カルチャー

2020年9月21日 (月)

映画「TENET テネット」

TENET 話題作ですね。6年前の「インターステラー」、3年前の「ダンケルク」に続くクリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)監督の最新作。この監督の作品ではいつも同じことを記していますが、ご家庭で観て堪能できる映画ではありません。映画館の巨大スクリーンと臨場感のある音響が必須ですので、できるだけ設備の良い劇場でご覧になることをお勧めします。私はIMAXレーザーで観ましたが、確かにこれまでのIMAXより鮮明さが際だっているように感じました。

物語は往年のスパイ映画の枠組みを踏襲したもので、高い能力をもつCIAのエージェントが、単身、悪の領袖に接触して世界の破滅を防ぐというお話。敵がロシア系でその用心棒が大柄のロシア人だったり、奇想天外な方法で敵の秘密にアクセスしたり、どこかで観たような設定が随所にみられます。

主人公に協力する人たちが敵か味方かわからないというのも、よくある設定ですし、登場人物たちが奪い合うのがプルトニウム241というのもありきたりです。しかし主人公がプルトニウムだと思っていた"あるもの"の正体がアルゴリズム(Algorithm)という装置の一部で、この装置が時間の逆行(Inversion)を可能にするところに新味があります。

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なぜ時間が逆行するのか、逆行することで何が起こるかといった部分は非常にややこしいのですが、逆行する時間の中での戦闘シーンという、誰も観たことがない映像を撮ることが監督の目的だと思いますので、細かい理屈や腑に落ちない事項は無視して良いと思います。

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ちなみに題名の"TENET"は"教義"や"信条"といった意味ですが、右から読んでも左から読んでも同じ回文であることがポイントで、ストーリー的には時間の逆行の中で10分間(TEN minutes)の作戦(TEN→💥←NET)が行われることと重なってきます。また四方(四隅)から横読みも縦読みもその逆順も可能なラテン語の回文にも関係あるようです。

SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS

ご覧の通り、幕開けの舞台となるオペラや重要な登場人物であるセイター(Sator)の他、贋作作家のアレッポや保税区画の警備会社ロータスといった語句も含まれています。

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前置きが長くなりましたが、CIAのエージェントである主人公がオスロのオペラハウス(Operahuset i Oslo)で作戦中に捕らえられ、自白を避けるため自決用の毒薬を飲む場面で映画がスタート。しかしそれは偽薬で、意識が戻ると上司のフェイから、作戦から拷問に至るまで一連の適性試験であり、死んだ男として第三次世界大戦を阻止する特別なミッションを遂行するように指示されます。

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この主人公を演じているのが「ブラック・クランズマン」「さらば愛しきアウトロー」のジョン・デヴィッド・ワシントン(John David Washington)で、極秘作戦のエージェントらしく、この役には名前がなく、エンドロールでも"Protagonist"(主役)とクレジットされるだけです。映画の中で敢えてメンションされるとおり、彼が"唯一人のProtagonist"であること自体が一つのポイントになっているのですが、そもそも"Protagonist"に複数形があることが矛盾しているという言葉の議論については映画「博士と狂人」のブログにまわしたいと思います。

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物理学者のバーバラから見せられた時間に逆行する銃弾の組成から、ムンバイの武器商人に行き着きます。警戒厳重な自宅に潜り込む方法を探っているときに出会うのがニールで、彼をパートナーとしてバンジージャンプで武器商人のコンドミニアムに侵入。武器商人の妻であり、実は黒幕であるプリヤと会ったことで、鍵を握る人物がシベリアの地図にない町スタルスク(Stalsk-12)出身の武器商人セイターであることを突き止めます。

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そして主人公が会いに行くのが英国のクロスビー卿。演じているのが「インターステラー」のブランド教授、「キングスマン」や「グランドフィナーレ」でもお馴染みのマイケル・ケイン(Michael Caine)なのですが、彼が食事しているナショナル・リベラル・クラブ(National Liberal Club)のウェイターから始まって非常にポッシュで、主人公はクロスビー卿からブルックス・ブラザースのスーツをdisられます。これも含みのあるシーンなのですが、会話の嫌みったらしさに気を取られて細かい部分を見落としてしまいそうです。

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その後、セイターやその妻キャットに接触する場所が南イタリアのアマルフィ海岸。風光明媚なロケーションが、スパイ映画の王道を往っていますね。キャット役を「コードネーム U.N.C.L.E.」でも悪役のゴージャスな妻役だったエリザベス・デビッキ(Elizabeth Debicki)が演じていて、彼女の美貌がパワーボートやクルーザー、ラヴェッロのヴィラ・チンブローネ(Villa Cimbrone)に馴染みます。

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これで重要な登場人物が出そろい、アルゴリズムの取り合いにセイターとキャットの夫婦関係が絡み合って物語が展開していきます。よくあるスパイ映画のように、出し抜いたと思ったら出し抜かれていたという流れになるのですが、知っておいた方が良いことは、光のドップラー効果を引用して、時間が巡行することを赤、逆行することを青で表現しているということ。それぞれの時間軸に存在する人物が交錯することで伏線が回収されていきます。

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それ以外は、本物の旅客機を建物に突っ込ませたり消防車を使ってカーチェイスしたり、この監督ならではの大仕掛けと撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマ(Hoyte Van Hoytema)の巧みな映像を楽しむだけです。

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上で紹介した以外の出演者としては、セイター役で「ダンケルク」に続いてケネス・ブラナー(Kenneth Branagh)が出ていて、「オリエント急行殺人事件」でフランス語訛りの英語を喋ってみせた彼が今回はロシア語訛りの英語で演じています。

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その他、ニール役で「ディーン、君がいた瞬間」「グッド・タイム」のロバート・パティンソン(Robert Pattinson)、バーバラ役で「サルトルとボーヴォワール」「ジャコメッティ」のクレマンス・ポエジー(Clémence Poésy)、指揮官アイヴス役で「ノクターナル・アニマルズ」のアーロン・テイラー=ジョンソン(Aaron Taylor-Johnson)、ニールの一味役で「イエスタデイ」のヒメーシュ・パテル(Himesh Patel)が出ています。

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公式サイト
テネットTENET

[仕入れ担当]

2020年9月14日 (月)

