スペイン

2023年11月20日 (月)

映画「理想郷(As bestas)」

As bestas スペインのガリシア地方には、山林で暮らす野生の馬を追い込み、素手で抑えつけてたてがみを刈るラパ・ダス・ベスタス(Rapa das Bestas)という伝統行事があるそうですが、そんな荒々しい人と馬の肉弾戦で始まるこの映画。監督はマドリード出身のスペイン人ロドリゴ・ソロゴイェン(Rodrigo Sorogoyen)で、このブログでは日本で初めて公開された「ゴッド・セイブ・アス」をちょっとけなし、続く「おもかげ」を褒めながら“次作に期待”と締めくくりました。続く本作は高く評価されているようで、昨年の東京国際映画祭で「ザ・ビースト」のタイトルで上映され、東京グランプリ(最優秀作品賞)、最優秀監督賞、最優秀男優賞を受賞した他、本国スペインのゴヤ賞でも主要9部門を制覇、同じく本国フランスでもセザール賞の最優秀外国映画賞に輝きました。

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初公開時は原題そのままの邦題でしたが、今回は物語の発端に絡めた「理想郷」に改められました。これはなかなか含みのある邦題で、意識の高いフランス人夫婦がスペインの山村に移住し、有機野菜を栽培してマーケットで売るという理想的な暮らしを始めたところ、地域住民たちと意識のズレが生じて悲劇に至るという物語です。

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先日観たイザベル・コイシェ監督「ひとつの愛」も、都会暮らしに疲れた主人公がラ・リオハの古民家を修復して暮らし始めるお話でしたが、ヨーロッパには田舎に移住する人たちが多いのでしょうか。この「理想郷」の舞台はぐっと西寄りのレオン周辺ですが、打ち捨てられ朽ちた家屋を修復して暮らすことや、集落の住民たちからのよそ者扱いに悩む点は同じです。

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脚本は監督自身と、以前から監督とタッグを組んでいるイサベル・ペーニャ(Isabel Peña)の執筆。しかしこの話には元ネタがあって、ガリシア州ペティンの村を見下ろす山あいのサントアージャ(Santoalla do Monte)に引っ越してきたオランダ人夫婦、マーティンとマルゴが地元住民と衝突し、夫のマーティンが失踪した事件がベースになっています。事件発覚後の2010年頃からスペインのニュースを賑わしたようで、2016年には残されたマルゴの協力で「Santoalla」というドキュメンタリー映画まで作られています。

実際の事件は丘陵の放牧権を巡る対立だったようですが、この「理想郷」では風力発電所の誘致とその補償金が論点になります。移住してきたフランス人夫婦、アントワーヌとオルガはオーガニックを軸にした地域の再興を夢見ていますが、現時点では牧畜と若干の農業しか収入源のない寒村です。電力会社が支払う補償金に目がくらんでも仕方ありません。

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住民の多くが風力発電所の誘致に賛成ですし、決定が送れて計画が潰えることを心配しています。中でもフランス人夫婦の隣人であるシャンとロレンソの兄弟は、よそ者であるアントワーヌとオルガが反対していることが不満で、バルで絡んできたり、庭先にオルホ(Orujo)の酒瓶を捨てる嫌がらせをします。ちなみにオルホというのはブドウの搾りかすで作るスペインの蒸留酒で、イタリアのグラッパやフランスのマールと似たハードリカーですから、兄弟で一晩に2瓶飲む彼らは一種のアルコール依存症でしょう。

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オーガニック志向の夫婦が再生可能エネルギーである風力発電に反対するという設定も風刺が効いていますね。明らかに隣人兄弟の方がタチの悪い人間なのですが、だからといってインテリのフランス人夫婦が正しいかといえば、そうでもないという視点で創られている映画です。人それぞれに現状の生活があり、理想の生活も人それぞれという、ごく当たり前のことを踏まえているところに好感が持てます。

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隣人の兄シャンは、バルで話し合おうとしたアントワーヌにこう言います。風力発電所の補償金の話を聞いたとき、自分たちが惨めな暮らしをしていることに初めて気付いた。つまりシャンはこの一件で外の世界との格差を知ってしまったのです。それに対してアントワーヌは“風力発電で豊かになるのはここの住民ではなくノルウエーの企業だ”と説得するのですが、貧困の辛さを知った人に目の前の大金を諦めさせるのは困難でしょう。環境問題は結局のところ経済問題に収束されていくという、これまたごく当たり前の考えが物語の根底にあります。

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映画は二つの時期に分かれ、前半ではアントワーヌと隣人兄弟の諍い、後半ではオルガと娘マリーの関係が描かれます。ストーリー的には前半に重点が置かれていますが、映画の味わいとしては後半の方が大きいと思います。前作「おもかげ」を思い起こすと、残された女性の選択や生き方を突き詰めていくタイプの監督なのでしょう。

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アントワーヌ役はドゥニ・メノーシェ(Denis Ménochet)。このブログでも「危険なプロット」「疑惑のチャンピオン」「ジュリアン」「悪なき殺人」「フレンチ・ディスパッチ」「苦い涙」など多数ご紹介しているフランスの名優です。妻のオルガ役は「シンク・オア・スイム」に出ていたマリナ・フォイス(Marina Foïs)。対するシャン役は「プリズン211」「ゴッド・セイブ・アス」「戦争のさなかで」のルイス・サエラ(Luis Zahera)で本作でゴヤ賞の助演男優賞を獲得しています。弟ロレンソ役のディエゴ・アニド(Diego Anido)と共にガリシア出身の俳優です。

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映画の時代設定ははっきりしませんが、Skypeのビデオチャットを使っていることから2006年より後、警察署の壁にフアン・カルロス1世の肖像が飾られていることから2014年より前だと思われます。スマートフォンどころかブロードバンドも普及していない時代と土地柄が鄙びた空気感を増幅させます。ロケ地はレオンのキンテラ(Quintela de Barjas)の廃屋とビジャフランカ(Villafranca del Bierzo)のマーケットだそうです。

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公式サイト
理想郷The Beasts
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2023年10月30日 (月)

ラテンビート映画祭「犯罪者たち(Los Delincuentes)」

Los Delincuentes 今年のカンヌ映画祭ある視点に出品され、来年のアカデミー賞国際長編映画賞のアルゼンチン代表に選ばれている作品です。監督のロドリゴ・モレノ(Rodrigo Moreno)は本国では高く評価されているそうですが、日本では過去にラテンビート映画祭で1作上映されただけですので、ほぼ無名と言って良いでしょう。

内容はタイトル通り、犯罪ものですが、緊迫感よりも寓話的な要素が強い作品です。物語の発端となる犯罪とその後の展開については、突っ込みどころ満載でまったく現実的ではありません。いくらアルゼンチンだからといって、あまりにも緩すぎますが、実はその緩さがキモで、冗長ともいえるまったりした感覚が館内を覆ったまま3時間超の映像表現が続いていくことになります。

