カルチャー

2017年10月16日 (月)

映画「スイス・アーミー・マン(Swiss Army Man)」

0 どう考えてもB級映画の設定なのに、ダニエル・ラドクリフ(Daniel Radcliffe)とポール・ダノ(Paul Dano)が主演という、妙に豪華な作品です。

どういう設定かといえば、無人島で絶望して自殺を図ろうとした青年ハンクの目の前に死体が流れ着き、この死体のおならのガス圧をジェットスキーのように使って島から脱出するというもの。

予告編に使われている死体ジェットスキーがクライマックスだと思っていたら、これは序章の一部に過ぎなくて、その後も死体に備わった便利機能を使ってサバイブしていきます。おわかりだと思いますが、タイトルはスイス・アーミー・ナイフのように便利な男という意味で、スイス軍には関係ありません。

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設定も奇想天外ですが、ストーリー展開もなかなか独創的なもの。ちょっとネタバレになりますが、死体はそのうち喋るようになります。そこからは男2人の、いわゆるバディムービーのスタイルになり、愛について語り合ったりします。

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ポール・ダノ演じるハンクが、ダニエル・ラドクリフ演じる死体のメニーに人間社会の常識を説き、質問に答えていくうちに世の中の矛盾に気付いたり、自分を偽っていたことに気付くという、ある種の精神的な成長譚でもあります。

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喋る死体であるメニーは、死を覚悟したハンクの自己投影なのかも知れませんが、エンディングは夢オチではありません。一応、きっちりケリを付けているあたりには好感が持てます。また、おなら主体の珍妙なストーリーに反して映像が美しく、そのおかげもあって下品な話題が頻出する割に不快感はありません。

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いずれにしても2人の怪演が光る一作です。特に死後硬直した状態を保ち続けるダニエル・ラドクリフは渾身の演技と言って良いでしょう。

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DANIELSとクレジットされる監督は、ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート(Daniel Kwan & Daniel Scheinert)の2人組で、これまでミュージックビデオを作っていた人たちだそう。美しい映像を撮っているのは、ラーキーン・サイプル(Larkin Seiple)という人で、彼もまたMVの世界で活躍していたそうです。

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ちなみに死体ジェットスキーの場面で口ずさむ曲を私は“Only You”のFlying Picketsカバーバージョンだと思っていたのですが、実はオリジナル曲とのこと。音楽を担当したインディーズバントManchester Orchestraのアンディー・ハル(Andy Hull)が、終盤のカメラマン役でカメオ出演しています。

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公式サイト
スイス・アーミー・マンSwiss Army Man

[仕入れ担当]

ラテンビート映画祭「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者(Neruda)」

00_2 2015年の「ザ・クラブ」でベルリン国際映画祭の審査員グランプリを受賞し、今年は初の英語作品「ジャッキー」で話題をさらったパブロ・ラライン(Pablo Larraín)監督の作品です。2012年の「NO」に出演したガエル・ガルシア・ベルナル(Gael García Bernal)が再び主役的な人物を演じています。

主役的な、というのは、本作はタイトル通り、チリの左派政治家であり、詩人としてノーベル文学賞を受賞したパブロ・ネルーダ(Pablo Neruda)の逃亡を描いたものですが、作品の本質は彼を追う警官ペルショノーの心情の変化にあるから。そのペルショノーを演じるのがガエルであり、全編を通じたナレーションもガエルによるペルショノーの内なる声です。

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ですから序盤でネルーダを批判するナレーション、たとえば“共産主義者は労働を嫌う”などと語られると少し混乱するかも知れませんが、それはガエルの声で、後ほど明らかになっていくガエルの役どころに結び付けられれば腑に落ちます。

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ペルショノーは官憲としてネルーダを追うわけですから、立場としてはビデラ政権側です。また警察幹部だった父親(と信じる男性)の銅像が署内にあることから、おそらく父親も反共に近い立場だったと思われます。しかし、スペイン語にも hijo de puta という son of a bitch そのままの言葉がありますが、彼自身の出自を鑑みると、父親に憧れて警察に奉職したとはいえ、そこには複雑な感情があって当然でしょう。

