カルチャー

2018年11月13日 (火)

ラテンビート映画祭「ローマ法王フランシスコ(El Papa Francisco, un hombre de palabra)」

00 1999年の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」以降は、フィクションよりもノンフィクションの方がヒットしている感があるヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)監督。彼が敬愛する第266代ローマ法王、フランシスコへのインタビューを中心に構成されたドキュメンタリー映画です。

カメラに向かって語るインタビュー映像の合間に、さまざまな場所で行ったスピーチ映像が挟み込まれ、彼の考え方が明確に示されるのと同時に、これまで5年間の法王としての活動を俯瞰できる作りになっています。

タイトルを直訳すると“フランシスコ法王、言葉の人”といった感じでしょうか。映画の序盤で法王は、“世界の大部分は聞く耳を持たない”が大切なのは“少なく語り多く聞くこと”だと語ります。しかし法王が沈黙してしまうわけにはいきません。貧困や環境からテロや軍事衝突まで世界中の課題と向き合うフランシスコですが、ヴェンダース曰く“法王には言葉しか武器がない”。語り続けることが使命なのです。

01

ヴェンダースは、フランシスコがいろいろと“最初”だったことを強調します。初めてアメリカ大陸から選ばれた法王、初めてのイエズス会出身の法王、初めてフランシスコを名乗る法王。特にその名に関連し、アッシジの聖フランシスコの生き方とのつながりに注目します。

05

まず法王が語るのは貧困問題。世界の富の80%を20%の人が握っているという不平等を変えなくてはいけないと主張し、また飢えた人が大勢いるこの世界で、足るを知る大切さを説きます。これは法王のライフスタイルとして広く知られていることですが、アッシジの聖フランシスコが説いた清貧の思想と重なる部分でもあります。

04

環境問題についても語るのですが、これも動植物と心を通わせ万物兄弟の思想を説いた聖フランシスコと繋がります。ちなみに映画「ローマ法王になる日まで」でもみたように、法王フランシスコは理系の出身。廃棄物を減らすために無駄なものを買わないという心がけを語るだけでなく、宗教における科学の重要性も力説します。

11

また、ふいにドストエフスキーに言及したのも意外な感じでしたが、それより何より、自由の大切さを説いたくだりで、“どの神を信じることも自由、神を信じない自由もある”と言い切っていた包摂力には驚きました。

03

世界中を旅している法王フランシスコ。スラムや被災地に行ったかと思えば嘆きの壁を前で祈り、ワシントンDCでは上下院議員に武器輸出の愚かさを説いて、セレブ用の装甲リムジンではなくミスタービーンのような小型車で移動します。テロや紛争に関する語りのリアリティは、混乱期のアルゼンチンでいろいろと苦労された法王ならではでしょう。

02

良いお話が盛りだくさんで、クリスチャンではない私もいろいろと感銘を受けました。特に、人としての尊厳を保つために3つのT、即ちtrabajo(仕事)、terra(大地)、techo(天井=住居)が必要だという部分、終始一貫して共通善(common good:法王のいうun bien mayor)の大切さを強調していたことが印象に残っています。

07

公式サイト
Pope Francis: A Man of His Word

[仕入れ担当]

2018年11月12日 (月)

映画「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」

00 クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの生涯を描いた作品です。英米では“批評家の評価は低いのに大ヒット”と報道されていましたが、きっと批評家の人たちは冴えない試写室でプレスシートを読みながら観たのでしょう。是非とも映画館の大スクリーン&大音響でご覧になってください。どっぷり浸れば浸るほど楽しめる映画だと思います。

映画の幕開けは1985年のライブエイドのステージ。大観衆の前に飛び出すメンバーを映した後、時代はさかのぼり、デビュー前の1970年から時間軸にそって物語が進みます。劇中で流れる数々の名曲が感動を増幅させていく映画なのですが、実は始まる前の20世紀フォックスのファンファーレもエレキギター仕様に変えられていて、その時点から制作者の力の入れようが伝わってきます。

ということで、物語の最初はフレディ・マーキュリーと名乗る前のファルーク・バルサラがヒースロー空港の荷物係をしているシーンから。これはよく知られたエピソードで、本作の公開を記念してブリティッシュ・エアウェイズが実際のヒースロー空港でトリュビュート動画を撮って公開しています(→YouTube)。しかし当時はこれほど和気藹々としていたわけではないようで、彼はペルシャ系インド人(パーシー)なのですが、このときもその後も、何かにつけてパッキー(パキスタン人の蔑称)と呼ばれ罵られることになります。

一方、ブライアン・メイとロジャー・テイラーはスマイルというバンドで活動をしていたのですが、ヴォーカルでリーダー格だったティム・スタッフェル(Tim Staffell)が“このバンドにいてはパブが学園祭にしか呼ばれない”と脱退してしまい、途方に暮れています。そこに彼らのファンだったフレディ・マーキュリーが加わったことで(ジョン・ディーコンは後にオーディションで参加)クィーンとしての活動が始まるわけです。

12

ちなみに2人をバカにして出て行ったティム・スタッフェルのその後ですが、低迷して音楽から足を洗ったり復帰したりしながら、今もミュージシャンとして活動しているようです(→公式サイト)。この映画のスマイルのライブシーンで使われた曲にも、ブライアンとロジャーに誘われて参加しているとのこと。

