映画「マイ・ブックショップ(La libreria)」
久しぶりのイザベル・コイシェ(Isabel Coixet)監督作品です。5年ほど前に公開された「しあわせへのまわり道」を見損ねてしまいましたので、私としては「エレジー」「マップ オブ ザ サウンズ オブ トウキョウ」以来、10年ぶりの鑑賞ということになります。コイシェ監督は本作で「あなたになら言える秘密のこと」以来2度目となるゴヤ賞の作品賞・監督賞を受賞しています
原作は英国のペネロピ・フィッツジェラルド(Penelope Fitzgerald)が1978年に発表した小説「The Bookshop」。1979年に「テムズ河の人々(Offshore)」でブッカー賞を受賞した作家ですが、その前年に発表した「The Bookshop」は、彼女としては初めてショートリスト(最終候補作)に残った記念すべき作品です。
物語の舞台は英国サフォーク州の田舎町、時代は1950年代の終わり。主人公のフローレンスは戦争で夫を失った後、夫婦の夢だった書店を開こうとこの小さな町にやってきます。長い間、誰も使っていなかった古民家を買い取り、町で唯一の書店“THE OLD HOUSE BOOKSHOP”の開業に漕ぎ着けるのですが、町の有力者であるガマート夫人が横やりを入れてきて・・・というお話です。
なぜガマート夫人が邪魔をするのかといえば、彼女が、この古民家を使ってアートセンターを開設しようと考えていたから。書店もないような田舎町にアートセンターが必要なのか、とも思いますが、現代の日本でも大規模開発では必ずアートセンター整備計画が盛り込まれますので、古今東西を問わず、権力者が手っ取り早く文化の香りをまとうベーシックな方法なのでしょう。
そこにロンドンの書店で働いているときに亡夫と出会ったというフローレンスがやってきて、書店を開くというのですから、気に入るはずがありません。彼女が町の文化的アイコンとなり、インフルエンサーとしてのポジションを得るのは確実ですし、1950年代のことはわかりませんが、20世紀の英国には驚くほど高学歴な書店員がたくさんいましたので、田舎町の有力者が劣等感を抱くような経歴を持っていた可能性も大です。
町の人たちも、排除こそしないものの、好意的に受け入れているというわけでもなさそうです。彼女の書店でアルバイトすることになる少女クリスティーンは、古民家の修繕を頼んだ職人の娘。仕事の少ない田舎町の人々からみれば、フローレンスは工事を発注でき、従業員を雇用できる金づると見られているのです。
そんな町民の中に一人の変わり者がいます。妻を失って以来、ずっと海辺の屋敷に引きこもっているという老人エドモンド・ブランディッシュ。家事をクリスティーンの母親に頼んでいるぐらいですから、おそらく何らかの資産を運用して収入を得ているのでしょう。彼からフローレンスの元に、書籍を見繕って送って欲しいという依頼があり、彼女がレイ・ブラッドベリ「華氏451」を紹介したことで二人の交流が始まります。
フローレンスに対してエドモンドが心を開いていることも気にくわないガマート夫人。甥の地方議員に頼んで、公益性のある建物は自治体がその用途を定めて収容できるという議案を提出させます。もちろん狙いは“THE OLD HOUSE BOOKSHOP”であり、フローレンスの影響力の芽を摘むことです。
フローレンスの苦労の種はガマート夫人だけではありません。当時、流行の兆しを見せていたナボコフ「ロリータ」の仕入れで悩んだり、クリスティーンのアルバイトが児童労働にあたると糾弾されたりします。その結果、クリスティーンという仲間を失い、代わりに仕事を手伝うと申し出た元BBCのミロ・ノースがロクでもない男だった上に、唯一の支持者だったエドモンドもたおれ、どんどん追い込まれていってしまいます。
そんなフローレンスを演じたのは「ベロニカとの記憶」でベロニカの母親を演じていたエミリー・モーティマー(Emily Mortimer)。クリスティーンから"You're too nice"とか”You're so kind"とか言われ続ける善良なキャラクターを好演しています。小売業を営んでいる身からすれば、この映画の教訓は“良い人過ぎてはダメ”ということでしょうか。彼女にはクリスティーンの逞しさが必要だったようです。
その少女クリスティーンを演じたのはオナー・ニーフシー(Honor Kneafsey)。もう一人の味方、エドモンドを演じたのはビル・ナイ(Bill Nighy)。そして敵対するガマート夫人をコイシェ監督「エレジー」にも出ていたパトリシア・クラークソン(Patricia Clarkson)、ミロ・ノースをジェームズ・ランス(James Lance)が演じています。
本作のナレーションを担当したのはコイシェ監督「あなたになら言える秘密のこと」に出ていたジュリー・クリスティ(Julie Christie)。トリュフォー監督「華氏451」の主演女優でもあります。映画の終盤で物語の語り手が誰なのか明かされ、この身もふたもない話にある種のオチをつけるのですが、そのシーンで映り込む壁に飾られている写真(写っている人が誰かはネタバレになるので書きません)は、おそらくコイシェ監督の作品です。
彼女は写真家としても活躍していて、昨年末から今年の初めにかけて東京のセルバンテス文化センターで“イサベル・コイシェ写真展『フェイス』”を開催していました。入口すぐに「顔たち、ところどころ」のアニエス・ヴァルダ監督を撮った写真が飾られているあたりから想像できるように人の顔にフォーカスした展覧会で、コイシェ監督作品でお馴染みのセルジ・ロペス、ペネロペ・クルス、サラ・ポーリー、ティム・ロビンスといった俳優たちをはじめ、数多くの顔写真が飾られていました。
公式サイト
マイ・ブックショップ(The Bookshop)
[仕入れ担当]
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