カルチャー

2019年1月22日 (火)

映画「蜘蛛の巣を払う女(The Girl in the Spider's Web)」

00 昨日に続いて、1作目を観たからには2作目も、と観に行った作品です。前作にあたるハリウッド・リメイク版「ドラゴン・タトゥーの女」のご紹介ブログにも記したように、スウェーデン制作のオリジナル版の映画もたいへん面白く、私はその3部作も全部みています。

一連の映画の原作となった小説「ミレニアムシリーズ」の著者スティーグ・ラーソン(Stieg Larsson)は3部作の刊行を待たず2004年に亡くなっていますので、2009年公開のオリジナル版、2011年公開のデヴィッド・フィンチャーが手がけたリメイク版も共に作者没後の作品です。本作「蜘蛛の巣を払う女」は、スティーグ・ラーソンの後を引き継いで小説を執筆しているダヴィド・ラーゲルクランツ(David Lagercrantz)の続編第1作の映画化ですので、小説でいうとシリーズの第4作目が原作ということになります。

原作者が後継者というだけでなく、監督も出演者も前作と入れ替えているところからみると、制作者側は007シリーズのような連作にしたいのかも知れません。原作と映画の関係も007シリーズに似ていて、小説の登場人物や設定の一部を使いながら、小説とはまったく異なる物語が展開します。

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大枠のあらすじは、天才科学者フランス・バルデルの研究成果が悪の組織に奪われ、それをミレニアム誌のミカエルと天才ハッカーのリスベットが取り返そうとする物語。

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悪の組織にリスベットの双子の妹カミラが絡んでいることも、プログラムの暗号を解く鍵がバルデルの息子アウグストにあることも小説と同じ。ハッカー出身のNSA(米国国家安全保障局)局員エドウィン・ニーダム(通称エド)と、スウェーデン公安警察のガブリエラ・グラーネが絡んでくるあたりも共通しています。

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しかし、バルデルのプログラムが、小説では画期的な人工知能ということで、悪の手に渡ったらどうなるかわからないという得体の知れない怖さがありましたが、映画では核兵器を外部から操作するプログラムという単純なアイデアに変わり、わかりやすくなった反面、古めかしさも否めません。またバルデルの息子アウグストも、小説ではサヴァン症候群ということで先の読めない奥深さがありましたが、映画では普通の子どもになっています。

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リスベットは少女時代の虐待がその後の人格形成に大きく影響している女性です。それを受けて小説では、アウグストがバルデルの離婚した妻ハンナの同棲相手から虐待されていて、誰もアウグストを守れないことに対する苛立ちが原動力になっています。

しかし、そういった繊細な事情を伝えるのは難しいと思ったのか、映画ではハンナの同棲相手の存在を丸ごと割愛。その代わり、虐待されている女性の前に突然リスベットが現れ、相手の金持ち男性を懲らしめるシーンを冒頭に挿入することで、彼女のキャラクターを説明しています。なかなかスタイリッシュな撮り方ですが、とってつけた感が無きにしも非ずです。

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つまり、物語を大幅に単純化した代わりに、小説にないアクションシーンをふんだんに詰め込んだ映画。そういう意味ではミッション:インポッシブル・シリーズに似ていると言えるかも知れません。

既にダヴィド・ラーゲルクランツの続編2作目(シリーズ5作目)の小説が刊行されていて、テーマのひとつがMISTRA(双子の研究)ということで、当然、リスベットとカミラの姉妹にも関係してきます。しかし、カミラとの対決はありませんので、姉妹の闘いはシリーズ6作目以降に持ち越されることになります。

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そのリスベットを演じたのは、いま売り出し中の英国女優クレア・フォイ(Claire Foy)。前作のルーニー・マーラのときも、小説のイメージに比べてきれい過ぎると思ったのですが、さらにきれいになっています。愛らしい表情と、過激なアクションのコントラストが魅力でしょう。

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対するカミラを演じたのは「鑑定士と顔のない依頼人」の依頼人役、「ブレードランナー 2049」のラヴ役だったシルヴィア・フークス(Sylvia Hoeks)。この映画では北欧の俳優を積極的にキャスティングしていますが彼女もオランダ人です。

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カミラの手下ヤンを演じたクレス・バング(Claes Bang)はデンマーク人。ぱっと見ではわかりませんが、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」で主人公のクリスティアンを演じていた俳優です。

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前作のダニエル・クレイグに代わってミカエルを演じたスベリル・グドナソン(Sverrir Gudnason)は「ストックホルムでワルツを」にも出ていたスウェーデン俳優。エドを演じたラキース・スタンフィールド(Lakeith Stanfield)は、近作「ゲット・アウト」での演技が印象的でしたが、「ストレイト・アウタ・コンプトン」にもスヌープドッグ役で出ており、また「ショート・ターム」でのマーカス役も記憶に残っています。

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そしてミカエルの同僚エリカを演じたのは「ファントム・スレッド」でアルマ役だったヴィッキー・クリープス(Vicky Krieps)。ルクセンブルグ出身なんですね。原作のイメージとは大きく違いますが、ミカエルを演じるスベリル・グドナソンとのバランスを考えると、彼女のような人が適役なのかも知れません。

公式サイト
蜘蛛の巣を払う女The Girl in the Spider's Web

[仕入れ担当]

2019年1月21日 (月)

映画「クリード 炎の宿敵(Creed II)」

00 3年前に観た「クリード チャンプを継ぐ男」の続編です。特にボクシング好きというわけではないのですが、1作目を観たので2作目も観ておこうかなという感じで行ってきました。ちなみに本作は米国で公開直後、シルベスター・スタローン(Sylvester Stallone)自身が“もうロッキーを演じることはない”とinstagram(ここ)で表明していますので、おそらくこの続きはないでしょう。

主な登場人物は前作と同じで、ロッキー役のスタローン、彼のかつての盟友アポロの息子であるアドニス・クリード役でマイケル・B・ジョーダン(Michael B. Jordan)、その母親メアリー・アン・クリード役でフィリシア・ラシャド(Phylicia Rashad)、アドニスのガールフレンド、ビアンカ・テイラー役でテッサ・トンプソン(Tessa Thompson)とお馴染みのメンバーです。