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共産主義者のスターであるネルーダですが、実際は貴族趣味で、酒と女を欠かさない享楽的な男です。そんな彼に批判的だったペルショノーが、だんだんと心惹かれていってしまう姿を通じて、ネルーダの人となりと魅力を描いていく映画とも言えます。

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また、映画の作り手であるラライン監督も複雑です。

映画の中盤、政治犯収容施設の責任者としてピノチェトが登場しますが、ラライン監督の両親は共にピノチェト派の政治家。つまり、この映画で描かれている時代に続いて樹立される左派政権をクーデターで倒した軍事政権の家庭で育ったわけで、共産主義の嘘くささを熟知すると同時に、右派政権による文化破壊も知っています。映画監督としては芸術や著述を擁護する立場でもあります。そのような背景をもつ監督が、アンビバレンツな感情に揺れる警官ペルショノーの視点から物語を紡いでいくのは自然なことなのかも知れません。

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序盤でネルーダが逃亡を余儀なくされるまでの経緯が説明されますが、基本的にネルーダがどういう人物か知っている観客に向けて作られている映画です。その上、この監督の過去の作品をご覧になった方ならおわかりのように、さりげなくシニカルなユーモアを織り込んできます。たとえば映画の冒頭で描かれるトイレの会議のように、真面目なのか冗談なのか図りかねる場面が多々あり、全編を通じて一筋縄ではいかない作品です。

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物語そのものは非常にシンプルで、逃げるネルーダと追うペルショノーを淡々と描いていくだけです。ただ1つ仕掛けがあって、ネルーダが立ち去った場所に小説が残されており、それを置いていくネルーダと、見つけて読みふけるペルショノーの間に奇妙な結びつきが生じます。そのうち、ネルーダを追っているのか、小説の続きを追っているのか曖昧になり、最後はたった1人でネルーダに迫うことになります。

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エンディングは史実通り、逃げ切ったネルーダがパリに到着し、ピカソに受け入れられるシーン。この後、イタリアに逃げて映画「イル・ポスティーノ」で描かれた暮らしを始めることになります。

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ちなみに作中で何度も読み上げられる、Puedo escribir los versos más tristes esta noche で始まる詩は、ネルーダが19歳で発表した詩集「20の愛の詩と一つの絶望の歌(Veinte poemas de amor y una canción desesperada)」の20番目の詩です。全編はチリ大学のサイト(こちら)などで読むことができます。

公式サイト
ネルーダ 大いなる愛の逃亡者Nerudafacebook

[仕入れ担当]

2017年10月15日 (日)

怖い絵展 上野の森美術館

「恐怖」に焦点をあて、16世紀から20世紀にかけてヨーロッパ各地で描かれた名画の謎に迫ります。2007年に出版されて以来、いずれもベストセラーとなった中野京子著「怖い絵」シリーズの第一刊行10周年を記念し企画された展覧会です。

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神話や聖書、悪魔や怪物などテーマ毎に集められた油彩画や版画は全約80点。この絵がなぜ怖いのか、作品にまつわるストーリーや時代背景を読み進めていくと、すっと腑に落ちると同時に、ぞわっとする感覚にとらわれます。

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エドヴァルド・ムンク《マドンナ》の絵のモデルは、ムンクも惹かれていたミューズ的存在の女性ですが、あまりに奔放で嫉妬深い愛人に撃ち殺される運命にありました。数多くの浮き名を流したことで知られるムンクもまた、結婚を迫られた女性ともみ合いになり、そのとき暴発したピストルで左の薬指の先を失ったそうです。

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日本初公開となるロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵するポール・ドラローシュの大作《レディ・ジェーン・グレイの処刑》は、9日間の女王とよばれるイングランド史上初の女王ジェーン・グレイが政争に巻き込まれ、若干16歳にして最期を迎えることになる場面をドラマティックに描いています。