映画「mid90s ミッドナインティーズ」

mid90s タイトル通り1990年代半ばを時代背景にイースト・ロサンゼルスで暮らす13歳の少年を描いていく映画です。これが初監督作品となるジョナ・ヒル(Jonah Hill)は、タランティーノ監督「ジャンゴ」、スコセッシ監督「ウルフ・オブ・ウォールストリート」、コーエン兄弟「ヘイル、シーザー! 」と名匠の作品に次々と出演し、ベネット・ミラー監督「マネーボール」ではブラッド・ピット、ガス・ヴァン・サント監督「ドント・ウォーリー」ではホアキン・フェニックスと競演して存在感を示してきた俳優。1983年生まれのロサンゼルス育ちということで、監督自身の経験が多分に投影された作品になっています。

主人公のスティーヴィーは、兄イアンとシングルマザーである母ダブニーの3人家族です。スティーヴィーはイアンを畏怖しつつ、微かな対抗心を抱いているようですが、それは二人が異父兄弟であることが影響しているのかも知れません。また二人とも、美しく奔放な母親に対して複雑な感情を持っているようです。

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映画の幕開けは、スティーヴィーとイアンが取っ組み合いの喧嘩をしている場面。年齢差も体格差もありますので、スティーヴィーが一方的にやられるばかりです。とはいえ、二人の仲が悪いわけではありません。日頃から一緒にTVゲームをしていますし、イアンの外出中に彼の部屋でCDコレクションをチェックしてから誕生日プレゼントを贈ったりしています。部屋に忍び込むスティーヴィーがストリートファイターIIのTシャツを着ているあたりに時代性を伺わせます。

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これに限らずディテイルに凝った映画で、スティーヴィーは"ビーバス&バットヘッド"や"レンとスティンピー"といったアニメキャラのTシャツがお気に入りのようですが、スケボーを始めてからはShorty’sを着ますし、仲間たちもBlind SkateboardsGirl Skateboardsといったブランドや、サイプレス・ヒルのようなヒップホップグループのTシャツ姿で出てきて、同時代のヒップホップもたくさんかかります。といっても全然詳しくない私は序盤でかかるシールのKiss from a Roseと終盤でかかるモリッシーのWe'll Let You Knowしか知っている曲がありませんでしたが・・・。

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スティーヴィーにとって今まで年上のイアンがロールモデルでしたが、13歳という年齢は未知な世界に惹かれる年頃。近所のスケボーショップに集るスケーターたちに関心を持ちます。最初はおっかなびっくり接していたスティーヴィーも、少しずつ彼らと打ち解けていき、仲間の一人として受け入れられるようになります。

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リーダー格のレイと、通称ファックシット、フォースグレードの3人はかなり年上ですが、ルーベンとの年の差はあまりなさそうです。ルーベンの傍らで年上の3人を観察しながら、スケートボードのテクニックだけでなく、さまざまな"クールなこと"を学んでいくスティーヴィー。タバコや酒だったり、女の子との関係だったり、多くの男の子が経験する通過儀礼です。

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彼らとの付き合いをイアンに隠し、自分だけの世界を持っている優越感にひたります。母ダブニーにも内緒ですので、家に入る前にタバコのニオイを消し、服を着替えます。今風のスケートボードを手に入れたくてダブニーのおカネをくすねたり、仲間に認められたくて無理な滑りをして怪我を負ったりしますが、新しい世界に足を踏み入れることで頭が一杯ですので、ことの善し悪しは気になりません。背伸びすることが何よりも大切なのです。

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スティーヴィーの新たなロールモデル、レイはラルフ・ローレンのRL-93やPoloを着ていて他の3人より育ちの良さを感じさせる黒人ですが、彼との会話シーンはこの映画の核になる部分だと思います。その他、ルーベンと険悪になったり、ファックシットの問題を知ったり、スケーターたちと過ごすことでスティーヴィーは一歩ずつ大人になっていきます。

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最後はアクシデントに見舞われて終わるのですが、フォースグレードの夢が少し叶い、それによって一つの時代に節目をつけてエンディングを迎える作りは絶妙だと思いました。ジョナ・ヒル監督の次作に期待です。

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スティーヴィー役は「聖なる鹿殺し」で脚が動かなくなる少年ボブを演じていたサニー・スリッチ(Sunny Suljic)。「ドント・ウォーリー」で最後に出てくるスケーターの1人としてジョナ・ヒルと共演したことで気心が知れているのか、本作ではサンバーンという内輪ウケっぽいあだ名が付けられます。ちなみに本作を全編16mmフィルムで撮影したクリストファー・ブローヴェルト(Christopher Blauvelt)も「ドント・ウォーリー」で一緒だった撮影監督です。

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兄のイアンを演じたのは「マンチェスター・バイ・ザ・シー」「レディ・バード」のルーカス・ヘッジズ(Lucas Hedges)。このところ「ハニーボーイ」「WAVES ウェイブス」と似た風情で出演していましたが、本作もその延長上にある感じです。彼の出演シーンだけ抜き出すと、どの映画かわからなくなりそうです。

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母親ダブニー役は「インヒアレント・ヴァイス」で主人公の元カノ、「スティーブ・ジョブズ」でジョブズの娘の母親を演じていたキャサリン・ウォーターストン(Katherine Waterston)で、今回も真面目そうに見えて男性関係の問題を抱えていそうな危うい雰囲気を巧みに醸し出していました。

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スケボー仲間たちは全員プロ・ライダーだそうで、レイ役はHardiesというブランドも運営しているナケル・スミス(Na-Kel Smith)。シェリル・クロウの髪型のファックシット役はオーラン・プレナット(Olan Prenatt)、フォースグレード役はライダー・マクラフリン(Ryder McLaughlin)、ルーベン役はジオ・ガリシア(Gio Galicia)が演じていて、3人ともIllegal Civilization所属のライダーとのこと。

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その他、年上の少女エスティー役で「WAVES ウェイブス」のアレクサ・デミー(Alexa Demie)が出ています。

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公式サイト
ミッドナインティーズmid90s

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2020年9月 7日 (月)

