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2022年4月18日 (月)

映画「英雄の証明(A Hero)」

A Hero 昨年7月のカンヌ映画祭でグランプリを受賞した作品です。監督はイランの名匠アスガー・ファルハディ(Asghar Farhadi)。このブログではこれまで「別離」「ある過去の行方」「セールスマン」「誰もがそれを知っている」と4作ご紹介してきましたが、本作も例に漏れず緻密な心理描写で人の内面を暴いていくサスペンスです。

隅々まで仕掛けを施すこの監督らしく、オープニングは刑務所から一時出所した主人公ラヒムが遺跡修復現場の仮設階段を上っていくシーン。姉の夫であるホセインがここで作業員として働いているのですが、故あって取るものも取り敢えず彼に会いに来たのです。

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息を切らしながら上階に辿り付いたラヒムは、ホセインからお茶を飲もうと誘われ、すぐさま階段を下っていくことになります。このアップ&ダウンが映画全体に係わる伏線になっています。ちなみにこの遺跡はクセルクセス1世などの墓所があるナクシェ・ロスタム(Naqsh-e Rostam)だそうです。

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ラヒムは債務不履行で収監中です。債権者は元妻の義兄であるバーラム。新規事業の立ち上げ資金としてバーラムを保証人にして借りた金が返せず、バーラムが妻の宝飾品を売り、娘の結資用の貯金をはたいて返済したのです。金額は1億5000万トマンと言いますので、日本円に換算すると450万円程度ですが、物価水準を考えると「白い牛のバラッド」でも記したようにその10倍ぐらいの負担感だと思います。バーラムとしては、ラヒムの口車に乗せられて蓄えをほとんどはき出したわけですから、イランの法制度に基づいて彼を訴えたのも当たり前の行動なのでしょう。

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なぜ一時出所したラヒムがホセインのもとに駆けつけたかというと、債務の半分にあたる7500万トマンを返済する目処がたったから。バーラムは全額一括返済を求めているのですが、まずは半金で訴えを取り下げてもらえるようにホセインに口添えして欲しいというわけです。収監されていては働けませんので借金も返せません。ラヒムを出所させた方が双方にとって得だと思いますが、バーラムからの信頼ゼロのラヒムがいくら口約束したところで埒があかないのです。

それだけでなく、問題は7000万トマンの入手先です。実はラヒムにはファルコンデという交際相手がいて、出所したら結婚する予定なのですが、彼女がたまたまバス停で拾ったバッグに多量の金貨が入っていて、それを換金して返済に充てることで結婚も早めようという算段なのです。

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しかしバーラムが半金では受け取らないと頑なに主張していることでラヒムの心が揺れます。拾得物を着服するという罪を犯しながら、刑務所からの釈放という成果を得られないなら、このまま収監されていた方が良心の呵責に苦しまなくて済む分、良いかも知れません。金貨の価値が下がっていて7000万トマンにしかならないことも気持ちを萎えさせます。

結局、ラヒムとファルコンデは金貨を持ち主に返すことにします。街角やバス停に貼り紙をして周知したまでは良かったのですが、連絡先として刑務所の電話番号を記したのがトラブルの元になります。バッグの落とし主が刑務所に電話をかけてきたことから、ラヒムの行いを刑務所全員が知ることになるのです。

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ラヒムはバッグの形状や中身など本人しか知り得ないことを電話で質問して真贋を確かめます。そしてバッグを預けている姉マリに連絡して、落とし主がバッグを受け取りに来たら渡して欲しいと頼みます。マリは、訪ねてきた落とし主の身の上話を聞いただけでバッグを渡してしまうのですが、これもまた後々のトラブルを複雑にしてしまいます。

そのトラブルというのは、借金で収監されている男が拾った金貨を着服せずに返却したという美談と、この話にはウソがあると糾弾する人たちからの横やりという二方向からラヒムへの注目が集まったこと。

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刑務所は矯正施設ですから、受刑者の善行は幹部にとって自らの評価にも繋がります。この美談を広く知らしめたいと思うわけですが、逆の視点からみれば、落とし主の正体がわからないのは怪しい、実は最初から落とし主など存在せず、ラヒムへの同情を狙って仕組んだ茶番なのではないか、ということになります。

最初は稀代の正直者としてスポットライトを浴びたラヒムでしたが、すぐさま世間を欺いた嘘つきと糾弾され、毀誉褒貶を一身に集めることになります。その大きな原動力になるのがネットへの投稿。新聞やTVを通じて広がっていった美談が、そのウソを暴くというたった一つの投稿で崩れ去ります。その投稿の意図や真偽よりも、美談の綻びの方に人々は惹きつけられてしまうのです。

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こういう話の進め方がファルハディ監督の巧いところですね。ラヒムの美談に横やりを入れる意図が、狭量な嫉妬心や幼稚な正義心というあたりもリアルです。単に自分が気に入らないというだけの些末な問題も、SNS等を通じて拡散させると、大勢が共感しているように見えてしまうというネット社会の怖さ。無責任な多数派が根拠の薄い社会正義を創り上げます。

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美談で終わらせたい側も、マスメディアを頼らず、ラヒムの吃音の息子を使って大衆に直接訴求しようとして、まさに泥仕合の様相を帯びてくるわけですが、その時点でラヒムの人格や名誉はどうでもよくなっています。利己的な行動が絡み合って全体最適からどんどん離れていってしまうのです。結局のところ誰も得しなかったという結論に至るのですが、そこまでの精緻な組み立てが見事で先が見えながらも退屈させません。

有名俳優は出演していませんが、バーラムの娘マザニン役でサリナ・ファルハディ(Sarina Farhadi)が出ています。「別離」でも主人公の娘を演じていた監督の実の娘です。

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この作品、監督自身が講師を務めた映画製作スクールの生徒アザデー・マシザデ(Azadeh Masihzadeh)から盗作で訴えられたことでも話題になりました。これもSNS時代のせいか情報が錯綜しているのですが、彼女が撮ったドキュメンタリー作品「All Winners, All Losers」(YouTubeで試聴可能)のアイデアを使ったのにクレジットされなかった(≒報酬が支払われなかった)という訴えは退けられたようです。同時に当該ドキュメンタリーの被写体である受刑者ムハンマド・レザ・ショクリ(Mohammad Reza Shokri)も名誉毀損で訴えていたのですが、それも棄却され、著作権侵害の疑いに関してのみ裁判で争われるようです。

公式サイト
英雄の証明

[仕入れ担当]

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