スペイン

2019年11月19日 (火)

ラテンビート映画祭「猿(Monos)」

monos 南米コロンビアの山岳地帯を舞台にした作品です。アレハンドロ・ランデス(Alejandro Landes)監督の2007年の「コカレロ」、2011年の「Porfirio」に続く3作目。「コカレロ」はボリビアで撮ったドキュメンタリー作品でしたが、「Porfirio」は本作と同じく、監督のルーツでもあるコロンビアで撮った劇映画だそうです。

ストーリーそのものはシンプルなものですが、撮影技術と映像の迫力には目を見張るものがあります。夜間の炎だけで撮影されたシーンの美しさもさることながら、ジャングルを駆け巡るシーンや激流に巻き込まれるシーンなど、あり得ないようなカメラワークが随所に見られます。また、設定やキャスティングに細かい仕掛けがあり、後で得心したり、考え込んでしまったり、ある種の深みを感じさせてくれる作品です。

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タイトルの猿(Monos)というのは、映画の主役である8人の少年少女たちのコードネーム。映画の序盤で、楽しげにブラインドサッカーのようなゲームに興じる子どもたちが映りますので、彼らの夏休みを描いた映画と勘違いしそうになりますが、この子どもたちは反政府ゲリラで、身代金目的で人質にした白人女性を見張るという任務を帯びています。

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ときおり、[伝令](Mensajero)と呼ばれる上司が来ては、彼らに厳しい肉体トレーニングを課し、人質のビデオを撮って帰りますが、それ以外のときは、自主的な訓練をしたり、普通の子どものように遊んだりして過ごしているようです。8人のゲリラの構成は、リーダーの[狼](Lobo)、2番手の[ビッグフット](Patagrande)、[ランボー](Rambo)、[犬](Perro)、[スマーフ](Pitufo)、[ブンブン](Boom Boom)と呼ばれる男子6人と、[レディ](Leidi)、[スウェーデン](Sueca)と呼ばれる女子2人。人質の本名はサラ・ワトソンですが、ここでは[博士](Doctora)と呼ばれています。

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ある日のトレーニングの後、[伝令]に対し、[狼]と[レディ]が“男女の関係”の許可を申請します。彼らの組織や規律がどうなっているのかわかりませんが、あっさり許可が出て、その後、全員で2人のためのベッドを作ってあげたりします。

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また[伝令]は帰り際に一頭の乳牛を託していきます。[シャキーラ]という名前(コロンビアの至宝ですね)のその牛は支援者から借りているものなので、ミルクを絞って大事に飼育するようにという指示。人里離れた山奥(ロケ地はチンガサ国立公園)で暮らすゲリラにとって、食糧は何より大切ですし、反政府ゲリラにとって支援者は政治的生命線です。

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[狼]と[レディ]の結婚祝いでしょうか。全員で酒を飲み、彼らが酔っ払って騒いでいる最中に、[犬]が誤って[シャキーラ]を射殺してしまいます。とりあえず、地面に独房代わりの穴を掘って[犬]を入れ、解体した牛肉をみんなで分け合って食べますが、問題は[伝令]への報告です。みんなが頭を悩ましている傍らで、責任を感じたリーダーの[狼]が銃で自殺してしまいます。

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そこで残った7人は、話し合いの末、[狼]が[シャキーラ]を殺して自殺したと報告することに決めます。[犬]を守るためとはいえ、忠誠を誓っている組織を欺すわけですから、心中穏やかではありません。結果的にはその嘘がうまく通じ、新たなリーダーとして[ビッグフット]が任命されます。

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その後、彼らの基地が攻撃を受け、人質を別の場所に移送するように命令されます。ジャングルの中(ロケ地はサマナ・ノルテ川沿い)を移動するわけですが、その途中の野営地で[博士]が逃走します。結局、[博士]は確保されるのですが、これをきっかけに、組織への嘘でくすぶっていたグループ内の意識のズレが表面化していき、次々と問題が生じていくことになります。

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冒頭に記したように、素晴らしい映像と音響、緊張感ある展開で楽しませてくれる作品ですが、惜しむらくはこれがラテンビート映画祭での特別上映であること。サンダンス映画祭はじめいくつかの賞を受賞していますので、そのうちDVDやBDでリリースされるかもしれませんが、やはり映画館の大スクリーンで集中してみないと堪能できないのではないかと思います。

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出演者で知名度があるのは、おそらく人質の[博士]を演じたジュリアンヌ・ニコルソン(Julianne Nicholson)だけでしょう。「8月の家族たち」で次女、「ブラック・スキャンダル」でコノリーの妻、「アイ、トーニャ」でコーチでを演じていた米国人女優です。

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ゲリラ役の少年少女たちはオーディションで選ばれた素人だそうですが、ちょっとネタバレしてしまうと、坊主頭の[ランボー]を演じたのはソフィア・ブエナヴェントゥーラ(Sofia Buenaventura)という女性で、2019年8月のインタビュー時はサンティアゴ・デ・カリ在住でバジェ大学(Universidad del Valle)に通う学生だと紹介されていました。もし映画で設定された役柄が男の子のように振る舞う女の子だとすると、途中のキスシーンや印象的なエンディングなどさまざまな場面の意味合いが違ってくると思います。

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公式サイト
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[仕入れ担当]

2019年11月18日 (月)

ラテンビート映画祭「蜘蛛(Araña)」

Spider 反政府デモが続き、この12月に予定されていたAPECとCOP25の開催を断念したチリ。デモが激化したきっかけは地下鉄運賃値上げだと伝えられていますが、そもそもの元凶は、富裕層が支持する右派と大衆が支持する左派が拮抗し続けるこの国の政情にあります。

近年の政権を時系列で並べると、2006年から2010年は親の代からアジェンデ派の社会主義者ミシェル・バチェレ、2010年から2014年は大富豪で反共のアルセバスティアン・ピニェラ、2014年から2018年は再びバチェレ、そして2018年にピニェラが返り咲いています。アジェンデの社会主義政権を倒した1973年から軍事独裁を続けてきたピノチェトの90年の辞任以降、中道と左派による政権運営が行われていたところで大きく右に振れたのですから、左派の不満も想像に難くありません。

本作「蜘蛛」の主人公たちは、70年代にアジェンデ政権を倒そうと暗躍した極右民族主義者の仲間。映画のタイトルは彼らの組織“PyL:Frente Nacionalista Patria y Libertad(≒祖国と自由・民族戦線)”のマークが蜘蛛に似ていることと、蜘蛛の糸に絡みとられていくイメージを掛け合わせたものだと思います。

