カルチャー

2019年5月14日 (火)

ムーミン展 森アーツセンターギャラリー

大人から子どもまで世界中のファンを魅了するムーミンとその仲間たちが大集合♪ フィンランドとの外交関係樹立100周年を記念した展覧会に出かけてきました。

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貴重な原画やスケッチでみるムーミンの9つの物語。冬眠中のムーミンが、たった一人眠りから覚めてしまい、知らない冬の世界を冒険する物語や、ムーミンパパが家長としての威厳を保つため、大海原にポツンと浮かぶ岩だらけの孤島の灯台で暮らし始める物語などが味わえます。

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ムーミンの生みの親トーベ・ヤンソンは、彫刻家の父とグラフィックアーティストの母をもつ芸術一家に生まれ育ち、15歳で作家としてのキャリアをスタート。そのころ手がけた風刺雑誌の挿絵にも、ムーミンらしい妖精=生き物がところどころに登場します。

人気に火がついた1950年代以降、さまざまなグッズが作られたムーミン。マリメッコの生地を洋服に使ったアトリエ・ファウ二の人形や、ボードゲームのパッケージ、広告のキャラクターになったスウェーデン銀行のポスターなど見応え十分です。

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会場最後にあるフォトスポットでは、本から飛び出してきたムーミンたちと一緒に記念撮影できます。かわらしい展覧会限定グッズがふんだん揃ったショップも最高です♪♪

ムーミン展 THE ART AND THE STORY
https://moomin-art.jp/
2019年6月16日(日)まで

[店長]

2019年5月13日 (月)

映画「ドッグマン(Dogman)」

dogman先週に続いてイタリア映画祭で観てきた作品です。約10年前にカンヌで高い評価を受けた「ゴモラ」の監督、マッテオ・ガローネ (Matteo Garrone)の最新作。イタリア南部のうらびれた街で犬のトリマーをしている主人公が、暴力に支配された世界から、自分の生活を取り戻すという物語です。

一種のクライムサスペンスというのでしょうか。マフィアは出てきませんが、そういった反社会的な人々が日常の中に存在し、直接間接を問わず、一般市民の暮らしに影響を与えている地域を舞台にした映画です。本作のクライマックスとなる、暴力的な元ボクサーとおとなしい犬のトリマーの一件は、実際に1988年2月18日に起きた陰惨な事件(関係者の名前はRicciとPietro De Negri)を下敷きにしているそうですが、思ったほどエグいシーンはありませんので、普通に見に行ける作品だと思います。

映画の始まりは主人公のマルチェロが獰猛そうな犬をなだめながらシャンプーしているシーン。低く唸る犬の口もとがスクリーンいっぱいに映し出され、思わず身を縮めてしまいそうになります。

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みるからに気弱そうなマルチェロには、離婚した妻と一人娘がいて、彼が娘を非常に大切にしていることがわかってきます。また、地域の仲間とサッカーに興じるなど、地元社会に溶け込んで生活していることもわかります。つまり、犬好きで、それを仕事にしていて、仲間とも娘ともうまくいっている、それなりに幸せな男です。

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対する彼の友だち、元ボクサーのシモーネは粗野で凶暴、この街の鼻つまみ者です。しかし、なぜかマルチェロとは通じていて、一緒にコカインをやったり夜の街で出かけたりする仲間。といっても、マルチェロが思い通りにならないと、暴力をふるって強制するような間柄で、幼なじみや親族といった古い関係なのか、コカインを通じて繋がっているのか映画ではわかりませんでしたが、いずれにしても仲の良い友だちというイメージではありません。

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母ひとり子ひとりでいまだ親離れしきれていないシモーネは、どうやら盗みなどの犯罪を繰り返して収入を得ているようです。ですから、裕福ではないながらも“ドッグマン”という自分の店を持ち、コカインを信用買いできるマルチェロは価値のある仲間なのでしょう。序盤でマルチェロを巻き込んで空き巣をはたらくシーンが出てきますが、そのときのシモーネたちの行動と、その後始末をするマルチェロの行動を見せることで、マルチェロが本質的な悪人ではないことが伝えられます。

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ある日、マルチェロの店にやってきたシモーネが、隣の店との間仕切り壁が張りぼてだと気付きます。隣りは貴金属の買い取り業者ですので、金庫には買い取ったゴールドと、買い取るための現金が眠っており、シモーネはこれを狙いたいと言うのです。

