カルチャー

2020年7月 6日 (月)

映画「ワイルド・ローズ(Wild Rose)」

wildRoseスコットランドのグラスゴーを舞台に、カントリーシンガーになってナッシュビルで歌うことを夢見る若いシングルマザーを描いた物語です。障壁にぶつかるたびに人間的成長を見せていく主人公ローズ=リン・ハーランを、映画「ジュディ 虹の彼方に」でジュディ・ガーランドの世話係だったジェシー・バックリー(Jessie Buckley)が演じ、見事な歌唱力を披露しています。私はトム・ハーパー(Tom Harper)監督の作品を初めて見ましたが、バランス良くまとめられていて、気持ちよく楽しめる映画だと思いました。

映画の幕開けは、ローズが身の回りの品やCDなどを大きなビニール袋に放り込んで荷物をまとめているシーン。実は彼女、麻薬絡みで服役していて、その日が釈放日だったのです。これからはカントリーを聴かなくて済むと看守が軽口を叩いている様子から、あまり深刻な犯罪ではなかったことが伝わってくる場面なのですが、グラスゴーならではというか何というか、彼らの訛りが強すぎてほとんど聞き取れません。

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彼女が犯した罪はスターリングの女性刑務所(HM Prison Cornton Vale)の壁越しにヘロインを投げ込んだこと。頼まれてやっただけで中身は知らなかったと本人は言い張りますが、中の友だちに差し入れしたのかも知れませんし、仲間の繋がりで断れなかったのかも知れませんが、いずれにしてもマイルドヤンキー的な身内意識を感じさせる女性です。とはいえ日本のそれとは違って地元への執着は皆無で、自分はグラスゴーを出てナッシュビルに行くべき人間だと強く思っています。

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14歳のときから地元のクラブ、グランド・オール・オプリ(Glasgow’s Grand Ole Opry)で歌っていたというローズ。現在23歳ですから、1年の服役期間を除いても、8年あまりのキャリアがあります。しかし前科者ということで、古巣の店では雇って貰えず、子持ちであること、前科があることを隠して家政婦として働き始めます。

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職場である邸宅で掃除機をかけながら歌っていると、それを聴いて魅了された子どもたちを経由して、その家の夫人、スザンナから応援されるようになります。さすがにナッシュビル行きの旅費は貰えませんが、BBCに連絡をつけ、ローズが“英国で唯一カントリーを理解していると人”として評価していたラジオD.J.のボブ・ハリス(Bob Harris)と会う機会を与えてくれます。

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ロンドンまで出かけ、BBCのスタジオでアシュリー・マクブライド(Ashley McBryde)のライブを聴き、ボブ・ハリスから、自分で楽器を演奏すること、曲を自作することといったアドバイスを受けてグラスゴーに戻ります。そしてスザンナから、彼女の50歳の誕生パーティで歌い、来客からスザンナへのバースデープレゼント代わりにナッシュビル行きの旅費を募ろうという、クラウドファンディングのようなアイデアを提案されます。

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良い出会いに恵まれ、再び音楽活動に戻れそうな展開ですが、そうは上手くいきません。自分の子ども絡みでちょっとした事件が起こり、スザンナの夫に前科を知られてしまったことから、パーティで歌えず、家政婦の仕事も失います。その後、母親マリオンの紹介で地元のモール、シルバーバーン(Silverburn shopping centre)でウエイトレスの仕事を得るのですが、ナッシュビルの夢からはどんどん遠ざかっていきます。

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パン屋で20年間働いてきたというマリオンは、ローズの服役中は孫たちを預かり、出所後は子ども中心の地道な暮らしをするように諭す真面目な母親です。しばらくの間はローズがスザンナに助けられて夢を追う姿を見守っていましたが、子どもをないがしろにしようとした彼女を見て引導を渡すことになります。

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そのマリオンを演じたのが「ワンチャンス」「ブルックリン」「マンマ・ミーア」のジュリー・ウォルターズ(Julie Walters)。ベテラン女優らしい、奥深い愛情がじわっと伝わってくる素晴らしい演技でした。この映画の本質は、マリオンとローズの母娘の絆の物語なのですが、それがローズの娘ワイノナを加えた親子三代の物語に拡がって感動的なエンディングを迎えます。

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ちなみに娘のワイノナ、デイジー・リトルフィールド(Daisy Littlefield)という子役が演じているのですが、おそらくカントリーシンガーのワイノナ・ジャッドに因んだ名前で、アダム・ミッチェル(Adam Mitchell)演じる息子のライルは、ライル・ラヴェットに因んで名付けられたようです。

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ついでに記せば、彼女の腕のタトゥー“Three chords and the truth”は、ハーラン・ハワード(Harlan Howard)が偉大なカントリーミュージックを定義した有名なフレーズだそうで、終盤のライブシーンで映るケイシー・マスグレイヴス(Kacey Musgraves)などの人気ミュージシャンを含め、カントリー好きの方ならいろいろ発見がある映画だと思います。

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公式サイト
ワイルド・ローズWild Rose

[仕入れ担当]

2020年6月30日 (火)