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彼らが思い描いたとおりにピノチェト政権に移行するわけですが、もともとブルジョワ家庭の出身者だった彼らは、政権と癒着することでさらに富を蓄えます。若い頃に行ったテロ活動の数々は闇に葬り、実業家や専門職として高い社会的地位を築いています。

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あれから40年という設定ですから、おそらく2010年代前半、ピニェラ政権の頃でしょう。主人公のイネスは企業のトップにつき、彼女の夫スフトは経営していた弁護士事務所を息子に譲って隠居の身です。家政婦を雇い、プール付きの邸宅で暮らす彼らは、特権階級を絵に描いたようなようなライフスタイルを謳歌しています。

そんなある日、路上で女性のバッグを引ったくった犯人を、初老の男が車で追い詰めて殺してしまうという事件が起きます。市民による正義の制裁として新聞に大きく取り上げられるのですが、その犯人の顔をみたイネスとスフトは驚愕。なぜならば、その男は40年前に姿をくらました仲間のヘラルドだったからです。

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美貌の誉れ高かったイネスは1981年の美人コンテストで優勝します。その写真撮影をしたカメラマンのアシスタントだったのがヘラルド。彼はカメラマンの態度に立腹し、いきなり暴力を振るって馘になってしまいます。

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イネスとスフトは既に結婚しており、小さな子どもがありながらも社会主義政権の打倒に燃えていて、血気盛んなヘラルドを自分たちのテロ活動に呼び込みます。そして3人の不思議な関係が始まるのですが、なぜ不思議かというと、イネスとスフトはブルジョワ家庭の出身、対するヘラルドは若くして空軍に入隊した庶民の出身で、普通なら交差するはずのない人生だからです。

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そこでポイントになるのがイネスの持ち前の性格でしょう。美人コンテストのインタビューで“自分の身体でどこが変えたいところがあるか”と訊かれて、“全部”と答え、不思議がるインタビューアーに“男になりたかった”と説明するイネス。見目麗しい女性でありながら、強さに対する憧れがひと一倍強いのです。それは映画の冒頭で孫のサッカーに付き添う場面から、会議室の男性陣を睥睨し"maricones(≒ヘナチョコども)"と言い放つ場面まで、さまざまな言動に現れます。

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イネスとスフトは同じ社会階層だからこそ結びついているわけですが、ヘラルドとの結びつきは彼の暴力性。イネスは野性的な強さをもつヘラルドに強く惹かれていきます。もちろんヘラルドも、美しく情熱的なイネスに惹かれます。この三角関係によって政治活動に私情が挟まれ、結果的にヘラルドが姿を消すことになるのですが、40年後の彼の出現で過去の記憶が蘇ってくるわけです。既にPyLが存在しないとはいえ、世の中は右傾化しつつあり、ネオナチのような極右グループも台頭しています。本作では現代のチリ社会におけるハイチ移民の扱いなどを交えながら、極右民族主義者たちの過去と現在を描いていきます。

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この映画の第一の見どころはイネスを演じた2人の女優。若い頃をスペイン出身のマリア・バルベルデ(María Valverde)、その40年後を「ローマ法王になる日まで」「ネルーダ」「永遠に僕のもの」などで知られるアルゼンチンの名優メルセデス・モラン(Mercedes Morán)が演じているのですが、二人ともとても魅力的で、その美しさと強さに男たちが惑わされていく様子が違和感なく伝えられます。

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そして第二の見どころは巧みなストーリー展開。過去の因縁が蘇るというよくある物語を、家族の問題や世相の変化をうまく取り込んでスリリングに進めていきます。マリア・バルベルデやメルセデス・モランの演技力のおかげもあり、ぐんぐん引き込まれていくと思います。

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監督はチリ出身のアンドレス・ウッド(Andrés Wood)。メインの女優以外はチリの俳優が多く出演していて、若いヘラルドをペドロ・フォンテーヌ(Pedro Fontaine)、老いてからを「ザ・クラブ」「ネルーダ」に出ていたマルセロ・アロンソ(Marcelo Alonso)、若いスフトをガブリエル・ウルスア(Gabriel Urzúa)、老いてからをフェリペ・アルマス(Felipe Armas)が演じています。

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公式サイト
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[仕入れ担当]

2019年11月15日 (金)

映画「スペインは呼んでいる(The Trip to Spain)」

triptospain 4年前に日本公開された「イタリアは呼んでいる」の続編です。前作と同じく、マイケル・ウィンターボトム(Michael Winterbottom)監督が手がけたTVシリーズの映画化で、俳優で脚本家のスティーブ・クーガン(Steve Coogan)とコメディアンで司会者のロブ・ブライドン(Rob Brydon)がグルメ旅に出かけるバディムービーです。

前作同様、笑いのツボが英国ローカルであること、その笑いのネタが2人のモノマネであることには要注意です。英国の時事ネタと彼らがマネする有名人の口癖を知らないと、まったく笑えない事態に陥ります。また本作では、スティーブ・クーガンがアカデミー賞の作品賞と脚色賞にノミネートされた「あなたを抱きしめる日まで」に絡めたネタが散りばめられていますので、この映画を観ていないと意味不明な部分が多々あるかと思います。

ということで、コメディとしては観客を選ぶ微妙な作品ですが、旅行番組としては風光明媚な景色と地方色豊かな美食で楽しませてくれるストレートな作り。中年男性2人のミッドライフ・クライシスにまつわる軽口を聞きながら、ひとときの旅行気分に浸れます。

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今回の目的地はスペインで、英国プリマス(Plymouth)港から海路でサンタンデール(Santander)に渡り、イベリア半島をマラガまで縦断します。前作の車はミニクーパーでしたが、今回はロンドンから持ち込んだ右ハンドルのレンジローバー。調べてみたら、ブルターニュ・フェリーズ(Brittany Ferries)が夕方出航して正午に到着するカーフェリーを夏期だけ運行しているようです。

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スペイン最初の食事はチョコ・ゲタリア(Txoko Getaria)で。