もちろんマルチェロは反対しますが、盗みは自分がやる、店に入れるようにしてくれるだけで、何もせずに分け前を得られるのだから、協力しろと脅します。娘との約束で、いくばくかのお金が欲しかったマルチェロは、結局、彼の言うことを聞くことになります。

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犯罪は成功しますが、当然、警察はマルチェロを共犯者とみて尋問します。手引きしたことを自供すれば釈放してやるという交換条件ですが、お金が欲しいマルチェロは口を割らず、収監されることになります。

そして1年後、刑期を終えて戻ってきたマルチェロは、仲間を裏切った男として地域社会で孤立します。娘との関係だけはつなぎ止めたいマルチェロはシモーネに分け前をもらいに行くのですが、その要求を鼻で嗤うだけでシモーネははした金しか渡しません。今まで従順に言うことを聞いてきたマルチェロでしたが、これにはさすがに憤って……という感じで物語が進んでいきます。

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この映画の最大のみどころは、主役のマルチェロを演じたマルチェロ・フォンテ(Marcello Fonte)の迫真の演技でしょう。昨年のカンヌ映画祭で主演男優賞を獲得した他、ヨーロッパ映画賞などで栄冠に輝いています。諦観しつつ静かな怒りをたぎらす虚無的な表情と、人との繋がりを求め続ける孤独感のバランスが絶妙です。いくつかのシーンは、ウィスキーを飲んでから演じるように監督に勧められたそうで、それもあってか、普段通りなのか常軌を逸しているのか境界が曖昧になっていく演技にリアリティがありました。

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シモーネを演じたエドアルド・ペーシェ(Edoardo Pesce)ほか、それほど有名な役者は出ていませんが、マルチェロの娘アリーダを演じたアリーダ・バルダリ・カラブリア(Alida Baldari Calabria)は、同監督の次作「ピノキオ」に青い妖精の役で出演するそうで、これからの成長に注目です。

公式サイト
ドッグマンDogman

[仕入れ担当]

2019年5月 7日 (火)

映画「女性の名前(Nome di donna)」

donna006時間を超える大作「輝ける青春」で知られるマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ(Marco Tullio Giordana)監督の新作です。これまで「13歳の夏に僕は生まれた」「フォンターナ広場」など史実や社会的事件を巧みに取り込みながら、人間の内面に迫るドラマを作ってきた監督ですが、本作のテーマはセクシャルハラスメントの問題。たまたまイタリア公開時(2018年春)にハーヴェイ・ワインスタインの事件が大騒ぎになって注目度が上がったようですが、企画そのものはかなり前から進めてきたものだそうです。

イタリア映画祭で観てきましたので、上映後に監督のティーチインがあり、本作に対する監督の考えや映画の背景が語られました。その中で強く言っていたのが、たまたま米国の事件と重なっただけで、この問題を議論するタイミングとしては2000年遅れている、今すぐ取り組み、解決すべきだということ。もうひとつが、セクシャルハラスメントは男女の問題ではなく権力の濫用、強者と弱者の問題であり、男性優位の社会ゆえに弱い女性が被害者になる、つまり社会構造を変えなくてはいけないということです。そして最後には脚本を書いたクリスティアーナ・マイナルディ(Cristiana Mainardi)の功績を強調し、この映画に対する賞賛のほとんどは彼女に与えられるべきだと繰り返していました。

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なかなか野心的な作品で、セクシャルハラスメントのみならず、聖職者と施政者の結託、地域による経済格差、移民労働者の流入などイタリア的な問題がたっぷり盛り込まれています。逆にいえば、セクシャルハラスメントの背景をこういったイタリア社会の病理と絡めたことで、描く要素が多くなりすぎ、90分の映画に収めきれなかった印象もありました。このテーマで「輝ける青春」並みの大作を撮るのは難しいかも知れませんが、本作の内容でしたらこの倍ぐらいの長さが必要だったような気がします。

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映画の始まりは、主人公のニーナがミラノから車で1時間ほどの田舎町にやってきて、フェッラーリ神父から高齢者施設の面接を受ける場面。そこで彼女がシングルマザーであること、夫はいないが交際中の男性がいること、自立した生活を営みたくて縁のない田舎町にやってきたことなどバックグラウンドが示されます。