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映画の始まりはブエノスアイレスの街の風景から。主人公の一人であるモランが自宅で目覚め、人々が行き交う街を抜けて勤め先である銀行にいつも通り出勤していきます。その姿を追うカメラが、建物のドーム型の屋根を次々と映していきますが、後々、もう一つの舞台となるアルパ・コラル(Alpa Corral)の岩山の頂が映ったとき、この冒頭の風景を思い出すことになります。

出勤したモランは、おそらく彼のルーティンワークなのだと思いますが、同僚のイスナルディと二人組になって、いくつもの施錠された扉を抜けて金庫に現金をとりに行きます。それぞれ預けられている鍵が異なり、この扉はモラン、次の扉はイスナルディといった具合に開けていく方式で、単独では金庫室まで到達できないようにしているようです。退勤前にはこの逆順で現金が金庫に入金されます。

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ある日、同僚のロマンが首のギプスを外しに病院へ行くので早退すると言って、窓口業務をイスナルディに代わってもらいます。持ち場から離れられなくなったイスナルディは、入金は一人で行ってくれと鍵を渡し、モランが一人で金庫室に行くことになるのですが、それを好機とみたモランは米ドルで65万ドルといくらかのペソを自分のバッグに入れて持ち出します。

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この65万ドルというのは定年退職まで働いたときに得られる給与総額の二倍。彼の考えは、この盗んだ金を信用できる誰かに預け、自分が服役して戻ってきたときに山分けすれば、自分も預けた相手も一生働かないで暮らせるというものです。そして彼が選んだのは早退したロマン。その晩、チャカリータ(Chacarita)地区のピッツェリア、エル・インペリオ(El Imperio)に呼び出して経緯を話し、カネを預かるように強要します。もし断れば、共犯だと自白してやるという脅しです。

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カネの入ったボストンバッグを持ち帰ったロマンは取りあえずアパートの天袋に隠します。彼には同棲している音楽教師がいて、彼女から疑われないようにしなくてはならないのです。翌日も何食わぬ顔で銀行に出勤しますが、案の定、オルテガという女性の会計士が派遣されてきて内部調査を始めます。もちろん、盗難があった当日に早退したロマンは厳しく問い詰められます。

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一方、カネを託したモランは家財そのまま自宅の鍵を捨て、ペソの札束をバックパックに詰めて街から立ち去ります。向かった先はリオ・クアルト(Río Cuarto)近郊のアルパ・コラル。丘に上って歩き回り、いっとき村の子どもたちとサッカーに興じた後、警察に出向いて自首します。

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刑務所の掟は一般社会と違います。電話も順番で使わなくてはなりません。相手が出なくて何度もかけ直したモランは、獄中の顔役である通称ガリンシャから睨まれ、出所まで無事に過ごしたければ自分の口座に3万ドル振り込めと強請られます。

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ロマンはロマンで、社内では上司のデルトロと会計士のオルテガから疑惑を追求され、自宅ではガールフレンドとの関係がギクシャクし、カネを隠しておくことに疲れてしまいます。

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この一件から降りてしまおうと刑務所のモランに面会しに行くのですが、逆にモランから、ここに来たら怪しまれるだろう、オマエも刑務所入りだと脅された上、3万ドルの振り込みを頼まれます。そしてアルパ・コラルに行き、川を越えた頂の岩の下にボストンバッグのカネを隠すように指示されます。

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ロマンは銀行を病欠し、一昼夜かけてアルパ・コラルの丘に到達するのですが、この映画、ここで第一話が終わって途切れてしまいます。フィルム映画時代は長い映画になるとフィルム交換を兼ねた休憩時間がありましたが、おそらくその雰囲気を取り入れたのでしょう。続く第二話は、3年半が過ぎ、モランが出所した後の物語になるのかと思いきや、まったく時間が経過しないまま頂に立つロマンの場面から始まります。

丘から下る途中、川辺で遊んでいる3人組と出会い、昼食に誘われます。バスに乗らなくてはいけないので時間がないと断ると、バスが出るのは夜だし、村までバイクで送るからと引き留められ、食事をしたり、川遊びをしたり、一緒に時間を過ごすうちに互いに親しくなります。

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彼らは映像作家のラモンと、モルナとノルマの姉妹。その後、ロマンはバス停までバイクで送ってくれた妹のノルマと恋に落ちて、話があらぬ方向に展開していくのですが、それはさておき、この映画、主な登場人物の名前が男性はモラン、ロマン、ラモン、女性はモルナとノルマといった具合にアナグラムのようになっています。また銀行の上司デルトロ、獄中の顔役ガリンシャというパワハラ系イヤなやつ2役を同じヘルマン・デ・シルバ(Germán De Silva)が演じるなど、作り手側の遊びのような仕掛けがあり、冒頭で記した“緩さ”と並ぶ特徴になっています。

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映画の見どころといえば、おそらくアルパ・コラルの自然でしょう。映像作家ラモンは、庭造りの文化比較を語りながら当地の情景をカメラに収めますが、ブエノスアイレスの雑踏と対比して見せることで、モランが勤め人の窮屈さから逃れて当地に赴いた心情を伝えます。後半、モランが自分はサルタ出身だという場面がありますが、アルパ・コラルがあるコルドバ州はブエノスアイレス州とサルタ州のほぼ中間に位置しますので、故郷に向かうつもりだったモランが何らかの理由で当地に留まったという設定なのかも知れません。

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主な出演者は、モラン役がダニエル・エリアス(Daniel Elías)、ロマン役がエステバン・ビリャルディ(Esteban Bigliardi)、ラモン役がハビエル・ソロ・サットン(Javier Zoro Sutton)、モルナ役がセシリア・ライネロ(Cecilia Rainero)、ノルマ役がマルガリータ・モルフィノ(Margarita Molfino)、会計士オルテガ役はローラ・パレデス(Laura Paredes)。イヤなやつ2役を演じたヘルマン・デ・シルバは「サマ」にも出ていましたが、冗長でまったりした雰囲気がちょっと似ています。またフィルム映画のような古くささを醸す演出とリアリティを追求しない姿勢は「バクラウ」を思い出させました。

東京国際映画祭公式サイト
犯罪者たち

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2023年10月29日 (日)

ラテンビート映画祭「ひとつの愛(Un Amor)」

Un Amor こういう機会がないと観られない映画なのかも知れません。「エレジー」「マップ オブ ザ サウンズ オブ トウキョウ(改題:ナイト・トーキョー・デイ )」「マイ・ブックショップ」のイザベル・コイシェ(Isabel Coixet)監督の最新作です。その昔は「死ぬまでにしたい10のこと」「あなたになら言える秘密のこと」などで女性映画を牽引していましたが、最近はあまり目立たない監督になってしまいました。本作も一般公開されないかも知れません。