4人編成になったクィーンは、オリジナリティの高い楽曲のせいでEMI幹部のレイ・フォスター(Ray Foster)と衝突を繰り返し、紆余曲折を経て世界から認められていきます。どうでもいいことですが、この映画ではレイ・フォスター役をマイク・マイヤーズ(Mike Myers)が演じていて、そのままではまったく似ていないのでメイクで造り上げています。取り立ててお下劣な役でもないのに、なぜ彼がキャスティングされているのか謎ですね。

04

そうしてクィーンはスターダムに駆け上がるのですが、フレディ・マーキュリーの私生活は難しい局面を迎えます。最愛のガールフレンドであるメアリー・オースティン(Mary Austin)と暮らしつつも、ゲイとしてのアイデンティティが大きくなり、その狭間で苦悩するのです。

性的に奔放なイメージがあり、そのせいでAIDSを発症することになるフレディですが、精神的には一生にわたってメアリーだけを信頼し続けるわけで、彼のセクシャリティとメンタリティーの特殊性を示すエピソードです。

03

ついでに記せば、この映画の素晴らしいところはフレディ・マーキュリーの複雑な背景、たとえばパーシーとしての伝統を護ろうとする父親との対立、出っ歯のインド人という外見と自らの美意識とのズレ、インテリで安定した家庭を営む他のメンバーとの意識差、そしてセクシャリティの問題などに光を当て、人物像に深みをもたせているところだと思います。

15

そういった意味で、フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック(Rami Malek)の素晴らしさは、フレディが憑依したといわれる迫真のステージパフォーマンス(実際のライブ映像はこちらこちら)だけではないと思います。4年前に「ショート・ターム」で見たときは特にすごい俳優だと思いませんでしたが、今回の演技にはびっくりしました。

11

メアリーを演じたルーシー・ボイントン(Lucy Boynton)は「シング・ストリート」のヒロインで、「オリエント急行殺人事件」にもハンガリー貴族の妻の役で出ていました。フレディの愛を受け止めきれず、それでも誠実に接しようとする姿を上手に表現していたと思います。

14

それから、演技がうまいのかどうかはわかりませんでしたが、ブライアン・メイを演じたグウィリム・リー(Gwilym Lee)も、ロジャー・テイラーを演じたベン・ハーディ(Ben Hardy)もホンモノそっくりです。ジョン・ディーコン役のジョセフ・マッゼロ(Joseph Mazzello)も、その昔、アルバムのライナーノーツで読んだ通りの印象の薄さで、ある意味、似てると思いました。

02

監督はブライアン・シンガー(Bryan Singer)と表示されていますが、2017年12月にプロデューサーから解任されていますので、本質的には16日間の撮影を行い、最終的な仕上げを行ったデクスター・フレッチャー(Dexter Fletcher)の作品と言えるかも知れません。俳優としての方が有名な人とはいえ、本作の前に監督を務めたミュージカル映画「サンシャイン/歌声が響く街」も、ごくシンプルなストーリーに適度なひねりと深みを加えた後味の良い作品に仕上がっていました。

06

本作では、フレディの発病時期が事実と異なると批判している記事も目にしましたが、観客の多くを占めるであろうクィーンファンなら誰でも知っている話でしょうし、クライマックスとなるライブエイドの場面に盛り上がりの頂点を持ってくるための演出としてはあれで良かったのではないでしょうか。大切なのは、ファミリーと信じていたバンドメンバーの間にすきま風が吹き(5月の日本公演以降、沈黙を守っていたそうです)、ライブエイドを機に再び結束して最高のステージを見せたという点です。私は公開前夜に行われたIMAX特別上映で観たのですが、クィーンの熱いファンも多いと思われる満席の館内から、終映後に大きな拍手がわき起こっていました。

13

公式サイト
ボヘミアン・ラプソディBohemian Rhapsody

[仕入れ担当]

2018年11月 7日 (水)

ラテンビート映画祭「アブラカダブラ(Abracadabra)」

00 このラテンビート映画祭で5年前に観た「ブランカニエベス」は、スペイン文化への愛情あふれるモノクロ映画で、ゴヤ賞10部門受賞という快挙を成し遂げた作品でした。

続くパブロ・ベルヘル(Pablo Berger)監督の最新作はガラッと趣向を変えて、カラフルな映像に彩られたコメディタッチのサスペンス。ホラーの要素もあり、サイコスリラーの要素もありといった盛りだくさんの人間ドラマです。

主人公カルメンの夫カルロスは、これから親類の結婚式に出るというのに、ギリギリまでTVにかじり付き、挙げ句の果てに教会の中でラジオ中継を聞きながら参列するといったサッカー狂。家庭内のことには見向きもしないばかりか、ことあるごとに妻と娘に怒鳴り散らすマッチョな男です。

01

結婚披露宴でカルメンの従兄弟ペペが催眠術の余興を行うのですが、誰も被験者になりたがらず、常々インチキだと馬鹿にしていたカルロスが悪のりしてステージに上がります。一瞬、催眠術にかかったように見せかけ、観衆の注目を集めるのもカルロスの悪ふざけの一部。ペペに悪態をつき、笑いものにしながらステージから降ります。

