ラテンビート映画祭「犯罪者たち(Los Delincuentes)」
今年のカンヌ映画祭ある視点に出品され、来年のアカデミー賞国際長編映画賞のアルゼンチン代表に選ばれている作品です。監督のロドリゴ・モレノ(Rodrigo Moreno)は本国では高く評価されているそうですが、日本では過去にラテンビート映画祭で1作上映されただけですので、ほぼ無名と言って良いでしょう。
内容はタイトル通り、犯罪ものですが、緊迫感よりも寓話的な要素が強い作品です。物語の発端となる犯罪とその後の展開については、突っ込みどころ満載でまったく現実的ではありません。いくらアルゼンチンだからといって、あまりにも緩すぎますが、実はその緩さがキモで、冗長ともいえるまったりした感覚が館内を覆ったまま3時間超の映像表現が続いていくことになります。
映画の始まりはブエノスアイレスの街の風景から。主人公の一人であるモランが自宅で目覚め、人々が行き交う街を抜けて勤め先である銀行にいつも通り出勤していきます。その姿を追うカメラが、建物のドーム型の屋根を次々と映していきますが、後々、もう一つの舞台となるアルパ・コラル(Alpa Corral)の岩山の頂が映ったとき、この冒頭の風景を思い出すことになります。
出勤したモランは、おそらく彼のルーティンワークなのだと思いますが、同僚のイスナルディと二人組になって、いくつもの施錠された扉を抜けて金庫に現金をとりに行きます。それぞれ預けられている鍵が異なり、この扉はモラン、次の扉はイスナルディといった具合に開けていく方式で、単独では金庫室まで到達できないようにしているようです。退勤前にはこの逆順で現金が金庫に入金されます。
ある日、同僚のロマンが首のギプスを外しに病院へ行くので早退すると言って、窓口業務をイスナルディに代わってもらいます。持ち場から離れられなくなったイスナルディは、入金は一人で行ってくれと鍵を渡し、モランが一人で金庫室に行くことになるのですが、それを好機とみたモランは米ドルで65万ドルといくらかのペソを自分のバッグに入れて持ち出します。
この65万ドルというのは定年退職まで働いたときに得られる給与総額の二倍。彼の考えは、この盗んだ金を信用できる誰かに預け、自分が服役して戻ってきたときに山分けすれば、自分も預けた相手も一生働かないで暮らせるというものです。そして彼が選んだのは早退したロマン。その晩、チャカリータ(Chacarita)地区のピッツェリア、エル・インペリオ(El Imperio)に呼び出して経緯を話し、カネを預かるように強要します。もし断れば、共犯だと自白してやるという脅しです。
カネの入ったボストンバッグを持ち帰ったロマンは取りあえずアパートの天袋に隠します。彼には同棲している音楽教師がいて、彼女から疑われないようにしなくてはならないのです。翌日も何食わぬ顔で銀行に出勤しますが、案の定、オルテガという女性の会計士が派遣されてきて内部調査を始めます。もちろん、盗難があった当日に早退したロマンは厳しく問い詰められます。
一方、カネを託したモランは家財そのまま自宅の鍵を捨て、ペソの札束をバックパックに詰めて街から立ち去ります。向かった先はリオ・クアルト(Río Cuarto)近郊のアルパ・コラル。丘に上って歩き回り、いっとき村の子どもたちとサッカーに興じた後、警察に出向いて自首します。
刑務所の掟は一般社会と違います。電話も順番で使わなくてはなりません。相手が出なくて何度もかけ直したモランは、獄中の顔役である通称ガリンシャから睨まれ、出所まで無事に過ごしたければ自分の口座に3万ドル振り込めと強請られます。
ロマンはロマンで、社内では上司のデルトロと会計士のオルテガから疑惑を追求され、自宅ではガールフレンドとの関係がギクシャクし、カネを隠しておくことに疲れてしまいます。
この一件から降りてしまおうと刑務所のモランに面会しに行くのですが、逆にモランから、ここに来たら怪しまれるだろう、オマエも刑務所入りだと脅された上、3万ドルの振り込みを頼まれます。そしてアルパ・コラルに行き、川を越えた頂の岩の下にボストンバッグのカネを隠すように指示されます。
ロマンは銀行を病欠し、一昼夜かけてアルパ・コラルの丘に到達するのですが、この映画、ここで第一話が終わって途切れてしまいます。フィルム映画時代は長い映画になるとフィルム交換を兼ねた休憩時間がありましたが、おそらくその雰囲気を取り入れたのでしょう。続く第二話は、3年半が過ぎ、モランが出所した後の物語になるのかと思いきや、まったく時間が経過しないまま頂に立つロマンの場面から始まります。
丘から下る途中、川辺で遊んでいる3人組と出会い、昼食に誘われます。バスに乗らなくてはいけないので時間がないと断ると、バスが出るのは夜だし、村までバイクで送るからと引き留められ、食事をしたり、川遊びをしたり、一緒に時間を過ごすうちに互いに親しくなります。
彼らは映像作家のラモンと、モルナとノルマの姉妹。その後、ロマンはバス停までバイクで送ってくれた妹のノルマと恋に落ちて、話があらぬ方向に展開していくのですが、それはさておき、この映画、主な登場人物の名前が男性はモラン、ロマン、ラモン、女性はモルナとノルマといった具合にアナグラムのようになっています。また銀行の上司デルトロ、獄中の顔役ガリンシャというパワハラ系イヤなやつ2役を同じヘルマン・デ・シルバ(Germán De Silva)が演じるなど、作り手側の遊びのような仕掛けがあり、冒頭で記した“緩さ”と並ぶ特徴になっています。
映画の見どころといえば、おそらくアルパ・コラルの自然でしょう。映像作家ラモンは、庭造りの文化比較を語りながら当地の情景をカメラに収めますが、ブエノスアイレスの雑踏と対比して見せることで、モランが勤め人の窮屈さから逃れて当地に赴いた心情を伝えます。後半、モランが自分はサルタ出身だという場面がありますが、アルパ・コラルがあるコルドバ州はブエノスアイレス州とサルタ州のほぼ中間に位置しますので、故郷に向かうつもりだったモランが何らかの理由で当地に留まったという設定なのかも知れません。
主な出演者は、モラン役がダニエル・エリアス(Daniel Elías)、ロマン役がエステバン・ビリャルディ(Esteban Bigliardi)、ラモン役がハビエル・ソロ・サットン(Javier Zoro Sutton)、モルナ役がセシリア・ライネロ(Cecilia Rainero)、ノルマ役がマルガリータ・モルフィノ(Margarita Molfino)、会計士オルテガ役はローラ・パレデス(Laura Paredes)。イヤなやつ2役を演じたヘルマン・デ・シルバは「サマ」にも出ていましたが、冗長でまったりした雰囲気がちょっと似ています。またフィルム映画のような古くささを醸す演出とリアリティを追求しない姿勢は「バクラウ」を思い出させました。
東京国際映画祭公式サイト
犯罪者たち
[仕入れ担当]
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