今回の対戦相手は、アポロをリング上で死に至らしめ、その後、ロッキーがリングに沈めたイワン・ドラゴの息子であるヴィクター。要するに親の敵討ち、因縁の対決です。「ロッキー4」でイワン・ドラゴを演じたドルフ・ラングレン(Dolph Lundgren)とその妻ルドミラ・ドラゴを演じたブリジット・ニールセン(Brigitte Nielsen)がそのままの役で登場する他、ヴィクター・ドラゴ役でボクシング経験があるドイツ生まれのルーマニア人俳優フローリアン・ムンテアヌ(Florian Munteanu)が出ています。

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映画の始まりは、ウクライナで厳しいトレーニングを積み、薄暗いリングで勝ち上がっていくドラゴ父子。続いて、華やかなWBCチャンピオンシップの場面。前作で愛車のコルベットを賭けて挑み、あっけなく叩きのめされたアドニス・クリードが、今回はダニー・ウィーラーを破ってのチャンピオンベルトを奪取します。そしてビアンカ・テイラーにプロポーズ。父親の形見だったコルベットを取り戻し、ビアンカの妊娠もわかり、順風満帆のアドニスです。

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そこへドラゴ父子からの公開挑戦状がたたきつけられます。ロッキーの店“エイドリアン”にイワン・ドラゴが訪れ、ホームのソ連で敗北を喫して苦渋をなめたと恨み節を語ります。勝ったオマエは英雄だが、自分はすべてを失い、妻も去って行ったというわけです。ちなみに彼の妻ルドミラを演じたブリジット・ニールセンは、「ロッキー4」公開後にシルベスター・スタローンと結婚していますので(3年ほどで離婚)、妻が去ったというのはある種の楽屋落ちなのかも知れません。

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ロッキーが反対する中、アドニスはドラゴ父子の挑戦を受けることに決めます。ロッキーの協力は望めませんので、アポロとロッキーのトレーナーだったトニー“デューク”エバースの息子、リトル・デュークの元でトレーニングを開始。しかし守るもののないヴィクターに対し、アドニスは守るものが増えすぎました。リング上で半殺しの目に遭い、周囲はアポロの悪夢を思い出すことになります。ダウンしているアドニスにパンチを見舞ったということでヴィクターは反則負けとなり、チャンピオンベルトは渡さずに済みましたが、闘いという観点からみれば大敗北です。

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身体をボロボロにされ、すっかり自信を失ったアドニス。心ここに非ずといった感じで、ビアンカといても心を開くことはありません。そんな彼を心配したメアリー・アンが、フィラデルフィアからロッキーを呼び寄せます。そして王座防衛戦をヴィクターとの再試合に決め、二人でニューメキシコに籠もってトレーニングに励みます。

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クライマックスはもちろんアウェイでのタイトルマッチ。「ロッキー4」の再現です。観客席の様子はアンソニー・ジョシュア対ジョセフ・パーカーの試合(Youtube)でロケをしたというだけあって、場内の盛り上がりにも迫力があります。結末を予想できても、思わず引き込まれてしまいます。

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個人的には、相手役のヴィクター・ドラゴの方に感情移入してしまいました。アドニスもヴィクターも親に認められたい一心でボクシングに取り組むわけですが、無口で我慢強いヴィクターの目線が切なくて、エンディングを観ながら“良かったね”と声をかけたくなりました。

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そういう意味で、うまい結末だと思います。またロッキーもバンクーバーに行き、細かい伏線はすべて回収したと思います。前作を手がけたライアン・クーグラー(Ryan Coogler)監督が「ブラックパンサー」の大ヒットで参加できなくなり、あまり実績のないスティーヴン・ケープル・Jr.(Steven Caple Jr.)が監督を務めた本作ですが、彼もこれを足がかりに一線に躍り出られると良いですね。

公式サイト
クリード 炎の宿敵Creed II

[仕入れ担当]

2019年1月20日 (日)

光の島 INSULA LUX シャネル・ネクサス・ホール

スペイン・バルセロナから北西20kmの場所に位置するサバデル(Sabadell)出身のアーティスト、アントニ・タウレ(Antoni Taulé)の個展を観てきました。

1970年から暮らしているというフォルメンテーラ島が舞台です。と言っても、世界有数のリゾート地を描いたそれではありません。暗い室内から光の差し込む方向を見ている構図で描かれた絵画作品と、額におさめられた写真と絵画のミクスト・メディア作品で構成されています。

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古びた建物から見える柔らかな光と地平線《Carrelage》は、過去に撮影した写真の一部に油彩で絵を描き加えて制作。過去と現在、現実と虚構、光と陰など相反するものが共存する作品に、不思議な感覚に包まれます。

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会場構成は、パリのオペラ座やバルセロナのカタルーニャ国立劇場など世界各地の劇場で舞台芸術を手がけた建築家でもあるアントニ氏自身によるものだそうです。本展のパンフレットに使われている絵画作品《L’ Énigme》ともリンクします。

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光の島 INSULA LUX
https://chanelnexushall.jp/program/2019/antonitaule/
2019年2月14日(木)まで

[店長]

2019年1月19日 (土)

民藝 21_21 DESIGN SIGHT

柳宗悦の審美眼により蒐集された、日本各地の手仕事「民藝」を紹介する展覧会です。
日本民藝館が所蔵する17000点の陶磁器、染織品、木漆工品などから選び抜かれた新旧さまざまな146点の美しい日常品がみられます。

日本民藝館では展示品の名称のみで解説は付けないそうですが、本展では館長を務めるプロダクトデザイナー深澤直人氏のコメントとともに展示されています。

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民藝には、意図的に生み出された美とは異なる大胆さがあり、過激だという深澤氏。思わず微笑んでしまう可愛らしさも併せ持ちます。

