カルチャー

2020年2月25日 (火)

モダンデザインが結ぶ暮らしの夢展 パナソニック汐留美術館

工業デザインが装飾から機能に移りかわるなかで生まれたモダンデザイン。芸術文化を支援した高崎の実業家・井上房一郎をはじめ、新しい上質な暮らしを夢見て日本のモダンデザインを牽引していった人々の交流を辿る展覧会です。1930〜60年代に制作された工芸品、家具、建築の図面や写真、映像など多様な作品資料160点がご覧になれます。

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日本初の国立デザイン指導機関、商工省工芸指導所の顧問を務めたドイツ人建築家ブルーノ・タウトは、井上房一郎とブランドを立ち上げ、自身がデザインし日本の職人たちに作らせた伸縮自在な本立や竹皮編みのカゴなどを銀座の店舗で販売しました。彼が手がけた店の看板や包装紙の展示もあります。

ヤクルトの容器デザインを手がけた剣持勇は、商工省工芸指導所でタウトに師事。代表作のスツールは、1959年に松屋銀座で開催された「アパート生活展」に出品されたもので、軽量で積み重ねが可能、狭い空間での使用に適しています。一本の木を熱して圧をかけ曲げた脚が特徴です。

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帝国ホテル建設のために来日したチェコ出身の建築家アントニン・レーモンドと、インテリアデザイナーのノエミ・レーモンド夫妻は、自分たちの事務所を設立して前川國男ら多くの建築家を育成。建築とインテリアを組み合わせた、これまでにないライフスタイル提案を日本に定着させた立役者です。

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レーモンド事務所に所属していたジョージ・ナカシマの二本脚の椅子や、自然な木の形をいかしたテーブル、レーモンドや剣持と交流のあったイサム・ノグチのあかりは美しく、これらに囲まれた暮らしを想像するだけでわくわくしてきます。

モダンデザインが結ぶ暮らしの夢展
https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/20/200111/
2020年3月22日(日)まで

[店長]

2020年2月24日 (月)

映画「1917 命をかけた伝令(1917)」

1917 話題作ですね。全編ワンカットのように見える緊迫した映像で撮影監督のロジャー・ディーキンス(Roger Deakins)がアカデミー賞の撮影賞に、視覚効果スーパーバイザーのギョーム・ロシェロン(Guillaume Rocheron)が視覚効果賞に輝きました。臨場感が極めて重要ですので、大スクリーンでの鑑賞しかあり得ない作品です。私は日比谷のIMAXで観ましたが、できる限り良い環境でご覧になることをお勧めします。

監督は007シリーズでお馴染みのサム・メンデス(Sam Mendes)。「スペクター」の冒頭で繰り広げられる死者の日の長回しが記憶に新しいところですが、その前作「スカイフォール」ではロジャー・ディーキンスとタッグを組み、イスタンブールのバザールで激しいオートバイ・チェイスをみせていました。

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映画のストーリーは、将軍から伝令を命じられた二人の若い兵士が、両軍の陣営の間に広がる中間地帯を抜け、前線に向けて走るというもの。監督が祖父から聞いた昔話を下敷きに、第一次世界大戦中の1917年にドイツ軍が行ったアルベリッヒ作戦を参照して脚本化したそうです。

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話はシンプルですが、命がけの使命を果たそうとする不屈の精神に、ジョージ・マッケイ(George MacKay)演じるウィルと、ディーン=チャールズ・チャップマン(Dean-Charles Chapman)演じるトムの友情を絡めて、戦争の無情を描き上げる人間ドラマに仕上げています。

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映画をよくご覧になっている方でしたら、「サンシャイン」「パレードへようこそ」「はじまりへの旅」と存在感を高めてきたジョージ・マッケイが大切な役割を果たすことが推察できてしまい、前線にトムの兄がいるという設定で展開が読めてしまうかも知れませんが、それでも退屈することなく最後まで楽しめると思います。

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彼らを伝令に出すのは、コリン・ファース(Colin Firth)演じるエリンモア将軍。前線のデヴォンシャー連隊はドイツ軍を追撃すると伝えてきたが、敵軍の後退は罠であり、進軍すると1600名が全滅することになるので撤退するように伝えろと二人に命じます。

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そして彼らは前線を目指すわけですが、中間地帯で出会うのが、マーク・ストロング(Mark Strong)演じるスミス大尉。彼が念押しする“その命令は必ず第三者がいる場所で伝えること。撤退したくない者もいるはずだ”は、戦争に対する監督または祖父の考えを顕すセリフでしょう。個人のつまらない蛮勇のせいで、大勢が犠牲になるのはいずこの国でも同じです。

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そして伝達先であるデヴォンシャー連隊を率いるのはベネディクト・カンバーバッチ(Benedict Cumberbatch)演じるマッケンジー大佐。

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同連隊にはトムの兄であるジョセフ・ブレイク中尉もいるわけですが、演じているのは「ロケットマン」でジョン・リードを演じていたリチャード・マッデン(Richard Madden)。彼らに会う直前に聴く"Poor Wayfaring Stranger"の響きが耳に残ります。