映画「シチリアーノ 裏切りの美学(Il traditore)」

il traditore イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオ (Marco Bellocchio)監督が手がけた最新作は、原題を直訳すると裏切り者。司法に寝返ったマフィア幹部を描く物語で、同監督の長編映画としては3年前に観た「甘き人生」に続く作品となります。

そのマフィア幹部、トンマーゾ・ブシェッタを演じたのは「フォンターナ広場」でアナーキストの鉄道員、「修道士は沈黙する」でイタリア財務相を演じていたピエルフランチェスコ・ファヴィーノ(Pierfrancesco Favino)。もう一人の悔悛者、サルヴァトーレ・コントルノを演じたのは「輝ける青春」の長男ニコラ役、「シチリア!シチリア!」にも出ていたルイジ・ロ・カーショ(Luigi Lo Cascio)で、当初はあまり目立たない役柄ですので序盤の聖ロザリア祭のシーンで名前が表示されたとき顔(髪型はニコラのまま)を覚えておいた方が良いでしょう。

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というのは、イタリアの実録ものにはありがちですが、大勢の人物が登場する上、似た名前が多く、本作のようにマフィアの世界だとそれぞれに通称があって誰が誰だかわからなくなってしまうのです。たとえばトンマーゾ・ブシェッタはドン・マシーノと呼ばれたりしますし、コントルノはトトゥッチョという通称を持っていて、ぼんやり観ていると混乱してしまいます。

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その他、覚えておきたい人物は、トンマーゾ・ブシェッタの幼なじみで彼の子どもの代父(名付け親)でもあるジュゼッペ・“ピッポ”・カロと、組織の首領であるサルヴァトーレ・“トト”・リイナ。リイナはマフィア界の超有名人で、ソレンティーノ監督「イル・ディーヴォ」では、指名手配中だった彼が時の首相ジュリオ・アンドレオッティと密会していた史実が描かれています。そのアンドレオッティは本作では中盤の紳士服店のシーンと終盤の裁判シーンに登場します。

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幕開けは1980年9月4日。ステファノ・ボンターテの邸宅で聖ロザリア祭が行われています。シチリア・マフィアの実力者2人、パレルモを地盤とするボンターテと、コルレオーネを地盤とするリイナが同席しているのですが、その対立は激化していて、仮釈放中だったブシェッタは身を守るためブラジルに逃れると伝えます。そのときカロに、前妻との間にできた息子のことを頼むのですが、彼がブラジルに戻ってすぐにボンターテが銃撃され、続いて同じく敵対していたサルヴァトーレ・インツェリッロと彼の息子も殺されます。

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ブラジルに一緒に逃れたのは3人目の妻で、10年ほど前にリオデジャネイロで出会って結婚したイタリア系のマリア・クリスティーナ・グイマレス・デ・アルメイダ。彼女はとても腹の据わった女性で、ブシェッタがブラジル警察に捉えられた際、彼に対する拷問だけでなく、クリスティーナをヘリコプターから宙づりにして自白を強要するシーンが描かれ、ブシェッタが持つ情報の重要性とクリスティーナの根性が示されます。ちなみにアルゼンチンの話ですが「ローマ法王になる日まで」でも治安部隊に捉えられたエステルという女性が拷問の末に飛行機から突き落とされる場面が描かれていて、当時の南米ではありふれたやり方だったのかも知れません。

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ベロッキオ監督はボンターテやインツェリッロが殺される画面の端に数字を表示しますが、これがいわゆる第二次マフィア戦争による犠牲者数。最終的に数百人に上ったそうです。闇雲に対立する相手を殺しまくっていたコルレオーネのマフィアが優勢になるのですが、ブラジルから強制送還されたブシェッタが、ジョヴァンニ・ファルコーネ判事に協力を申し出たことで流れが変わります。彼が悔悛した理由はさまざまあるでしょうが、息子のアントニオとベネデットを信用していたカロに殺されたことも理由のひとつでしょう。司法を使った報復ともいえます。

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その結果、コルレオーネの一味が捉えられ、大掛かりな裁判に突入していきます。この後のかなりの部分を法廷シーンが占めるのですが、これがまったく退屈させません。イタリアならではなのか、このときの特例的措置なのかわかりませんが、爆笑ものの裁判シーンが続きます。傍聴席では極道の妻たちが大騒ぎしていますし、法廷を囲む壁の鉄格子からは未決囚たちがヤジを飛ばします。圧巻なのは、映画では「対決」と字幕が付けられていた仕組み。証人であるブシェッタと、彼の自白で逮捕された被告たちが判事の前で互いの主張をぶつけ合うというもので、言葉のプロレスのような盛り上がりを見せます。

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風景だけを見ていると、いつものことながら“イタリアっていいなぁ”と思うのですが、法廷シーンを見ていると“やっぱりイタリア人って・・・”という気分になります。彼らこそ南イタリアらしさ溢れる、愛すべき人たちなのでしょう。登場人物たちのクセの強さを味わうだけでお腹いっぱいになります。

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2時間30分の大作ですが、内容がてんこ盛りですので、それほど長さを感じさせません。冒頭で記したように、その人がどういう人物か把握していれば、かなり楽しめると思います。

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公式サイト
シチリアーノ 裏切りの美学Il traditore

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2020年8月31日 (月)

映画「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー(Booksmart)」

booksmart 西海岸で暮らす真面目な女子高生、モリーとエイミーが卒業式前夜にハジけようとして騒動を巻き起こすコメディです。同じく高校最終学年をテーマにした「レディ・バード」で主人公の親友を演じていたビーニー・フェルドスタイン(Beanie Feldstein)がモリー役、問題を抱えた少年少女たちのグループホームを舞台にした「ショート・ターム」で自傷癖のある少女を演じていたケイトリン・デヴァー(Kaitlyn Dever)がエイミー役を演じています。

監督は「サード・パーソン」「クーパー家の晩餐会」に出ていた女優のオリヴィア・ワイルド(Olivia Wilde)。本作が彼女のデビュー作なのですが、高校最後のバカ騒ぎという、よくある青春コメディの枠組みを使いながら、細部まで意識が行き届いた作りといい、リズミカルな展開といい、バランスのとれたキャスティングといい、まったく薄っぺらさを感じさせない作りになっています。表面的にはドタバタのオバカ映画なのに、各界から高く評価されている理由がよくわかります。

