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2019年12月23日 (月)

映画「家族を想うとき(Sorry We Missed You)」

swmy ケン・ローチ(Ken Loach)監督が前作「わたしは、ダニエル・ブレイク」に続き、ニューカッスルを舞台に撮った作品です。前々作「ジミー、野を駆ける伝説」で引退をほのめかしていた監督ですが、前作で2度目のパルムドールを獲ってしまい、退くに退けなくなってしまったのかも知れません。

この監督ならではの立ち位置から、市井の人々の暮らしを描いていく点は前作と同じです。とはいえ、本作は批判の対象が具体的ではないせいか(前作では福祉行政を批判)、劇映画というより再現フィルムのような展開で、観た後すっきりしないものが残ります。この現実をどう受け止めるべきか、各自が考えていくしかないという問題提起の映画だと思います。

その問題というのがいわゆるギグエコノミー。ミュージシャンのその場限りのセッションを意味するギグという言葉を使って、単発仕事の受発注で回っていく経済をいう用語ですが、要するに日雇い仕事を業務委託という体裁に変え、雇用関係で生じる義務から逃れる仕組みです。既に日本でもUber Eatsが問題化していますね。

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登場人物はニューカッスルの借家で暮らすターナー家。父親のリッキー、母親のアビー、ミドルティーンの長男セブ、ローティーンの長女ライザ・ジェーンの4人家族です。リッキーとアビーの夢は自分たちの家を持つことで、以前、買おうとしたときはリーマンショックで潰えてしまったようです。

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建設現場の仕事を失ったリッキーは、PDFという配送業者のドライバーに応募します。これがギグエコノミーで、この会社に就職するのではなく、この会社から発注される仕事を独立した業者として請け負う仕組み。賃金ではなく小包一つあたりの配達料が支払われるのですが、だからといって何らかの自由があるわけではなく、配達地域を選ぶことも、配達する小包の個数を決めることもできません。

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そのうえ、配送車を会社から借りるとレンタル料がかかります。自分の車を持ち込んだ方が有利なので、リッキーは妻アビーを説得して彼女の小型車を売り、それを頭金にしてローンでバンを購入します。つまり、後の利益を大きくするためにアビーの資産を投資したわけです。

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アビーも介護の仕事を持っています。これも1件あたりの支払いで、人手不足もあって連続して何軒も回らなくてはいけません。郊外の老人宅が多いので車が便利なのですが、車を売ってしまった後はバス移動になります。当然、効率が下がり、ただでさえ一杯一杯なのに、さらに時間に追われるようになります。

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長男セブは、学校をサボってストリートアートにかまけたり、喧嘩をして停学になったり、不良少年というほどではないものの、さまざまな問題を抱えています。それというのも、これからどう生きていくか先が見通せないからでしょう。映画の序盤で仲の良かった女の子がブラックプールの街に移って行ってしまいますが、この街で学歴もなく生きていくということは、両親のような暮らしを受け入れることに他なりません。

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そういった不安は両親もわかっていて、大学に進学しても良いと彼に言います。それに対してセブは、“友だちの兄貴は£57,000の学資ローンを抱えてコールセンターで働き、今はアル中になって公園で寝ている”と吐き捨てます。800万円あまりの借金を背負って社会に出ることは、父親のようにバンのローンを抱えて配送業者を始めるのと同じで、学歴のための投資が後の人生を厳しくしかねないのです。

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長女のライザ・ジェーンは特に問題なさそうに見えますが、家庭内のギクシャクがストレスで、夜尿症になってしまったようです。といっても心根は優しいままで、家族にとって心安まる存在であることに変わりありません。

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この映画のポイントの一つは、家族全員が基本的に善人で、それぞれが家族思いであること。誰かが独善的だったり悪意を持っていたりするわけではありませんので、普通であれば仲の良い家庭生活が営めるところ、両親が時間的、精神的に追いつめられているせいで、長男の小さな非行が悪循環の引き金になってしまいます。

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そしてもう一つのポイントは、この家族が貧困層ではないこと。どこにでもいる労働者階級が今より少し良い生活をしたいと思って投資した途端、その回収のために蟻地獄のような世界から抜け出せなくなってしまうのです。さまざまな仕事が合理化され、賃金が限界まで下がっているせいですが、消費者は安価な配送サービスを求めますし、介護は税金で賄って欲しいと思いますので、賃金引き上げには向かいません。映画の中で国民保健サービス(NHS)の混乱が描かれていましたが、このままだと、我慢して低額サービスを受けるか負担を厭わず高額サービスを受けるかの二者択一となり、階層の二極化・固定化が進んでしまうという問題提起なのでしょう。

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このリアリティある家族を演じたのは、ケン・ローチ作品らしく、すべて演技経験の浅い役者たち。父親リッキーを演じたクリス・ヒッチェン(Kris Hitchen)は元配管工で、作中のキャラクターと同じくマンチェスター出身。作業着の下にマンUの赤シャツを着ていて客と口論になるシーンが出てきますが、サンダーランドの赤白ストライプだったら殴り合いになったかも知れませんね。

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母親アビーを演じたデビー・ハニーウッド(Debbie Honeywood)、長男セブを演じたリス・ストーン(Rhys Stone)は地元ニューカッスル在住。長女ライザ・ジェーンを演じたケイティ・プロクター(Katie Proctor)はウォールセンド在住、リッキーの上司マロニーを演じたロス・ブリュースター(Ross Brewster)はダラム在住と、クリス・ヒッチェン以外は近郊で固めたようです。

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ちなみに、この映画の元ネタはドーセットのドン・レーン(Don Lane)氏の一件。配送会社DPD(DPDgroup)のフランチャイジーをしていた彼は、糖尿病を患っていたにもかかわらず、1日休むと£150(2万円強)の罰金を支払わなくてはならないことから通院を怠り、病状を悪化させて2018年1月4日に亡くなったそうです。ガーディアン紙の記事によるとDPDgroup UKの幹部、おそらくCEOのドウェイン・マクドナルド(Dwain McDonald)のことですが、その2017年度給与は£987,000(約1億4,000万円)だったとのこと。なんだかバランス悪いですよね。

公式サイト
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[仕入れ担当]

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