ピーター・ドイグ展 東京国立近代美術館

いま最も注目を集める画家、ピーター・ドイグ(Peter Doig)の日本初個展を観てきました。スコットランドのエジンバラで生まれ、トリニダード・トバゴとカナダで育ったドイグ。現在はトリニダード・トバゴとロンドンに拠点をおき、それらの風景や映画のワンシーン、広告グラフィックなど多様なイメージを重ねて絵画を描いています。

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ドイグの作品は大きなサイズのものが多く、見る距離や焦点を変えると印象が違ってみえます。無数の星がきらめく夜空と湖を描いた《天の川》は、闇夜に照らされた樹木が遠目からはロマンチックですが、近づいて見ると少し不気味。湖面に浮かぶ小さなボートも寂しげです。この小さなボートは、映画「13日の金曜日」のラストシーンからインスピレーションを得たというモチーフで、ドイグ作品にたびたび登場します。

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トロントの新聞に掲載された日本のスキーリゾートの広告を参照したという《スキージャケット》は、左右で大きさの違うキャンバスを合わせて制作された不思議な作品です。雪のように見える小さな点は、さまざまな色のジャケットを着たスキーヤー。どこかで見たようで見たことのない風景が広がります。

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最後の章で紹介されているのは、ドイグならではの視点で作成された映画ポスターの数々です。こちらもお洒落で見応えあります。

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ピーター・ドイグ展
https://peterdoig-2020.jp/
2020年10月11日(日)まで

[店長]

2020年6月29日 (月)

映画「コリーニ事件(Der Fall Collini)」

DerFallCollini ドイツでベストセラーになったミステリ小説の映画化作品です。犯人が逮捕された時点から物語が始まる、いわゆるホワイダニット (Whydunit)タイプの法廷劇で、被告側弁護士による犯人の動機解明が主眼となります。弁護士である原作者フェルディナント・フォン・シーラッハ(Ferdinand von Schirach)の専門的知見をベースに、ドイツの歴史を下敷きにしたヒューマンドラマが展開していきます。

映画のスタートはホテルの廊下。一人の男が、老人から客室に迎え入れられます。続いて、その男がエレベーターを降り、踵が壊れかけた靴を引きずりながらロビーを横断して、イスに腰掛ける場面。彼が歩いた後には血痕が残り、シャツにも血しぶきを浴びています。それに気付いたフロント係が慌てて電話をかけに行き、物語が始まります。

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この男が、タイトルになっているファブリツィオ・コリーニで、1960年代に外国人労働者としてジェノヴァ近郊のカンポモローネ(Campomorone)からドイツに渡ってきて以来、シュトゥットガルトのダイムラーベンツの工場で働き、ベーブリンゲンで暮らしてきたイタリア移民です。

犯行現場はベルリンの高級ホテル、アドロンのスイートルームで、被害者はSMFマイヤー機械工業の会長職にあるハンス・マイヤー。その日、2001年5月26日午後8時から同ホテルのシュプレーの間で開催予定だったドイツ機械工業連盟の会合に参加するため宿泊していたのですが、新聞記者を名乗る男を部屋に迎え入れ、ワルサーP38の銃弾4発を浴びて85年の人生を終えることになります。

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舞台はベルリンの裁判所に移り、この事件の国選弁護人に指名されたカスパー・ライネンが、上席検察官ライマースと顔合わせします。この若さあふれる新人弁護士ライネンがこの物語の主人公なのですが、映画ではエリアス・ムバレク(Elyas M'Barek)が演じているためか、原作と異なり、トルコ系移民の子どもという設定になっています。エリアス・ムバレクはチュニジア系の父親を持つオーストリア人で、トルコ系ではありませんが、敢えてドイツ移民社会の多数派であるトルコ系としたのでしょう。

ちなみに原作では、主人公の父親はバイエルン州に相続遺産の森を持つ地主とされていて、ドイツ人の読者ならこの地域独特の文化的背景、ベルリンやシュトゥットガルトとの違いを感じるのかも知れません。また、ボーデン湖畔の寄宿学校(モデルはザンクト・ブラジエン校)からハンブルグ大学に進んだという主人公の経歴と併せて考えることで、ある種のイメージが喚起されるのかも知れませんが、個性をわかりやすく伝えるために移民という設定に変えたのだと思います。個人的には、この設定変更のおかげで原作よりも映画の方が味わい深く感じました。

カスパー・ライネンはその場で弁護人を引き受けるのですが、すぐに後悔することになります。なぜなら被害者が自分の育ての親ともいえる人物だったから。

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勾留状に記された被害者の氏名はジャン=バプティスト・マイヤーとなっており、これは被害者の母親(フランス人)が洗礼者ヨハネに因んで名付けた本名なのですが、発音しにくいので本人がドイツ語のヨハネスに変え、ハンスと名乗っていたのです。それを知らなかったライネンは、恩人を殺した犯人の弁護をせざるを得なくなります。

ハンス・マイヤーの孫フィリップと学友だったライネンは、少年時代、マイヤー家がニュルンベルグ近郊のロスタールにもつ「緑の館」で休暇を過ごし、フィリップの姉ヨハナやハンス・マイヤーと親しく接していたのでした。しかし大学入学の年にフィリップと両親が交通事故で亡くなり、一族はハンスとヨハナだけになって疎遠になります。そのヨハナも、留学先の英国で出会ったケンブリッジ大学トリニティカレッジの教授と結婚し、ドイツを離れていましたが、この事件の後処理のために帰国してライネンと再会することになります。