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何よりも良いのは、人に対する視線の優しさ。クラスメイトの中には主人公が嫌っていたり、仲が悪かったりする人がいるわけですが、この監督はすべてのキャラクターに共感できる要素を織り込み、後味の悪い印象を与えません。また、リアリティある会話の面白さも特筆に値すると思います。下ネタ満載ですので、開けっぴろげに笑えない部分があるかも知れませんが、テンポの良いやりとりに知らず知らず引き込まれていってしまいます。

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主人公の二人はどちらも名門大学に進学するため勉学一筋に励んできた生徒。生徒会長を務めるモリーの目標は法曹界で活躍することで、自室にはミシェル・オバマやルース・ベイダー・ギンズバーグの写真を飾っています。10年生のときにカムアウトしたレズビアンであるエイミーの夢は環境保護や途上国支援、女性の地位向上などを手がける社会活動家。彼女のベッドにはパンダのぬいぐるみがあって、もともとはWWF関係のアイテムなのかも知れませんが、ある種の性的自由のシンボルにもなっています。

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彼女たちのガリ勉は功を奏し、モリーはイェール大学、エイミーはコロンビア大学への進学が決まりました。毎日のように遊び歩き、高校生活を満喫していた同級生たちとはこれでお別れ、と思っていたら、トリプルAとあだ名されているアナベラはSATで1560点とってモリーと同じイェールへ、スケートボーダーの日系人タナーはサッカーでスタンフォードに進学し、オタク気質で2度留年しているヒスパニック、テオはAppleを蹴ってGoogleに就職すると知って愕然とします。ちなみにトリプルAというのは格付けではなく、全米自動車協会(AAA)をもじって“路肩でサービスする”という下ネタのようです。

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わき目もふらず勉強してきた私たちの数年間は何だったの?と急に遊びに目覚めたモリーは、ニック(進学先はジョージタウン)が主催する卒業パーティに参加しようと決めます。とはいえ、招待されていませんので場所が判りません。金持ちの同級生ジャレッドに案内を乞うと、彼が連れて行った先は自分が主催する船上パーティで客はゴージャス系の遊び人ジジ(進学先はハーバード)のみ。ダフト・パンク風のD.J.プレイで盛り上げるジャレッドを尻目に慌てて退散します。

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移動しようと呼んだLyftのドライバーがブラウン校長のアルバイトだったり、彼が連れて行った先がジョージとアランが主催するミステリーパーティーだったりといろいろありますが、彼女たちの憧れの先生、ミス・ファインの手助けもあって何とかニックのパーティ会場に辿り付きます。

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そこにはエイミーが惹かれているライアンが来ているはず。とはいえ、ライアンが女性に興味があるかどうかわかりませんし、仮にそうであってもエイミーを好きだとは限りません。思い切って話しかけるようにけしかけるモリーですが、実は彼女自身も密かにニックを意識していて、彼と接点を持ちたいと願っていたのです。そうして小さな事件がいくつも起きていろいろなことが明らかになり(プールでの演技は最高です)、大きな事件が起きてエンディングに繋がっていきます。

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主人公の二人のうち、モリー役のフェルドスタインの方が有名ですので彼女が主役のように見えますが、本質的にはエイミーの成長をテーマにした映画だと思います。ホープとの関係もそうですし、ボツワナでのギャップイヤーに関するモリーとの会話も彼女が自立していく第一歩です。そういう意味でフェルドスタインは「レディ・バード」に続いて本作でも主役の生き方を変える触媒の役を果たしたと言えるかも知れません。少しウルッと来るような素敵なエンディングです。

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二人以外の出演者で目立ったところでは、エイミーの父親役で「ネブラスカ」のウィル・フォーテ(Will Forte)、母親役で「フレンズ」のリサ・クドロー(Lisa Kudrow)、トリプルA役で「クーパー家の晩餐会」でシャラメ君の相手役を演じていたモリー・ゴードン(Molly Gordon)が出ている他、故キャリー・フィッシャーの娘であるビリー・ロード(Billie Lourd)がジジ役を演じています。

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ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビューBooksmart

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2020年8月24日 (月)

映画「ハニーボーイ(Honey Boy)」

HoneyBoy子役スターとして活躍し、その後もブロックバスター系で成功を収めながら、私生活では問題を起こし続けているシャイア・ラブーフ(Shia LaBeouf)。その本人がリハビリ施設で治療の一環として書いた子ども時代の記憶をベースにした物語です。

映画は子役時代の1995年とリハビリ施設に入っていた2005年の2つの時代を行き来しながら展開します。ちなみに1986年生まれのラブーフは1995年にはデビューしていなかったようですし、イザベル・ルーカスを乗せて事故を起こしたのは2008年ですから、実人生とは数年ズレています。また、子ども時代の彼は、父親のジェフリー(Jeffrey LaBeouf)ではなく母親のシャンザ(Shayna)と一緒に暮らしていたそうで、この映画は自伝ではなく、父親の思い出に触発された創作のようです。

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2005年のオーティスは自動車事故を起こし、アルコール依存症の治療ためにリハビリ施設にいます。ハリウッドスターとして名声を得ながら、怒りや不安を抑えられず、酒や薬物に逃げている彼を医師はPTSDだと診断します。その原因を突き止めるため、少年時代の記憶を記すことになるのですが、そこにあるのは壊れてしまった家庭環境。彼と同じくアンガー・マネジメントができず、アルコホーリクス・アノニマスに通っていた父親ジェームズとの思い出です。

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1995年のオーティスはジェームズとモーテルで2人暮らしをしています。ベトナム戦争の退役軍人であるジェームズは、自分の職をロデオのピエロだと言っていますが、働いている様子はありません。彼らの生活は、オーティスが子役として稼いだ収入で賄われているようです。

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ジェームズは戦場の後遺症なのか情緒不安定です。オーティスに優しい表情を見せたと思えば、次の瞬間には怒鳴りつけています。そんな不安定な父親の感情の波をうまくくぐり抜け、平和に暮らせるように子役で稼いでいるオーティスは、ある意味、年齢以上に成熟していると言えるでしょう。