ゲタリアは漁港を中心とした小さな町で、アンチョビと近郊で作られるチャコリという微発砲のワインが有名。クリストバル・バレンシアガの出身地であり、彼の生家を使った美術館もあります。サンタンデールからだと、ビルバオを抜けて2時間ほどかかりますので、やや遅めのランチという感じでしょうか。チョコは漁港を見下ろすように何軒か並ぶシーフードレストランの一つで(このブログブーツの写真はチョコの前から漁港に向けて撮ったものです)、スティーブとロブはこの店で鰯のプランチャ(鉄板焼き)や舌平目のグリルなどを食べます。

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初日の宿はパラドール・デ・オンダリビア(Parador de Hondarribia)。ゲタリアからサン・セバスティアンを通り過ぎてフランス国境を越える直前にある町、オンダリビアのパラドールです。ナバラ王国の要塞を使った建物で、エントランス側の小さな広場から見ると窓がないレンガ壁が大きくそびえ立ち、かなりの威圧感があります。ちなみに町の川向こうにあるアンダイエは「戦争のさなかで」のミゲル・デ・ウナムーノがフランス亡命中に暮らした町です。

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2日目の食事はアサドール・エチェバリ(Asador Etxebarri)。ビルバオから1時間かかる山奥にあるというのに、日本人を含むフーディたちがこぞって押しかける超有名店ですね。アサドールというのは薪や炭でグリルすることで、英語ではバーベキューという味気ない表現になってしまいますが、直火に意義を見出しているレストランです。ここで彼らは自家製のモッツァレラと山羊のバター(life-affirming butter=人生を肯定するバター!)、チョリソと玉蜀黍のクロケット、ムール貝の人参ジュース添え、骨付き肉のステーキ(Chuleta de res)、スモークドミルクのアイスクリームなどを食べます。そしてサラゴサ(Zaragoza)まで約300Km移動し、宿泊はパラドール・デ・ソス・デル・レイ・カトリコ(Parador de Sos del Rey Catolico)。

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スペインのグルメトリップといえば、更に東に向かい、カタルーニャで食べ歩くのが王道ですが、3日目の昼食は同じ道を途中まで引き返すかたちでリオハのラ・ポサダ・デル・ラウレル(La Posada del Laurel)に行き、赤ピーマンのプランチャ、ラムチョップなどを食べます。途中でエンシソの恐竜遺跡(Yacimientos de icnitas de Enciso)に立ち寄って記念撮影してましたね。

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本作は2017年4月にTV放映されたものですので、おそらく撮影の時点でプチダモンによるその後の混乱が予測できたのでしょう。グルメをテーマにしながらも美食の宝庫ジローナなど、カタルーニャ地方には一切触れていません。旅の途中でストリートミュージシャンと出会い、スティ−ブが“あのローリー・リー(Laurie Lee)も音楽で稼ぎながら旅をしていた”と言ってビールを奢ってあげるのですが、その若い英国人のお勧めはカタルーニャとバレンシアでした。確かバレンシアのカサ・モンターニャ(Casa Montaña)という店を挙げていたと思います。下の写真はローリー・リーの"As I Walked Out One Midsummer Morning"(邦訳は「スペイン放浪記―ある夏の朝、ふと旅に出て」または「アルフの旅」)とスティーブ。

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そしてマドリード方面に向かい、その晩の宿はパラドール・デ・シグエンサ(Parador De Siguenza)。4日目の昼食はパラドールから歩いてすぐのノーラ(Nöla)で骨付きラムのクスクス添えなどを食べ、夜は200Kmほど南下してパラドール・デ・クエンカ(Parador de Cuenca)に泊まります。私は行ったことがないのですが、クエンカも良さそうな町ですね。

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さらに南下し、5日目の食事はパラドール・デ・アルマグロ(Parador de Almagro)。そしてその晩の宿はパラドール・デ・グラナダ(Parador de Granada)。以前、このブログでもここの食事をご紹介していますが、アンダルシアに行くなら翌日の宿泊先であるパラドール・デ・マラガ・ヒブラルファロ(Parador de Málaga Gibralfaro)と併せて泊まりたい、スペインを代表するパラドールの一つです。前後してしまいましたが、最終日の昼食はマラガのエル・レフェクトリウム(El Refectorium)でポテトサラダや海老を食べていました。

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行き先のご紹介ばかりで内容に触れず仕舞いになってしまいましたが、本作のテーマはミッドライフ・クライシスですので、50代の二人(実際は同年齢ですが映画の設定ではスティーブが51歳、ボブが56歳)が、いつの間にか自らが置かれている立場が変化し、それに気付いて悩む様子が描かれていきます。もちろんこのサイドストーリーは創作ですので、それぞれの家族の設定も次回作の話題もフィクションです。

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スペインは呼んでいる

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2019年11月12日 (火)

ラテンビート映画祭「列車旅行のすすめ(Ventajas de viajar en tren)」

ventajasサン・セバスティアン出身のアリツ・モレノ(Aritz Moreno)監督の初長編作品です。サイコ風味のブラックコメディといえば良いのでしょうか。展開はハチャメチャで、風変わりなロマンスがあればエログロの要素もありというジャンル分け不能な映画。ある意味、スペイン映画らしい作品といえるでしょう。

原作はアントニオ・オレフド(Antonio Orejudo)が2000年に刊行した同名小説。本作に原作があるだけでも驚きですが、このとぼけたタイトル(直訳すると、列車で旅する利点)と無茶苦茶な内容でベストセラーになったというのですから驚愕です。オレフドは1963年マドリード生まれ。マドリード自治大学(UAM)卒業後、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で博士号を取得し、アムステルダム等での教職を経てアルメリア大学の教授に就任した人だそうです。

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さて、映画の内容はといえば、夫をスペイン北部の精神病院に入院させて列車で帰路についた編集者のエルガ・パトが、精神科医だという男性と向かい合わせの座席になり、彼の患者が語ったという話を聞いてしまったのがそもそもの始まり。アンヘル・サナグスティンと名乗るその男は、あなたのことを病院で見かけた、自分の診療方針は患者に自分の話を書かせることだが、少し聞きたくないか?と語りかけます。

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最初の一編は、父親の希望に応えて軍に入隊したマルティンという男がコソボの病院に派兵され、世の中のダークサイドを見ることになるというもの。一言でいえば子どもの人身売買なのですが、その一件を上官に訴えたところ、誰も真に受けてくれなくて、問題を抱えた兵士という扱いで除隊させられることになります。

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そうして帰還し、ゴミ収集車の作業員をしている兄のことを心配した妹アメリアから、新居のゴミ問題で難儀していたアンヘルのところに手紙が届いたと話が続いていきます。

