映画「わたしに会うまでの1600キロ(Wild)」
先月の「奇跡の2000マイル」に続いて、これまた「歩く」映画です。「奇跡の・・・」はオーストラリア西部が舞台でしたが、本作はアメリカ西海岸を南北に貫くパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)2,663マイルのうち1,100マイル(約1,770キロ)を94日間歩くというもの。原作は、自らの1995年の旅をベースにしたシェリル・ストレイド(Cheryl Strayed)の著作です。
脚本が「17歳の肖像」のニック・ホーンビィ(Nick Hornby)で監督は「カフェ・ド・フロール」「ダラス・バイヤーズクラブ」のジャン=マルク・ヴァレ(Jean-Marc Vallée)。彼らを選んだプロデューサーは、リース・ウィザースプーン(Reese Witherspoon)と共同経営する製作会社で「ゴーン・ガール」などを手がけてきたブルーナ・パパンドレア(Bruna Papandrea)と、「ラブ&マーシー」の監督としても知られる有名プロデューサーのビル・ポーラッド(Bill Pohlad)。
これだけのスタッフが集まっただけあって、ただ歩くだけの映画にはなっていません。主人公が苦難を乗り越えて旅する過程を描きながら、彼女がなぜ旅に出ようと思ったか、なぜハードな旅でなくてはならなかったか、心の内面が次第に解き明かされていく仕掛けになっています。
主人公のシェリルを演じたのは、「インヒアレント・ヴァイス」で検事補を演じていたリース・ウィザースプーン。彼女が原作に惚れ込んだことから映画化が決まったそうで、さすがの熱演です。
本作では、彼女と、母親のボビーを演じたローラ・ダーンが(Laura Dern)が2人揃って今年のアカデミー賞にノミネートされていました。そういえばローラ・ダーン、「きっと、星のせいじゃない。」でも庶民的なお母さんの役でしたが、あの張り付いたような笑顔が、辛くても頑張っている母親像にぴったりなのでしょうね。
ほぼ主人公のモノローグで展開しますので、彼女に共感できるか否かが鑑賞後の満足感を左右する映画です。そういった意味で、リース・ウィザースプーンの愛嬌ある表情はリアリティがあって良かったと思います。これがいわゆるハリウッド女優タイプだったらすぐに興ざめしてしまいそうです。
物語は、母親の死による喪失感から立ち直れず、すさんだ生活を送っていたシェリルが、PCTを歩くことで自分を見つめ直していくというもの。ショーン・ペン監督の「イントゥ・ザ・ワイルド」に似ていますが、「イントゥ・・・」が緩慢な自殺に繋がっていく厭世観をベースにしているのに対し、本作はダメな自分を見つめ直せば新しい自分になれるという淡い希望が根底にあります。
実際、この旅の後、シェリルは再婚し、子どもをもうけて幸福に暮らしていますので、この精神的リハビリは成功だったわけです。ちなみに、映画の冒頭、ピックアップトラックで主人公を送ってくる女性がシェリル本人のカメオ出演で、映画で少女時代のシェリルを演じているのが彼女の実の娘のボビー(Bobbi Strayed Lindstrom)です。
娘に亡くなった母親の名前を付けていることからもおわかりのように、彼女の物語の基盤をなすのは母親に対する思いです。暴力を振るう夫の元から娘と息子を連れて逃げ出し、ウェイトレスで糧を得ながら娘を大学に通わせ、自らも娘と同じ大学でフェミニズムを学んだ母。生活苦の中でも幸福を感じていた母に比べて恵まれているはずなのに少しも幸せな人生を送れない自分。結婚が破綻したのも、自分から関係を壊していったわけで、すべての問題は自分の中にあるという気付きが、この旅に繋がっていくわけです。
旅の起点はモハーヴェ砂漠。以前「私が愛した大統領」のブログでチラッと嫌味を書いたマンザナーがあったことでも知られる灼熱の砂漠です。そこからシエラネバダ沿いの雪原を抜けてオレゴン州境の神の橋(Bridge of the Gods)まで歩くのですが、個人的には彼女がREI Co-opから取り寄せて履いていたダナー(Danner)のブーツが、20代の頃の自分を思い出させて妙に刺さりました。今でもあの箱なんでしょうか。
ということで、旅好きの女性向きの映画です。どなたかと一緒にご覧になって、鑑賞後、母との思い出を象徴する馬と並んで隠喩的に登場するキツネが何を意味するのか(ポスターの瞳がキツネ型とか・・・)、のんびり語り合うのも良さそうです。
公式サイト
わたしに会うまでの1600キロ(Wild)
[仕入れ担当]
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