原作はサラ・メサ(Sara Mesa)の同名小説だそうです。一冊も和訳されてませんので日本では無名ですが、スペインでは人気作家のようで、本作もEl Paisで2020年のベストブック(Los 50 mejores libros de 2020)に選ばれています。

その紹介記事の中で著者が「恋愛小説ではないのにこのような題名にしたのは“愛”は世界で最も使い古された言葉だから」と記しているように、映画も恋愛に関する物語ではなく、いろいろな意味で逆説的な展開を見せます。また、主人公は女性からみても(男性からみてもそうでしょうが)あまり共感できる人物ではありません。決して不条理なわけではありませんが、全体を覆う違和感の中で何かを感じさせるような作品になっています。

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主人公は30代の女性ナタリア(通称:ナット)。以前はアフリカから流れ着く難民の通訳として働いていましたが、彼らが語る経験があまりにも悲惨かつ壮絶で、それを媒介しているうちに精神的に疲弊してしまいました。そこで田舎の古民家を借り、難民申請の書類やシモーヌ・ヴェイユの著作などの翻訳をしながらのんびり暮らそうと山沿いの寒村に引っ越してきたのです。

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しかし出鼻からくじかれます。かなり朽ちている家で、まったく手入れされていない上、苦情を言おうものにも、大家の中年男性の態度が横柄で典型的な女性蔑視なのです。自分で内見して決めた家だし、二度も家賃減額に応じた、女は文句ばかり言うといった具合です。

さらに犬を連れてきてやったと、顔に傷のある犬を渡されます。前の晩、犬の鳴き声で眠れなかったのも、彼が飼っている犬に虐待していたからなのかも知れません。彼女はその犬をシエソ(Sieso)と名付けて飼い始めます。嫌なやつ、不機嫌なやつという意味です。

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買い物しようと村の雑貨店に行き、お金が足りないからと購入店数を減らすナット。勤めを辞めてしまったのでギリギリの生活のようです。それでもペットフードを購入し、動物病院に連れて行って狂犬病のワクチン接種と寄生虫駆除を頼みます。そこでわかったのは、この犬が両性具有だということ。だから連れてきた大家に雄か雌か訊いても答えてくれなかったのでしょう。

雑貨店の主はソフィアという若い女性で、そつなく接客しているものの、部外者に対する警戒心も滲みます。その店で出会った男性客ピテルから“外の犬は君のかい?”と訊かれ、そうだと答えると、虐待された犬は人を噛むから気をつけた方がいいと言われます。このありふれた会話が物語の中で意味を持ってくるのですが、それはさておき、ピテルはナットに興味津々です。

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その後、彼は“ドイツ人から野菜を貰ったのでお裾分けする”と言って訪ねてきます。一人でこんなに食べきれるかしらと応じると、一緒に食べようと誘い、自宅に案内し、自分の作品だと言って数々のステンドグラスを見せます。ナットが文学作品を翻訳しているというと、自分は詩からインスピレーションを得ている、ネルーダは素晴らしいなどと知的な発言をして自らを飾り立てるような男性です。

彼のいうドイツ人というのは、村で独り暮らししている大柄の男性の通称で、本名はアンドレアスといいます。裏庭で野菜作りをして他の住民と物々交換しているようです。別の日、彼も野菜を持ってナットの家を訪ねてきます。ナットは交換するようなものを持っていないと言い、次回から15ユーロで買うことにします。

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ナットの紹介で隣人の家族を訪ねることになります。カルロスとララという夫婦で、週日は街で暮らし、週末に子どもたちを連れて村に来ているそうです。パーティをするからと呼ばれていくと、実は子どもの誕生日で、プレゼントを持ってこなかったナットは気まずい思いをします。またララから、子どもが心配だからシエソを繋いでおいて欲しいと頼まれます。特に冷たくされたり、疎外されたりしたわけではありませんが、居心地の悪さを感じることになります。

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また村の旧い修道院のそばを歩いていて、ホアキンとロベルタという老夫婦と知り合います。ホアキンから、自分がドイツ人のところに卵を届けに行く間、認知症を患っている妻ロベルタを見ていて欲しいと頼まれます。それからこの老夫婦の話し相手になったり、買物の手伝いをしたりして付き合うようになるのですが、この村で出会った中で、唯一、誠実そうな人たちです。

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ある日、大雨が降り、雨漏りで家中が水浸しになります。家賃を取りに来た大家に言っても、なぜ自分で修理しないのか、この家に住みたいと言ったのは自分だろうと、とりつく島もありません。たまたまアンドレアスが訪ねてきて、簡単な応急処置をしてくれますが抜本解決には至りません。

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別の晩にアンドレアスが訪ねてきて、性交渉と引き替えに自分が屋根を直してやろうと持ちかけてきます。もちろん断るのですが、引き続き雨漏りに悩まされているうちにナットの気持ちが変化したようで、後にアンドレアスの家を訪ねて身を委ねることになります。

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なんだか身も蓋もない展開ですが、この物語が特異なのは、屋根の修理が済んだ後もナットはアンドレアスの家を訪ねて関係を持ち続けること。理解に苦しむところですが、おそらく自分のことを強く求めてきたアンドレアスには心を許せるような気がしたのでしょう。ナットはアンドレアスとの関係にどんどんのめりこみ、半ば偏執的な行動をとるようになります。

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小さな村ですから話は筒抜けで、ボケているはずのロベルタからも“自分が訪ねていくばかりで相手が来ることはない”と指摘されるほどです。村内でのアンドレアスの評判はあまりよくないようで、ララに食事に誘われたときも“ドイツ人は連れてこないでね”と釘を刺されます。

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ある日、犬を散歩させていると、車の給油をしているアンドレアスを見かけます。助手席にソフィアが乗っていて、二人でどこかに去って行きます。安心しきっていたアンドレアスとの関係に他の女性の影がさしたことでナットは不安に苛まれることになります。

とはいえアンドレアスにはその昔、年の離れた妻と結婚していた時期があり、ずっと孤立して暮らしていたわけではありません。またその後、大学で地理学を修めていたことがわかり、野菜作りをするだけの木訥とした人柄は彼の一面でしかないことに気付かされます。要するにナットはアンドレアスを冴えない男性だと見下し、優位な立場にいる自分から離れることはないと思い込んでいたのです。

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村人との関係がギクシャクしたまま、アンドレアスとの関係が壊れ始め、いろいろと歯車がかみ合わなくなってきます。田舎のイヤな部分、閉鎖的で詮索好きな部分がじわじわと押し寄せてくるのです。劇中では場所を特定していませんが、ラ・リオハのナルダ(Nalda)、リバフレチャ(Ribafrecha)、ビジャロバル(Villalobar)等で撮ったという、美しく荒涼とした風景がナットの孤独さを代弁します。

