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2023年4月24日 (月)

映画「聖地には蜘蛛が巣を張る(Holy Spider)」

Holy Spider

4年前に観た「ボーダー 二つの世界」は奇っ怪な外見をもつ北欧の妖精トロールを題材にした不思議なスウェーデン映画でしたが、そのアリ・アッバシ(Ali Abbasi)監督の最新作は、故郷イランで実際にあった事件を下敷きにしたサスペンスです。

前作のつかみどころのない作りとは大きく異なり、物語は一直線に展開します。サスペンスといっても謎解きは重要ではなく、犯人は最初から姿を見せますし、結果も容易に想像できます。起こったことをシンプルに並べてみせ、事件の背景に思いを至らせるタイプの映画です。

その事件というのは、聖地マシュハドで2000年8月から2001年7月の間に発生した連続殺人。被害者となった16人の女性はすべて街娼で、バイクに乗った男に拾われた後、ヒジャブで絞殺されて捨てられていました。被害者の一人が殺される直前に逃げ、警察に通報して犯人は逮捕されるのですが、裁判の際、犯行動機は街の浄化だと語ったことで事件が政治性を帯びます。

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売春はもちろん違法ですが、被害者の多くはアフガニスタンから入ってくるアヘンの常用者でもあり、さまざまな点で宗教的に許されざる存在です。とはいえ、女性の権利が弱いイスラム圏でシングルマザーが生計を維持するのは難しく、違法な手段に頼らざるを得ない女性がいるのも、精神的に追い詰められて薬物に依存してしまうのも同根の社会問題であり、一概に非難できるものではありません。

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日本でも他の国でも同じように、巡礼者が多く訪れる宗教都市はどこも性風俗と密接です。大きな寺院の周りにはさまざまな宿泊施設があり、裏通りには歓楽街が広がるものですが、飲酒が禁じられているイスラム圏ではディスコ程度しか許可されませんので、街娼が主流になってしまうのでしょう。Holy Spiderと呼ばれた連続殺人犯にとって、誰からも庇護されていない彼女たちを捕らえるのは容易です。

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映画はマシュハドのバスターミナルからスタート。主人公であるジャーナリストのラヒミが、連続殺人事件の取材のためテヘランから到着し、早速、ホテルにチェックインしようとしますが、事前に予約しているにもかかわらず満室だと断られます。

フロントのスタッフはネットのトラブルだと言うのですが、本当の理由は、彼女が独身で一人で宿泊するから。要するに客をとるのではないかと疑われているのです。結局、身分証でジャーナリストであることを示して宿泊できるようになるのですが、その手続きの際にヒジャブで髪を完全に隠すように言われます。道徳警察(ガシュテ・エルシャド)の摘発を恐れているのです。

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それほど宗教的な引き締めが強いのに、連続殺人が起こるほど街娼がたくさんいるのは矛盾していますが、おそらく政府も街の人もその現実を知りながら、彼女たちの背景もわかりますので、見て見ぬ振りをしているのでしょう。裏では賄賂的なことも行われているでしょうが、表面的な部分だけ取り繕っておこうという姿勢がよくわかります。

そういった土地柄ですから、ラヒミも取材時には黒のチャードル風の装いに変えます。もちろん警察の担当者も宗教関係者も男性ばかりで、会話や行動の端々にミソジニーが滲みます。取材の協力者である、地元新聞社のシャリフィだけが唯一、まともな男性です。

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犯人のサイードはマシュハドに住む平凡な建設労働者で妻と3人の子どもを養っています。イラン・イラク戦争に従軍したときの仲間たちとも繋がりがあるようです。地元には12イマーム派の第8代イマーム、アリー・アッ=リダーを祀る聖廟(Imam Reza Holy Shrine)があり、それ故に聖地なのですが、彼はイマーム・レザー(リダーのペルシャ語読み)の思し召しで街娼を殺して街を浄化していると信じています。

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映画の中では、イラン・イラク戦争で殉教できなかったことを悔やみ続けていると語りますが、おそらく戦争のPTSDもあったでしょうし、貧しさから抜け出せない劣等感もあったでしょう。そういった現世の悩みを覆い尽くしてくれたのが、街を浄化しているという正義感。あげくの果てに新聞社のシャリフィに犯行声明の電話までする自己顕示欲を示しますが、正義に酔って愚行をはたらく人という意味ではありきたりです。

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実際は街娼の一人がたまたま逃げられたわけですが、映画ではラヒミが囮になって犯人を罠に掛けることなります。そこから一時的にサスペンス風の展開を見せますが、やはりポイントはサイードが逮捕されてからの部分、たとえば弱気な擁護を強固な主張に変えていく妻ファテメの姿や、父を偶像化していく息子アリを描いたところでしょう。現代イランを支えるソーシャルノームが一体どこから来ているのか、監督が見せたかったのはここだと思います。

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本作でラヒミを演じたザーラ・アミール・エブラヒミ(Zar Amir-Ebrahimi)はカンヌ映画祭で女優賞を獲得しましたが、イラン国内では上映禁止となり、一般の観客が表だってみることはできません。彼女は元々、制作側の立場でキャスティングを担当していたそうですが、予定していた女優がヒジャブなしの場面を拒んだことから代わりに演じることになったとのこと。いろいろ難しいですね。

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もちろんこういった映画の撮影はイラン国内ではできませんから、当初はトルコを想定していたようですが、許可がおりず、最終的にヨルダンで撮ったそうです。多くの映画監督を輩出しているイランですが、こういった弾圧で失われている才能も少なくないでしょう。マシュハドは行ってみたいところのひとつですが、しばらくは適いそうもありません。

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出演者は初めてみる俳優ばかりですが、妻ファテメ役はフォルザン・ジャムシドネジャド(Forouzan Jamshidnejad)、サイード役はメフディ・バジェスタニ(Mehdi Bajestani)、記者シャリフィ役はアラシュ・アシュティアニ(Arash Ashtiani)だそうです。

公式サイト
聖地には蜘蛛が巣を張る

[仕入れ担当]

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