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このように英国を代表する俳優を揃えているとはいえ、やはり見どころは映像の迫力でしょう。塹壕を駆け抜けるシーンや川に流されるシーンなど、一体どうやって撮ったのかと思えるような映像がふんだんに使われているだけでなく、彼らと一緒に戦場にいるような没入感もあります。ロジャー・ディーキンスは「ボーダーライン」や「ブレードランナー 2049」の撮影でも高く評価されていましたが、きっと本作がマスターピースとなるのではないでしょうか。

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ということでハラハラ、ドキドキが続く作品です。集中して観るとぐったりしてしまうかも知れません。

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公式サイト
1917 命をかけた伝令1917

[仕入れ担当]

2020年2月23日 (日)

映画「ふたりのJ・T・リロイ(Jeremiah Terminator LeRoy)」

LeRoy 自伝的小説という触れ込みでベストセラーになった「Sarah(邦訳:サラ、神に背いた少年)」の作者、J.T. LeRoy(Jeremiah Terminator LeRoy)が実は架空の存在だったという事件の裏話です。

小説の内容が、トラックドライバー相手の娼婦をしていた母親を持つ12歳の美貌の少年が女装して売春宿で働いていたというスキャンダラスなものだったことから、当然、メディアは作者に関心を持ちます。しかし実際に小説を執筆したのはローラ・アルバート(Laura Albert)という30代の女性で、小説を売り込むためにJ.T. LeRoyという架空の作者を仕立て上げ、自分はその保護者だと言い張ったのです。

映画の原作は、ローラの夫の妹であり、彼女の依頼でJ.T. LeRoyを演じていたサヴァンナ・クヌープの自叙伝「Girl Boy Girl: How I Became JT Leroy」で、そのサヴァンナ役を「アリスのままで」「アクトレス」「パーソナル・ショッパー」のクリステン・スチュワート(Kristen Stewart)、ローラ役を「きっと、星のせいじゃない。」「わたしに会うまでの1600キロ」「マリッジ・ストーリー」のローラ・ダーン(Laura Dern)が演じています。

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小説「Sarah」は2005年にアーシア・アルジェント(Asia Argento)監督によって映画化され、日本でも「サラ、いつわりの祈り」というタイトルで公開されました。今回の「ふたりのJ・T・リロイ」では映画監督をフランス人のエヴァというキャラクターに変え、「女は二度決断する」のダイアン・クルーガー(Diane Kruger)が演じているのですが、その監督が、女性であるサヴァンナ扮する美少年、J.T. LeRoyを誘惑したことで、ローラの作り話が破綻していきます。

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ちなみにアーシア・アルジェントは1990年代にハーヴェイ・ワインスタインから性的暴行を受けたと、ローナン・ファロー(映画「スキャンダル」のブログ参照)の2017年の記事で主張し、me too ムーブメントの先駆けとなった一人。しかしその後、彼女が2013年に当時17歳だった俳優のジミー・ベネットと性的関係をもったという疑惑をもたれます。つまりセクハラを訴えた本人が性犯罪者の疑いをかけられるのです。アルジェントは全面的に否定しましたが、彼女の恋人だったアンソニー・ボーディンがベネットに口止め料を支払ったことが明らかになり、その上、ボーディンが自殺してしまったことで事態が混迷を極めることになります。そういった背景を知って映画を観ると、やや印象が変わるかも知れません。

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映画は、サヴァンナの兄ジェフが彼女をローラに紹介し、J.T. LeRoyに成りすまして欲しいとローラに頼まれるところから始まり、すべてが露呈してそれぞれの道を歩み始めるところで終わります。サヴァンナ・クヌープの成長譚と言って良いと思いますが、そこで物語の中心となるのがサヴァンナとローラの共依存ともいえる関係性。

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サヴァンナはJ.T. LeRoyとしてメディアに露出し、ローラは英国人マネージャーのスピーディーという触れ込みで場を仕切っていくのですが、映画化の話があり、コートニー・ラヴ(Courtney Love)演じるプロデューサーのサーシャや、監督と母親サラ役での主演を熱望するエヴァが関与してきたことで制御不能な状態に陥ってしまいます。

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サヴァンナも最初は面白半分、その後は小遣い稼ぎの感覚でJ.T. LeRoyに扮していたのですが、注目が大きくなるにつれて自意識が膨らんでいき、また、エヴァの情熱的なアプローチにも心を乱されます。サヴァンナがローラの精神的支配から逃れ、二人のチームワークにヒビが入るのと時期を同じくして彼女たちの作り話も崩れていくのです。

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もちろん本作の見どころはクリステン・スチュワートとローラ・ダーンの競演でしょう。美しく、精神的に不安定なJ.T. LeRoyに扮したサヴァンナの心の揺れをリアルに演じたクリステン・スチュワート、千載一遇のチャンスにのぼせ上がるローラと、はったりで急場をしのごうとする自信なさげなローラを絶妙に演じ分けたローラ・ダーン。二人の確かな演技力がこの映画の屋台骨です。