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その後、シエソが起こした事件を発端にナットの鬱屈した気持ちが吹き出して結末に至るのですが、村人たちの本心も、ナットが救われたのか否かも最後まではっきりしません。つかみどころのない違和感を抱いたままエンディングを迎えることになると思います。

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主な出演者としては、「情熱のシーラ」のライア・コスタ(Laia Costa)が主人公のナット、「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」のホヴィク・ケウチケリアン(Hovik Keuchkerian)がアンドレアスを演じた他、ステンドグラス作家のピテル役で「スガラムルディの魔女」「アイム・ソー・エキサイテッド!」のウーゴ・シルバ(Hugo Silva)、大家役で「マジカル・ガール」「戦争のさなかで」のルイス・ベルメホ(Luis Bermejo)が出ています。

東京国際映画祭公式サイト
ひとつの愛

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2023年4月27日 (木)

ジョイドアートのスペシャルコレクション Gaudí Jewelry by JOIDART 誕生!

スペイン・バルセロナのジュエリーブランド、ジョイドアート(JOIDART)からまたひとつスペシャルなコレクションが生まれました。

同郷のカタルーニャ地方が生んだ世界の大建築家アントニオ・ガウディ(Antoni Gaudí )へのオマージュとしてジョイドアートのクリエイティブチームが創り出した Gaudi Jewelry です。

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たとえば、代表的なガウディ建築であるカサ・バトリョ(Casa Batlló)の美しいステンドグラス装飾。

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その円形のステンドグラスをムラーノガラスで表現したピアスです。

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カサ・ミラ(Casa Milà)入り口のロートアイアン門扉。

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有機的な曲線をモチーフにいかし、エレガントなネックレスに昇華させました。

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ガウディが海の要素を描いてデザインした六角形タイルは・・・

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透かし模様のブローチとして蘇りました。

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ここでご紹介しているのはほんの一部です。
モナド公式ウェブサイトでは Gaudi Jewelry を特集し、インスピレーションについて詳しく説明しています。
また、すべての Gaudi Jewelry がウェブサイトでご覧になれます。

身にまとうアート、Gaudi Jewelry コレクションが日本でご覧いただけるのはモナドだけです。
ぜひこの機会に手に入れてください♪♪

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2023年4月 3日 (月)

映画「コンペティション(Competencia oficial)」

Competencia oficialペネロペ・クルス(Penélope Cruz)とアントニオ・バンデラス(Antonio Banderas)が共演すると聞けば、スペイン映画好きならとりあえず観ておこうと思うのではないでしょうか。この二人は3年前のアルモドバル監督「ペイン・アンド・グローリー」にも出演していましたが、主人公を演じたバンデラスが少年時代を回顧する場面で母親役を演じていたのがペネロペ・クルスでしたし、その前の「アイム・ソー・エキサイテッド!」は冒頭で軽く挨拶するだけのカメオ出演でしたので、彼らが向き合って演技しているという点で珍しい作品だと思います。

監督は「ル・コルビュジエの家」のガストン・ドゥプラット(Gastón Duprat)とマリアノ・コーン(Mariano Cohn)で、続いて日本公開された「笑う故郷」に主演したオスカル・マルティネス(Oscar Martínez)が本作でも重要な役を務めています。「人生スイッチ」の第5話「愚息」にも出ていましたが、アルゼンチンを代表するベテラン俳優だそうです。

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映画の内容はといえば、80歳の誕生日を迎えた製薬会社の会長が世間から讃えられるような遺産を残したいと思いたち、映画製作に資金提供するというもの。ノーベル賞作家ダニエル・マントヴァーニ(「笑う故郷」の主人公だそうです)の小説の映画化権を買い取り、評価は高いが変わり者として有名なローラ・クエバスを監督に擁して映画化しようという企画です。

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このローラをペネロペ・クルスが演じているのですが、彼女が指名した俳優がバンデラス演じるフェリックスと、マルティネス演じるイバンの二人。フェリックスは派手好きなハリウッド俳優で、イバンは舞台中心に仕事をしてきた地味なベテラン俳優というあたりが、演じている俳優のバックグラウンドとリンクします。

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ローラは二人を呼んで本読みを始めるのですが、早速、直感的に演じようとするフェリックスとメソッド演技を重視するイバンが対立します。しかし、それにも輪をかけて奇矯なのがローラの演出法。同じ台詞を何度も言わせる程度ならよくある話なのでしょうが、作中人物の緊迫感を体感させるために、クレーンで巨岩を吊り下げた下で演技させたりします。

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とりわけ酷いのは、これまで受賞した際に贈られたトロフィーを持参するように言いつけ、縛りつけられた状態の二人が工業用シュレッダーでそれらが粉砕される様子を見届けるというもの。フェリックスが持ってきた映画祭のトロフィーも、イバンが持ってきた障碍児の手作りトロフィーもすべて粉々にされてしまうのです。

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ある日、リハーサルの途中でフェリックスが、自分は膵臓癌で緩和ケアを受けていると告白します。これが最後の作品になるだろうから全身全霊をささげて傑作にしたいと言うのです。ローラとイバンは同情して少し落ち込むのですが、実はそれはウソで、迫真の演技を見せただけだと種明かしします。対するイバンは、フェリックスの演技を絶賛し、最初から自分よりも偉大な俳優だと思っていたと告げてフェリックスを感動させた後、これもまた演技して見せただけだと告げて仕返しします。

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このような感じでずっとリハーサルが続くのですが、細かい仕掛けがいろいろ盛り込まれていますので退屈することはないと思います。たとえばフェリックスはグルテンフリーのビーガンフードを契約条件に入れるなどデフォルメされたセレブなのに対し、イバンはエコノミークラスにしか乗らないという反ブルジョワのうえ妻が児童福祉に強い関心を持つ作家という意識高い系インテリで、業界にいそうなタイプの両極端です。ちょっとエキセントリックなところがある同性愛者のローラがやたらソファの色にこだわるのは、きっとアルモドバルの女性版のイメージなのでしょう。

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ロケ現場はマドリード郊外のサン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアルにある文化施設(Teatro Auditorio de San Lorenzo de El Escorial)で、ピカード・デ・ブラス(Picado-De Blas)という建築ユニットが手がけた建物だそうです。ほとんどの場面がこの建物内で撮られていますので舞台劇にできそうですね。ちなみに撮影は「静かなる復讐」のアルナウ・バイス・コロメル(Arnau Valls Colomer)です。

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いずれにしても、違ったタイプの俳優二人が演技力を競い合う物語であると同時に、それを演じている俳優の腕比べにもなっているわけで、ペネロペ・クルスを含めた3人の演技を観に行く映画だと思います。個人的には終盤のバンデラスの演技を観て、彼がアルモドバルに重用されている理由がわかったような気がしました。うまい俳優です。

