映画「天才作家の妻 40年目の真実(The Wife)」
主演のグレン・クローズ(Glenn Close)が、今回7度目のノミネート(主演女優賞は4度目)でいよいよアカデミー賞受賞か、と話題になっている作品です。ノーベル文学賞に選ばれた小説家とその妻を主人公に、ある記者が、本当の作者は妻ではないかという疑いを抱いたことで起こる家族の変化を描いていきます。
グレン・クローズ演じるジョーンは小説家志望の学生でしたが、当時、女性が小説家として生きていくためには障壁が高すぎました。担当教官のジョゼフからは褒められていたものの、実は作品より彼女そのものに興味があったようで、二人は不倫関係に陥ります。また先輩作家エレインの出版パーティで、自分もあなたのような小説家になりたいとジョーンが話すと、エレインは女性作家の将来について悲観的で、“出版されても母校の書架に収まるだけ”と言い捨ててジョーンを落胆させます。
結局、小説家への道は諦めたようで、ジョーンは出版社の秘書の仕事を得ます。ユダヤ系の男性作家を探しているという編集者にジョゼフを推薦したことをきっかけに、彼の小説“The Walnut”が出版されてベストセラーになります。しかしその作品、ジョゼフが書いた駄作をジョーンがリライトしたものだったのです。
そうやって二人三脚で執筆してきたジョゼフとジョーンの二人でしたが、ノーベル文学賞に選ばれるような大作家になり、記者のナサニエルがジョゼフの伝記を書きたいとアプローチしてきます。伝記執筆の許可など与えないと息巻くジョゼフとは反対に、当たり障りなくあしらったジョーンの対応が裏目に出て、じわじわと彼女に接近してきたナサニエルは、あなたの学生時代の作品を読んで、なぜジョゼフが結婚を機に素晴らしい小説を書くようになったかわかりました、と話します。つまり代筆を見破ったのです。
それだけでしたら、ジョーンが否定して終わりでしょうが、この物語を面白くしている仕掛けの一つが、ジョゼフの浮気性。ストックホルムで悪い癖が出て、ノーベル財団が手配した女性カメラマンに手を出そうとしたのです。これまで何度も浮気を繰り返し、その都度、ジョーンに謝罪して許しを請うてきたジョゼフですが、受賞決定の挨拶で“妻のおかげで今の自分がある”と語った舌の根の乾かぬうちに、ということで、相変わらずの体たらくです。
もちろんジョーンは不快感を示します。しかしジョーンには、それを全否定できない理由がありました。なぜならばジョゼフの女癖の悪さをこれまで小説執筆の糧にしてきたから。学生時代にジョゼフとつきあい始めた際には、不倫する大学教授とその妻を主題にした小説を執筆しましたし、ジョゼフの代表作となった“The Walnut”は彼の口説きパターンに着想を得たタイトルです。女癖の悪い夫に対するジョーンの複雑な感情が、彼らの小説の原動力になっているのです。
そして、この物語を面白くしているもう一つの仕掛けが、息子デビッドの存在。父親に憧れ、小説家を目指しているのですが、いまだ日の目を見ていません。作品を渡しても、感想すら述べない父親にも不満が募ります。要するに、小説家として独り立ちしたいという思いと、父親から認められたいという思いがない交ぜになり、そのいずれもが満たされず鬱々としているのです。
そんな彼に記者のナサニエルが接近し、代筆の持論を語ります。両親と暮らしているデビッドは、常に二人で書斎に籠もるジョゼフとジョーンの姿を見ているわけで、ナサニエルの言葉が気になり始めます。憧れの小説家だった父親はインチキなのかという疑念も涌きますし、もしそうだとしたら大切な母親を日陰者にしてきたことにも憤りを覚えます。
そんな感じで、ノーベル賞授賞式という華々しい舞台の裏で家族の関係が静かに変容していくという物語です。そのインチキな男性作家、ジョゼフ・キャッスルマンを演じたのはジョナサン・プライス(Jonathan Pryce)。かなり昔、映画「恋の選択」に触れたブログでも書きましたが、“書けない作家”の役がよく似合いますね。
その息子、デビッドを演じたのはマックス・アイアンズ(Max Irons)。ジェレミー・アイアンズの息子です。「黄金のアデーレ」でジョナサン・プライスと共演しています。
若い頃のジョーンを演じたアニー・スターク(Annie Starke)は、グレン・クローズの実の娘。意識して見ると佇まいがよく似ています。グレン・クローズ主演の「アルバート氏の人生」にも小さな役で出ていたそうです。そして若い頃のジョゼフを演じたハリー・ロイド(Harry Lloyd)は、「マーガレット・サッチャー」で若い頃の夫デニス、「博士と彼女のセオリー」では主人公と一緒に自転車を飛ばす親友ブライアンを演じていた英国人俳優です。
記者ナサニエルを演じたクリスチャン・スレーター(Christian Slater)の主役との掛け合いもなかなか良かったと思いますが、やはりこの作品は表情の変化だけでその背景まで伝えてくるグレン・クローズの演技を観に行く映画でしょう。ちなみに監督はスウェーデン出身のビョルン・ルンゲ(Björn Runge)。にもかかわらず、米国の自宅のシーンだけでなく、ストックホルムのホテルのシーンも英国で撮られたものだそうです。
公式サイト
天才作家の妻 40年目の真実(The Wife)
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