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裁判におけるSMFマイヤー機械工業の代理人はリヒャルト・マッティンガー弁護士。大学で教えるなど判事や検事も一目おく法曹界の重鎮であり、ヴァン湖畔に別荘を所有し、レジャーボートを操る成功者でもあります。

ライネンは、ライマース検察官とマッティンガー弁護士というベテランと対峙することになるのですが、よくあるような騙し騙されという展開にはなりません。あくまでも核心は、一切の自白を拒否している犯人の動機であり、それを解き明かしていくことでドイツの社会問題を白日の下にさらしていきます。

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この先をネタバレしないように書くのは難しいのですが、大枠をいえばポイントは二つで、その一つはナチスの戦争犯罪。

原作では、第二次大戦末期、ローマのラゼッラ通りでボルツァーノ警察隊36人が殉職するテロがあり、その報復として、イタリア戦線司令官のアルベルト・ケッセルリングはアルデアティーネの洞窟で335人の市民を虐殺させたという史実が記されていますが、ジェノヴァでも似たことが起こったわけです。それにしても報復は犠牲者数の10倍まで合法だったというのは何とも恐ろしい話です。

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そしてもう一つのポイントは、1968年に発布された秩序違反法に関する施行法(EGOWiG)で、ナチの最高指導部のみ謀殺犯として扱い、他の者は全員、謀殺の幇助者として扱うとされたことです。故殺の時効は15年ということで、1969年5月20日、国家保安本部関係者の犯罪行為は連邦裁判所によって時効とみなされ、ベルリン検察局が準備を進めていた訴訟手続きが中止されたそうです。

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要するにハンス・マイヤーは戦中、ジェノヴァに進駐する司令官であり、戦争犯罪人として訴えられながら時効に救われていたのです。

ライネンが恩人の別の顔を暴いていくという無情なストーリーは、原作のエピグラフに掲げられたアーネスト・ヘミングウェイ「キリマンジャロの雪」の一節“われわれは自分にふさわしい生き方をするようにできているのだ”で予め示唆されますが、これはまた、すべてを背負っていかなければならないドイツ人の宿命を示しているように思えるあたりも無情です。

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監督はおそらく本作が日本初公開作となるマルコ・クロイツパイントナー(Marco Kreuzpaintner)。

主なキャストとしては「はじめてのおもてなし」に研修医役で出ていたエリアス・ムバレクの他、コリーニ役で「ジャンゴ」などの名優フランコ・ネロ(Franco Nero )、ヨハナ・マイヤー役で「愛を読むひと」に出ていたというアレクサンドラ・マリア・ララ(Alexandra Maria Lara)、マッティンガー役で「はじめてのおもてなし」で外科医リヒャルトを演じていたハイナー・ラウターバッハ(Heiner Lauterbach)が出ています。

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公式サイト
コリーニ事件

[仕入れ担当]

2020年6月28日 (日)

真珠 - 海からの贈りもの 渋谷区立松涛美術館

古くから人々を虜にしてきた「真珠」の展覧会です。ヨーロッパでは古代から装身具として親しまれ、日本では明治から注目され、いまでは誰もが一つは持っている「真珠」の魅力と歴史に迫ります。

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16世紀イギリスの宮廷では、富や権力の象徴として「真珠」が重宝され大流行します。ドロップ型の真珠が揺れるクロスのペンダントを身につけたエリザベス1世。左の作品は、この肖像画からインスピレーションを得て制作されたものだそうです。

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19世紀になると、さまざまな技術や素材、デザインが生まれ多様な「真珠」ジュエリーが登場します。

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小さなシードパールをレースのように組んだティアラ、エナメルのミニアチュールやカメオのまわりをパールで装飾したブローチなど可憐で美しいジュエリーの数々。それぞれを収めるボックスも素敵でした。

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雅な日本の「真珠」ジュエリーも必見です。1〜1.5mmのケシパールで縁取られた櫛や笄、流れる水を表現した帯留めなど精緻な細工が際立つデザイン。身につけたところを想像するだけでうっとりしてきます。

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真珠(シェルパールなどでもOKだそう)を身につけて来館された方は入館料が割引されるそうです。

真珠 - 海からの贈りもの
https://shoto-museum.jp/exhibitions/188pearls/
2020年9月22日(火)まで

[店長]

2020年6月23日 (火)

オラファー・エリアソン ときに川は橋となる 東京都現代美術館

東京都現代美術館で開催中のオラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)の個展を観に行ってきました。会期が変更されましたので2020年9月27日(日)までご覧になれます。

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エリアソンは、急激に変化している地球の気候変動に対し、私たちができることをアートを介して追求するアーティスト。デンマークで生まれ、アイスランドの自然に囲まれ育った彼は、アイスランドの自然の変化を20年以上にわたり観察しています。

最初に登場するこの3枚の水彩画は、氷河の氷を紙の上にのせ、溶けていく氷の水と顔料が混ざり合ってできたものです。予測不能な現象を相手にして、いかに自然と共同制作できるかというエリアソンの模索が反映されています。