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ところが、途中駅で食事を買いに降りたアンヘルを乗せず列車が出発してしまい、残されたのは患者の話を集めたという赤いファイルのみ。エルガはそれを返そうと、後々アンヘルを探すことになるのですが、ここで一旦、話が切り替わって、彼女が夫のエミリオを精神病院に送り込むことになった経緯が綴られます。

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エルガの男性運の悪さを見せていくと思わせながら、どんどん異常な世界に入り込んでいきますのでご用心。この手のスペイン映画に慣れていない方はギョッとするかも知れません。

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それと並行して赤いファイルに記されていたというガラテとロサの話が描かれます。これは遺伝子異常で極端な長躯とフニャフニャな身体を持つ男性と片脚の短い女性がパリで繰り広げるロマンスなのですが、ガラテ役はマルファン症候群の男優ハビエル・ボテット(Javier Botet)、ロサ役は「ブランカニエベス」のマカレナ・ガルシア(Macarena Garca)という妙に力の入ったキャスティングの割に、オチはくだらないし、他のストーリーとの関連性が見えてこないし、不思議なパートです。

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ということで、エルガとエミリオの異常な世界、アンヘルとマルティンの妄想が入り交じった世界、ガラテとロサの脈絡のない世界が、微妙なバランスを取りながら入れ子になっていきます。ストーリーを説明するとネタバレになってしまうというより、説明すること自体が困難な作品ですので、ご覧になっていただくしかありません。ハチャメチャなスペイン映画がお好きな方にお勧めです。

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物語の軸となる編集者の女性エルガ役は「ジュリエッタ」のピラール・カストロ(Pilar Castro)、その夫エミリオ役は「アブラカダブラ」に出ていたというキム・グティエレス(Quim Gutiérrez)、列車の男アンヘル役でエルネスト・アルテリオ(Ernesto Alterio)、帰還兵マルティン役で「雨さえも」「エル・ニーニョ」などの人気俳優ルイス・トサール(Luis Tosar)、妹アメリア役でベレン・クエスタ(Belén Cuesta)、mentira!と叫んでテーブルを割る父親役で「誰もがそれを知っている」の不機嫌な老父ラモン・バレラ(Ramón Barea)が出ています。

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2019年11月11日 (月)

ラテンビート映画祭「戦争のさなかで(Mientras dure la guerra)」

guerra 2004年の「海を飛ぶ夢」でアカデミー外国語映画賞を受賞したアレハンドロ・アメナーバル(Alejandro Amenábar)の最新作です。15年前の作品が代表作というとかなり高齢かと思われるかも知れませんが、まだ40代の監督です。

映画は1930年代にサラマンカ大学の終身学長だった哲学者で詩人のミゲル・デ・ウナムーノ(Miguel de Unamuno)の晩年を描く物語。フランシスコ・フランコ(Francisco Franco)たちの反乱軍によってスペイン内戦が始まり、共和国政府と反乱軍の両勢力の間で苦悩する哲学者の姿が描かれます。

同時に、フランコが反乱軍内部のパワーバランスで総統(caudillo)の地位に就き、一介の軍司令官が独裁者へと変貌していく様子も描かれます。時代の波に流されていく対極的な二人を並べながらも善悪を評価することなく、またどちらかを断罪するわけでもなく、淡々と歴史の趨勢を見せていくあたりがこの作品の特徴と言えるでしょう。

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映画の始まりは画面いっぱいに映し出されるスペイン共和国旗。この三色旗(la tricolor)で第二共和政の時代だということを示すわけですが、この後も旗の掛け替えで政権交代を伝え、エンディングもまた画面いっぱいの旗で締めくくることになります。ちなみに伝統的な赤と黄の他に共和国旗で使われている紫(morado)はカスティーリャ・イ・レオンを象徴する色だそうです。

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よく知られているようにサラマンカ大学はスペイン最古の大学で、その歴史は12世紀頃まで遡るといわれる知の殿堂です。若くしてその終身学長の座を射止めたウナムーノは時代を代表する知識人であり、映画で触れられるようにノーベル賞候補の噂もあったようですが、良くも悪くも多分に政治的な人物で、それによって毀誉褒貶に晒されることになります。

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共和国政府寄りの立場で権威を高めたウナムーノが、その言動から反乱軍支持と受け止められて任を解かれ、後の反乱軍優勢で学長の地位に返り咲いたものの、1936年10月12日の“民族の日”(Día de la Raza)の演説で再び職を解かれます。映画の中で何度も語られる“言いたいことを言う”という本来の姿がエンディングの演説シーンで具現化するわけですが、逆にいえばそれまでは世渡りのために沈黙していたとも言えます。

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もっとイジワルな見方をすれば、彼の要求を聞き入れなかったフランコに対し、病を患い、老い先みじかいことを悟った彼が精一杯の仕返しをしたとも考えられるでしょう。こういった映画ではウナムーノが語るような社会正義を安易に崇めがちですが、この場面をクライマックスに置きながらも客観的な視点で描ききったアメナーバル監督に好感が持てます。

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フランコの扱いも同様で、凡庸で頼りげない司令官が、関係者の思惑が絡み合ってリーダーに選ばれ、凡庸であるが故に着実な選択をしていくあたりを冷静に描いていきます。描かれている時代のせいかも知れませんが、極悪非道な印象はまったくありません。この映画で悪役っぽい風情を漂わせているのは、外人部隊を率いてフランコと共に闘ったホセ・ ミリャン・アストライ(José Millán-Astray)ぐらいでしょうか。

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この隻眼隻腕の将軍アストライを演じたのは「スモーク・アンド・ミラーズ」「誰もがそれを知っている」などでお馴染みの人気俳優エドゥアルド・フェルナンデス(Eduard Fernández)。フランコを演じたのは「星の旅人たち」に出ていたというサンティ・プレゴ(Santi Prego)。

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そして主人公ウナムーノを演じたカラ・エレハルデ(Karra Elejalde)は「雨さえも」でコロンブスを演じていた人。その他、フランコの兄弟ニコラス役で「マジカル・ガール」のお父さんルイス・ベルメホ(Luis Bermejo)、サラマンカ市長夫人アナ・カラスコ役で「ジュリエッタ」に出ていたナタリー・ポサ(Nathalie Poza)がキャスティングされています。

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[仕入れ担当]

2019年8月19日 (月)

