映画「リスボンに誘われて(Night Train to Lisbon)」
2008年に英訳されて世界的なベストセラーとなったパスカル・メルシエ(Pascal Mercier)の小説「リスボンへの夜行列車(Nachtzug nach Lissabon)」の映画化です。
監督はデンマークの巨匠、ビレ・アウグスト(Bille August)。といっても、カンヌでパルムドールを獲った2本どちらも20年以上前の作品で、わたし自身、この監督の映画を観たのは「愛と精霊の家」以来20年ぶりです。
この映画の見どころは、何といっても豪華なキャストと、風光明媚なポルトガルの景色でしょう。
主演はジェレミー・アイアンズ(Jeremy Irons)で、彼を最後に観たのがどの作品だったか思い出せないほど久しぶりです。
そして脇を固める女優の1人が「わたしを離さないで」「メランコリア」「17歳」のシャーロット・ランプリング(Charlotte Rampling)。後で詳しく書きますが、彼女の演技力の凄さを改めて見せつけられた映画でした。
もう1人、ストーリー上で重要なエステファニアという女性がいるのですが、その若い頃を演じたのが「オーケストラ! 」「人生はビギナーズ」「複製された男」のメラニー・ロラン(Mélanie Laurent)。その老後を演じたのが、これまた懐かしのレナ・オリン(Lena Olin)。いろいろ出ているようですが「存在の耐えられない軽さ」の印象が強かったので、ずいぶん歳をとったなぁという印象でした。
そしてこの映画のヒロイン的な役割を演じたのが「善き人のためのソナタ」のマルティナ・ゲデック(Martina Gedeck)。
その他「白いリボン」「コッホ先生と僕らの革命」のブルクハルト・クラウスナー(Burghart Klaußner)や、「アメリカの友人」のブルーノ・ガンツ(Bruno Ganz)、「ロード・オブ・ザ・リング」のクリストファー・リー(Christopher Lee)といったベテラン俳優が勢ぞろいしています。
ただ映画の完成度としては、ちょっと残念な感じです。どこの空港でも平積みにされていたベストセラーが原作ですから、観客の大部分が既に小説を読み終えていると考えて製作したのでしょう。重要なシーンだけ拾い、矢継ぎ早にストーリーを追うだけのダイジェスト版のようで、小説を読んでいない人にはピンとこない部分が多いかも知れません。
物語の大枠は小説と同じで、スイス・ベルンのギムナジウム(進学校)で古典文献学を教えるライムント・グレゴリウスが、ポルトガル語で書かれた本と出会い、教師の仕事を放棄してリスボンに旅立つことが起点になります。
そこで本の著者である医師、アマデウ・デ・プラドの軌跡を辿るわけですが、アマデウの生きた時代がサラザール首相によるファシズム的な独裁政権下であり、彼のドラマティックな人生に魅了されたライムントが、反体制運動の生き証人たちを訪ね歩くことで、自らの人生を見つめ直していくことになります。
大きな違いは、小説ではアマデウ・デ・プラドの著作からの引用が大切な要素になっていること。それを挟むことで小説にリズムを与えているだけでなく、小説のエピグラフの1つ、フェルナンド・ペソア(Fernando Pessoa)の「不安の書」1932年12月30日の記述を敷衍するかのような思想性と断章的な文体、それを含む多層的な構造が深い余韻を残す仕掛けになっています。
ついでに記せば、残り2つのエピグラフの1つ、ホルヘ・マンリケ(Jorge Manrique)の「我らの人生は死である海へと向かう川だ(Nuestras vidas son los ríos que van a dar en la mar, que es el morir)」は、アマデウの人生観に突き動かされるライムントの心象風景と重なってきます。
映画の深みは今ひとつとはいえ、それを補ってあまりあるのが、アマデウの妹、アドリアーナを演じたシャーロット・ランプリングです。アドリアーナというのは、アマデウが彼女の命を救った一件を契機に、兄に対する絶対的な尊敬を抱き続け、生涯をかけて兄を支え続けた女性。
いわば一種の心の病なのですが、シャーロット・ランプリングは唇の端を微かに震わせながら会話することで、彼女の内なる姿を端的に表現していきます。また彼女の気品ある佇まいが、アドリアーナの育ちの良さやそれ故の苦悩を、語らずして観客に伝えています。
佇まいといえば、眼科医のマリアナを演じたマルティナ・ゲデックも良かったと思います。主人公のライムントと惹かれあう展開になるのですが、彼女の醸し出す柔らかな雰囲気が、その設定にリアリティを与えています。
ちなみに、小説では彼女以外にポルトガル語の先生や教え子のナタリーとも曖昧に心を通わせながら、最終的には19年前に離婚した元妻フロレンス(彼女も元教え子)との復縁をにおわして幕をおろしますので、映画で描かれている印象とはちょっと異なります。
ということで、映画に満足できなかった方は、小説を読んでから改めてご覧になると、映画の不完全な部分が埋まり、小説では目に見えない美しい景色をじっくり堪能できると思います。
公式サイト
リスボンに誘われて(Night Train to Lisbon)
[仕入れ担当]
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ふとしたきっかけで手に入れた古書。内容に魅了されたライムントは、その著者の事を知るために、古書の舞台となっているリスボンに衝動的に旅立ってしまう。リスボンで、著者のことを知るにつれ、ライムントは自分探しをしていることに気がつく。
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