カルチャー

2020年2月17日 (月)

映画「スキャンダル(Bombshell)」

Bombshell 映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの一件は日本でも大きく報道されましたが、その1年前に起こった女性キャスターへのセクハラ事件を描いた作品です。

シャーリーズ・セロン(Charlize Theron)、ニコール・キッドマン(Nicole Kidman)、マーゴット・ロビー(Margot Robbie)という豪華なキャスティングが魅力の本作、セクハラ事件の舞台が保守系メディア、FOXニュースであることにも注目でしょう。スローガンとして“Fair and Balanced”を掲げながら(この事件後にやめたそうですが)全面的に共和党を支持し、ドナルド・トランプとも友好関係を保っているこのニュース専門放送局の視聴者は、Newsweek誌によると94%が白人だそうです。

提訴されたCEOのロジャー・エイルズ(Roger Ailes)をはじめ、キャスターのビル・オライリー(Bill O'Reilly)、後にトランプ大統領の補佐官に指名される上級副社長のビル・シャイン(Bill Shine)など、FOXニュース幹部たちの価値感が視聴者の感覚にフィットしたからこそ、全米で1〜2位を争う高視聴率をたたき出しているわけで、そういった放送局で人気を得た女性キャスターたちが、違った価値感の世界で高給を得るのは困難です。清濁併せ飲んでFOXニュースで生きるか、すべてを捨てて出直すか、彼女たちを迷わせます。

Bombshell01

セクハラ事件を提訴したのはニコール・キッドマン演じるベテランキャスターのグレッチェン・カールソン(Gretchen Carlson)ですが、映画の軸になるのはシャーリーズ・セロン演じる人気キャスターのメーガン・ケリー(Megyn Kelly)。そしてマーゴット・ロビー演じる架空の人物、新人のケイラ・ポスピシルが物語を動かしていきます。

Bombshell04

なぜ発端となったカールソンが軸にならないのかといえば、彼女はこの後、2千万ドルの和解金および謝罪と引き替えに厳しいNDA(秘密保持契約)を結んだことで何も語れなくなったから。セクハラ事件ではこのNDAが大きな障壁で、ワインスタインの一件についてミア・ファローの息子でもあるジャーナリスト、ローナン・ファロー(Ronan Farrow)が書いた“Catch and Kill”という本があるのですが、それによると被害者がジャーナリストに話したネタを買い取り、弱みを握って被害者を追い込み、示談金と引き替えにNDAを結ばせるという姑息な手口まで使われるそうです。

Bombshell02

また、雇用契約の強制仲裁(Forced Arbitration)条項も問題で、従業員は裁判ではなく民間仲裁人を通じた申し立てを強いられます。つまりハラスメントにあった従業員は会社の弁護士に相談するしかなく、カネとNDAで口を封じられてしまいますので、被害者の証言を得て記事にしたり映画を作ることが非常に難しくなるのです。CNNによるとカールソンは現在、セクハラ条項を強制仲裁の適用除外にする活動(Lift Our Voices)に参加しているそうです。

Bombshell07

話が逸れましたが、こういった事情で当事者たちが事実を語れないため、ケイラ・ポスピシルという架空の人物を設定して、表沙汰にならない部分で何が行われたかイメージできるようにしています。結果的に彼女がいちばんヒドイ扱いを受けることになるわけで、マーゴット・ロビーの熱演も本作の大切な要素の一つです。

Bombshell08

物語はカールソンがエイルズを訴え、同じ扱いを受けているはずの女性社員たちが訴え出てくるか否かを見届けるというシンプルなもの。カールソンが49歳、ケリーが44歳、ポスピシルが27歳ということで、世代交代も絡みます。つまり一番高いポジションにあるカールソンはこれから得られるものがあまりなく、新人のポスピシルは昇進のきっかけを掴もうと野心に燃えているわけで、そもそもの立ち位置が違うのです。

Bombshell06

また会社の方針として女性たちが互いに競い合うように仕向けているのが大きな難関になります。映画で3人が揃う場面は一瞬だけで、セクハラ問題で連帯することの難しさを滲ませます。

Bombshell13

既に多くを得ていながらまだキャリアアップが可能という難しい位置づけのメーガン・ケリーは、弁護士としての倫理観ではカールソンに賛同しつつ、実際の身の振り方で葛藤します。それを支えるのが子どもたちと夫ダグ(Douglas Brunt)の存在。映画では主夫のように見えますが、ブーズ・アレンを経てネットセキュリティ会社のCEOに就き、その会社を売って作家に転身した人だそうです。2012年に“Ghosts of Manhattan”という、ウォール街の債券トレーダーを描いた小説を発表しています。

Bombshell16

ケイラ・ポスピシルは自らの野望と倫理の狭間に立たされることになるのですが、それを見守るのがケイト・マッキノン(Kate McKinnon)演じる同僚のジェス・カー。彼女も実在しない人物だそうですが、民主党支持でレズビアンというFOXニュースには異質なキャラクターで、彼女とケイラの二人が、何も発言できなかった多くの女性社員たちの心の声を代弁します。

Bombshell09

ロジャー・エイルズ役を「女神の見えざる手」に出ていたジョン・リスゴー(John Lithgow)、その弁護士スーザン・エストリッチ役を「アイ,トーニャ」でマーゴット・ロビーの鬼母役だったアリソン・ジャネイ(Allison Janney)が演じ、親会社ニューズ・コーポレーションのルパート・マードック役でマルコム・マクダウェル(Malcolm McDowell)が出ています。

Bombshell10

監督は「オースティン・パワーズ」「トランボ」のジェイ・ローチ(Jay Roach)、脚本は「マネー・ショート」のチャールズ・ランドルフ(Charles Randolph)。この映画でカズ・ヒロがアカデミー賞のメイクアップ&スタイリング賞を獲っていますが、関係者の容姿に馴染みがなく、どの程度すごいメイクなのかよくわかりませんでした。