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監督のジャスティン・ケリー(Justin Kelly)は元々ミュージックビデオを撮っていた人だそう。ガス・ヴァン・サント(Gus Van Sant)監督の下で働いたこともあるようです。

公式サイト
ふたりのJ・T・リロイJ.T. LeRoy

[仕入れ担当]

2020年2月17日 (月)

映画「スキャンダル(Bombshell)」

Bombshell 映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの一件は日本でも大きく報道されましたが、その1年前に起こった女性キャスターへのセクハラ事件を描いた作品です。

シャーリーズ・セロン(Charlize Theron)、ニコール・キッドマン(Nicole Kidman)、マーゴット・ロビー(Margot Robbie)という豪華なキャスティングが魅力の本作、セクハラ事件の舞台が保守系メディア、FOXニュースであることにも注目でしょう。スローガンとして“Fair and Balanced”を掲げながら(この事件後にやめたそうですが)全面的に共和党を支持し、ドナルド・トランプとも友好関係を保っているこのニュース専門放送局の視聴者は、Newsweek誌によると94%が白人だそうです。

提訴されたCEOのロジャー・エイルズ(Roger Ailes)をはじめ、キャスターのビル・オライリー(Bill O'Reilly)、後にトランプ大統領の補佐官に指名される上級副社長のビル・シャイン(Bill Shine)など、FOXニュース幹部たちの価値感が視聴者の感覚にフィットしたからこそ、全米で1〜2位を争う高視聴率をたたき出しているわけで、そういった放送局で人気を得た女性キャスターたちが、違った価値感の世界で高給を得るのは困難です。清濁併せ飲んでFOXニュースで生きるか、すべてを捨てて出直すか、彼女たちを迷わせます。

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セクハラ事件を提訴したのはニコール・キッドマン演じるベテランキャスターのグレッチェン・カールソン(Gretchen Carlson)ですが、映画の軸になるのはシャーリーズ・セロン演じる人気キャスターのメーガン・ケリー(Megyn Kelly)。そしてマーゴット・ロビー演じる架空の人物、新人のケイラ・ポスピシルが物語を動かしていきます。

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なぜ発端となったカールソンが軸にならないのかといえば、彼女はこの後、2千万ドルの和解金および謝罪と引き替えに厳しいNDA(秘密保持契約)を結んだことで何も語れなくなったから。セクハラ事件ではこのNDAが大きな障壁で、ワインスタインの一件についてミア・ファローの息子でもあるジャーナリスト、ローナン・ファロー(Ronan Farrow)が書いた“Catch and Kill”という本があるのですが、それによると被害者がジャーナリストに話したネタを買い取り、弱みを握って被害者を追い込み、示談金と引き替えにNDAを結ばせるという姑息な手口まで使われるそうです。

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また、雇用契約の強制仲裁(Forced Arbitration)条項も問題で、従業員は裁判ではなく民間仲裁人を通じた申し立てを強いられます。つまりハラスメントにあった従業員は会社の弁護士に相談するしかなく、カネとNDAで口を封じられてしまいますので、被害者の証言を得て記事にしたり映画を作ることが非常に難しくなるのです。CNNによるとカールソンは現在、セクハラ条項を強制仲裁の適用除外にする活動(Lift Our Voices)に参加しているそうです。

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話が逸れましたが、こういった事情で当事者たちが事実を語れないため、ケイラ・ポスピシルという架空の人物を設定して、表沙汰にならない部分で何が行われたかイメージできるようにしています。結果的に彼女がいちばんヒドイ扱いを受けることになるわけで、マーゴット・ロビーの熱演も本作の大切な要素の一つです。

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物語はカールソンがエイルズを訴え、同じ扱いを受けているはずの女性社員たちが訴え出てくるか否かを見届けるというシンプルなもの。カールソンが49歳、ケリーが44歳、ポスピシルが27歳ということで、世代交代も絡みます。つまり一番高いポジションにあるカールソンはこれから得られるものがあまりなく、新人のポスピシルは昇進のきっかけを掴もうと野心に燃えているわけで、そもそもの立ち位置が違うのです。

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また会社の方針として女性たちが互いに競い合うように仕向けているのが大きな難関になります。映画で3人が揃う場面は一瞬だけで、セクハラ問題で連帯することの難しさを滲ませます。

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既に多くを得ていながらまだキャリアアップが可能という難しい位置づけのメーガン・ケリーは、弁護士としての倫理観ではカールソンに賛同しつつ、実際の身の振り方で葛藤します。それを支えるのが子どもたちと夫ダグ(Douglas Brunt)の存在。映画では主夫のように見えますが、ブーズ・アレンを経てネットセキュリティ会社のCEOに就き、その会社を売って作家に転身した人だそうです。2012年に“Ghosts of Manhattan”という、ウォール街の債券トレーダーを描いた小説を発表しています。

