身勝手な男、というのが客観的なチャーチル像だと思います。

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そういった意味で言えば、本作はチャーチルの夢見がちな性格を好意的にとらえることで、自信を失った英国人を励ますファンタジー映画なのかも知れません。ですから、彼が信念を押し通したおかげで国民の結束力が強まり、最終的には閣僚や国王との関係もうまく収まったというオチで終わります。その信念を支えたのが、チャーチルの妻クレメンティーンであり、秘書だったエリザベス・レイトンであるという視点です。

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クレメンティーンを演じたのは、「砂漠でサーモン・フィッシング」「オンリー・ゴッド」と演技の幅を拡げてきたクリスティン・スコット・トーマス(Kristin Scott Thomas)。うまい女優さんですね。彼女の演技がこの映画の屋台骨になっているのは間違いありません。そしてレイトン嬢を演じたのが「ベイビー・ドライバー」のリリー・ジェームズ(Lily James)。

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チャーチルの敵役は、ヒトラーではなく、前首相のネヴィル・チェンバレンと、ハリファックス卿:エドワード・ウッドです。チェンバレンを演じたのは「マリーゴールド・ホテル」シリーズの不良老人ロナルド・ピックアップ(Ronald Pickup)、ハリファックスを演じたのはスティーヴン・ディレイン(Stephen Dillane)。ジョージ6世を演じた「アニマル・キングダム」「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」のベン・メンデルソーン(Ben Mendelsohn)ともども、今までとは毛色の違う上流階級の役を味わい深く演じていました。

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いかにも良さげなスーツですが、ゲイリー・オールドマンとベン・メンデルソーンの衣装は、生前のチャーチルも懇意にしていたというサヴィル・ロウ最古のテーラー、Henry Poole & Co が仕立てたそうです。

公式サイト
ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男Darkest Hour

[仕入れ担当]

映画「BPM ビート・パー・ミニット(120 battements par minute)」

00 昨年のカンヌ映画祭でグランプリに輝いた作品です(パルムドールは「スクエア」)。監督・脚本のロバン・カンピヨ(Robin Campillo)は日本ではほとんど無名といっていいでしょう。ずっとローラン・カンテ監督の作品で脚本を担当してきた人だそうで、10年前に共同脚本で参加した「パリ20区、僕たちのクラス」はパルムドールを獲得しています。テーマは違いますが、本作も作り手の立ち位置はマイノリティ側です。

映画の舞台は1990年代初めのパリ。AIDSの脅威に立ち向かうため、同性愛者を中心に結成されたAct Up-Parisの活動を背景に、そのメンバーである男性同士の恋愛を描いていきます。「アデル、ブルーは熱い色」を思わせるような濃厚な性描写を含め、お互いの一途な気持ちが切ない愛の物語です。

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幕開けはAFLS(Agence française de lutte contre le sida)の講演会が行われている会場に乱入するシーン。本来は壇上から自分たちの主張を訴える段取りだったのですが、状況を理解できなかったメンバーが抗議用の赤い液体を投げつけてしまったことから、大騒ぎになってしまいます。ちなみにsidaというのはAIDSを指すフランス語で、映画のセリフにも頻繁に出てきます。

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続いてAct Upの定例会議。過激さを求める人たちと穏健な対話を続けようとする人たちが熱く議論します。壇上にいるのはグループのファシリテーター役であるチボーとソフィ。後方の席にいるのが本作の主人公の一人、ショーンで、自らがHIV陽性であることもあり、生ぬるい活動では現状を変えられないと主張する側です。そしてもう一人の主人公であるナタンはHIV陰性ながら、学生時代を過ごした南仏での経験から問題意識を持ち、Act Upの活動に加わりました。この2人が次第に惹かれ合い、繋がりを深めていきます。

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彼らの活動のベースにあるのは、AIDS患者の多くが同性愛者や薬物中毒者だったことから、AIDSは犯罪者や不信心者に対する天罰だと差別する層への警戒心です。何しろフランスは1982年まで同性の性行為が刑法で禁じられていた国。そういった世論の高まりは、AIDSの予防や治療の妨げになりかねません。