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女王の純白のドレスが血で真っ赤に染まることをイメージさせ恐怖をあおりますが、実際にロンドン塔のタワーグリーン(礼拝堂前の広場)で斬首されたときは、黒っぽい服をまとっていたそうです。

怖い絵展
http://www.kowaie.com/
2017年12月17日(日)まで

[店長]

2017年10月10日 (火)

映画「ドリーム(Hidden Figures)」

00 原題そのもの、隠れた立場だった人たちの活躍を描いた映画です。

その活躍の場というのがNASAのマーキュリー計画。ソ連と競争しながら、1959年から1963年にかけて実施された米国の有人宇宙飛行計画のことですが、その裏方として軌道計算などに従事した黒人女性たちに光を当てていきます。つまり彼女たちの業務は未知の数字を解き明かす仕事。Figureという語に人物と数字の2つの意味を含ませた上手いタイトルですね。

物語は非常にシンプルで、1961年の夏頃から、ジョン・グレンの宇宙飛行が成功する1962年2月20日までの1年あまりを時間軸に沿って見せていきます。

中心的な登場人物は、キャサリン・G・ジョンソン、ドロシー・ヴォーン、メアリー・ジャクソンという3人の黒人女性で、それぞれタラジ・P・ヘンソン(Taraji P. Henson)、「ヘルプ」「ジェームス・ブラウン」のオクタヴィア・スペンサー(Octavia Spencer)、「ムーンライト」のジャネール・モネイ(Janelle Monáe)が演じています。

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他には、計画の責任者役でケビン・コスナー(Kevin Costner)、彼女たちのスーパーバイザー役で「メランコリア」「オン・ザ・ロード」「ギリシャに消えた嘘」のキルスティン・ダンスト(Kirsten Dunst)が出演。

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また、メアリーの夫役で「ストレイト・アウタ・コンプトン」のMC・レン役、オルディス・ホッジ(Aldis Hodge)、キャサリンに求婚する男性役で「ムーンライト」のマハーシャラ・アリ(Mahershala Ali)も出てきます。

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映画の幕開けは少女時代のキャサリンが非常に優秀で、彼女を進学させるために教員はじめ周囲の人々が家族を支えようとするシーン。黒人女性という、ある種のハンディキャップを背負ったキャサリンが、学業を修めることでNASAで働けるようになっていく経緯が示されます。

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そしてNASAに通勤する黒人女性3人の車がエンストしてしまうシーン。後から来たパトカーから白人の警官が降りてきて緊張が走りますが、彼女たちがNASA勤務だと知ると、ソ連に負けるなとばかりに彼女たちの車をNASAまで先導します。まだ黒人差別が濃厚だった時代性と、国を挙げて宇宙飛行計画を応援していた時代性を一瞬で説明してくれる巧い展開です。

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キャサリンは数学の才能で計算分野の重要な仕事を担うようになり、ドロシーはいち早くFORTRAN(フォートラン)を習得してIBMのメインフレームを扱うようになります。

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そしてメアリーは白人専用だった学校への入学を勝ち取り、プロモーションの足掛かりにしていきます。

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女性が専門職に就くことが難しかったこの時代。仕事の能力を認められるだけでも大変なのに、彼女たちは黒人差別も乗り越えなくてはいけません。それにも負けず、持ち前の行動力で成功を掴んでいくパワーが爽快です。

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実際にNASAの前身であるNACAラングレー研究所にはWest Area Computers(後にWest Computing office)というユニットがあり、大勢の黒人女性の数学者たちが働いていたようです。そこで最も著名な女性が1953年から勤めていたキャサリンで、2015年には文民に贈られる最高位の勲章である大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)を受章しています。

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黒人女性3人は実在の人物ですが、ケビン・コスナーとキルスティン・ダンストが演じた人物はドラマティックに展開させるための創作だそうです。そのせいか芝居が大げさな気もしますが、彼らとのやりとりを含めて素直に楽しめる映画です。