使いこなせるのか分からないほど大きな飴切りハサミや、ご破算するには重そうなソロバン、跨がるのを遠慮してしまいそうな白釉のおまるは、使う仕草も含めて愛らしい。

美しい模様がみられる刺し子の野良着や足袋、鮮やかにデザインされた蓑は、根を詰めてものつくりに向き合う作り手の姿が目に浮かび、ありがたく感じます。

日本の“可愛くてすごい”が詰まった展覧会です。

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民藝
http://www.2121designsight.jp/program/mingei/
2019年2月24日(日)まで

[店長]

2019年1月14日 (月)

映画「ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス(Westwood: Punk, Icon, Activist)」

00 ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)といえばマルコム・マクラーレンやセックス・ピストルズに連なるパンクムーブメントの産みの親ということでストリートのイメージが強かったのですが、この映画を観に行って、邦題に添えられた“最強のエレガンス”が単なる反語的アイキャッチでないことがよくわかりました。この上なく優雅でスタイリッシュな存在です。

ヴィヴィアン・ウエストウッド本人と周辺の人々へのインタビューを軸に、ニュースやコレクションの映像を交えて展開していく本作。

主なインタビュイーは彼女の公私にわたるパートナーであるアンドレアス・クロンターラー(Andreas Kronthaler)、2人の前夫との間に生まれた息子ベンジャミンとジョセフ、Vivienne Westwood Ltd.のCEOであるカルロ(Carlo D'Amario)で、ブランドの歴史について家族の内輪揉めのようなネタまでオープンに語ります。

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たとえば、マルコム・マクラーレンに対する評価。ブランドの立役者でもあるわけですから、アイコン的に祀られているのかと思っていたら実は非常にネガティブで、ヴィヴィアンやカルロはともかく、彼の実子であるジョセフさえも、あれは口先だけの男だとこきおろします。揃いも揃って死者にムチ打つのは如何なものかと思いつつも、この明け透けな語りこそパンクな生き方なのかと思って興味深く観ました。

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今や一流ブランドの一角を占めるに至りましたが、当然ながら紆余曲折を経て築き上げられたVivienne Westwoodブランド。驚いたのは、ヴィヴィアン・ウエストウッド本人が生活保護を受けるまで落ち込んだ時期があったということ。上に記した話ともつながりますが、アルマーニ(Giorgio Armani)との提携で乗り切ろうとした際、マルコム・マクラーレンから物言いがついて契約が結べなかったそう。

また、BBCに出演した際のスー・ローリー(Sue Lawley)の屈辱的インタビューにも驚きました。映画「ボヘミアン・ラプソディ」もBBCの官僚的スタイルを嗤っていましたが、20世紀のBBCは何から何まで上から目線だったのでしょう。

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ちなみにヴィヴィアン・ウエストウッドは1941年生まれ、スー・ローリーは1946年生まれで彼女より5歳年下。さらに言えば、ヴィヴィアン・ウエストウッドはこの3年後の1992年にOBE(大英帝国四等勲爵士)、2006年にDBE(大英帝国二等勲爵士)を受けていますが、スー・ローリーは彼女から10年遅れて2001年にOBEを受けたのみの格下です。
そのときのTV映像は本作の予告編(Youtube)で一部を、ここ(Youtube)で全編が観られますのでご興味のある方はどうぞ。

映画を観ると、ヴィヴィアン・ウエストウッドは思いの外に慎ましく、ど根性で困難を乗り越えてきた人だとわかります。彼女はまずアートスクールに入学するのですが、自分のようなワーキングクラスがアートで生計を立てるのは難しいと気付いて退学し、働きながら教員養成学校に通って教師になります。そこで結婚と出産、離婚を経てマルコム・マクラーレンと出会い、服作りを始めるのですが、自分だけでは手が足りず、母親にも縫ってもらっていたということです。

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そういった一家総出の努力もあって、キングスロード430番地の店がパンクファッションの聖地となるわけですが、その時点では経済的にはあまり恵まれていなかったようです。マルコム・マクラーレンと別れた後にようやくファッションデザイナーとしての地歩を固めていくことになります。

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彼女を有名にした作品の一つにスーパー・エレベイテッド・ギリー(Super Elevated Gillie)があります。93年のパリコレで、この9インチの靴を履いてランウェイを歩いていたナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)が転んで注目を浴び、ヴィヴィアン・ウエストウッドを象徴する作品の一つになっています。現在はV&Aのコレクションに入っているのですが(ここ)、なんと全高が30.5cmもあるのですね。こういうデザインができるのが彼女らしさなのでしょう。

映画では、このときの思い出話をナオミ・キャンベルが語る他、ヴィヴィアン・ウエストウッドの大のお気に入り、ケイト・モス(Kate Moss)が“あなたとなら女性同士の恋愛もアリかもと言われたの”と打ち明けます。また“そこそこ知られたラッパーなんだけど”と自己紹介したタイニー・テンパー(Tinie Tempah)に、最近の音楽は聴いていないとさりげなく切り捨てるあたりにもヴィヴィアン・ウエストウッドらしさを感じました。

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現在はコレクションの大部分をアンドレアスに任せ、自身は地球温暖化防止活動など自然保護に力を入れているヴィヴィアン・ウエストウッド。彼女の関心の移り変わりと人生の浮き沈みを見るだけでも十分に楽しめる映画です。

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公式サイト
ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンスWestwood: Punk, Icon, Activist

[仕入れ担当]

2019年1月13日 (日)

映画「家へ帰ろう(El último traje)」

00_3 今年2本目の映画もスペイン語作品です。引退したアルゼンチンの仕立て屋が生まれ故郷のポーランドを目指すロードムービーで、その背景にはホロコーストの問題があるとはいえ、暗い映画ではありません。老いやジェネレーションギャップといった現代的なテーマまで織り込んだユーモアに溢れる人情ドラマです。

監督を務めたパブロ・ソラルス(Pablo Solarz)はアルゼンチンでは脚本家として実績のある人だそうで、本作は長編デビュー作のコメディ映画に続く長編2作目とのこと。父方の祖父がポーランド生まれのユダヤ人で、本作の主人公と同じく、ナチスによる迫害を逃れてアルゼンチンに渡ってきたそうです。生まれ故郷を目指すという展開は別の経験から得たアイデアだそうですが、細部には個人的な経験が織り込まれているようです。

