映画「ホテル・ムンバイ(Hotel Mumbai)」
映画を観てこれほど疲れたのは久しぶりです。2008年にインドで起こったテロを題材にした作品ですが、平和な日常から始まる常套的な前振りもなくテロが始まり、いつ解放されるかわからない恐怖を人質と共一緒に味わうことになります。その緊張感を2時間強にわたって引っ張っていく作りに参りました。
監督はこれが長編初監督作品となるアンソニー・マラス(Anthony Maras)。オーストラリアのアデレード出身とのことですが、これまでもアフガンやキプロスを舞台にした短編映画を撮ってきた人のようです。製作に「ボーダーライン」「ウインド・リバー」のプロデューサー、ベイジル・イヴァニク(Basil Iwanyk)が参加しています。
主役であるタージマハル・ホテル従業員アルジュンを演じたのは「スラムドッグ$ミリオネア」のデヴ・パテル(Dev Patel)。今回も「マリーゴールド・ホテル」シリーズや「LION/ライオン」と同じく、困難な立場で力を発揮していく役柄で、彼の飄々としたキャラクターにぴったりでした。
共演者は、有名俳優という点では米国人客デヴィッドを演じたアーミー・ハマー(Armie Hammer)が挙がるかも知れませんが、ストーリー上はオベロイ料理長を演じたアヌパム・カー(Anupam Kher)でしょう。古くは「ベッカムに恋して」で主人公の父親役、最近では「ビッグ・シック」でやはり父親役を演じていたインドのベテラン俳優です。ちなみにオベロイというのは料理長の名前(実在の人物です)で、タージマハル・ホテル(Taj Mahal Palace)と同時にテロに遇い、日本人の犠牲者が出たオベロイ・ホテル(Oberoi Trident Hotel)とは関係ありません。
映画の始まりはボートに乗った少年の集団が上陸する場面。タクシーに分乗して移動し、そのうちの2人がチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅で銃を乱射、レオポルド・カフェも襲撃されます。ここまで一気に話が進むのですが、そのわずかな隙間でアルジュンが出勤する様子と、VIPであるデヴィッドとザーラの夫妻と、ナニーのサリーに抱かれた彼らの幼い娘がホテルに投宿する様子が描かれます。
そして街の混乱に乗じてタージマハル・ホテルに紛れ込んだテロリストたちがロビーで乱射を始めるのですが、人質になってしまう人々と同じく、彼らについての説明もありません。仲間内での会話やパキスタンにいるテロ首謀者との電話通話から、この少年たちがイスラム教徒であること、ウルドゥー語しか喋れないこと(つまり教育レベルが低いこと)、どこかのトレーニングキャンプで訓練を受け、家族への金銭供与を約束されてテロに及んでいることが判ってきます。
人質になるホテル宿泊者については、デヴィッドとザーラの夫妻、ジェイソン・アイザックス(Jason Isaacs)演じるロシア人のワシリーについて少しずつ説明されていきます。デヴィッドは米国人の建築家で、どうやらペルシャ系の名家出身のザーラと宗教的問題などを乗り越えて結婚したようです。終盤には彼女がイスラム教徒であることを匂わせる場面が出てきますが、そこでも背景説明は皆無。なお、ザーラを演じたナザニン・ボニアディ(Nazanin Boniadi)はイラン出身ながらイスラム教徒ではなく、サイエントロジーの信者という話もあって、私生活の面からもよくわかりません。
ワシリーはセールスマンのフリをしていながら、実はロシア軍の関係者であるという設定。アフガニスタン紛争へのソ連介入の歴史を絡めるあたりは、監督の過去の作品に繋がっているのかも知れません。下世話に見えても実は正義感あふれる人物、でも実際はどうなのか、と思わせる多面的な人物を演じます。おかげで中だるみなく、人質の行く末への興味を持続させます。
この映画は、彼に限らずキャラクターの決めつけを避けていることも特徴と言えるでしょう。たとえばテロリストの少年たちを極悪な犯罪者としてではなく、世間知らずの愚かな若者として描くことで、観客にどっちつかずの感情を生じさせます。こういった設定の巧さが、一直線に突き進むシンプルな物語に、ある種の深みのようなものを与えているのでしょう。
デヴ・パテル演じるアルジュンをシーク教徒という設定にしたのもうまいと思います。さりげなく宗教的多様性を折り込みながら、デヴ・パテルの熱血との相乗効果で小さな感動に結びつけています。彼のインド訛りの英語のおかしさも奏功していると思います。
ということで、完成度も高く、表面的には気軽に楽しめる映画ですが、インフライトムービーで観ると、ぐったりして後の予定に差し障りがあるかも知れません。要注意の映画です。
公式サイト
ホテル・ムンバイ(Hotel Mumbai)facebook
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