映画「コンペティション(Competencia oficial)」
ペネロペ・クルス(Penélope Cruz)とアントニオ・バンデラス(Antonio Banderas)が共演すると聞けば、スペイン映画好きならとりあえず観ておこうと思うのではないでしょうか。この二人は3年前のアルモドバル監督「ペイン・アンド・グローリー」にも出演していましたが、主人公を演じたバンデラスが少年時代を回顧する場面で母親役を演じていたのがペネロペ・クルスでしたし、その前の「アイム・ソー・エキサイテッド!」は冒頭で軽く挨拶するだけのカメオ出演でしたので、彼らが向き合って演技しているという点で珍しい作品だと思います。
監督は「ル・コルビュジエの家」のガストン・ドゥプラット(Gastón Duprat)とマリアノ・コーン(Mariano Cohn)で、続いて日本公開された「笑う故郷」に主演したオスカル・マルティネス(Oscar Martínez)が本作でも重要な役を務めています。「人生スイッチ」の第5話「愚息」にも出ていましたが、アルゼンチンを代表するベテラン俳優だそうです。
映画の内容はといえば、80歳の誕生日を迎えた製薬会社の会長が世間から讃えられるような遺産を残したいと思いたち、映画製作に資金提供するというもの。ノーベル賞作家ダニエル・マントヴァーニ(「笑う故郷」の主人公だそうです)の小説の映画化権を買い取り、評価は高いが変わり者として有名なローラ・クエバスを監督に擁して映画化しようという企画です。
このローラをペネロペ・クルスが演じているのですが、彼女が指名した俳優がバンデラス演じるフェリックスと、マルティネス演じるイバンの二人。フェリックスは派手好きなハリウッド俳優で、イバンは舞台中心に仕事をしてきた地味なベテラン俳優というあたりが、演じている俳優のバックグラウンドとリンクします。
ローラは二人を呼んで本読みを始めるのですが、早速、直感的に演じようとするフェリックスとメソッド演技を重視するイバンが対立します。しかし、それにも輪をかけて奇矯なのがローラの演出法。同じ台詞を何度も言わせる程度ならよくある話なのでしょうが、作中人物の緊迫感を体感させるために、クレーンで巨岩を吊り下げた下で演技させたりします。
とりわけ酷いのは、これまで受賞した際に贈られたトロフィーを持参するように言いつけ、縛りつけられた状態の二人が工業用シュレッダーでそれらが粉砕される様子を見届けるというもの。フェリックスが持ってきた映画祭のトロフィーも、イバンが持ってきた障碍児の手作りトロフィーもすべて粉々にされてしまうのです。
ある日、リハーサルの途中でフェリックスが、自分は膵臓癌で緩和ケアを受けていると告白します。これが最後の作品になるだろうから全身全霊をささげて傑作にしたいと言うのです。ローラとイバンは同情して少し落ち込むのですが、実はそれはウソで、迫真の演技を見せただけだと種明かしします。対するイバンは、フェリックスの演技を絶賛し、最初から自分よりも偉大な俳優だと思っていたと告げてフェリックスを感動させた後、これもまた演技して見せただけだと告げて仕返しします。
このような感じでずっとリハーサルが続くのですが、細かい仕掛けがいろいろ盛り込まれていますので退屈することはないと思います。たとえばフェリックスはグルテンフリーのビーガンフードを契約条件に入れるなどデフォルメされたセレブなのに対し、イバンはエコノミークラスにしか乗らないという反ブルジョワのうえ妻が児童福祉に強い関心を持つ作家という意識高い系インテリで、業界にいそうなタイプの両極端です。ちょっとエキセントリックなところがある同性愛者のローラがやたらソファの色にこだわるのは、きっとアルモドバルの女性版のイメージなのでしょう。
ロケ現場はマドリード郊外のサン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアルにある文化施設(Teatro Auditorio de San Lorenzo de El Escorial)で、ピカード・デ・ブラス(Picado-De Blas)という建築ユニットが手がけた建物だそうです。ほとんどの場面がこの建物内で撮られていますので舞台劇にできそうですね。ちなみに撮影は「静かなる復讐」のアルナウ・バイス・コロメル(Arnau Valls Colomer)です。
いずれにしても、違ったタイプの俳優二人が演技力を競い合う物語であると同時に、それを演じている俳優の腕比べにもなっているわけで、ペネロペ・クルスを含めた3人の演技を観に行く映画だと思います。個人的には終盤のバンデラスの演技を観て、彼がアルモドバルに重用されている理由がわかったような気がしました。うまい俳優です。
エンディングは何と!ペネロペ・クルスのアップです。映画館の大スクリーン一杯に彼女の顔が映し出されるのですが、それに耐えられる美貌を保っているのは凄いですね。もしかするとこの二人組の監督、ペネロペの顔が撮りたくて本作を企画したのかも知れません。
公式サイト
コンペティション(Official Competition)
[仕入れ担当]
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