カルチャー

2021年3月 1日 (月)

映画「ベイビーティース(Babyteeth)」

Babyteeth余命わずかな少女と不良青年の恋物語です。こういう"お涙ちょうだい"に流れがちな設定の映画は観るか否か迷うところですが、長編第一作目という新人監督にもかかわらず、2019年のベネチア映画祭コンペティション部門に出品され、主演男優が新人俳優賞に輝いたという前評判に惹かれて渋谷パルコまで出かけてきました。

結論からいえば、作りのうまさと配役の妙、俳優たちの演技力がしっかりかみ合った質の高い映画です。舞台で上演されていたものを脚本家のリタ・カルネジャイス(Rita Kalnejais)と一緒に7年かけて映画用の脚本に書き直したというシャノン・マーフィ(Shannon Murphy)監督のねばり強さの賜でしょう。短いシーンをつないだ断章形式で構成されているのですが、その組み立てが巧みで、特にエンディングに向かう運びが最高です。

タイトルの"乳歯"は序盤と終盤近くで登場する主人公の歯です。最初のシーンではそれが何かわからないかも知れませんが、二度目にそれを目にするときは大きく気持ちが揺さぶられると思います。

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主役である病身の少女ミラを演じたのは「ストーリー・オブ・マイライフ」の三女ベス役だったエリザ・スカンレン(Eliza Scanlen)、彼女が恋する青年モーゼスを演じたのは、これでベネチアの新人俳優賞を獲ったトビー・ウォレス(Toby Wallace)で、どちらも好演していたと思います。

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しかし、それよりも良かったのはミラの父親ヘンリーを演じたベン・メンデルソーン(Ben Mendelsohn)と母親アナを演じたエシー・デイビス(Essie Davis)の二人。メンデルソーンは「アニマル・キングダム」のポープ(教皇)役で強烈な印象を残し、続く「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」や「ウィンストン・チャーチル」では強盗も国王も演じられる器用さを見せていましたが、今回はそれらを上回る実に素晴らしい演技でした。

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娘のミラは不治の病で妻のアナは精神的に壊れかけているという環境に疲れ果てながら、娘の幸福を願い続ける父親。自分の弱さに負けそうになりながら、かろうじて持ちこたえているギリギリな感じ。彼の苦しみと切なさが、エンドロールの海岸の曇り空に滲んで見えるようです。

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物語は非常にシンプルで、不治の病を抱えた16歳の少女ミラが下校途中の駅で偶然出会ったモーゼスに惹かれていくというもの。ミラの両親は、23歳になるのに定職に就かずドラッグディーラーをしながら行き当たりばったりに暮らしているモーゼスとの交際を喜びませんが、娘の残り少ない人生のことを思って受け入れることにします。

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モーゼスから見ると、ミラの母親アナは精神安定剤が手放せない依存症ですし、父親ヘンリーは精神科医ですので処方箋を発行できます。ドラッグの入手先として最適な上、母親との確執で自宅に入れて貰えない彼にとって貴重な居場所です。

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そういった打算もあってミラと付き合い始めるわけですが、かなり年下で物足りないし、病人なので好き勝手できないこともあって、当初の扱いはいい加減です。とはいえ唯一の救いは彼が根っからの悪人ではないこと。残りの人生を謳歌したいと願う一途なミラにだんだん傾いていきます。

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この映画の美点は、その先にある死を予感させながら、病気のディテイルにほとんど触れないこと。今を精一杯生きたいという、どの少女にも共通する思いにフォーカスして物語が進んでいきます。挿入歌であるヴァシュティ・バニヤン(Vashti Bunyan)のJust Another Diamond Dayに絡めて“キラキラした日常”というチャプターが出てきますが、ミラの輝いている瞬間を見せることでその向こう側の陰を感じさせる作りです。

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似た設定の難病もの「永遠の僕たち」「きっと、星のせいじゃない。」などと同様に、こういった作品では映像と音楽が非常に重要です。本作では、母親アナの音楽教師だったギドンからミラもバイオリンを習っているという設定ですので、モーツァルトなども奏でるのですが、ノリの悪いミラに対しギドンがスーダン・アーカイブス(Sudan Archives)のレコードをかけ、Come Meh Way(→Youtube)に合わせてミラが踊り出すシーンの選曲と展開は絶妙だと思いました。