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米国にはビッグ・ブラザー(Big Brother program)というボランティア制度があり、ひとり親世帯や貧困家庭の青少年にメンターを派遣するものですが、オーティスの母であるジェームズの元妻はそのプログラムを利用してオーティスにトムというビッグ・ブラザーを付けています。おそらく“まともな大人”と触れ合うことで、オーティスが“まともな大人”になれると考えているのでしょう。

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もちろんジェームズはトムのことを嫌っています。そもそも“まともな大人”が嫌いなようですが、何よりもオーティスに対する独占欲が強すぎて、誰かが彼に影響を与え、自分の価値感から外れていくことを恐れているのです。

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もちろんオーティスは“飯の種”ですから、彼が自立して離れていったら生計が立たないという打算もあるでしょう。ジェームズから求められることをオーティスは愛情と受け止め、もっと普通に愛情表現して欲しいと望みます。そのすれ違いが、オーティスを深く傷つけていくことになります。

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身勝手な父親とそれに翻弄される愛に飢えた子どもという、ある意味、ありふれたネタを、素晴らしい演技力でみせてくれたのが、子ども時代のオーティスを演じたノア・ジュプ(Noah Jupe)。「クワイエット・プレイス」「フォードvsフェラーリ」と徐々に存在感を高めてきましたが、本作の演技は出色の出来映えではないでしょうか。

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大人になってからのオーティスを演じたルーカス・ヘッジズ(Lucas Hedges)も見る度にレベルアップしていく成長株。「スリー・ビルボード」や「レディ・バード」で人気を博しましたが、本作は「マンチェスター・バイ・ザ・シー」に近い雰囲気です。

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そして問題の父親ジェームズを演じたのはシャイア・ラブーフ。エンドロールで実物の写真が映し出されるのですが、さすが血を分けた肉親、とてもよく似ています。もう1人の重要人物、シャイ・ガールを演じたミュージシャンのFKAツイッグス(FKA Twigs)は、ロバート・パティンソンに続いてシャイア・ラブーフと交際していると噂されていましたね。

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監督を務めたアルマ・ハレル(Alma Har'el)は本作が長編劇映画第1作目のいう若手。これまではドキュメンタリーを撮っていたそうで、本作でも手持ちカメラを駆使して被写体に迫ります。なお撮影監督は「シルビアのいる街で」「ネオン・デーモン」などスタイリッシュな映像が持ち味のナターシャ・ブライエ(Natasha Braier)です。

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ハニーボーイHoney Boy

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2020年8月19日 (水)

映画「ディック・ロングはなぜ死んだのか?(The Death of Dick Long)」

DickLong 仲良し3人組の1人が“ある種の事故”で重傷を負い、原因究明されたくない2人が彼を救急病棟の前に置き去りにしたことから始まるサスペンス風味の映画です。その謎解きの核である“ある種の事故”があまりにもあんまりで、苦笑を禁じ得ないことからコメディとされているのでしょうが、ストレートなお下劣タイトルの割にシンプルな笑いを呼ぶ作品ではありません。人間の愚かさに悲哀を滲ませるタイプの映画です。

監督は「スイス・アーミー・マン」のダニエル・シャイナート(Daniel Scheinert)。あの映画も死体とのやりとりの珍妙さと、妙に真面目な作りがアンバランスでしたが、本作もとても几帳面に作り込まれていて、真摯な演技も映像の美しさも引けをとりません。ちなみに撮影監督は同じ人ではなく、アシュリー・コナー(Ashley Connor)という1987年生まれの女性です。

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映画の始まりは、アマチュアバンドを組んでいる3人がガレージのような場所で練習している場面。サザン・ロック風の曲調が、ロケ地であるアラバマ州の空気感とぴったり合います。夜も更けてきた頃、3人は練習を終え、外に出てはめを外して遊びます。酒を飲み、花火をしたり、ショットガンをぶっ放したり・・・。

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しかし次の場面で車に乗っているのはジークとアールの2人だけ。実は後部席に瀕死の重傷を負ったディック・ロングが横たわっていて、彼をどう取り扱うかが2人の今の最大関心事です。ディックが死んだことでパニック状態になった2人は遺体を病院の駐車場に放置して逃げてしまいます。

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翌朝、娘のシンシアを学校に送っていこうとしたジークは後部座席の血だまりを見て慌てふためきます。シーツで覆って見えないようにしますが、そこに座った娘の背中が血まみれになっていることにガソリンスタンドで気付いたジークは、娘を自宅に連れて帰って着替えさせ、アールを呼んで学校に送って行って貰います。

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そのガソリンスタンドで、たまたまそこに居合わせたダドリー巡査と接点を持つことになるジーク。ディックの身元が割れないように彼の財布を持ち帰っていたのですが、その財布についてシンシアから訊かれ、拾ったと答えたことから、行きがかり上、巡査に渡すことに……。つまり、友だちの財布を拾得物として警察に届けているわけで、事情がわかった途端に疑われる、明らかに不審な行為です。こういった間の悪い状況がいくつも積み重なり、ジークはどんどん追い込まれていってしまいます。

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もちろん妻のリディアからも疑われます。血痕を落とせなかった車を処分し、盗まれたとウソをついたジークは、最終的に“ある種の事故”の真相を明かさざるを得なくなるのですが、それを話したことで別の不信感を抱かせることになり、夫婦関係が壊れ始めます。

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アールはもともと抱えているものが少ない、というより何も抱えていないタイプで、町を出るとガールフレンドのレイクに宣言したとき訝しがられますが、共に根無し草のようなライフスタイルですのであまり問題になりません。それとは反対に、ディックの未亡人ジェーンはシンシアが通う小学校の教師で、登場人物の中で最も堅実な生き方をしています。ディックが帰らなかった朝も、彼が浮気をしているのではないかという凡庸な問いをジークに投げかけます。

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死体遺棄事件の捜査に当たるのは地元のスペンサー保安官。いつも杖をついている老婦人で、彼女が指揮を執り、ダドリー巡査がサポートすることになります。ほどなく被害者の死因が判明するのですが、身元はなかなか明らかにならず、そのせいで遺棄事件とは無関係にダドリー巡査とジークたちは接点を持つことになり、映画の観客は“いつボロが出るのか”と思いながら成り行きを見守ることになります。