映画「永遠に僕のもの(El Ángel)」

angel70年代のブエノスアイレスで連続殺人事件を起こし、その凶悪さとは裏腹な“天使”のような顔立ちで話題になった少年を描いた映画です。その少年カルロス(Carlos Eduardo Robledo Puch)を演じたロレンソ・フェロ(Lorenzo Ferro)のキュートな顔立ちもさることながら、共犯者ラモン(実際はJorge Antonio Ibañez)を演じたチノ・ダリン(Chino Darín)のイケメンぶりも注目の一作。ちなみにチノ・ダリンは「瞳の奥の秘密」や「誰もがそれを知っている」で知られるアルゼンチンの名優、リカルド・ダリン(Ricardo Darín)の長男です。

こう書くと、有名人一家の美少年に頼ったアイドル映画のように思われそうですが、これがなかなかの名作で、監督を務めたルイス・オルテガ(Luis Ortega)の巧さなのか、プロデューサーを務めたペドロ・アルモドバルの力量なのか、いずれにしても一見の価値ありだと思います。ルイス・オルテガはこれが初の日本公開作とはいえ、アルゼンチン映画界では長いキャリアをもつ監督で、その昔はガエル・ガルシア・ベルナルのパートナーになる前のドロレス・フォンシと交際していたこともあるそうです。

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映画の始まりは、周囲からカルリートス(Carlitos)と愛称で呼ばれている美少年、17歳のカルロスが、通りかかった邸宅に目をつけ、忍び込んで盗みを働く場面。リビングにあった酒を飲みながら引き出しの中を物色し、挙げ句の果てにレコードプレイヤーでLa Joven Guardiaの“El Extraño del Pelo Largo”をかけて踊り始めます。そしてガレージの前に停められていたバイクのバックシートにレコードを1枚だけ積んで自宅までひとっ走りです。

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この持ち帰ったレコードは“Billy Bond y La Pesada del Rock and Roll”の1stアルバム。ビリー・ボンド(本名はGiuliano Canterini)はアルゼンチンロックの創始者の一人といわれるイタリア系アルゼンチン人で、エンドロールでもこのアルバムの1曲“Verdes Prados”がかかります。ご存じのようにイタリア移民が多いアルゼンチンにはさまざまなイタリア文化が入り込んでいて、カルロスが盗み出すバイクはジレラ(Gilera)、彼の母親オーロラが作ってくれる料理はミラノ風カツレツといった次第で、この微かなイタリア風がアルゼンチン映画独特の雰囲気を醸し出しているのかも知れません。

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コソ泥のカルロスですが、実家が特に貧しいわけではありません。父親のエクトルも真面目に働いているようですし、おそらく平均的な中流家庭なのでしょう。なぜコソ泥に入るのかというと、それが楽しいから、というのが、ある種の病であり、彼の後の人生を定めていくことになります。

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カルロスは以前通っていた高校で問題を起こし、工業高校に転校したばかりのようです。そこで出会うのがちょっとワイルドな魅力を湛えたラモンで、彼に絡んでわざと殴られ、そこから親しくなっていきます。実際のカルロス本人は否定しているようですが、この映画では、ラモンに対してホモセクシャル的な好意を抱いていたことを匂わせることで、カルロスの不可解さを解釈する手がかりにしています。

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カルロスはラモンの実家に招かれます。蠱惑的な母親アナ・マリアも問題ですが、根っからの悪党である父親ホセの方がより大きな問題で、カルロスは一瞬にしてこの一家に魅了されてしまいます。地下室で拳銃を撃たせてもらい、その魅力にとりつかれたカルロスは、ホセとラモンの父子と組んで銃器店に盗みに入ります。そこで予定以上の銃器と銃弾を盗み出したカルロスは、ホセから計画通りに行動するようにたしなめられますが、彼にはホセの理屈が通じません。盗めると思ったら盗めるだけ盗む、途中でやめて不満が残るのは我慢ならないのです。

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ほとんどの銃器はホセがさばいて金銭に換えてしまうのですが、カルロスはそこから2丁の拳銃を受け取り、これが彼を連続殺人犯に変えていくことになります。盗みの現場で危険に遭遇すると、逃げるのではなく相手を撃ち殺してしまうのです。ラモンから銃殺マニア呼ばわりされるほど、いとも容易に人を撃ってしまうカルロス。すべての行動原理から倫理観が欠落しているようです。

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カルロスとラモンのチームプレイはしばらく続きますが、そもそも2人は盗みに対する姿勢が違います。カルロスにとっては生き甲斐、ラモンにとっては収入を得るための仕事。ラモンに別の仕事の可能性が芽生え、それをうまく進めるために他の男に取り入るようになると、カルロスの不愉快な気分は一気に高まります。可愛さあまって憎さ百倍といったところでしょうか。ラモンの両親ともお別れです。

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次にカルロスが組む相手はミゲル。ラモンが拘置所で知り合い、一時は3人で盗みを働いていた間柄です。しかしミゲルにとっても盗みはカネのためであり、カルロスと組んだ理由も、ラモンの父親ホセにピンハネされるのが嫌だったから。その意識の低さが気に入らなかったのか、彼に残虐な仕打ちをしてしまい、結果的にカルロスに司法の手が及ぶことになります。

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映画ではミゲルへの仕打ち以外にあまりエグいことはしませんが、実際のカルロスは殺人や強盗だけでなく、強姦や誘拐でも起訴されていますので、かなりイカれていたようです。そのあたりを曖昧にして、ロレンソ・フェロの魅力を極限まで引き出した本作は、事実から離れて創作した部分の巧さも奏功していると思います。結果的に、あれもこれも自由に楽しみたいカルロスの欲求と、ファッションや音楽など70年代カルチャーが生み出すイメージが共鳴し合い、作品全体に心地よい一貫性を持たせています。

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カルロスへの愛情に諦観をにじませた母親オーロラを演じたのは、「アイム・ソー・エキサイテッド!」などアルモドバル作品の常連女優セシリア・ロス(Cecilia Roth)。スペイン映画界を代表するベテラン女優ですが、生まれはアルゼンチンだそうで、現在はブエノスアイレスに戻って活動しているようです。

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父親エクトル役は「ナチュラルウーマン」で恋人の弟、「ネルーダ」で主人公の詩人を演じていたルイス・ニェッコ(Luis Gnecco)、ラモンの父親ホセ役は「偽りの人生」で悪党アドリアンを演じていたダニエル・ファネゴ(Daniel Fanego)で、母親アナ・マリア役は「ネルーダ」で詩人のパートナー、「ローマ法王になる日まで」で後の法王の元上司を演じていたメルセデス・モラーン(Mercedes Morán)、後半のカルロスの相棒ミゲル役は「エル・クラン」で長男の元ラグビー選手を演じていたペテル・ランサーニ(Peter Lanzani)といった具合にアルゼンチンの名優が勢揃いしています。