公式サイト
スキャンダルBombshell

[仕入れ担当]

2020年2月11日 (火)

映画「ロニートとエスティ(Disobedience)」

Disobedienceラビの娘として育ちながら、正統派ユダヤ人コミュニティでの暮らしに耐えきれずNYに渡った女性が、父の死で生まれ故郷に戻り、往事の思いが蘇ってくるという物語です。

原作は、2016年の小説「The Power」で注目を集めたナオミ・オルダーマン(Naomi Alderman)が、自らの経験を背景に書いたという2006年のデビュー作。それを「イーダ」「コレット」のレベッカ・レンキェヴィチ(Rebecca Lenkiewicz)が脚色し、「グロリアの青春」「ナチュラルウーマン」のセバスティアン・レリオが監督を務めたという、映画好きには見逃せない作品です。

映画の始まりは、ユダヤ教徒の集会でラビが説法している場面で、語っているのは、神(Hashem)が創り出した3種類の創造物、天使(angel)、獣(beast)、人間(human being)について。

天使は神の純粋な言葉から創られ悪を働く意志を持たない、獣は本能に導かれるのみで、いずれも創造主の命令に従うが、人間は自由な意志、不服従の力(power to disobey)を持つ唯一の創造物だ。神は人間に選択を与えたが、それは特権(privilege)と義務(burden)を伴う、といった内容です。ここまで語ったラビは胸を押さえて倒れ込み、帰らぬ人となってしまいます。

場面は変わってNYのスタジオ。女性カメラマンがハッセルブラッドで入れ墨の男性を撮っているところに、急用だという呼び出しがあり、彼女はロンドンに向かうことになります。

Disobedience01

しかし、数十年ぶりに帰郷した彼女への視線は冷たく、幼なじみのドヴィッドも、表面的には温かく迎えながらも困惑の表情。親族からは厄介者が戻ったと嘆息される始末です。

Disobedience12

居心地の悪さに耐えながら、亡き父からラビの座を受け継ぐドヴィッドと話しているうちに、幼なじみのエスティが彼の妻になったことを知ります。

Disobedience06

子どもの頃からの仲良し3人組でしたので、ロニートは2人の結婚を祝福し、3人の再会を喜び合うのが自然です。しかし微妙な緊張感をはらんだまま時間が進みます。なぜかといえば、その昔、ロニートとエスティの関係が問題視され、ロニートはNYへ、エスティは地元に残って教師の道を選んだという過去があったからです。

Disobedience03

当然、2人の間に起こったことをドヴィッドも知っています。ですから同じことが起こらないように用心していますし、コミュニティの人々に対しても問題が起こらないと言明しています。

Disobedience08

エスティも正統派ユダヤ教徒として暮らしていて、常に地味な服を着て、外出時はウィッグを被ります(イスラム教徒と同じく髪は男性を魅了するという考えのもと、スカーフやウィッグで覆ったり、厳格な信者は剃髪するそうです)。

Disobedience02

ラビだった父の葬儀のために戻ったわけですから、ロニートが会う人々は正統派ユダヤ教徒ばかり。ドヴィッドとエスティの家に居候し、彼らの結婚生活を見続ける日々に我慢できなくなってきます。そんな中で、ふいにエスティと2人で話す機会が訪れ、彼女の思いを知るロニート。2人でロニートの父親の部屋を訪れた際、ラジオから流れ出すキュアーの“Lovesong”のベタ過ぎる歌詞が重なります。

Disobedience05

ロニートを演じたレイチェル・ワイズ(Rachel Weisz)、エスティを演じたレイチェル・マクアダムス(Rachel McAdams)共に、抑えていた気持ちがあふれ出す演技が絶妙です。過去を残したまま去った者と、過去に包まれたまま残った者。立場の違いが交差し、それぞれの思いが絡み合います。

Disobedience09

レイチェル・ワイズもレイチェル・マクアダムスも同性愛の演技は初めてだそうですが、セバスティアン・レリオ監督の演出の妙なのか、撮影監督を務めたダニー・コーエン(Danny Cohen)の巧さなのか、美しく印象的な映像に魅了されます。大木の場面が記憶に刻まれますが、あるがままの姿に戻ったエスティをロニートがカメラに納めるシーンも素敵です。私もX100が欲しくなりました。

Disobedience10

レイチェル・ワイズと、もう一人の重要人物であるドヴィッドを演じたアレッサンドロ・ニヴォラ(Alessandro Nivola)はユダヤ系の血を引いているそうです。そのおかげか、正統派ユダヤ教徒の価値感を否定することなく、冒頭の説法に戻っていく終わり方にも好感が持てました。女性の選択について考えさせてくれる映画です。

Disobedience11

公式サイト
ロニートとエスティ 彼女たちの選択Disobedience

[仕入れ担当]

2020年2月10日 (月)

映画「ハスラーズ(Hustlers)」

Hustlersウォール街で働く裕福なビジネスマンたちからストリップクラブの女性たちが大金を巻き上げた、実際の事件をベースにしたドラマです。映画の原案になったジェシカ・プレスラー(Jessica Pressler)の2015年の記事はこちら(New York Magazine)で読めます。

プロデューサーとして、出演者でもあるジェニファー・ロペス(Jennifer Lopez)と並んで、映画「マネー・ショート」のアダム・マッケイ監督が参加していますが、彼の作品も原作はウォール街への批判がベースになっていました。去年観たトッド・フィリップス監督「ジョーカー」も、投資銀行の酔漢を射殺した主人公がヒーロー扱いされていましたし、いわゆる“wall street guy”がやっつけられるとある種の“勧善懲悪”が成り立ってしまう時代なのでしょう。

