カルチャー

2019年7月21日 (日)

江戸のスポーツと東京オリンピック 江戸東京博物館

2020年東京オリンピック・パラリンピックまであと1年に迫った、この夏。日本のスポーツとオリンピックの歴史を紐解く展覧会が、東京・両国にある江戸東京博物館で熱く開催されています!

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武士の教養として学ばれた剣術、馬術、弓術などの他、庶民の人気を集めた大相撲などさまざまな運動や競技が行われていた江戸期のスポーツ事情。

三十三間堂で行われていた通し矢は121メートル先の的を射る競技ですが、オリンピック競技アーチェリーの標的が70メートル先ですから、その技術は驚異的です。

宮廷行事として公家に親しまれていた、鞠を美しく蹴り上げてつなぐ蹴鞠。江戸時代になると武家や裕福な町人の間にも愛好者が生まれました。優雅な所作を求めるだけでなく、行う場所にもこだわって、四季を表す松・桜・柳・楓の木を庭の四隅に植え、蹴ったときの音をよくするために土の中に壺を埋めていたそう。装束にも細かい定めがあり、上衣に着用されていた鞠水干、つま先がカモのくちばしのように広がってた鴨沓、松と月が描かれた扇などが展示されています。

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明治期になると、野球やサッカー、テニスなど西洋から入ってきたスポーツに関心が集まり、学校教育にも取り入れられます。木製の亜鈴や棍棒などの器具を用いて行う女性や子ども向けの体操を描いた《新式小学体操双六》、運動会のルーツのひとつと言われるイベントの様子を描いたものなど興味深い資料もありました。

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1912年の初めてのオリンピック参加から、1940年の幻の大会、1964年の東京大会に至るまでの歴史をたどり、来年に向けて気持ちを盛り上げていきます。

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江戸のスポーツと東京オリンピック
https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/
2019年8月25日(日)まで

[店長]

2019年7月16日 (火)

映画「ゴールデン・リバー(Les frères Sisters)」

sistersbrothersカンヌ映画祭でグランプリを受賞した「預言者」、名作といわれながらハネケに敗れ無冠に終わった「君と歩く世界」に続き、「ディーパンの闘い」で念願のパルムドールを獲ったジャック・オーディアール(Jacques Audiard)監督。注目の最新作がようやく日本公開されました。

なぜ注目かといえば、パルムドールに続く作品という期待感の他、ジョン・C・ライリー(John Christopher Reilly)、ホアキン・フェニックス(Joaquin Phoenix)、ジェイク・ギレンホール(Jake Gyllenhaal)という実力派の俳優3人を結集したこと。特にホアキン・フェニックスは、彼が出演しているだけで名作の香りが漂ってしまうタイプの役者ですからキャスティングも大変でしょうし、他の2人も主役級の役者ですからスケジュール調整も難しそうです。

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原作はカナダ人のパトリック・デウィット(Patrick deWitt)が2011年に発表した小説“シスターズ・ブラザース”で、どういう意味か図りかねる不思議なタイトルで気を引く作品なのですが、種明かしをすれば“シスターズ"は彼らの姓。要するにシスターズ兄弟のお話です。小説も映画も、この兄弟の個性の強さと性格の違いで楽しませるロードムービー的な作品です。

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内容はといえば、名高い殺し屋であるシスターズ兄弟が、彼らの雇い主である提督から“あるもの”を盗ったハーマン・カーミット・ウォームを始末するため、ゴールドラッシュに沸くサンフランシスコに赴くというもの。ウォームの所在を探りに先んじて放たれたジョン・モリスと連絡をとりあって、ウォームから“あるもの”を取り返して抹殺することが今回の使命です。

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映画のストーリーは小説の圧縮版ですが、大きく異なるのが兄弟の順番。小説では酒乱でキレやすいチャーリーが兄で、子どもの頃から彼を慕っていた太っちょのイーライが弟ですが、映画ではホアキン・フェニックスよりひとまわり年上のジョン・C・ライリーがイーライを演じるためか、兄と弟が逆転しています。つまり、イーライが兄で、ホアキン・フェニックス演じるチャーリーが弟。その関係で、弟が指揮官を仰せつかる話になってしまって若干チグハグですが、最初に本作の映画化権を獲得したのがジョン・C・ライリーの制作会社で、彼が主役を演じることが最初から決まっていたようですので、こうするしかなかったのでしょう。

