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2023年2月 6日 (月)

映画「イニシェリン島の精霊(The Banshees of Inisherin)」

The Banshees of Inisherin 地味な印象の作品ですが、今年のゴールデングローブ賞で3部門に輝き、先ごろ発表されたアカデミー賞ノミネートでも作品賞、監督賞、主演男優賞など8部門(助演男優賞は2人なので9ノミネート)に挙げられている話題作です。監督は「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー(Martin McDonagh)。アイルランドの孤島を舞台に二人の男性の些細な諍いを描いていくこぢんまりとした映画です。

イニシェリン島というのはアイルランド沖に浮かぶ架空の島。ロケ地はアラン諸島のイニシュモア島(Inishmore)とアキル島(Achill)だそうですが、厳しい自然環境を思わせる荒涼とした風景がこの物語にしっくり馴染みます。

つい先日まで毎日パブでお喋りに興じていたパードリックとコルム。ある日、いつものようにコルムの家に立ち寄り、パブに行こうと誘うパードリックをコルムが拒絶します。突然の事態に驚くパードリック。酔った勢いで気に障るようなことを言ってしまったかと悩みますが、そうではないようですし、エイプリルフールのイタズラでもなさそうです。

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フィドル奏者であるコルムは、これからの人生で後生に残る曲を作りたい、パードリックとの他愛ないお喋りで時間を無駄にしたくないと冷徹に言い放ちます。対するパードリックにとって、パブでのお喋りは、それなくしては人生が成り立たないほど大切な時間であり、今まで通り、午後2時になったらパブに出かけ、親しい相手と語り過ごしていたいと思っています。

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客観的にみれば、コルムの言い分は狷介に過ぎるわけですが、そういうコルムを放っておいてあげられないパードリックも困ったものです。どちらもこの島で生まれ育ち、外の世界を知りませんので、多様な価値観を受け入れる訓練ができていないのでしょう。

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パードリックはコルムとの関係を元通りにしようとさまざまな策を講じます。その執拗さがコルムの態度を硬化させ、これ以上、話しかけてきたら自分の指を切り落とすと宣言します。そして実際に指を切り落として、パードリックの家のドアに投げつけていきます。些細なことから始まった諍いが、互いに強情である故に際限なくエスカレートしていってしまうのです。

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時は1923年。アイルランド自由国として独立を果たしたものの、引き続き英国の影響下に留まることになり、それを不満に思う民族主義者たちが始めた内戦が落ち着いてきた頃です。とはいえ、イニシェリン島の対岸からは砲弾の音が聞こえ、噴煙も上がります。島内には戦争の直接的影響が及んでいないようですが、あたりに漂う不穏な空気がパードリックとコルムの衝突に重なってきます。

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パードリックは妹のシボーンと二人暮らし。兄と違って読書好きで理知的な彼女ですが、この島でその才を活かせる仕事もなく、日々、家事に勤しんでいます。港の周辺まで買い物に行き、兄と食べるポリッジを作り、洗濯ものを庭先に干すだけの毎日に飽きないかと思いますが、本心では島から出たいと思いながら、兄の世話をしなくてはいけないという思いに囚われてここに残っているようです。

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周囲の人々はパードリックとコルムの絶縁を気にしつつも、論点がまったくかみ合わない二人をみて傍観するのみです。シボーンも最初は間を取り持とうと試みますが、互いに接点を持たないようにするしかないと思い始めます。

ただ一人、警官ピーダーの息子であるドミニクだけがパードリックに寄り添います。というより、パードリックのそばしか居場所がないといった方が正確かも知れませんが、彼もこの閉鎖的で父権的な社会で息苦しさを味わい、孤独を抱えて生きる一人でしょう。

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邦題にある精霊というのは当地に伝わるバンシー(Banshee)と呼ばれる女の妖精のことで、死を予告するそうです。この映画ではミセス・マコーミックという老女が不吉な気配を漂わせながらその役割を象徴的に担います。寂寥感ただよう景色と対岸の戦争、そして彼女の存在がこの映画の下地として大切な要素です。

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ちなみにコルムが作っている楽曲も"The Banshees of Inisherin"ですが、なぜこの題名にしたか訊かれた本人が、イニシェリン島にバンシーがいないのは知っているがshが重なる響きが好きだから、と言っているように彼女とは関係ありません。

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ということで他愛ない意地の張り合いがどんどん深みにはまっていく物語ですが、その陰鬱な展開にユーモラスな味わいを与えているのは、パードリック役を演じたコリン・ファレル(Colin Farrell)。この監督の常連俳優ですが、まさにはまり役でした。アカデミー賞を獲れるといいですね。コルムを演じたブレンダン・グリーソン(Brendan Gleeson)との丁丁発止が絶妙でした。

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そして、シボーンを演じたケリー・コンドン(Kerry Condon)。登場人物で唯一、島の閉鎖性を問題視し、最終的に見限るわけですが、脇役のように見えて、その実、視野狭窄に陥っている島民たちの姿を際立たせるという意味で非常に重要な役だと思います。

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実力を増してきたドミニク役のバリー・コーガン(Barry Keoghan)の他、その父ピーダー役でゲイリー・ライドン(Gary Lydon)、ミセス・マコーミック役でシーラ・フリットン(Sheila Flitton)などベテランが出演していますが、ロバのジェニー、コルムの飼い犬など動物たちも大切な役割を担います。

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公式サイト
イニシェリン島の精霊The Banshees of Inisherin

[仕入れ担当]

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