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監督は「ヴィンセントが教えてくれたこと」のセオドア・メルフィ(Theodore Melfi)。観客を温かい気持ちにさせてくれる映画作りの姿勢は前作同様です。

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いまだ女性であることが障壁になりがちな世の中で、彼女たちの信念の強さには勇気づけられます。使われている音楽も楽しく、明るい気分で映画館を後にできる映画だと思います。

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公式サイト
ドリームHidden Figures

[仕入れ担当]

2017年10月 8日 (日)

シャガール 三次元の世界 東京ステーションギャラリー

色彩豊かな絵画で著名なマルク・シャガール(Marc Chagall)が晩年、60歳を過ぎてから始めた彫刻制作に焦点を当てた展覧会です。

日本初公開作品を含む彫刻や陶芸のほか、それに関連した油彩や水彩、素描や版画など全170点の作品が一堂に揃います。

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恋人ベラが花束を手にシャガールの部屋を訪れたときの一場面《誕生日》は、彼女との結婚前に制作した絵画でとても有名ですが、およそ50年の時を経て手掛けた同じモチーフの彫刻作品が観られます。

大理石の浮き彫りで表現したもので、色鮮やかな絵画とは違う趣。並べて展示されていますので、じっくり見比べることができます。

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立体作品に取り組むきっかけとなった陶芸は、当初、絵画の延長で平皿に絵付けしたものが多かったそうです。1951年に最初の壺を手掛けてから、立体的な作品が多く生み出されています。

釉薬をほどこした透明感のある色彩のセラミックや、赤みをおびた土の色を活かしたテラコッタなど、多様性に富んだシャガール芸術に触れられます。

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シャガール 三次元の世界
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201709_chagall.html
2017年12月3日(日)まで

[店長]

2017年10月 2日 (月)

映画「50年後のボクたちは(Tschick)」

00_2 ファティ・アキン (Fatih Akın)監督の作品には、「ソウル・キッチン」のような明るく盛り上がる映画と、「消えた声が、その名を呼ぶ」のようなシリアスな映画がありますが、本作は前者、明るく楽しい1本です。

とはいえ、移民として育ったこの監督ならではのシニカルな視点がふんだんに盛り込まれており、微笑ましい部分もあり、身につまされる部分もありという、シンプルな物語の割に深みのある映画になっています。

主人公はドイツ郊外に住む14歳のマイク。宅地開発を手がける父親が建てた広々とした家で、なに不自由なく暮らしているように見えますが、周囲の造成地が更地のまま放置されているところを見ると、それほど景気が良いわけではなさそうです。その上、アル中で頻繁に更正施設に出入りしている母親との夫婦関係は冷え切っているらしく、父親には若い愛人もいます。

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そんな家庭環境のせいか、マイクは学校でちょっと浮いていて、サイコと渾名されています。クラスメイトの人気者のタチアナに片思いしていますが、脈があるはずありません。彼女の誕生日パーティにも、クラスで2人だけ招待されないという悲惨な状況。

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招待されなかったもう1人は転校生のチック。転入時にロシアの遠い地域から来たと紹介されていましたが、誰も発音できないような名前と、アジア系の風貌をもつ、ちょっと強面な男の子です。おまけに14歳なのに酒飲みで、いつもアルコール臭い息をしています。

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そんな2人がふとしたきっかけで親しくなり、チックが盗んできたラーダ・ニーヴァで夏休みの冒険に出掛けることになります。ラーダ・ニーヴァというのは、一説によるとプーチン大統領もプライベートで乗っているというロシア製の小型車。フルタイム4WDですから、趣味のハンティング用オフロード車として使っているのかも知れません。

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さて、ブルーのラーダに乗った14歳の男子2人組。どこまでも青い空の下、身も心も解放され、今までとは違う大きな世界に触れていきます。もちろん無免許ですから、大人に見えるようにつけ髭でごまかしたりするのですが、この場面でもちょっとした風刺を絡めて観客を苦笑させます。