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晴れて介護職員として採用され、一人娘との生活が始まります。週末には恋人のルカもやってきます。どうやら彼は、ミラノで3人で暮らしたいと思っているようで、収入面の心配はないと説得しますが、ニーナは誰かに依存することをリスクだと思っているようです。しばらくの間、週末に会いに来る生活を続けることで合意します。

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真面目で質実剛健なニーナ。かなり旧型のフィアット・パンダに乗っているあたりからも彼女の生活感や価値感が伝わってきます。ちなみに上映前にアルファロメオとマセラティの宣伝が流れたのは、本作にフィアット社が関わっているからではなく、イタリア映画祭のスポンサーだからのようです。他の作品でも同じCFが流れていました。

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話が逸れましたが、順調な滑り出しだったニーナの新生活が、高齢者施設の管理者トッリに呼び出されたことで暗転します。終業後に訪ねるように指示されたニーナが彼の部屋に行くと、彼女の弱みを突きながら、言いなりになるように迫ってきたのです。思わず彼を突き飛ばして、部屋から立ち去るニーナ。

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明らかに管理者トッリのセクハラ、パワハラなのですが、難しいのは他の従業員たちが、彼の性行を知りつつ、口をつぐんでいること。東欧から働きに来ている女性など、それを交換条件に立場が有利になるなら構わないという意見で、全体としても波風を立てないで欲しい派が主流です。

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似たような話は、ニーナが労働組合に訴えた際にも披露されます。この地域ではその昔、ブドウの収穫時期になると手配師がやってきて仕事を斡旋したそうで、女性たちは良い仕事にありつくために手配師と関係をもっていたとのこと。家計のためなら仕方ないと、夫や家族もそれを受け入れていたといいますから、何ともやりきれない話です。

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そんな同僚の中で唯一、ニーナに共感を示す女性がいるのですが、彼女は父親との間にできた子どもを育てているシングルマザー。自分が生んだ娘は、妹でもあるという無茶苦茶な状況なのですが、彼女の家族も、家長である父親の行いを見て見ぬ振りをしていたようです。また後で登場するトッリの娘も似た状況を語ります。要するに、社会全体にセクハラ、パワハラを受け入れる下地があり、だからこそこの問題が解決しないのだと示しているのです。これはややシニカルとも思えるエンディングにも現れています。

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トッリのセクハラに始まったこの一件は裁判へと続いていくのですが、示唆に富んだ前半に比べ、後半になると急に駆け足になってしまうのが本作の残念なところです。何らかの理由で90分強に収める必要があったのでしょう。日本での劇場公開は予定されていないようですが、せっかく良いテーマなので、最後までしっかり詰め込んで一般公開して欲しかった気がします。

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主役のニーナを演じたのはクリスティアーナ・カポトンディ(Cristiana Capotondi)。私は初めて見ましたが、90年代から活躍しているベテランだそうです。その他、有名どころでは高齢者施設で暮らしている元女優の老婆役で「輝ける青春」にも出ていた往年のヴィスコンティ女優、アドリアーナ・アスティ(Adriana Asti)が出ています。

公式サイト
Nome di donna

[仕入れ担当]

2019年5月 6日 (月)

荒木悠展 資生堂ギャラリー

国際的に活躍する映像作家、荒木悠氏の個展です。近代化を進めていた明治期の日本に訪れたフランス人作家ピエール・ロティの紀行文「秋の日本」に着目し、素材にしています。

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本展メインの映像作品《The Last Ball》はその紀行文の一章「江戸の舞踏会」と、それをもとに書かれた芥川龍之介の短編小説「舞踏会」が題材です。明治18年の鹿鳴館で実際に踊ったロティと、小説の主人公・明子のまなざしを追います。

壁面スクリーンに、ロティ役の男性と明子役の女性が iPhone を手に持ち踊る姿が映し出されますが、二人は、お互いに撮られないようにと指示を受けていますので、逃げながら踊る姿は必死です。弦楽四重奏の「美しく青きドナウ」にのって躍動感あふれるダンスをみせる二人に大きな拍手を贈りたくなります。

天井から吊られたスクリーンには、二人が踊りながら撮影した iPhone の映像を背中合わせに投影。それぞれの iPhone カメラに異なる色彩設計が用いられていて、お互いの映像が重なったときに補色しあう関係になっているそうです。