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物語の始まりは1851年のオレゴンシティ。馬小屋が焼け、馬を失ったシスターズ兄弟が、提督からもらった新しい馬で旅立ちます。今回の作戦から提督の命令でチャーリーが指揮官になると聞いて不機嫌になるイーライ。映画では触れませんが、チャーリーがもらった馬はニンブル(敏捷な)という名なのに自分の馬はタブ(太っちょ)と名付けられていて、その前から不愉快だったのです。

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とはいえ、ずっとチームを組んできた2人ですから、文句を言いながらも信頼は厚く、デコボコ旅が続きます。途中、イーライが毒グモに刺されたり、馬がグリズリーに襲われたりといったトラブルに見舞われ、またイーライが生まれて始めて歯磨きの習慣を知り、歯磨きシーンが何度も象徴的に現れることになります。

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彼らがメイフィールドという小さな町に辿り付いたとき、モリスが提督を裏切ってウォームと手を組んだことを知ります。このメイフィールド、土地を牛耳る権力者が自らの名前をつけた町で、小説では大勢の娼婦を住まわせている男性のホテルオーナーでしたが、映画では女性に変えられています。

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このせいで、イーライの純愛ストーリーが割愛され、駄馬を大切にし、酔っ払ったチャーリーの世話をやき、女性を神聖視する彼の性格を説明する部分がなくなってエンディングの背景がわかりにくくなっているのですが、その代わりにジャック・オーディアールはラストシーンで特別な撮影技術を使い、まったく別の見せ場を作ってみせます。

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それはさておき、モリスとウォームに追いついたシスターズ兄弟は、彼らなりの事情もあって、2人と行動を共にすることになります。なぜ協働することになるのか、それが何に帰結するのかは、ウォームが持つ“あるもの”の効能に関係するのですが、それに繋がる“ゴールデン・リバー”が邦題になっていることは、ある意味、ネタバレであり、ある意味、ミスリードでもあります。

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この映画はいわゆる西部劇のスタイルを踏襲しながら、米国内では1シーンも撮影していないそうです。私も知らなかったのですが、スペイン南部には西部劇撮影用のスタジオがいくつもあって、本作では主にテキサス・ハリウッド(Fort Bravo)が使われたとのこと。場所的にはグラナダから見てシエラネバダの東側にあるタルベナスで、他にもミニ・ハリウッド(Oasys MiniHollywood)というスタジオがあるようです。

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もちろん見どころは演技派俳優の共演。チャーリー役のホアキン・フェニックスはこのブログでも「ザ・マスター」「her/世界でひとつの彼女」「エヴァの告白」「インヒアレント・ヴァイス」「ビューティフル・デイ」「ドント・ウォーリー」とご紹介してきましたが、本作でも圧倒的な存在感です。イーライ役のジョン・C・ライリーは「ロブスター」での滑舌の悪い男の役も印象的でしたね。

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モリスを演じたのは「ノクターナル・アニマルズ」の演技が記憶に新しいジェイク・ジレンホールで、ウォーム役はパキスタン系英国人のリズ・アーメッド(Riz Ahmed)。

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その他、メイフィールド役で「リリーのすべて」「コレット」に出ていたレベッカ・ルート(Rebecca Root)、シスターズ兄弟の母の役で「アニー・ホール」のキャロル・ケイン(Carol Kane)が出演しています。

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公式サイト
ゴールデン・リバーThe Sisters Brothersfacebook

[仕入れ担当]

2019年7月15日 (月)

メスキータ展 東京ステーションギャラリー

19世紀末から20世紀初頭にかけ活躍したポルトガル系ユダヤ人アーティスト、サミュ工ル・イェスルン・デ・メスキータ(Samuel Jessurun de Mesquita)の日本初となる本格的な回顧展を観てきました。

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アムステルダム出身の彼は、建築を学んだあと美術の世界に転身。オランダ北部にあるハールレムの美術学校で教鞭をとるかたわら、画家、版画家、装飾美術のデザイナーとして幅広い活躍をみせます。1944年、強制収容されたアウシュビッツで76歳の生涯を終えるまでに膨大な数の作品を手がけたそうです。自宅アトリエに残された作品の一部は、メスキータの教え子であり、彼の作品に大きな影響を受けたM.C.エッシャーや友人たちによって救い出されました。