映画の始まりは88歳になるアブラハムのホームパーティの場面。長年暮らした家を売り、老人ホームに移る彼の自宅に子どもや孫たちが集まっています。孫たちに囲まれた写真を撮ろうとしますが、孫娘の一人が写真に写りたくないと駄々をこね、アブラハムが言いくるめようとしますが、思うようにいきません。結局、モノで釣ることになるのですが、孫娘もなかなかのタフネゴシエターで、交渉に勝ったと思ったら負けていたという状況に……。笑いを取りながら、さりげなくアブラハムの性格とユダヤ人らしい金銭感覚を見せる上手な入り方です。

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すぐ後の場面で、アブラハムの左腕にある数字の入れ墨が映り込み、彼がナチスドイツの強制収容所に入っていたことわかります。また子どもたちとの会話を通して、アブラハムが最後に仕立てたスーツを、生まれ故郷で彼を救ってくれたキリスト教徒の友人に届けに行こうと考えていたことがわかります。

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アブラハムは戦中に負傷した右足がいくぶん不自由で、自力で歩けるとはいうものの、医者から脚の切断を勧められている身です。本人はその足を“ツーレス”と名付けて愛着を示しているように見えますが、tzuresというのはイディッシュ語でトラブルや苦労という意味だそうですので、自覚もあるのでしょう。長旅ができる身体ではありません。

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それでも行ってしまうのがアブラハム。本来ならヒースロー経由やシャルルドゴール経由でワルシャワまで飛ぶのが正解でしょうが、今晩すぐに出発したいと強引に頼み込み、マドリードまで飛んで鉄道でポーランドに向かうことになります。

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そのマドリードで、一休みしようと借りた部屋で問題が発生するのですが、それはさておき、その宿の主がマリア。彼女と、飛行機の中で出会ったミュージシャンのレオにいろいろと助けられることになります。

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そしてスペイン国鉄のAVEに乗り、フランス国鉄のTGVに乗り換えてパリのモンパルナス駅へ。タクシーで東駅に移動し、ベルリン経由でワルシャワへ。

アブラハムはポーランドという言葉を口に出すことさえ忌々しいと思っている人。ましてやドイツの土など踏みたくありません。東駅で路線図を見て、自分の経路がベルリン乗り換えだと気付いた彼は、ドイツを経由しないでワルシャワに行きたいと交渉しますが、もちろん現実的ではありません。

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そこで彼を助けてくれるのが文化人類学者のイングリッド。フランス人駅員との間をイディッシュ語を介して通訳してくれ、その後、スペイン語で会話することになるのですが、彼女がドイツ人だと気付き、ちょっとややこしいことになります。とはいえイングリッドの側にユダヤ人の歴史に対する理解があり、最終的にアブラハムも心を開くことになります。

彼女に自分の体験談を語る中で口にする言葉が“no es que me lo contaran… es que yo lo vi”(聞いた話じゃない、この目で見たんだ)。同じことをマドリードでも語っているのですが、やはりドイツ人との会話に出てくると重さが違います。この駅ベンチでの会話は、本作の見どころの一つではないかと思います。

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そして列車でワルシャワに向かうのですが、いよいよ足の状態が限界に達し、病院に担ぎ込まれることに。そこで彼の面倒を見てくれるのが看護婦のゴーシャ。最終的にはアブラハムの故郷であるウッチまで連れて行ってくれることになります。

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ちなみにワルシャワからウッチまで約140kmということですから東京から沼津あたりまでの距離です。大規模なゲットーがあった街で、戦中は強制収容所や絶滅収容所が置かれたとのこと。繊維業が盛んで、現在もテキスタイル美術館(Central Museum of Textiles)があるようですので、アブラハムが代々続く仕立て屋という設定とも関係がありそうです。

ということで生まれ故郷でのクライマックスに向かっていくのですが、頑固ジジイ役がよく似合うアブラハムを演じたのはアルゼンチンの舞台俳優ミゲル・アンヘル・ソラ(Miguel Ángel Solá)。1950年生まれですが、5年ほど前、共演したパウラ・カンシオ(Paula Cancio)という1985年生まれの女優との間に娘が生まれたそうで、映画の中のみならず、実生活でもモテモテのようです。

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マドリードのマリアを演じたのはスペインのベテラン女優、アンヘラ・モリーナ(Ángela Molina)。「抱擁のかけら」でペネロペ・クルス演じる主人公の母親役を演じた他、「シチリア!シチリア!」「星の旅人たち」「ブランカニエベス」などで重要な脇役を演じてきた人です。彼女はマドリード出身ですが、Canarias7の記事によるとホテルの撮影はカナリア諸島グランカナリアの Hotel Madrid で行われたようです。

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そして文化人類学者のイングリッドを演じたのはデュッセルドルフ生まれのユリア・ベアホルト(Julia Beerhold)、ワルシャワの看護婦ゴーシャを演じたのはポーランド人女優のオルガ・ボラズ(Olga Boladz)。その他、アブラハムがマドリードで会う娘のクラウディア役で「屋根裏部屋のマリアたち」のナタリア・ベルベケ(Natalia Verbeke)が出ています。

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公式サイト
家へ帰ろうThe Last Suit

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2019年1月 7日 (月)

映画「シークレット・ヴォイス(Quién te cantará)」

00 新年初の映画紹介は“未体験ゾーンの映画たち2019”で観てきたこのスペイン映画。2016年春に日本公開された長編デビュー作「マジカル・ガール」で注目を集めたカルロス・ベルムト(Carlos Vermut)監督の最新作です。

往年の国民的歌手リラ・カッセンが表舞台から退いて10年。今も根強い人気があり、復活が望まれているスターです。スペインのアンダルシア地方、カディス湾の北側に位置するロタ(Rota)の豪邸で暮らしていますが、マネージャーで母親代わりのブランカは、印税収入が減っていて、このままの生活レベルを維持していくことは困難だと再起を促しています。