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この映画の面白さは、とぼけた内容と几帳面な作風のズレ、そしてディテイルへのこだわりでしょう。たとえばジークとアールは“ある種の事故”の原因であるコメットへの愛情を除けば非常にありふれたレッドネックです。またダドリー巡査はレズビアンなのですが、相手はキッシュを焼いて家で待っているような古い良妻タイプ。どちらも米国中西部らしい田舎の価値感と、あまり一般的ではないズレた価値感を併せ持っていて、それを違和感なく重ねてみせるあたりは描き方の妙でしょう。嘘で深みにはまってしまう人間の業だけでなく、馬鹿馬鹿しい設定にも掴みどころのない魅力を感じます。

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主役ともいえるジークを演じたのはマイケル・アボット・Jr.(Michael Abbott Jr.)、その相棒であるアールを演じたのはアンドレ・ハイランド(Andre Hyland)。どちらもあまり有名俳優でないことが、ある種のリアリティに結びついているのかも知れません。ジークの妻リディアはバージニア・ニューコム(Virginia Newcomb)、アールのガールフレンド、レイクはスニータ・マニ(Sunita Mani)、ディックの妻ジェーンはジェス・ワイクスラー(Jess Weixler)が演じています。ワイクスラーはどこかで見たような、と思ったら「ラブストーリーズ」で妹役だった人ですね。

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ほぼ死体の状態でしか映らないディック役はダニエル・シャイナート監督が自ら演じています。その他、スペンサー保安官役はジャネル・コクラン(Janelle Cochrane)、ダドリー巡査役はサラ・ベイカー(Sarah Baker)です。

公式サイト
ディック・ロングはなぜ死んだのか?The Death of Dick Long

[仕入れ担当]

2020年8月17日 (月)

映画「ぶあいそうな手紙(Aos Olhos de Ernesto)」

Aos Olhos de Ernesto ブラジル南部、ウルグアイ国境まで約400kmの町ポルトアレグレ。そこで暮らす78歳の老人の元に届いた一通の手紙から始まる優しさあふれる映画です。原題は"エルネストの目には……"という意味で、視力の衰えで文字を読むこともままならなくなっている主人公エルネストが、新たに経験し、切り拓いていく世界を描いていきます。

普段、新聞などは隣人のハビエルに読んでもらっているのですが、故郷のウルグアイから届いたその手紙は彼に頼みたくありません。なぜならば、同郷の友人の妻であるルシアが送ってきた手紙だったから。

ハビエルはアルゼンチンのブエノサイレス出身。ウルグアイのモンテビデオ出身のエルネストとは国は違えど、ラプラタ川を挟んだ対岸で、同じスペイン語圏ということで親しく付き合っているのでしょう。

また、ブラジルへ渡ってきた理由も重なりそうです。エルネストはポルトアレグレで暮らして46年と言いますので、ウルグアイを出たのは1970年代の軍政状態になった頃。写真家だった頃のエルネストの話からジャーナリズムに関わっていたようですので、おそらく政変で国を出たのでしょう。アルゼンチンではペロン政権からビデラ政権に変わった頃で、どちらの国でも多くの人が故郷を捨てた時代です。

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エルネストは妻を失ってから独り暮らしですが、ハビエルはひとまわり若い妻と暮らしていて、エルネストと違い目は見えても耳がよく聞こえません。大音量でTVを観ていると妻から文句を言われる、独り暮らしのエルネストが羨ましいと口では言いますが、夫婦仲は良いようです。

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エルネストのひとり息子ラミロは、家族と大都市サンパウロに住んでいて、住居を売って近所に引っ越してくるように折に触れて言ってきます。映画の幕開けは、ラミロの手配で住宅購入の下見に来た夫婦を案内している場面。ここを離れたくないエルネストは書斎の鍵を隠して内見させず、ささやかな抵抗を試みます。

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なぜサンパウロに移りたくないのかといえば、いろいろ理由はあるでしょうが、その一つはポルトアレグレではそれなりにスペイン語が通じるからでしょう。玄関先で偶然知り合ったビアは、上階で暮らす老婦人の犬の散歩係をしているという20代の娘で、学歴があるようには見えませんが、ちゃんとスペイン語を解します。通いの家政婦クリスティナも、読み書きは不得意ながら会話はわかるようです。アルゼンチンやウルグアイに近いことから、移民も多く、言語も文化も多様化しているのだと思います。

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手紙の代読をクリスティナに断られたエルネストは、ビアに頼んで読んで貰います。内容はルシアの夫オラシオの訃報で、エルネストとオラシオとルシアの3人が友人同士だったと聞いたビアは、その仲良しの輪から外れたエルネストの思いに興味津々です。つまり、今後のルシアとの関係にドラマを期待しているのです。

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そういった経緯で文通の手助けを引き受けることになるビアですが、彼女自身、いろいろ問題を抱えていて、エルネストは彼女との交流を通じて清濁併せのむことになります。といっても大きな被害を受けることはなく、彼女に触発されて自らの生き方を見つめ直すことで、ルシアとの文通に変化をもたらします。

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エルネストの意固地な物言いだけでなく、互いに毒づき合うハビエルとの応酬や、歯に衣着せぬクリスティナからの忠告など、それぞれのキャラクターからリアリティある愛情が滲み出してきます。登場人物としてはビアのボーイフレンドが唯一の悪役ですが、彼でさえ、根っからの悪人としては描かれていません。どこを取っても温かな気持ちにしてくれる心地よい映画です。

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それを下支えしているのがカエターノ・ヴェローゾの楽曲。ポルトアレグレ出身というアナ・ルイーザ・アゼヴェード(Ana Luiza Azevedo)監督の風景の描き方もほのぼのとしていて良い感じです。映画を観るとこの地に足を踏み入れてみたくなります。

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主人公のエルネストを演じたのは、日本でも公開されたウルグアイ映画「ウィスキー」で弟役だったホルヘ・ボラーニ(Jorge Bolani)。昨年、俳優生活50周年を記念して「バリモア」(ドリュー・バリモアの祖父でもある俳優を描いたウィリアム・ルースの舞台劇)の主役を演じたというウルグアイを代表するベテラン俳優です。