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それからモールラット(Mallrat)のFor Real(→Youtube)。10代半ばでデビューしたオーストラリア版ビリー・アイリッシュのようなシンガーだそうですが、作りがかっこよくて個人的にとても気に入りました。またチューン・ヤーズ(tUnE-yArDs)のBizness(→Youtube)や、ザ・キャット・エンパイア(The Lost Song)のThe Lost Song(→Youtube)も新たな発見でした。

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冒頭で記したように、物語の設定を知ってやり過ごしてしまいそうな映画ですが、観て損はないと思います。私は母親アナがモーゼスに当たり散らす場面でぐっときて、それに続く場面のヘンリーの表情でだめ押しされました。

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公式サイト
ベイビーティースBabyteeth

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2021年2月22日 (月)

映画「春江水暖(Dwelling in the Fuchun Mountains)」

Fuchun Mountains 杭州市の富陽で暮らす老母と4人の息子、その子どもたちの2年間の物語です。目まぐるしく変化していく現代中国の日常と、滔々と流れ続ける富春江という対称的な情景を下地にして(ポスターは1986年建立の龟川阁)、ありふれた家族に訪れた人生の転機を情緒豊かな映像で描いていきます。

監督はこれが長編デビュー作というグー・シャオガン(顾晓刚)。1980年代から90年代にかけて注目を集めた台湾ニューシネマを彷彿させる作風ながら、1988年生まれというまだ若い監督です。出演者のほとんどが親族や友人で舞台も生まれ故郷の富陽と聞くと私小説的な作品を想像してしまいますが、監督を思わせる人物が登場しないばかりか特に誰かにフォーカスすることもなく、満遍なく大家族の四季を追う群像劇です。

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映画の始まりは顧家の老母ユーフォン(玉兰)の誕生日会場。長男ヨウフー(有富)が経営する料理店“黄金大酒店”に4兄弟とその家族、関係者が大勢集まって祝宴が催されています。メインディッシュは漁師である次男ヨウルー(有路)が富春江で獲ってきた鱸のようです。中国らしく、宴席でビジネスから縁談までさまざまな関係が育まれています。

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しかし、宴もたけなわ、といったところで突然ユーフォンが倒れ、救急搬送されてしまいます。一命はとりとめますが、認知症が進んで介護が必要になり、4兄弟の誰かが扶養をしなくてはなりません。それぞれの生活がありますし、お金の問題もあって、誰もが腰が退けています。

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料理店経営の資金繰りで苦労しているヨウフーの妻フォンジュエン(凤娟)は、娘のグーシー(顾喜)を資産家のワンさんに嫁がせたいと思っています。しかしグーシーには、教師をしているジャン先生(江老师)という恋人がいることもあって、自分の結婚を親が決めることに大反対です。

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これは世代間の価値観相違でもあるのですが、世代差は家族構成にも現れていて、ユーフォンの息子たちが4人兄弟であるのに対し、その子どもたちはすべて一人っ子。昔ながらの大家族で育った人たちと、夫婦と子ども一人の核家族で育った人とでは自ずと考え方が異なります。その上、中国経済の発展に伴ってライフスタイルも多様化し、豊かになる人と変わらない人の経済的格差も開いています。世代間の乖離がかつてなく広がっている時代なのかも知れません。

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次男の漁師ヨウルーと妻アイン(阿英)はこれまで町なかで暮らしていましたが、その住居も再開発で取り壊しが決まり、今は船上で暮らしています。それでいながら、支払われた立ち退き料を息子ヤンヤン(阳阳)の新居に使おうとしているあたりも、時代性を象徴すると同時に世代間のライフスタイルの違いを物語るエピソードです。

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三男のヨウジン(有金)は離婚し、男手ひとつでダウン症の息子カンカン(康康)を育てている関係で常に金銭的な問題を抱えています。そして四男ヨウホン(有宏)は独身のまま気楽な生活を送りながら再開発の解体現場で働いていて、そろそろ結婚を考えるように周囲から圧力をかけられています。

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ユーフォンの認知症をきっかけに家族それぞれの問題が明らかになっていくのですが、中でも大きな問題はグーシーとジャン先生の自由恋愛、ヨウジンが治療費の工面のために手を出したイカサマ賭博の二つで、これらが物語を推し進める原動力になっていきます。