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映像作品《戯訳》シリーズでは、紀行文の「聖なる都・京都」「日光霊山」「江戸」の章で取り上げられていた場所を荒木氏が撮影。原文を訳して字幕に使っているのですが、元の紹介文はロティがみた100年以上も前の光景ですから、今とは全く趣が異なります。なかには間違った知識の紹介もあって滑稽です。

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展覧会に込められたさまざまなズレが、100年後の人々が観たときにも思わず微笑んでもらえるような「時空を超えたお土産」になることを目指しています。

荒木悠展 LE SOUVENIR DU JAPON ニッポンノミヤゲ
https://www.shiseidogroup.jp/gallery/exhibition/index.html
2019年6月23日(日)まで

[店長]

2019年4月30日 (火)

ラファエル前派の軌跡展 三菱一号館美術館

19世紀イギリスを代表する美術評論家ジョン・ラスキン生誕200年を記念する展覧会です。当時、強い影響力を持っていたラスキンに見出され、アート・シーンの中心へと引き上げられた前衛芸術家たちの作品が観られます。風景画の第一人者ターナーとの出会いにはじまり、中世美術の簡素で誠実な表現を目指した若い芸術家集団・ラファエル前派への支援からアート・アンド・クラフツ運動へと発展していった彼らの功績をたどります。

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ターナー作品の収集家でも知られるラスキンが生涯手元に置いていたという《ナポリ湾》、ラファエル前派を結成した一員で、のちの英国美術に多大な影響を与えたジョン・エヴァレット・ミレイの《滝》、古代ギリシャ・ローマ美術の再評価をすすめたフレデリック・レイトンの《母と子》は必見です。

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またラスキン自身が旅先で描いたという自然や建築物の絵画もあります。建築の素描では、手掛けた職人の個性や技量があらわされるレリーフなどの装飾を好んだそう。

芸術は自然をありのままに再現すべきと考え、すべての人たちが芸術により満ち足りた生活を送ることを理想としたラスキンに影響を受けた英国作家たちの油彩画、水彩画、家具など150点が観られます。

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ラファエル前派の軌跡展
https://mimt.jp/ppr/
2019年6月9日(日)まで

[店長]

2019年4月29日 (月)

映画「幸福なラザロ(Lazzaro felice)」

lazzaro00 長編第2作目が2014年のカンヌ映画祭グランプリを受賞し、注目を集めたイタリア人監督アリーチェ・ロルヴァルケル(Alice Rohrwacher)の3作目です。本作も「万引き家族」や「ブラック・クランズマン」と並んでカンヌ映画祭コンペティション部門に出品され、脚本賞に輝いています。

歴史上の事件が下地になっている物語ですが、史実そのものを主題に据えた作品ではありません。寓話的というか神話的というか、大きな虚構の中でリアルなディテイルが描かれるというタイプの作品です。

まず、その事件とは何かということですが、これは小作制度が法律で禁止された後のイタリアで、いまだ小作制度があるように振る舞い、農民をだまして搾取していた地方領主が逮捕された一件。映画の前半ではイタリア中部の村を舞台に、“タバコの女王”と称される侯爵夫人と、不作や狼の被害で借金を負っていると思い込まされた農民たちの物語が描かれ、後半では解放された農民たちの街での暮らしが描かれます。

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主人公のラザロは純朴な青年で、他人の言うことを疑うことなく素直に聞いてしまう性格。年がら年中、集落のあちこちから“ラザロ”と呼びかけられ、便利に使われています。村人たちは彼をうまく使っているつもりでしょうが、村人たち全員が公爵夫人から騙され、いいように使われているわけですから、どっちもどっちという感じです。

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あるとき、公爵夫人の息子タンクレディが屋敷にやってきます。街で暮らしている彼にとって人里離れた田舎での生活は堪えられません。そこで母親を困らせてやろうと狂言誘拐を試みます。その際、行きがかり上、ラザロが協力することになり、そのおかげもあってことがうまく運びます。

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タンクレディがラザロに“おまえの親は誰だ”と尋ね、祖母はいるが親はいないと答えると、きっと俺の父親が農民の誰かを孕ませたに違いない、そうなら俺とオマエは半分兄弟だと言います。この言葉がラザロの心に残り、タンクレディを半分兄弟と信じたことが、この物語の原動力となっていきます。