Hustlers01

物語は、NY郊外で祖母と暮らすアジア系女性ドロシーが、より高い収入を得ようとデスティニーという芸名でストリップクラブで働き始めるところからスタート。その店のスターだったヒスパニック系のラモーナと仲良くなり、彼女の導きもあってどんどん稼げるようになりますが、出産で夜の世界から一旦離れます。

Hustlers03

その後、シングルマザーとして業界に復帰。しかしウォール街の客たちはリーマンショック後、金払いが悪くなっていて、普通のやり方ではあまり稼げません。そして、薬物(MDMAとケタミン)を混ぜた飲み物で意識を朦朧とさせ、高額な支払いをさせるという強引な手口に変わっていきます。

Hustlers02

最終的に昏酔強盗で逮捕されることになるのですが、映画の軸になっているのは犯罪そのものではなく、犯罪を働いたデスティニーとラモーナの友情。社会的に弱い立場にある女性が結束して稼ぐことにフォーカスした映画です。

Hustlers04

序盤、駆け出しのデスティニーがタバコを吸いに屋上に行くと、ファーコートを羽織ったラモーナがいて、寒いから入りなよと毛皮の中に入れてくれるシーンがあります。姉御肌で情に篤いラモーナの性格と、心身共に温かくなっていくデスティニーの内面が伝わってくる素敵なシーンです。

Hustlers05

そして彼女たちの絶頂期、ラモーナのペントハウスで開かれた内輪のクリスマスパーティで、ラモーナがデスティニーに贈るのがチンチラのファーコート。二人の信頼関係も、毛皮の価格と同じくこれ以上になく高まっています。

Hustlers06

この時のチームは、ヒスパニック系のラモーナ、アジア系のデスティニー、黒人のメルセデス、東欧系っぽい白人のアナベルの4人で、いかにもNYの夜の世界らしい組み合わせが良い感じです。彼女たちのポリシーは、消防士の年金で遊んでいるいる“wall street guy”の悪銭をかすめ取って何が悪い、ということ。実際、一晩で数千ドル、数万ドルむしり取られても、表沙汰になることを恐れて、通報する人はあまりいなかったようです。

Hustlers09

この映画、デスティニーを演じたコンスタンス・ウー(Constance Wu)が主演ということになりますが、やはりラモーナを演じたジェニファー・ロペスの存在感が圧倒的です。最初の見どころはラモーナのポールダンスで、彼女がヒップを突き出しただけでスクリーンに熱狂が溢れます。ヒップに高額の保険をかけていると噂されるJ.Loだけのことはあります。

Hustlers08

彼女の凄いところは、この映画のために6カ月間特訓してポールダンスを習得したこと。アラフィフ(1969年生まれ)でここまでできるのは、J.Loだからこそでしょう。肉体的には無理でも、心がけぐらいは見習いたいものです。特訓シーンが彼女のYoutubeチャンネルで公開されていますのでご覧になってみてください(こちら)。その成果は、映画だけでなく、スーパーボウルのハーフタイムショーでも披露していました(こちら)。

Hustlers14

ポールダンスの場面でお札まみれになった後、デスティニーとすれ違いざまに囁く“Doesn't money make you horny?”(お金ってそそらない?)のひと言でデスティニーはラモーナの虜になります。こういう言い方がぴったりハマってしまうあたりもJ.Loの魅力ですね。

Hustlers07

現実の事件はカンボジア難民の娘ロージー(Roselyn Keo)がハスラークラブの先輩サマンサ(Samantha Barbash)と組んで起こしたものですが、サマンサは保護観察が解けた後、美容整形を提供するスパを開業したようです。ロージーは上記 New York Magazin の記事でジョーダン・ベルフォート(映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート」の主人公)のようなモティベーショナル・スピーカーになりたいと語っていましたが、その準備なのでしょうか、去年の暮れに自伝「The Sophisticated Hustler」を刊行しています。転んでもただでは起きない人たちですね。

Hustlers11

実際のロージーとサマンサはそれほど仲が良くなかったようですが、映画のラモーナとデスティニーは余韻を残しながらエンディングを迎えます。ちなみにそのときスクリーンに映る写真は、コンスタンス・ウーの少女時代の写真だそうです。

Hustlers10

公式サイト
ハスラーズHustlers

[仕入れ担当]

2020年2月 9日 (日)

映画「グッドライアー 偽りのゲーム(The Good Liar)」

goodLiar 2年前の撮影時にはヘレン・ミレン(Helen Mirren)72歳、イアン・マッケラン(Ian McKellen)78歳だったそうです。この英国を代表する二人の名優に、ジム・カーター(Jim Carter)69歳を加えて撮られたこの映画、ニコラス・サール(Nicholas Searle)という公務員出身の作家が2016年に発表したやや複雑なコン・ゲームを原作とする作品です。

といっても、観る側は予告編などで欺し合いになることを知っていますので、そういった意味で言えば決してわかりにくい物語ではありません。難をいえば、やや複雑な背景がキーになる割に、伏線がないまま駆け足で決着してしまうあたりが残念なところでしょうか。

映画の幕開けは、初老の二人がネットの出会い系サービスでやりとりしている場面。その後、二人はレストランで落ち合うのですが、それぞれがエステル、ブライアンという偽名でアカウントを作っていたことを告白し、嘘のない関係にしたいと希望を語り合います。とはいえ、ヘレン・ミレン演じるベティは自己紹介で飲酒しないと記していたはずなのに食前酒のマテーィニを飲んでいますし、イアン・マッケラン演じるロイも非喫煙者のはずなのにタバコを吸いますので、最初から双方がいくつかの嘘をついている前提です。