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途中で出会うプラハ出身の少女、イザとの会話の中で原発問題をもじった略語を交えてみたり、軽い感じでセクシャリティの問題に触れてみたり、細部が楽しい作品です。

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原作は2013年に48歳で亡くなったドイツの作家ヴォルフガング・ヘルンドルフ(Wolfgang Herrndorf)の「14歳、ぼくらの疾走」だそうで、ドイツ国内で220万部以上を売り上げる大ヒットを記録した小説とのこと。まず舞台化され、シーズン最多上演作品という栄誉に輝き、それをアキン監督が映画化したという経緯がありますので、登場人物も少なければ、場面もそれほど多くない、こぢんまりした仕上がりになっています。

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マイクを演じたトリスタン・ゲーベル(Tristan Göbel)は既に子役として活躍しているそうですが、チックを演じたアナンド・バドビレグ・チョローンバータル(Anand Batbileg)は本作がスクリーンデビュー。イザ役のメルセデス・ミュラー(Mercedes Müller)は子役出身の女優さんだそうですが、キックボクサーとしても活躍しているという変わり種です。

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カーステレオに入れたカセットテープから流れ出したリチャード・クレイダーマン(Richard Clayderman)の“Ballade pour Adeline”が2人のテーマ曲になったり、終盤の母親とマイクの場面でトムトムクラブ(Tom Tom Club)の“Genius of Love”が流れたり、アキン監督らしいヒネリの利いた選曲も良い感じです。劇中で2人が“リシャール・クレイデルマン”と発音していたので、帰宅して調べてみたら、フランス出身でドイツでヒットを飛ばしたピアニストなのですね。何となく日本だけで売れた人だと思っていました。

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それはさておき、誰もが経験する成長期のほろ苦さを描いたシンプルな成長譚です。誰もが気軽に楽しめる内容ですので、お子様と一緒にご覧になる映画としても最適だと思います。

公式サイト
50年後のボクたちはTschick

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2017年9月25日 (月)

映画「オン・ザ・ミルキー・ロード(On the Milky Road)」

00 エミール・クストリッツァ(Emir Kusturica)監督、9年ぶりの新作です。この監督らしい笑いと風刺がちりばめられた独自の世界が展開します。

主演は監督自身。「エル・クラン」のパブロ・トラペロ監督が手がけた「セブン・デイズ・イン・ハバナ」の1編への出演など、このところ監督業より俳優業の方が主になっている感もあります。

そしてその相手役、ヒロインは「シチリア!シチリア!」「サイの季節」「007 スペクター」のモニカ・ベルッチ(Monica Bellucci)。周りの男すべてを魅了する女性という役どころとして、この上ないキャスティングなのですが、実は監督が彼女と共演したかっただけなのでは?という気がしないでもありません。いずれにしても、このところ演技の枠を拡げている彼女、モナドが2015年の“BEST 女優賞”に選んだだけあって(?)圧倒的な存在感を見せつけていました。

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物語の舞台は、中欧のどこかの国の小さな村。他国との戦争なのか、内戦なのかわかりませんが、日常的に砲弾や銃弾が飛び交っています。監督が演じるコスタはミルクの配達屋で、危険をものともせずロバに乗って前線の兵士たちにミルクを届けています。なぜ前線が恐くないかといえば、父親に関するおそろしい経験をしているから。その経験を部屋の写真立てに入れているあたりから厭世的な性格がうかがえます。

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そのコスタを雇っているのは母娘2人で営んでいるミルク屋で、母親はいつも大きな時計の保守に難儀しています。娘のミレナは美しくダンスも上手な人気者。実はコスタに想いを寄せていて、戦争に行っている兄が帰ってきたら、兄妹でダブル結婚式を挙げたいと願っています。その願いを叶えるため、難民の収容施設から兄の花嫁候補を見つけてきます。

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この花嫁候補を演じるのがモニカ・ベルッチで、田舎っぽい服を着ていてもゴージャスさは隠せません。それでいてミルク屋で乳搾りの仕事を淡々とこなし、なぜかコスタに惹かれ始めます。一応、共に戦争で悲惨な体験をしたことで心が繋がったということになっていますが、ある種のファンタジーですから、細かい突っ込みを入れても仕方ありません。