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ラザロはタンクレディの言いつけを守り、彼の隠れ場所にこっそり食べ物を運び続けるのですが、ある日、急な発熱で寝込んでしまいます。その後、病み上がりで食べ物を運んでいく途中でふらついて崖から転落。同じ頃、タンクレディが使用人のニコラに携帯電話で連絡し、電話に出た娘のステファニアに“身代金を用意しないと自分の命が危ない”と告げたことで警察が動き出します。その結果、公爵夫人の違法行為が露見して、行方不明のラザロを残して、農民たちは村から出ていくことに・・・。

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それから十数年後、崖下に倒れたラザロのもとに狼が歩み寄り、「ヨハネによる福音書」に出てくるラザロさながらの復活を遂げます。そして遺棄された村で出会ったコソ泥の作り話を信じて街に行き、村人だったアントニアと再会します。おそらく彼女は、十数年前のままのラザロを見て聖性を感じたのでしょう。思わず跪きます。

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彼女に連れられてラザロは再び村人たちと生活することになるのですが、侯爵夫人が以前から語っていた通り、村人たちは自由が与えられたことによる過酷な現実に直面していました。まともな職を得られず、詐欺や盗みで生計をたてていたのです。

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その一団のリーダー格であるウルティモ。おそらくアントニアが彼と出会ってコソ泥生活を始め、年老いた村人たちが追従したのだと思いますが、ウルティモを演じているのがスペイン人のセルジ・ロペス(Sergi López)であるところからみて、彼は不法移民という役どころなのではないかと思います。つまり、村人たちはイタリア生まれのイタリア人であるにもかかわらず、イタリア人社会に入り込めず、不法移民と同じ社会的位置づけしか得られなかったということです。

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美しい自然の中で展開する映画の前半とは打って変わって、後半の街での暮らしではこういった社会性の高い、現代的な課題が盛り込まれていきます。唯一、永遠に変わらないラザロのみが両者を繋ぐ存在です。

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そのラザロを演じたのが、アドリアーノ・タルディオーロ(Adriano Tardiolo)。1000人ほど候補者の中から選ばれたというだけあって、これ以上はない適役です。彼の醸し出す空気感が映画全体を支えているといっても過言ではないでしょう。まさに彼あっての映画です。

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街での導き役となるアントニアを演じたのは、監督の姉であり、アダム・ドライバーと共演した「ハングリー・ハーツ」でヴェネチア映画祭の主演女優賞を獲得したアルバ・ロルヴァケル(Alba Rohrwacher)。同作をご紹介したブログでも記したように、姉のアリーチェが撮ったMIU MIU“女性たちの物語”シリーズの一編「DE DJESS」(→Youtube)でも主役を務めています。

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この映画全体がそうなのですが、村の子ども時代を演じていた子役と、街で暮らす大人を演じる役者が絶妙な組み合わせで、たとえばアントニアでいえば子ども時代を演じたアグネーゼ・グラツィアーニ(Agnese Graziani)とアルバ・ロルヴァケルの雰囲気がとてもよく似ているので、大人になって登場してもまったく違和感がありません。アドリアーノ・タルディオーロの起用を含め、キャスティングの妙が効果を発揮している映画だと思います。

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その他、侯爵夫人のマルケッサ・アルフォンシーナ・デ・ルーナを演じたのは「ライフ・イズ・ビューティフル」等で知られるベテラン女優ニコレッタ・ブラスキ(Nicoletta Braschi)、その息子のタンクレディを演じたのはアーティストのルカ・チコヴァーニ(Luca Chikovani)。ルカ・チコヴァーニはSNSで注目を集めてデビューした人で、彼がカバーした“Love Yourself”はこちら(→Youtube)でご覧になれます。

村の場面のロケ地となったバーニョレージョ(Bagnoregio)を始め、エレーヌ・ルヴァール(Hélène Louvart)が16mmフィルムで撮影した美しく味わい深い映像も見どころです。

公式サイト
幸福なラザロLazzaro felice

[仕入れ担当]

2019年4月22日 (月)