Goodliar07

レストランを出た後、孫のスティーブンが車で迎えに来ているから送って行こうかというベティの提案を、自宅はパディントン駅のすぐ近くだからと断ったロイ。ベティたちを見送ると即座にタクシーを掴まえて繁華街に向かうのですが、実はロイ、投資詐欺を働いている男で、ストリップクラブに着くなり、ジム・カーター演じるヴィンセントと二人でカモの接待/説得を始めます。

Goodliar01

要するに彼は陰日向ある悪人で、ベティとの出会いも仕組んだもの。郊外で暮らす裕福な未亡人に投資を勧め、蓄えている資産をだまし取る手口です。手練手管を弄してベティに取り入っていくのですが、まずは膝を痛めたフリをして、階段がある自宅フラットから彼女の平屋に移り住みます。

Goodliar03

孫のスティーブンは、安易にロイを信用してはいけないとベティを責めますが、それもロイの計算のうちで、落ち着いて丁寧に説得します。沈着冷静なイメージとは裏腹に、ロイの舌先三寸を受け入れ、疑い続けるスティーブンを非難するベティ。ロイに心を許しているようにも見え、距離を置いているようにも見えるヘレン・ミレンの演技が絶妙です。

Goodliar06

二人はデートを重ね、ベティが亡夫と果たせなかった欧州旅行に行くことになります。ベティの希望は、パリ、ヴェネツィア、ベルリンなのですが、ロイはベルリンを否定し、あんなグレーな街ではなく、陽光輝くコスタデルソルやギリシャの島にしようと提案。しかしその直後、ベティが軽い脳卒中で倒れ、このままの暮らしぶりではいけないと医師から指摘されます。

Goodliar08

そうしてロイは投薬などでベティに尽くすようになり、結果的にベルリン旅行の希望も受け入れることになります。これが冒頭に記した複雑な背景に繋がっていくのですが、二人で映画「イングロリアス・バスターズ」を観た後の会話での意見の相違が一つの伏線です。原作者ニコラス・サールはバース大学とゲッティンゲン大学(Georg-August-Universität Göttingen)で学んだ人だそうで、ドイツに絡めた展開が持ち味なのかも知れません。物語は現代のロンドンと戦中のベルリンを行き来しながら展開していきます。

Goodliar09

もちろん本作の見どころは何といってもヘレン・ミレンとイアン・マッケランの競演。言葉と表情の使い分けで虚と実を曖昧にする演技はベテランならではの味わいでしょうし、なんと終盤では格闘シーンまで演じます。逆に、彼らの名演を見せたいばかりに細かい説明を省いたようで、たとえば、Dort wo man Bücher verbrennt, verbrennt man auch am Ende Menschen(本を焼く者は最後に人も焼く)の場面など、原作小説を読むと、もう少し深いものがあるのかも知れません。

Goodliar10

公式サイト
グッドライアー 偽りのゲームThe Good Liar

[仕入れ担当]

2020年2月 4日 (火)

見えてくる光景 コレクションの現在地 アーティゾン美術館

2020年1月、東京・京橋に開館したばかりのアーティゾン美術館へ行ってきました。1952年に創設されたブリヂストン美術館が名称を変更。展示スペースをおよそ2倍に広げ、新しい照明や空調システムなどを導入して生まれ変わったと話題になっています。

Artizon_1

開館記念展となる「見えてくる光景 コレクションの現在地」では、65年以上にわたって蒐集されてきた2,800点のコレクションの中から選りすぐりの206点を展示。第一部ではマネ《自画像》、ピカソ《ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙》、ザオ・ウーキー《07.06.85》など近現代美術の作品が並びます。

Artizon_2

「装飾」「原始」「聖俗」など7つの視点からアートの歴史を掘り下げた第二部では、ガレ《蜻蛉草花文花瓶》や、ブランクーシ《The Kiss》のほか、江戸時代の日本美術《洛中洛外図屏風》もあり、多岐にわたる作品が観られます。

Artizon_3

開放感のある展示スペースです。日時指定のチケット予約でゆっくり鑑賞することができ、作品との距離が近く感じました。ゲスト用のフリー Wi-Fi につないで、美術館の公式アプリをダウンロードすれば、スマートフォンで作品解説などの音声ガイドを無料で楽しめます。

Artizon_4

見る、感じる、知ることにより作品の創造性を体感できる新しい美術館です。

見えてくる光景 コレクションの現在地
https://www.artizon.museum/
2020年3月31日(火)まで

[店長]

2020年2月 3日 (月)

映画「ナイブズ・アウト(Knives Out)」

knivesOut 豪華なキャスティングのミステリー映画です。作りも正統派で、密室殺人が疑われる事件が起こり、その謎をダニエル・クレイグ(Daniel Craig)演じる名探偵ブノワ・ブランが一人で解いていくというもの。クリストファー・プラマー(Christopher Plummer)演じる被害者が莫大な資産をもつミステリー作家、クリス・エヴァンス(Chris Evans)やマイケル・シャノン(Michael Shannon)らが演じる家族全員に動機が認められるあたりも古典的な推理小説を思わせます。

早い段階で死因が判り、謎が解けたかのように見せながら、実はそれが事件の全貌ではなく、もう一皮めくった先に真相があるというこの物語。重要な役割を果たすのが、被害者から信頼され、個人的に雇われていた看護婦のマルタで、嘘をつくと嘔吐してしまうという奇妙な体質のおかげで、登場人物の誰もが疑わしい中、唯一の信頼できる人物です。

Knivesout02

対する名探偵役のダニエル・クレイグ。フランス風の役名とは印象が異なる、妙なアクセントの英語を喋ります。終盤で南部訛りだったことが判るのですが、ライアン・ジョンソン(Rian Johnson)監督へのインタビュー記事によると、南部出身者を想定して脚本を書いたので、ミシシッピ出身の歴史家シェルビー・フット(Shelby Foote)の講演をダニエル・クレイグに送って練習してもらったとのこと。マサチューセッツで暮らす裕福な一族との違いを際立たせ、探偵がアウトサイダーであることを明確にしたかったそうです。

