映画「ワン・セカンド 永遠の24フレーム(一秒钟)」
チャン・イーモウ(张艺谋)というと大掛かりな歴史アクションから「妻への家路」のような人間ドラマまで幅広く手がけている監督ですが、本作は「妻への家路」と同じく文化大革命の時代、下放によって家族との繋がりを断たれた人物を描いていく作品です。
大筋は、西域の労働改造所(劳改农场)に送られた主人公が、ニュース映画に映っているという娘を一目でもみたいと映画を観にいくお話ですが、その下地として、古き良き時代の映画に対する監督のノスタルジックな思いを余すことなく盛り込んでいることが特色。その昔、年に数回しかやってこない映画を心待ちにし、上映時には祭りのように熱狂していた地方の人々の姿を丁寧に映像化しています。
時代は1975年。6年前に造反派(革命を先導した人々)と喧嘩したことで、労働改造所に送られた主人公の男は、映画本編の前に上映されるニュース映画・第22号に娘が映っているいう手紙を受け取ります。危険を顧みず労働改造所を脱走し、広大な砂漠を横切って一分场という小さな集落に到着しますが、時は既に遅く終映後。フィルムは運搬係のバイクに積み込まれていました。
次の上映場所を運搬係に訊こうとしていると、夜陰に紛れて子どもが現れ、フィルムを一缶、バイクのキャリーバッグから盗んで走り去ります。これでは映画が観られないと、追いかけてフィルムを取り返しますが、元の場所に戻ると、運搬係は盗まれたことを知らずに出発した後。フィルムを持った主人公がバイクの行き先である隣の集落、二分场に向かって歩いていると、またもや夜陰に紛れて先ほどの子どもが現れ、フィルムの取り合いになった末、その子が少女であることがわかります。
荒涼とした砂漠の一本道を歩いていく主人公の後を昨晩の少女がずっとついてきます。主人公が、一分场で盗んできた干魚をあげようと放ってやると、少女はそれを拾うついでに動物の骨を拾い、隙をみてその骨で主人公の後頭部を殴ってフィルムを奪い返します。そのような感じで、取ったり取られたりを繰り返し、その過程で主人公や少女の背景が明かされながら、結局は少女がフィルムを持った状態で二分场に到着します。
しかし少女は運悪く麺店で主人公と出くわしてしまい、取り上げられたフィルムは、ちょうど同じ店で食事していたファン電影(范电影)の手に渡ることになります。ファン電影というのはこの集落で唯一の映写技師で、映画館を管理して映画を上映するだけでなく、フィルムの扱いから映画の内容にまで精通し、皆から敬愛されている人物です。
彼が渡されたフィルムを見て、今回上映される作品「英雄儿女(英題はHeroic Sons and Daughters)」の第六巻だと確認したことで一件落着となりそうですが、実はそこから先が監督が映像化したかった部分だと思います。当時の映画を取り巻く状況が克明に描かれていきます。
ちなみに彼らが食べている麺は、ビャンビャン麺と呼ばれるきしめんに似た幅広の手延麺。陝西省の名物だそうで、西安で生まれ育ったチャン・イーモウにとって馴染み深い食べ物です。この麺を見せることで北西部に砂漠が広がる陝西省が舞台であること、ファン電影が店主から賄賂的にラー油(油泼辣子)をサービスしてもらうことで、映写技師に対する尊敬のほどがわかります。
運搬中のトラブルで汚れてしまったフィルムを洗浄する場面や、スクリーンを照らす光の前にニワトリや自転車をかざして影絵のように楽しむ観客たちを見せることで、この時代の映画を取り巻く環境を示すと共に、満席で館内に入れず、スクリーンの裏側から逆版で観賞する人までいることや、何度も観ている作品なので観客全員がテーマ曲の「英雄賛歌」を歌えることなど、当時の人々の映画に対する思いを伝えます。
また映画のフィルムで電球の傘を作るのが流行っていたという社会風俗も垣間見せてくれます。
いろいろあった末、主人公はニュース映画(新闻简报)第22号を観ることができます。彼が労働改造所に送られた1969年に8歳だった娘は、6年経った今は14歳になっているはずです。目を凝らして見つめていると、ニュース映画の一部である「全心全意为人民·河北(≒全力を注いで人民のために・河北編)」に、食糧店(粮店)で穀物の袋を担いで懸命に働く娘の姿を見つけます。
その場面で主人公が、そんなに頑張ることはなかったのに、と呟くのですが、観客はちょっと唐突な感じを受けると思います。実はその前段があり、最終版ではそれがカットされてしまったことで背景が判りにくくなっているそうです。
まず、娘がなぜ大変な仕事に精を出さなくてはいけなかったかというと、犯罪者の娘なので人一倍努力して認められなくてはならなかったから。そして、主人公がなぜ一瞬しか映らない娘の映像にこれほど執着したかというと、その映像が撮られた後に娘が死んでしまったから。おそらく主人公は、自分が罪を犯したことで、娘が犠牲になったと考えているのです。
この映画は2019年のベルリン映画祭で上映される予定でしたが、直前にポスト・プロダクションの段階で問題が生じたとして出品が取り下げられました。その際、当局の検閲が入り、娘が死に至る経緯や理由を説明した部分を削除して編集し直したのではないかと言われています。
おかげでやや不自然な部分がありますが、とはいえ、砂漠や砂嵐の映像といい、70年代の町並みといい、さすがチャン・イーモウという凝った作り込みですし、何より映画愛が溢れていて、細部に見どころの多い映画だと思います。
主人公を演じたのはチャン・イー (张译)。ジャ・ジャンクー監督の「山河ノスタルジア」でやり手のジンシェンを演じていた他、「帰れない二人」にも出ていました。今回は悪質分子(坏分子)呼ばわりされながら、ほのかに人情を感じさせる複雑な役柄を好演していたと思います。
彼とフィルムを奪い合う少女を演じたのは、オーディションで選ばれたというリウ・ハオツン(劉浩存)。チャン・イーモウが見出しただけあって目に力のある女優さんです。そしてファン電影役はベテランのファン・ウェイ(范伟)。おそらく監督の分身なんでしょうね。一人の映写技師というより、映画に熱狂する集落の人々の指導者のようでした。
公式サイト
ワン・セカンド 永遠の24フレーム(一秒钟)
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