映画「異端の鳥(The Painted Bird)」
バーツラフ・マルホウル(Václav Marhoul)というチェコの監督が撮ったモノクロ映画です。無名監督の地味な作品ながら、去年のベネチア映画祭のコンペティション部門に出品され、さまざまな議論を呼んだことで注目を集めました。
原作はポーランドから米国に亡命した作家イェジー・コシンスキ(Jerzy Kosinski)が1965年に発表した自伝的要素を持つフィクションで、少年が冷徹な判断で苦難を乗り越えていくという、ちょっと「悪童日記」に似た印象の小説です。
何が議論を呼んだかといえば描写の残虐さ。東欧を舞台に、ナチスの迫害から逃れるため東方の田舎に疎開させられた少年を描いていく物語なのですが、彼が流浪する中で遇う虐待や目にする光景が強烈すぎることが問題視されたようです。実は原作小説自体も刊行時に賛否両論あったらしく、初版は出版社の配慮で一部カットして出版されたそうです。
本作は終盤を除いてほぼ原作に沿って創られていますので、モノクロ映像とはいえ小説の世界をそのまま目にすることになります。ちなみにポスターに描かれている、土に埋められた少年をカラスがつついているシーンは、虐待ではなく疫病の治療。これによって流行病の魔手から逃れた少年が、病気より怖い世間と向き合っていかざるを得なくなる物語です。
1939年秋から始まるこの物語はホロコーストの時代が背景になっていますが、ナチスの暴力はあまり描かれず、主に語られるのは世間知らずで周りに流されやすい田舎者の残虐さです。貧しく信心深い村人というと誠実で善良な印象を抱きがちですが、無知な人々が未知のものを恐れ、その恐怖と貧困が排他的な暴力に直結していくのはいつの時代でも同じ。オリーブ色の肌、黒い髪と瞳をもつ主人公の少年は、白い肌とブロンドやブルーの瞳を持つ村人から虐げられ続けます。
映画は9章に分けられていて、始まりは老婆マルタとの暮らし。主人公の少年が可愛がっていたリスを村の少年たちに焼き殺されるのも、マルタが病死して家が焼け落ち、続いて魔女だと思われているオルガと暮らすことになるのも原作通りです。ここまでの話も強烈ですが、村人の悪意で川に流され、粉屋に拾われた後の展開、粉屋とその妻と使用人の関係を垣間見ることになるあたりから、この物語の真の姿が見え始めます。モノクロでなければ見るに堪えない映像でしょう。
しかし前半の山場は、これに続く小鳥売りのレッフ、森に暮らすルドミラの一節です。原題の“The Painted Bird”というのは色塗られた鳥という意味ですが、レッフが飼っている小鳥を極彩色に塗り、空を舞う仲間の小鳥たちに向かって放してやると、合流しようとしたカラフルな鳥は異端として排除され、攻撃されて殺されてしまうというエピソード。モノクロ映画ですから、極彩色ではなく白色にペイントされますが、これが主人公の存在の隠喩として、物語を貫くテーマになります。
その後に語られるルドミラの行いも、それに対する百姓女たちの仕打ちも、この物語の性に対する立ち位置を象徴するものです。映画では説明されませんが、ルドミラは強制された結婚から逃れようとしたため、報復として大勢に乱暴され、気が触れて森で暮らすようになった女性。村社会の求めに応じなかったことで排除され、村社会に関わったことで秩序を乱すものとして処刑される顛末も、それらが性に起因することも、ある種の普遍性をもつ逸話でしょう。
その後、この物語では数少ないドイツ兵が登場するシーンがありますが、その一人ハンスを演じているのが「男と女、モントーク岬で」「ドン・キホーテ」「マンマ・ミーア!」のステラン・スカルスガルド(Stellan Skarsgård)で、ほぼ端役に近いこの役をなぜ有名俳優が演じているのかという不思議な気持ちと、彼が演じているということは酷い役ではないだろうというネタバレ感覚に包まれることになります。
とはいえ、別のシーンで登場するジュリアン・サンズ(Julian Sands)は、ハーベイ・カイテル(Harvey Keitel)演じる司祭から少年を託されるガルボスという男を演じているのですが、こちらはまったく善良ではなく、原作より罪深い役になっています。
往年の美青年俳優ですから、こういうアレンジを加えたくなるのもわかりますが、主人公の少年を不憫に思う気持ちが格段に増幅されてしまい、これでいいのかという疑問も浮かびます。
このあたりから結末にかけては、部分的に原作の要素を拾いながら、いろいろと変更されています。その多くは、予算的・映像的に撮影不可能と思われる場面ですが、襲来する騎馬隊がカルムイク人からコサック兵に変えられた部分は理由がわかりませんでした。馬上で狼藉を働く描写はそのまま、赤軍を憎悪する彼らがソ連側についた村を襲うという前段は曖昧になっています。
そうしてソ連兵が彼らを駆逐して終盤に流れ込むのですが、「トゥルー・グリット」に出ていたバリー・ペッパー(Barry Pepper)演じる狙撃兵ミトカは、少年に大きな影響を与えるという意味でこの物語の最重要人物です。目には目を、という行動原理が少年を変え、映画では割とあっさり実現してしまいますが、原作では列車を転覆させるという大掛かりな報復を行ったにもかかわらず、それが実を結ばず落胆するという複雑な展開になります。
この映画の見どころは何といっても、主人公を演じたペトル・コラール(Petr Kotlár)でしょう。子役にここまでさせるかという身を挺した演技と、常に意思の強さを湛えた視線は一見の価値ありです。そして原作者と監督が伝えようとしている世界観。結末が変えられていますので、後味は若干異なりますが、原作の鮮烈さは十分に伝わってくるのではないでしょうか。映画をご覧になった後、是非、小説も読んでみてください。
公式サイト
異端の鳥(The Painted Bird)
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