映画の幕開けはそんなリラがビーチの波打ち際に倒れ、ブランカが必死に蘇生処置をしているシーン。病院で意識を取り戻したリラですが、記憶喪失に陥ってしまったようで、いろいろなことが思い出せません。それでも、雑誌のページを折って作った舟に関心を持ったリラに、紙を開かせ、記事の写真を見せると、それがシャキーラだと認識します。続いてiPadに表示させた写真を見せ、それをリラだと認識したところでiPadがスリープして、リラ自身の顔が映ります。自分がリラであることを思い出した瞬間です。

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実はリラ、復帰コンサートのツアーが計画されていて、その皮切りとなるマドリード公演を間近に控えているのです。リラが入水した理由もそれと関係ありそうですが、何より重要なのはツアー開幕までに元通りのリラに戻ること。豪邸に戻ったリラはゴールドディスクが飾られた部屋でやみくもに練習します。とはいえ、仮に記憶が戻ったとしても10年に及ぶブランクを埋めるのは容易いことではありません。

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町はずれのカラオケバーで働くヴィオレッタは23歳の娘を持つシングルマザー。リラの大ファンで、彼女の歌なら振り付けまで完璧にこなせます。カラオケバーの動画サイトに投稿されていた映像を見つけたリラは、彼女に興味を持ちます。

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記憶喪失になったことが漏れてしまいますので、業界関係者の協力を仰ぐことはできませんが、ヴィオレッタのような部外者からアドバイスを受けるのなら、表沙汰になりにくいだろうという考えです。

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ブランカが意図を隠してヴィオレッタに近づき、守秘義務契約を結んでリラの練習への協力を依頼します。もちろんヴィオレッタは断りません。しばらくカラオケバーの仕事を休んでリラの豪邸に通うことになりますが、娘のマルタにもこの隠密行動のことは内緒ですので、カラオケバーに行くフリをして目くらまししています。

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23歳になっても働かずブラブラしているマルタ。どうやら若くして彼女を産んだヴィオレッタが引け目を感じ、必要以上に溺愛してしまったようです。その結果、マルタはヴィオレッタから小遣いをせびり、思い通りにならないと暴れて部屋を壊したり、自傷をちらつかせて要求を通す娘に育ってしまいました。そんな彼女がヴィオレッタの秘密の仕事を知ってしまったことで物語が大きく動いていきます。

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映画に出てくる主な登場人物は、リラとブランカ、ヴィオレッタとマルタの4人の女性ですが、10年前に亡くなったリラの母親もとても重要な人物です。つまり、リラと母親/ブランカ、ヴィオレッタと娘という2組の母娘の物語が軸となります。そういう意味で、スペイン映画らしい作品とも言えるでしょう。

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映画の終盤、娘が生まれて歌を諦めたとヴィオレッタが言います。それに対してリラが、私は母親のために歌い始めたと告白します。映画の原題を直訳すると“あなたに歌うのは誰か”という意味ですが、その答えを導くカギとなる会話です。最終的な解釈を観客に委ねるタイプの作品とはいえ、この会話のおかげで迷うことはありません。

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リラを演じたナイワ・ニムリ(Najwa Nimri)は歌手としての活動もしている女優さんで、古い作品ですが「アナとオットー」でアナを演じていた人です。最近は「雨さえも」や「ルート・アイリッシュ」にも出ていたようです。

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ヴィオレッタを演じたのは「マジカル・ガール」にも出ていたエバ・リョラッチ(Eva Llorach)。ブランカを演じたカルメ・エリアス(Carme Elías)は「カミーノ」のお母さん役で2008年ゴヤ賞の主演女優賞を受賞したベテランです。

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そしてマルタを演じたナタリア・デ・モリーナ(Natalia de Molina)は1990年生まれの若さで既に2度のゴヤ賞を受けているマラガ出身の女優さん。本作では微妙な役どころでしたが、今後の活躍に要注目ということで、次作はイサベル・コイシェ監督の「Elisa y Marcela」で主役を務めるようです。2017年の「マイ・ブックショップ」がようやく今年3月に日本公開されるなど、このところ日本での扱いが地味なコイシェ監督ですのでこの次作が日本公開されるかどうか微妙なところですが、期待したいと思います。

[仕入れ担当]

2019年1月 3日 (木)

イブ・サンローラン美術館 マラケシュ

2017年10月にモロッコにオープンした“イブ・サンローラン美術館 マラケシュ”(Musée Yves Saint Laurent  Marrakech)。

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同年同月に“イブ・サンローラン美術館 パリ”(Musée Yves Saint Laurent Paris)もオープンしていますが、こちらは、このブログでご紹介したピエール・ベルジェ = イヴ・サンローラン財団と同じ場所です。

マラケシュのイブ・サンローラン美術館は、イブ・サンローラン通り(Rue Yve Saint Laurent)と名付けられた通りにあります。

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設計はフランスの建築事務所 Studio KO によるもの。The Red City と呼ばれるマラケシュの街に溶け込む設計です。

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テラコッタのブリックを積み上げたような外壁は洋服の素材感から着想したそう。

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サボテンなどの植物がふんだんに植えられています。

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陽光を活かしたエントランスロビー。アーシーな外観に反して、館内はクリーンでカラフルです。

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建物内のパティオは、水が流れているわけではないのに、瑞々しいオアシスのイメージをエナメルレンガで創り上げています。

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サンローランとベルジェが初めて一緒に購入した作品で、ベルジェが売りに出さなかった唯一の作品といわれる鳥の彫刻が飾られていました。

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メインとなる YVE SAINT LAAURENT HALL には、1962年から2002年の40年間にわたるクリエイティブワークの代表作が一挙展示されています。モロッコに魅せられ、多大な影響を受けたことがわかります。

残念ながらホール内は撮影禁止ですので図録の写真です。

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年代ではなく、テーマやストーリー毎に展示されていて、興味深く観ることができます。また、アクセサリー類も素晴らしく、何から何までため息ものです。