Knivesout01

なぜ一族とは縁もゆかりもない名探偵が現場にいるのかと言えば、彼の元に札束を添えた匿名の依頼状が送られてきたから。つまり、誰かが真実を暴いて欲しいと願っていて、その真実は依頼人を有利な立場にするものなのです。逆にいえば、現場をみた警察などが推理する真相では依頼人の望みが満たされないわけで、その望みが何なのか、誰がそれを求めているかが謎解きの山場になります。

Knivesout03

事件の舞台となる邸宅に隠し扉があったり、成人の孫がいる年配の被害者に老いた母親(誰も年齢を知らないほど高齢)がいたり、トリックの仕掛けも古典的です。犯人の目星も動機も、映画を見慣れている方ならすぐに気付くと思いますが、それでもこの作品が魅力的なのは、映画の丁寧な作り込みと出演者たちの好演のおかげでしょう。

Knivesout04

すべての核心となるマルタを演じたのは「ブレードランナー 2049」のジョイ役だったアナ・デ・アルマス(Ana de Armas)。彼女がヒスパニック系であることも大切な要素で、それに絡めて現代的な問題をさりげなく盛り込んでいることも魅力の一つです。

Knivesout08

被害者の長女リンダをジェイミー・リー・カーティス(Jamie Lee Curtis)、その夫リチャードをドン・ジョンソン(Don Johnson)、その息子、つまり被害者の孫であるランサムを「ギフテッド」のクリス・エヴァンスが演じていて、三者三様の個性が映画にメリハリをつけます。

Knivesout07

その他、次男のウォルト役で「ドリーム ホーム」「ノクターナル・アニマルズ」「シェイプ・オブ・ウォーター」のマイケル・シャノン、その息子ジェイコブ役で「ヴィンセントが教えてくれたこと」のジェイデン・マーテル(Jaeden Martell、旧姓Lieberher)、亡き長男ニールの妻ジョニ役で「500ページの夢の束」のトニ・コレット(Toni Collette)、その娘メグ役でキャサリン・ラングフォード(Katherine Langford)、警官エリオット役で「ショート・ターム」「ゲット・アウト」のキース・スタンフィールド(Keith Stanfield)が出ています。

Knivesout12

公式サイト
ナイブズ・アウトKnives Out

[仕入れ担当]

2020年1月30日 (木)

映画「テリー・ギリアムのドン・キホーテ(The Man Who Killed Don Quixote)」

DonQuixote 構想から30年かけて公開に漕ぎ着けたという執念の一作です。どうやらドンキホーテものの映画は製作中断の憂き目に遭いやすいらしく、テリー・ギリアム(Terry Gilliam)監督もオーソン・ウェルズの二の舞になると言われていたようです。

当初はジャン・ロシュフォールとジョニー・デップの組み合わせで企画されていた本作、ジョン・ハートやユアン・マクレガーなどの起用も噂されながら、結局、ジョナサン・プライス(Jonathan Pryce)とアダム・ドライバー(Adam Driver)の組み合わせで着地できたという次第。エンドクレジットで既に鬼籍に入ったジャン・ロシュフォールとジョン・ハートに捧げられています。

それだけ曰く付きの作品ですから、映画界としても待ち焦がれていたようで、一昨年のカンヌ映画祭でクロージング・フィルムとして初上映されました。しかしながらその後も呪われていて、権利関係の問題で公開が遅れ、米国では2019年3月、日本では2020年になってようやく観られるようになりました。

内容はといえば、良い意味でハチャメチャです。ただ思ったほど奇抜ではありません。現実世界と妄想や悪夢が混ざり合いながら、物語の破綻もなく、きれいに着地していきます。安心して映画の世界に身を委ねてしまえば最後まで気持ちよく連れて行ってもらえる一作です。

Donquixote01

アダム・ドライバー演じるCMデイレクターのトビーは、スペインで中国企業のCMを撮影しているのですが、思い通りにいかなくて半ば捨て鉢になっています。クライアントとの懇親会でしょうか。ステラン・スカルスガルド(Stellan Skarsgård)演じるボスを交えた食事の席で、物売りからDVDを買います。それは学生時代の彼が卒業制作として撮った映画で、うさ晴らしにその映画のロケ現場となった村に出かけてみます。

Donquixote05

人里離れた村で、その昔、映画作りに協力してくれた村人たちに会います。トビーとしては単なる卒業制作でしたが、その映画が村人たちに与えた影響は思いのほか大きく、プリンセス役だったアンジェリカはスターを夢見て都会で苦界に落ち、ドン・キホーテ役だった靴職人ハビエルは、いまだに自分をドン・キホーテだと思い込んで鎧を着て暮らしています。

Donquixote06

ご存じのように、小説のドン・キホーテはラ・マンチャの下級貴族(イダルゴ)が騎士道物語を読み過ぎて自分を騎士だと思い込んでしまう話。ハビエルは自分をドン・キホーテだと思い込んでいるわけですから、その時点で二重の思い込みになっていて、彼らが暮らす村の名前がLos Sueños(夢)というあたりを含めて(実際のロケ地はナバラ州ガリピエンソだそうですが)虚実ないまぜな世界がどんどん拡大していきます。

Donquixote08

ハビエルはトビーをサンチョと呼び、愛馬ロシナンテを駆って旅に出ます。巻き込まれたかたちになったトビーと繰り広げるこの冒険譚、ハビエルをジョナサン・プライスが演じているのですが、芝居がかった語りがそれらしくて非常に良い感じです。彼は「恋の選択」ではロンダの闘牛場に行っていましたし、「エビータ」ではファン・ペロン、「2人のローマ教皇」ではホルヘを演じていて、なにかとスペイン語圏に縁があるようですね。

