ラテンビート映画祭「アブラカダブラ(Abracadabra)」
このラテンビート映画祭で5年前に観た「ブランカニエベス」は、スペイン文化への愛情あふれるモノクロ映画で、ゴヤ賞10部門受賞という快挙を成し遂げた作品でした。
続くパブロ・ベルヘル(Pablo Berger)監督の最新作はガラッと趣向を変えて、カラフルな映像に彩られたコメディタッチのサスペンス。ホラーの要素もあり、サイコスリラーの要素もありといった盛りだくさんの人間ドラマです。
主人公カルメンの夫カルロスは、これから親類の結婚式に出るというのに、ギリギリまでTVにかじり付き、挙げ句の果てに教会の中でラジオ中継を聞きながら参列するといったサッカー狂。家庭内のことには見向きもしないばかりか、ことあるごとに妻と娘に怒鳴り散らすマッチョな男です。
結婚披露宴でカルメンの従兄弟ペペが催眠術の余興を行うのですが、誰も被験者になりたがらず、常々インチキだと馬鹿にしていたカルロスが悪のりしてステージに上がります。一瞬、催眠術にかかったように見せかけ、観衆の注目を集めるのもカルロスの悪ふざけの一部。ペペに悪態をつき、笑いものにしながらステージから降ります。
もちろんカルメンは不機嫌になりますが、どうやらこういうことは日常茶飯事のようです。娘のトニも、カルロスの行いを気にしていないというより、存在を無視している感じでやり過ごしています。
ところが、カルロスに大きな変化が現れます。サッカーへの情熱がなくなったばかりか、カルメンのために朝食を用意したり、掃除機をかけたり・・・。トニの勉強の手伝いまでして、明らかに今までのカルロスではありません。
カルメンはペペの催眠術のせいではないかと思うのですが、ペペの師匠であるドクター・フメッティの見立てでは、カルメンへの思いを抱いて1983年に亡くなったティトが憑依しているとのこと。そしてカルメンとペペは憑きものを落とすために奔走することになります。
タイトルの“アブラカダブラ”は、催眠術の呪文として使われる他、スティーヴ・ミラー・バンドの同名の曲が80年代風のディスコの場面でかかります。その曲に合わせて繰り広げられるダンスシーンといい、続けて10ccの“I'm Not in Love”がかかるあたりといい、1963年生まれの監督らしさが出ていると思いました。
終映後にはパブロ・ベルヘル監督のティーチインがありました。サービス精神にあふれた人で、いろいろお喋りをして観客を涌かせていましたが、印象に残ったのは、催眠術にかかっていたのはカルロスだけではないというお話。カルメンには“結婚生活とはこんなものだ”という諦めがあったわけで、そういった思い込みからの解放を描いた映画でもあるということでした。確かにエンディングのカルメンの表情は希望と力強さに満ちています。
そのカルメンを演じたマリベル・ベルドゥ(Maribel Verdú)は「ブランカニエベス」で継母役だった人。「天国の口、終りの楽園。」をはじめ多くの作品に出演しているベテラン女優で、この映画も彼女の魅力と演技力に支えられている部分が大きいと思います。
そしてカルロスを演じたのは、スペイン映画ファンにはおなじみのアントニオ・デ・ラ・トレ(Antonio de la Torre)。このブログでも「気狂いピエロの決闘」「刺さった男」「アイム・ソー・エキサイテッド!」「マーシュランド」「静かなる復讐」「ゴッド・セイブ・アス」と多数ご紹介している人気俳優です。
娘のトニを演じたのは、アルモドバル監督の「ジュリエッタ」で失踪したアンティカの少女時代を演じていたプリシラ・デルガード(Priscilla Delgado)で、まだミドルティーンながら既に7年以上のキャリアがあるというプエルトリコ出身の子役。ペペを演じたホセ・モタ(José Mota)は「刺さった男」の主役ですね。
上映前にこの映画祭のプロデューサーであるアルベルト・カレロ・ルゴが登壇した際、自分に似ている人が出ていると言っていたのは、このホセ・モタのことでしょう。またアルベルトは、本作のロケ地となったマドリードのカラバンチェル(Carabanchel)地区の出身だそうで、いろいろと縁のある映画だと言っていました。
ちなみに、ベルヘル監督の奥様は原見夕子さん(Yuko Harami)という日本人写真家で、彼の一連の作品でプロデューサーを務めている他、本作では字幕翻訳も担当されています。
[仕入れ担当]
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