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ハビエル役のホルヘ・デリア(Jorge D'Elía)はブエノサイレス出身の役者で劇作家、ルシア役のグロリア・デマッシ(Gloria Demassi)はウルグアイ出身で長年コメディア・ナシオナルで演じてきた舞台女優だそう。ビアを演じたガブリエラ・ポエステル(Gabriela Poester)は監督が主宰するカサ・デ・テアトロ・デ・ポルトアレグレで演技を学んだ新進女優、ラミロを演じたジュリオ・アンドラーヂ(Júlio Andrade)はポルトアレグレ生まれの中堅俳優だそうです。

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公式サイト
ぶあいそうな手紙Aos Olhos de Ernesto

[仕入れ担当]

2020年8月16日 (日)

映画「プラド美術館 驚異のコレクション(Il Museo del Prado - La corte delle meraviglie)」

Il Museo del Prado マドリードに行った人は必ず訪れるプラド美術館。歴代スペイン王家のコレクションを展示している世界屈指の美術館ですが、あまりにも広すぎて、足早にベラスケス、エル・グレコ、ゴヤなどの有名作品だけ見て、ソフィアやティッセン=ボルネミッサに移動してしまったという方も多いのではないでしょうか。

所蔵作品約2万点の半数以上を常設展示しているそうで、じっくり見たら1日がかりですね。わたし自身、何度も訪れていますが、館内をくまなく歩き回ったことはないと思います。

そんなスペインを代表する美術館を、映画「リスボンに誘われて」ではプラドなる作家を追い求める役を演じていた英国の名優ジェレミー・アイアンズ(Jeremy Irons)の案内で巡るこの作品。92分の小品ですので、当然、とりあげる作品はわずかですが、だからといって一部の作品の解説に終始することもありません。歴史的背景を織り交ぜながら、なぜここが世界屈指の美術館なのか、なぜこのコレクションが人々の心を捉えるのか、さまざまな角度からプラド美術館の魅力を探っていきます。どちらかというと映画館のシートではなく、ゆったりとしたソファでグラスを傾けながらジェレミー・アイアンズの馥郁たる語りにたゆたいたくなる映画です。

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王室コレクションが形を成したカルロス1世からフェリペ2世にかけての時代に始まり、現在の場所に王立美術館を発足させたフェルナンド7世の時代、その妻イサベル2世の退位で美術館が国有化され、プラド美術館と名付けられた時代までを縦横無尽に彷徨いながら、ファン・デル・ウェイデンの"十字架降架"、ティツィアーノの"アダムとイブ"、ゴヤの"黒い絵"シリーズ、ベラスケスの"ラス・メニーナス"、エル・グレコのねじれた人物像、ボスの"快楽の園"といった傑作を見ていきます。

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ティツィアーノ、ジェレミー・アイアンズの発音だとティシャンですが、このイタリア人画家とフェリペ2世の関係から話題がヴェネツィア派に発展したり、修業時代にティツィアーノを模写したというルーベンスに繋がっていったりします。またベラスケスが王室の代理人としてミラノやヴェネツィアに赴き、主にティツィアーノ作品の買い付けに従事していたことなど、イタリアとの繋がりに繰り返し触れられるのは、本作がイタリアの制作会社によるものだからでしょう。これがデビュー作というヴァレリア・パリシ(Valeria Parisi)監督もイタリア人です。

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ジェレミー・アイアンズはサロン・デ・レイノス(El Salón de Reinos)の回廊も案内します。本来なら2016年のコンペで選ばれたノーマン・フォスター卿(Foster + Partners L.T.D.)とカルロス・ルビオ・カルバハル(Rubio Arquitectura S.L.P)の設計で、プラドが200周年を迎えた2019年に改修されているはずの建物。諸般の事情で遅れているようですが、映画にはフォスター卿も登場してプラドへの思いを語っています。

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もちろん、プラド館長のミゲル・ファロミール(Miguel Falomir)、保存修復担当副館長のアンドレス・ウベダ・デ・ロス・コボス(Andrés Úbeda de los Cobos)、映画「マノロ・ブラニク」にも登場していた美術史家マヌエラ・メナ(Manuela Mena)といったプラド美術館関係者の解説もありますし、オルガ・ペリセ(Olga Pericet)のダンスの他、画家アントニオ・サウラの娘で女優のマリーナ・サウラ(Marina Saura)、フェデリコ・ガルシア・ロルカ財団理事長のラウラ・ガルシア・ロルカ(Laura Garcia Lorca)、スペイン国立古典劇団ディレクターのヘレナ・ピメンタ(Helena Pimenta)、写真家のピラル・ペケニョ(Pilar Pequeno)といった著名人のコメントも紹介されます。

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たとえばマリーナ・サウラ。彼女は三人姉妹で、父親アントニオから“三美神”と呼ばれていたそうですが、実際にルーベンスの作品を見たら、なんだか太っててがっかりしたと言っていました。ちなみにこの部分の字幕、gordasを"ふくよか"と訳していましたが、マリーナはあきらかに嫌そうな表情を浮かべていましたし、他でもintensamenteを“密”と訳すべきところ“刺激的”としていて、映像を見ないで訳したのかなと思う場面が何ヶ所かありました。

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それはともかく、全般としては豊かな気分にひたれる作品です。時間と気持ちにゆとりのあるときご覧になるのがお勧め。私もまたプラド美術館に行く機会があれば、その前後に改めて観たいと思っています。

公式サイト
プラド美術館 驚異のコレクションIl Museo del Prado - La corte delle meraviglie

関連:日本で開催されたプラド美術館関連の展覧会のブログ
2018年 国立西洋美術館
2015年 三菱一号館美術館
2011年 国立西洋美術館

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2020年8月10日 (月)

映画「パブリック 図書館の奇跡(The Public)」

The Public 予告編で設定も展開も見えていましたので、あまり期待せず観に行ったところ、予想外に良い映画でした。物語と演技がぴったり噛み合い、小ネタも効いていて、とても丁寧に作られた作品だと思います。前作「星の旅人たち」も打ち出しは平凡なのに後でじわっと効いてくるタイプの映画でしたので、これがエミリオ・エステヴェス(Emilio Estevez)監督の持ち味なのかも知れません。