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市井の人々の日常を描いていく映画ですので、高い演技力よりもリアリティを求めたのでしょう。ヨウフー役は監督の叔父でフォンジュエン役はその妻、次男のヨウルー役は家族と付き合いのあった漁師でアイン役はその妻といった具合に、ほとんどが監督の身内で、演じている役も実生活に近いものだそうです。

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その中でプロの俳優は老母ユーフォン役のドゥー・ホンジェン(杜红军)、グーシー役のポン・ルーチー(彭璐琦)、ジャン先生役のジュアン・イー(庄一)ぐらいとのこと。確かにユーフォンの認知症の演技にも感心させられますが、やはりスゴイのはジャン先生の水泳のシーンでしょう。

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水泳のシーンというのは、グーシーとデート中のジャン先生が富春江を泳いで見せるという場面。会話の流れで川に入ったジャン先生が、おもむろに泳ぎ始めるのですが、川岸を歩いて行くグーシーと川を泳いでいくジャン先生をボート上のカメラでずっと追い続けます。プロの俳優とはいえ、10分近くのワンカットを演じるのは大変でしょうし、このような難しいシーンを撮ろうとした監督にも驚かされます。おかげで富春江の雄大さと、富春江の傍らでの暮らしを瞬時に感じさせてくれます。

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映画の着想源は元朝末期の水墨画家・黄公望が当地を描いた「富春山居図」だそうで、この横移動の長回しは山水画の印象をそのまま反映させたものなのでしょう。

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その風流な情景に2022年アジア大会を控えた街の変貌を重ね合わせ、中国のダイナミズムを独特の感性で映像に落とし込んだグー・シャオガン監督、次作に注目ですね。本作は3部作の第一部で、既に第二部の「銭塘茶人」の製作が決定しているようです。

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春江水暖

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2021年2月15日 (月)

映画「ディエゴ・マラドーナ 二つの顔(Diego Maradona)」

Diego Maradona タイトルそのまま、ディエゴ・マラドーナ(Diego Maradona)の軌跡を追うドキュメンタリー作品です。本作は昨年のカンヌ映画祭でプレミア上映されていますので、マラドーナが死去した昨年11月25日より前に披露されていた映画ということになります。

二つの顔というのは、サッカー好きで愛嬌あふれる私生活のディエゴと、マスコミの寵児として世間の期待に応え続ける外向きのマラドーナの二つの人格があるという、この映画で繰り返し語られる説。その考えをベースに、ディエゴ・マラドーナの光と陰を入れ子にしながら、サッカー界のレジェンドの人生を包括的に描いていきます。

監督は「AMY エイミー」でアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞したインド系英国人のアシフ・カパディア(Asif Kapadia)。本作も前作と同じく、スキャンダラスな面を強調されがちだった有名人の真の姿を伝ようとする姿勢に好感が持てます。

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プロデューサーを務めたポール・マーティン(Paul Martin)は、2015年にクリスティアーノ・ロナウド、2018年にスティーヴン・ジェラードを扱ったドキュメンタリー作品を手がけており、その関係でマラドーナの大量の記録映像がお蔵入りしていることを知った彼がカパディア監督に連絡して始まったプロジェクトだそうです。後者ジェラードの作品を監督したサム・ブレア(Sam Blair)は1986年のワールドカップをテーマにした「Maradona '86」という作品を撮っていますので、おそらくそこからの情報でしょう。

件の記録映像はマラドーナの最初のエージェントであるホルヘ・シーテルスピレル(Jorge Cyterszpiler)の依頼でアルゼンチン人カメラマンが撮ったもので、何百時間分もの映像が残されていたそうです。またマラドーナの元妻であるクラウディア・ビジャファーネ(Claudia Villafane)の自宅からは30年以上手つかずだったプライベート映像が見つかり、そのおかげで私生活もふんだんに盛り込めたとのこと。おかげで公私二つの顔をバランス良く見せてくれます。

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ブエノスアイレス郊外ビージャ・フィオリト(Villa Fiorito)の貧しい家庭で育ったディエゴは、9歳のときにスカウトされてAAアルヘンティノス・ジュニアーズの下部組織ロス・セボリータス(小玉葱)に加入し、15歳でトップチームに昇格。その際にクラブからアパートを与えられ、家族で引っ越して以来、両親と4人の姉、弟たちの生活を支えてきたそうです。

