映画「ホワイト・ノイズ(White Noise)」
ノア・バームバック(Noah Baumbach)監督の最新作です。前作「マリッジ・ストーリー」に続いてNetflix独占配信ですが、12月9日から一部劇場で公開されるようです。
これまでオリジナル作品を撮ってきたこの監督にとって初めての小説の映画化だそうです。原作はドン・デリーロ(Don DeLillo)の同名小説。終盤を除いて概ね原作通りに展開しますが、陰鬱な雰囲気に包まれた小説とはやや印象が異なる、軽快なブラックコメディに仕上がっています。
その大きな要因は主人公を演じたアダム・ドライバー(Adam Driver)の飄々としたキャラクターでしょう。バームバック監督らしいマシンガントークを連ねる脚本と相まって、息苦しくなりそうな設定をスピード感で覆ったように感じました。
映画の始まりは自動車衝突シーンの文化的意味を説く講義シーン。主人公の同僚教員であるマーレイの授業風景ですが、小説の冒頭にあるバックトゥスクールの場面を後回しにしてこの映像から始めることで、立ち上がりのインパクトを高めると同時に、主人公が奉職するカレッジ・オン・ザ・ヒルの独特さを伝えます。
主人公のジャック・グラドニーは米国中部ブラックスミスにあるこの大学のアメリカ環境学科でヒトラー学を教える教授です。研究対象もいかがわしい感じですが、ヒトラーを研究しながらドイツ語ができないジャック、学会に備えて近所のドイツ人からドイツ語会話のレッスンを受けているあたりも笑わせます。
彼は4番目の妻であるバベットとそれぞれの連れ子4人と暮らしています。そのバベットを演じたのが、監督のパートナーでもあるグレタ・ガーウィグ(Greta Gerwig)。このところ「レディ・バード」「ストーリー・オブ・マイライフ」の監督としての活躍が目立つ彼女ですが、バームバック作品に出演するのは共同脚本かつ主演で、アダム・ドライバーと共演した「フランシス・ハ」以来ではないでしょうか。
それに対してアダム・ドライバーは「ヤング・アダルト・ニューヨーク」や「マリッジ・ストーリー」にも出ていますので、ほぼ常連男優ですね。
さてこの作品、同僚を含めておかしな大学ですし、家庭の在り方も複雑な設定になっていますが、実際に物語を動かしていくのはナイオディンDという化学薬品を積んだ貨物列車の事故で、近郊の大気が汚染され、一家は避難を余儀なくされます。その際、給油のために車外に出たジャックが汚染物質を含んだ雨を浴びたことで不安に苛まれることになります。
そして物語の軸になるのは謎の錠剤。バベットが隠し持っていることを娘のデニスが発見し、ジャックが同僚の研究者に分析を依頼しても正体がわからなかった未承認の薬です。後にダイラーという治験薬だとわかるのですが、その効用は死の恐怖を忘れさせること。バベットは貨物列車の事故が起こる前から、死のイメージに怯え、この薬の治験に参加していたのです。
ざっくり端折って結論を言ってしまえば、この物語のさまざまな要素を繋ぐのは死の恐怖です。ヒトラーや自動車衝突からナイオディンDに至るまでの各々の設定もそうですし、グレー氏との応酬で繰り広げられる言葉によるイメージ喚起とパニック反応もそうですが、このやたら多弁な物語は死の恐怖から逃れるために人はどう行動するかということに集約されていきます。
終盤は原作と異なり、バベットが現れ、彼女と一緒にジャーマンタウンのペンテコステ派の医療施設にたどり着くことになります。なぜバームバック監督は彼女を巻き込むストーリーに変えたか、いろいろ解釈があるかと思いますが、個人的には死の恐怖と対置させて愛を描きたかったのではないかと思いました。
ちなみにこの施設の壁に掛けられた額縁の中でケネディと握手しているのはヨハネ23世で、キューバ危機の収束に尽力した冷戦時の教皇です。
公式サイト
ホワイト・ノイズ
[仕入れ担当]
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