物語はシンプルで、厳しい寒波に襲われたオハイオのホームレスたちが、シェルター不足で凍死していく仲間たちを目の当たりにして、日頃から利用していた図書館を占拠して夜の寒さをしのごうとするもの。騒動に巻き込まれた図書館員スチュアートの過去を絡めることで、米国社会の歪みや胡散臭さ、理想や良心などをさまざまな角度からすくい上げていきます。

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そのスチュアートをエステヴェスが演じているのですが、彼の醸し出す雰囲気が最高です。どことなく自信なさげで、組織の力に押し流されそうになりながら、図書館の公共性に対する信念を足がかりにふんばっていくという理想的な図書館員像を体現します。

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ワイズマンのドキュメンタリー「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」を観たときも同じことを感じましたが、米国図書館員の自立性・独立性に対する意識の高さ、権力の介入を嫌う意思の強さには驚かされます。もちろん、そのあたりは本作でも重要な土台になっていて、ホームレスと共に立てこもることになったスチュアートは、Connecticut Fourに言及し、利用者情報の提供を拒みます。

舞台となるのはオハイオ州シンシナティの公共図書館(The Public Library of Cincinnati and Hamilton County)の本館。ほとんどの場面が館内とファサードで繰り広げられますので、図書館の全面的な協力が得られているわけですが、それもこのようなエステヴェス監督の製作意図あってのことでしょう。

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その関係もあってか、映画は図書館員募集の広告映像からスタート。ここで図書館の社会的意義が伝えられるのですが、続いて朝一番から図書館の開館を待つホームレスたちを映し出します。彼らは一部を除いて、読書のためというより、暖をとるために図書館を利用しているようです。後の場面でラムステッド刑事が夜の気温を"10 degree"だと言っていますので、摂氏に換算すればマイナス12ºCということで、かなりの寒さですね。

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出勤してきたスチュアートが警備員のエルネストと軽口を叩き合って館内に入り、ロビーに置かれたた白クマの剥製の前でアンダーソン館長から改装中の博物館のものだという説明を聞き、その流れで“話があるので後で来て欲しい”と言われます。そして部下のマイラから文芸セクションへの異動願いを渡され、それなりに問題はありそうですが、いつも通りの一日が始まります。

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アンダーソン館長の話というのは、公共図書館ではありがちとはいえ、米国だと大事に至ってしまうという種類の事件で、その対応を聞いた会議室でスチュアートは検察官のデイヴィスと対立します。このデイヴィス、市長選に出馬しようとしている野心家で、彼の目立とう精神がその後の展開をややこしくするのですが、それはさておき、館内に戻ると全裸で歌っているホームレスがいたりして、特定の利用者の権利と他の利用者の権利をいかにバランスよく収めていくかという公共図書館の難しさを改めて示します。

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とはいえ、スチュアートは図書館の仕事に強い使命感をもって取り組んでいますし、アンダーソン館長とも、一緒に働いているエルネストやマイラとも良好な関係を保っています。また常連の利用者であるホームレスたちともうまくつきあい、一定の信頼関係が築かれているようです。

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しかしその日の閉館時、ホームレスたちとが退館を拒んだことで、これまで事なきを得ていた微妙なバランスが崩れます。彼らの目的は、シェルターが不足し、野宿を余儀なくされたホームレスたちが連日凍死している、図書館を占拠することでその現状を世論に知らしめる(make some noise)というもの。

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賛意を示したスチュアートとマイラが館内に残り、事態を素早く収束させてポイントを稼ぎたいデイヴィスと再び対立することになります。これを凶悪事件と印象づけたいデイヴィスが、武装したホームレスがいるかも知れないと発表したせいで突拍子もないエンディングにつながっていくのですが、それは観てのお楽しみ。またそのエンディングの都合上、マイラは途中で出て行くことになりますが、彼女が好きなジョン・スタインベックとジミー・クリフが後の展開で重要な隠し味になっていきます。

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マイラを「ネオン・デーモン」のジェナ・マローン(Jena Malone)、検察官デイヴィスを「天才作家の妻 40年目の真実」のクリスチャン・スレーター(Christian Slater)、交渉役として駆り出されるラムステッド刑事を「ブラック・クランズマン」「マザーレス・ブルックリン」のアレック・ボールドウィン(Alec Baldwin)、アンダーソン館長を「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」のジェフリー・ライト(Jeffrey Wright)が演じているのですが、実力派を揃えただけあって各キャラクターのクセの強さを巧みに表現して物語に厚みをもたせます。

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また、立てこもるホームレス役も「マザーレス・ブルックリン」のマイケル・ケネス・ウィリアムズ(Michael Kenneth Williams)など個性的な俳優を集めていて、彼らとスチュアートの丁々発止が、軽妙なようで現実社会の重みを感じさせる味わい深い会話になっています。

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公式サイト
パブリック 図書館の奇跡The Public

2020年8月 9日 (日)

おいしい浮世絵展 森アーツセンターギャラリー

ニッポンの「おいしい!」がつまった展覧会。北斎、広重、国芳たちが描いた「浮世絵」で江戸グルメを堪能します。

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江戸っ子が愛してやまない「すし」「鰻」「天ぷら」「蕎麦」などなど。旬の食材と季節を満喫する人々の暮らしぶりが鮮やかに描かれています。一日に千両ものお金が動いたといわれる日本橋魚河岸の〝密〟な盛況ぶりや、歌舞伎を愉しみつつお菓子やお弁当を味わっている人々の様子はエネルギッシュです。

藍色の涼しげな着物を着た女性が手にしているのは、暑い日に、つるっと食べたい「白玉」。当時のレシピや、そのレシピで作られた再現料理の写真も並べて展示していて、食欲をそそる仕掛けに思わず喉が鳴ります。

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料亭の門構えや名物料理を広重が描き、料亭の場所や屋号にちなんだ役者絵を豊国が担当した《東都高名会席盡》。江戸の名店を紹介した50枚の錦絵は、ミシュランガイドの先駆けといったところでしょうか。

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東海道の宿場を描いた広重の連作《東海道五十三次》もあり、各地の食事や名産を観ながら旅気分を味わえます。

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会場に隣接したレストランでは、本展とコラボした江戸のおいしいメニューがいただける!夏バテ知らずの展覧会です。

おいしい浮世絵展
https://oishii-ukiyoe.jp/
2020年9月13日(日)まで

[店長]

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