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2015年6月29日 (月)

映画「アリスのままで(Still Alice)」

00 ハーバード大学で博士号を取得した神経科学者リサ・ジェノヴァ(Lisa Genova)が、認知症患者との対話をベースに2007年に自費出版し、2009年に大手出版社から刊行されてベストセラーになった同名小説(邦訳「静かなアリス」)の映画化です。若年性アルツハイマーに冒されていく主人公アリスを演じたジュリアン・ムーア(Julianne Moore)が、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞など主演女優賞を総なめにして話題になりました。

これはもう、ジュリアン・ムーアの迫真の演技を観に行く作品だと思います。だんだんと自分が自分ではなくなっていく過程を非常にリアルに演じていて、その佇まいを一瞥しただけで切なさが伝わってくる名演でした。映画館で近くの席にいた中年夫婦が「明日は我が身だね」と話しながら帰っていきましたが、まさしくそういう視点で鑑賞する映画なのだと思います。

ただ、私としては、期待していたより薄っぺらというのでしょうか。病気のリアリティを追求するあまり、原作小説にあった文学的なリアリティが損なわれてしまった気がして、ちょっとがっかりしました。おそらく、私が小説から受けた印象と、監督たちが小説から受けた印象が大きく違っていたのだと思います。

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この物語をひと言でまとめれば、名門大学のテニュア(終身雇用資格)を得ているアリスが若年性アルツハイマーに罹り、病気の進行に伴って家族が変化していくというもの。原作小説では2003年9月から2005年9月までの2年間が描かれます。

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まず、学界発表である単語が思い出せなくなり、その後、ジョギングに出た家の近所で方向感覚を失って、神経科の診察を受けようと決心するのですが、その忘れる単語がLexicon(語彙)というのが象徴的です。というのも、アリスはインテリとして言葉に規定された世界で生きてきたわけで、この病によって言葉が失われていくことは、自らのアイデンティティを喪失することに他ならないからです。

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それは夫ジョンとの関係でも同様です。彼ら夫婦は共に研究職として、互いの知性を認め、知性で結びついていました。しかしアルツハイマーは、彼らの関係基盤である知性が信頼できなくなってしまう病なのです。

アリスから病名を告げられたジョンは、当初、それを知性で乗り越えようとします。たとえば小説では、専門医からある治験薬を勧められたことに対して、セクレターゼ阻害剤はどうだ、フルリザンはどうだと問い詰め、免疫グロブリン静脈注射をしながらフルルビブロフェンとコンビパッチすべきだと迫ります。つまり、病に罹ってしまったアリスを、自分の知性でコントロール可能だった世界に引き戻そうともがくのです。

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もちろん、病状をコントロールできるはずもなく、アリセプトやナメンダといった大量の薬剤を服用するアリスの姿から目を逸らし、彼女の病を意識外に追いやることでしか自我を保てなくなります。しかしそれも一時的なもの。病状が悪化するに従って、アリスの病を受け入れざるを得なくなっていきます。

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こういった夫婦の関係も重要ですが、この物語の本当の面白さは、アリスと2人の娘(他に医学生の息子トムもいますが……)との関係にあります。アリスの発病によって、女性のキャリアや女性ならではの困難といったフェミニズム的な問題が顕わになっていくのです。

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上の娘アナは、ロースクールを出て弁護士事務所の知的所有権部門で働いており、同僚の弁護士チャーリと結婚しています。これまですべてを努力で手に入れてきたエスタブリッシュメントですが、どうしてもうまくいかないのが妊娠。必死に取り組んでいることに周りが気付くほどです。

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それに対してアリスは、出産によって自分の研究者としてのキャリアに遅れが生じたと考えていて、アナの頑張りに批判的な気持ちを抱いています。つまり「今のあなたには仕事があるのだから、焦って“人生の達成リスト”を完成させなくても良いでしょ」というわけです。

アナが人工授精に踏み切ろうとした矢先にアリスが発病し、それが遺伝性のものだとわかります。アナとトムが検査を受けた結果、アナはPS1(プレセニリン1)陽性。即ちアナの子どもにも、若年性アルツハイマーの遺伝子を受け継ぐ可能性が50%あるということで、彼女は大きな決断を迫られるわけです。

もう一人の娘リディアは高校までは賢い子どもだったものの、大学に進まず、西海岸に行って劇団活動をしています。自分の才能を信じて、自分自身の力で道を切り拓く、という生き方です。

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もちろん生活は苦しく、ジョンがこっそり支援しています。アリスは「自立すると言いながら結局は誰かに依存して生きているでしょ、大学に進んで収入を得る道を選びなさい」と説教しますが、姉のアナのような決まり切った人生を送りたくないと頑なに拒絶します。

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そんなリディアが、アリスの発病をきっかけに少しずつ変化していきます。自分でコントロールできず、途方に暮れてしまうジョンとは反対に、自分にできることがあるのではないかと思い始めるリディア。小説も映画も最後は「愛」についてのセリフで締めくくられますが、受け入れることや赦すこと、声や肉体が生み出すエネルギーといった生きることの本質に行き着く物語なのです。

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ですから、アナを演じたケイト・ボスワース(Kate Bosworth)も「アナザー・ハッピー・デイ」と同じく好演していたというものの、やはりリディアを演じたクリステン・スチュワート(Kristen Stewart)の方が印象に残りました。

「イントゥ・ザ・ワイルド」や「オン・ザ・ロード」でも強い存在感を示していた彼女、この秋公開の「アクトレス〜女たちの舞台〜(Sils Maria)」の演技もとても評判が良いので今から楽しみです。

公式サイト
アリスのままでStill Alice

[仕入れ担当]

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