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ボカ・ジュニオルスを経てFCバルセロナに移籍しますが、怪我や病気であまり活躍できず、幹部との関係悪化もあって1年あまりで退団してSSCナポリに移ります。当時、SSCナポリはセリエBへの降格の危機に瀕していましたが、史上最高額でマラドーナを獲得したことが奏功して84-85シーズンは8位、85-86シーズンは3位とみるみるランクを上げ、86-87シーズンはクラブ史上初のセリエA優勝とコッパ・イタリア優勝の2冠に輝きます。

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1984年7月5日にスタディオ・サン・パオロで行われた入団会見には7万人のサポーターが駆けつけたそうで、映像からもナポリっ子たちの熱気が伝わってきます。同時に、その会見でカモッラ(当地のマフィア)について質問をした記者をクラブ会長コッラード・フェルライーノ(Corrado Ferlaino)が追い出そうとするナマナマしい映像も使われていて、もう一つの顔が作られていく過程もしっかり見せてくれます。

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この映画を観て思ったことは二つ。

一つは、やんちゃなイメージの強いマラドーナですが、印象とは異なり、常に地道な努力を続けていたということ。パーソナルトレーナーをつけて日夜トレーニングに励んだだけでなく、コカインにはまっていた時期でさえ、日曜晩の試合後からドラッグを使い、木曜からはドラッグを体から抜いて次の日曜に備えるという暮らしをしていたそうです。

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もう一つは、運命を引き寄せる大きなパワーがあったということ。神と呼ばれるだけのことはあります。上で記したSSCナポリの大躍進は、運命というより能力によるものが大きかったかも知れませんが、低迷しながらも熱狂的なファンを抱えたチームに入団したことや、チームメイトに恵まれたことなど、彼の功績をドラマチックに演出する下地ができていたという点で幸運だったといえるでしょう。

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また、86年メキシコW杯の準々決勝イングランド戦は、マラドーナの“神の手”で有名ですが、これはフォークランド紛争(Guerra de las Malvinas)敗戦の雪辱を果たしたという意味でアルゼンチン人にとって大きな価値をもつ勝利だったそうです。その注目の試合で、ハンドを見逃されてゴール判定になった“神の手”で1点目を獲り、その4分後にハーフウェーラインからドリブルで60m駆け上がる“5人抜き”で2ゴール目を決めるという快挙を成し遂げているわけですから伝説にもなるわけです。

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そして88-89シーズンのUEFAカップ。ホームスタジアムであるスタディオ・サン・パオロ(Stadio San Paolo)で優勝を決めたこともそうですが、その際、ナポリ出身のディフェンダー、チロ・フェラーラ(Ciro Ferrara)のゴールをアシストして観客を熱狂させたことも強運としかいいようがありません。

しかし90年イタリアW杯では、準決勝のイタリア・アルゼンチン戦がナポリで行われるという、偶然というには出来すぎの展開になります。マラドーナがナポリっ子たちにアルゼンチンを応援するように呼びかけたことがイタリア国内で非難され、試合がPK戦にもつれこんだ末にマラドーナのキックでアルゼンチンが勝利したこともあって、他の地域からの風当たりが強くなっていきます。その年に2度目のセリエA優勝を果たしているのですが、イタリアの南北摩擦が激化し、マラドーナの栄光に影が差し始めたという意味で大きな運命の変わり目といえるでしょう。

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イタリアの南北摩擦というのは、工業化が進んだイタリア北部と一次産業中心のイタリア南部の経済格差に起因する軋轢のこと。マラドーナがSSCナポリに入団した当初の映像では、北部の名門ACミランやインテルのサポーターたちから“イタリアの恥”とか“ナポリは下水”とか“風呂に入れ”といった汚い野次を飛ばされていて見ている側は唖然としますが、労働者階級出身のマラドーナにとっては一つのバネになったようで、ピッチ上での活躍に加え、貧しい側の気持ちのわかる男としてナポリっ子たちの心を鷲づかみしていくことになります。

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運命に翻弄され、毀誉褒貶にさらされながらも、サッカーに対する熱意だけは失わなかったスーパースター、マラドーナ。その光と影を描くと同時に、彼が生きた時代の意識や文化など見えにくかった部分も丁寧に掘り起こしている良質のドキュメンタリーだと思います。一見の価値ありです。

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ディエゴ・マラドーナ 二つの顔Diego Maradonafacebook

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2021年2月 8日 (月)

