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2019年11月18日 (月)

ラテンビート映画祭「蜘蛛(Araña)」

Spider 反政府デモが続き、この12月に予定されていたAPECとCOP25の開催を断念したチリ。デモが激化したきっかけは地下鉄運賃値上げだと伝えられていますが、そもそもの元凶は、富裕層が支持する右派と大衆が支持する左派が拮抗し続けるこの国の政情にあります。

近年の政権を時系列で並べると、2006年から2010年は親の代からアジェンデ派の社会主義者ミシェル・バチェレ、2010年から2014年は大富豪で反共のアルセバスティアン・ピニェラ、2014年から2018年は再びバチェレ、そして2018年にピニェラが返り咲いています。アジェンデの社会主義政権を倒した1973年から軍事独裁を続けてきたピノチェトの90年の辞任以降、中道と左派による政権運営が行われていたところで大きく右に振れたのですから、左派の不満も想像に難くありません。

本作「蜘蛛」の主人公たちは、70年代にアジェンデ政権を倒そうと暗躍した極右民族主義者の仲間。映画のタイトルは彼らの組織“PyL:Frente Nacionalista Patria y Libertad(≒祖国と自由・民族戦線)”のマークが蜘蛛に似ていることと、蜘蛛の糸に絡みとられていくイメージを掛け合わせたものだと思います。

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彼らが思い描いたとおりにピノチェト政権に移行するわけですが、もともとブルジョワ家庭の出身者だった彼らは、政権と癒着することでさらに富を蓄えます。若い頃に行ったテロ活動の数々は闇に葬り、実業家や専門職として高い社会的地位を築いています。

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あれから40年という設定ですから、おそらく2010年代前半、ピニェラ政権の頃でしょう。主人公のイネスは企業のトップにつき、彼女の夫スフトは経営していた弁護士事務所を息子に譲って隠居の身です。家政婦を雇い、プール付きの邸宅で暮らす彼らは、特権階級を絵に描いたようなようなライフスタイルを謳歌しています。

そんなある日、路上で女性のバッグを引ったくった犯人を、初老の男が車で追い詰めて殺してしまうという事件が起きます。市民による正義の制裁として新聞に大きく取り上げられるのですが、その犯人の顔をみたイネスとスフトは驚愕。なぜならば、その男は40年前に姿をくらました仲間のヘラルドだったからです。

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美貌の誉れ高かったイネスは1981年の美人コンテストで優勝します。その写真撮影をしたカメラマンのアシスタントだったのがヘラルド。彼はカメラマンの態度に立腹し、いきなり暴力を振るって馘になってしまいます。

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イネスとスフトは既に結婚しており、小さな子どもがありながらも社会主義政権の打倒に燃えていて、血気盛んなヘラルドを自分たちのテロ活動に呼び込みます。そして3人の不思議な関係が始まるのですが、なぜ不思議かというと、イネスとスフトはブルジョワ家庭の出身、対するヘラルドは若くして空軍に入隊した庶民の出身で、普通なら交差するはずのない人生だからです。

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そこでポイントになるのがイネスの持ち前の性格でしょう。美人コンテストのインタビューで“自分の身体でどこが変えたいところがあるか”と訊かれて、“全部”と答え、不思議がるインタビューアーに“男になりたかった”と説明するイネス。見目麗しい女性でありながら、強さに対する憧れがひと一倍強いのです。それは映画の冒頭で孫のサッカーに付き添う場面から、会議室の男性陣を睥睨し"maricones(≒ヘナチョコども)"と言い放つ場面まで、さまざまな言動に現れます。

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イネスとスフトは同じ社会階層だからこそ結びついているわけですが、ヘラルドとの結びつきは彼の暴力性。イネスは野性的な強さをもつヘラルドに強く惹かれていきます。もちろんヘラルドも、美しく情熱的なイネスに惹かれます。この三角関係によって政治活動に私情が挟まれ、結果的にヘラルドが姿を消すことになるのですが、40年後の彼の出現で過去の記憶が蘇ってくるわけです。既にPyLが存在しないとはいえ、世の中は右傾化しつつあり、ネオナチのような極右グループも台頭しています。本作では現代のチリ社会におけるハイチ移民の扱いなどを交えながら、極右民族主義者たちの過去と現在を描いていきます。

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この映画の第一の見どころはイネスを演じた2人の女優。若い頃をスペイン出身のマリア・バルベルデ(María Valverde)、その40年後を「ローマ法王になる日まで」「ネルーダ」「永遠に僕のもの」などで知られるアルゼンチンの名優メルセデス・モラン(Mercedes Morán)が演じているのですが、二人ともとても魅力的で、その美しさと強さに男たちが惑わされていく様子が違和感なく伝えられます。

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そして第二の見どころは巧みなストーリー展開。過去の因縁が蘇るというよくある物語を、家族の問題や世相の変化をうまく取り込んでスリリングに進めていきます。マリア・バルベルデやメルセデス・モランの演技力のおかげもあり、ぐんぐん引き込まれていくと思います。

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監督はチリ出身のアンドレス・ウッド(Andrés Wood)。メインの女優以外はチリの俳優が多く出演していて、若いヘラルドをペドロ・フォンテーヌ(Pedro Fontaine)、老いてからを「ザ・クラブ」「ネルーダ」に出ていたマルセロ・アロンソ(Marcelo Alonso)、若いスフトをガブリエル・ウルスア(Gabriel Urzúa)、老いてからをフェリペ・アルマス(Felipe Armas)が演じています。

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公式サイト
Araña

[仕入れ担当]

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