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ソーラーエネルギーをガラス作品に投影し美しい光を生み出す《太陽の中心への探査》。

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鑑賞している側が動くことで完成する《あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること》。

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展覧会のタイトルにもなっている新作《ときに川は橋となる》や、初期の代表作《ビューティー》など、見る角度や人の動きで絶えず変化していく作品は、時間を忘れて観てしまいます。

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エリアソンがエンジニアと共同開発した携帯式のソーラーライト Little Sun を使って、自由に光のドローイングを描けるインスタレーション《サンライト・グラフティ》は整理券制です。各日午前10時から先着順になっていて、なくなり次第終了ですので、参加したい方は早い時間に行かれることをおすすめします。

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アート作品や活動を通してサスティナブルな世界の実現を試み、環境負担の少ない材料や形状などを研究しているエリアソン。展示されている作品の多くをスタジオのあるベルリンから日本まで鉄道と船で運んだそうです。

オラファー・エリアソン ときに川は橋となる展
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/olafur-eliasson/
2020年9月27日(日)まで
※入場制限の状況はTwitterでご確認ください

[店長]

2020年6月22日 (月)

映画「ペイン・アンド・グローリー(Dolor y gloria)」

DolorGloria スペインの名匠ペドロ・アルモドバル(Pedro Almodóvar)の最新作です。このブログでもモナドが開店した2008年以降の公開作は、監督作品である「抱擁のかけら」「私が、生きる肌」「アイム・ソー・エキサイテッド!」「ジュリエッタ」も、プロデュース作品である「人生スイッチ」「エル・クラン」「サマ」「永遠に僕のもの」もすべて取り上げてきましたが、映画好きなら絶対に見逃せない監督の一人でしょう。モナド的には、ヘレナ・ローナー(Helena Rohner)が本作に協力したということで、なおさら見逃せない一本になっています。

自伝的な要素を織り込んだというストーリーはもちろん、色彩あふれる映像も染みいるような音楽も、この監督ならではの味わいに溢れています。画家でいうなら回顧展のような位置づけかも知れません。これで引退してしまうのではないかと心配になるような集大成的な作品です。

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主人公の映画監督サルバドールを演じたのは、前々作「アイム・ソー・エキサイテッド!」とその前作「私が、生きる肌」に出ていた監督の盟友アントニオ・バンデラス(Antonio Banderas)。彼がアルモドバルの分身となり、アルモドバルの苦悩と栄光を断片的に散りばめた物語を紡いでいきます。ちなみに主人公が暮らすギャラリーのような部屋にある美術品や小物は監督の私物だそうです。

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映画の幕開けは瞑想しているかのような表情でプールに沈むサルバドール。水を使った映像はこの監督の大切な要素の一つですが、それが冒頭から登場するわけです。その水の揺らぎが川面に変化し、陽光を浴びながら川岸でシーツを洗う女たちを捉えた場面に繋がっていきます。軽口を叩き合い、陽気に歌いながら、シーツを拡げて干す女たち。ペネロペ・クルス(Penélope Cruz)演じる母親ハシンタに背負われているのが幼い頃のサルバドールです。

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ハシンタの隣でロシータ役を演じているのは人気歌手のロザリア(Rosalía)で、彼女たちが歌っているのは1960年代の映画「El balcón de la luna」の挿入歌「A tu vera」。時代性を示しながら、ペネロペ・クルスの魅力を余すことなく引き出し、今をときめくアーバン・フラメンコ・シンガーの歌声を聴かせるという、一粒で3度おいしいスタートです。

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それに続くマーブル模様を下地に配したタイトルクレジットの美しさもさることながら、サルバドールが偶然に旧友スレマと出会うカフェの壁紙もアルモドバル的です。これはセットでなく、マドリードのホテル、ミゲル・アンヘル(Hotel Miguel Ángel)でロケしたそうで、このあたりはスペインならではのセンスでしょう。このほとんど出番のないスレマを演じたのはアルモドバル作品の常連女優であり、「永遠に僕のもの」で主人公を溺愛する母親を演じてたセシリア・ロス(Cecilia Roth)なのですが、こういうベテランを無駄遣いできるのもアルモドバルならではでしょう。

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物語は、身体の各所に痛みを抱え半ば引退状態にあるサルバドールが過去を振り返るスタイルで展開します。その過去の一つが少年期の60年代、故郷の村を離れて地下住居で暮らした頃。もう一つが、スレマと会ったときに話していた映画監督として栄光に輝いた頃。そしてもう一つ、スレマから連絡先を聞いて、旧作の主演男優に会いにいったことをきっかけに繋がっていく時代で、それぞれがサルバドールの創作物と絡みます。

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サルバドールの少年期、母親ハシンタが夫の母親と折り合いが悪く、一家はパテルナ(Paterna)にある地下住居に引っ越します。サルバドールが近所の塔の階段に腰掛け、駅で拾った「悲しみよこんにちは」を読んでいると、通りかかったカップルの女性、コンチータが、本が読めるなら字も書けるの?だったら手紙の代筆をして!と声をかけてきます。地下住居のボロさを嘆いていたハシンタは、コンチータの恋人エドゥアルドが職人だとわかると、キッチンの改修をしてくれるなら息子が無料で読み書きを教えてあげると持ちかけます。