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エンディングは何と!ペネロペ・クルスのアップです。映画館の大スクリーン一杯に彼女の顔が映し出されるのですが、それに耐えられる美貌を保っているのは凄いですね。もしかするとこの二人組の監督、ペネロペの顔が撮りたくて本作を企画したのかも知れません。

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公式サイト
コンペティションOfficial Competition

[仕入れ担当]

2023年1月30日 (月)

映画「母の聖戦(La Civil)」

La Civilメキシコ北東部で数年前に起こった事件に基づいて作られた実話ベースのドラマです。

手がけたのはテオドラ・アナ・ミハイ(Teodora Ana Mihai)というルーマニア出身の無名監督ですが、制作陣にダルデンヌ兄弟、クリスティアン・ムンジウ、ミシェル・フランコといった監督が名を連ねて注目を集め、カンヌ映画祭のある視点部門でCourage Prize(奨励賞)に輝いた他、東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞しています。

実際の事件が起きたのはタマウリパス州サンフェルナンド(San Fernando)。麻薬組織ロス・セタス(Los Zetas)とガルフカルテル(Gulf cartel)の抗争や報復が繰り広げられている悪名高い街で、2010年には72体、2011年にはメキシコ史上最多となる193体の埋葬遺体が発見されています。

そんな街で暮らすミリアム・ロドリゲスの20歳の娘カレンが、2014年1月に誘拐され、身代金や協力金を支払ったにも関わらず解放されませんでした。ミリアムは自ら捜索に乗り出し、関係ありそうな人物を追跡して周辺の人物から聞き取り調査を行った結果、遺骨などを見つけ、軍や警察が動きだすことになります。一般市民(La Civil)の立場で犯罪組織に立ち向かったわけです。

彼女のドキュメンタリーを撮る構想で取材を進めていたミハイ監督は、現地のあまりにも過酷な状況を知り、キャストやスタッフの安全上の理由からフィクションに変えたそうです。その関係で具体的な地名は明かさず、登場人物の名前も娘の年齢も変えていますが、直接ミリアム・ロドリゲスから聞いた事項はディテイルに反映させているそうです。

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映画のはじまりはシングルマザーのシエロと10代の娘ラウラが自宅で話しているシーン。リサンドロとデートなの?食事は要るの?といったよくある会話が繰り広げられるなか、ラウラはスマホを見ながら、どこかから送られてきたジョークをシエロに読み聞かせます。

寝ぼけたイブが、ここはどこ?とアダムに訊ねました。

アダムが答えます。裸で着るものはないし、家もないし、仕事もカネもないけど、みんなはここを天国だという、そうメキシコさ。

ラウラはウケていますが、その後、家から出かけたラウラは、この仕事もカネもない世界で横行している誘拐ビシネスに巻き込まれることになります。

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すぐさま犯人の一味がシエロにアクセスしてきて、娘を返して欲しければ15万ペソと夫の車を持ってこいと要求します。日本円でいうと100万円程度でしょうか。

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シエロは別居中の夫グスタボが愛人と暮らす家に行って身代金を用立てるように頼みます。

このグスタボというのが、家父長制で威張っているけど実は何もできないという、いかにも中南米らしい男。事業を営んでいるらしく、商材をさばいた現金と貯金、シエロの有り金をもって、彼のピックアップトラックで取引に向かいます。シエロに対しては、15万には少し足りないが交渉次第だと言いながら、一味の前では何も言えず、当然ラウラを取り戻すこともできません。

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さらに5万ペソ要求されたシエロは仕方なく警察に相談しますが、ほとんど相手にされず、路上で強引に軍警察の車両を止めてラマルケ中尉に窮状を訴えることに。

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道ばたに捨てられていた若い女性が葬儀屋に安置されていると聞いたシエロは、斬首された遺体を見に行きます。ラウラでなくて安堵すると同時に、ギャングの一味が葬儀屋に出入りしていることを知った彼女は、彼らを追跡してアジトを見つけ出し、写真などの証拠を揃えてラマルケ中尉に渡します。

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その後、家に銃弾を撃ち込まれたり、車に放火されたりしますが、軍警察と繋がりができたシエロはさらに独自捜査を進め、事件の関係者をあぶり出していきます。

もちろん誰も信頼できない世界です。最初、シエロはグスタボの愛人が絡んでいるのではないかと疑っていましたが、結局は長年の友人が手引きしていたとわかり、シエロが軍警察に協力していることが漏れると報復されるというラマルケ中尉の判断で彼をその場で射殺します。

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そのようなハードな展開を、音楽も入れずドキュメンタリータッチで描いていく本作。主人公のシエロを演じたアルセリア・ラミレス(Arcelia Ramírez)は「ベンハミンの女」「赤い薔薇ソースの伝説」などメキシコで長く活躍しているベテラン女優ですが、彼女の強い視線が印象に残る作品です。

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情けない夫グスタボを演じたのは、これまたベテラン男優のアルバロ・ゲレロ(Álvaro Guerrero)。「アモーレス・ペロス」で雑誌編集長を演じていたそうですが、私は思い出せませんでした。

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現実世界では、ミリアム・ロドリゲスの協力で逮捕された一味が2017年3月22日に刑務所から脱走し、同年のメキシコの母の日、5月10日の晩に自宅前でミリアムを銃撃するのですが、映画ではそれには触れずオープンエンドで締めくくります。そのあたりに監督の思いが込められているのでしょう。ちなみに主人公の役名であるシエロは空とか天といった意味です。

公式サイト
母の聖戦La Civil

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2022年11月15日 (火)

映画「ヒューマン・ボイス(The Human Voice)」

Voz Humana 昨日ご紹介した「パラレル・マザーズ」の少し前に撮影されたペドロ・アルモドバル(Pedro Almodóvar)監督の作品です。ほぼティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)の一人芝居で、背景がわかるのは彼女が電話に向かって喋る後半になってからという30分間の短編映画。ジャン・コクトーの戯曲「La voix humaine」を翻案(監督いわく"大まかに基づいている")したものだそうですが、短い時間にアルモドバルの世界観を凝縮した密度の高い作品です。

内容は、彼女の部屋にスーツケースを取りに来るはずの恋人を犬と待ち続けている一人の女性を捉えたもの。おそらく今までも冷たくあしらわれたことがあり、それでも続いていた関係がいよいよ最後を迎えたということなのでしょう。行き場のない怒りや無力感などさまざまな感情をティルダ・スウィントンが巧みに表現していきます。

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主な舞台は映画のセットのような書き割りの部屋。スタジオのような場所から映画が始まり、そのまま室内の場面に繋がっていきますので、観ている側は一瞬、戸惑いますが、テラスに出るシーンなどでその部屋がスタジオ内に設えられていることがすぐにわかります。つまり、セットの壁の背後まで見せてしまうという、やや実験的な作りになっています。

