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2022年11月28日 (月)

映画「ザリガニの鳴くところ(Where the Crawdads Sing)」

Where the Crawdads Sing ベストセラー小説の映画化作品です。動物学者のディーリア・オーエンズ(Delia Owens)が初めて著したフィクションが全米で大人気になり、女優であると同時に「ゴーン・ガール」や「わたしに会うまでの1600キロ」でプロデューサーを務めてきたリース・ウィザースプーン(Reese Witherspoon)が惚れ込んで、映画化権を買い取ったそうです。同じく原作に感銘を受けたテイラー・スウィフト(Taylor Swift)がオリジナル・ソングを提供していることでも話題になりました。

世界中で翻訳され、日本でも本屋大賞の翻訳部門1位に輝く等よく読まれた本ですので、観客は結末を知っているという前提で創られたのでしょう。裁判シーンによる謎解きで進む割に真相究明の伏線は割愛され、最も力が入っているのはロマンスというメロドラマっぽい作りになっていますが、原作に記されていた要素は概ね取り込まれていると思います。

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監督は長編映画2作目というオリビア・ニューマン(Olivia Newman)。面白いのは、南ルイジアナの湿地を舞台にした映画「ハッシュパピー バスタブ島の少女」の原作と脚本で注目を浴びたルーシー・アリバー(Lucy Alibar)が本作の脚本を手がけていること。ノースカロライナのディズマル湿地と思われる架空の場所で展開する物語ですが、彼女の意向なのか映画はルイジアナで撮影されたそうです。

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ちなみにタイトルにあるザリガニの鳴くところというのは、物語の舞台となる湿地帯のことではなく、人里離れた誰も知らない場所という意味。主人公の母親が、危険なときはザリガニの鳴くところまで逃げなさいと主人公に教えます。もちろんザリガニは鳴きませんので、物音ひとつしない密かな場所を比喩的に言っているわけです。

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小説は導入部で1969年10月30日朝のチェイス・アンドルーズの事件にさらっと触れ、以降は1952年8月に母親が出て行ってからのカイアの成長と、事件の真相を追う刑事たちの行動が入れ替わりに描かれていきますが、映画の物語はカイアが容疑者として捕まってから始まります。その結果、カイアのこれまでの軌跡は弁護士トム・ミルトンとの接見で語られることになり、時系列がシンプルになった反面、小説で重点が置かれていたこの土地の特性や時代性、彼女や家族の背景といったディテイルは省かれています。

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なぜバークリーコーブの住民がカイアを罪人扱いするのか、そもそもクラーク家が人里離れた沼地で暮らし、一家が去った後も彼女がここを離れないのはなぜかといった枝葉の部分が小説の面白さなのですが、映画で描くには時間的にも映像的にも難しいのでしょうね。

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カイアの父親ジェイクはその昔、アシュビルの実家から貴重品をくすねて飛び出し、ニューオリンズに行き着きます。そこで靴工場経営者の娘マリアと出会い、資産家のフリをして口説いて結婚。カネが尽きて義父の工場で働くことになるのですが、ドイツとの戦争が始まり、従軍した彼は迫撃砲で左太ももを負傷して除隊します。おかげで年金が貰えるようになり、義父の下働きをやめ、マリアの家財道具を売り払ってこの湿地に移り住みます。

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カイアの家族は、父親ジェイクはもちろん、お嬢様育ちの母親マリアも絵を描くばかりで働いていません。もともとこの沼地は、反逆した水夫や借金に追われた者などが逃げ込んで暮らしていたところで、その後、脱走してきた奴隷が住み始めます。耕作には向きませんが、陸地にも水中にも生き物は豊富で、それらを獲る労さえ厭わなければ生きていける土地であり、トウモロコシの粉、船のガソリンやエンジンプラグを買う程度ならジェイクの年金で十分なのです。

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脱走した奴隷というのは、もちろん黒人のことです。1950年代の米国南部ですから人種差別は根強く、小説には商店主ジャンピンが投石されるシーンも描かれています。またカイアの住処からは、バークリーコーブの学校よりカラードタウン(黒人居住地区)の学校の方が近いのですが、彼女は白人なのでバークリーコーブまで行かざるを得ません。見方を変えれば、カイアの暮らす地域は、カラードタウンによって白人の村落であるバークリーコーブと隔絶されているのです。

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そんな環境に生まれ育ったカイア。当初は両親のほか兄弟たちと暮らしていましたが、兄弟は年齢順にここから去っていき、すぐ上の兄ジョディも母親が去った直後にここを離れます。理由は父親の暴力。ジェイクは脚が悪い上に生まれながらの怠け者で、酒とポーカー賭博に明け暮れるばかりですが、気位だけは高く、家族を意のままに動かそうとします。思い通りにならなければ殴って従わせるというわけです。

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父も失踪し、ただひとり置いてけぼりにされたカイアは近場で獲れるムール貝を売って暮らし始めます。そこで出会ったのはジョディの友だちだったテイト。学校を初日に逃げ出したカイアは14歳になっても字を読めませんでしたが、彼のおかげで読み書きと数え方を覚えます。これが彼女の人生を大きく変える基盤になり、同時にジャンピン以外の他人に初めて心を開くことになります。

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しかし、テイトはノースカロライナ大学チャペルヒル校で生物学を学ぶため村を離れることになります。カイアはまたもや置いてけぼりです。そんな彼女にバークリーコーブの有力者であるウェスタンオート店主の一人息子、チェイスが近づきます。この村で歴代最高のクォーターバックと称される人気者ですが、そんな彼だからこそ、手の届かない存在であるカイアに触手を伸ばすのです。

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チェイスはカイアとの交際を人々に知られないように用心していました。しかしそれなりにウワサは拡がります。チェイスが別の女性と結婚して二人は別れたのですが、村の人々にとっては、事件の不可解さとカイアの神秘性が自然に重なり合います。そうして彼女が容疑者として裁かれることになり、村人たちの偏見が溢れ出すことになります。

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小説では、それまで何度も引用されていた地元の詩人アマンダ・ハミルトンの詩で真相を解き明かすのですが、映画では言葉による説明はなく、スクラップブックを映すだけです。原作を読んでいない人がそれだけで理解できるのか気になるところですが、真相がどうあれ、判決が下った時点でこの事件は解決したという考えなのかも知れません。大切なのは、彼女に対する偏見が裁判の行方を左右したということで、偏見を抱くことも、それに罪の意識を感じることも、いずれも判断に影響を与えてしまうということでしょう。

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主人公カイアを演じたのはTVドラマで活躍する英国人デイジー・エドガー=ジョーンズ(Daisy Edgar-Jones)、テイトを演じたのはロサンジェルス出身のテイラー・ジョン・スミス(Taylor John Smith)、チェイスを演じたのは「キングスマン:ファースト・エージェント」で戦死するコンラッド役だった英国人ハリス・ディキンソン(Harris Dickinson)です。

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その他、暴力的な父親を演じたギャレット・ディラハント(Garret Dillahunt)は「チョコレートドーナツ」で主人公のパートナー役だった人。母親役は「スティーブ・ジョブズ」の重要人物クリスアン・ブレナンを演じていたアーナ・オライリー(Ahna O'Reilly)、トム・ミルトン役は「ノマドランド」「ナイトメア・アリー」のデヴィッド・ストラザーン(David Strathairn)が演じています。

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公式サイト
ザリガニの鳴くところWhere the Crawdads Sing

[仕入れ担当]

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