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そうしてサルバドール少年は、セサル・ビセンテ(César Vicente)演じる美青年エドゥアルドに勉強を教えることになります。彼は文字を知らない代わりに絵心があり、それがエンディングのエピソードに繋がっていくのですが、その思い出を映画化した「El primer deseo(初めての欲望)」が、実は本作「ペイン・アンド・グローリー」でもあるという入れ子の構造になっています。

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もう一つの作品は、サルバドールが映画監督として栄光を極めた時代に撮った「Sabor(風味)」。そのリマスター版の上映会で講演することになり、主演男優のアルベルトを探していたときにスレマと再会したのが冒頭の場面です。サルバドールとアルベルトは撮影中に仲違いし、プレミア上映以来、一度も会っていなかったのですが、この作品を見直してみたところ、改めて会ってみようと思い始めたようです。

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スレマに連絡先を聞いて再会したアルベルトとの関係は、歳月を経ていたこともあり、最初はうまくいきかけます。しかし感情的なしこりが蘇って再び仲違いするのですが、ある事情でサルバドールが折れることになります。その際、舞台劇で再起を図ろうとしてたアルベルトに提供するのが、その昔、一緒に暮らしていた恋人フェデリコとの思い出を題材にした戯曲「Adicción(中毒)」。

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アルベルトはその上演を成功させ、たまたまステージを見たフェデリコが、アルベルトを通じてサルバドールに連絡してきます。そうして過去の様々な出来事、自分の内面でわだかまっていた物事と折り合いをつけていくのですが、その奥底にあるのがサルバドールと母親ハシンタとの関係。大好きな母親の期待に応えられなかった自分という心の痛みを受け入れることが重要なテーマの一つになっています。

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アルベルトを演じたのはTVで活躍しているというアシエル・エチェアンディア(Asier Etxeandia)で、フェデリコを演じたのは「人生スイッチ」のAUDI男レオナルド・スバラーリャ(Leonardo Sbaraglia)。

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その他、晩年の母ハシンタ役で「神経衰弱ぎりぎりの女たち」のフリエタ・セラーノ(Julieta Serrano)、サルバドール少年を神学校に進めようとする敬虔な女性の役で「ジュリエッタ」のスシ・サンチェス(Susi Sánchez)、サルバドール少年の父親役で「アイム・ソー・エキサイテッド!」「マーシュランド」のラウール・アレバロ(Raúl Arévalo)、サルバドールの友人兼秘書メルセデス役で「ブラック・ブレッド」で主人公の母親を演じていたノラ・ナバス(Nora Navas)が出ています。

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ちょっとわかりにくいのですが、ノラ・ナバスが着けているアクセサリーがヘレナ・ローナーの作品です。

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公式サイト
ペイン・アンド・グローリーPain and Glory

[仕入れ担当]

2020年6月16日 (火)

映画「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語(Little Women)」

LittleWomen 話題作ですね。グレタ・ガーウィグ(Greta Gerwig)監督がオルコット(Louisa May Alcott)の「若草物語」を脚色し、前作「レディ・バード」に続いてシアーシャ・ローナン(Saoirse Ronan)とティモシー・シャラメ(Timothée Chalamet)を起用して撮った作品です。原作の名場面をもれなく盛り込み、南北戦争という現代に繋がる社会問題をうまく絡めながら、女性の自立と母娘の関係というグレタ・ガーウィグらしいテーマにフォーカスすることで、少女文学の古典と今の時代感覚を絶妙に融合させています。

とても満足度の高い映画だと思いました。凝った衣装や頻繁に現れるダンスシーン、美男美女の恋物語といった昔ながらの映画の楽しさを味わわせてくれる上、素晴らしい俳優陣のおかげもあって様々な場面で心を揺さぶられます。何も考えず身を委ねれば、気持ちよく映画の世界に誘ってくれる万人向けの作品といえるでしょう。

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その一方で、仕掛けもいろいろと巧妙です。たとえば、シアーシャ・ローナン演じる主人公ジョーが編集者に向かい、(あなたの要求を受け入れて)ヒロインを結婚させたのだから印税をアップして契約して欲しいと談判する場面。

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表面的には、誰かの言いなりにならず、金銭の交渉も厭わない強い女性像を描いた場面ですが、おそらくそれだけではありません。映画界での男女のギャラ格差が問題になっていた頃に撮られていますので、ある種の主張が織り込まれているかも知れませし、著作権を手放さないというクリエーターとしての心掛けかも知れませんが、それだけでもないでしょう。

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ご存じのように自伝的小説である「若草物語」のジョーは、作者オルコットがモデルになっているわけですが、小説のジョーとは異なり、オルコットは生涯独身を通します。結婚だけが女の幸せではないと主張していたジョーを含む、3姉妹全員が結婚して大団円を迎える展開が、作者の意思に反していたのではないかという監督の仮説がこのシーンの背景にあるようです。つまり編集者と交渉しているジョーは、実はオルコットであるというメタフィクションになっているのです。