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ショーンたちはAZTの副作用に苦しみ、新薬であるプロテアーゼ阻害薬に希望を見出しますが、認可手続きが遅々として進まない状況に苛立ちます。当時、AIDSは原因不明の死に至る病だったわけで、可能性があるなら今すぐ試したいというのも当然でしょう。
この5年ほど前、米国で入手できなかったAZTを独自に輸入し始めたロン・ウッドルーフを描いたのが「ダラス・バイヤーズクラブ」でしたが、Act Up-Parisのメンバーたちは運動を通じて市民を啓蒙し、政府や製薬会社に圧力をかけていきます。

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この映画の良いところは、死に対する恐怖より、生きる喜びにフォーカスしているところ。やや速めの心拍数と音楽のリズムを絡めたタイトルのとおり、クラブで踊りまくる映像が繰り返し挟み込まれ、アップテンポの曲が流れます。そしてショーンとナタンが熱く燃え上がり、生きることへの執着が画面を塗りつくしていきます。運動のスローガンである"J'ai envie que tu vive(君に生きて欲しい)"が象徴的です。

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そんなアップテンポの挿入歌のひとつがブロンスキービートの"Smalltown Boy"。小さな町で育ったゲイの少年が周囲から理解されず家を出る歌ですね。本作のナタンもそうですし、英国のゲイプライドを扱った映画「パレードへようこそ」のジョーもそうでした。ブロンスキービートは「パレードへようこそ」で描かれるPits and Pervertsコンサートでメインアクトを務めたバンドですが、本作に取りあげられているAct Up-Parisの主要な支援者でもあったそうです。AIDSの蔓延で、少年たちを"run away, turn away"と励ますだけでは十分でなくなり、自ら行動を起こしていったわけです。

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映画を観た後、アルノー・レボティーニ(Arnaud Rebotini)が本作用にリミックスした"Smalltown Boy"を聞くと、あの切なさが蘇ってきます。ぜひYoutubeの動画(こちら)をご覧になってみてください。

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主な出演者のうち、日本でも知られていそうなのはソフィ役のアデル・エネル(Adèle Haenel)ぐらいですが、ショーン役のナウエル・ペレーズ・ビスカヤート(Nahuel Pérez Biscayart)、ナタン役のアルノー・ヴァロワ(Arnaud Valois)の2人の熱演はもちろん、微妙な立場のチボーを演じたアントワン・ライナルツ(Antoine Reinartz)の演技も良かったと思います。カンヌの審査委員長だったアルモドバル監督も涙したという本作、映画好きなら見ておくべき1本でしょう。

公式サイト
BPM ビート・パー・ミニットBeats Per Minute

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2018年3月26日 (月)

映画「ハッピーエンド(Happy End)」

00白いリボン」「愛、アムール」と2作続けてパルムドールを獲ったミヒャエル・ハネケ(Michael Haneke)監督。この「ハッピーエンド」もカンヌに出品されましたが、残念ながら3連覇とはなりませんでした。確かに前2作に比べるとインパクトに欠きますが、あまり期待せずに観るとなかなか楽しめる作品だと思います。

物語の舞台はフランス北西部の街カレー。ご存知のように、英国を目指す移民が行き着く街で、一時は1万人近くまで膨らんだキャンプが移民問題の象徴的存在として注目を集め、今も多くの移民が暮らします。本作は、この街で暮らす裕福な一族のもとに一人の少女がやってきて、それまで覆い隠されていたさまざまな問題が噴き出してくるというお話です。

建設業を営むロラン家は、高齢のジョルジュが引退し、長女のアンヌとその息子のピエールが事業を承継しています。といってもピエールはいまだ半人前で、実質的に母親が会社を仕切っている状況です。

ジョルジュの自宅である瀟洒な邸宅には娘のアンヌの他、息子のトマとその妻アナイス、使用人であるモロッコ人のラシッド、その妻ジャミラと幼い娘が暮らしています。アンヌの弟であるトマは家業に係わってないようで、職業はリールにある病院の勤務医。離婚歴があり、再婚したアナイスとの間に赤ちゃんが生まれたばかりです。

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タイトルバックはスナップチャットの動画。ハムスターの餌にママの鬱病の薬を入れたというテキストが表示されます。映画館のスクリーンに縦長動画が映るのも新鮮ですが、70代半ばでこういう映像を積極的に使っていく監督も立派ですね。動画の撮影者は母親と折り合いが良くないようで、いろいろと文句を連ねた後で“ママをおとなしくさせた”と書き込みます。

