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2019年4月 8日 (月)

映画「バイス(Vice)」

00_4クリスチャン・ベール(Christian Bale)の化けっぷりが評判のアダム・マッケイ(Adam McKay)監督最新作です。若干の投資知識が必要だった前作「マネー・ショート」と違って気軽に笑えるコメディ映画です。アダム・マッケイの作風がお好きで、本作の主役であるディック・チェイニーの他、ジョージ・W・ブッシュ政権の中心的人物、ラムズフェルド、ウォルフォウィッツ、パウエル、ライスあたりがイメージできる方なら間違いなく楽しめると思います。

事実をベースにしているという点だけでなく、いわゆる“第四の壁”を破って登場人物が観客に話しかけたりする作りも「マネー・ショート」に似ています。本作ではそれを一歩進めて、映画の中盤でダミーのエンドロールを流して前後の違いを際立たせるなど、コメディ映画らしく見える仕掛けを強化しているように思いました。

始まりは若き日のチェイニーが泥酔状態で車を運転して警察に捕まる場面。続いて9/11テロのどさくさに紛れ、大統領に代わってさまざま事柄を決定してしまう場面。どちらも遵法精神の欠如を伝える映像です。この映画は、なぜそんな人物が大国のナンバー2として君臨できたのか、そもそもチェイニーというのはどういう人物なのかという疑問を解き明かしながら、ブッシュ政権時代の米国を振り返るというもの。9/11テロで約3000人が犠牲になり、報復攻撃されたイラクでも多数の戦死者や難民が発生したことは大きな悲劇ですが、この時代を先導した人々を引いた視点から見ていくと、喜劇としか言いようのない愚かさや醜悪さが顕れてきます。

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この映画、主役はクリスチャン・ベール演じるディック・チェイニーですが、物語上の最重要人物はエイミー・アダムス(Amy Adams)演じる彼の妻リン・チェイニーです。リンの手助けで入学できたイェール大学を素行不良で追い出され、飲酒運転による二度の逮捕時もリンが保釈手続きをしたというディック・チェイニーですから、彼女にアタマが上がらないのは当然ですが、それだけではありません。

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14歳で初めて出会ってからずっと共にいるというこの夫婦、リンの向上心あっての二人三脚なのです。保釈後に彼女が言う、女性は指導者にもCEOにもなれないからあなたを支えるという言葉通り、ディック・チェイニーにモチベーションを与え、出産によって徴兵忌避まで助け、彼のサクセスストーリーを後押ししていきます。

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政界に深入りし始めたのはラムズフェルドのスタッフになった1969年のこと。ニクソンからフォードに政権が変わる中でラムズフェルドが出世し、チェイニーも権力を掌中に収めていきます。1989年にはジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)政権の国防長官に就任し、イラクのクウェート侵攻から始まった湾岸戦争を主導します。このとき統合参謀本部議長だったのがパウエルで、後年、チェイニーが副大統領として陰で支配したジョージ・W・ブッシュ(子ブッシュ)政権では、パウエルが国務長官、ラムズフェルドが国防長官を務め、このお馴染みの面々でイラク攻撃を始めることになります。

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父親のパーティに泥酔状態で現れ、リン・チェイニーから“残念な息子”呼ばわりされていた子ブッシュが大統領選への出馬を決めたとき、彼から副大統領候補になって欲しいと頼み込まれて政界に復帰したチェイニー。そこからあの政権に至る道が始まるわけですが、この子ブッシュを演じたのが「スリー・ビルボード」のサム・ロックウェル(Sam Rockwell)で、顔がそれほど似ているわけではないのに、バカっぽい喋り方や口元の感じがそっくり。この場面でのクリスチャン・ベールとサム・ロックウェルの掛け合いは見せ場の一つでしょう。

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稀にみる僅差でブッシュが当選し、その翌年に9/11テロが発生するわけですが、その際、チェイニーはホワイトハウスにおり、フロリダにいたブッシュの代わって大統領危機管理センターにおける指揮権を統括します。これがまさに全権掌握で、国防省のラムズフェルドからの問い合わせに、いかなる航空機も脅威とみなせば撃墜可能だと答え、その根拠を問われるとUNODIR(unless otherwise directed)だと回答。つまり(特段の指示がないので)自分が決めるということです。そんな感じでイラク攻撃に突き進むわけですが、アダム・マッケイ監督は、チェイニーがハリバートン社(世界最大の石油掘削機会社)の関係者であることを抜かりなく伝え、危機管理センター内で弁護士と協議していたことを強調してみせます。

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この映画のすごいところは、クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、サム・ロックウェルという主要人物以外のキャストも豪華なこと。ラムズフェルド役は「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」「30年後の同窓会」のスティーブ・カレル(Steve Carell)、ウォルフォウィッツ役は「おみおくりの作法」のエディ・マーサン(Eddie Marsan)、パウエル役は「ゴーン・ガール」に出ていたタイラー・ペリー(Tyler Perry)、次女メアリー役は「女神の見えざる手」のアリソン・ピル(Alison Pill)といった具合です。

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アナウンサー役で密かにナオミ・ワッツ(Naomi Watts)が出ていたりしますので一瞬も目を離せません。もちろん、元の顔がわからないほど体重を増やしたクリスチャン・ベールの迫真の演技はいつものことながら立派という他ありませんし、エイミー・アダムスの巧さは敢えて言うまでもないでしょう。

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そこにこの物語全般を象徴する心臓と釣り針のイメージがじわじわと染みてきます。心臓というのはチェイニーがずっと患っていた心臓病のことで、数年前に71歳で心臓移植手術を受けて議論を巻き起こしました。余命幾ばくもない人に移植するより、若い人に移植すべきではないかということですが、米国ではお金があれば何でも可能なわけで、チェイニーはそんな米国を象徴する人物ですから当然といえば当然でしょう。

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そして釣り針。主人公の趣味の一つですが、彼が娘を連れて川釣りに行く場面はチェイニー家の各自の個性を端的に表していて面白いシーンです。この家族の姿を通して現代の米国を描こうとしたアダム・マッケイ監督の着眼点はさすがとしか言いようがありません。

公式サイト
バイスVice

[仕入れ担当]

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