Donquixote11

この映画のヒロインは二人。一人はボスの妻ジャッキで、「9人の翻訳家」のオルガ・キュリレンコ(Olga Kurylenko)が演じています。もう一人が卒業制作映画のプリンセス、現在は娼婦になったアンジェリカで、演じているのはポルトガル人女優のジョアナ・リベイロ(Joana Ribeiro)。トビーはどちらともややこしい関係にあって、トビーとジャッキとボス、トビーとアンジェリカとウォッカ王アレクセイの二つの三角関係が物語のハチャメチャさを加速させます。

Donquixote13

アレクセイはロシア人という設定ですが、演じているジョルディ・モリャ(Jordi Mollà)は「ハモンハモン」でハビエル・バルデムの恋敵を演じていたスペイン人です。その他にも、最近「幸福なラザロ」に出ていたセルジ・ロペス(Sergi López)、アルモドバル作品の常連女優ロッシ・デ・パルマ(Rossy de Palma)といったスペインのベテランが脇を固めます。

Donquixote15

もちろん、風光明媚な景色も見どころのひとつでしょう。トレド近郊の古城(Castillo de OrejaやAlmonacid de Toledo)、ナヴァラの町(San Martín de Unx)や荒野(Las Bardenas)、サラゴサの修道院(Monasterio de Piedra)、カナリア諸島フェルテベントウーラ島といったスペイン各地の他、ポルトガル・トマールの修道院(Convento de Cristo em Tomar)などでもロケが行われたそうです。

Donquixote09

公式サイト
テリー・ギリアムのドン・キホーテThe Man Who Killed Don Quixote

[仕入れ担当]

2020年1月29日 (水)

映画「オリ・マキの人生で最も幸せな日(Hymyilevä mies)」

Ollimaeki フィンランドの監督、ユホ・クオスマネン(Juho Kuosmanen)が撮ったモノクロ作品です。2016年カンヌ映画祭・ある視点部門のグランプリ受賞作。ちなみにこのとき同部門で競ったのは、マット・ロス監督「はじまりへの旅」、深田晃司監督「淵に立つ」、是枝裕和監督「海よりもまだ深く」などで、コンペティション部門では「わたしは、ダニエル・ブレイク」がパルム・ドールに輝いています。

主人公であるボクサーのオリ・マキが、1962年に行われたフィンランド初の世界タイトル戦で米国人チャンピオンに挑むという実話ベースの物語。とはいえ、いわゆるボクシング映画ではありません。プロモーター兼トレーナであるエリスの部屋にロッキー・マルシアノの写真が飾られていて、スタローン映画を思い出させたりしますが、死闘を繰り広げ、何度もダウンさせられた末に勝利を勝ち取るというドラマティックな展開とは正反対の方向に進みます。

Ollimaeki01

物語の主軸になるのは、後に妻となるライヤと恋に落ちること。国中が彼の勝利に期待し、盛り上がっている最中に、ライヤへの思いが募ってボクシングに集中できなくなってしまうのです。原題は“幸せな男”という意味のようですが、英語版(The Happiest Day in the Life of Olli Mäki)もドイツ語版も日本語版と同じく“オリ・マキにとって人生最良の日”というタイトルになっている通り、その“最良の日”がいつだったのか、何故そうなのかを見届ける映画です。

Ollimaeki09

フィンランド西部、ボスニア湾岸の港町コッコラ(Kokkola)でパン屋を営んでいたオリ・マキは、アマチュア・ボクサーとして1950年代後半の欧州で活躍し、1960年にプロに転向したそうです。そして1962年に世界タイトル戦に挑むことになるのですが、対戦相手のデイビー・ムーアの都合で非常に短期間で決まった試合だったようです。オリ・マキは、自分がフェザー級タイトルマッチに出場することを雑誌で知ったと語っています。

Ollimaeki02

ライト級で闘っていたオリ・マキの体重は60Kg以上ありましたが、フェザー級は57.153kg以下ですので減量が必要です。さらに、観客を2万人以上集めるフィンランド最大規模のスポーツイベントですので、メディアの注目も浴びますし、スポンサー対応もしなくてはなりません。人口36,000人程度のコッコラ町のパン屋(Kokkolan leipuri)にとって大きなストレスだったでしょう。

Ollimaeki05

そのせいもあったと思いますが、オリ・マキの気持ちはライヤに大きく傾きます。オリ・マキがヘルシンキにライヤを連れてきた時点から不満だったエリス。スポンサーに頭を下げ、身銭を切ってまで仕込みをしているわけですから、文句を言いたくなる気持ちもわからないわけではありません。彼にとっても一世一代の勝負です。

Ollimaeki03

そうしてオリ・マキとエリスは互いにしっくりいかないものを抱えたまま決戦の日を迎えることになります。

Ollimaeki08

そのエリス役は「ボーダー 二つの世界」のエーロ・ミロノフ(Eero Milonoff)で、本作では特殊メイクなしで演じています。オリ・マキ役はヤルコ・ラハティ(Jarkko Lahti)、ライヤ役はオーナ・アイロラ(Oona Airola)で、いずれもフィンランドの俳優。エリスの自宅アパートのロケはユホ・クオスマネン監督の自宅を使ったという手作り感ある映画です。

Ollimaeki12

この映画の魅力は、格闘技を素材にしながらも、ほんわかした雰囲気で終始するところでしょう。エンディングで川縁を歩く二人が老夫婦とすれ違い、自分たちもあんな夫婦になれるだろうか、と話すのですが、そのすれ違う老夫婦こそ、本物のオリとライヤです。

Ollimaeki10

オリは晩年に認知症を患い、2019年4月6日にフィンランド南部のキルッコヌンミ(Kirkkonummi)で亡くなったそうですが、この映画が人生の総括になったのではないでしょうか。