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ケイラ・ポスピシルは自らの野望と倫理の狭間に立たされることになるのですが、それを見守るのがケイト・マッキノン(Kate McKinnon)演じる同僚のジェス・カー。彼女も実在しない人物だそうですが、民主党支持でレズビアンというFOXニュースには異質なキャラクターで、彼女とケイラの二人が、何も発言できなかった多くの女性社員たちの心の声を代弁します。

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ロジャー・エイルズ役を「女神の見えざる手」に出ていたジョン・リスゴー(John Lithgow)、その弁護士スーザン・エストリッチ役を「アイ,トーニャ」でマーゴット・ロビーの鬼母役だったアリソン・ジャネイ(Allison Janney)が演じ、親会社ニューズ・コーポレーションのルパート・マードック役でマルコム・マクダウェル(Malcolm McDowell)が出ています。

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監督は「オースティン・パワーズ」「トランボ」のジェイ・ローチ(Jay Roach)、脚本は「マネー・ショート」のチャールズ・ランドルフ(Charles Randolph)。この映画でカズ・ヒロがアカデミー賞のメイクアップ&スタイリング賞を獲っていますが、関係者の容姿に馴染みがなく、どの程度すごいメイクなのかよくわかりませんでした。

公式サイト
スキャンダルBombshell

[仕入れ担当]

2020年2月11日 (火)

映画「ロニートとエスティ(Disobedience)」

Disobedienceラビの娘として育ちながら、正統派ユダヤ人コミュニティでの暮らしに耐えきれずNYに渡った女性が、父の死で生まれ故郷に戻り、往事の思いが蘇ってくるという物語です。

原作は、2016年の小説「The Power」で注目を集めたナオミ・オルダーマン(Naomi Alderman)が、自らの経験を背景に書いたという2006年のデビュー作。それを「イーダ」「コレット」のレベッカ・レンキェヴィチ(Rebecca Lenkiewicz)が脚色し、「グロリアの青春」「ナチュラルウーマン」のセバスティアン・レリオが監督を務めたという、映画好きには見逃せない作品です。

映画の始まりは、ユダヤ教徒の集会でラビが説法している場面で、語っているのは、神(Hashem)が創り出した3種類の創造物、天使(angel)、獣(beast)、人間(human being)について。

天使は神の純粋な言葉から創られ悪を働く意志を持たない、獣は本能に導かれるのみで、いずれも創造主の命令に従うが、人間は自由な意志、不服従の力(power to disobey)を持つ唯一の創造物だ。神は人間に選択を与えたが、それは特権(privilege)と義務(burden)を伴う、といった内容です。ここまで語ったラビは胸を押さえて倒れ込み、帰らぬ人となってしまいます。

場面は変わってNYのスタジオ。女性カメラマンがハッセルブラッドで入れ墨の男性を撮っているところに、急用だという呼び出しがあり、彼女はロンドンに向かうことになります。

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しかし、数十年ぶりに帰郷した彼女への視線は冷たく、幼なじみのドヴィッドも、表面的には温かく迎えながらも困惑の表情。親族からは厄介者が戻ったと嘆息される始末です。

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居心地の悪さに耐えながら、亡き父からラビの座を受け継ぐドヴィッドと話しているうちに、幼なじみのエスティが彼の妻になったことを知ります。

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子どもの頃からの仲良し3人組でしたので、ロニートは2人の結婚を祝福し、3人の再会を喜び合うのが自然です。しかし微妙な緊張感をはらんだまま時間が進みます。なぜかといえば、その昔、ロニートとエスティの関係が問題視され、ロニートはNYへ、エスティは地元に残って教師の道を選んだという過去があったからです。

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当然、2人の間に起こったことをドヴィッドも知っています。ですから同じことが起こらないように用心していますし、コミュニティの人々に対しても問題が起こらないと言明しています。

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エスティも正統派ユダヤ教徒として暮らしていて、常に地味な服を着て、外出時はウィッグを被ります(イスラム教徒と同じく髪は男性を魅了するという考えのもと、スカーフやウィッグで覆ったり、厳格な信者は剃髪するそうです)。

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ラビだった父の葬儀のために戻ったわけですから、ロニートが会う人々は正統派ユダヤ教徒ばかり。ドヴィッドとエスティの家に居候し、彼らの結婚生活を見続ける日々に我慢できなくなってきます。そんな中で、ふいにエスティと2人で話す機会が訪れ、彼女の思いを知るロニート。2人でロニートの父親の部屋を訪れた際、ラジオから流れ出すキュアーの“Lovesong”のベタ過ぎる歌詞が重なります。

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ロニートを演じたレイチェル・ワイズ(Rachel Weisz)、エスティを演じたレイチェル・マクアダムス(Rachel McAdams)共に、抑えていた気持ちがあふれ出す演技が絶妙です。過去を残したまま去った者と、過去に包まれたまま残った者。立場の違いが交差し、それぞれの思いが絡み合います。

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レイチェル・ワイズもレイチェル・マクアダムスも同性愛の演技は初めてだそうですが、セバスティアン・レリオ監督の演出の妙なのか、撮影監督を務めたダニー・コーエン(Danny Cohen)の巧さなのか、美しく印象的な映像に魅了されます。大木の場面が記憶に刻まれますが、あるがままの姿に戻ったエスティをロニートがカメラに納めるシーンも素敵です。私もX100が欲しくなりました。

