映画「ピータールー マンチェスターの悲劇(Peterloo)」
今から200年前の1819年、英国マンチェスターのセント・ピーターズ・フィールド(St. Peter's Field)で行われていた市民集会を武装した騎兵隊が蹴散らした事件を描いた映画です。ピータールーというのは、その少し前に英国軍らがナポレオン率いるフランス軍を打ち破った“ウォータールーの戦い”にちなんで新聞記者が事件後に名付けたもの。その繋がりを示すかのように、映画はウォータールーの戦場から始まり、そこでラッパ手を務めていた若者ジョセフのその後を絡めます。
監督は英国の巨匠マイク・リー(Mike Leigh)。このブログでも「家族の庭」「ターナー、光に愛を求めて」を取り上げてきましたが、温かな視点で描かれる家族の姿が特徴的な監督です。本作のような大がかりな歴史ドラマでもその持ち味を残せるように、ジョセフのエピソードを織り込んだのでしょう。また本作でも詳細な脚本を書かず、リハーサルを重ねて役者の力量を引き出していくという、いつもながらのスタイルを踏襲したそう。大聴衆に向かって演説するシーンや、騎兵隊が乱入するシーンもそのやり方で撮れるのか疑問でしたが、結果的にはマイク・リーらしい作品に仕上がっていました。
映画の幕開けは1815年のベルギー・ワーテルロー(ウォータールー)近郊での戦闘シーン。激しい砲撃をかいくぐって猛攻をかける英国兵の中、おぼつかない足取りでラッパを吹き続ける兵卒がジョセフです。次のシーンで片足を引きづりながらマンチェスターの実家に帰り着いたときも惚けた様子でしたが、元来そういう人なのか、今でいうPTSDなのか判然としません。いずれにしても、祖国のために命がけで闘った多くの若者が、彼のように傷を負って地元に帰り着いた時代です。
しかしこの後、戦後不況で失業率が高まった上に、翌年の冷夏で農作物が不作となり、政府の悪法もあって景気はどん底に落ち込みます。ジョセフは賃仕事を探しに出ますが、どこに行っても首を横に振られるばかり。父親が働く紡績工場は賃下げを繰り返し、タルトを焼いて売っていた母親は小麦や卵といった材料も入手できなくなり、生活は苦しくなるばかりです。
当時、マンチェスターが含まれていたランカシャー州からは議員が2名しか選出されず、産業革命によって人口構成が変わったにもかかわらず、マンチェスターのような大都市から議員が出ないという、いびつな構造になっていました。また投票権の問題もあり、苦境に立たされた市民の声が政策に反映されない状況に皆が苛立っていたのです。
そんな中で市民の不満が高まっていき、マンチェスター・オブザーヴァー等の地方紙を中心とした政治活動が活発になっていきます。そこで企画されたのが、当時、急進的な活動家として人気があったヘンリー・ハント(Henry Hunt)を招聘しての市民集会。オブザーヴァー紙のジョセフ・ジョンソン(もう一人ジョセフが出てきます)が自宅2階にハントを泊めてその日を待ちます。
集会の当日、周辺の小さな町からスローガンを記した旗を振りながら行進し、セント・ピーターズ・フィールドに集結した民衆は数万人にも及んだそうです。ヘンリー・ハントが非暴力を強く主張したため、大勢の女性や子どもも集まり、さながら祭典やコンサートのようです。女性たちの一団には、よく目立つ白いドレスで参加した人たちもいました。ヘンリー・ハントのトレードマークも白い帽子でしたから、白という色に何か意味があるのかも知れません。
一方、市民集会を危険視していた治安判事たちは、ヘンリー・ハントを逮捕して散会させることを望みました。映画では、制圧に反対した治安判事がいたような描かれ方をしていましたが、休業を余儀なくされた工場経営者たちからの圧力もあり、最終的に騎兵隊や義勇団が広場に突入することになります。ピクニック気分の市民たちと武装した騎兵隊では最初から勝負は決まったようなもので、大勢の無辜の人々が血を流すことになります。
そのヘンリー・ハントを演じたのは、007シリーズでお馴染みのロリー・キニア(Rory Kinnear)。あとはジョセフを演じたデヴィッド・ムースト(David Moorst)、その母親ネリーを演じたマキシン・ピーク(Maxine Peake)、地元の急進派サミュエル・バムフォードを演じたニール・ベル(Neil Bell)、ジョージ4世を演じたティム・マッキナリー(Tim McInnerny)といった日本ではそれほど知られていない俳優たちが多数出演します。
そういえば、ぶよぶよの体型とバカ殿を彷彿させる厚化粧で現れるジョージ4世。「ターナー」にも出ていたマリオン・ベイリー(Marion Bailey)が演じていた傍らの女性はカニンガム侯爵夫人エリザベスでしょうか。二人揃って大変なバカップルぶりを発揮していて、登場シーンはごく僅かですが、何故これほど民衆の鬱憤がたまっていたのか一瞬で伝えてくれる存在感でした。
その他、暴動が起こらないように事前に広場の石を拾い集めた話や、ジョン・ビング将軍が競馬にかまけて指揮を執らなかった話、義勇団が酔っ払っていた話など、史実に連なる小さなエピソードが随所に散りばめられています。そのおかげで2時間半の大作となっていますが、あらかじめネットなどで予備知識を仕入れていくと、ディテイルを含めて楽しめると思います。
公式サイト
ピータールー マンチェスターの悲劇(Peterloo)
[仕入れ担当]
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