03

もちろんカルメンは不機嫌になりますが、どうやらこういうことは日常茶飯事のようです。娘のトニも、カルロスの行いを気にしていないというより、存在を無視している感じでやり過ごしています。

12

ところが、カルロスに大きな変化が現れます。サッカーへの情熱がなくなったばかりか、カルメンのために朝食を用意したり、掃除機をかけたり・・・。トニの勉強の手伝いまでして、明らかに今までのカルロスではありません。

13

カルメンはペペの催眠術のせいではないかと思うのですが、ペペの師匠であるドクター・フメッティの見立てでは、カルメンへの思いを抱いて1983年に亡くなったティトが憑依しているとのこと。そしてカルメンとペペは憑きものを落とすために奔走することになります。

07

タイトルの“アブラカダブラ”は、催眠術の呪文として使われる他、スティーヴ・ミラー・バンドの同名の曲が80年代風のディスコの場面でかかります。その曲に合わせて繰り広げられるダンスシーンといい、続けて10ccの“I'm Not in Love”がかかるあたりといい、1963年生まれの監督らしさが出ていると思いました。

08

終映後にはパブロ・ベルヘル監督のティーチインがありました。サービス精神にあふれた人で、いろいろお喋りをして観客を涌かせていましたが、印象に残ったのは、催眠術にかかっていたのはカルロスだけではないというお話。カルメンには“結婚生活とはこんなものだ”という諦めがあったわけで、そういった思い込みからの解放を描いた映画でもあるということでした。確かにエンディングのカルメンの表情は希望と力強さに満ちています。

Abracadabra

そのカルメンを演じたマリベル・ベルドゥ(Maribel Verdú)は「ブランカニエベス」で継母役だった人。「天国の口、終りの楽園。」をはじめ多くの作品に出演しているベテラン女優で、この映画も彼女の魅力と演技力に支えられている部分が大きいと思います。

02

そしてカルロスを演じたのは、スペイン映画ファンにはおなじみのアントニオ・デ・ラ・トレ(Antonio de la Torre)。このブログでも「気狂いピエロの決闘」「刺さった男」「アイム・ソー・エキサイテッド!」「マーシュランド」「静かなる復讐」「ゴッド・セイブ・アス」と多数ご紹介している人気俳優です。

10

娘のトニを演じたのは、アルモドバル監督の「ジュリエッタ」で失踪したアンティカの少女時代を演じていたプリシラ・デルガード(Priscilla Delgado)で、まだミドルティーンながら既に7年以上のキャリアがあるというプエルトリコ出身の子役。ペペを演じたホセ・モタ(José Mota)は「刺さった男」の主役ですね。

04

上映前にこの映画祭のプロデューサーであるアルベルト・カレロ・ルゴが登壇した際、自分に似ている人が出ていると言っていたのは、このホセ・モタのことでしょう。またアルベルトは、本作のロケ地となったマドリードのカラバンチェル(Carabanchel)地区の出身だそうで、いろいろと縁のある映画だと言っていました。

ちなみに、ベルヘル監督の奥様は原見夕子さん(Yuko Harami)という日本人写真家で、彼の一連の作品でプロデューサーを務めている他、本作では字幕翻訳も担当されています。

[仕入れ担当]

2018年11月 5日 (月)

ラテンビート映画祭「カルメン&ロラ(Carmen y Lola)」

00 今年で15年目というラテンビート映画祭、第1作目はビルバオ出身の女性監督アランチャ・エチェバリア(Arantxa Echevarria)初の長編劇映画です。

マドリード郊外で暮らす16歳の少女ロラの初恋の物語。美しい映像で女性同士の恋愛を描いていく繊細な作品ですが、登場人物がヒターノ(ジプシー)だということがシンプルなラブストーリーに複雑さを与えています。

ロラが恋する相手は1つ年上のカルメンで、それぞれの親が商いをしている青空市場で出会います。

01

ロラは自分が女性に惹かれることに気づいていますが、カルメンはそうではありません。結婚して母になるのが当たり前だと考えていて、数日後に婚約式を控える身です。

02

ロラの夢は大学に進んで教師になること。対するカルメンは、自分の夢は可愛いらしい美容室を開くことだと言うのですが、それを聞いたロラは、ヒターナ(ヒターノの女性)の仕事イコール美容師という紋切り型を批判します。

エチェバリア監督によると、とりたてて能力のないヒターノの少女にとって職を持つことも自立することも遠い夢で、誰かの妻として生きるしかないのが現実だそうです。そういった背景は、ロラが好んで描き、またカルメンのピアスのモチーフでもある、羽ばたく鳥で表現されています。

03

その後、二人はカルメンの婚約式で再会し、カルメンの婚約者がロラのいとこであることを知ります。この場面で執り行われるヒターノの婚約儀礼は見どころの1つですが、ストーリー的には彼らのコミュニティの狭さと互いに監視し合う日常が示されます。

映画の舞台になっているマドリード北東部のオルタレサ(Hortaleza)という地域は、歴史的に政府による強制移住先だったそうで、いまも監視塔(→map)が残っています。時折、画面に映り込む監視塔が彼女たちの生活を象徴するかのようです。