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レイチェル・ワイズと、もう一人の重要人物であるドヴィッドを演じたアレッサンドロ・ニヴォラ(Alessandro Nivola)はユダヤ系の血を引いているそうです。そのおかげか、正統派ユダヤ教徒の価値感を否定することなく、冒頭の説法に戻っていく終わり方にも好感が持てました。女性の選択について考えさせてくれる映画です。

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公式サイト
ロニートとエスティ 彼女たちの選択Disobedience

[仕入れ担当]

2020年2月10日 (月)

映画「ハスラーズ(Hustlers)」

Hustlersウォール街で働く裕福なビジネスマンたちからストリップクラブの女性たちが大金を巻き上げた、実際の事件をベースにしたドラマです。映画の原案になったジェシカ・プレスラー(Jessica Pressler)の2015年の記事はこちら(New York Magazine)で読めます。

プロデューサーとして、出演者でもあるジェニファー・ロペス(Jennifer Lopez)と並んで、映画「マネー・ショート」のアダム・マッケイ監督が参加していますが、彼の作品も原作はウォール街への批判がベースになっていました。去年観たトッド・フィリップス監督「ジョーカー」も、投資銀行の酔漢を射殺した主人公がヒーロー扱いされていましたし、いわゆる“wall street guy”がやっつけられるとある種の“勧善懲悪”が成り立ってしまう時代なのでしょう。

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物語は、NY郊外で祖母と暮らすアジア系女性ドロシーが、より高い収入を得ようとデスティニーという芸名でストリップクラブで働き始めるところからスタート。その店のスターだったヒスパニック系のラモーナと仲良くなり、彼女の導きもあってどんどん稼げるようになりますが、出産で夜の世界から一旦離れます。

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その後、シングルマザーとして業界に復帰。しかしウォール街の客たちはリーマンショック後、金払いが悪くなっていて、普通のやり方ではあまり稼げません。そして、薬物(MDMAとケタミン)を混ぜた飲み物で意識を朦朧とさせ、高額な支払いをさせるという強引な手口に変わっていきます。

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最終的に昏酔強盗で逮捕されることになるのですが、映画の軸になっているのは犯罪そのものではなく、犯罪を働いたデスティニーとラモーナの友情。社会的に弱い立場にある女性が結束して稼ぐことにフォーカスした映画です。

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序盤、駆け出しのデスティニーがタバコを吸いに屋上に行くと、ファーコートを羽織ったラモーナがいて、寒いから入りなよと毛皮の中に入れてくれるシーンがあります。姉御肌で情に篤いラモーナの性格と、心身共に温かくなっていくデスティニーの内面が伝わってくる素敵なシーンです。

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そして彼女たちの絶頂期、ラモーナのペントハウスで開かれた内輪のクリスマスパーティで、ラモーナがデスティニーに贈るのがチンチラのファーコート。二人の信頼関係も、毛皮の価格と同じくこれ以上になく高まっています。

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この時のチームは、ヒスパニック系のラモーナ、アジア系のデスティニー、黒人のメルセデス、東欧系っぽい白人のアナベルの4人で、いかにもNYの夜の世界らしい組み合わせが良い感じです。彼女たちのポリシーは、消防士の年金で遊んでいるいる“wall street guy”の悪銭をかすめ取って何が悪い、ということ。実際、一晩で数千ドル、数万ドルむしり取られても、表沙汰になることを恐れて、通報する人はあまりいなかったようです。

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この映画、デスティニーを演じたコンスタンス・ウー(Constance Wu)が主演ということになりますが、やはりラモーナを演じたジェニファー・ロペスの存在感が圧倒的です。最初の見どころはラモーナのポールダンスで、彼女がヒップを突き出しただけでスクリーンに熱狂が溢れます。ヒップに高額の保険をかけていると噂されるJ.Loだけのことはあります。

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彼女の凄いところは、この映画のために6カ月間特訓してポールダンスを習得したこと。アラフィフ(1969年生まれ)でここまでできるのは、J.Loだからこそでしょう。肉体的には無理でも、心がけぐらいは見習いたいものです。特訓シーンが彼女のYoutubeチャンネルで公開されていますのでご覧になってみてください(こちら)。その成果は、映画だけでなく、スーパーボウルのハーフタイムショーでも披露していました(こちら)。

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ポールダンスの場面でお札まみれになった後、デスティニーとすれ違いざまに囁く“Doesn't money make you horny?”(お金ってそそらない?)のひと言でデスティニーはラモーナの虜になります。こういう言い方がぴったりハマってしまうあたりもJ.Loの魅力ですね。