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場面が変わって工事現場。高層ビルの基礎工事でしょうか。掘削現場のかたわらの土留め壁が大きく崩れ落ちます。事故の報告を車の中で受けているのがアンヌ、それを報告してきたのが息子のピエールです。その後、現場検証にうまく対応できないピエールと、苛立ちを隠せないアンヌの姿が示され、この母子の関係が伝わってきます。

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続く場面は、トマの前妻が入院したことから、二人の娘であるエヴを預かることになり、トマがアルルまで迎えに行くシーン。勘の良い人なら、というか、この監督の映画を観たことがある人なら、冒頭のスナップチャットの主がエヴだと気付くでしょう。キュートな顔立ちとは裏腹に、心の奥底に「白いリボン」的な世界を抱えた少女です。

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大きな屋敷に、認知症気味のジョルジュ、息子の問題に悩むアンヌ、立派な家庭を装うトマ、そして内なる闇を抱えたエヴが暮らすことになります。そして、経済的に恵まれているが故に各自の問題が表面化しにくく、見て見ぬふりをすることで保ってきた微妙なバランスが崩れ始めていきます。

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エヴはトマの秘密に気付き、ジョルジュはエヴの闇に気付き、ピエールは自らの限界に気付きます。お互いの関係性が変わってしまったこの一家は、これまでと違った世界を生きるしかありません。ハッピーエンドという皮肉なタイトルが効いてきます。

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老父をジャン=ルイ・トランティニャン(Jean-Louis Trintignant)、その娘をイザベル・ユペール(Isabelle Huppert)が演じるという配役は「愛、アムール」と同じですが、ジョルジュがエヴに語る自らの過去は「愛、アムール」と直に繋がるものです。

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またその場面で、エヴを演じたファンティーヌ・アルドゥアン(Fantine Harduin)が着ている“I ★ JAPAN”というロゴ入りTシャツは、彼女のキャラクターが日本の「タリウム少女」に由来することを示しているのでしょう。

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2003年の引退後、ハネケ監督の2作のみに出演してきたジャン=ルイ・トランティニャン。現在87歳だそうです。

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続編を予感させるようなエンディングでしたが、果たして3作目はあるのでしょうか。

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公式サイト
ハッピーエンドHappy End

[仕入れ担当]

映画「修道士は沈黙する(Le confessioni)」

00 「ローマに消えた男」のロベルト・アンドー(Roberto Andò)が監督した2016年の作品です。G8財務相会議の開催中に国際通貨基金の専務理事が自殺し、その前の晩に告解を受けた修道士が握る秘密を巡って、会議の参加者が腹の探り合いをするという物語。「オーケストラ!」のアレクセイ・グシュコブ(Aleksei Guskov)演じるロシア大臣が参加していますので、時代は2013年以前という設定のようです。

イタリア映画ですが、舞台は旧東独のリゾート地ハイリゲンダム。空港の車寄せを除くと、会議場となるグランド・ホテル(Grand Hotel Heiligendamm)内ですべてのシーンが完結するという一種の密室サスペンスで、バルト海を臨む風光明媚な景色と瀟洒なクラシックホテルの佇まいも見どころの一つです。ちなみにこのホテルでは実際に2007年6月のG8サミットが開催されています。

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映画の幕開けは空港の到着口。ロストック=ラーゲ空港(Rostock Airport)でしょうか。ブルカやニカブを被った女性に混じって白い修道服を着た初老の男が現れます。修道士は購入したばかりのICレコーダーを箱から出して動作を確かめてから、車寄せに出て空中浮遊パフォーマンスをする男を子どもの傍らで眺めます。そして迎えの車が到着します。

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続いて、緑に囲まれた一本道を走っていく車を空撮した映像。長回しで目的地のホテルまで撮り続け、観客の期待を煽ります。ホテルのゲート付近には警備車両が並び、VIPの集いだということがわかってきます。

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このホテルでG8財務相会議が開かれるのですが、その前夜祭的にIMF専務理事ダニエル・ロシェの誕生日ディナーが催され、そのゲストとして人気絵本作家の女性と、ロック歌手の男性、そして件の修道士が招かれたのです。

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食事に続いて、ロック歌手のギターに合わせて“Take a Walk on the Wild Side”で盛りあがったりするのですが、その後、修道士がロシェの部屋に呼ばれ、告解をしたいと頼まれます。

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そして修道士が部屋を去った後、ロシェはビニール袋を被って自殺してしまいます。そのビニール袋は修道士がICレコーダーを購入した際のもので、また深夜にロシェの部屋に出入りしていたこともあり、当然ながら彼が重要参考人となるわけです。