10

カルメンは友だちだと思っていたロラが自分に好意以上の気持ちを抱いていることに気付いて衝撃を受けます。一時的にロラを避けるようになりますが、彼女との付き合いを通じて、ヒターノ社会の閉鎖性やマチスモを押し通す父親や婚約者への疑問が芽生えていたのでしょう。再びロラと会うようになります。

09

カルメンがロラに“(誰かと)キスしたこともないのにどうして(自分がレズビアンだと)気づいたの?”と質問すると、ロラは“(女性と)キスしたこともないのにどうして(自分は)違うと思うの?”と質問を返します。二人の関係が変わっていく瞬間です。

05

彼女たちが暮らす社会で同性愛は禁忌であり、呪われた病気として扱われています。カルメンが婚約を解消したことで面目を失った家族たちは激怒し、彼女たちの関係を知ったロラの両親は悲嘆に暮れます。そして彼女たちは居場所を失うわけですが、その後の二人の選択が美しいサンタンデールの風景に繋がっていくところもこの物語に希望をもたらしていると思います。

終映後に元宝塚女優でLGBTアクティビストの東小雪さんを交えてエチェバリア監督のティーチインが行われました。

Carmenlola

いろいろと映画の背景が語られましたが、中でも驚いたのは、出演者全員が素人であり、ヒターノであるということ。喫煙シーンがあると言った途端に“結婚できなくなる”と断ってくるヒターナが一般的な中、同性愛の役を演じた主役二人には、登場人物と同じレベルの大きな決断が必要だったと思います。ちなみに、ロラの父親は工事現場の警備員、母親はバリェカス(Vallecas)市場の青果商として働いている人だそうで、それぞれその場で声をかけ、一本釣りしてきたそうです。

08

また、上に記した通りオルタレサというのは特殊な地域ですので、そこでヒターノの協力を得ながら、彼らの旧態依然とした考え方を否定するような映画を撮れるようになるまでには長い時間がかかったようです。監督は、2009年にヒターナのレズビアンカップルが誕生したという報道を見てこの企画を考え始めたそうですが、その後、6年間かけて彼らのコミュニティに入り込んでいったと言っていました。

06

おかげで、この映画ではさまざまなヒターノ独特のカルチャーを垣間見ることができます。また同時にネガティブな部分、たとえばDVや貧困の問題だったり、十分な教育を受けられない現実だったり(ロラの母親は文盲です)、ヒターノ以外のスペイン人(字幕では“白人”となっていました)への嫌悪感といった表面化しにくい部分を知ることもできます。ヒターノのDVについては、肋骨が折れるほど暴力を振るわれても離婚できなかったと言っていた「ラ・チャナ」を思い出しました。

いずれにしても監督の熱意が理想的な形で結実した素晴らしい作品です。日本での一般公開は予定されてないようですが、機会があれば是非ご覧になっていただきたい映画だと思います。

公式サイトなし:監督のFacebookはこちら

[仕入れ担当]

2018年10月30日 (火)

映画「世界で一番ゴッホを描いた男(中国梵高)」

00 昨日の「華氏119」に続いて今回もドキュメンタリー映画です。

カメラが追うのは、中国の深圳郊外にある大芬(ダーフェン)で暮らすチャオ・シャオヨン(赵小勇)という中年男性。湖南省から出稼ぎに来て以来、20年間にわたってゴッホ(梵高)の複製画を描いてきた画工です。

大芬というのは、有名画家の複製画作りで有名な土地だそうで、世界中のレプリカの6割以上が当地から出荷されているそうです。

30年ほど前に香港の画商がこの地で複製画作りを産業化し、中国の高度成長の波に乗って10,000人以上の画工が働く一大ビジネスに成長したとのこと。現在は「大芬油絵村」と呼ばれ、観光地としても人気だそうです。

01

中学一年で学業を終えたシャオヨンですので、当然ながら、絵画の専門教育を受けたことはありません。ポストカードや画集を見ながら、ひたすら模写をするのみ。ひまわり、星月夜、夜のカフェテラス、自画像といったゴッホの有名作品を数多く手がけ、今では妻の他に弟子を抱える経営者でもありますが、いまだホンモノのゴッホの作品は見たことがありません。

02

アムステルダムの顧客からの誘いもあり、一念発起して欧州に旅立つ決心を固めます。金銭的な心配を口にする妻の説得から、生まれ故郷に帰ってのパスポート取得まで細々とした問題を片付け、ビザの発給を待って、空路オランダへ。

07

まず誘ってくれた長年の顧客のところに行くのですが、シャオヨンが画廊だと思って複製画を卸していた顧客の店が単なる土産物屋だと知ってびっくり。その上、48ユーロで卸した絵が500ユーロで売られていてさらにびっくり。内心、かなり傷ついたようですが、気を取り直し、いよいよ夢にまで見たゴッホ美術館です。

08

初めてゴッホの作品を見たシャオヨンの表情が観客の心を打ちます。このドキュメンタリー映画の素晴らしさは、シャオヨンのゴッホに対する熱い思いを丁寧に写し取っているところなのですが、シャオヨンの生真面目な性格のおかげで感動が増幅される感じです。

