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2023年5月 8日 (月)

映画「午前4時にパリの夜は明ける(Les passagers de la nuit)」

Les passagers de la nuit シャルロット・ゲンズブール(Charlotte Gainsbourg)主演の映画です。

日本で紹介される際の代表作が、いまだに「なまいきシャルロット」と「アンチクライスト」なのは可愛そうな気もしますが、その理由が彼女に合う作品に出会えていないからだとしたら、本作の主人公の脆さは彼女のたたずまいにぴったりで、まさに適役だったと思います。

80年代の映画を再現したかったというミカエル・アース(Mikhaël Hers)監督。フィルムのような質感の映像と、エリック・ロメール「満月の夜」やジャック・リヴェット「北の橋」の引用で、あの時代の映画にオーマージュを捧げています。フランス映画らしい、物語よりも雰囲気を重視した作品です。

舞台となるのは1980年代前半のパリ。主に15区や16区といった西側のエリアで物語が繰り広げられます。

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幕開けはフランソワ・ミッテランの大統領当選を祝う市民たちを捉えた1981年5月の映像。20年以上続いた保守政権から左派政権に変わることで、インフレや失業といった問題が解消されると期待されていた時代です。結局、社会主義的な政策はうまくいかず、次の総選挙で社会党が大敗を喫することになるのですが、この時点では変革こそ希望でした。

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街の歓喜とは反対に、シャルロット・ゲンズブール演じる主人公のエリザベートは、出ていった夫がサンラザールで他の女性と暮らし始め、精神的に打ちのめされています。今まで働いたことがなかったのに、二人の子どもを養うため、職を得て稼がなくてはならないのです。

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引退した父は支援すると言ってくれますが、老後の蓄えを切り崩させるのは気が引けます。娘のジュディットは政治活動に傾倒し、高校生の息子マチアスは詩人になることを夢みていて、どちらも経済的に自立するまでに時間がかかりそうです。とはいえ、初めて勤めた職場では初日から失敗して採用されず、前途多難です。

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同じころ一人の若い女性、タルラが地下鉄の路線図を指でなぞっています。どこへ向かうボタンを押したのか、東駅あたりを経由するランプが点灯します。

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眠れない夜を過ごすエリザベートにとって、深夜のラジオ番組"Les passagers de la nuit(夜の乗客)"が数少ない心の慰めです。聴取者をラジオ局に招き、番組司会者のヴァンダ・ドルヴァルがその人の人生について訊くコーナーが人気。番組宛にエリザベートが送った手紙にたまたまヴァンダが興味を持ち、彼女は幸運にも番組アシスタントの職を得ます。

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ある晩、エリザベートが電話で対応したタルラが番組に招かれます。ブルターニュのサン・マロ近郊から出てきたこと、18歳であること、家族のことには触れられたくないこと、パリに出てきてからはホテルに泊まったり野宿したり街を彷徨っていることなどが語られます。

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番組終了後、スタッフと喋っていて、エリザベートが試用期間にパスしたらしいことがわかります。安堵しながらラジオ・フランスの建物から出てくると、ベンチにタルラが座っています。あと10分ほどでカフェが開くのでここで待っていると言います。

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エリザベートは、こんなところで夜を過ごしてはダメ、うちに部屋があるからそこで休むと良い、と言って彼女を連れ帰り、それからしばらくの間、家族の一員のように共に過ごすことになります。

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そして、タルラとの出会いによってエリザベートと彼女の子どもたち、特にマチアスが影響を受け、それぞれが変化し、成長していく姿が1984年3月まで描かれます。

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特にドラマティックな展開があるわけではありません。小さな事件はいくつも起こりますし、そのたびに喜んだり悲しんだりしますが、いずれも一時的なもので、そのまま置き去りにされてしまいます。他愛ない会話と情緒的な映像が呼応し、心の底に何かを残していくタイプの映画です。

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この作品の良い点は、なにより全体を覆う優しさでしょう。まずシャルロット・ゲンズブールのはかなさ。何ごとにも自信がなく、ときには泣きだしてしまいながら、それでも懸命に生きていく姿が観る側の気持ちを優しくさせます。また悪意ある人物が出てこないことや、夜明けのパリの映像が繰り返し映し出されることも、作品全体に柔らかな印象を与えています。

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ファッションはもちろん80年代です。エリザベートのクロゼットの服はどれも肩パッド入りで、今風にいえばビッグショルダーのシルエット。ヴァンダのマニッシュなスタイルも、タルラのパンク風のメイクもそうですし、マチアスのデスク上のラジオなど小道具も時代性を彷彿させるものばかりです。

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タルラを演じたのは「シンク・オア・スイム」でジャン=ユーグ・アングラードの娘役だったノエ・アビタ(Noée Abita)。強い視線と表情の変化が魅力の若手女優です。

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エリザベートの娘ジュディット役のメーガン・ノーサム(Megan Northam)と息子マチアス役のキト・レイヨン=リシュテル(Quito Rayon Richter)はどちらも新人ですが、ヴァンダ役でこのところご無沙汰だったエマニュエル・ベアール(Emmanuelle Béart)が出ています。

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公式サイト
午前4時にパリの夜は明けるLes passagers de la nuit

[仕入れ担当]

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