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また、この映画は原作の時系列を入れ替えて作られているのですが、登場人物である作家のジョーが、悩みながら自作原稿の順番を入れ替える場面が描かれます。この場面のジョーは脚本を書いたグレタ・ガーウィグなのでしょう。そういった意味で、作り手の仕掛けを読み解く楽しみを与えてくれる作品でもあります。

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映画は、プロットも4姉妹の性格の違いもほぼ原作通りです。ローレンス家やブルック先生、フンメル家についてはほとんど説明しませんが、誰もが原作を読んだことがあるという前提で省かれているのでしょう。ただし宗教的な要素は原作に比べてかなり薄められています。

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たとえば、三女ベスというと賛美歌のイメージがあるかと思いますが、映画ではベートーヴェンのピアノ・ソナタ「悲愴」を弾いたりします。これが後で効いてきて、フリッツ・ベアがマーチ家を訪ねたとき、ベスの遺品であるピアノで同じ曲を弾くんですね。それをきっかけに、結婚に否定的だったジョーの気持ちが急速に傾いていくという、なかなかうまい作りになっています。

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このベア教授、原作ではドイツ系だったと思いますが、映画ではフランス人のルイ・ガレル(Louis Garrel)が演じています。ブルック先生役は英国人のジェームズ・ノートン(James Norton)ですので男性陣については多国籍ですね。ローリーもティモシー・シャラメが演じたことで、マーチおばさんが“イタリア系だから”とわざわざ人種に言及します。

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そのマーチおばさんを演じたのは大御所メリル・ストリープ(Meryl Streep)、4姉妹の母親を演じたのがローラ・ダーン(Laura Dern)と豪華な俳優陣です。

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他のキャストも粒ぞろいで、長女メグをエマ・ワトソン(Emma Watson)、四女エイミーをフローレンス・ピュー(Florence Pugh)、ローレンス氏をクリス・クーパー(Chris Cooper)、ジョーの担当編集者をトレイシー・レッツ(Tracy Letts)が演じています。三女ベス(幼く見えるので四女と勘違いしそうです)を演じたエリザ・スカンレン(Eliza Scanlen)は初めて見ましたが、オーストラリア出身の女優で、実際にピアノが弾けるようです。

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公式サイト
ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語Little Women

[仕入れ担当]

2020年6月14日 (日)

バンクシー展 天才か反逆者か 横浜アソビル

現在モナドがイベント出店中の横浜で大注目。常に話題を提供しづけるバンクシー(Banksy)の作品を集めた展覧会です。

最近も医療従事者を讃えるドローイングや、Black Lives Matterに言及した作品に続くコルストン像に関する主張が世界的なニュースになりましたが、2009年のブリストルミュージアムでの展覧会、2011年にこのブログでも取り上げた映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」などを経て、今やストリートアーティストの枠に収まらない多様な活動を行っているバンクシー。この展覧会では一連の作品をテーマ毎に整理し、その全容を俯瞰的に観られるように工夫されています。

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完全事前予約制ですので、専用サイトで日時指定のQRコードチケットを入手してから会場に向かいます。予約の際、音声ガイドを無料で利用できる「izi.TRAVEL」アプリをついでにダウンロードしておくと便利です。ほとんど解説が記されていませんので、詳しく知りたい方には必須だと思います。

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会場に入ってまず目に入るのがこの匿名アーティストのスタジオ風景。通常は年譜などが記されている場所ですが、正体不明ということでこういう展示になっているようです。床に散らばったステンシル・テンプレートや壁に吹き付けられたスプレーペイントなどを通じて朧気ながら活動の背景をイメージさせます。

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最初のテーマは消費社会に対する風刺で、ウォーホル風の6枚のケイト・モスやショッピングバッグを両手に携えたキリスト像、DESTROY CAPITALISMと書かれたTシャツを行列して買う人々など、苦笑いしてしまうような作品が並びます。壁に大書された"We can't do anything to change the world until capitalism crumbles. In the meantime we should all go shopping to console ourselves."という警句で作者の意図を説明します。

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もちろん権力に対する風刺も豊富です。オズの魔法使いのドロシーが武装警官に持ち物検査されているプリント作品のように、今まさに問題になっている自由と安全の議論の核心を突くような作品が並びます。

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この展覧会では、ストリートアートの他、販売用に製作された作品や、blurのアルバム"THINK TANK"のためのアートワークなどさまざまなスタイルの作品が展示されていますが、2017年にパレスチナにオープンしたThe walled off hotelの客室を再現したコーナーは、現地に行って観ることが困難という点で、一見の価値ありでしょう。

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これはNYの高級ホテル、ウォルドルフ=アストリアをもじった企画ですが、同じような言葉遊びで最も有名かつ人気だったのが、2015年に英国で行われていたDismalandでしょう。某テーマパークの名称にDismal(憂鬱)を絡め、消費社会と権力という2大テーマを一気にやっつけてしまうものです。そのイベントからも何点か紹介されていましたが、カボチャの馬車の事故に殺到するメディアを描いた作品は、ここ数ヶ月間のマスコミそのものだと思いました。

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そして、個人的に一番ささったのはこのブレグジットをテーマにした作品。耳障りの良いことを語る政治家が支持を集める今日この頃、添えられた"There's nothing more dangerous than someone who wants to make the world a better place."という警句を心しておきたいものです。