映画「天空の結婚式(Puoi baciare lo sposo)」

LoSposoベタすぎるほど型通りなロマンティック・コメディです。百千のロマ・コメとちょっと違うのは、男性同士のラブストーリーであること。といってもこれは今や珍しくないかも知れませんが、もうひとつの大きな違いが、イタリアの名勝チヴィタ・ディ・バニョレージョ(Civita di Bagnoregio)で撮影していることで、この町の風景を堪能できるだけでも一見の価値ありです。

映画の原題を直訳するとYou can kiss the groom(新郎にキスして)ですが、原作はオフブロードウェイで人気を集めた舞台劇「My Big Gay Italian Wedding」だそうで、ゲイカップルがイタリアの旧来の価値観と折り合いをつけて結婚に漕ぎ着けるまでのドタバタを描いていく物語です。ちなみに原作の舞台劇は人気があるようで「My Big Gay Italian Funeral」「My Big Gay Italian Midlife Crisis」「My Big Gay Italian Christmas」といった続編も作られています。中年の危機やクリスマスは良いとしても、葬式というのは一体どんなお話なのでしょうか。

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それはさておき、映画はベルリンの街からスタート。役者仲間のイタリア人、アントニオとパオロは金持ちの友人ベネデッタの部屋でルームシェアして暮らしています。ある日、アントニオがパオロに結婚を申し込むのですが、まず家族にカミングアウトすべきだというパオロに押し切られ、アントニオが復活祭で帰郷する際、パオロも同行して両親に伝えることになります。とはいえ、ひとことで言うほど簡単な話ではなく、押し切った側のパオロは母親に告げて以来、ずっと疎遠になったままです。

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そこにドナートという中年男性が訪ねてきます。ベネデッタがルームシェアの募集をしていてそれに応えてきたわけですが、女装癖があることを家族に知られて見捨てられたという元バス運転手。彼を留守居にしてイタリアに向かおうとすると、精神的な問題を抱えている、一人にしないでくれと懇願され、結局、アントニオは、パオロ、ベネデッタ、ドナートの3人を伴って故郷のチヴィタに帰ることになります。

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チヴィタというのは、バニョレージョ(Bagnoregio)の中心地から2Kmほど離れた台地の上にあり、周縁部が崩落しつつあることから、作家のボナベンチュラ・テッキ(Bonaventura Tecchi)が死にゆく町(La città che muore)と呼んだという古い集落。手前の駐車場に車を停め、300mほどの橋を渡って町に入ります。google mapで見るとこんな感じで、旅好きなら絶対に訪れてみたい場所ですよね。

アントニオの母親アンナがチヴィタ出身で、父親ロベルトは結婚してから当地に来たようですが、今や町長を務める地元の名士です。議会でのやりとりを見ていると、ロベルトは移民の受け入れ、観光客の誘致を推進する現代的でオープンな町長のようです。

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しかしそんなロベルトも、アントニオからパオロとの結婚を告げられると、ゲイの結婚など受け入れられないと一気に態度を硬化させます。おまけにミュージカルも嫌っているのですが、このことは映画の後半で効いてくる、ちょっとした仕掛けにもなっています。

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一方、母親のアンナは前向きです。有名ウェディングプランナーのエンツォ・ミッチョ(Enzo Miccio)を雇って披露宴を開こうと、早速準備にとりかかります。ただし結婚には条件があって、みんなに祝福されること、つまりパオロの母親も結婚式に参列するように約束させられます。

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修道士のフランチェスコもこの結婚に前向きで、権限がないにもかかわらず自ら挙式を執り行いたいと申し出ます。ロベルトは妻のアンナから、結婚を認めないなら家から出て行きなさいと言われ、友人のフランチェスコから、リベラルな考え方が支持されて町長に選ばれているのだからこの結婚も認めるようにと説得されることになります。

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力強い味方を得た二人に残された問題はパオロの母親を参列させること。パオロはアントニオ、ベネデッタ、ドナートの3人と一緒にナポリの実家に行って母親と会うのですが、けんもほろろにあしらわれ、こうなったらドナートが女装して母親の代役を務めるしかないという突飛なアイデアが出てくるところまで追い詰められてしまいます。その上、チヴィタに戻ったら、アントニオの昔のガールフレンドで、いまだ諦めていないカミラが横やりを入れてきて、これまた厄介です。果たして二人は大団円を迎えられるのでしょうか。