ロビーには、サンローランのミューズたちの写真が飾られています。右端の上は懐かしいイザベル・アジャーニの写真です。

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サンローランのミューズと言えば、やはりこの方、カトリーヌ・ドヌーブ。フランス大女優の貫禄です。1988年春夏オートクチュールで、ゴッホへのオマージュ(→原画)として制作されたアイリスのイブニングジャケットは、カトリーヌ・ドヌーブだからこそ着こなせる、という感じでしょうか。

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一世を風靡したサファリルックもかっこいいですね。

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オーディトリアムでは、サンローランのデザイナーとしてのキャリアを振り返る映像を見ることができます。こちらでも概ねのことは分かりますが、もしご興味があり、お時間があるようでしたら、公開されている映画のどれか1本でも観てから訪れると、さらに理解が深まると思います。このモナドのブログでも3本の映画をご紹介しています。

そして、美術館と一緒に絶対訪れたいのが、有名なマジョレル庭園(Jardin Majorelle)。

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ジャック・マジョレル(Jaques Majorelle)が絵画制作を行っていたスタジオを1980年にサンローランとベルジェが買い取り、現在では財団が運営しています。

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マジョレルブルーと言われる鮮やかなブルーと、自然の緑のコントラストが実に美しいです。

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園内にサンローランとベルジェのメモリアルもあります。

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2人は日本文化にも造詣が深く、サボテンに混じって、京都の嵐山を彷彿させる竹林があったり、池に泳いでいる錦鯉は日本から取り寄せたものだそうです。

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このマジョレル庭園には、サンローランが毎年クライアントに送っていたグリーティングカードのイラスト“LOVE”を展示している小さなギャラリーもあります。

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また園内に併設されているベルベル美術館(Berber Museum)は必見でしょう。600を超えるベルベル人の伝統的な衣服や装飾品、道具類が展示されていて圧巻です。

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サンローラン美術館のブックショップで買った美術館の図録とLOVEの画集。

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イブ・サンローラン通りには、この美術館と庭園の他、洒落たカフェやショップも点在しています。一日かけてゆっくり過ごすのに良いところです。

〜臨時休業のお知らせ〜
根津の店舗は1月4日(金)までお休みいたします。また、イベント出店のため1月7日(月)から2月8日(金)までお休みいたします。ご不便をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。通販や商品についてはメール(shop@monad.jp)またはLINEトークでお問い合わせください。

[仕入れ担当]

2018年12月31日 (月)

発表! モナドが選ぶ2018年のベスト映画

2018年は、モナドらしくファッションとスペインに関係した映画「マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年(Manolo: The Boy Who Made Shoes for Lizards)」で始まり、最後はシチリア島の美しい映像が心に残るイタリア映画「シシリアン・ゴースト・ストーリー(Sicilian Ghost Story)」で終わる、合計73本の映画(一覧はこちら)をご紹介しました。

Bestfilms2018

今年は例年より10本ほど多くご紹介したことになりますが、その中から厳正なる審査の結果、決定した今年のベスト5と各賞の発表です♪♪(2017年版はこちら

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栄えある1位に輝いたのは、スペイン・カタルーニャ地方が舞台の映画「悲しみに、こんにちは(Estiu 1993、英題はSummer 1993)」です! 主人公の6歳の少女フリダの演技が素晴らしく、ブログにも書いたとおり、最後のシーンでとどめを刺されてしまう映画です。いま思い返しても、じわっとこみ上げてくるものがあります。

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振り返ってみると、今年は、この他にも「フロリダ・プロジェクト(The Florida Project)」や「万引き家族(Shoplifters)」など子役の演技が光った映画が目立っていた気がします。

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第2位は、「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル(I, Tonya)」。なぜ今さらトーニャ・ハーディング?と半信半疑で観た映画でしたが、アメリカらしい独立独歩を地で行く半生が面白すぎて…。

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リボンやフリルで飾りまくった手製の衣装もヘビメタの選曲もまるでセンス無しだし、ヘビースモーカーで食べるものも不健康でフィギュアスケートのスノッブな世界とはかけ離れている上に、毒母やろくでなしの夫からのDVもあって人生が無茶苦茶なのに、持ち前のド根性でのし上がっていく逞しさ。トーニャ役のマーゴット・ロビー(Margot Robbie)はもちろん、アカデミー賞の助演女優賞に輝いた母親ラヴォナ役のアリソン・ジャネイ(Allison Janney)の熱演も一見の価値ありです。

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第3位は、映像、音楽、台詞、すべてに酔いしれる「君の名前で僕を呼んで(Call Me by Your Name)」です。

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脚本がジェームズ・アイヴォリー(James Ivory)、監督がルカ・グァダニーノ (Luca Guadagnino)、役者がティモシー・シャラメ(Timothée Chalamet)とアーミー・ハマー(Armie Hammer)というこの上ない組み合わせに、スフィアン・スティーヴンス(Sufjan Stevens )の音楽が絡み、北イタリアの美しい光をサヨムプー・ムックディプローム(Sayombhu Mukdeeprom)のカメラが捕らえます。上質さを知る映画です。

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第4位はチリ映画の「ナチュラルウーマン(Una Mujer Fantastica)

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突然逝ってしまった恋人への愛の強さで、性的マイノリティという弱い立場を乗り越えていく主人公。どんなに精神的にうちのめされても、歌を拠り所に生き抜く姿が実生活でもトランスジェンダーとして暮らしているダニエラ・ベガ(Daniela Vega)と重なります。セバスティアン・レリオ(Sebastián Lelio)監督の組み立てのうまさも相まって、ロッカールームでのワンシーンは忘れられません。

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第5位は女優グレタ・ガーウィグ(Greta Gerwig)の監督デビュー作「レディ・バード(Lady Bird)」です。

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監督自身の体験を下敷きにしているという本作は、今の自分と理想の自分のギャップに愕然として、ジタバタともがいて、親や友人とぶつかってしまう、誰もが通り過ぎる10代を、素晴らしいキャスティングとひねりのある脚本で描いています。次作は「若草物語」らしいのですが、どのような仕上がりになるのか楽しみです。