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その女性はセットの部屋とその裏側を行ったり来たりする以外に1回だけ外出します。行く先はホームセンター。彼女はそこでオノを購入するのですが、この場面が唯一、彼女以外の人物が登場する箇所になります。

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部屋に戻った彼女は、ベッドの上に拡げてあったスーツをオノで滅多打ちにします。どうやら恋人のスーツらしく、荷物を取りに来た際、すぐに着られるようにクロゼットから出して拡げておいたのでしょう。約束通りに来ないばかりか連絡も寄越さない恋人への怒りが顕わになります。

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この部屋にはよく懐いた犬が1匹いて、時おり彼女にまとわりつきます。どうやら恋人が飼っていた犬のようです。犬は寄ってくるのに、待ち続けている恋人からの連絡はないという状況に絶望感が漂い始めます。

睡眠薬を取り出して多量に摂取するのですが、このタブレットの配色がまさにアルモドバルで、これに限らず小さなショットひとつひとつまで完璧です。部屋のインテリアからバレンシアガの衣装まで何から何までアルモドバル的な色彩で創り上げられています。

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もちろん小道具も凝っていて積まれたDVDには「パルプ・フィクション」のタイトルが見えますし、愛読しているペーパーバックはアリス・マンロー「Too Much Happiness」やルシア・ベルリン「Welcome Home」といった具合。ちなみに前々作の「ジュリエッタ」の原作はアリス・マンローの「Runaway」、次作はルシア・ベルリンの短編集「A Manual for Cleaning Women」を題材にケイト・ブランシェット主演で撮るそうですので、もしかすると監督の私物を使っているのかも知れません。

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そうこうしているうちに、ようやく電話がかかってきます。ここでAirPodsを取り出して耳に差し込むのですが、この展開も絶妙だと思いました。相手の語りが観客に聞こえたら一人芝居が台無しですから、原作は受話器を耳に当てた状態で進むのだと思いますが、この映画ではAirPodsを使うことで、ティルダ・スウィントンの両手を自由にし、あちこち動き回れるようにして演技の幅と見せ場を拡げます。

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また、AirPodsはBluetooth接続ですから電話本体から離れると切れてしまうわけです。待ちに待った電話がかかってきたのに、話に熱くなって切れてしまう苛立たしさが会話にメリハリを付けます。

いずれにしてもティルダ・スウィントンの演技力と、アルモドバルのチームによる徹底的な作り込みに魅了される1本です。

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撮影監督は「パラレル・マザーズ」ほかアルモドバルの名作の数々を手がけてきた大御所ホセ・ルイス・アルカイネ(José Luis Alcaine)、音楽は常連コンポーザーのアルベルト・イグレシアス(Alberto Iglesias)、プロダクトデザインも同じく常連のアンチョン・ゴメス(Antxón Gómez)という具合で、工具のイラストを使ったオープニングタイトルからエンディングまで完璧としか言いようがありません。

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ティルダ・スウィントン主演ということもあって、アルモドバル監督初の英語作品となりました。ルシア・ベルリン原作の次作は初の長編英語作品となる予定だそうで、本作は30分の短編とはいえ、その前哨戦という意味でも価値ある1本です。

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2022年11月14日 (月)

映画「パラレル・マザーズ(Madres paralelas)」

Madres paralelas 久しぶりのペドロ・アルモドバル(Pedro Almodóvar)監督作品は原点回帰ともいえる母娘もの。中心になるのは同じ日に同じ産院で娘を産んだ二人のシングルマザーですが、彼女たちの母親、さらに遡って既に歴史の一部になっている祖母、曾祖母まで関係してくる物語です。

主人公のジャニスを演じたのは前作「ペイン・アンド・グローリー」にも出ていたペネロペ・クルス(Penélope Cruz)。その前々作「アイム・ソー・エキサイテッド!」にもカメオ出演で少しだけ映りましたが、主役を務めるのは12年前の「抱擁のかけら」以来ではないでしょうか。

もう一人のシングルマザーである17歳のアナを演じたのは映画出演2作目というミレナ・スミット(Milena Smit)。彼女の母親テレサを演じたのはヘレナ・ローナー(Helena Rohner)の愛用者としてお馴染みのアイタナ・サンチェス=ギヨン(Aitana Sánchez-Gijón)で、本作もヘレナのアクセサリーで登場します。

下の写真は、舞台俳優という設定の彼女がこのポーセリンネックレスを着けてオーディションを受けている場面。彼女のinstagramの動画を見ると耳元はこのフープピアスだとがわかりますし、テラスのシーン(instagram)もヘレナの指輪とピアスを着けていたとわかります。映画の完成試写会(instagram)ではレジンとストーンのピアスを着けていたようですね。

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映画の物語は、二人の母親の交わるはずのない人生が産院のミスで交わってしまうというもの。ジャニスと同じ病室に入院していたアナも同じ日に娘を出産したのですが、手違いで新生児が入れ替わってしまい、互いにそれを知らずに育てていきます。

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ジャニスの娘の父親は法人類学者のアルトゥロ。彼女は主に雑誌で活躍しているフォトグラファーで、撮影でたまたま出会ったアルトゥロにある相談を持ちかけ、それをきっかけに親密な関係になります。彼に癌を患っている妻がいることもあって二人は自由な関係を続けるのですが、妊娠を告げた際、この状況で離婚を切り出すことはできないと中絶を打診されたことから、ジャニスはシングルマザーとして子どもを育てる道を選びます。

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彼女がアルトゥロに相談した件というのは、内戦時にファランヘ党による弾圧と粛正で犠牲になった曾祖父アントニオたちの遺骨調査のこと。スペインには2007年に成立した歴史記憶法(Ley de Memoria Histórica de España)という法律があり、犠牲者の権利回復や補償請求などの他、11条から14条で身元不明遺体の発掘調査について定めています。ジャニスは、アルトゥロがナバラ州で調査委員を務めていることを知り、発掘の公的支援が得られるように協力を依頼したのです。

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出産後はアルトゥロと距離をおいていたジャニスですが、遺骨調査の件で再会します。引き続き尽力してくれていた彼を自宅に招き、娘のセシリアに会わせるのですが、彼は娘を見た途端、自分の子どもとは思えないと言い始めます。確かに、切れ長の目といい、やや浅黒い肌といい、白人の両親をもつ子どもとしては不自然です。

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祖母がベネズエラ出身なのでその血かも知れないというジャニスに、念のためDNA鑑定をして欲しいと言うアルトゥロ。ジャニスは拒否するのですが、不安で仕方ありません。結局、検査キットを取り寄せて鑑定し、自分の子どもではないことを知ります。この事実は自分の中だけにとどめておこうと決め、電話番号も変えて仕事に打ち込みます。

