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2022年2月28日 (月)

映画「白い牛のバラッド(Ballad of a White Cow)」

Ghasideyeh gave sefidイランの社会制度を背景にしたサスペンスです。脚本・監督は2015年のデビュー作「Risk of Acid Rain」で注目を集めたベタシュ・サナイハ(Behtash Sanaeeha)と、「閉ざされたカーテン」など多くのイラン映画に出演してきたマリヤム・モガッダム(Maryam Moqadam)の二人で、モガッダムは主演も務めています。

モガッダム監督がインタビューで、タイトルはコーラン第2章の雌牛章(Cow Surah、アル=バカラ)に因むもので、シャリア刑法のキサース(Qessas=同害報復刑)に関係していると語っているとおり、雌牛章178節にあるキサースが物語の軸になります。また白い牛は死を宣告された無実の人のメタファーとのことで、“アッラーは牛を屠るように命じている”という雌牛章の一節と、刑務所の中庭にたたずむ一頭の白い牛の映像で映画が始まります。

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主人公はテヘランで暮らすシングルマザーのミナ。牛乳工場で働きながら耳の聞こえない幼い娘ビタを育てています。ビタが映画に行きたがったりレンタルビデオを観たがったりする場面があり、ビタの名前はイランの国民的歌手グーグーシュ(Googoosh)が主演した1972年の映画「Bitā」からとったと説明していますので、きっとミナも映画好きという設定なのでしょう。

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ミナの夫ババクは一年前に殺人罪で死刑になったのですが、ある日、裁判所から呼び出され、義弟(亡夫の弟)と訪れると、夫は冤罪だったと知らされます。事務官いわく、裁判所から成人男性一人分の補償として2億7000万トマーン(27億イランリヤル)が支払われるとのこと。日本円換算だと700万円強ですが、賃金や物価の水準を考えると7000万円ほどの感覚だと思います。

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自尊心の強いミナは担当判事アミニの謝罪を要求しますが、とりつく島もありません。死んだ人間を生き返らせることはできない、神の思し召しとして受け入れろというのです。何とも酷い話ですが、法の権威というのでしょうか、裁判官が謝罪することは彼らが判決を下す正統性を損なうとでも言うかのようです。

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ミナは亡夫の家族とあまり係わりたくないようで、義父と義弟から同居するようにいわれながら、これまでも拒絶してきたようです。それにもかかわらず、裁判所に行く際に義父の委任状をもった義弟が同行するのは、男性優位社会であるイランだからこそでしょう。

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義弟はミナと結婚したがっているように見えますが、ババクが残した貯金の話題も出ていましたし、もしかすると婚資など金銭的な理由が主なのかも知れません。というのは、ミナに補償が支払われることが判った後、義父はビタの親権をミナから取り上げようとします。補償が支払われるのはまだ先のことですから、それまでにビタの親権が義父に移っていれば、扶養者として受け取る権利が生じるのかも知れません。

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夫を冤罪で処刑され、その家族は厄介で、官僚は役立たず。誰にも頼れないまま女手一つで娘を育てているミナですが、そこにババクの古い友人だという男性、レザが現れます。その昔、あなたの夫ババクに借金をしたので返したいというのです。金額は1000万トマーンほどといい、すぐ銀行で手続きして返済してくれます。映画の序盤、聾唖の子どもの福祉手当を請求に行く場面がありますが、月額20万トマーンと言われていましたので、家賃の支払いにも困っていたミナにとっては結構な金額でしょう。

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亡夫の友人だということもあり、親切にして貰ったお礼に部屋でお茶を振る舞うのですが、それが徒になります。それを見た大家が、親族以外の男性を部屋に招き入れたと激怒し、退去を迫られるのです。あまりにも理不尽ですが、それがイランの現実なのでしょう。その後、転居先を見つけようと不動産屋に行った際も独身女性は難しいといわれ、娘がいると言うと、未亡人や薬物中毒者には貸せないと追い返されてしまいます。

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このように本作ではイランにおける女性の生きづらさを随所で示します。ビタの耳が聞こえないのも、遺伝性ではなく、妊娠中にストレスを抱えたからだと言っていましたが、生活全般で女性の権利がないがしろにされ、シングルマザーが自立して生きていくことは想像以上に厳しそうです。

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映画の観客にはすぐにレザの正体が明かされますので、そこからは、正体を知らずに好意を示すミナと、苦渋に満ちた表情で対応するレザの行く末を見届けるスリリングな展開となります。それを撮影監督のアミン・ジャファリ(Amin Jafari)は、ドアや窓で画面を切り取り、対称的な構図を使った緊張感の高い映像で見せていきます。

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何を書いてもネタバレになってしまいますので省きますが、エンディングは観客に解釈を委ねるかたちになります。おそらく自らもキサース(同害報復刑)の考えでミルクを差し出す葛藤と、それに気付きながら、受け入れるか否かで葛藤する姿のせめぎ合いなのでしょうでしょう。中盤で、犬は不浄だから部屋に入れてはいけないと言っていたように、宗教的伝統を重んじ、職業的にもキサースを正義だと信じてきた人物なのです。

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公式サイト
白い牛のバラッドBallad of a White Cow

[仕入れ担当]

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