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BGMに使われている60〜70年代のアルゼンチン・ロックやポップスが楽しい本作。アニマルズのヒット曲で知られる米国のフォークソング“朝日のあたる家”のスペイン語バージョン“La Casa del Sol Naciente”の切ない響きが耳に残ります。

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永遠に僕のものEl Ángel

[仕入れ担当]

2019年8月18日 (日)

マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展 三菱一号館美術館

スペイン・グラナダに生まれ、パリとローマで育ち、ヴェネツィアで創作活動を続けた巨匠マリアノ・フォルチュニの全貌に迫る大回顧展です。1900年代前半、繊細なプリーツをつけた絹のドレス「デルフォス」で服飾界に新風を吹き込んだフォルチュニは、ファッションだけでなく画家、写真家、舞台美術のデザイナー、テキスタイルデザイナーとして活躍した総合芸術家。それぞれの分野で多大な影響を与えてきた活動を彼の生い立ちをたどりながら紹介しています。

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父親は異国情緒あふれる作風で人気のあったカタルーニャ人画家、母親は祖父・曽祖父がともに画家でプラド美術館の館長を務めたという芸術家一族の出身。身近にあった絵画をはじめ、両親が蒐集していたアフリカ、中東、中国、日本の工芸品などがフォルチュニの創作に多大な影響を与えています。

本展では絵画や舞台関連の作品も多く紹介されていますが、やはり注目は、日本や中国の上質な絹を優しい色合いに染め、手作業で繊細なプリーツをつくり上げた「デルフォス」。筒状に縫製されたドレスの脇には、ムラーノ島で制作されたトンボ玉が装飾されていますが、これは美しいフォルムを保つためのおもりの役目も果たしているそう。

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中東のチューリップを模した壁掛けのテキスタイルや、真鍮の枠に絹をはりエキゾチックな模様をつけた吊りランプもあり、どれも自宅に持って帰りたくなるほど魅力的です。

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10代からカメラを持っていたというフォルチュニは、日常の風景から建物のディテールや彫刻作品など創作のための記録として、さまざまなシーンを切り取っています。彼の邸宅兼アトリエだったフォルチュニ美術館には100冊のアルバムと、1万枚を超えるネガが残されているそうです。

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100年たっても、新しい。クリエイションの数々に出会えます。

マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展
https://mimt.jp/fortuny/
2019年10月6日(日)まで

[店長]

2019年7月 8日 (月)

映画「ペトラは静かに対峙する(Petra)」

petra このところ活躍の場を広げているバルバラ・レニー(Bárbara Lennie)。「私が、生きる肌」の頃はほぼ無名でしたが、ゴヤ賞を獲った「マジカル・ガール」、ガウディ賞を獲った「エル・ニーニョ(邦題:ザ・トランスポーター)」で知名度が急上昇し、アルゼンチンのディエゴ・レルマン監督「家族のように」では主役、イランのアスガー・ファルハディ監督「誰もがそれを知っている」でも重要な役を務めていました。

その彼女が主演した本作はカタルーニャ出身の監督、ハイメ・ロサレス (Jaime Rosales)の第6作目。さまざまな映画祭で高く評価されている監督ですが、おそらく日本では初公開作になると思います。撮影監督は「アニエスの浜辺」「幸福なラザロ」のエレーヌ・ルヴァール(Hélène Louvart)で、彼女ならではのオーガニックな映像も一見の価値ありです。

物語は、バルバラ・レニー演じるペトラが自分のルーツを探ろうとして、重層的なウソを抱えた家族の因果に巻き込まれていくというもの。章立てになった映画ですが、始まりは第2章、続く第3章の後に第1章と、時間軸を行き来しながら展開します。

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幕開けは画家のペトラが、カタルーニャの彫刻家、ジャウメ・ナヴァロの邸宅にやってくる場面。目的は彼のアトリエでの制作活動で、一種のアーティスト・イン・レジデンスです。まずキッチンで家政婦のテレサと会話し、ダイニングでジャウメの妻マリサと会います。そしてジャウメの息子ルカスと会うのですが、彼だけは別棟で暮らしていて、次第にその理由がわかってきます。要するに父子の仲が悪いのです。

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ルカスはスペイン内戦の墓を撮っている写真家。しかし同じ芸術家とはいえ、知名度はスペインを代表する彫刻家である父の足元にも及びませんし、収入も無いに等しく、成功した父親に寄生している状態です。これまでも何度か家を出ては、結局、戻ってきてここで暮らしているようです。

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同世代のペトラとルカスは次第に親しくなっていきます。互いに心を許しているようにも見えますが、ルカスに迫られたペトラはきっぱり拒絶します。なぜかといえば、ジャウメが自分の父親なのではないかと疑っているから。もしそうなら、ルカスは血の繋がった兄弟ということになります。

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ペトラの母はシングルマザーで、死ぬまでペトラの父親が誰か明かしませんでした。しかし彼女の死後、叔母から聞いた当時の母親の交友関係を探り、相手がジャウメだったのではないかと推測。事実を知るため、生まれ育ったマドリードからカタルーニャの海辺の町、ジローナ県エンポルダ(Alt Empordà)に赴いてきたのです。

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ある日ルカスは、家政婦テレサの夫であるフアンホから、息子のパウを助手として雇ってくれないかと相談されます。おそらくこのような田舎町では良い職にありつけないのでしょう。パウとは昔からの友人でもあり、ルカスは父親に頼み込んでみます。するとジャウメは“自分の息子のことなのだからテレサが直接くるのがスジだ”と言い放ちます。

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それを聞いたテレサは、自らジャウメに頼みに行くのですが、その直後、崖から身を投げて自殺してしまいます。彼女の死が引き金となったかのように、ナヴァロ家の醜い過去が悲劇を呼び起こし、ペトラたちの人生を大きく揺さぶっていくことになります。

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ルカスを演じたアレックス・ブレンデミュール(Àlex Brendemühl)は「しあわせな人生の選択」「ローマ法王になる日まで」「未来を乗り換えた男」などに出演しているバルセロナ出身の俳優。またジャウメの妻マリサ役のマリサ・パレデス(Marisa Paredes)はアルモドバル作品の常連女優で、「私が、生きる肌」では物語の軸となる家政婦を演じていました。

