映画「ホモ・サピエンスの涙(Om det oändliga)」
スウェーデンの奇才ロイ・アンダーソン(Roy Andersson)監督の最新作です。前作「さよなら、人類」が2014年のヴェネツィア映画祭で金獅子賞(最高賞)を受賞したのに続き、本作は去年の同映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)に輝いています。
前作のタイトルに絡めたのか、内容にリンクしていない妙な邦題が付いていますが、原題を直訳すると“永遠について”、“終わりのないことについて”といった意味で、それを踏まえて観ると何となく腑に落ちる気がする作品です。
腑に落ちる気がする、というのは、本作は一定の解釈を求めない作品だから。具体的なストーリーがあるわけではなく、何らかの帰着点が示されるわけではありません。連ねられた断章形式の1コマ1コマをひたすら感じ続ける映画です。
観客は76分間にわたって、固定カメラで撮影された33シーンを傍観し続けることになります。すべて監督が所有するスタジオ内にセットを組んで撮っているそうで、その手間と技術には感心しますが、あたかも舞台劇の名場面集を立て続けに観ているようで、気持ちが引き込まれそうになると場面が変わって突き放されてしまいます。
オープニングのタイトルバックは、シャガールの絵画のような風情で空を舞うカップルの映像。ポスターにも使われているこの場面は中盤で改めて登場し、飛んでいる二人は戦禍に見舞われた街を上空から俯瞰しているのだとわかります。
こういった絵画からの引用も多いようで、終盤のヒトラーが出てくる1幕も、ロシアの3人組漫画家集団ククルイニクスイ(Кукрыниксы)が描いたカートゥーン“The End”の情景を再現したものだそう。イリヤ・レーピン(Илья́ Ефи́мович Ре́пин)の“イワン雷帝とその息子”の庶民派バージョンも登場します。
降りしきる雨の中で娘の靴紐を結び直す男や、考え事をしていて注いでいるワインをグラスから溢れさせてしまうウェイター、田舎の小径で踊り出す娘たちや、丘の上のベンチから9月の街を眺める中年カップルといった、日常的な情景から印象に残った場面を切り出したような映像が特長です。
個人的には、愛について、信仰について、争いについてといった大局的な枠組みの中に、個々人の悲喜こもごもを落とし込んでいる印象を受けました。それらをどう受け止めるかは、観客それぞれの感性や生き方に委ねられるわけですが、共感を持てるかどうかがポイントだと思いますので、いずれにしてもあまり考えすぎない方が良いでしょう。
劇場のどこかから寝息が聞こえてきてもカリカリせず、のんびり構えてロイ・アンダーソンの世界に揺蕩ってみてください。
公式サイト
ホモ・サピエンスの涙
[仕入れ担当]
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