映画「魂のゆくえ(First Reformed)」

00_7 名作「タクシードライバー」の脚本家ポール・シュレイダー(Paul Schrader)が監督した作品と多くの記事で紹介されていて、今さら「タクシードライバー」じゃないでしょ、と思いながら観に行ったのですが、こう記されている理由がわかりました。ベースは「タクシードライバー」と同じく、孤独な主人公が精神的に追い詰められ、社会に一撃を加えようとするお話。私は観ていませんが、イングマール・ベルイマン監督「冬の光」と似たストーリーだそうです。

物語の主人公はイーサン・ホーク(Ethan Hawke)演じるエルンスト・トラー牧師。ニューヨーク郊外の小さな教会、First Reformed Chrchで伝道活動をしています。日本語では改革派教会というそうですが、プロテスタントの一派とようです。

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トラー牧師は一度結婚しているものの、今は独り身です。なぜ独身かといえば息子を戦死させてしまったから。自らも従軍牧師を務めた経験があり、それ故に息子を戦地に送り出してしまったようです。その悲しみを抱えきれなかったのでしょう。結婚生活は破綻し、いまも自責の念に苛まれて酒浸りの毎日を過ごしています。その上、体調に不安を抱えていて、後に病院で検査を受けて胃がんだと判明します。

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問題はそれだけではありません。教会の信者が少なく経営的に芳しくないのです。南北戦争時代、カナダに逃げる黒人を匿ったという歴史で観光客を呼び込み、教会内で土産物を販売していますが、実質的には近くのメガチャーチ、Abundant Life Chrchからの支援で成り立っています。音楽コンサートのようなスタイルで伝道するメガチャーチと、こじんまりとした歴史的な教会とはかけ離れた存在ですが、大手企業の傘下に入った中小企業と同じで、些事には目をつぶり長いものに巻かれるしかないのです。

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そんなある日、彼の教会に一人の妊婦が訪れ、夫と面談して欲しいと依頼します。彼女の夫マイケルは環境保護活動に傾倒していて、気候変動で過酷になっていく世界に子どもを残したくない、中絶すべきだと主張しているとのこと。そんな経緯で彼らの自宅を訪問するのですが、マイケルの話を聞いているうちに、環境破壊を憂う彼への共感が増してきます。とはいえ牧師の立場で中絶を勧めるわけにはいかず、またひとつ苦悩を抱えることになります。ちなみに妊婦のメアリーを演じたアマンダ・セイフライド(Amanda Seyfried)は撮影当時妊娠中で、そのままの姿で演じたそうです。

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その後、再びメアリーから呼び出されたトラー牧師は、車庫で自爆テロ用のベストを見つけたと告げられます。このところマイケルが車庫に入り浸っていたので、おそらく自作していたのだろうとのこと。トラー牧師がベストを預かり、マイケルと話すということでその場を治めますが、マイケルと待ち合わせた公園で彼の自殺遺体を発見することになります。葬儀ではトラー牧師が祈りを捧げ、ニール・ヤング“Who’s gonna stand up?”の合唱をBGMに、遺書に従ってゴミ処理場に散骨しました。

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教会は設立250周年式典の準備中なのですが、トラー牧師はAbundant Life Chrchの大口支援者であるエドワード・バルクから、式典では政治的発言を慎むように釘を刺されます。マイケルの葬儀の様子が新聞に載り、それを見たバルクは、自分の会社や業界に対する批判だと受け止めたのです。Abundant Life Chrchのジェファーズ牧師も、地元の名士が集まる式典を滞りなく終えるために環境問題は封印すべきだという意見で、キリスト教徒は気候変動に立ち向かうべきだと主張するトラー牧師とぶつかります。もちろん、長いものに巻かれ、彼の意見に屈するしかないのですが・・・。

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息子の死と気候変動は、一見、まったく異なる問題ですが、実は共通する部分があります。米国の教職者は愛国心と神の意志をまぜこぜにしていて、米国にとって正義なら、たとえばトラー牧師のように従軍して戦争の片棒を担いだり、ジェファーズ牧師のように環境汚染を引き起こして儲けている企業を賞賛したり(なにしろ教会の名称が豊かな生活ですから)、キリストの教えに反することも受け入れがちです。トラー牧師は、宗教的な純粋さを求めたが故に、その矛盾に突き当たって苦悩を深めていくわけです。