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大胆な構成と、白と黒のコントラストを生かした装飾的なデザインが印象的です。あえて輪郭線をつくらず、線の肥瘦で光の加減を表現。描かれた人々の表情からは意志の強さが感じられます。

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動植物をモチーフにした作品も多く制作。その中のひとつに《シマウマ》がありますが、メスキータは「シマウマは生きる木版。それをもう一度、木版にするのは自制しなくては」と教え子たちに言っていたそう。なので、この作品を見つけたときエッシャーは驚いたといいます。

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無意識に浮かんでくる映像を思いのまま描いたというドローイング作品も見逃せません。現実と空想がない交ぜになったファンタジーの世界は独特。

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近年ヨーロッパでカタログ・レゾネ(総目録)が発行されるなど注目されているメスキータ、必見です。

メスキータ Samuel Jessurun de Mesquita
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201906_mesquita.html
2019年8月18日(日)まで

[店長]

2019年7月12日 (金)

モダン・ウーマン 国立西洋美術館

日本とフィンランドの外交関係樹立100周年を記念した展覧会です。19世紀後半から20世紀初頭、ロシアから独立する前後のフィンランドを生き、同国の近代美術に革新をもたらした7名の女性芸術家たちを紹介。

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フィンランドで最も著名な画家の一人であるヘレン・シャルフべックの《占い師(黄色いドレスの女性)》が、本展イメージポスターに使われています。彼女がフランスから美術雑誌やモード誌を取り寄せ、雑誌の付録にあった型紙でドレスを作ったり、ギャラリー・ラファイエットで衣服を注文するほどファッションに敏感だったというお話はこのブログでご紹介しましたが、描かれている女性もお洒落でしなやかな印象です。

取り上げられている7人の中でもっとも若い世代を代表するエルガ・セーセマンは1940年代にデビュー。緑の帽子と黒い手袋をつけた女性が一人、タバコとカクテルを楽しむ《カフェにて》では、強く近代的な女性をイメージさせます。

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常に自らの芸術を刷新し、革新的な色彩表現を追求し続けたエレン・ステレフの《自画像》。

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木版画も多く手がけたエレン・ステレフは、一枚の版木に複数の色をつけ、すべての色を一度に刷るという独自の手法を用いています。

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新しい時代を切り開いてきた女性たちに出会える機会です。

モダン・ウーマン フィンランド美術を彩った女性芸術家たち
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2019modernwoman.html
2019年9月23日(月・祝)まで

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2019年7月 9日 (火)

遊びの流儀 遊楽図の系譜 サントリー美術館

古くから美術の題材に取り上げられる「遊び」に着目した展覧会です。羽子板や雪遊び、花見や月見など季節の遊びにはじまり、貝合や双六、蹴鞠や舞踊など男女が熱中した楽しみごとの変遷を辿ります。

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琴や琵琶の合奏や、香をくゆらせ名前を言い当てる組香など、五感で楽しむ伝統的な遊びはとても風流。遊楽の場に欠かせない男女の文のやりとりを描いた絵屏風では、当時の流行がうかがえる小袖や髪型などにも注目です。

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大名の名前と家紋、毛槍の形状を絵柄にしたカルタで全国250以上の藩を、武家の出世を主題にした双六で御大老から隠居まで大名の役職の序列を知ることができます。

繰り返し遊んだ跡が見られる子ども用の《雀小弓》、鹿の革で作られた《蹴鞠》と漆塗りの《鞠挟》、小正月に行われる火祭りのようすが描かれた《羽子板》、蒔絵の《煙草盆》など遊びの名品が並びます。

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遊びの流儀 遊楽図の系譜
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2019_3/
2019年8月18日(月)まで

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2019年7月 8日 (月)

