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2019年9月 9日 (月)

映画「ガーンジー島の読書会の秘密(The Guernsey Literary and Potato Peel Pie Society)」

guernsey2008年に発表された書簡小説の映画化です。英国を舞台にした物語ですが、原作者メアリー・アン・シェイファー(Mary Ann Shaffer)は1934年にウェストバージニア州で生まれ、結婚後は西海岸で暮らした米国人。図書館、出版社、書店などで働き、ずっと本に縁のある生活をしながらも、処女作である本作を書き始めたのは晩年で、完成をみることなく2008年2月に亡くなりました。最終的に彼女の姪であり児童書作家のアニー・バローズ(Annie Barrows)が仕上げ、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに入るほどのヒット作になったそうです。

そんな経緯をもつ小説を、「マリーゴールド・ホテル」シリーズのグレアム・ブロードベント(Graham Broadbent)がプロデューサー、「フォー・ウェディング」「コレラの時代の愛」のマイク・ニューウェル(Mike Newell)が監督を務め、主演に「ベイビー・ドライバー」「ウィンストン・チャーチル」「マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー」と躍進目覚ましいリリー・ジェームズ(Lily James)を配して撮られた本作。終戦間もない1946年、英領で唯一ナチスドイツに占領されたチャンネル諸島ガーンジー島を舞台に、戦中の出来事を振り返りながら物語が展開していきます。

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リリー・ジェームズ演じる主人公ジュリエットは33歳の作家で、最初はアン・ブロンテの伝記を執筆したのですがまったく売れず、その後、イジーというペンネームでスペクテーター誌に書いた連載コラムをまとめた「イジー・ピッカースタフ、戦場に赴く」がヒットして作家としての地位を確立しました。タイムズ紙から文芸付録版に記事を書いて欲しいという依頼を受けてネタ探しをしているところに舞い込んだのが、ガーンジー島からの手紙。彼女が古書店に売ったチャールズ・ラム著「エリア随筆・選集」がまわり巡ってガーンジー島在住のドージー・アダムズの手に渡り、ラムの著作を読んでみたいが島内に書店がないので、元の持ち主に教えを乞おうと本に名前が記されていたジュリエットに手紙をしたためたということでした。

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ドージーはチャールズ・ラムが気に入った理由としてローストピッグに関する記述を挙げ、自分たちが島内で行っている“ガーンジー読書とポテトピールパイの会”もローストピッグが発端だったと書いていたことがジュリエットの関心を惹きます。タイムズ紙からの依頼内容が“読書の哲学的意味”だったジュリエットにとってグッドタイミングで、ロンドンから遠く離れた被占領地の島で行われていた読書会と、ポテトピールパイ(ジャガイモの皮のパイ)という謎の食べ物について書こうと決め、ガーンジー島に深く関わっていくことになります。

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ちなみにジュリエットはドージーへの最初の返信で、知り合いの書店に「続・エリア随筆」を手配した旨を告げると共に、手持ちのラムの書簡集をプレゼントとして送り、書簡がいかに琴線に触れるものかを説いています。原作小説を書簡小説のスタイルで著したメアリー・アン・シェイファーの心の声ですね。

ついでに記せば、ジュリエットが戦中、ロンドンで消防班に所属していたとき、インナーテンプルホール(法曹院)の図書室に落ちた焼夷弾から本を護ろうとして現場に混乱をさせた話や、彼女の母がサフォークの大農場主の妻であると同時に、ベリー・セントエドマンズで書店を経営していた話など、本の愛好家に響くエピソードが随所に散りばめられた小説です。戦中の悲惨な状況の中、正気を保つためにどれほど本が役立ったか訴えるくだりもきっと作者の心の声でしょう。

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ジュリエットが書いたアン・ブロンテ伝と、イジー・ピッカースタフの随筆集を刊行したスティーヴンズ&スターク社ですが、その共同経営者であるシドニー・スタークは、ジュリエットにとっては親友の兄であり、学生時代からの友人でもあります。原作では序盤で彼との先行きに期待をもたせながら、マーク・レイノルズの登場で波乱を予想させる展開になります。エンゲージリングを受け取るような関係ではなく、マークからの求婚に迷ったままガーンジー島に向かいますので、終盤の展開は映画より穏便です。

また映画のマークは米国の軍人ですが、原作では米国の製紙工場の大半を所有する富豪の御曹司で、現在は出版社を経営しており、彼が発行するいくつかの雑誌のひとつ、ビュー誌の支社開設のためにロンドンにいることになっています。映画のイメージよりはるかに金持ちで、シドニー曰く“英国では厚かましさと呼ばれ、米国ではヤル気と呼ばれるものを、ありあまるほど持っている人間”です。

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一方、ジュリエットも映画のイメージより裕福で、交通事故死した両親(映画の死因と異なります)の遺産で高級住宅地チェルシーのオークリーストリート(Oakley St)にフラットを買って住んでいたのですが、空襲でやられ、グリーブプレイス(Glebe Pl)で仮住まいしているという設定になっています。そういう女性が、マークの物質的豊かさに違和感をもち、ガーンジー島の自然な暮らしに魅了されていくというあたりが、ややもすると陳腐なロマンスになりそうなところですが、書簡小説のスタイルを取ることでうまく収めたのがこの原作小説の魅力といえるでしょう。

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ガーンジー島に渡ってからは“読書とポテトピールパイの会”の立役者であり、自らの心の声に従ったばかりにドイツに連行されていったエリザベスを巡る謎解きで話が展開していきます。戦中という非常時にありながらも周りの価値感に振り回されなかったエリザベス。ジュリエットは彼女の足跡を辿るうちに、自分にとって大切なことは何か、次第に気持ちが整理されていきます。

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この自分探しの物語に、トート機関や強制収容所といったナチスドイツの非道さを絡めて描く本作ですが、核になるのはジュリエットを取り巻く男性3人の個性。自信あふれるマーク役を「ドリーム」でジョン・グレン宇宙飛行士を演じていたグレン・パウエル(Glen Powell)、インテリのシドニー役を「ベロニカとの記憶」というより「シングルマン」のイメージでマシュー・グード(Matthew Goode)、素朴なドージー役を「わたしに会うまでの1600キロ」に出ていたマイケル・ユイスマン(Michiel Huisman)が演じています。

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ガーンジー島の住人としては、読書会の主催者アメリア役で「マリーゴールド・ホテル」のペネロープ・ウィルトン(Penelope Wilton)、怪しげなジン作りをしているスピリチュアル系の女性アイソラ役で「パイレーツ・ロック」のキャサリン・パーキンソン(Katherine Parkinson)、戦死した娘夫婦にかわって孫のイーライを育てているエーベン役で「さざなみ」のトム・コートネイ(Tom Courtenay)、そのイーライ役で「ロケットマン」で少年時代のエルトンを演じていたキット・コナー(Kit Connor)が出ています。

公式サイト
ガーンジー島の読書会の秘密The Guernsey Literary and Potato Peel Pie Society

[仕入れ担当]

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