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好青年アントニオを演じたのはTVで活躍中のクリスティアーノ・カッカモ(Cristiano Caccamo)、パオロを演じたのは「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」に出ていたというサルバトーレ・エスポジト(Salvatore Esposito)、ベネデッタ役はディアナ・デル・ブーファロ(Diana Del Bufalo)、ドナート役はディーノ・アッブレーシャ(Dino Abbrescia)。

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4人ともあまり有名ではありませんが、 ソプラノ歌手の娘でもあるディアナ・デル・ブーファロは歌手としても活動していて(→YouTubeチャンネル)、そのキャリアがさまざまな場面で活かされています。特にクライマックスで歌われる"Don't Leave Me This Way"は歌詞の内容もミュージカル仕立ての演出も本作のエンディングを飾るに相応しい一曲。彼女の歌唱力で気持ちよいほど盛り上がります。

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その他、父親ロベルト役のディエゴ・アバタントゥオーノ(Diego Abatantuono)、母親アンナ役のモニカ・グェリトーレ(Monica Guerritore)などイタリアのベテラン俳優が出演している他、有名ウェデングプランナーのエンツォ・ミッチョが本人役で出ています。

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天空の結婚式

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2021年2月 1日 (月)

映画「どん底作家の人生に幸あれ!(The Personal History of David Copperfield)」

David Copperfield ディケンズの自伝的小説「デイヴィッド・コパフィールド」の映画化作品です。

ディケンズといえば日本でいえば漱石のような国民的作家ですから、誰もが知っている名作をどう料理するかがポイントになるわけですが、本作では主人公のデイヴィッドをインド系のデブ・パテル(Dev Patel)、弁護士のウィックフィールド氏を中華系のベネディクト・ウォン(Benedict Wong)、その娘アグネスをアフリカ系のロザリンド・エリーザー(Rosalind Eleazar)が演じると言った具合に人種を超越した配役にしたところが斬新です。カラーブラインド・キャスティングというそうですが、ヴィクトリア時代を背景にした物語と特に違和感なく馴染んでいるあたりがこの映画の面白さの一つです。

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他にも、デイヴィッドの母クララと、デイヴィッドが一目惚れするスペンサー家の娘ドーラという二人の世間知らずのお嬢さんをモーフィッド・クラーク(Morfydd Clark)が一人二役で演じていて、全体的にキャスティングの妙を感じさせる作品だと思います。

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原作小説は陰鬱なイメージですが、映画はデブ・パテルの個性もあってとても明るい雰囲気で展開します。監督を務めたのはアーマンド・イアヌッチ(Armando Iannucci)で、前作「スターリンの葬送狂騒曲」と同じく、コメディなのかシリアスなドラマなのか判然とさせないところがこの監督の持ち味なのでしょう。邦題はそういった感覚を汲み取ろうと悪ノリしてスベりまくっていますが、原題は"デイヴィッド・コパフィールドの個人史"という感じで、真面目さがかえって可笑しいタイトルになっています。

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映画のスタートはデイヴィッド・コパフィールドが誕生し、女の子が生まれると信じていた大伯母ベッツィが落胆する場面から。その後、しばらくの間は母クララと乳母ペゴティーの愛情に包まれて育ちますが、クララがマードストンと再婚したことで一転して苦難の道を歩むことになります。

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ロンドンの瓶詰め工場の下働きに出され、経済的に奈落に突き落とされたデイヴィッドの下宿先がミスター・ミコーバの家。ディケンズの実父ジョンをモデルにしたといわれるミコーバは程なく債務者監獄に収監されることになりますが、これまた演じているピーター・カパルディ(Peter Capaldi)のおかげか終始一貫して底抜けに陽気です。

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彼や凧揚げ好きなミスター・ディックを頻繁に登場させることで、人生の浮き沈みを描いていくこの物語の暗い部分を薄めているのでしょう。

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ミコーバの一家と別れたデイヴィッドが辿り付くのがドーヴァーにあるベッツィの邸宅。裕福な大伯母の元でまた豊かな生活に戻り、書くことについてミスター・ディックと意気投合したり、カンタベリーの学校に通ったり、まともな人生を送り始めます。

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このベッツィ・トロットウッドを演じているのがティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)、ミスター・ディックを演じているのがヒュー・ローリー(Hugh Laurie)という豪華なキャスティングも見どころの一つです。

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ロンドン、ドーヴァー、カンタベリーの他に重要な舞台となるのが、乳母ペゴティーの実家があるヤーマス(Great Yarmouth)です。デイヴィッドは幼い頃、ニシン漁で知られるこの港で過ごしたことがあり、人生の幸せな側の思い出として大切にしています。