映画「ペトラは静かに対峙する(Petra)」

petra このところ活躍の場を広げているバルバラ・レニー(Bárbara Lennie)。「私が、生きる肌」の頃はほぼ無名でしたが、ゴヤ賞を獲った「マジカル・ガール」、ガウディ賞を獲った「エル・ニーニョ(邦題:ザ・トランスポーター)」で知名度が急上昇し、アルゼンチンのディエゴ・レルマン監督「家族のように」では主役、イランのアスガー・ファルハディ監督「誰もがそれを知っている」でも重要な役を務めていました。

その彼女が主演した本作はカタルーニャ出身の監督、ハイメ・ロサレス (Jaime Rosales)の第6作目。さまざまな映画祭で高く評価されている監督ですが、おそらく日本では初公開作になると思います。撮影監督は「アニエスの浜辺」「幸福なラザロ」のエレーヌ・ルヴァール(Hélène Louvart)で、彼女ならではのオーガニックな映像も一見の価値ありです。

物語は、バルバラ・レニー演じるペトラが自分のルーツを探ろうとして、重層的なウソを抱えた家族の因果に巻き込まれていくというもの。章立てになった映画ですが、始まりは第2章、続く第3章の後に第1章と、時間軸を行き来しながら展開します。

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幕開けは画家のペトラが、カタルーニャの彫刻家、ジャウメ・ナヴァロの邸宅にやってくる場面。目的は彼のアトリエでの制作活動で、一種のアーティスト・イン・レジデンスです。まずキッチンで家政婦のテレサと会話し、ダイニングでジャウメの妻マリサと会います。そしてジャウメの息子ルカスと会うのですが、彼だけは別棟で暮らしていて、次第にその理由がわかってきます。要するに父子の仲が悪いのです。

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ルカスはスペイン内戦の墓を撮っている写真家。しかし同じ芸術家とはいえ、知名度はスペインを代表する彫刻家である父の足元にも及びませんし、収入も無いに等しく、成功した父親に寄生している状態です。これまでも何度か家を出ては、結局、戻ってきてここで暮らしているようです。

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同世代のペトラとルカスは次第に親しくなっていきます。互いに心を許しているようにも見えますが、ルカスに迫られたペトラはきっぱり拒絶します。なぜかといえば、ジャウメが自分の父親なのではないかと疑っているから。もしそうなら、ルカスは血の繋がった兄弟ということになります。

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ペトラの母はシングルマザーで、死ぬまでペトラの父親が誰か明かしませんでした。しかし彼女の死後、叔母から聞いた当時の母親の交友関係を探り、相手がジャウメだったのではないかと推測。事実を知るため、生まれ育ったマドリードからカタルーニャの海辺の町、ジローナ県エンポルダ(Alt Empordà)に赴いてきたのです。

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ある日ルカスは、家政婦テレサの夫であるフアンホから、息子のパウを助手として雇ってくれないかと相談されます。おそらくこのような田舎町では良い職にありつけないのでしょう。パウとは昔からの友人でもあり、ルカスは父親に頼み込んでみます。するとジャウメは“自分の息子のことなのだからテレサが直接くるのがスジだ”と言い放ちます。

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それを聞いたテレサは、自らジャウメに頼みに行くのですが、その直後、崖から身を投げて自殺してしまいます。彼女の死が引き金となったかのように、ナヴァロ家の醜い過去が悲劇を呼び起こし、ペトラたちの人生を大きく揺さぶっていくことになります。

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ルカスを演じたアレックス・ブレンデミュール(Àlex Brendemühl)は「しあわせな人生の選択」「ローマ法王になる日まで」「未来を乗り換えた男」などに出演しているバルセロナ出身の俳優。またジャウメの妻マリサ役のマリサ・パレデス(Marisa Paredes)はアルモドバル作品の常連女優で、「私が、生きる肌」では物語の軸となる家政婦を演じていました。

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そしてこの古典的ともいえる悲劇の根源であり、邪悪な心の塊であるジャウメを演じたのは、本作が初出演というジョアン・ボテイ(Joan Botey)。元々はエンジニアで、本作のロケ地となった広大な土地のオーナーだそうです。エンポルダはダリで有名なフィゲラスがある自治体ですので、アーティストが暮らすイメージがあってロケ地に選ばれたのかも知れません。

