映画「ファースト・カウ(First Cow)」
米国インディーズ映画界で高く評価されているというケリー・ライカート(Kelly Reichardt)監督。本作が長編7作目だそうですが、日本で一般に劇場公開された作品はこれが初めてではないでしょうか。前評判が高かったので観に行ってみました。
とても静かな作品です。物語の舞台は19世紀のオレゴン州。主人公の一人は毛皮猟師のグループと旅してきたシェフの通称クッキー。もう一人の主人公は、ある晩、クッキーが出会った中国系のキング・ルー。クッキーは、ロシア人に追われているというキング・ルーをテントに匿って逃げる手助けをしてあげます。
ある集落のバーで、喧嘩を始めた人の子どもを預かっていたクッキーにキング・ルーが気付き、二人は再会します。キング・ルーは自分が暮らしている小屋に招待して、土地を買って農業を始める準備をしていると語ります。対するクッキーはサンフランシスコでパン屋を始めたいと夢を語ります。
同じ頃、集落に初めて乳牛がやってきます。その価値の高さからソフトゴールドと呼ばれていたビーバーの毛皮で稼ぎ、当地に拠点を築いた英国人の仲買商が紅茶に入れるミルクが欲しいと英国から輸入した乳牛です。
それを知ったクッキーとキング・ルーは菓子作りを思いつきます。夜中に仲買商の敷地に忍び込み、密かに乳搾りをしてミルクを盗み、そのミルクを使って作った菓子を売るのです。
クッキーの菓子はすぐに評判になります。一頭の乳牛に依存する商売ですので拡大するのはリスクですが、キング・ルーは“この集落に乳牛が一頭しかいないから良い商売ができる、乳牛が増えれば儲からなくなる”というマーケティング視点で今のうちに稼ぐべきだと主張します。
そんなわけでミルクを盗んで菓子を売る日々が続きます。もちろん材料にミルクを使っていることは極秘で、誰かに訊ねられるとキング・ルーは“中国の秘密”と煙に巻きます。
菓子の人気は仲買商の耳にも入り、試食して気に入った彼は、近々、旧知の隊長が訪ねてくるので、そのときクラフティを焼いて届けて欲しいと彼らに依頼します。元をただせば仲買商の乳牛から盗んだミルクですから非常に危険な取引です。
しかし拒絶しても、それはそれで疑惑を招きそうですので、クッキーは仲買商のブルーベリーを使ってクラフティを作ることに同意します。
仲買商にクラフティを届けたところまでは良かったのですが、彼の案内で一同が乳牛を見にいったとき、乳牛が妙にクッキーに懐いていることが微かな不信感を与えたようです。
クッキーはそろそろ潮時ではないかと言いますが、キング・ルーはもう少し稼いでからここを離れようと主張します。
翌晩も仲買商の敷地に忍び込み、例によってキング・ルーが樹上で見張り、クッキーが搾乳していると、飼い猫を探して出てきた使用人が物音を聞きつけ、一同が屋敷から出てきます。二人は何とか逃げますが、乳搾りの痕跡からすぐに犯人が特定され、二人は追われる身になります。
バラバラに逃げた二人はかろうじて生き延び、キング・ルーの小屋で再会を果たします。隠しておいたカネを回収し、他の州に逃げようとする場面でエンディングを迎えるわけですが、その後に何かが起こり、映画の冒頭で見た1シーンに繋がっていくようです。
西部開拓時代のアメリカンドリームを題材にしながら、まったくマッチョな要素はありません。菓子作りをするクッキーとそれを売り込むキング・ルーが緩やかな友情で結びつき、平穏な日々を夢見て商売に勤しむだけの控えめな物語です。
血なまぐさい裏切りや暴力が描かれることもなく、だからといって二人の関係が同性愛に発展することもありません。そういう意味でインパクトのある映画ではありませんが、それがかえって強いリアリティを感じさせ、後を引くような余韻を残します。
直截な暴力シーンがないとはいえ、会話の端々で暴力に溢れた世界にいることを感じさせます。そういった環境の中で、二人の男が暴力とは無縁に一攫千金を狙うという設定が独特の世界観に結びつきます。また、ティータイムに招待された先住民が、白人はビーバーの尻尾を食べずに廃棄すると不思議がることや、中国出身のキング・ルーが世界各国で見識を広め、英語だけでなく先住民の言葉も操るなど現代社会への風刺を効かせています。
主人公であるクッキー役はジョン・マガロ(John Magaro)、キング・ルー役はオリオン・リー(Orion Lee)。仲買商を演じたのは「エンパイア・オブ・ライト」のトビー・ジョーンズ(Toby Jones)、先住民という設定のその妻を演じたのは「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」のリリー・グラッドストーン(Lily Gladstone)、隊長の役で「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」にも出ていたスコット・シェパード(Scott Shepherd)、仲買商の手下のならず者の役で「トレインスポッティング」のユエン・ブレムナー(Ewen Bremner)が出ています。
フレデリック・レミントン(Frederic Remington)の絵画を参照したという撮影監督は、以前からこの監督の作品に関わってきたクリストファー・ブローヴェルト(Christopher Blauvelt)。過去にマイク・ミルズ監督「人生はビギナーズ」、ジェシカ・チャステイン製作・主演「ラブストーリーズ」、ガス・ヴァン・サント監督「ドント・ウォーリー」、ジョナ・ヒル監督「ミッドナインティーズ」なども手がけています。
[仕入れ担当]
« この3点で完成する♪ グレー x グリーンのカジュアルコーデ | トップページ | グレーにグリーンを効かせた、冬のお出かけコーデ♪ »