映画「美しい絵の崩壊(Adore)」
ドリス・レッシング(Doris Lessing)が2003年に発表した短編集、"The Grandmothers: Four Short Novels"の表題作の映画化です。2007年にノーベル文学賞を受賞した際、史上最高齢の88歳で受賞ということで話題になりましたが、80歳を過ぎてこんな小説を書いていたわけですから、さすがドリス・レッシングというしかありません。
ちなみに、映画化された表題作の他、黒人少女が主人公の"Victoria and the Staveneys"などレッシングらしいお話が収録されていますので、未読の方は旅行の際にでもお持ちになると良いと思います。集英社文庫から和訳も出ています。
さてこの映画、監督を務めたのは「ココ・アヴァン・シャネル」のアンヌ・フォンテーヌ(Anne Fontaine)。といっても、あまりピンとこないかも知れませんが、「ドライ・クリーニング」の監督といえば何となく作風がわかるかも知れません。本作も中年女性の成熟しきれない部分や不安定な部分にフォーカスして創り上げられている映画です。
特にエンディング、原作から若干変更されている部分なのですが、過去の話として終わらせず、さりげなく生々しさを残すあたり、この監督の持ち味なのでしょう。書かれたものと、映像化されたものの違いにも、うまく対処しているように思えました。
物語は、双子の姉妹のように育ち、今も近所で親しく暮らしている2人の中年女性、ロズとリルと、それぞれの息子、トムとイアンを中心に展開します。夫を亡くしたリルは息子イアンと2人暮らし。ロズの夫ハロルドは健在ですが、都会に職を得た際に家族で引っ越そうとして、海辺の家から離れたくないロズと別居することに。
そんな経緯で2人の母と2人の息子の暮らしが始まり、それぞれを慕う気持ちが、4人の関係を濃密なものに変えていきます。もちろんそのまま関係が続くはずもなく、それぞれの息子にガールフレンドができ、危うい調和を保っていた海辺の生活が変容していきます。
その美しい2人の母親を演じたのが、「愛する人」「インポッシブル」のナオミ・ワッツ(Naomi Watts)と、「50歳の恋愛白書」「声をかくす人」のロビン・ライト(Robin Wright)という実力派たち。彼女たちの演技力が、この映画の半分以上を支えている感じです。
ロズの夫ハロルドを演じたのは「アニマル・キングダム」や「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」のベン・メンデルソーン(Ben Mendelsohn)。この映画がオーストラリアで撮られた関係か、息子のトムを演じたジェームズ・フレッシュヴィル(James Frecheville)もオーストラリア人で「アニマル・キングダム」の主人公だった男の子です。イアンを演じたゼイヴィア・サミュエル(Xavier Samuel)は「もうひとりのシェイクスピア」に出ていた人だそう。
また、「ココ・アヴァン・シャネル」「さすらいの女神たち」「チキンとプラム」のクリストフ・ボーカルヌ(Christophe Beaucarne)が撮ったニューサウスウェールズ(シェリービーチ)の美しい風景が、この物語で描かれる異常な世界を柔らかく包み込む大切な要素になっています。
そしてもう一つ。劇中、カースティ・マッコール(Kirsty MacColl)の"In These Shoes?"が使われているのですが、彼女の遺作となってしまった"Tropical Brainstorm"は私も大好きなアルバムなので、ナオミ・ワッツが"I love this song"と言いながらボリュームを上げて踊り始めたときは(Youtube)ちょっと嬉しくなりました。
[仕入れ担当]
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