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スペインの美しい風景と、ウソで塗り固められた人々のコントラストが印象的な映画です。エンポルダからマドリードに戻ったペトラが後に暮らし始めるブイトラゴ(Buitrago del Lozoya)の映像を含め、さまざまな場面で大地や水といった自然の美しさが効果的に使われています。ちなみにブイトラゴの町には、ピカソの理髪師であり長年の友人だったエウへニオ・アリアス(Eugenio Arias Herranz)が作品などを寄付した小さなピカソ美術館(Museo Picasso de Buitrago)があります。

公式サイト
ペトラは静かに対峙する

[仕入れ担当]

2019年7月 4日 (木)

ロエベ ファンデーション クラフト プライズ 2019

LOEWE 主催によるインターナショナル・アワード「ロエベ クラフト プライズ 2019」の展示を観てきました(2017年のブログはこちら)。伝統的な工芸の重要性を認識し、次世代につながる革新的なビジョンや意思を持つアーティストを評価することを目的に毎年開催されているプライズ。

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2500以上の応募作から、グランプリを獲得した日本人作家・石塚源太氏の漆作品をはじめ、ファイナリストに選ばれた29の作品が並びます。

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スペイン北東部サン・セバスティアン出身のエレナ・イグレシアスが、ヤマウズラの羽根をロウで固定し描いた作品。メビウスの輪を表現した美しい線形に引き込まれます。

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イスラエル出身の陶芸家ミハル・ファーゴは、セラミックの壺に青いベロアをコーティング。力強さと柔らかさ、冷たさとあたたかみを同時に感じさせる作品です。

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会場は、丹下健三設計の草月会館1階スペース。イサム・ノグチの石庭《天国》を散策しながらご覧になれます。

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LOEWE FOUNDATION CRAFT PRIZE
http://craftprize.loewe.com/ja/home#call-actions-brief2019
2019年7月22日(月)まで

[店長]

2019年7月 1日 (月)

映画「COLD WAR あの歌、2つの心(Zimna wojna)」

Zimnawojna5年前に観た「イーダ」の監督、パヴェウ・パヴリコフスキ(Pawel Pawlikowski)の最新作です。前作と同じく、スタンダードサイズのモノクロ映像を活かした端正な美しさと、淡々とした展開とは裏腹に激しく心を揺さぶる物語の奥深さが魅力です。

映画のタイトルは原題も英題も“冷戦”の意味ですが、政治や社会にフォーカスした作品ではありません。時代の波に選択を迫られ、流されていく二人を描いた、第二次大戦後のポーランドからパリを経て、再びポーランドへと至る愛の物語です。

幕開けは1949年のポーランド。民族音楽の舞踏団を設立しようとしているカチマレクと、ダンス教師のイレーナ、ピアニストのヴィクトルの3人が地方を巡って伝承音楽を収集しています。哀愁を帯びた独特の曲調が気分を盛り上げ、ごく自然に映画の世界に誘っていく巧みな出だしです。

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途中で車を降りて用を足したカチマレク。廃墟のような教会が目に入り、ふらっと迷い込みます。戦火にさらされたようで、フレスコ画は剥がれ落ち、丸屋根は焼け落ちていて、住民が立ち寄っている様子もありません。前作「イーダ」も傷んだキリスト像を修復する場面から始まりますが、この監督にとって、共産主義政権による宗教弾圧とそれに連なる文化の破壊は外すことのできないテーマの一つなのでしょう。ちなみにロケ地はクニャジェにある正教会の遺跡(Ruiny Cerkwi W Kniaziach)で、現在も同じ姿のまま放置されているようです(→google map)。一見、どうでも良さそうな場面ですが、実はエンディングに繋がる意味ある1シーンです。

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教会の焼け落ちた丸屋根の向こうに広がる空は、舞踊団の入学試験にきた少年少女がトラックで運ばれてくる庭に繋がっていきます。試験官はイレーナとヴィクトル。受験生たちは二人の前で歌ってみせるのですが、その中に合唱してみせた少女たちがいて、イレーナはその片方の黒髪の少女の声を評価し、ヴィクトルはもう一人の少女に目を留めます。それがこの物語の主人公であるズーラ。どことなくコケティッシュな雰囲気を漂わす彼女は、過去に罪を犯しているのですが、それすらも魅力となってヴィクトルのファムファタルになっていきます。

