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2022年11月 2日 (水)

映画「バルド、偽りの記録と一握りの真実(Bardo, falsa cronica de unas cuantas verdades)」

Bardo, falsa cronica de unas cuantas verdades アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(Alejandro González Iñárritu)が手がけた作品は、ブログを始めた2008年以降に劇場公開された監督作「ビューティフル」「バードマン」「レヴェナント」と、プロデュース作「ルドandクルシ」「愛する人」すべてご紹介してきましたが、この最新作はNetflixオリジナル映画として製作されたもので、劇場での上映はごく限られたものになります。

私は東京国際映画祭で観たのですが、開映前に行われた監督の舞台挨拶によると、本作はオートフィクションだそうです。つまり実体験をもとにした虚構。主人公は米国に拠点を移して名声を築き上げたメキシコ出身のドキュメンタリー作家で、職業こそ違いますが、故郷に対する思い、母国を離れることを余儀なくされた家族に対する思いなどに監督自身の後ろめたさや懺悔の気持ちが投影されていそうです。

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ちなみにタイトルのBardoはチベット仏教の概念で死と再生の間にある状態(日本でいう中有/中陰)。L.A.に移住したからといって米国人になれたわけではないというアイデンティティの曖昧さ、多くの同胞が密入国してくる現実に対する自らの立ち位置、メキシコ的な死生観などいろいろ哲学的な要素のある作品だと思いますが、監督曰く、考えないで感じて欲しいとのこと。笑える場面が多くあるので、ロジカルなスイッチを切って楽しんでいってくださいと言っていました。

映画の始まりは砂漠の空撮。果てしなく拡がる大地を一直線に進んで行くのですが、地表に映った影から、この風景は鳥のように飛翔している人物の視点からのものだとわかります。この長回しを見ただけでNetflixがふんだんに予算を用意したことがわかる素晴らしい映像です。

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そして新生児の誕生シーンや電車の中でウーパールーパーの入った袋をひっくり返してしまうシーンが続くのですが、ここでは特撮を駆使して、生まれたばかりの赤ちゃんが胎内に戻っていく映像や、袋の水で電車内が水槽状態になる映像を創り上げています。

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後にこの赤ちゃんは生後数日で亡くなった最初の子どもだとわかりますが、Los Angeles Timesの記事によると、イニャリトゥ監督も90年代に同じように子どもを失っていて、公には詳しく語っていないようですが、彼の作品「21グラム」や「バベル」に織り込まれたエピソードに繋がっているとのことです。

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また日本でウーパールーパーと呼ばれているこの魚、スペイン語ではアホロートル(axolotl)と呼ばれるメキシコ原産のサンショウウオだそうで、これに関わるエピソードは映画の終盤で明らかになりますが、この魚が幼形成熟する、つまり大人の姿に変わらない点や、アホロートルの語源に水遊びの意味があることなど実は含みの多いシーンです。

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前置きが長くなりましたが、映画の物語は主人公のシルベリオ・ガマが栄誉ある賞を受けることになり、それを前にメキシコに帰郷するというもの。その昔、一緒に仕事をしていた仲間から離れ、一人で成功を手にしたわけで、彼らに対する思いは微妙です。また現地で開催されたパーティには親類縁者が集うのですが、彼らとの距離感にも微妙なものがあります。

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そこに妻や子どもたちとの意思疎通の難しさ、失った子どもに対する悲しい記憶などが重なり、自己欺瞞と自己憐憫がない交ぜになった過去の記憶がフラッシュバックします。要するにメキシコを捨てたことで失ったもの、忘れていたものが一気に顕在化するわけですが、それとどう折り合いをつけていくかというのがこの映画の主題なのでしょう。

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イニャリトゥ監督いわく長編映画第一作である「アモーレス・ペロス」以来、初めてメキシコで撮影した作品だそうです。アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA ローマ」もそうでしたが、名声を確立した監督が自らのルーツを振り返りたいとき、Netflixと組むと都合が良いのかも知れません。

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主人公のシルベリオを演じたのは「ブランカニエベス」「Zama」のダニエル・ヒメネス・カチョ(Daniel Giménez Cacho)。髭を蓄えていたのは、イニャリトゥ監督の風貌に寄せていたのかも知れません。

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脚本は「ビューティフル」「バードマン」と同じくニコラス・ヒアコボーネ(Nicolás Giacobone)と共作。撮影監督は近年、ウディ・アレン作品の他「愛、アムール」「エヴァの告白」などを手がけてきたダリウス・コンジ(Darius Khondji)。最近イニャリトゥ作品を撮ってきたロドリゴ・プリエトやエマニュエル・ルベツキに負けず劣らずの映像美で魅せてくれます。

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公式サイト
バルド、偽りの記録と一握りの真実Bardo, False Chronicle of a Handful of Truths

[仕入れ担当]

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