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そこで突如として休戦協定が結ばれたという噂が流れ、ミレナの兄であるジャガが、サイドカー付きのバイクで帰ってきます。そしてとんとん拍子に結婚式の準備が始まります。

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しかし喜びも束の間。翌日、コスタが兵舎に配達に向かうと、途中でヘビに妨げられ、ようやく兵舎に着いたと思ったら兵隊たちは皆殺しにされていています。ミルク屋に戻るとこちらも焼き討ちにあっていて、ミレナ兄妹も殺されています。実はミレナが連れてきた花嫁候補、ある英国将校が恋い焦がれていて、彼女を奪回しようと特殊部隊を差し向けたのでした。

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そして、ヘビのおかげで命拾いしたコスタと井戸に隠れていたおかげで助かった花嫁の2人組が、特殊部隊に追われて逃げ惑う展開になります。

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いつまでも“花嫁”のままで回りくどい感じですが、モニカ・ベルッチ演じるこの役には名前がありません。エンドロールでもNevesta(チェコ語でBrideの意味)と記されるのみ。このあたりもファンタジー的な仕掛けなのでしょう。

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映画の冒頭で、3つの実話と多くのファンタジーに基づいている、と示されますが、おそらく戦争の悲惨さや愚かさを描いた部分はユーゴスラビア紛争を下敷きにしていて、2人の逃避行や随所に登場する動物たちはファンタジーの部分なのだと思います。

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ジャガ役は、ベオグラード出身のプレドラグ・マノイロヴィッチ(Predrag Manojlović)。「パパは、出張中!」のパパ役、「アンダーグラウンド」の主人公マルコを演じたほか、「黒猫・白猫」「ウェディング・ベルを鳴らせ!」にも出演している、クストリッツァ監督作品の常連俳優です。

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ミレナ役はユーゴスラビア出身のスロボダ・ミチャロヴィッチ(Sloboda Mićalović)。想いを寄せる男をモニカ・ベルッチに奪われるという損な役回りですが、彼女に負けず劣らずの美人女優です。

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そして、バックに流れるバルカンミュージックを担当したのは、監督の息子であるストリボール・クストリッツァ(Stribor Kusturica)。監督が率いるノー・スモーキング・オーケストラの一員であると同時に、「ウェディング・ベルを鳴らせ!」などクストリッツァ作品に俳優として出演している人です。本作のプロモーションで監督が来日した折には、同オーケストラを帯同し、Zepp Tokyoでワンナイトのライブを行ったそうです。

公式サイト
オン・ザ・ミルキー・ロードOn the Milky Road

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2017年9月24日 (日)

超絶記録!西山夘三のすまい採集帖 LIXILギャラリー

昭和の住まいを見続けた建築学者、西山夘三の凄まじい記録を見ていく展覧会です。

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京の町家や日本各地に点在する農家をはじめ、住宅不足だった戦後に家に転用されたバスや電車ずまい、軍艦島や筑豊の炭鉱住宅、自らが軍隊生活を体験した兵営や戦後に暮らした同潤会アパートまで、26項目にまとめられた日本のすまいを分かり易く図版で解説しています。

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公私にわたって記録魔だった西山氏は、スケッチブック約120冊、写真20万コマを残し、さらに日記、日誌、日録を日々綴ったそうです。胃潰瘍で入院した際は病室の間取りから検査内容まで、こと細かに記しているのですが、眼科で眼鏡の度があっていないと指摘されたことまで書かれていました。

中学時代からヴェスト・ポケット・コダックを愛用し、これ以降、さまざまなカメラを手に入れ、現像、焼き付けも自分で行う写真マニア。

子どもの頃から描いていたという漫画や、漫画研究ノートも見どころです。

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超絶記録!西山夘三のすまい採集帖
http://www1.lixil.co.jp/gallery/exhibition/detail/d_003793.html
2017年11月25日(土)まで