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バンクシー展 天才か反逆者か
https://banksyexhibition.jp
2020年9月27日(日)まで

[仕入れ担当]

2020年6月 8日 (月)

映画「ハリエット(Harriet)」

 width= ミネソタ州の事件の波紋が全米に拡大している昨今ですが、この映画は黒人が家畜のように売買されていた約150年前、地下鉄道(Underground Railroad)の車掌(conductor)として、その後は南北戦争の指揮官や解放運動の活動家として、奴隷の自由化に携わった女性の伝記映画です。

地下鉄道というのは奴隷を救い出して自由にする活動をしていた組織で、イーサン・ホーク主演の「魂のゆくえ」では彼が牧師を務める教会が地下鉄道の歴史遺産という設定になっていました。

本作の主人公は、メリーランド州ドーチェスター郡で黒人奴隷の娘として生まれた女性。本名をアラミンタ・ロス(通称ミンティ)というのですが、ジョン・タブマンと結婚して姓が変わり、奴隷解放運動に身を投じてからは母の名前をとってハリエット・タブマン(Harriet Tubman)と名乗るようになります。

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一家の奴隷主であるブローダス氏の父親は、ミンティの母親が45歳を迎えたら解放することに同意していたのですが、その証拠を氏が握りつぶし、ミンティたちは脅しに屈する形で奴隷として暮らしていました。

ですから1847年のブローダス氏の死去で一家は転機を迎えるはずでした。ところが氏の息子であるギデオンは、彼らの財政的事情もあってミンティの売却を決めます。ミンティは、姉たちと同じく、売られたら永遠に家族に会えないことを知っています。残された道は逃亡しかありません。

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北上して州境を越え、奴隷制度が廃止されていたペンシルベニア州に入れば自由黒人に紛れて暮らすことが可能になります。南北戦争前ですから、自由黒人といっても必ずしも安全ではないのですが、そのあたりの事情は、誘拐されて奴隷として売られてしまった自由黒人を主人公にした「それでも夜は明ける」で詳しく描かれていました。

それはさておき、命からがらフィラデルフィアに辿り着いたミンティは、奴隷解放運動をしていた自由黒人のウィリアム・スティルと知り合います。そして自由黒人のマリー・ブキャナンを紹介され、彼女が経営する下宿に部屋を借りて賃金を得られる仕事を始めます。マリーは実在の人物ではないそうですが、生まれながらの自由黒人で自らの資産を持つ女性と知り合ったことが、ハリエット(既に名前を変えています)の価値感を大きく変えていくという点で重要な登場人物です。

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そしてスティルの組織に加わり、地下鉄道の車掌として、黒人奴隷たちを連れ帰る仕事を始めます。何度も南部と往復しながら一度も捕まることなく、古代エジプトから民を率いて脱出した預言者になぞらえてモーセ(Black Moses)と呼ばれたそうです。

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そういった活躍をスリリングな展開を絡めながら描いていく本作。伝記映画ですから、若干ベタ過ぎるきらいもありますが、米国では新紙幣のデザイン候補に挙がるほど知名度の高い女性であり、彼女の生涯の一端に触れる良い機会を与えてくれる映画だと思います。

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ちなみに新紙幣の話は、2016年にオバマ政権の財務長官だったジェイコブ・ルー(Jack Lew)が彼女を20ドル札の肖像に採用する計画を発表しましたが、2017年にトランプ政権の財務長官になったスティーブン・ムニューシン(Steven Mnuchin)は、検討するが約束はできないという後ろ向きな姿勢を示しています。

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主役のハリエットを演じたシンシア・エリボ(Cynthia Erivo)はブロードウェイで活躍しているロンドン生まれのミュージカル女優だそうです。当初はヴィオラ・デイヴィスが予定されていたこの役を英国人が演じることに批判もあったそうで、新紙幣の一件と同じく米国の偏狭な一面が伝わってきますね。

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その他の重要な役どころでは、下宿屋のマリー役を「ムーンライト」「ドリーム」のジャネール・モネイ(Janelle Monáe)、ウィリアム・スティル役を「オリエント急行殺人事件」で医師役だったレスリー・オドム・Jr.(Leslie Odom Jr.)が演じています。また、ハリエットを執拗に追い続けるギデオン役で「ベロニカとの記憶」の核となる人物を演じていたジョー・アルウィン(Joe Alwyn)が出ています。

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公式サイト
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[仕入れ担当]

2020年4月13日 (月)

映画「デッド・ドント・ダイ(The Dead Don't Die)」

DeadDontDie 特にファンでもないのに、なぜかいつも観てしまうジム・ジャームッシュ(Jim Jarmusch)監督、と書いたのは「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」が公開された2014年でしたが、2017年の「パターソン」に続いて本作も観てしまいました。ゾンビ映画の体裁をまとったコメディです。

前々作「オンリー・ラヴァーズ・・・」ではスタイリッシュな吸血鬼パロディをみせてくれた監督ですが、本作はとりたてて映像に凝るわけでもなく、ジャームッシュ作品の常連俳優たちが、ジャームッシュ作品らしい映像の中で珍妙なやりとりを繰り広げるという不思議な作品になってます。