公式サイト
オリ・マキの人生で最も幸せな日Der glücklichste Tag im Leben des Olli Mäki

[仕入れ担当]

2020年1月27日 (月)

映画「9人の翻訳家 囚われたベストセラー(Les traducteurs)」

Traducteurs ベストセラーの完結編を世界同時発売するため、各国の翻訳者を監禁して秘密を守ろうとしたことで巻き起こる事件を描くミステリーです。監督のレジス・ロワンサル(Régis Roinsard)は日本では「タイピスト!」で知られていますが、それとは大きく傾向が異なり、幾重にも仕掛けられた謎解きの末に思いがけない真実が見えてくるという作品。無駄のない作りで予想以上に楽しめました。

ダン・ブラウンの「インフェルノ」出版の際、翻訳者を隔離して漏洩を防いだという逸話からヒントを得たそうです。宣伝ではこの部分が強調されていますのでラングドンシリーズかと誤解しそうですが、まったく無関係で、世界的陰謀どころか名所巡りもありません。屋外シーンといえばパリのビラケム界隈などが少し登場するだけ。ほとんどは翻訳者たちが監禁されている屋敷など室内で展開します。

映画の始まりは燃えさかるフォンテーヌ書店。最終的にこのシーンが謎解きの核になるのですが、もちろん冒頭でそういった説明はありません。ちょっとネタバレ気味なことを記せば、中盤で書店主ジョルジュ・フォンテーヌが口にする「オリエント急行の殺人」がヒントの一つになっています。ここで登場する少年の回答がなぜ間違いなのか、映画を観た後に気付くでしょう。

Traducteurs01

続く場面はアングストローム出版の社長、エリック・アングストロームが、前2作が大ヒットしたミステリー小説「デダリュス」シリーズ完結編の各国同時発売を発表する場。内容が漏洩しないように、ロシア語、英語、スペイン語、デンマーク語、イタリア語、ドイツ語、中国語、ポルトガル語、ギリシャ語それぞれの翻訳者をフランスに呼び、外界とは隔絶された世界で翻訳させることになります。1ヶ月間で翻訳、残り1ヶ月間で推敲させて、2ヶ月後に刊行という段取りです。

Traducteurs02

翻訳者の側からすれば、いろいろと不満があるわけですが、何しろ部数が出ますので収入に直結します。また、原作者である覆面作家オスカル・ブラックに心酔している翻訳者は、誰よりも先に完結編「死にたくなかった男」が読める魅力に抗えません。そうしてさまざまな事情を抱えた翻訳者たちがパリに集まってきて郊外の屋敷に運ばれていきます。

Traducteurs04

屋敷内では、電話やインターネットなど外部との接触は一切不可。壁一杯に揃えられた蔵書と与えられたMac Bookを使ってひたすら翻訳することになります。原稿は1日20ページずつ渡され、翻訳データを記録したメモリを原稿と一緒に毎日回収します。屋敷内にはプライベートレストランのほかプールやボウリング場もあり、それなりに休息できるようになっていますが、武装したガードマンが一挙手一投足を見張っていますので気持ちは休まらないでしょう。

Traducteurs05

翻訳者たちが打ち解け、共にクリスマスを祝った深夜、エリックのiPhoneに“最初の10ページを流出させた。24時間以内に500万ユーロ払わないと次の100ページも公開する”という脅迫が届きます。原作者以外ですべての原稿を見たのはエリックだけですが、メッセージにはクリスマスパーティで合唱したWhat The World Needs Now Is Loveの一節が引用されており、当然、エリックは翻訳者たちを疑います。

Traducteurs16

集められた9人の翻訳者は個性的な面々です。ロシア語のカテリーナは「デダリュス」シリーズのヒロインに入れ込んでいていつも真っ白な衣装を着ています。英語のアレックスは初日から居眠りする最年少で、スペイン語のハビエルは左腕に謎の包帯、デンマーク語のエレーヌは夫と幼い子どもに対する呵責を抱えていて、イタリア語のダリオは権力に媚び、ドイツ語イングリットはやや傍若無人、中国語のチェンは苦労人、ポルトガル語のテルマはパンク風でギリシャ語のコンスタンティノスは理屈っぽい貧乏学者といった具合。

Traducteurs11

監督はリアリティを追求するため、映画製作前にトマス・ピンチョン(Thomas Pynchon)やエレナ・フェッランテ(Elena Ferrante)の作品を手がけている翻訳者にインタビューしたそうです。その結果、翻訳者というのは世の中からズレているもの、というざっくりした理解だったのかも知れませんし、上映時間の都合もあったでしょうが、もう少し翻訳者それぞれの事情がわかると面白みが増したような気がします。

Traducteurs09

9人のうち一番目立っているのはロシア語のカテリーナ。オルガ・キュリレンコ(Olga Kurylenko)が演じているのですが、彼女の出演作である「007 慰めの報酬」や「ジョニー・イングリッシュ」を思わせる小ネタが出てきたり、完結編の英題「The Man Who Did Not Want To Die」も007風だったりします。

Traducteurs14

イタリア語のダリオを演じたのは「ダリダ」「LORO」のリッカルド・スカマルチョ(Riccardo Scamarcio)で、やはり今回も欲得で動く小賢しいキャラクター。英語のアレックスを演じたのは「イミテーション・ゲーム」で若い頃のアラン・チューリングを演じていたアレックス・ロウザー(Alex Lawther)。

Traducteurs13

他に有名どころでは、社長のエリックを演じたランベール・ウィルソン(Lambert Wilson)。「神々と男たち」が有名ですが、「フランス組曲」や「修道士は沈黙する」にも出ていました。