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修道士は、告解を受けたと明かすだけで、その内容は語りません。大部分の参加者は自殺だと思っているようですが、狂信的な人物による殺人の方が金融市場に与える影響が小さくて良いという参加者もいます。こういう方法で自殺した作家がいるとイエールジ・コジンスキー(Jerzy Kosiński)を暗示するセリフを語る人物がいたり、謎が深まっていきそうな気配を見せつつも、次々に謎が明かされていき、思いのほかシンプルな着地点に向かいます。

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面白いのは、疑惑が渦巻き、利害がぶつかる中で、互いに不信感を抱きながら交流する参加者たちの人間模様です。財務相会議という時点で既に国と国の対立があるわけですが、今回議決を予定していた政策が、富める国を富ませ、貧しい国を打ち捨てることに結びつくことから、財政に対する考え方のみならず、生き方や良心の問題にも関わってきます。またその背景にある国民性や、修道士や宗教に対する意識などさまざまな事情も絡み合います。

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たとえば「フォンターナ広場」のピエルフランチェスコ・ファヴィーノ(Pierfrancesco Favino)が演じたイタリア大臣。お国柄か、最後まで修道士に対する敬意を失わず、語り合う度に決断が揺れます。そして最終的に自分の立ち位置、考え方を改めて見つめ直すことになります。もちろん金融危機に対するイタリアの状況も反映されています。

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またロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの団員だったという伊川東吾(Togo Igawa)が演じた日本大臣。ロシェは、50万ドルとも100万ドルとも言われる高額の講演料を受け取るカネの亡者だったと修道士に伝えます。おそらく他人からの恨みを買ってもおかしくないと告げる役回りだったのでしょうが、カネにまつわる醜聞を嫌う日本人というイメージも含まれているような気がします。

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マリ=ジョゼ・クローズ(Marie-Josée Croze)演じるカナダ大臣が意外に奔放で、コニー・ニールセン(Connie Nielsen)演じるさばけた感じの絵本作家クレール・セスが信心深かったりするのも国民性の表現かも知れません。次第に各自の個性が顕わになり、ロシェの知られざる姿も明らかになっていきます。クライマックスを彩る重要な鍵が修道士の前職にあるのですが、そのあたりはご覧になってのお楽しみです。

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修道士ロベルト・サルスを演じたのは「イル・ディーヴォ」「グレート・ビューティー」のトニ・セルヴィッロ (Toni Servillo)。対するIMF理事ダニエル・ロシェを演じたのはフランスの名優ダニエル・オートゥイユ(Daniel Auteuil)。2人とも味のある役者ですね。それを自身もオープンリーゲイであるランベール・ウィルソン(Lambert Wilson)や、「ソウル・キッチン」のモーリッツ・ブライプトロイ(Moritz Bleibtreu)といった実力ある俳優陣が支えます。

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いろいろ小ネタが散りばめられていて、随所でクスッと笑える映画です。私は、ロシェが語ったというジョークが刺さりました。心臓移植を待つ患者に4歳のドナーがいると言ったら、若すぎると拒否され、30歳のファンドマネージャーはどうかと訊いたら、そいつには心臓(ハート)がないからダメだと言われ、70歳の銀行家はいかがと訊くと、それはいい、そのハートは使われたことがないはずだから、という自虐ネタ。実は本作の主題でもあります。

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映画の途中、PETAが乱入するシーンがありますが、実際のハイリゲンダムサミットのデモ活動はとても激しかったそうで、グリーンピースが船で上陸して塗料を投げつけたりしたそうです。ということで高級ホテルを舞台にスタイリッシュに仕上げられている本作、作り手の立ち位置が財務相側でないことは言うまでもありません。

公式サイト
修道士は沈黙する

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2018年3月19日 (月)

映画「聖なる鹿殺し(The Killing of a Sacred Deer)」

00 前作「ロブスター」に続き、またもや奇妙な映画をカンヌ映画祭に出品したギリシャ人監督のヨルゴス・ランティモス(Yorgos Lanthimos)。前作は審査員賞でしたが、本作では脚本賞を獲ってしまいました。

本作の主人公である心臓外科医のスティーブンを演じているのは前作でも主演を務めたコリン・ファレル(Colin Farrell)。この後に出演した「ビガイルド」もニコール・キッドマンと出ていますので、二つの共演作がパルムドールを争うことになりました。ちなみにニコール・キッドマン(Nicole Kidman)はこのとき70周年賞(Prix du 70e anniversaire)を受賞しています。