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現実の事件はカンボジア難民の娘ロージー(Roselyn Keo)がハスラークラブの先輩サマンサ(Samantha Barbash)と組んで起こしたものですが、サマンサは保護観察が解けた後、美容整形を提供するスパを開業したようです。ロージーは上記 New York Magazin の記事でジョーダン・ベルフォート(映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート」の主人公)のようなモティベーショナル・スピーカーになりたいと語っていましたが、その準備なのでしょうか、去年の暮れに自伝「The Sophisticated Hustler」を刊行しています。転んでもただでは起きない人たちですね。

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実際のロージーとサマンサはそれほど仲が良くなかったようですが、映画のラモーナとデスティニーは余韻を残しながらエンディングを迎えます。ちなみにそのときスクリーンに映る写真は、コンスタンス・ウーの少女時代の写真だそうです。

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公式サイト
ハスラーズHustlers

[仕入れ担当]

2020年2月 9日 (日)

映画「グッドライアー 偽りのゲーム(The Good Liar)」

goodLiar 2年前の撮影時にはヘレン・ミレン(Helen Mirren)72歳、イアン・マッケラン(Ian McKellen)78歳だったそうです。この英国を代表する二人の名優に、ジム・カーター(Jim Carter)69歳を加えて撮られたこの映画、ニコラス・サール(Nicholas Searle)という公務員出身の作家が2016年に発表したやや複雑なコン・ゲームを原作とする作品です。

といっても、観る側は予告編などで欺し合いになることを知っていますので、そういった意味で言えば決してわかりにくい物語ではありません。難をいえば、やや複雑な背景がキーになる割に、伏線がないまま駆け足で決着してしまうあたりが残念なところでしょうか。

映画の幕開けは、初老の二人がネットの出会い系サービスでやりとりしている場面。その後、二人はレストランで落ち合うのですが、それぞれがエステル、ブライアンという偽名でアカウントを作っていたことを告白し、嘘のない関係にしたいと希望を語り合います。とはいえ、ヘレン・ミレン演じるベティは自己紹介で飲酒しないと記していたはずなのに食前酒のマテーィニを飲んでいますし、イアン・マッケラン演じるロイも非喫煙者のはずなのにタバコを吸いますので、最初から双方がいくつかの嘘をついている前提です。

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レストランを出た後、孫のスティーブンが車で迎えに来ているから送って行こうかというベティの提案を、自宅はパディントン駅のすぐ近くだからと断ったロイ。ベティたちを見送ると即座にタクシーを掴まえて繁華街に向かうのですが、実はロイ、投資詐欺を働いている男で、ストリップクラブに着くなり、ジム・カーター演じるヴィンセントと二人でカモの接待/説得を始めます。

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要するに彼は陰日向ある悪人で、ベティとの出会いも仕組んだもの。郊外で暮らす裕福な未亡人に投資を勧め、蓄えている資産をだまし取る手口です。手練手管を弄してベティに取り入っていくのですが、まずは膝を痛めたフリをして、階段がある自宅フラットから彼女の平屋に移り住みます。

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孫のスティーブンは、安易にロイを信用してはいけないとベティを責めますが、それもロイの計算のうちで、落ち着いて丁寧に説得します。沈着冷静なイメージとは裏腹に、ロイの舌先三寸を受け入れ、疑い続けるスティーブンを非難するベティ。ロイに心を許しているようにも見え、距離を置いているようにも見えるヘレン・ミレンの演技が絶妙です。

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二人はデートを重ね、ベティが亡夫と果たせなかった欧州旅行に行くことになります。ベティの希望は、パリ、ヴェネツィア、ベルリンなのですが、ロイはベルリンを否定し、あんなグレーな街ではなく、陽光輝くコスタデルソルやギリシャの島にしようと提案。しかしその直後、ベティが軽い脳卒中で倒れ、このままの暮らしぶりではいけないと医師から指摘されます。

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そうしてロイは投薬などでベティに尽くすようになり、結果的にベルリン旅行の希望も受け入れることになります。これが冒頭に記した複雑な背景に繋がっていくのですが、二人で映画「イングロリアス・バスターズ」を観た後の会話での意見の相違が一つの伏線です。原作者ニコラス・サールはバース大学とゲッティンゲン大学(Georg-August-Universität Göttingen)で学んだ人だそうで、ドイツに絡めた展開が持ち味なのかも知れません。物語は現代のロンドンと戦中のベルリンを行き来しながら展開していきます。

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もちろん本作の見どころは何といってもヘレン・ミレンとイアン・マッケランの競演。言葉と表情の使い分けで虚と実を曖昧にする演技はベテランならではの味わいでしょうし、なんと終盤では格闘シーンまで演じます。逆に、彼らの名演を見せたいばかりに細かい説明を省いたようで、たとえば、Dort wo man Bücher verbrennt, verbrennt man auch am Ende Menschen(本を焼く者は最後に人も焼く)の場面など、原作小説を読むと、もう少し深いものがあるのかも知れません。

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公式サイト
グッドライアー 偽りのゲームThe Good Liar

[仕入れ担当]

2020年2月 4日 (火)