11

その後、フランスに移動し、パリからアルル、ゴッホの墓所があるオーヴェル=シュル=オワーズまで旅が続きます。墓参りでは線香代わりにタバコを供え、ユーモラスな映像なのに、じわじわと真摯な気持ちが伝わってくるのもシャオヨンのキャラクターゆえでしょう。

09

個人的に面白かったのは、シャオヨンが家族を連れて出かける深圳の公園。世界之窗(世界の窓)という一種の遊園地で、日本の東武ワールドスクウェアのように世界中の名所史跡のミニチュア版が立ち並んでいます。ユイ・ハイボー(余海波)監督としては、イミテーションが生活に溶け込んだ文化を複製画作りの土壌として示したかったのかも知れませんが、そんな難しいことを考える前に公園の作りの拙さに笑わされる場面です。

10

たとえばバルセロナのグエル公園のすぐ向こうにオランダの風車小屋が立ち並ぶレイアウト。見ようによっては、かなりシュールな風景です。その後、ホンモノのアムステルダムに飛んだシャオヨンは、スキポール空港に隣接する風力発電の風車の列を目にすることになります。世界之窗のニセモノに比べ、情緒のかけらもない風車だと思ったことでしょう。イミテーションとホンモノの違いを知る旅をテーマとする本作において、ある意味、象徴的なシーンだと思います。

03

その他、都市と地方の所得格差や、娘の都市戸籍問題など現代的なテーマもさりげなく織り込まれている本作。ついついシャオヨンの個性に引っ張られてしまいますが、ディテールをよく見るとさまざまな発見がありそうな作品です。

公式サイト
世界で一番ゴッホを描いた男China's Van Goghs

[仕入れ担当]

2018年10月29日 (月)

映画「華氏119(Fahrenheit 11/9)」

00 2004年の「華氏911」でブッシュ政権を批判し、ドキュメンタリー映画としては稀なパルムドール獲得を果たしたマイケル・ムーア(Michael Moore)監督が、ドナルド・トランプの大統領就任が確実になった11月9日(一般投票の翌日)に引っかけて、新たな政権批判の映画を送り出しました。といっても今回は共和党叩きだけでありません。なぜトランプみたいなおかしな男が大統領になってしまったか突き詰めていくなかで、前政権を担ったオバマ大統領や、トランプの対抗馬だったヒラリー・クリントン、投票を怠った有権者までもが批判の対象になります。

マイケル・ムーアの視点は、生まれ故郷であるミシガン州の市民としてのもの。まずはPCメーカーのゲートウェイCEOなどを歴任した後、2011年にミシガン州知事に就いたリック・スナイダー(Rick Snyder)を俎上に上げます。ウシ柄の箱に入ったGatewayといえばDellやCompaqと並ぶ画期的な直販業者でしたが、今はエイサーに吸収されてしまったようですね。飛ぶ鳥を落とす勢いだったゲートウェイを上場させ、その後10年ほど取締役を務めたスナイダーは、ビジネスの手腕を政治に活かすという触れ込みで知事選に打って出ます。トランプ大統領と同じ売り文句です。

01

着任早々、緊縮財政の検討を始めたスナイダーはミシガン州フリントの水道水の水源を変える決定を行い、フリント川からの取水を許可するのですが、その直後から子どもたちに発疹などの症状が現れはじめます。そして地元の大企業であるGMは、部品に錆が生じるという理由で市の水道の使用をやめ、水源を変えるのです。そのまま水道水を使用するしかないフリントの住民は40%が貧困ライン以下。フリント出身のマイケル・ムーアが、GMの最高経営責任者だったロジャー・スミスをこき下ろした「ロジャー&ミー」でデビューしたのはご存じの通りですが、なにやら因縁を感じさせる展開ですね。

02

マイケル・ムーアは州知事のスナイダーを責めるだけでなく、事態収拾のために当地を訪れ、水道水を飲むふりをして見せた当時の大統領、バラク・オバマの映像を挟み込みます。このあたりが本作のキモに繋がるのですが、大統領選でヒラリー・クリントンが負けた理由として、ペンシルヴェニア、オハイオ、ミシガン、ウィスコンシンの軽視、つまり労働者が集中する五大湖周辺での得票を過信して選挙活動を行わなかったからだとマイケル・ムーアは喝破します。要するに民主党の慢心による自滅です。

03

対するトランプはこの4州で精力的に活動していたそうです。それを見ていたマイケル・ムーアは開票前にトランプの勝利を予言しました。ウォール街の献金に支えられたヒラリーより、社会主義者と揶揄されたバーニー・サンダースに共感していた労働者層が本選での投票をやめた結果、無投票1億、ヒラリー6600万、トランプ6300万という結果になり、選挙人制度によってトランプが勝利してしまうのです。

04

ヒラリー陣営の戦略ミスといってしまえばそれまでですが、まさかトランプが勝利することはあるまい、と思って投票しなかった有権者にも原因があるとマイケル・ムーアは指摘します。そしてエール大学のティモシー・スナイダー教授にトランプ政権とナチスの類似性を指摘させ、トランプが災害などを言い訳に選挙制度を停止して独裁制に向かう可能性を示唆します。ちょっとした油断がトランプ大統領を生んだように、気づかないうちにさらに恐ろしい世の中に引きずり込まれるかも知れません。