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成長した後、学友のスティアフォースと共にペゴティー家を再訪したことである種の悲劇を巻き起こしてしまうのですが、その一端となるミスター・ペゴティーの姪エミリーは、この物語の軸である階級社会を象徴する人物の一人です。

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そしてもう一人の階級社会の象徴がユーライア・ヒープ。鬱屈した精神で一発逆転、下克上を狙う姑息な人物ですが、演じているベン・ウィショー(Ben Whishaw)の醸し出す雰囲気がいかにも粘着質で不気味です。ダレン・ボイド(Darren Boyd)が演じた継父エドワード・マードストン、グェンドリン・クリスティー(Gwendoline Christie)が演じたジェーンの意地悪なマードストン姉弟と共にこの物語に緩急をつける悪役を担います。

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こういった実力派の役者を揃え、原作を適度にアレンジした物語が小気味よく展開します。国民的な人気を誇る大河小説を現代的な軽い味わいに仕上げたことで、誰もが楽しめる作品になっていると思います。小説を読んだ方にも読んでない方にもお勧めです。

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公式サイト
どん底作家の人生に幸あれ!The Personal History of David Copperfield

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2021年1月26日 (火)

映画「聖なる犯罪者(Boze Cialo)」

Boze Cialo 少年院を仮出所した青年が、田舎の教会で新任の司祭と勘違いされ、司祭のフリをしているうちに村人の心を掴んでいってしまうという物語です。

実話にインスパイアされた設定だそうですが、ヤン・コマサ(Jan Komasa)監督いわく“ポーランドでは聖職者になりすます事件は日常茶飯事”とのことで、特定の事件に由来するものではないとのこと。昨年のアカデミー賞の国際長編映画賞にポーランド代表として出品され、「パラサイト」「レ・ミゼラブル」「ペイン・アンド・グローリー」などと共にノミネートされただけあって、物語の仕掛けといい、役者の演技といい、とてもレベルの高い作品です。

主人公のダニエルは殺人罪で少年院に入れられている20歳の青年。院内でのふるまいを見る限り、更生しているか怪しいところですが、宗教には何か感じるものがあるようで、担当の神父トマシュからは信頼を得ているようです。

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同じ院内には彼に恨みを抱いているボーヌスという青年がいて、映画の冒頭でトラブルになりますが、どうやらダニエルに弟を殺されたらしいということが後々明らかになります。共に血気盛んで暴力的という少年院内らしい構図です。

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彼との抗争が始まるかと思いきや、ダニエルはその直後に仮出所になります。その晩は不良少年らしくクラブで酒色にふけって憂さ晴らしをしますが、製材所で実習を行うことになっていますので、すぐに遠方の田舎に向かいます。その際、バス内でタバコを吸って他の乗客から咎められるのですが、この乗客は後でもう一度登場しますので顔を覚えておいた方が良いでしょう。

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製材所をやり過ごして近くの教会に入り、マルタという少女と知り合います。この村に来る若者の多くは少年院から製材所に送り込まれる人のようで、マルタは当然のように"製材所に来たの?"と訊ねますが、ダニエルはなぜか“自分は神父だ”と答え、怪訝な顔をするマルタにバッグからキャソックを出して見せます。これは前夜のクラブでもコスプレ的に着て見せていたものですが、なぜ彼が司祭の服を持っているのかは特に説明されません。

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それを見て新任の神父と思い込んだマルタが、教会の世話をしている母リディアに取り次ぎ、現任の神父ヴォイチェフと会うことになります。さすがにマズいと思ったのか、ダニエルは部屋から逃げだそうとするのですが、窓が開かず、結局、トマシュと名乗って新任の神父のふりをし続けることに。

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さらに間の悪いことに、実はヴォイチェフはアル中で、教会をダニエルに託して隣町に治療を受けに行ってしまいます。少年院でミサの手伝いをした程度ですからほとんど知識もありません。スマホで一夜漬けして何とかごまかした気分になりますが、村人たちは不審げです。

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村の辻にある小さな祭壇を見たダニエルは、少し前に村人7人が亡くなる事故があったことを知ります。しかし飾られている写真は6人。残りの1人はスワヴェクというトラック運転手で、彼が飲酒運転をして若者たちの自動車と衝突し、6人の命を奪ったのだと聞かされます。村人たちの反対で、スワヴェクは町の墓地に埋葬されず、いまだ遺骨が未亡人エヴァの元にあるとのこと。彼女は孤立して家に閉じこもっていて、ミサにも来ていません。