見えてくる光景 コレクションの現在地 アーティゾン美術館

2020年1月、東京・京橋に開館したばかりのアーティゾン美術館へ行ってきました。1952年に創設されたブリヂストン美術館が名称を変更。展示スペースをおよそ2倍に広げ、新しい照明や空調システムなどを導入して生まれ変わったと話題になっています。

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開館記念展となる「見えてくる光景 コレクションの現在地」では、65年以上にわたって蒐集されてきた2,800点のコレクションの中から選りすぐりの206点を展示。第一部ではマネ《自画像》、ピカソ《ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙》、ザオ・ウーキー《07.06.85》など近現代美術の作品が並びます。

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「装飾」「原始」「聖俗」など7つの視点からアートの歴史を掘り下げた第二部では、ガレ《蜻蛉草花文花瓶》や、ブランクーシ《The Kiss》のほか、江戸時代の日本美術《洛中洛外図屏風》もあり、多岐にわたる作品が観られます。

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開放感のある展示スペースです。日時指定のチケット予約でゆっくり鑑賞することができ、作品との距離が近く感じました。ゲスト用のフリー Wi-Fi につないで、美術館の公式アプリをダウンロードすれば、スマートフォンで作品解説などの音声ガイドを無料で楽しめます。

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見る、感じる、知ることにより作品の創造性を体感できる新しい美術館です。

見えてくる光景 コレクションの現在地
https://www.artizon.museum/
2020年3月31日(火)まで

[店長]

2020年2月 3日 (月)

映画「ナイブズ・アウト(Knives Out)」

knivesOut 豪華なキャスティングのミステリー映画です。作りも正統派で、密室殺人が疑われる事件が起こり、その謎をダニエル・クレイグ(Daniel Craig)演じる名探偵ブノワ・ブランが一人で解いていくというもの。クリストファー・プラマー(Christopher Plummer)演じる被害者が莫大な資産をもつミステリー作家、クリス・エヴァンス(Chris Evans)やマイケル・シャノン(Michael Shannon)らが演じる家族全員に動機が認められるあたりも古典的な推理小説を思わせます。

早い段階で死因が判り、謎が解けたかのように見せながら、実はそれが事件の全貌ではなく、もう一皮めくった先に真相があるというこの物語。重要な役割を果たすのが、被害者から信頼され、個人的に雇われていた看護婦のマルタで、嘘をつくと嘔吐してしまうという奇妙な体質のおかげで、登場人物の誰もが疑わしい中、唯一の信頼できる人物です。

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対する名探偵役のダニエル・クレイグ。フランス風の役名とは印象が異なる、妙なアクセントの英語を喋ります。終盤で南部訛りだったことが判るのですが、ライアン・ジョンソン(Rian Johnson)監督へのインタビュー記事によると、南部出身者を想定して脚本を書いたので、ミシシッピ出身の歴史家シェルビー・フット(Shelby Foote)の講演をダニエル・クレイグに送って練習してもらったとのこと。マサチューセッツで暮らす裕福な一族との違いを際立たせ、探偵がアウトサイダーであることを明確にしたかったそうです。

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なぜ一族とは縁もゆかりもない名探偵が現場にいるのかと言えば、彼の元に札束を添えた匿名の依頼状が送られてきたから。つまり、誰かが真実を暴いて欲しいと願っていて、その真実は依頼人を有利な立場にするものなのです。逆にいえば、現場をみた警察などが推理する真相では依頼人の望みが満たされないわけで、その望みが何なのか、誰がそれを求めているかが謎解きの山場になります。

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事件の舞台となる邸宅に隠し扉があったり、成人の孫がいる年配の被害者に老いた母親(誰も年齢を知らないほど高齢)がいたり、トリックの仕掛けも古典的です。犯人の目星も動機も、映画を見慣れている方ならすぐに気付くと思いますが、それでもこの作品が魅力的なのは、映画の丁寧な作り込みと出演者たちの好演のおかげでしょう。

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すべての核心となるマルタを演じたのは「ブレードランナー 2049」のジョイ役だったアナ・デ・アルマス(Ana de Armas)。彼女がヒスパニック系であることも大切な要素で、それに絡めて現代的な問題をさりげなく盛り込んでいることも魅力の一つです。

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被害者の長女リンダをジェイミー・リー・カーティス(Jamie Lee Curtis)、その夫リチャードをドン・ジョンソン(Don Johnson)、その息子、つまり被害者の孫であるランサムを「ギフテッド」のクリス・エヴァンスが演じていて、三者三様の個性が映画にメリハリをつけます。

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その他、次男のウォルト役で「ドリーム ホーム」「ノクターナル・アニマルズ」「シェイプ・オブ・ウォーター」のマイケル・シャノン、その息子ジェイコブ役で「ヴィンセントが教えてくれたこと」のジェイデン・マーテル(Jaeden Martell、旧姓Lieberher)、亡き長男ニールの妻ジョニ役で「500ページの夢の束」のトニ・コレット(Toni Collette)、その娘メグ役でキャサリン・ラングフォード(Katherine Langford)、警官エリオット役で「ショート・ターム」「ゲット・アウト」のキース・スタンフィールド(Keith Stanfield)が出ています。