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その数ヶ月後、自宅近くのカフェで偶然アナと再会することになります。彼女は最近このカフェで働き始めたとのこと。女優として成功を目指していた母がようやくチャンスを得て、巡業中心の留守がちな暮らしになったので、母の家を出て独り暮らしを始めたと言います。ジャニスは、仕事が終わったら自宅に寄っていかないかと誘います。

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その晩、自宅を訪ねてきたアナから、娘のアニタが乳幼児突然死症候群で亡くなったことを知らされます。彼女からアニタの写真を見せてもらったジャニスは、産院で子どもが入れ替わったことを確信します。ちょうど雇っていたメイドが夫の病気の関係で辞めようとしていたことや、ベビーシッターをするかわりに部屋を与えていた留学生を追い出したかったこともあり、アナにメイドとして働かないかと提案します。住み込み食事付きで800ユーロはカフェの月給500ユーロより良い条件です。

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こうして二人は同居することになり、アナがアニタを産んだ経緯や、父と暮らしていたグラナダを出てマドリードの母の家に移ってきた理由が明かされ、次第に彼女たちの関係も変化していきます。またジャニスは密かにアナの唾液を採取し、セシリアの母親がアナであることを確認します。

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ジャニスのもとを訪ねてきたテレサとの会話で、母であることと夢を追うことを両立させる難しさについて触れ、発掘の承認が得られたことで再会したアルトゥーロとは新たな関係が始まり、映画は結末に向けて一気に進んで行きます。多少、強引な展開になりますが、母娘の物語と内戦の歴史を組み合わせるためには致し方なかったのでしょう。要するにDNA検査です。

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発掘調査のためにナバラまで行くのかと思えば、アルトゥーロとジャニスが乗った黄色いスズキ・ジムニーが向かった先はマドリード北部のトレモチャ・デ・ハラマ(Torremocha de Jarama)のようですね。歴史記憶回復協会によると共同墓穴は全国に約2000ヶ所あるそうで、地図(Mapa de la Memoria)を見ると北部に多いようですが、マドリードを含む中央部にも何ヶ所か点在しています。その近所にあるという設定のジャニスの旧家はトレラグーナ(Torrelaguna)で撮ったそうです。ちなみにジャニスのマドリードの自宅はドス・デ・マヨ広場のそばという設定のようで、アナが働いていたカフェはCafé Modernoですね。

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歴史については内戦に触れるだけでなく、ジャニスの母親がヒッピーで、好きだったジャニス・ジョプリンに因んで娘の名前を決めたというサブカル的な逸話も織り込まれます。ジャニスはもうすぐ40歳ということですから1980年代前半の生まれだと思いますが、ジャニスの母親はフランコが亡くなった1975年からほどなくしてイビサに渡ったことになります。英国人が大挙して押し寄せる前のイビサには興味深いものがありますね。

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この作品も例に漏れず、隅々まで計算され尽くした美しい色彩と凝った小道具で創られています。撮影は「バッド・エデュケーション」「ボルベール」「私が、生きる肌」「アイム・ソー・エキサイテッド!」「ペイン・アンド・グローリー」「ヒューマン・ボイス」の大御所ホセ・ルイス・アルカイネ(José Luis Alcaine)、プロダクトデザインは上記作品の他「抱擁のかけら」なども手がけてきたアンチョン・ゴメス(Antxón Gómez)。

ジャニスの仕事用カメラはキャノンEOS-5DのMark IVとProfoto Connect Proを付けたライカM6、自宅で子どもを撮るのは富士フイルムのX-H1、暖炉の上にはアーヴィング・ペンのNubile Young Beauty of Diamaré, Cameroonが掛けられているといった具合で、おそらくこのいくつかはアルモドバル監督の私物でしょう。

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その他の出演者としては、アルトゥーロ役で「マジカル・ガール」「スモーク アンド ミラーズ」に出ていたイスラエル・エレハルデ(Israel Elejalde)、雑誌MUJER AHORA(実在の雑誌MUJER HOYのモジり)の編集長エレナ役で「抱擁のかけら」「ジュリエッタ」などアルモドバル作品の常連ロッシ・デ・パルマ(Rossy de Palma)が出ています。

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公式サイト
パラレル・マザーズParallel Mothers

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2022年11月 8日 (火)

映画「マンティコア(Mantícora)」

Mantícora 2016年に観た「マジカルガール」、2019年に観た「シークレット・ヴォイス」の監督カルロス・ベルムト(Carlos Vermut)の最新作です。2019年に日本絡みのミュージックビデオを撮っているようですが、本作も相変わらず随所に日本への関心の強さを感じさせる1本になっています。

主人公のフリアンはゲームのキャラクターデザインをしているクリエーターで、マドリードで暮らす独身男性。彼が創作するモンスターのCGは社内でも高く評価されているのですが、ゲームの内容はといえば打ち合わせで人体損壊のリアリティが議題に上がるような残虐なもののようです。

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このときの社内の雑談で、日本に旅行に行き、混浴の温泉に驚いたという会話が聞こえてきますが、これは単に監督が日本通だと示したのではなく、伏線として用意したシーンだということが後々わかります。

フリアンは日頃から自宅で会社支給のPCを使ってデザイン作業をしています。VRヘッドセットを装着して、何もない空間でアクションペインティングのように身体を動かして描画する姿は、創作中の画像をうかがい知れない傍目から見れば異様ですが、これも彼のスタイルのようです。

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そんなある日、助けを求める声が聞こえてきて隣室が火事だと気付きます。ドアを壊して室内に入り、燃えているカーテンの消火をするのですが、ひとり留守番をしていた子どもは恐怖で震えていて、フリアンは母親が帰宅するまで一緒にいてあげることにします。

この少年がクリスチャン。ピアノが上手なおとなしい男の子で、母子の二人暮らしのようです。

フリアンもクリスチャンも怪我はありませんでしたが、クリスチャンにはショックが残っているようですし、フリアンも病院の診断では何も問題なかったのに、夜中に呼吸困難の発作を起こして病院に駆け込むことになります。火事の影響によるパニック障害という診断を受けて抗うつ剤を処方されます。

そんなことがあったせいか、フリアンはふと思いついたようにノートにクリスチャンを素描して、自宅に戻ってからPCでモデリングします。

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フリアンの出社日に同僚の誕生日のサプライズパーティがあり、その同僚からディアナを紹介されます。ショートカットの似合うボーイッシュな女性です。後日、たまたま映画館で彼女を見かけたフリアンは衝動的に尾行してしまい、思いがけず彼女と会話を交わすことになります。

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観客は直前のシーンで、フリアンが他の女性とクラブで出会い、うまくいかなった経緯を見ていますので、彼の好みに一貫性がないというか、幅が広いと思うでしょうが、そのエピソードもおそらくひとつの伏線です。

