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2022年3月14日 (月)

映画「選ばなかったみち(The Roads Not Taken)」

RoadsNotTaken2013年に「ジンジャーの朝」を観たときも同じことを記しましたが、寡作な監督ですね。サリー・ポッター(Sally Potter)監督、その後2017年に「The Party」という作品を撮ったようですが、日本公開は見送られたそうで、実に8年振りの劇場公開作です。

本作のテーマは若年性認知症。その当事者であるメキシコ移民の作家レオをハビエル・バルデム(Javier Bardem)、彼の世話をする娘モリーを「ジンジャーの朝」に続いてエル・ファニング(Elle Fanning)が演じます。

この監督でこのキャステイングというだけでも観る価値ありそうですが、それに加え、レオのメキシコ時代の妻ドロレス役で「ハウス・オブ・グッチ」のサルマ・ハエック(Salma Hayek)、ニューヨークに移ってからの妻リタ役で「私が愛した大統領」「ノクターナル・アニマルズ」のローラ・リニー(Laura Linney)が出ています。

映画の始まりはドアベルの音に続いて電話の着信音。タイトルバックで映像が見えない中、耳障りな音が響き続けます。音が鳴っている部屋で寝ているのが中年男性のレオ。窓のすぐ向こうに鉄道が走る、あまり高級とはいえなそうな住まいです。

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鍵を開けて家政婦のクセニアと走り込んできたのが娘のモリー。なぜ枕元のスイッチでドアの解錠をしないの?なぜ電話に出ないの?と矢継ぎ早に問いかけますが、レオは朦朧としたままです。認知症を煩う彼の頭の中には、やり過ごしてきた過去の記憶がフラッシュバックしているのです。

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その一つが、生まれ故郷のメキシコでドロレスと結婚していた時代。そしてもう一つは、ニューヨークでリタと結婚し、娘のモリーを得た後、執筆のため一人でギリシャに滞在していた一時期。この映画では、いま起こっているニューヨークでの出来事、メキシコの小さな村の思い出、ギリシャの海岸沿いの思い出が入れ子状に描かれていきます。

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逆光を活かした美しい映像が印象的なこの作品、撮影は「ジンジャーの朝」と同じロビー・ライアン(Robbie Ryan)。「わたしは、ダニエル・ブレイク」や「家族を想うとき」などバリー・アクロイド以降のケン・ローチ作品のほか、最近では「マリッジ・ストーリー」「女王陛下のお気に入り」「カモン カモン」など通好みの監督の作品を撮っている人です。

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現代のニューヨークでは、娘のモリーに付き添ってもらって行った歯科医で失禁してしまい、ズボンの着替えもままならず、眼科に移動するために乗ったタクシーのドアを開けて道路に転落してしまいます。頭を打って運び込まれた救急病院では、モリーからの連絡で見舞いに来た元妻リタに哀れまれながら、意識はむかし飼っていた犬ネスターとの思い出の中です。

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その後、病院から出て替えのズボンを買いに行った量販店では、ネスターに似た犬を飼い主から奪いとって警備員に取り押さえられます。そのとき、犬の飼い主から移民差別の侮蔑語を吐かれるあたりは時代性を織り込んだのでしょう。歯科医、救急医、眼科医のいずれからも認知症患者を見下した態度をとられ、その都度モリーが憤るのですが、この部分は若年性認知症の弟を実際に介護したサリー・ポッター監督の実感だと思います。

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何とかレオを理解しようと苦悩するモリー。彼女にも仕事があり、将来に向けた夢もあります。レオに付き添って街を移動する合間に、仕事関係の電話を受けるのですが、相手との約束を守れず期待に応えられない苛立ちが募っていきます。そんなときもレオの意識は異国の空の下を彷徨っているのです。

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メキシコの思い出はおそらく死者の日、子供の魂が戻って来ると伝えられる11月1日の出来事でしょう。妻ドロレスから準備するように促されながら、それをグズグズと拒絶しているレオ。説得を諦めたドロレスが墓に供える花を持って出かけるのですが、ピックアップで走り去る彼女を見たレオは慌てて追いかけます。どうやらこの夫婦は息子を喪ったばかりで、それを悼みに出かけるドロレスと、いまだ息子の死と向き合えないレオのズレが諍いの原因のようです。

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その何年か後にニューヨークへわたり、リタと再婚して娘モリーを得たレオは、執筆のためと言って一人ギリシャへ旅立ちます。友人ミカエルが経営する海辺のタヴェルナで飲んでいると、すぐ近くのテーブルに若いドイツ人女性2人組がやってきます。その1人アンニに娘の面影をみたレオは、彼女に話しかけ、執筆中の小説のエンディングについて意見を求めるのですが、彼が語るストーリーがひとつのポイントになります。

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実はレオ、息子を喪った悲しみを妻と共有できずメキシコを去った挙げ句、ニューヨークで得た家族の元も立ち去ろうとしていたのです。つまり、家族と真っ正面から向き合うことができず、常に逃げてばかりの人生。喪失感を抱えたまま妻と生き続けることもできたでしょうし、小舟をこぎ出すことで家族を捨て去ることもできたでしょうが、そのどちらも選べなかった結果が現在のレオなのです。

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彼の脳内で繰り広げられる過去の風景は、ニューヨークとは対照的に陽光が降り注ぎ、外界の明るさと内面の陰鬱さのギャップが緊張感を高めます。ちなみにどちらの場面もスペインのアルメニアで撮影したそうで、メキシコの荒野は西部劇のロケによく使われるタベルナス砂漠(Desierto de Tabernas)、ギリシャの海岸はイスレタ・デル・モロ(Isleta del Moro)だそうです。

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最後はモリーと向き合おうとするレオと、レオと向き合わない人生を模索するモリーを示し、観客に解釈を委ねるかたちで終わります。ハビエル・バルデムの苦悩に満ちた演技と、エル・ファニングの憐憫の情に満ちた表情のおかげで、深い余韻を与えてくれる映画です。鑑賞後、誰かと話し合いたくなると思います。

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公式サイト
選ばなかったみちThe Roads Not Taken

[仕入れ担当]

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