Traducteurs07

ミステリーですので種明かしはできませんが、ざっくり言えば“翻訳のできが悪ければ原作者は怒るよね”という解釈で良いと思います。あと個人的な教訓としては、バイリンガルじゃ足りないんだな、ということ。翻訳者たちはフランス語から母国語に訳しているわけですが、終盤でスペイン語が彼らの共通言語になり、理解できなかったチェン(中国語)はちょっと焦ることになります。

Traducteurs03

公式サイト
9人の翻訳家 囚われたベストセラーLes traducteurs

[仕入れ担当]

2020年1月21日 (火)

映画「マザーレス・ブルックリン(Motherless Brooklyn)」

brooklynバードマン」などのエドワード・ノートン(Edward Norton)が「僕たちのアナ・バナナ」以来、約20年振りに監督・主演した作品です。前作はお友だち同士で楽しんで作ったという感じの軽いロマコメでしたが、今回はしっかり作り込まれていて、かなり凝った作品になっています。

原作はジョナサン・レサム(Jonathan Lethem)が1999年に発表し、いくつかの賞を獲ったサスペンス小説ですが、時代背景も謎解きも変えられていて、小説と同じ部分は出だしの殺人と主要キャラクターの設定だけ。原作のダークな部分を抜き出して、フィルム・ノワールのイメージで包み込んだ印象です。おかげでとてもお洒落な作品に仕上がっています。

映画も原作も幕開けは、ライオネルとギルバートが車で張り込みをしている場に、彼らのボスであり父親代わりでもあるフランク・ミナが現れるシーン。フランクは、彼らが見張っている建物に入るので合図したら行動に移れと指示して建物に向かいます。

Brooklyn02

原作の時代設定は1990年代ですので無線の盗聴マイクを身につけますが、映画の時代設定は1957年ですので、建物の中から電話をかけ、受話器を置かずに繋いだままにする方法に変えられています。これが地味な場面ながら撮り方がスタイリッシュで、その後の展開への期待感を高めます。

Brooklyn04

フランクが建物から連れ出されて車で運ばれていきます。ライオネルとギルバートはすぐに尾行しますが、車を見失った隙にフランクは銃弾を浴び、ゴミ捨て場に置き去りにされます。瀕死の状態のフランクをERに運び込むライオネルとギルバート。結局、彼は助からないのですが、いまわの際に口にした言葉がこのサスペンスの鍵になっていきます

Brooklyn03

ライオネル、ギルバート、トニー、ダニーの4人は孤児院育ちで、フランクに拾われて以来、彼の探偵事務所で働いています。いずれも個性的な4人ですが、エドワード・ノートン演じる主人公のライオネルはトゥレット症候群で、突発的に無意味な言葉を口走ってしまうものの、抜群の記憶力でフランクの信頼を得ていました。

Brooklyn17

ですから彼はフランク殺しの犯人を自ら捜し出そうと動き始めます。もちろん他の3人もフランクに対する思い入れがありますので、犯人を追うべきだという考えは同じです。そんな彼らが、フランクが首を突っ込んでいた闇の世界に迫るわけですが、原作と異なり、映画では都市開発に絡んだ人種差別がテーマになります。スラムの解消を図るという触れ込みで、その地域の住民である黒人たちを強制排除していく政策です。

Brooklyn08

それを仕切っているのが、モーゼス・ランドルフというニューヨーク市の行政官で、再開発に大きな権限を持つ男です。この名前と職業から、都市計画家のロバート・モーゼスを思い出す方も多いかと思いますが、映画のモーゼス・ランドルフも公園作りに熱心で、自分が手がけた橋の数を自慢します。

Brooklyn09

そのランドルフを演じたのが、アレック・ボールドウィン(Alec Baldwin)。映画「ブラック・クランズマン」では人種隔離を推進するスピーチをしていましたが、本作では“making America great”と叫んでスピーチを締めくくり、反対派が彼に似せたバルーンを上げて燃やします。否が応でも、アレック・ボールドウィンがよくモノマネしている大統領を想起せずにはいられません。

Brooklyn19

そして彼と反りが合わない弟ポールを演じたのが、このところ活躍が目覚ましいウィレム・デフォー(Willem Dafoe)で、フランク・ミナを演じたのはブルース・ウィリス(Bruce Willis)。なかなか豪華なキャスティングですね。

Brooklyn07

原作では、トゥレット症候群の発作と絡めたいのか、ラップミュージックに言及する箇所が多いのですが、映画ではジャズにフォーカスされています。

Brooklyn10

ライオネルが犯人捜しのヒントを得る場所もジャズクラブですし、再開発の関係で知り合うローラもそこの関係者です。そのローラを演じたのが、「女神の見えざる手」で重要な役を演じていたググ・バサ=ロー(Gugu Mbatha-Raw)。

Brooklyn11

その他、トニー役を「アイリッシュマン」の殺し屋ボビー・カナヴェイル(Bobby Cannavale)、ギルバート役を「ウルフ・オブ・ウォールストリート」に出ていたイーサン・サプリー(Ethan Suplee)、ダニー役を「ダラス・バイヤーズクラブ」に出ていたダラス・ロバーツ(Dallas Roberts)が演じています。

Brooklyn12

ちなみにこのタイトル、映画ではフランクがライオネルをそう呼んでいたと説明されますが、原作ではフランクの兄であるジェラードが、フランクの子飼いである孤児たちを揶揄して言う言葉です。原作ではこの兄が事件の核になり、彼が営むヨークヴィル(Yorkville)で禅道場の他、日本企業や日本食レストランなど日本関連の物事が謎解きの要素になっていきます。日本をよく知るエドワード・ノートンがこの小説に惹かれた理由かも知れません。

公式サイト
マザーレス・ブルックリンMotherless Brooklyn

[仕入れ担当]

より以前の記事一覧

フォト