ディアナはバルセロナ出身。いまは父が暮らすマドリードに来て、寝たきりになっている父の看病をしています。彼女にはボーイフレンドと言えるかどうか微妙な関係の男性がいて、フリアンと3人でカフェに行くのですが、その男性は対抗意識なのか単なるゲーム嫌いなのか、フリアンの仕事を全面的に否定します。

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別の日、フリアンとディアナはプラド美術館でデートします。フリアンは彼女をゴヤの黒い絵(Pinturas negras)を展示した部屋に案内し、二人で“我が子を食らうサトゥルヌス”などを観賞するのですが、彼女はこの部屋(彼女の表現ではla sala negra)に来たのは初めてだといって新鮮な驚きを感じているようです。フリアンは仕事柄か、伊藤潤二のコミックを愛読するホラー好きでもあります。

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二人は徐々に親しくなり、ディアナはフリアンとの関係に嫉妬したボーイフレンドと別れてしまいます。しかし、フリアンと深い関係になろうとした瞬間に電話があり、父の死を告げられます。そして父の死に目に会えなかったことを悔やみ続けることになります。

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傷ついたディアナと彼女の父の故郷であるシッチェスの海岸に行ったり、いろいろあるのですが、フリアンは突然、会社に呼び出され、会社のPCでクリスチャンをモデリングしていたことを理由にクビを告げられます。表面的には会社資産の業務外使用ということですが、問題の本質はペドフィリアであり、会社の同僚からもディアナからも遠ざけられることになります。その結果、フリアンがある行動を起こし、そこでマンティコア、ライオンのような胴と人のような顔をもつ怪物の絵を見て絶望することになります。

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親との関係性など盛りだくさんなストーリーですが、ポイントは、残虐性の高いゲームを創り出し、ゴヤの絵画を受け入れている社会がペドフィリアを断罪することの是非でしょう。日本は欧米に比べてペドフィリアに対する認識が甘く、そのあたりが日本通の監督の意識にありそうです。

もう一つはエンディングのディアナの行動に顕れる共依存。フリアンの性癖や衝動的行動にフォーカスしながら、最後はディアナの嗜癖で締めくくるあたり、この監督ならではの運び方だと思いました。

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主人公のフリアンを演じたのはナチョ・サンチェス(Nacho Sánchez)。1992年アビラ出身で舞台俳優を経て2019年に映画デビューしたそうです。相手役ディアナを演じたゾーイ・ステイン(Zoe Stein)はカタルーニャで活躍している女優だそうで、終盤にカタランを使うシーンがあります。

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2022年11月 3日 (木)

ラテンビート映画祭「ラ・ハウリア(La Jauría)」

La Jauría 今年のラテンビート映画祭も昨年同様、東京国際映画祭の一部としての開催で、上映本数もわずかでしたが、かろうじて1本(短編1本を併映)だけ観に行けました。

2022年カンヌ映画祭の国際批評家週間でグランプリとSACD賞を受賞したというコロンビア映画。監督のアンドレス・ラミレス・プリド(Andrés Ramírez Pulido)は1989年ボゴタ生まれで、これまで短編3本を撮っており、本作が長編デビュー作となります。

コロンビア映画ということと前評判の良さから、2019年のラテンビート映画祭で上映され、話題になって2021年に一般公開に漕ぎ着けた「MONOS 猿と呼ばれし者たち」のような作品をイメージしていたのですが、ある意味、似たタイプの映画でした。

似たタイプというのは、人里離れた山奥に隔離された少年たちを主題にしていること、主に自然光で撮られていること。それに対して、少年たちの居場所が更正施設であること、つまり「MONOS」のようなゲリラではなく犯罪者であることと、その監視役に代表される大人の男たちと少年たちの対立の物語であることが大きく異なります。

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映画の始まりは町の盛り場とおぼしき場所にいる少年二人の映像。これが主人公のエリウとその仲間でリーダー格の通称エル・モノ。これは「MONOS」と同じく“猿”という意味で付けられた呼び名だと思います。

続くシーンは彼らが二人乗りしたバイクで疾走している場面。実は二人の間にもう一人挟まれていて、それが遺体であることが後々判ります。要するに人を殺してしまった二人が、それを遺棄しようと山に向かっているのです。

そして場面は変わり、鬱蒼としたジャングルの奥の更正施設。そこにいるエリウのもとに、新たに収監される少年たちが運ばれてくるシーンで、その新入りの中にはエル・モノがいます。別々の施設に収監されていた彼らが、何らかの理由で同じ施設に送られ、再会したというわけです。

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この更正施設は実験的なもののようで、ある程度、少年たちを自由にさせる反面、毎日のように厳しい労働が課せられます。打ち捨てられ、草に埋もれた旧い邸宅を改修して使っているようですが、彼らの労働はその邸宅の外構と周辺を整備することで、なぜ周辺整備まで必要なのかは後に判ってきます。

施設には看守役の大人が二人います。一人はやせ形のアルバロで、少年たちに呼吸法などを教えて更正させようと試みます。もう一人は太ったグーディで、高圧的に労働を強いることで少年たちをたたき直す方針のように見えますが、本当の理由は別のところにあります。

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アプローチ方法は正反対ですが、いずれに対しても少年たちは心を開きません。なぜ受け入れられないのかといえば、彼らが罪を犯した理由は家庭環境にあり、家庭問題の根源は父親にあるからです。つまり大人の男性に不信感があるのです。

エリウが犯した殺人も、元はといえば父親を殺そうとして別人を殺めてしまったというものです。

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これは彼らの家庭というより、コロンビアという国の問題でもあります。何世代にもわたって犯罪が受け継がれている国。その背景には麻薬があり、暴力があります。横暴な父親を否定しながら、自らも暴力と麻薬に依存していくという輪廻から抜けられないのです。

非暴力に徹しているように見えるアルバロでさえ、強権的な父親と暴力という過去から脱することができず、最終的には暴力に依存してしまう悲しい人ですし、犯罪者ではないエリウの弟にも暴力が正義であるという価値観が染みついています。

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この映画が作られた背景には、なぜこの国の問題を抱えた子どもたちは、父親を憎み、母親を愛するのかという、監督の長年にわたる問題意識があるそうです。

美しい映像が際立つ「MONOS」に比べると、暗い場面が多すぎて観にくいという難点がありますが、カンヌで評価された理由もわかるような気がする力作です。

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併映された「ルーム・メイド(Maid)」は「Zama」のルクレシア・マルテル(Lucrecia Martel)監督が撮った短編で、ホテルのメイドとして働き始めた女性が、子どもに電話をかけ、その会話から家庭の事情が伝わってくるというお話。こちらも背後に男性の暴力が透けて見え、そのあたりに共通するものがありそうです。

東京国際映画祭 公式サイト
ラ・ハウリア/ルーム・メイド

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