[店長]

2017年9月19日 (火)

映画「ダンケルク(Dunkirk)」

00 クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)監督の最新作です。前作「インターステラー」のときも同じことを記しましたが、この作品も映画館の大スクリーンで観なくては意味がない1本です。なぜなら、物語の展開や演技を楽しむ作品ではなく、観客が体験するタイプの作品だから。ホームシアターの100インチ以上のスクリーンでご覧になっても、劇場とは受ける印象がかなり違うと思います。

よく知られているようにノーラン監督、CG嫌いでデジタルカメラも嫌いというアナログ派。本作も IMAX 70mmフィルムによる上映を希望しており、世界各国でこの規格で上映されたようです。しかし日本国内には対応できる劇場がありません(最寄りはメルボルンかバンコク)ので、大阪エキスポシティのIMAX 70mmデジタル上映か、東京・丸の内ピカデリーの35mmフィルム上映か、という話になるのですが、映画を観に大阪まで行けませんので私は丸の内ピカデリーで観てきました。

それでどうだったかと言うと、良い点はフィルムらしい質感と、青の発色がきれいだったこと。逆に言えば、映像の粒子の粗くて、ちょっとボケた感じですので、そこで好き嫌いが分かれるかも知れません。

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映画は第二次大戦初期に英国軍がダンケルクから撤退した模様を描いたものですが、よくある戦争映画と本作が異なる点は、主だった登場人物たちに闘う意志も気力もないこと。トム・ハーディー(Tom Hardy)演じる英国軍パイロットが空中で応戦することを除けば、地上や海上の兵士たちはまったく勇ましくありません。ただただ怯え続け、自分だけでも生き延びたいと願う、ある意味、人間らしい若者たちです。

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冒頭は、兵士の一団が銃撃されて逃げ惑うシーン。斃される仲間を尻目にトミーという兵士がダンケルクの海岸にたどり着きます。そこではドイツ軍に追い詰められた40万人あまりの英国軍兵士が救出の船を待っているのですが、遠浅の砂浜なので大型船を着けることができません。そこでトラックなどを使って仮設の桟橋をかけ、傷病兵から順番に軍艦に運んでいるのです。

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もちろんドイツ軍も傍観しているわけではありません。空からメッサーシュミットで空爆し、桟橋を渡っていた兵士たちは敢えなく吹き飛ばされます。震える兵士たちに威厳も何もありません。それがこの状況における兵士たちのリアルなのでしょう。

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本作は3つの視点から描かれているのですが、もう一つが上で触れた空軍パイロットの視点。撤退する地上軍を守るため、敵の攻撃を封じ込める役割を担うスピットファイアの兵士たちです。ロールスロイスのエンジンを積んだ優れた戦闘機とのことですが、問題は燃料で、英国本土から1時間かけてダンケルクまで飛び、交戦に時間をかけてしまうと、帰還用の燃料がなくなるという制約を抱えています。それでも、この映画の中では唯一、軍隊らしい姿を見せる一団です。

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そして、もう一つの視点が、救出に向かう民間船からのもの。遠浅なので大型船は着けられませんが、遊覧船や漁船やプレジャーボートといった小型船なら、浜辺に近づくことができます。そこで英国政府は700隻の民間船に協力を依頼するわけです。そのうちの1隻、「ブリッジ・オブ・スパイ」のマーク・ライランス(Mark Rylance)演じるドーソン船長とその息子が操舵する船の様子が描かれます。

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彼らが最初に救出するのがキリアン・マーフィー(Cillian Murphy)演じる一人の兵士なのですが、これが恐怖に取り憑かれて正気を失っています。おそらく乗っていた救助船が攻撃されて漂流していたわけで、怯えるのも当然なのですが、ドーソン船長がこれからダンケルクに向かうと言うと発狂したような状態になって重大なトラブルを起こします。