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そういった現実から目を背けたいトラー牧師は、父のない子を宿したメアリーを神聖化することで救いを得ようします。終盤で鍵がかかっている家の中に現れたり、ファーストネームで呼びかけたりする彼女はトラー牧師を天に導く存在であり、そこに至るプロセスとして苦行帯や薬剤が登場するのでしょう。このあたりの感覚は、環境保護とニューエイジ・ムーブメントが密接な繋がりをもつこととも関係していると思います。

公式サイト
魂のゆくえFirst Reformed

[仕入れ担当]

2019年4月21日 (日)

トルコ至宝展 国立新美術館

イスタンブルのトプカプ宮殿博物館が所蔵する16世紀から19世紀までの豪華な宝飾品、美術工芸品、食器、武器、書籍など、ほどんどが初来日となる約170点を通して、オスマン帝国の美意識や文化を紹介しています。

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数百年にわたり栄華を極めたオスマン帝国で、歴代の君主が居住したトプカプ宮殿には、最大で6,000人が暮らし、ハレムにいた女性は2,000人、料理人が1,200人もいたそう。政治、文化、芸術の中心として栄えた建造物は、いまでは博物館として貨幣価値がつけられないほどの宝石、珍しい素材でつくられた調度品、君主が身につけていたターバン飾りやカフタンなどを所蔵しています。

大きな3粒のエメラルドとダイヤモンドで埋め尽くされた金の装飾に、真珠のタッセルを下げた《玉座用吊るし飾り》は、全長43センチもあり、目が眩むほどの美しさです。ほかにもヒスイやルビーがはめ込まれた金の水筒、サンゴやトルコ石で彩られた直刀、など数々の宝飾品が観られます。

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トルコ語でラーレ(lale)と呼ばれるチューリップは、アラビア文字を組み換えることで、イスラム教の神や、国旗にある三日月を意味する言葉になることから、国家のシンボルとして愛され続けている花だそうです。ハマムやモスクなどの壁面タイルに描かれるだけでなく、身に着けるベルトや革の長靴に刺繍されていたり、礼拝用の携帯ミフラーブや敷物、おもてなし用のバラ水入れ、ハシゴやサイドテーブルにまでチューリップの文様があしらわれています。

鼻を守るための防御板がチューリップになっている《兜》もありました。こちらのチューリップは取り外すことができない作りのようでしたが、兵士たちは、自身の兜のこの部分にスプーンをさして持ち歩いていたそうです。戦いでは鼻を守り、給料日に振舞われる食事の際はそれを外して使ったそう。

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2020年に友好130周年を迎えるトルコと日本の交流についても紹介されています。トプカプ宮殿に迷い込んだような美しい会場装飾にも注目です。

トルコ至宝展 チューリップの宮殿 トプカプの美
https://turkey2019.exhn.jp/
2019年5月20日(月)まで

[店長]

2019年4月16日 (火)

吉田謙吉と12坪の家 LIXILギャラリー

舞台美術を中心に考現学、文筆、装幀、店舗デザインなど幅広いジャンルで活躍した吉田謙吉の展覧会です。広さ12坪の自邸に、自身の職業を象徴する小さなステージとホールを設けた吉田氏のアイデアとユーモアに溢れた空間づくりに迫ります。

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最初に展示されている自邸の模型。1949年に自ら設計したもので、写真右端に見られる部屋がアトリエを兼ねた小ステージ。その真向かいに、居間を兼ねた客席ホールを設けています。ホールでは蚤の市を開催することがあり、開催のたびに凝った手描きのチラシを作って配布したため、たいへん賑わったそうです。

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長年、暮しの工夫というテーマで新聞や雑誌に記事や絵を寄稿していた吉田氏は、洋室に憧れる少女に向けた明るい部屋づくりや、売れない舞台女優のために4畳半でも夢のある住まい方など、ユニークな視点で考案された住まいを楽しむ工夫を提案しています。

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氏は今和次郎氏と共に、世相や風俗の調査、記録、分析を行う考現学を提唱した人物でもあります。彼が採集したデータ、たとえば勤め人の頭髪ポマードのつけ具合やお正月三日間の過ごし方を調べた表、夏にデパートを楽しむ女性たちのファッションや公園でデートする男女のスケッチなども展示されています。