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そしてこの古典的ともいえる悲劇の根源であり、邪悪な心の塊であるジャウメを演じたのは、本作が初出演というジョアン・ボテイ(Joan Botey)。元々はエンジニアで、本作のロケ地となった広大な土地のオーナーだそうです。エンポルダはダリで有名なフィゲラスがある自治体ですので、アーティストが暮らすイメージがあってロケ地に選ばれたのかも知れません。

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スペインの美しい風景と、ウソで塗り固められた人々のコントラストが印象的な映画です。エンポルダからマドリードに戻ったペトラが後に暮らし始めるブイトラゴ(Buitrago del Lozoya)の映像を含め、さまざまな場面で大地や水といった自然の美しさが効果的に使われています。ちなみにブイトラゴの町には、ピカソの理髪師であり長年の友人だったエウへニオ・アリアス(Eugenio Arias Herranz)が作品などを寄付した小さなピカソ美術館(Museo Picasso de Buitrago)があります。

公式サイト
ペトラは静かに対峙する

[仕入れ担当]

2019年6月18日 (火)

映画「誰もがそれを知っている(Todos lo saben)」

todos ペネロペ・クルス(Penélope Cruz)とハビエル・バルデム(Javier Bardem)というスペイン映画界を代表する夫妻に、「瞳の奥の秘密」などで知られるアルゼンチンの名優リカルド・ダリン(Ricardo Darín)が共演するというスペイン語映画としては最高のキャスティングで撮られた映画です。監督は「別離」「ある過去の行方」「セールスマン」のアスガー・ファルハディ(Asghar Farhādī)で、去年のカンヌ映画祭で栄えあるオープニング作品に選ばれています。

舞台はマドリード郊外の小さなコミュニティ。どこにでもありそうな田舎町ですが、映画の中にカタルーニャ人を区別して扱う場面がありますので、その背景としてマドリード郊外という立地に意味があります。ちなみにロケ地となったトレラグーナ(Torrelaguna)はマドリードから北へ車で1時間ほどの町です。

物語はアルゼンチン人と結婚しているラウラが、妹アナの結婚式のために子ども2人を連れてスペインに帰国し、車で町に到着するシーンから始まるのですが、アスガー・ファルハディらしくその時点から伏線が張られています。ペネロペ・クルスが演じるラウラは当たり前に美人なのですが、その娘であるイレーネも結構な美人で、町の人々がみんな彼女に注目するわけです。ところが、よく見ていると美人を賞賛するというより、ひそひそ話をする風情で、何となくおかしな雰囲気が伝わってきます。

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映画のタイトルは原題も邦題も、英題の「Everybody Knows」もすべて同じ意味で、誰にも知られていないと思っていたのに実は全員が知っていた“何か”がテーマの一つになっているのですが、イレーネが注目を集めた理由がその“何か”です。といっても、これは誰でもすぐにピンとくるありきたりな話で、サスペンス映画としての謎解きは別の部分にあります。

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ラウラの実家は老いた父アントニオ、姉のマリアナとその夫フェルナンドと娘ロシオ、妹のアナという家族構成。ハビエル・バルデムが演じているのはラウラの昔の恋人パコで、ブドウ園とワイン醸造所を営み、矯正施設で働くベアという妻がいます。そのベアに「エル・ニーニョ」「マジカル・ガール」「家族のように」のバルバラ・レニー(Bárbara Lennie)がキャスティングされているあたりからも、この夫婦の重要度がわかりますね。

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町の様子がざっくりわかってきたあたりで結婚式の場面に展開します。ワインで体調を崩したイレーネをベッドに押し込み、宴は佳境に入るのですが、ケーキカットの最中に停電になってしまいます。そして、寝ていたはずのイレーネが忽然と姿を消し、ラウラの電話に誘拐を告げるメッセージが届きます。身代金目当ての誘拐です。

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その少し前、結婚式のシーンで神父が、“老朽化した教会を普請したいが、ラウラの夫アレハンドロが一緒に来なかったのは残念だ”と口にします。パコは“こんなときにカネの話かよ”と白けますが、数年前にラウラが帰国した際、信心深いアレハンドロが修繕費を寄付したようです。ですから、周囲の人々にとって金持ちと結婚して出て行ったラウラは“勝ち組”であり、羽振りの良い彼女のカネを狙うのは理に適っているともいえます。

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逆にいえば、冴えない町でショボい仕事をしているフェルナンドや、夫の稼ぎが悪いので仕方なく父親フェルナンドを手伝っているロシオ、ラウラにフられてここに残っているパコは“負け組”であり、それはこの閉塞感ただよう町で暮らし続けるしかないすべての人々に共通することです。随所で町の人々の鬱憤や屈折した感情が見え隠れします。また、ちょうどブドウの収穫期で何人もの季節労働者が地域で入ってきていますし、新郎側の参列者はバスを仕立ててカタルーニャから来たよそ者たち。さらに、ベアの勤務先である矯正施設には、軽犯罪とはいえ、前科のある若者たちが暮らしていて、誰もが疑わしく見えてしまう状況なのです。

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しかし、同じ部屋で寝ていた幼い弟のディエゴではなく、16歳のイレーネが誘拐されているわけですから、彼女を狙った何らかの理由があるはずです。それは身代金を要求する脅しのメッセージが別の人に届いたあたりから観客にはわかり始めるのですが、仮にそれに気付いてしまっても、犯人探しで最後まで飽きることなく楽しめますのでご心配なく。

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この映画の最大の見どころは、後で到着するアレハンドロ役のリカルド・ダリンを含む名優たちの競演ですが、物語作りの点では田舎の憂鬱がじわっと伝わってくるあたりにこの監督の巧さが出ていると思いました。狭い世界で暮らす人々の排他性や他者に対する畏れと僻み、そして地域内で静かに蔓延する貧しさ。変化のない暮らしが続きますので、抱えている恨みもどんどん深化していきます。

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そういった感情の解放を鐘楼から飛び立つ鳥に、少しずつしか進まない時間の経過を機械仕掛けの時計台に象徴させながら、家族の心の闇を描いていく映画です。これまでの作品よりすっきりした展開ながら、アスガー・ファルハディならではの精緻な心理描写でじわっと揺さぶりをかけてくる秀作だと思います。