08

つまりマイケル・ムーアが訴えているのは“投票しなさい”ということ。一部の熱狂的信者が支えるトランプ政権にとって、高い投票率こそ鬼門です。それはどこの国でも同じで、政治に対する無関心が、特殊な思想や宗教で結びついた人々中心の施政に繋がっていくのです。

05

日本では野党があまりにもあんまりで困った状況ですが、米国では民主党の改革が進んでいるそうで、中間選挙の予備選では多くの新人が躍進し、女性候補の数が史上最多になったそうです。

07

また、マイケル・ムーアは若い世代の動きにも注目します。その代表が銃乱射で17人の同級生を失ったフロリダ・パークランドの高校生たち。銃規制を求めるデモで20万人以上を動員した他、銃規制に後ろ向きな議員を落選させる運動も始めています。彼らの多くが中間選挙の時点で18歳になり選挙権を持つわけで、2020年の大統領選に向けた大きな潮流になるのか、既存の勢力に飲み込まれてしまうのか、11月6日が楽しみなところです。

06

映画のエンディング曲は、ボブ・ディランの“With God on Our Side”を、ワールドカップ南アフリカ大会のテーマ曲だった“Wavin' Flag”で知られるK'Naanが歌詞を変えてカバーしたもの。施政者は常に“神は我が方に”と言って戦地に若者を送り込むと皮肉った曲を、ソマリア出身のラッパーが歌うことで、さらにメッセージ性が強化されています。

公式サイト
華氏119Fahrenheit 11/9

[仕入れ担当]

2018年10月22日 (月)

映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち(Bad Genius)」

00 先週の「クレイジー・リッチ!」に続いて今回も東南アジアを舞台にした映画です。各国で問題になった受験の不正をテーマに、クルンテープ・タウィーパンヤー校というバンコクの中高一貫校で繰り広げられる集団カンニングをスリリングに描いていきます。

タイの映画というと、カンヌ映画祭の常連であるアピチャッポン・ウィーラセタクン監督のような独特な世界観をイメージしてしまいますが、本作のナタウット・プーンピリヤ(Nattawut Poonpiriya)監督はTVコマーシャルやミュージックビデオの世界で働いてきたせいか、とても親しみやすい作品を作る人です。眠くなるようなことはありません。

この「バッド・ジーニアス」も、カンニングを1つの共同プロジェクトのように捉え、その成功に向けて学生たちが力を合わせていく様子をサスペンス仕立てで見せる作品。観ている側は次第に彼らに感情移入し、その不法行為を応援したい気分になってしまいます。

10

また、表面的にはシンプルなエンターテイメントですが、背景には東南アジア各国にはびこる貧富差や加熱する受験競争といった社会問題と淡く切ないロマンスがあり、それらが互いに補完しながらエンディングまで話を展開させていくという、非常に巧みな作りになっているところも見所でしょう。

物語の主人公は父親と二人暮らしの少女リン。彼女が転校してくるシーンで幕開けです。

01

リンの父親は教師で、どうやら最近離婚したようです。リンは父親が勤務する学校に通っていたようですが、その優秀な頭脳を伸ばそうということか、父親の意向で別の学校に転入します。校長との面接で、父親が勤める学校なら授業料の減免がある云々という話が出るあたり、リンとしては自分の成績のことより家計を心配しているようです。つまり、それほど裕福な家庭ではないということ。

24

転入先の学校でグレースという少女と親しくなります。女優を夢見るグレースは学校の演劇に参加したいのですが、その資格を得るには成績による足きりをクリアしなくてはいけないということで、成績優秀なリンに勉強を教えて欲しいと頼みます。しかし、試験の最中、教わったはずの問題が出ているのに解き方を忘れてしまったというグレース。リンは仕方なく消しゴムに正解を書いて渡します。

02

その話を聞いたグレースのボーイフレンド、パット。裕福な家庭の息子である彼は、成績を上げるためならお金を払う生徒がたくさんいる、カンニングを助けて収入を得ないかとリンに持ちかけます。心の呵責に悩まされながらも、自分の学費を苦労して捻出している父親を見て、バレにくいテクニックを編み出して生徒たちを助けます。

19

このあたりが、起業家のサクセスストーリーのような小気味良い展開で、悪事を働いているという事実を忘れさせてしまうのが、この監督のうまさでしょう。

08

その後、リンのライバルである成績優秀な少年、洗濯屋を営む母親と二人暮らしというバンクが絡んできて、狙いが米国の大学入学資格試験へと広がっていきます。

07

舞台をシドニーの試験会場に移し、アジアの貧しい少年少女が権威的な白人を出し抜く構図になるところも、観客の共感を得やすい設定だと思います。

11

主役のリンを演じたチュティモン・ジョンジャルーンスックジン(Chutimon Chuengcharoensukying)はモデルとして活躍している少女だそう。個性的な顔立ちと八頭身のスタイルの良さがとても印象的です。今後、他の映画でも見かけることになりそうです。

17

ライバルのバンクを演じたチャーノン・サンティナトーンクン(Chanon Santinatornkul)も意志の強そうな表情が似合う美少年。パットを演じたティーラドン・スパパンピンヨー(Teeradon Supapunpinyo)の愛嬌あるキャラクターと対称的で良い組み合わせだと思います。