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それ以外にも、トミーたちが救助船に潜り込もうとしたり、ワン・ダイレクションのハリー・スタイルズ(Harry Styles)演じる高地連隊の兵士が、味方であるフランス兵を脅したり、規律も倫理観も失われた有り様が次々と映し出されます。

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唯一、軍人らしく振る舞っていたのはケネス・ブラナー(Kenneth Branagh)演じる海軍中佐のみ。とはいえ、この2週間後にはフランスが崩壊しますので、もし映画通りの行動をしていれば捕虜になってしまうでしょう。

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このように臆病な兵士たちと勇敢な民間人たちが対比的に描かれていくのですが、この映画が特異な点は、あれだけの空爆を受けているのに、死体がほとんど出てこないところ。吹き飛ばされたり倒れている人は映るのですが、グロテスクな映像はありません。見方を変えれば、攻撃される恐怖だけを観客と共有している感じです。

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また、ドイツ兵の姿も見えません。何度もメッサーシュミットから空襲されますし、魚雷を受ける場面もありますので、近くに敵兵がいることは明らかですが、敢えてそれを見せないように作っているようです。ちなみに、この撮影で使われたメッサーシュミットは、スペインのフランコ政権が作っていた類似機のビンテージを改造して使っているそう。スピットファイアもビンテージの実機を借りてきて、そこにIMAXカメラを積み込んで撮っているそうで、エンジン音などは当時と同じだそうです。

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このような事情で、実戦では何百機もの戦闘機が空中戦を繰り広げたわけですが、スクリーンに映し出される機体は数機だけです。また、史実では33万8000人あまりの兵士が救出されたことになっていますが、ロケ現場の浜辺にいたエキストラは数千人で、背後にいる人影はすべて書き割りだそうです。どんな手段を使ってでも絶対にCGは使わないというノーラン監督の執念ですね。

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公式サイト
ダンケルクDunkirk

[仕入れ担当]

2017年9月18日 (月)

ヨコハマトリエンナーレ 2017 - 島と星座とガラパゴス 横浜美術館

3年に1度行われている現代アートの国際展「ヨコハマトリエンナーレ 2017」を観に横浜美術館まで出かけてきました。第6回を迎える2017年は、タイトル「島と星座とガラパゴス」のもと、接続性と孤立をテーマに約40組のアーティスト作品を紹介しています。

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まず目に入るのは、美術館のファサードを飾るアイ・ウェイウェイの作品《安全な通行》。窓枠に見立てたオレンジ色の救命ボート14艇と、中東や北アフリカから地中海を渡り、ギリシャ領のレスボス島にたどりついた難民たちが実際に着用していたというライフジャケットで覆い尽くした2本の柱がお出迎え。

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アメリカのモダンアート界を代表するロブ・プルイットの作品《オバマ・ペインティング》は、アメリカ国旗と同じ赤、青、白で描かれています。オバマ氏が大統領に在籍していた8年間、ニュース写真をもとに毎日一枚ずつ、同じサイズ、同じトーンで重要な出来事から些細な事柄まで記録し続けたもので、総数2,922枚にもなったそうです。

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フィリピン・マニラを拠点に活動するマーク・フスティニアーニは、鏡や光を駆使して、どこにも繋がらない《トンネル》や底のない《穴》を館内につくり、観ているものたちを異空間に誘っているかのような錯覚をおこさせます。

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辛辣でユーモラスな作風で知られるイタリア人アーティスト、マウリツィオ・カテランは、思いもよらない場所に自身の像をつり下げ、無数の顔を貼付けて笑いを誘います。

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本展は横浜美術館のほかに、ヨコハマ赤レンガ倉庫1号館と横浜市開港記念会館でも展示があり、歴史的な建造物と合わせて現代アートを楽しめます。1日で観てまわれるように無料巡回バスも運行していますが、日を分けて、じっくり堪能するのも良さそうです。

ヨコハマ トリエンナーレ 2017 島と星座とガラパゴス
http://www.yokohamatriennale.jp/2017/
2017年11月5日(日)まで

[店長]

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