映画の幕開けは冠動脈バイパス術の映像。心拍動下手術というそうですが、むき出しになった心臓から鼓動が聞こえてきそうな生々しさです。きっとホラー映画に分類される作品だと思いますが、ギリシャ神話を下敷きにした脚本だそうで、要するに神の怒りを静めるために自らの子どもを生け贄に出さざるを得なくなるという不条理を描いていきます。

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手術の映像に続くのは、ダイナーのテーブルで待つスティーブンの前に少年が現れる場面。このマーティンという少年と交わす会話がぎこちなくて不自然です。お互い親しげに振る舞おうと思っているのに、心の壁があって距離が縮まらないという感じ。続いて別の日に待ち合わせたときには、スティーブンが腕時計をプレゼントします。マーティンは感謝を述べますが、そう振る舞うのが正しいので喜んでみせているという曖昧な表情です。

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このあたりで彼らが父子でないことがわかってきます。郊外の広々とした邸宅で暮らすスティーブンには、美しい妻アナと娘のキム、息子のボブがいて、絵に描いたような幸せな家庭です。病院の同僚には、マーティンは娘の友だちだと紹介しますが、その後、マーティンを自宅に招いた場面で、嘘だったことが観客にわかります。

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いったいマーティンは誰なのか。ちょっとネタバレになりますが、スティーブンが手術した患者の息子なのです。その患者が亡くなり、その贖罪的な意味もあってスティーブンはマーティンに親切にしているのです。

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スティーブンの勤務先である病院だけでなく、自宅にも出入りするようになったマーティン。なぜかキムと親しくなり、観客の関心がそちらに向いていると、突然、ボブの脚が動かなくなります。あらゆる検査をしますが、原因不明。心因性のものではないかという診断が下りますが、今度はキムの脚も動かなくなり、映画全体がどんどん不穏な空気に包まれていきます。

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そしてスティーブンは、マーティンからお告げのようなものを受けることになります。彼いわく、スティーブンはマーティンの父親を殺したのだから、かわりに自分の家族から犠牲を出さなくてはいけない。脚が動かなくなった後、しばらくすると目から出血して、最後は死に至るというのです。

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もちろんマーティンが彼らの脚を動かなくしたわけではありません。これは前作「ロブスター」では結婚できない男女が動物に変えられてしまう世界だったのと同じように、誰かの家族を殺したら自分の家族を生け贄にするという世界なのです。ですから医学的な解釈など抜きにして、そういうものだと思って観るしかありません。

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この突拍子もない話が、それなりの説得力を持つのは、マーティンを演じたバリー・コーガン(Barry Keoghan)の薄気味悪さでしょう。クリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」ではキリアン・マーフィーに誤って殺される純朴な少年を演じていましたが、本作では正直そうな振る舞いの裏に何かありそうな不気味なキャラクターを巧みに演じています。

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そしてスティーブンの妻、アナを演じたニコール・キッドマンの素晴らしい演技。持ち前の美しさゆえ真顔での語りが正気か狂気か見分けがつかず、先が読めない観客は、常にスクリーンに引き付けられることになります。彼女とバリー・コーガン、2人の演技力に負う映画と言えるでしょう。

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娘のキムを演じたのは子役出身のラフィー・キャシディ(Raffey Cassidy)。彼女が劇中、エリー・ゴールディングの“Burn”を無伴奏で歌うのですが、その不安定な声が耳に残ります。印象的な場面の一つですので、後で歌詞を確かめてみましたが、特に伏線になっているわけではなさそうでした。

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音や映像で観客の心を揺さぶるタイプの作品です。ちょっとグロい場面、エロティックな場面がありますので、それらが目を引くかも知れませんが、前作にあった笑える要素はほとんどありません。敢えて言えば、生け贄が必要だと一家が理解した途端、それぞれが妙なアピールをし始めることぐらいでしょうか。

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また、個人的には、銃声が響いて暗転でも良かったのではないかと思いますが、ちゃんと結末まで見せてくれる親切な作品でもあります。ということで、ひと言でまとめれば、不思議な設定とバリー・コーガンの怪演が見どころの映画と言えそうです。

公式サイト
聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディアThe Killing of a Sacred Deer

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