続いては各賞の発表です♪

★BEST 女優賞

都会に出たくて仕方のない田舎の10代をいきいきと演じた「レディ・バード(Lady Bird)」のシアーシャ・ローナン(Saoirse Ronan)、アイルランドの小さな村で社会的・宗教的な圧力によって精神が壊れていく女性を繊細かつ力強く演じた「ローズの秘密の頁(The Secret Scripture)」のルーニー・マーラ(Rooney Mara)、「アバウト・レイ 16歳の決断(3 Generations)」でトランスジェンダー役で新境地を拓き、「The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ」で小悪魔的な魅力を振りまき、「メアリーの総て(Mary Shelley)」で “私の選択が私を創った” という名セリフを残したエル・ファニング(Elle Fanning)といった並みいる候補者を押しのけて、堂々のBEST女優賞に輝いたのは、「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル(I, Tonya)」のマーゴット・ロビー(Margot Robbie)。外見はまったく似ていませんが、お金のかかるアッパーミドルのスポーツに殴り込みをかける労働者階級のアスリート役を渾身の演技で見せてくれました。

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★BEST 男優賞

君の名前で僕を呼んで(Call Me by Your Name)」で世界中の女子のみならず、男子も虜にしたであろうティモシー・シャラメ(Timothée Chalamet)、「30年後の同窓会(Last Flag Flying)」では戦争で息子を失った父親、「バトル・オブ・ザ・セクシーズ(Battle of the Sexes)」では女性蔑視のテニスプレーヤーと役の幅の広さには毎回驚かされるベテラン俳優のスティーブ・カレル(Steve Carell)、「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」でルックスだけでなく、フレディ・マーキュリーの所作や精神性までも見事に演じきったラミ・マレック(Rami Malek)が候補に挙がり、ラミ・マレックは年末に改めて観に行って(いまだ満席でした)ディテイルまで素晴らしかったので悩みに悩みましたが、BEST男優賞はやはりこの人、「ビューティフル・デイ(You Were Never Really Here)」のホアキン・フェニックス(Joaquin Phoenix)。PTSDに苦しむ元軍人といった難しい役どころはこの人以外には考えられません。

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★特別審査員賞

30年後の同窓会(Last Flag Flying)
ビフォア・ミッドナイト(Before Midnight)」「6才のボクが、大人になるまで。(Boyhood)」などリチャード・リンクレイター(Richard Linklater)の作品は数多く観てきましたが、本当にうまい監督ですよね。同名の小説を下敷きにしているとはいえ、監督自身も脚本にかかわり、12年間温め続けただけのことはあります。戦闘シーンがなくても反戦映画が作れるという好例です。
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ビッグ・シック(The Big Sick)
こちらも脚本が素晴らしい映画です。ふんだんに笑いを散りばめたロマンティック・コメディですが、移民ならではのカルチャーギャップや親子間のジェネレーションギャップをうまく取り込んで、見応えのある作品に仕上げています。何も考えずリラックスして観るも良し、いろいろ考えながら観るも良しという、人それぞれの楽しみ方ができる映画です。
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カルメン&ロラ(Carmen y Lola)
今年のラテンビート映画祭で上映された映画です。マドリード近郊のヒターノ(ジプシー)のコミュニティを舞台に、古い慣習にとらわれた閉鎖的な環境から抜け出そうとする少女を描きます。物語そのものも面白い作品ですが、垣間見ることのできるヒターノのカルチャーも興味深いものでした。ぜひ一般上映して欲しいと思います。
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バトル・オブ・ザ・セクシーズ(Battle of the Sexes)
今の世相にぴったりのテーマでの映画。子どものころ、漫画「エースをねらえ」を愛読していたのですが、なぜ「お蝶夫人」が10代なのに「夫人」と呼ばれていたのか、この映画を観て今更ながら気付きました。エマ・ストーン(Emma Stone)とスティーブ・カレル(Steve Carell)の丁々発止のやり合いが楽しいですね。

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パッドマン 5億人の女性を救った男(Padman)
本作も今の世相に合った映画です。インドの女性にサニタリーパッド(生理用ナプキン)を普及させようと奮闘する男性を描いた作品。「わたしは、ダニエル・ブレイク(I, Daniel Blake)」でも触れていたように貧しい女性にとって大きな問題であり、こういう映画を通じてもっとオープンに語られるようになれば良いと思います。
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★BEST オシャレ映画賞

久しぶりにルパート・エヴェレット(Rupert Everett)を観た「マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年(Manolo: The Boy Who Made Shoes for Lizards)」、ダニエル・デイ=ルイスの引退作となった「ファントム・スレッド(Phantom Thread)」、メットガラのドレス姿やカルティエのゴージャスなネックレスが見所の「オーシャンズ8(Ocean's Eight)」もありましたが、ダリダ〜あまい囁き〜(DALIDA)ダリダのファッションは素敵です。

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ステージ衣装のみならず、普段のオシャレも、50年代から80年代へと時代の移り変わりを反映していて楽しめます。

★BEST ミュージック賞

ド真ん中の直球ですが、ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)で決まりでしょう。

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他には、キューバの魅力あふれる「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス(Buena Vista Social Club: Adios)」や、アルノー・レボティーニ(Arnaud Rebotini)がリミックスした"Smalltown Boy"(→Youtube)が心に響く「BPM ビート・パー・ミニット(120 battements par minute)」、スフィアン・スティーヴンス(Sufjan Stevens )の“Mystery of Love” と“Visions of Gideon”で雰囲気を盛り上げた「君の名前で僕を呼んで(Call Me by Your Name)」がありました。そして、「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル(I, Tonya)」では使われなかったものの、同じくスフィアン・スティーヴンス(Sufjan Stevens )がトーニャ・ハーディングのために作った歌(→Youtube)もしばらく頭の中をリフレインしています。

★今年はやっぱりキノコで賞

何といってもキノコの年でしたね。といっても2作だけですが、「The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ」も「ファントム・スレッド(Phantom Thread)」もキノコを使って男性を意のままにするというアイデアが一緒で、またシリアスなドラマに見えて実はコメディという作りも共通していました。検討を重ねた結果、従順なように見えて実は!というアルマより、純粋無垢な瞳でキノコを提案するマリーの方が笑えるということで「The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ」に決定です。(写真はGanbara jatetxeaで食べたセップ茸のプランチャ)