21

そしてグレースを演じたイッサヤー・ホースワン(Eisaya Hosuwan)はTVドラマで活躍している女優さんだそうで、アジアン・アイドルらしい少女。これまたチャーノン・サンティナトーンクンとのコントラストが良い感じです。

20

台湾はじめアジア各国でヒットしたというこの映画。宗教や文化などタイ独特の要素を強く打ち出さず、普遍的に作られているところもウケた理由でしょう。宣伝はちょっとB級映画っぽい印象ですが、思いのほか完成度の高い娯楽映画だと思います。機内映画などで見かけたら是非ご覧になってみてください。

09

公式サイト
バッド・ジーニアス 危険な天才たち

[仕入れ担当]

2018年10月21日 (日)

海を渡ったニッポンの家具 LIXILギャラリー

細密で精巧な職人技術が贅沢に施された明治の家具デザインに焦点を当てた展覧会です。19世紀ヨーロッパを席巻したジャポニスムにのって外国人向けに制作、輸出された絢爛豪華な寄木細工、芝山細工、青貝細工、仙台箪笥、横浜彫刻家具を紹介しています。

Japanesefurniture_1

まず最初に観られるのは、どっしりとした構えのライティングビューロー。イギリスから里帰りした逸品で、大きさの違う引き出しや書棚、扉や引き違い戸付きの収納棚がいくつも作りつけられています。これでもかとデザインされた四つ目文、七宝繋ぎ、麻の葉などの寄木模様は圧巻です。

下の袖箪笥付き飾り棚は、両サイドに張り出している棚が取り外しできるように工夫されています。濃淡のある木の色調で寄木の模様を際立たせたデザイン。左右で違う引き違い戸の飾り、金具で作られた引き出しのつまみ、牡丹、糸瓜、葡萄の透かし彫りなどが家具を覆い尽くしていて、職人たちの装飾への執念を感じさせます。

Japanesefurniture_2

こちらは貝や象牙、珊瑚や翡翠などをレリーフ状にはめ込んだ芝山細工の衝立です。蒔絵や螺鈿、彫刻など、さまざまな種類の工芸技法が組み合わせていて実に華やか。

Japanesefurniture_3

ほかに寄木細工で作られた猫脚のチェステーブルや、80人もの人物が登場する曲水の宴が描かれた青貝細工の手元箪笥など、美しい家具やデザイン画に魅了されます。

海を渡ったニッポンの家具 ー豪華絢爛仰天手仕事ー
http://www.livingculture.lixil/topics/gallery/g-1806/
2018年11月24日(土)まで

[店長]

2018年10月16日 (火)

マルセル・デュシャンと日本美術 東京国立博物館

フィラデルフィア美術館が誇る世界有数のマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)コレクションがずらりと並ぶ展覧会です。デュシャン没後50年を記念した巡回展で、油彩画やレディメイド、関連する貴重な資料や写真など150点あまりの展示作品とともに、60年以上にわたる創作活動に迫ります。

Duchamp_1

デュシャンといえば、大量生産の既製品を用いた《自転車の車輪》、《泉》、《瓶乾燥機》などのレディメイド作品が有名ですが、本展では10代から20代半ばまで描いていた絵画作品も数多く紹介しています。

Duchamp_2

故郷を描いた風景画や、家族を描いた肖像画のほか、1912年に制作され、名前を広く知らしめることとなった《階段を降りる裸体 No.2》は必見です。

Duchamp_3

1920年代になると、ローズ・セラヴィという女性の別人格を作り出し、創作活動をするのですが、そのローズになりきったデュシャンのポートレートをマン・レイが撮影しています。ゴージャスな毛皮をまとい、ジュエリーを着け、ハットをかぶった女装のデュシャンはとても妖艶です。

Duchamp_4

ローズ・セラヴィ名義の作品《トランクの中の箱》は、革製のトランクの中にデュシャンのさまざまな作品のミニチュア、写真などが収められていて、丸ごと持ち帰りたくなります。

Duchamp_5

本展は二部構成になっていて、第二部では東京国立博物館ならではの試みとしてデュシャンの作品と日本美術を見比べることで日本の美の新しい楽しみ方を提案しています。

マルセル・デュシャンと日本美術
http://www.duchamp2018.jp/
2018年12月9日(日)まで

[店長]

2018年10月15日 (月)

映画「クレイジー・リッチ!(Crazy Rich Asians)」

00 ハリウッド映画ながら、監督はじめスタッフもキャストもすべてアジア系で製作され、全米で大ヒットしたという作品です。王道を往くロマンティックコメディらしい朗らかな笑いと、風刺の効いたひねくれた笑いをバランスよくミックスした佳作だと思います。

主人公はニューヨーク大学経済学部で教鞭をとる29歳のレイチェル・チュー。スタンフォード大学とノースウェスタン大学で学び、新進気鋭の教授として活躍している米国生まれの中華系女性です。物語は彼女が交際中のシンガポール人、同じ大学の歴史学部教授ニコラス・ヤンから、幼なじみの結婚式に一緒に出席しようと誘われたことで動き始めます。