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ソ連主導の政権が力を持つにつれ、この舞踏団にも政治色を求められるようになります。要するにスターリンを讃えるような演目を取り入れろということ。権力にこびるカチマレクと、あからさまに反対するイレーナ、そして曖昧な態度をとるヴィクトル。やさ男のヴィクトルが優柔不断なように見えますが、実は体制側になびくことで公演旅行の機会を得ようと狙っていたのです。その甲斐あって舞踏団の東ベルリン公演が実現します。この当時は「僕たちは希望という名の列車に乗った」で描かれたように、まだ西ベルリンへの移動が自由にできた時代。ヴィクトルは一緒に国境を越えようとズーラを誘います。

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ゲートのそばでズーラを待つのですが、いつまでたっても現れず、あきらめて一人で国境を越えるヴィクトル。パリに移動した彼はジャズクラブ“L'Eclipse”でピアニストの職を得て、作詞家のジュリエットというガールフレンドと暮らし始めます。一方、ズーラはますます政治色を強めていく舞踏団で引き続き活躍を続け、地位を高めていきます。

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ヴィクトルのパリでの生活も落ち着いてきた頃、ふいにズーラが姿を見せます。彼に会いたくて、シシリア人と結婚して合法的に西側に来たとのこと。曖昧な態度で権力者を欺いて西側に移ってきたヴィクトルよりも、目的のためなら結婚も厭わないズーラの方が明らかにリアリストなのですが、その時々の気分で動いているように見えるところが彼女の危険な魅力で、ヴィクトルはそれに翻弄されて泥沼にはまっていくことになります。

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この映画の魅力は、ズーラを演じたヨアンナ・クーリグ(Joanna Kulig)の魅力と直結していて、半分近くを彼女の演技力と歌の素晴らしさに支えられているといっても過言ではないでしょう。「イーダ」でもクラブ歌手として登場していた彼女は、元々、音楽教育を受けてきた人だそうで歌唱力の高さは当然かもしれませんが、時代を経るにしたがって歌の円熟味を増していくあたりはやはり演技の巧みさだと思います。アンヌ・フォンテーヌ監督「夜明けの祈り」にも修道女役で出ていました。

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対するヴィクトルを演じたトマシュ・コット(Tomasz Kot)は初めて見ましたが、ダンス教師のイレーナを演じたアガタ・クレシャ(Agata Kulesza)は「イーダ」で叔母役、「夜明けの祈り」で修道院長を演じていたポーランドのベテラン女優。また作詞家のジュリエットを演じたジャンヌ・バリバール(Jeanne Balibar)は「サガン」や「バルバラ」でお馴染みのフランス女優で、私生活ではマチュー・アマルリックのパートナーです。

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そしてこの映画のもう一つの魅力は、ポーランドの民族音楽。なかでもズーラが歌う“Dwa Serduszka(2つの心)”はいつまでも耳に残る名曲ですが(→Youtube)、この作曲者であるタデウシュ・スィギェティンスキ(Tadeusz Sygietynski)と作詞者のミラ・ジミンスカ(Mira Zimińska)はポーランド民族音楽の舞踏団を率いていて、イレーナとヴィクトルのように伝承芸能を求めて地方を旅したそうです。また、ヴィクトルとズーラという役名は監督の両親の名前から取られたもので、二人の激しくも不安定な関係は、父と母の生き方をベースに創造したものだそうです。

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最後にもうひとつの魅力、端正な映像ですが、撮影監督は「イーダ」と同じくウカシュ・ジャル(Lukasz Zal)。改めて本作の予告編を見直すと、どのシーンを切り取っても絵になる素晴らしさで、映画を観たときの感動がリアルに蘇ってきます。実際に街を歩くと薄汚いパリ(→google map)ですが、映画ではこんなに美しく撮られていていました。

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公式サイト
COLD WAR あの歌、2つの心Zimna wojnafacebook

[仕入れ担当]

2019年6月30日 (日)

台所見聞録 LIXILギャラリー

住まいに欠かせない「台所」のお話です。50カ国以上の国を訪れ、世界の伝統的な台所を調査してきた建築家の宮崎玲子氏と、明治から昭和にかけ近代化していった日本の台所について研究してきた須崎文代氏の記録を紹介しています。