中心人物はセンターヴィル警察署の2人、ビル・マーレイ(Bill Murray)演じるクリフ・ロバートソン署長とアダム・ドライバー(Adam Driver)演じるロニー・ピーターソン巡査で、もう1人の署員、クロエ・セヴィニー(Chloë Sevigny)演じるミンディ・モリソン巡査が華を添えます。

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つまり、ジャームッシュ監督の「コーヒー&シガレッツ」「ブロークン・フラワーズ」「リミッツ・オブ・コントロール」に出ていたビル・マーレイと、前作「パターソン」に出ていたアダム・ドライバーの競演に、「ブロークン・フラワーズ」のクロエ・セヴィニーが絡んでくるわけです。

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さらに「ダウン・バイ・ロー」「ミステリー・トレイン」「コーヒー&シガレッツ」のトム・ウェイツ(Tom Waits)と、「ブロークン・フラワーズ」「リミッツ・オブ・コントロール」「オンリー・ラヴァーズ・・・」のティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)が重要な役を演じ、「コーヒー&シガレッツ」「ギミー・デンジャー」のイギー・ポップ(Iggy Pop)と、監督の長年のパートナーであり「パーマネント・バケーション」「ストレンジャー・ザン・パラダイス」「ミステリー・トレイン」のサラ・ドライバー(Sara Driver)の2人がゾンビ役で登場するという豪華版。これまでジャームッシュ映画を観てきた人なら気になるキャスティングでしょう。

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その他、白人至上主義(キャップはMAKE AMERICA WHITE AGAIN)の農夫フランク役で「スターリンの葬送狂騒曲」のフルシチョフ役スティーヴ・ブシェミ(Steve Buscemi)、ダイナーの常連ハンク役で「さらば愛しきアウトロー」でトム・ウェイツと共演していたダニー・グローヴァー(Danny Glover)、遺体のマロリー役で「ゴールデン・リバー」のお母さんキャロル・ケイン(Carol Kane)といったベテラン勢、ゾンビ映画のお約束である世間知らずの若者役でセレーナ・ゴメス(Selena Gomez)、オースティン・バトラー(Austin Butler)、ルカ・サバト(Luka Sabbat)といった若手人気俳優が出ています。

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ところで映画の舞台となるセンターヴィル(Centerville)という地名、調べてみたら米国各地にあり、映画でクリーブランドに言及されることから、オハイオ州のような気がしなくもないのですが、実はオハイオ州にも何カ所かセンターヴィルがあって、結局のところ、どこにでもある田舎町ということのようです。ちなみに実際に撮影した場所はすべてニューヨーク州(たとえばダイナーの外観はここ、モーテルの外観はここ)だそうで、一口にニューヨークといってもまったく都会のにおいがしません。

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映画は、イギー・ポップとサラ・ドライバーが演じるコーヒーゾンビが町のダイナーに現れ、店の女性たちを食い殺したことを発端に、次々とゾンビが現れ始めるというもの。殺人事件ですので警察の出番となるわけですが、センターヴィル警察の署員は3人しかいませんので、署長のクリフと署員のロニーが現場に駆けつけることになります。

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ゾンビが現れた原因が、極圏のフラッキングで地軸が傾いたから(いわゆるポールシフトですね)というあたりが、ジャームッシュらしさでしょう。地球環境が変化したことで死者たちが生前の欲望を抱えたまま蘇ってきてしまうのです。ダイナーに現れた最初の2人はコーヒーに執着、その後、現れる他のゾンビたちは、たとえば、生前から酒臭かったマロリーはシャルドネ、子どもたちはスニッカーズやオモチャを求めて彷徨います。

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現場だけ見れば不可解な猟奇事件でしょうが、どう思うかとクリフ署長に尋ねられたロニーは、いとも簡単にゾンビにやられたのだろうと結論づけます。そして、その後に言うセリフ“This isn't gonna end well(これは悪い結末になる)”がキーフレーズのように繰り返されていくことになります。ちょっとネタバレすると、ロニーが犯人を知っている理由もこのセリフも楽屋落ちになっていて、それを面白いと思うか、スベっていると思うかによって、この映画に対する評価が変わってくると思います。

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ティルダ・スウィントンの役柄は、最近、町に移ってきた葬儀屋。そのままでも人間離れした美貌ですが、ブロンドのストレートのロングヘアと白い衣装を合わせた姿は、この世のものと思えない佇まいです。その上、葬儀屋の奥には畳敷きの仏間があり、黄金のブッダの前で居合抜きのようなことをして異質感を際立たせます。なぜか彼女はゾンビの退治法を知っていて、日本刀を携え警察に協力します。

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そしてトム・ウェイツ。森に住む世捨て人ボブの役なのですが、彼がこの事件を最初から最後まで見届けるウィットネスになります。この役が必要なのかどうかよくわかりませんでしたが、彼の存在によって、住人の差別心が顕わになっていく点、物質文明から離れた生き方を示している点で意味があるのでしょう。個人的には、彼の締めくくりのひと言が今の世相に合っているなぁと思いました。

こんなセリフです。
What a fucked-up world.

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公式サイト
デッド・ドント・ダイThe Dead Don't Die

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