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吉田謙吉と12坪の家 劇的空間の秘密
https://www.livingculture.lixil/topics/gallery/g-1812/
2019年5月25日(土)まで

[店長]

2019年4月15日 (月)

映画「希望の灯り(In den Gängen)」

00_6 予告編を目にして、ふと観たくなった作品です。著名な監督ではありませんし、センセーショナルな内容でもないのですが、主役に「ハッピーエンド」「未来を乗り換えた男」のフランツ・ロゴフスキ(Franz Rogowski)、準主役に「ありがとう、トニ・エルドマン」のサンドラ・フラー(Sandra Hülle)が配されていて、ドイツ映画界では重要な作品だとわかります。本作でフランツ・ロゴフスキは、ドイツ映画アカデミーのドイツ映画賞で主演男優賞を受賞しました。

物語の舞台はライプツィヒ近郊にある倉庫型スーパーマーケット。おそらくコストコのようなホールセールクラブだと思いますが(ロケ現場はHamberger Großmarktだそう)、段ボール箱が天井まで積み上げられた簡素な店内を、何台ものフォークリフトが“美しく青きドナウ”をBGMに縦横無尽に走り回ります。あたかもコマツやトヨタのイメージ広告のようですが、これが本作のエピローグで、この無機質な空間こそが登場人物たちが働く世界です。

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フランツ・ロゴフスキ演じる新入りのクリスティアン。今は試用期間でベテランのブルーノに教わりながら飲料のコーナーを担当しています。隣のスイーツのコーナーにはちょっと年上の蠱惑的な女性、サンドラ・フラー演じるマリオンがいいます。

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マリオンと仲良しのイリーナや、ルディ、クラウスといった職場の人々は、一見、とっつき難い印象ですが、打ち解けていくると裏表のない気さくな人たちです。彼ら全員が旧東ドイツ出身というのがこの映画のポイントで、東西ドイツ統一という歴史的快挙の片隅に押しやられた市井の人々の思いを描いていきます。

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ライプツィヒというのは旧東ドイツ地域ではベルリンに次ぐ二番目の大都市で、ここで起こった民主化運動がドイツ再統一への端緒を開きました。もともと工業が盛んな土地でしたので、統一後は急速に発展し、それ故に若干のひずみも生じているようです。

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スーパーの従業員たちは、現状に強い不満を抱いているわけではありませんが、牧歌的だった東ドイツ時代を懐かしみ、将来に対する漠とした不安を滲ませます。そんな世界で暮らす人々のありふれた日常を描き、心の機微をとらえていったのは旧東ドイツ出身のトーマス・ステューバー(Thomas Stuber)監督。邦題からおわかりかも知れませんが、「希望のかなた」などのアキ・カウリスマキ監督を彷彿させるカメラワークが印象的です。ちなみに原題の意味は“通路にて”で、スーパーマーケットの通路で繰り広げられる人間模様を指しているのでしょう。

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クリスティアンは建築現場での仕事を辞めてこの職場に来ましたが、その前の時代に小さな秘密があります。彼にフォークリフトの運転を教え、父親のような慈愛を与えるブルーノにも、人知れず抱えている苦悩があります。マリオンにも家庭の問題があり、それぞれの秘められた辛さや心の痛みが少しずつ明らかになっていきます。もちろん簡単に解決できる話ではなく、ずっと共存していくしかないのですが・・・。

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面白いのは、この映画のビジュアルやキーワードに海のイメージが散りばめられていること。クリスティアンとマリオンが束の間の会話を交わすコーヒーマシンの傍らの壁紙は南国のビーチですし、ブルーノに諭される魚介部には大きな生け簀があります。悪ふざけでサンタンマシンを浴びた同僚の喩えは“イビザにいるようだ”で、クライマックスはフォークリフトの油圧装置から聞こえてくる海の音といった具合。往年のドイツ映画「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」の決めゼリフ“天国ではみんなが海の話をするんだぜ”ではありませんが、スーパーマーケットの無味乾燥と対極にある豊穣の象徴として海が位置づけられているように思いました。

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人と人の温かい繋がりが心地よく染みてくる佳作です。社会性を持ちながら、押しつけがましくないところも好感が持てます。時間にゆとりがあるとき、落ち着いて鑑賞したい作品です。

公式サイト
希望の灯りIn den Gängen

[仕入れ担当]

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