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宮崎氏は、北緯40度ラインを境にした北側と南側で、台所の「火」と「水」の使い方に特徴があることを見出しています。

北側の地域の冬は寒くて暗いため、暖かくて明るい火の設備を家の中心に設置。低い気温で細菌の繁殖が少なく、野菜についた土は乾燥していて落ちやすいため、水の使用量は少なくて済むのだそうです。なので、昔ながらの台所には流しがないこともあるそう。

調理で水を多く使い、洗う頻度の高い暑い地域の南側では、大量に水が使える空間づくりや、調理の火で部屋を暖めない工夫がされています。日干しレンガを積み上げた4階建に住むネパール・カトマンズ地方の農家は、1階で家畜を飼い、2階に作物を貯蔵、3階が寝室になっていて、台所は最上階。ヒンズー教徒にとって台所は神聖な場所であり、必ず裸足で入室、家族以外の人が立ち入ることはできないそうです。

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世界の伝統的な家屋の模型や間取りが詳しく書かれたイラストの展示で、その土地の風土にあった暮らしぶりが見て取れます。

台所見聞録 人と暮らしの万華鏡
https://www.livingculture.lixil/topics/gallery/g-1903/
2019年8月24日(土)まで

[店長]

2019年6月24日 (月)

映画「ガラスの城の約束(The Glass Castle)」

glasscastle ニューヨークで活躍するコラムニスト、ジャネット・ウォールズ(Jeannette Walls)が2005年に発表した自叙伝の映画化です。監督は「ショート・ターム」のデスティン・ダニエル・クレットン(Destin Daniel Cretton)で、同作に主演していたブリー・ラーソン(Brie Larson)が本作でも主役のジャネットを演じています。

なぜ一介のコラムニストの自叙伝が注目を集めたのかといえば、有名人のゴシップ記事などで人気を集めていたジャネットのイメージと、幼少期の彼女の生活のギャップが大きかったから。ニューヨークの名門女子大バーナード・カレッジ(Barnard College)卒業生という育ちの良さそうな経歴とは裏腹に、子ども時代は家族で各地を転々とし、その日の食べ物にも事欠いていた過去を赤裸々に綴ったのです。映画は原作と同じく、自分がコラムニストとして成功した後も、父母はホームレス同然の生活をしていたという告白からスタートします。

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少女漫画のような邦題からは耐乏生活を描いた作品をイメージしにくいかも知れませんが、この“ガラスの城”というのは、定職を持たなかった父レックスが、家族のためにガラスの城を建ててやると約束していたエピソードに由来します。つまり、良くいえば夢想家、悪くいえば無責任な夫婦、レックスとローズマリーの気ままな生き方に振り回された子どもたちの物語です。著者のジャネットは次女で、長女のローリー、弟のブライアン、末っ子のモーリーンの四人兄弟がストーリーの中心となります。

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冒頭でソーセージを茹でていて火傷を負う場面がありますが、これはジャネットが3歳のときのお話で、彼女の最初の記憶だそうです。映画では家屋のように見えますが、実際はアリゾナ州のトレーラーハウスで、入院していた病院から治療費を踏み倒して逃げてしまうエピソードとも辻褄が合います。ちなみに彼女は1960年生まれですから、思い出話として描かれているのは主に1960年代の終わりから70年代にかけての時代です。

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父親のレックスは金鉱を探していると言い訳しながら酒浸りの日々を送っていますが、妻となるローズマリーと出会うまでは空軍のパイロットをしていて、それなりに社会性があったはずの人物です。対するローズマリーはアリゾナ州フェニックス出身の自称画家。世間からはまったく認められていませんが、唯一、彼女の才能を認めたレックスと結婚し、子どもを産みながら放浪生活をしています。終盤でさらっと描かれますが、ローズマリーの実家はフェニックスの地所の他にテキサスにも土地を持っていて、彼女には定期的に採掘権使用料が入ってきます。要するに田舎のお嬢様で、二人はそれに甘えて自堕落な生活を送っているわけです。

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子どもたちは生まれたときからヒッピーのような暮らしをしているわけですから、当然、そんな経済的背景を知りません。よその家のように父親が働いて家族の暮らしを支えるのが普通だと思ってますし、そうならない以上、家族全員が我慢しなくてはいけないと思っています。

