映画「ネクスト・ゴール・ウィンズ(Next Goal Wins)」
4年前に観た「ジョジョ・ラビット」の監督、タイカ・ワイティティ(Taika Waititi)の新作コメディです。2014年FIFAワールドカップ地区予選の実話をアレンジし、誰もが楽しめる軽快なドラマに仕上げています。
2001年に行われたワールドカップ・オセアニア予選で、オーストラリアに0対31という記録的な大敗を喫した米領サモア代表チーム。FIFA国際試合における最大得点差だそうですが、このチームは同じグループ戦でフィジー代表に0対13、サモア代表に0-8で敗れていて、対するオーストラリアはその直前にトンガ代表に22対0で勝っていますので、圧倒的な実力差があったわけです。
米領サモアというのは、南太平洋ポリネシアのサモア諸島にある米国自治領で、もともとドイツ領だった西寄りのウポル島を主とする島々がサモア独立国になり、東寄りのトゥトゥイラ島を主とする島々は準州として米国に帰属しています。面積が200㎢弱、人口は45,000人程度ということで、沖縄の石垣島を面積人口ともに1割ほど小さくした規模感です。
その小さな島の代表チームが、米国で指導者をしていたオランダ出身のトーマス・ロンゲン(Thomas Rongen)を招聘し、2013年に行われた地区予選で初の勝利を目指すというストーリー。なぜタイカ・ワイティティがサッカー映画?と思うかも知れませんが、ニュージーランド人である彼の父親はマオリ族出身、一種の地元ネタです。2013年にこの題材で英国BBCがドキュメンタリー映画を撮っていて、それを観た監督がTVシリーズ「The First Team」の脚本家イアン・モリス(Iain Morris)と組んで脚色したそうです。
もちろん事実そのままを映画化しても、弱小チームが頑張って勝ったというだけのストーリーになってしまいますので、監督のトーマス・ロンゲンの実生活がトラブルだらけだったという設定に変え、代表チームの奮闘と勝利が、監督個人のブレイクスルーと重なる仕掛けになっています。映画のロンゲンは夫婦間の問題を抱えた上、サッカー指導者としての危機に陥り酒浸りですが、実際はもう少し堅実な人物のようです。
なぜこの代表チームが注目に値するのかというと、単に弱小というだけでなく、彼らの個性と島の文化が大きなポイントになります。端的な例でいえば、チームの主力メンバーであるジャイヤ・サエルア(Jaiyah Saelua)は、サモアでファファフィネ(Faʻafafine)と呼ばれる第三の性です。専門的なことはよくわかりませんが、トランスジェンダーというより、ノンバイナリーに近い位置づけのようです。
その背景を理解していなかったロンゲンが、ジャイヤをジョニー(Johnny)という出生名で呼ぶといった紋切り型のハラスメントをして衝突しますが、そういった地域性をうまく絡めながら、チームと監督の成長を描いていきます。ちなみにジャイヤを演じたカイマナ(Kaimana)は私生活でもファファフィネで、家系的には日本人の血も混じっているそうです。
また、舞台となる島の土地柄も良い感じです。米国本土で評価されず、ふて腐れていたロンゲンが、のんびりしたサモアの風土の影響を受け、サッカーの楽しさを思い出していくあたりは、常に競争に晒され、ストレスを抱え込んでしまいがちな現代人から共感を得られた大きな理由だと思います。
主人公のロンゲンを演じたのは「ジェーン・エア」「それでも夜は明ける」「スティーブ・ジョブズ」のマイケル・ファスベンダー(Michael Fassbender)。アンガーマネジメントができず、熱しやすくて人情肌という人物像をうまく創り上げていました。
妻ゲイル役は「オン・ザ・ロード」「ザ・スクエア」「さらば愛しきアウトロー」などのエリザベス・モス(Elisabeth Moss)。
その上司であるアレックス役はウィル・アーネット(Will Arnett)で、実在しない架空の人物とのこと。つまりゲイルとの関係も脚色されたもので、ロンゲンの苦悩の原因も存在しないことになります。
実際のトンガ戦は米領サモアが2点先制したようですが、ワイティティ監督はゲームの流れを入れ替え、ハーフタイムのイザコザを織り込んで盛り上げていきます。なお娘の一件は実話で、ロンゲンはゲイルの3人の連れ子の一人であるニコールを2004年に喪っています。彼は継娘であるニコールを溺愛していたようで、この試合で彼女の遺品であるVCUのベースボールキャップ被っていたのも事実だそうです。
どうでもいいことですが、最初と最後にほんの少し、タイカ・ワイティティ監督が登場します。
公式サイト
ネクスト・ゴール・ウィンズ(Next Goal Wins)
[仕入れ担当]
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