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2020年11月17日 (火)

映画「パピチャ 未来へのランウェイ(Papicha)」

Papicha アルジェリア出身のムニア・メドゥール(Mounia Meddour)監督が自らの経験を下地にして撮ったデビュー作です。舞台となるのは暗黒の10年(La décennie noire)と呼ばれる1990年代のアルジェ。監督自身も、当時のアルジェリアは国際社会で孤立していたため、国内で起こっていたことのはほとんどは外国に伝えられていなかったと述べていますが、暴力の横行で男尊女卑に拍車がかかり、それに追従する女性たちに日常生活が脅かされていく時代を、一人の女子大生の生き方を通して描いていきます。

じわじわと自由が侵食されていく様子がリアルです。もし私がこの時代にアルジェリアの大学生だったら、人生に絶望して向上心を失っていたと思いますが、主人公はあくまでも女性の自立を追い求め続けます。その代償が、他国のように世間の冷たい視線や押しつけがましい説教ではなく、自分や家族の命そのものですから並大抵の覚悟ではできません。武器を手に取るのではなく、それをファッションを通じて成し遂げようとするあたりが、この物語の良さであり、主人公ネジュマの魅力です。

ネジュマというのはアラビア語で“星”を意味する言葉で、国民的作家カテブ・ヤシーン(Kateb Yacine)の小説の題名でもあるそうです。人々を導く役割を表すと同時に、アルジェリア文化に対するオマージュを示したとのこと。ちなみにパピチャというのは楽しく開放的な女性を意味するアルジェリアの言葉だそうで、映画の冒頭のクラブシーンでもFouaz la Classのヒット曲“Ma drit had el papicha”が流れます。

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映画の始まりは友だちのワシラと大学の寮を抜け出し、雇った白タクに乗り込んでクラブに向かうシーン。車内できらびやかな服に着替えて意気揚々といったところですが、途中で検問に出くわし、慌てて巻いたヒジャブで髪と服を隠して結婚式の帰りだと言い逃れます。運転手の様子から、正規の検問というより武装集団の示威行為のようで、現場の判断で処分が決まりそうな危うい雰囲気が漂います。

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彼女たちがクラブで何をしているかといえば、ネジュマがデザインした服の販売です。原理主義の台頭で女性の装いもイスラム化し、保守的な服しか入手できなくなっているようで、ネジュマたちはクラブに集まる女性たちからオーダーを受けてドレスを仕立てることで、収入を得ると同時に自らの生き方を表明しているのです。

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ネジュマの夢はファッションデザイナーになることで、原理主義者たちが主張する生活様式とは相容れません。アルジェリアに見切りをつける人も珍しくなく、彼女の友人もカナダに逃れようと試みていますが、ネジュマが国を捨てないのは、変化への希望を抱いているから。

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しかしそれを打ち砕く姉リンダの射殺。ジャーナリストである姉と一緒に実家に帰った際、家の門を出たところでリンダを訪ねてきた女性に会い、呼び出して出かけた背後で姉が射殺されます。暗黒の10年の間、GIAの主要ターゲットは外国人やジャーナリストで、彼らに殺された一般人は15万人を超えると言われています。

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祖国への愛が揺らぎますが、彼女が悲しみを乗り越えるために選んだのは、大学構内でファッションショーを開催すること。亡くなった姉が巻いていたハイクを使うことで、アルジェリア本来の美をアピールしつつ、姉の遺志を継いで抵抗しようというのです。

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ハイク(Haik)とは昔からアルジェリアの女性が着用していた大きな布。顔の下半分をレースなどを施した白い三角巾ようなマスク(Ajar)で覆い、全身にウール50%シルク50%の真っ白なハイクを纏ってブローチ(Fibula)で留めるのが伝統的な女性の装いなのです。原理主義者たちが推奨する黒とは一線を画す、この“白”という色が重要で、神聖性とアルジェリアらしさを象徴します。

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原理主義者たちが押しつける価値観は、女性が自らの意思で生きることを否定します。ネジュマの友人サミラは恋人がいるにもかかわらず強制的に結婚させられそうになっています。寮の食堂では性衝動を抑えるためにミルクに臭化カリウムを混ぜて飲ませています。女性が大学で勉強する必要はないと彼女たちのフランス語の授業が妨害されます。大学の至るところに女性の正しい装い(黒のニカブ)を描いたポスターが貼られています。

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その流れに乗じて、男性優位の社会がさらに強化され、セクハラも助長されます。女性の自立に否定的な女性たちが活発化して、自分たちの価値観に従わない女性を暴力で屈服させようとします。冷静にみれば、もともと彼ら彼女らの内面で渦巻いていた邪悪な心や卑屈な思いが顕在化したわけですが、原理主義者たちの主張に寄りかかることで身勝手な行動が正当化されてしまうのです。

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そんな歪んだ社会に打ち克とうとファッションショー開催に突き進むネジュマたちですが、当然、紆余曲折ありますし、その結果も単純に喜べるようなものにはなりません。薄明を感じさせるエンディングになっているとはいえ、アルジェリアの現実の厳しさがにじみ、心に堪えます。マイナーな作品ですが、接点のない世界を知るという意味で観る価値があると思います。

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ちなみに本作、ポランスキー騒動で荒れたこの春のセザール賞で、ムニア・メドゥールが新人監督賞、ネジュマを演じたリナ・クードリ(Lyna Khoudri)が有望若手女優賞に輝いています。また、アルジェリア国内で上映できず、アカデミー賞国際長編映画賞の出品要件を満たさないとされていましたが、政治的圧力ということで特例的にエントリーされたそうです。

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公式サイト
パピチャ 未来へのランウェイ

[仕入れ担当]

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