Cepe

以上、モナドが選ぶ2018年のベスト映画でした。

今年もモナドのブログをお読みいただき、ありがとうございました。来年も年明けから観たい映画が目白押しです。最近は劇場公開されるのか心配になる話題作があったりしますが、やはり映画は映画館でどっぷりと映画の世界に浸りたいと思います。2018年もどうぞよろしくおつきあいください。

[仕入れ担当]

2018年12月27日 (木)

映画「シシリアン・ゴースト・ストーリー(Sicilian Ghost Story)」

00 陽光あふれるシチリアの風景と、幻想的な映像で描かれる暗黒世界のコントラストが印象的な作品です。撮影は「きっと ここが帰る場所」「イル・ディーヴォ」「グレート・ビューティー」「グランドフィナーレ」などパオロ・ソレンティーノ作品を撮ってきたルカ・ビガッツィ(Luca Bigazzi)。彼ならではの美しい映像を心ゆくまで堪能することができます。

監督はアントニオ・ピアッツァ(Antonio Piazza)とファビオ・グラッサドニア(Fabio Grassadonia)の2人。ファビオ・グラッサドニアは本作で今年のダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞(イタリアで最も権威ある映画賞)の脚色賞を受賞しています。

物語はシチリア島で1993年に実際に起きた誘拐事件を下敷きにしています。パレルモ出身の監督たちは、25年前にこの事件の報道に触れ、大きな衝撃を受けたそう。というのは誘拐されたのがまだ13歳の少年で、779日間の監禁後に殺され、硝酸で溶かされて川に流されるという凄惨なものだったから。

そんなやりきれない事件を、マルコ・マンカッソーラ(Marco Mancassola)という1973年生まれの作家が、“Un cavaliere bianco(白い騎士)”という寓話的な小説に仕上げました。作者の言葉によると、半分は本当に起きたこと、残りの半分はフィクションだそう。誘拐された少年ジュゼッペに恋する少女ルナ(小説ではシルヴィア)を創造したことで、悲惨な事件をファンタジックな物語に昇華させています。

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映画の幕開けは地下を流れる水脈のイメージ。それが路傍の水栓まで辿り付いたところで蛇口をひねっている少年がジュゼッペです。水を飲んだ少年は、同級生たちが下校していく道路からはずれて木立の奥に向かいます。手紙を握りしめて彼を追う少女がルナ。そんな2人の姿が初々しくて、シチリアの美しさと相まって、この1シーンだけで酔いしれてしまいそうです。

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ジュゼッペが自宅の納屋から持ち出したバイクに2人乗りして山の中の馬場へ。13歳なのに乗れるの?と訊いたルナに、大丈夫と答えるジュゼッペ。会話の隅々から彼の家族の特殊性が見え隠れします。

障害馬術の練習なのか、何度もバーを跳び越えて馬場を周回するジュゼッペと、それに見とれているルナの佇まいが晴れ渡る青空と穏やかに調和します。

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しかし、そんな2人の関係もここまでです。厩舎に馬を戻しに行ったジュゼッペが戻って来ることはありませんでした。ルナの肩越しに映り込む、馬場の向こう側を走って行った車が彼を連れ去ってしまったのです。

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ジュゼッペの父親は元マフィアで、警察に逮捕され、司法に協力し始めた人(pentito)でした。ジュゼッペを誘拐したマフィアは、獄中の父親に脅しをかけて黙らせようとしたのです。

そんな背景がありますので、街の人々も学校の教師たちも、ジュゼッペの一件に触れようとしません。ルナの両親、特に母親は、以前からジュゼッペと接触することすら否定的でした。あの家はウチとは違う、というのです。ですから、トラブルに巻き込まれたジュゼッペに関わることは厳禁です。

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ルナの母親は四角四面な健康マニアで、ただでさえ自分が良いと信じたことを周囲に押しつける人。母親の束縛から逃れたい、自由に生きたいというルナの気持ちが、ジュゼッペに対する思いと繋がっているのです。当然のように、ルナと母親は衝突を繰り返します。

彼女の唯一の味方が親友のロレダーナ。学校のクラスも一緒ですし、夜中に懐中電灯を使ってモールス信号でお喋りする仲良しです。彼女の協力でビラ配りをしてみますが、やはり芳しい反応ありません。ルナの夢に出てくるイメージを唯一の手がかりに自力でジュゼッペを探しますが、次第に彼女の心も衰弱してきます。

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そんな一途で健気な少女を演じたのは、ポーランド出身で現在はパレルモの高校(Liceo Scientifico S. Cannizzaro)に通っているというユリア・イェドリコブスカ(Julia Jedlikowska)。キリッとした表情の似合う少女です。意志の強さと思春期の揺らぎをうまく醸し出しながら、難しい役を上手にこなしています。

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誘拐される少年ジュゼッペを演じたガエターノ・フェルナンデス(Gaetano Fernandez)は地元パレルモ出身、どことなくティモシー・シャラメを彷彿させる美少年です。映画で使われてるSoap&Skinの楽曲がスフィアン・スティーヴンスと雰囲気が似ていることから「君の名前で僕を呼んで」を思い出してしまいますが、場所は北イタリアと南イタリアと正反対ですし、テーマも内容もまったく違います。

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ルナの父親を演じたヴィンチェンツォ・アマート(Vincenzo Amato)もパレルモ出身だそう。「ジョルダーニ家の人々」で建築家になるニーノの担当教官だった教授を演じていた俳優です。母親を演じたザビーネ・ティモテオ (Sabine Timoteo)はスイス出身の元バレリーナだそうで、神経質そうな役柄が良く似合っていました。

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2時間強の長めの映画ですし、暗めの映像が続きますので、集中して観るとちょっと疲れるかも知れませんが、見応えのある作品です。元気なときにじっくりご覧になってみてください。

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公式サイト
シシリアン・ゴースト・ストーリーSicilian Ghost Story

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