映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(Everything Everywhere All at Once)」
前評判どおりアカデミー賞を席巻しましたね。主演女優賞と監督賞はイケそうな気がしましたが、作品賞、助演男優賞、助演女優賞、脚本賞、編集賞まで総なめにしてしまうとは恐れ入りました。
個人的にはそこまでの作品だとは思いませんでしたが、ハリウッド映画では珍しいアジア系キャストで固めた作品が注目されるのは良いことでしょう。特に主人公エヴリン・ワンを演じたミシェル・ヨー(Michelle Yeoh)は「クレイジー・リッチ!」で久しぶりに見かけてから気になっていたので他人事ながら喜んでいます。
さてこの映画、監督を務めたダニエルズというのはダニエル・クワン(Daniel Kwan)とダニエル・シャイナート(Daniel Scheinert)の二人組のチームで、長編劇映画1作目の「スイス・アーミー・マン」で注目を集めました。鑑賞時のブログに書いたように、どう考えてもB級映画なのにダニエル・ラドクリフとポール・ダノの共演という豪華なキャスティングが目を惹く、不思議な魅力をもった映画です。
その後、ダニエル・シャイナートが単独で「ディック・ロングはなぜ死んだのか?」という、これまたB級っぽい映画を作って日本公開されました。タイトルからしてお下劣ですし、内容的にも馬鹿馬鹿しい話ですが、前作同様きちんと作り込まれていて、映像の美しさが印象に残る不思議な作品でした。
そういった彼らがカンフー映画の大女優を巻き込み、インディ−ズ映画の雄であるA24の協力を得て作り上げたのが本作。プローデューサーは上記2作を手がけたジョナサン・ワン(Jonathan Wang)で、エンドクレジットでは彼の亡父アレキサンダー・ワン(Alexander Wang)に謝辞が捧げられています。
物語は説明しにくいのですが、平凡な暮らしをしている中年女性が、別の次元ではカンフーの達人で、世界を滅ぼす存在であるジョブ・トゥパキを倒すというもの。要するに今いる宇宙とは別の宇宙が存在していて(マルチバース)、それらを行き来しながら展開するお話です。
エヴリン・ワンは20年前に駆け落ちして米国に移住した中華系女性。夫ウェイモンドとコインランドリーを営んでいて、娘が一人いますが、税務調査でカラオケ機器の経費計上を否認され、老父ゴンゴンが旧正月を祝うために訪れるというのに娘のジョイは言うことを聞かず、そのうえ夫は離婚届を準備中という八方ふさがりです。
大学を中退し、タトゥーを入れたぽっちゃり体型のジョイは、恋人のベッキーが女性という、アジア系移民の親が一般的に望むような娘ではありません。つまりエヴリンは、アメリカンドリームを夢見て頑張ってきたのに今ひとつ報われず、自分の人生は何だったのかと悩む、中年を過ぎた移民によくある姿を体現しているわけです。
税務調査の担当官ディアドラと面会するため歳入庁へ赴くと、ウェイモンドの身体は、アルファバースのウェイモンドのバージョンであるアルファ・ウェイモンドに入れ替わります。腹にウエストポーチを巻いた冴えない中年男性だった彼が、突如として凜々しい男性に変わるのです。
彼はエヴリンに多くのパラレルワールドが存在することを説明し、全宇宙にカオスをもたらす巨悪がいる、それを倒せるのは君だけだ、と言います。アルファ・エヴリンはカンフーの達人で、その力をもって巨悪に立ち向かうわけですが、宿敵であるジョブ・トゥパキは娘ジョイのアルファバース版です。
戦いの舞台は歳入庁のビル内ですのでディアドラも出てきますし、アルファ・ゴンゴンまで登場するあたり、エヴリンが抱える問題意識すべてが顕在化した感じです。
他のバースに移動するバースジャンプは、異常な行動をとることで可能になります。この仕組みのせいで「ディック・ロング・・・」と相通じる下品な展開があったりするわけですが、いずれにしてもエヴリンは全宇宙を救うため、京劇俳優になったりスター女優になったりしながら闘っていくことになります。
ここまで読んでもチンプンカンプンかも知れませんが、登場人物であるエヴリンも事情が摑めないままバースジャンプし、さまざまな局面を乗り切っていきますので、理解できなくても深く考えることはありません。第一章の万事万物(Everything)、第二章の任何地方(Everywhere)、第三章の一瞬之间(All at Once)と続いていく長尺の物語をそのまま受け入れればOK。ちなみに副題の「天馬行空」は天馬が大空を駆け巡るように自由なことで、作る側も観る側も自由な映画なのです。
結論はといえば、家族愛ですね。ここまで無茶苦茶な話で引っ張っておきながら、何を今さら!と思うでしょうが、結局、落ち着くところは、食生活が偏っていてもタトゥーがあってもレズビアンでもジョイのことを大切に思っているということ。夫ウェイモンドと出会った頃を思いだし、気持ちを新たにして修正申告することでエヴリンは家族を救うわけです。
あまり有名な俳優は出ていませんが、ディアドラ役は「ナイブズ・アウト」に出ていたジェイミー・リー・カーティス(Jamie Lee Curtis)です。アカデミー賞ではジョイ役のステファニー・スー(Stephanie Hsu)と共に助演女優賞にノミネートされていましたが、ジェイミー・リー・カーティスが受賞しました。そして助演男優賞を獲ったのは、ウェイモンド役のキー・ホイ・クァン(Ke Huy Quan)。子役時代に「インディ・ジョーンズ」や「グーニーズ」で活躍した人だそうです。
公式サイト
エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(Everything Everywhere All at Once)
[仕入れ担当]
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