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また、耐乏生活を納得させてしまう父親の口の巧さもあります。金鉱の話や、開発中のプロスペクターという金を集める機械の話で今後の収入を期待させ、永遠に設計中であるガラスの城の夢を語ります。そして子どもたちには、今はモノはあげられないからと言って、星をプレゼントします。ローリーにはベテルギウス星、ブライアンにはリゲル星、そしてジャネットには、彼女が欲しいといった金星をあげよう、といった具合です。

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そんな家族がいよいよ暮らす場所に困り、レックスの生まれ故郷であるウェストバージニア州ウェルチ(Welch)に行き着きます。どういう場所かといえば、一時は石炭産業で栄えたものの、時代の変化と共に衰退の一途を辿っていった町。実家には彼の両親と兄が暮らしているのですが、誰も働いている気配がなく、何らかの福祉に依存していることは明らかです。若い時期にこの土地を離れる選択をしたレックスは、ある意味、賢かったといえるでしょう。

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実家でレックスの両親とひと悶着あり、町はずれ(93 Little Hobart St)の廃屋に引っ越して“ガラスの城”のエピソードが語られたりするわけですが、そこでの暮らしの中でローリーとジャネットは家を出て自立することを考え始め、最終的にブライアンを含めた3人がNYで暮らすことになります。結局、最後まで父母と一緒にいたのは末っ子のモーリーンだけ。といっても残りたかったわけではなく、姉や兄のようには頑張れないという消極的理由と惰性ですので、見方によっては彼女が最も両親の性格を受け継いでいるのかも知れません。

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父親のレックス役が「ハンガー・ゲーム」「スリー・ビルボード」のウッディ・ハレルソン(Woody Harrelson)、母親のローズマリー役が「アバウト・レイ」などのナオミ・ワッツ(Naomi Watts)という芸達者な二人で、彼らの雰囲気作りの巧さが隅々まで効いています。もちろん主人公ジャネット役のブリー・ラーソンの演技力は「ルーム」でも証明済み。特にエンディングの会食シーンで感情がじわっと溢れ出てくる演技にはやられました。

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この家族を見て「はじまりへの旅」を思い出される方も多いかと思いますが、子ども時代のブライアン、モーリーンを演じたチャーリー・ショットウェル(Charlie Shotwell)とシュリー・クルックス(Shree Crooks)は同作にも出演していました。チャーリー・ショットウェルは「ゲティ家の身代金」でジョンの子ども時代を演じていた人気の子役です。

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原作にあったエピソードを大幅に削ることで展開をすっきりさせていますが、とくに物足りない印象はありませんでした。個人的には、ローズマリーがベッドに潜り込んでチョコレートを食べていたところを子どもに見つかり、お父さんのお酒と同じで私はこれがないとダメなの、と言い訳するシーンをナオミ・ワッツに演じて欲しかったと思いますが、ストーリー的にはなくても構わない場面ですね。

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映画ではレックスとジャネットにフォーカスしていますので、これ以外にも、ローズマリーに関する情報の多くが割愛されています。実は彼女、教員資格を持っていて、放浪の途中でネバダ州バトルマウンテンとウェストバージニア州デイヴィで教職に就いてきます。そこで、田舎町には大卒の教員なんてほとんどいないのですぐに職が見つかるのに、彼女に働く気がないので子どもたちが飢えることになるといった裏事情も示されます。またローズマリーの母親、フェニックスで暮らすグランマ・スミス(彼女も元教員)も原作には何度も登場する重要人物です。

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ついでに記すと、ジャネットのフィアンセとして登場する金融アナリスト、デヴィッドは映画で創作された人物で、実際はエリック(Eric Goldberg)という男性と最初の結婚(ハーバードクラブで披露パーティ)をしています。彼は小さな会社を経営し、親から受け継いだパークアベニューのアパートで暮らす、生まれながらに裕福な男性で、ジャネットはその結婚が破綻し、2002年にライターのジョン・J・テイラー(John J. Taylor)と再婚したことで、自分の過去に向かい合い、この自叙伝を書く決心をしたそうです。

公式サイト
ガラスの城の約束The Glass Castle

[仕入れ担当]

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