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ラウラの姉のマリアナを「しあわせな人生の選択」でリカルド・ダリンの元妻役だったエルビラ・ミンゲス(Elvira Mínguez)、その夫フェルナンドを「エル・ニーニョ」「スモーク アンド ミラーズ」のエドゥアルド・フェルナンデス(Eduard Fernández)、妹のアナを「ジュリエッタ」のインマ・クエスタ(Inma Cuesta)、その相手ホアンを「ブラック・ブレッド」でお父さん役だったカタルーニャ出身のロジェ・カサマジョール(Roger Casamajor)が演じている他、引退した警官役を「ペーパーバード」「ローマ法王になる日まで」に出ていたホセ・アンヘル・エヒド(José Ángel Egido)が演じています。

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誰もがそれを知っているEverybody Knows

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2019年3月25日 (月)

映画「マイ・ブックショップ(La libreria)」

00 久しぶりのイザベル・コイシェ(Isabel Coixet)監督作品です。5年ほど前に公開された「しあわせへのまわり道」を見損ねてしまいましたので、私としては「エレジー」「マップ オブ ザ サウンズ オブ トウキョウ」以来、10年ぶりの鑑賞ということになります。コイシェ監督は本作で「あなたになら言える秘密のこと」以来2度目となるゴヤ賞の作品賞・監督賞を受賞しています

原作は英国のペネロピ・フィッツジェラルド(Penelope Fitzgerald)が1978年に発表した小説「The Bookshop」。1979年に「テムズ河の人々(Offshore)」でブッカー賞を受賞した作家ですが、その前年に発表した「The Bookshop」は、彼女としては初めてショートリスト(最終候補作)に残った記念すべき作品です。

物語の舞台は英国サフォーク州の田舎町、時代は1950年代の終わり。主人公のフローレンスは戦争で夫を失った後、夫婦の夢だった書店を開こうとこの小さな町にやってきます。長い間、誰も使っていなかった古民家を買い取り、町で唯一の書店“THE OLD HOUSE BOOKSHOP”の開業に漕ぎ着けるのですが、町の有力者であるガマート夫人が横やりを入れてきて・・・というお話です。

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なぜガマート夫人が邪魔をするのかといえば、彼女が、この古民家を使ってアートセンターを開設しようと考えていたから。書店もないような田舎町にアートセンターが必要なのか、とも思いますが、現代の日本でも大規模開発では必ずアートセンター整備計画が盛り込まれますので、古今東西を問わず、権力者が手っ取り早く文化の香りをまとうベーシックな方法なのでしょう。

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そこにロンドンの書店で働いているときに亡夫と出会ったというフローレンスがやってきて、書店を開くというのですから、気に入るはずがありません。彼女が町の文化的アイコンとなり、インフルエンサーとしてのポジションを得るのは確実ですし、1950年代のことはわかりませんが、20世紀の英国には驚くほど高学歴な書店員がたくさんいましたので、田舎町の有力者が劣等感を抱くような経歴を持っていた可能性も大です。

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町の人たちも、排除こそしないものの、好意的に受け入れているというわけでもなさそうです。彼女の書店でアルバイトすることになる少女クリスティーンは、古民家の修繕を頼んだ職人の娘。仕事の少ない田舎町の人々からみれば、フローレンスは工事を発注でき、従業員を雇用できる金づると見られているのです。

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そんな町民の中に一人の変わり者がいます。妻を失って以来、ずっと海辺の屋敷に引きこもっているという老人エドモンド・ブランディッシュ。家事をクリスティーンの母親に頼んでいるぐらいですから、おそらく何らかの資産を運用して収入を得ているのでしょう。彼からフローレンスの元に、書籍を見繕って送って欲しいという依頼があり、彼女がレイ・ブラッドベリ「華氏451」を紹介したことで二人の交流が始まります。

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フローレンスに対してエドモンドが心を開いていることも気にくわないガマート夫人。甥の地方議員に頼んで、公益性のある建物は自治体がその用途を定めて収容できるという議案を提出させます。もちろん狙いは“THE OLD HOUSE BOOKSHOP”であり、フローレンスの影響力の芽を摘むことです。

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フローレンスの苦労の種はガマート夫人だけではありません。当時、流行の兆しを見せていたナボコフ「ロリータ」の仕入れで悩んだり、クリスティーンのアルバイトが児童労働にあたると糾弾されたりします。その結果、クリスティーンという仲間を失い、代わりに仕事を手伝うと申し出た元BBCのミロ・ノースがロクでもない男だった上に、唯一の支持者だったエドモンドもたおれ、どんどん追い込まれていってしまいます。

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そんなフローレンスを演じたのは「ベロニカとの記憶」でベロニカの母親を演じていたエミリー・モーティマー(Emily Mortimer)。クリスティーンから"You're too nice"とか”You're so kind"とか言われ続ける善良なキャラクターを好演しています。小売業を営んでいる身からすれば、この映画の教訓は“良い人過ぎてはダメ”ということでしょうか。彼女にはクリスティーンの逞しさが必要だったようです。

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その少女クリスティーンを演じたのはオナー・ニーフシー(Honor Kneafsey)。もう一人の味方、エドモンドを演じたのはビル・ナイ(Bill Nighy)。そして敵対するガマート夫人をコイシェ監督「エレジー」にも出ていたパトリシア・クラークソン(Patricia Clarkson)、ミロ・ノースをジェームズ・ランス(James Lance)が演じています。

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本作のナレーションを担当したのはコイシェ監督「あなたになら言える秘密のこと」に出ていたジュリー・クリスティ(Julie Christie)。トリュフォー監督「華氏451」の主演女優でもあります。映画の終盤で物語の語り手が誰なのか明かされ、この身もふたもない話にある種のオチをつけるのですが、そのシーンで映り込む壁に飾られている写真(写っている人が誰かはネタバレになるので書きません)は、おそらくコイシェ監督の作品です。

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彼女は写真家としても活躍していて、昨年末から今年の初めにかけて東京のセルバンテス文化センターで“イサベル・コイシェ写真展『フェイス』”を開催していました。入口すぐに「顔たち、ところどころ」のアニエス・ヴァルダ監督を撮った写真が飾られているあたりから想像できるように人の顔にフォーカスした展覧会で、コイシェ監督作品でお馴染みのセルジ・ロペス、ペネロペ・クルス、サラ・ポーリー、ティム・ロビンスといった俳優たちをはじめ、数多くの顔写真が飾られていました。

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