映画「ぶあいそうな手紙(Aos Olhos de Ernesto)」
ブラジル南部、ウルグアイ国境まで約400kmの町ポルトアレグレ。そこで暮らす78歳の老人の元に届いた一通の手紙から始まる優しさあふれる映画です。原題は"エルネストの目には……"という意味で、視力の衰えで文字を読むこともままならなくなっている主人公エルネストが、新たに経験し、切り拓いていく世界を描いていきます。
普段、新聞などは隣人のハビエルに読んでもらっているのですが、故郷のウルグアイから届いたその手紙は彼に頼みたくありません。なぜならば、同郷の友人の妻であるルシアが送ってきた手紙だったから。
ハビエルはアルゼンチンのブエノサイレス出身。ウルグアイのモンテビデオ出身のエルネストとは国は違えど、ラプラタ川を挟んだ対岸で、同じスペイン語圏ということで親しく付き合っているのでしょう。
また、ブラジルへ渡ってきた理由も重なりそうです。エルネストはポルトアレグレで暮らして46年と言いますので、ウルグアイを出たのは1970年代の軍政状態になった頃。写真家だった頃のエルネストの話からジャーナリズムに関わっていたようですので、おそらく政変で国を出たのでしょう。アルゼンチンではペロン政権からビデラ政権に変わった頃で、どちらの国でも多くの人が故郷を捨てた時代です。
エルネストは妻を失ってから独り暮らしですが、ハビエルはひとまわり若い妻と暮らしていて、エルネストと違い目は見えても耳がよく聞こえません。大音量でTVを観ていると妻から文句を言われる、独り暮らしのエルネストが羨ましいと口では言いますが、夫婦仲は良いようです。
エルネストのひとり息子ラミロは、家族と大都市サンパウロに住んでいて、住居を売って近所に引っ越してくるように折に触れて言ってきます。映画の幕開けは、ラミロの手配で住宅購入の下見に来た夫婦を案内している場面。ここを離れたくないエルネストは書斎の鍵を隠して内見させず、ささやかな抵抗を試みます。
なぜサンパウロに移りたくないのかといえば、いろいろ理由はあるでしょうが、その一つはポルトアレグレではそれなりにスペイン語が通じるからでしょう。玄関先で偶然知り合ったビアは、上階で暮らす老婦人の犬の散歩係をしているという20代の娘で、学歴があるようには見えませんが、ちゃんとスペイン語を解します。通いの家政婦クリスティナも、読み書きは不得意ながら会話はわかるようです。アルゼンチンやウルグアイに近いことから、移民も多く、言語も文化も多様化しているのだと思います。
手紙の代読をクリスティナに断られたエルネストは、ビアに頼んで読んで貰います。内容はルシアの夫オラシオの訃報で、エルネストとオラシオとルシアの3人が友人同士だったと聞いたビアは、その仲良しの輪から外れたエルネストの思いに興味津々です。つまり、今後のルシアとの関係にドラマを期待しているのです。
そういった経緯で文通の手助けを引き受けることになるビアですが、彼女自身、いろいろ問題を抱えていて、エルネストは彼女との交流を通じて清濁併せのむことになります。といっても大きな被害を受けることはなく、彼女に触発されて自らの生き方を見つめ直すことで、ルシアとの文通に変化をもたらします。
エルネストの意固地な物言いだけでなく、互いに毒づき合うハビエルとの応酬や、歯に衣着せぬクリスティナからの忠告など、それぞれのキャラクターからリアリティある愛情が滲み出してきます。登場人物としてはビアのボーイフレンドが唯一の悪役ですが、彼でさえ、根っからの悪人としては描かれていません。どこを取っても温かな気持ちにしてくれる心地よい映画です。
それを下支えしているのがカエターノ・ヴェローゾの楽曲。ポルトアレグレ出身というアナ・ルイーザ・アゼヴェード(Ana Luiza Azevedo)監督の風景の描き方もほのぼのとしていて良い感じです。映画を観るとこの地に足を踏み入れてみたくなります。
主人公のエルネストを演じたのは、日本でも公開されたウルグアイ映画「ウィスキー」で弟役だったホルヘ・ボラーニ(Jorge Bolani)。昨年、俳優生活50周年を記念して「バリモア」(ドリュー・バリモアの祖父でもある俳優を描いたウィリアム・ルースの舞台劇)の主役を演じたというウルグアイを代表するベテラン俳優です。
ハビエル役のホルヘ・デリア(Jorge D'Elía)はブエノサイレス出身の役者で劇作家、ルシア役のグロリア・デマッシ(Gloria Demassi)はウルグアイ出身で長年コメディア・ナシオナルで演じてきた舞台女優だそう。ビアを演じたガブリエラ・ポエステル(Gabriela Poester)は監督が主宰するカサ・デ・テアトロ・デ・ポルトアレグレで演技を学んだ新進女優、ラミロを演じたジュリオ・アンドラーヂ(Júlio Andrade)はポルトアレグレ生まれの中堅俳優だそうです。
公式サイト
ぶあいそうな手紙(Aos Olhos de Ernesto)
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