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公式サイト
ナイブズ・アウトKnives Out

[仕入れ担当]

2020年1月30日 (木)

映画「テリー・ギリアムのドン・キホーテ(The Man Who Killed Don Quixote)」

DonQuixote 構想から30年かけて公開に漕ぎ着けたという執念の一作です。どうやらドンキホーテものの映画は製作中断の憂き目に遭いやすいらしく、テリー・ギリアム(Terry Gilliam)監督もオーソン・ウェルズの二の舞になると言われていたようです。

当初はジャン・ロシュフォールとジョニー・デップの組み合わせで企画されていた本作、ジョン・ハートやユアン・マクレガーなどの起用も噂されながら、結局、ジョナサン・プライス(Jonathan Pryce)とアダム・ドライバー(Adam Driver)の組み合わせで着地できたという次第。エンドクレジットで既に鬼籍に入ったジャン・ロシュフォールとジョン・ハートに捧げられています。

それだけ曰く付きの作品ですから、映画界としても待ち焦がれていたようで、一昨年のカンヌ映画祭でクロージング・フィルムとして初上映されました。しかしながらその後も呪われていて、権利関係の問題で公開が遅れ、米国では2019年3月、日本では2020年になってようやく観られるようになりました。

内容はといえば、良い意味でハチャメチャです。ただ思ったほど奇抜ではありません。現実世界と妄想や悪夢が混ざり合いながら、物語の破綻もなく、きれいに着地していきます。安心して映画の世界に身を委ねてしまえば最後まで気持ちよく連れて行ってもらえる一作です。

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アダム・ドライバー演じるCMデイレクターのトビーは、スペインで中国企業のCMを撮影しているのですが、思い通りにいかなくて半ば捨て鉢になっています。クライアントとの懇親会でしょうか。ステラン・スカルスガルド(Stellan Skarsgård)演じるボスを交えた食事の席で、物売りからDVDを買います。それは学生時代の彼が卒業制作として撮った映画で、うさ晴らしにその映画のロケ現場となった村に出かけてみます。

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人里離れた村で、その昔、映画作りに協力してくれた村人たちに会います。トビーとしては単なる卒業制作でしたが、その映画が村人たちに与えた影響は思いのほか大きく、プリンセス役だったアンジェリカはスターを夢見て都会で苦界に落ち、ドン・キホーテ役だった靴職人ハビエルは、いまだに自分をドン・キホーテだと思い込んで鎧を着て暮らしています。

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ご存じのように、小説のドン・キホーテはラ・マンチャの下級貴族(イダルゴ)が騎士道物語を読み過ぎて自分を騎士だと思い込んでしまう話。ハビエルは自分をドン・キホーテだと思い込んでいるわけですから、その時点で二重の思い込みになっていて、彼らが暮らす村の名前がLos Sueños(夢)というあたりを含めて(実際のロケ地はナバラ州ガリピエンソだそうですが)虚実ないまぜな世界がどんどん拡大していきます。

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ハビエルはトビーをサンチョと呼び、愛馬ロシナンテを駆って旅に出ます。巻き込まれたかたちになったトビーと繰り広げるこの冒険譚、ハビエルをジョナサン・プライスが演じているのですが、芝居がかった語りがそれらしくて非常に良い感じです。彼は「恋の選択」ではロンダの闘牛場に行っていましたし、「エビータ」ではファン・ペロン、「2人のローマ教皇」ではホルヘを演じていて、なにかとスペイン語圏に縁があるようですね。

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この映画のヒロインは二人。一人はボスの妻ジャッキで、「9人の翻訳家」のオルガ・キュリレンコ(Olga Kurylenko)が演じています。もう一人が卒業制作映画のプリンセス、現在は娼婦になったアンジェリカで、演じているのはポルトガル人女優のジョアナ・リベイロ(Joana Ribeiro)。トビーはどちらともややこしい関係にあって、トビーとジャッキとボス、トビーとアンジェリカとウォッカ王アレクセイの二つの三角関係が物語のハチャメチャさを加速させます。

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アレクセイはロシア人という設定ですが、演じているジョルディ・モリャ(Jordi Mollà)は「ハモンハモン」でハビエル・バルデムの恋敵を演じていたスペイン人です。その他にも、最近「幸福なラザロ」に出ていたセルジ・ロペス(Sergi López)、アルモドバル作品の常連女優ロッシ・デ・パルマ(Rossy de Palma)といったスペインのベテランが脇を固めます。

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もちろん、風光明媚な景色も見どころのひとつでしょう。トレド近郊の古城(Castillo de OrejaやAlmonacid de Toledo)、ナヴァラの町(San Martín de Unx)や荒野(Las Bardenas)、サラゴサの修道院(Monasterio de Piedra)、カナリア諸島フェルテベントウーラ島といったスペイン各地の他、ポルトガル・トマールの修道院(Convento de Cristo em Tomar)などでもロケが行われたそうです。

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公式サイト
テリー・ギリアムのドン・キホーテThe Man Who Killed Don Quixote

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