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2020年6月29日 (月)

映画「コリーニ事件(Der Fall Collini)」

DerFallCollini ドイツでベストセラーになったミステリ小説の映画化作品です。犯人が逮捕された時点から物語が始まる、いわゆるホワイダニット (Whydunit)タイプの法廷劇で、被告側弁護士による犯人の動機解明が主眼となります。弁護士である原作者フェルディナント・フォン・シーラッハ(Ferdinand von Schirach)の専門的知見をベースに、ドイツの歴史を下敷きにしたヒューマンドラマが展開していきます。

映画のスタートはホテルの廊下。一人の男が、老人から客室に迎え入れられます。続いて、その男がエレベーターを降り、踵が壊れかけた靴を引きずりながらロビーを横断して、イスに腰掛ける場面。彼が歩いた後には血痕が残り、シャツにも血しぶきを浴びています。それに気付いたフロント係が慌てて電話をかけに行き、物語が始まります。

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この男が、タイトルになっているファブリツィオ・コリーニで、1960年代に外国人労働者としてジェノヴァ近郊のカンポモローネ(Campomorone)からドイツに渡ってきて以来、シュトゥットガルトのダイムラーベンツの工場で働き、ベーブリンゲンで暮らしてきたイタリア移民です。

犯行現場はベルリンの高級ホテル、アドロンのスイートルームで、被害者はSMFマイヤー機械工業の会長職にあるハンス・マイヤー。その日、2001年5月26日午後8時から同ホテルのシュプレーの間で開催予定だったドイツ機械工業連盟の会合に参加するため宿泊していたのですが、新聞記者を名乗る男を部屋に迎え入れ、ワルサーP38の銃弾4発を浴びて85年の人生を終えることになります。

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舞台はベルリンの裁判所に移り、この事件の国選弁護人に指名されたカスパー・ライネンが、上席検察官ライマースと顔合わせします。この若さあふれる新人弁護士ライネンがこの物語の主人公なのですが、映画ではエリアス・ムバレク(Elyas M'Barek)が演じているためか、原作と異なり、トルコ系移民の子どもという設定になっています。エリアス・ムバレクはチュニジア系の父親を持つオーストリア人で、トルコ系ではありませんが、敢えてドイツ移民社会の多数派であるトルコ系としたのでしょう。

ちなみに原作では、主人公の父親はバイエルン州に相続遺産の森を持つ地主とされていて、ドイツ人の読者ならこの地域独特の文化的背景、ベルリンやシュトゥットガルトとの違いを感じるのかも知れません。また、ボーデン湖畔の寄宿学校(モデルはザンクト・ブラジエン校)からハンブルグ大学に進んだという主人公の経歴と併せて考えることで、ある種のイメージが喚起されるのかも知れませんが、個性をわかりやすく伝えるために移民という設定に変えたのだと思います。個人的には、この設定変更のおかげで原作よりも映画の方が味わい深く感じました。

カスパー・ライネンはその場で弁護人を引き受けるのですが、すぐに後悔することになります。なぜなら被害者が自分の育ての親ともいえる人物だったから。

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勾留状に記された被害者の氏名はジャン=バプティスト・マイヤーとなっており、これは被害者の母親(フランス人)が洗礼者ヨハネに因んで名付けた本名なのですが、発音しにくいので本人がドイツ語のヨハネスに変え、ハンスと名乗っていたのです。それを知らなかったライネンは、恩人を殺した犯人の弁護をせざるを得なくなります。

ハンス・マイヤーの孫フィリップと学友だったライネンは、少年時代、マイヤー家がニュルンベルグ近郊のロスタールにもつ「緑の館」で休暇を過ごし、フィリップの姉ヨハナやハンス・マイヤーと親しく接していたのでした。しかし大学入学の年にフィリップと両親が交通事故で亡くなり、一族はハンスとヨハナだけになって疎遠になります。そのヨハナも、留学先の英国で出会ったケンブリッジ大学トリニティカレッジの教授と結婚し、ドイツを離れていましたが、この事件の後処理のために帰国してライネンと再会することになります。

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裁判におけるSMFマイヤー機械工業の代理人はリヒャルト・マッティンガー弁護士。大学で教えるなど判事や検事も一目おく法曹界の重鎮であり、ヴァン湖畔に別荘を所有し、レジャーボートを操る成功者でもあります。

ライネンは、ライマース検察官とマッティンガー弁護士というベテランと対峙することになるのですが、よくあるような騙し騙されという展開にはなりません。あくまでも核心は、一切の自白を拒否している犯人の動機であり、それを解き明かしていくことでドイツの社会問題を白日の下にさらしていきます。

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この先をネタバレしないように書くのは難しいのですが、大枠をいえばポイントは二つで、その一つはナチスの戦争犯罪。

原作では、第二次大戦末期、ローマのラゼッラ通りでボルツァーノ警察隊36人が殉職するテロがあり、その報復として、イタリア戦線司令官のアルベルト・ケッセルリングはアルデアティーネの洞窟で335人の市民を虐殺させたという史実が記されていますが、ジェノヴァでも似たことが起こったわけです。それにしても報復は犠牲者数の10倍まで合法だったというのは何とも恐ろしい話です。

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そしてもう一つのポイントは、1968年に発布された秩序違反法に関する施行法(EGOWiG)で、ナチの最高指導部のみ謀殺犯として扱い、他の者は全員、謀殺の幇助者として扱うとされたことです。故殺の時効は15年ということで、1969年5月20日、国家保安本部関係者の犯罪行為は連邦裁判所によって時効とみなされ、ベルリン検察局が準備を進めていた訴訟手続きが中止されたそうです。

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要するにハンス・マイヤーは戦中、ジェノヴァに進駐する司令官であり、戦争犯罪人として訴えられながら時効に救われていたのです。

ライネンが恩人の別の顔を暴いていくという無情なストーリーは、原作のエピグラフに掲げられたアーネスト・ヘミングウェイ「キリマンジャロの雪」の一節“われわれは自分にふさわしい生き方をするようにできているのだ”で予め示唆されますが、これはまた、すべてを背負っていかなければならないドイツ人の宿命を示しているように思えるあたりも無情です。

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監督はおそらく本作が日本初公開作となるマルコ・クロイツパイントナー(Marco Kreuzpaintner)。

主なキャストとしては「はじめてのおもてなし」に研修医役で出ていたエリアス・ムバレクの他、コリーニ役で「ジャンゴ」などの名優フランコ・ネロ(Franco Nero )、ヨハナ・マイヤー役で「愛を読むひと」に出ていたというアレクサンドラ・マリア・ララ(Alexandra Maria Lara)、マッティンガー役で「はじめてのおもてなし」で外科医リヒャルトを演じていたハイナー・ラウターバッハ(Heiner Lauterbach)が出ています。

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公式サイト
コリーニ事件

[仕入れ担当]

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