レイチェルは中国本土から移民してきたシングルマザーの娘で、母親は中華料理店の住み込みからスタートして現在は不動産仲介業をしています。ニック(ニコラス)についてはオックスフォード大学ベリオールカレッジ出身だと知っている程度で、実家については話したことがなかったのですが、実は東南アジア屈指の富豪の家系。レイチェルはそれをジョン・F・ケネディ空港に着いて初めて知ることになります。

01

プロローグで、幼いニックと親族がロンドンの名門ホテルから邪険に扱われ、一族がそのホテルを買収してしまう場面が描かれますので、映画の観客も原作小説の読者も彼らのCrazy Richぶりについて予備知識を与えられているのですが、主人公のレイチェルは何も知らない状態からのスタート。シンガポール航空のファーストクラスを皮切りに、ニックの幼なじみコリンとその婚約者アラミンタ、ニックの祖母シャン・スー・イー、母親エレノアと接するごとに自分が置かれている立場の難しさを目の当たりにしていくわけです。

14

地元では資産目当ての女性たちが虎視眈々とニックを狙っています。一族は団結して彼におかしな女性が近づかないように警戒しています。そういった状況ですから、素性がはっきりしないレイチェルが、ことある毎に厳しい視線に晒され、苦境に立たされるのも致し方ありません。

20

そんなレイチェルをシンガポールで支えるのがスタンフォード大学の同級生で現在は地元で家業を手伝うペク・リン。「オーシャンズ8」で掏摸のコンスタンス役だったオークワフィナ(Awkwafina)が演じていて、非常にいい味を発揮しています。

19

彼女の実家であるゴー家は不動産開発業者として成功した成り金で、在星邦人が“金持ちの華人”と聞いてイメージするファミリーそのもの。母親もばりばりのシングリッシュで喋ります。それに対してニックの実家は想像を絶する資産家という設定で、特に原作小説だとちょっとわかりにくいところです。

12

どうわかりにくいかというと、小説は実在のブランドや場所などで補強された壮大なホラ話なので、その誇張の大きさが実感できないと楽しめない感じというのでしょうか。

06

たとえばニックの祖母の豪邸があるタイサールパーク。送っていったペク・リンが、門衛のグルカ兵とその広大さに驚愕するシーンです。

シンガポール植物園の西側ギャロップロード(Gallop Rd)からタイサールロード(Tyersall Rd)に入ったあたりの古びた門を通ると、数キロ進んだ先に宮殿のような屋敷が見えてくることになっているのですが、実際の植物園は東西が数百メートルしかありませんので、そんなに進んだら反対側に出てしまいます。要するにありえない世界、一種のシャングリラなのです。小説第2章のエピグラフで“私はこの目で見てきたことの半分も語っていない。なぜなら誰も私を信じないだろうからだ”というマルコポーロの言葉を引いていますが、彼に匹敵する大風呂敷ですので、ホラ話の境界線がわからないと、笑い飛ばすところで感心してしまいモヤモヤした気分になります。

07

その点、映画は実写で作られているおかげで、すべて現実的な範囲に収められています。深く考えず、観た通りそのままを楽しめるという意味で、小説より映画の方がエンターテイメントとして良い出来だと思います。

03

また大筋では原作に沿った映画ですが、エンディングがすっきりした結末に変えられているところも良い点だと思います。クライマックスの麻雀シーンは映画で加えられた部分で、エイミー・タン「ジョイ・ラック・クラブ」へのオマージュだそうですが、それに呼応させるようにレイチェル・チューがカードゲームを使った講義をする場面を冒頭に置いています。その関係で彼女の専門がゲーム理論に変えられているのですが、原作では経済発展(Economic Development)が専門で、そのあたりをクリス・アキノ(Kris Aquino)演じるインタン王女とマイクロファイナンスに関する会話をさせることでさりげなく織り込んでいるあたりもうまいと思いました。

21

ついでに言えば、ニックのいとこのオリバー。ロンドンのクリスティーズで働く古美術専門家というポッシュなキャラクターから、映画ではゲイのスタイリストという設定に変えられていて、レイチェルを助けるという役割は一緒ですが、大幅に明るいイメージになっています。演じているのはニコ・サントス(Nico Santos)というフィリピン系の俳優だそうで、彼とオークワフィナの存在感がいろいろな部分で効いてきます。

09

主人公のレイチェル・チューを演じたのはコンスタンス・ウー(Constance Wu)。原作ではウォン・カーウァイの映画に出ていた日本人俳優に似ているとされている(たぶん金城武のこと。木村拓哉ではないでしょう)ニコラス・ヤンを演じたのはヘンリー・ゴールディング(Henry Golding)。華人ではなく、英国人とイバン族のハーフだそうです。

17

有名どころではニックの母親エレノア役でミシェール・ヨー(Michelle Yeoh)が出ています。ワイヤーアクションのない彼女を見たのは「宋家の三姉妹」以来でしょうか。彼女はマレーシアのイポー出身の華人ですから、物語の設定としてはぴったりのバックグラウンドですね。

11

そしてニックの祖母シャン・スー・イーを演じたリサ・ルー(Lisa Lu)。「ラストエンペラー」や「ジョイ・ラック・クラブ」にも出ていたベテランです。このブログでは2011年の主演作「再会の食卓」をご紹介しています。

15

公式サイト
クレイジー・リッチ!Crazy Rich Asians

[仕入れ担当]

より以前の記事一覧

フォト