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なぜかこの件がダニエルの心を捉え、傷ついた村人たちの心を癒し、エヴァとの宥和を図るべく行動し始めます。宗教というより一種のカルトですが、彼の情熱に突き動かされる形で村人たちがダニエルを受け入れていきます。とはいえ村人全員が彼に賛同するわけではありませんし、村長であり、製材所のオーナーでもある地域の有力者、バルケビッチからも“済んだことを蒸し返すな”と圧力をかけられます。

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それにもかかわらず、事故の真相に関する情報を犠牲者の妹であるマルタから明かされたダニエルは、スワヴェクの埋葬を村人に説得しようと心に決めます。そのタイミングが本作の原題である“聖体の祝日”(5月の終わりから6月に行われる移動祝祭日)で、これが偽神父ダニエル(トマシュと名乗っていますが)のひとつのゴールになります。

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しかし、少年院帰りの不良少年ダニエルのゴールはその先にあります。バルケビッチを跪かせるだけでなく、その他にもケリを付けなくてはいけないことがあるのです。それまでダニエルのウソがいつ見破られるかハラハラして見ていた観客は、エンディングに向けて別の次元の緊張感に引き込まれていくことになります。

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もちろん本作の最大の見どころはダニエル役のバルトシュ・ビィエレニア(Bartosz Bielenia)の表情と演技。不良少年の役を演じながら、その不良少年が演じる神父の役も演じなければならないわけで、二重の演技が必要になりますが、それを非常にバランス良くこなしていると思いました。

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そしてマルタ役のエリザ・リチェムブル(Eliza Rycembel)。彼女と母親リディアの関係、亡き兄とのやりとりが、バルトシュ・ビィエレニアの一人芝居のような展開に緩急をつけ、物語にふくらみをもたせています。

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ロケ地はポーランド南部、スロバキアにほど近いヤシリスカ(Jasliska)だそうですが、ひなびた村の風情も良い感じです。google mapで検索してみたら、映画そのままの景色が広がっていました。

公式サイト
聖なる犯罪者Corpus Christi

[仕入れ担当]

2021年1月25日 (月)

映画「スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち(Stuntwomen: The Untold Hollywood Story)」

stuntwomen 先週に続いてドキュメンタリー映画のご紹介です。スタントというとアクション映画、アクション映画というとブロックバスター系ですが、どちらかというとスタント技術よりも“女性と仕事”にフォーカスした作品ですので、私のようにその手の映画をあまり観ていない方でも十分に楽しめると思います。

スタントの現役世代が大先輩にインタビューする形式で進みます。

その昔は男性スタントが女装して挑んでいた危険なシーンを女性が演じるようになるまでの経緯と当事者たちの努力が紹介されていくのですが、かなり昔から女性スタントが活躍していたこと、彼女たちがまさに体をはって演じていたことに驚かされます。

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1976年からTV放映されたオリジナル版「チャーリーズ・エンジェル」でケイト・ジャクソンやタニア・ロバーツのスタントダブルを務めたジーニー・エッパー(Jeannie Epper)は1941年生まれ。「ワンダーウーマン」のジュール・アン・ジョンソン(Julie Ann Johnson)は1939年生まれで、「ブルース・ブラザース」などの仕事をした黒人女性ジェイディ・デイビッド(Jadie David)もデビューが1972年だそうですので、この方々が女性スタントの活躍の場を拡げていった第一世代ということになります。

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そして1958年生まれのデビー・エヴァンス(Debbie Evans)。1978年のスタント競技会で、並み居る男性参加者を押しのけてカースタント部門と乗馬部門で1位、バイクスタント部門で2位の栄冠に輝き、女性スタントに対する業界の見方を一変させます。女性スタントが男性スタントより技術的に劣ることはないと身をもって示したわけで、全体として勇気づけられるエピソードが多い本作の中でも彼女の語りには心躍らされます。

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女性スタントの今後の姿として登場するのがメリッサ・スタッブス(Melissa Stubbs)で、スタントとして200以上の作品への出演を誇る彼女は、近年、スタントコーディネーターやアクション監督として活躍の場を拡げているそうです。ちなみに年齢は1970年生まれの51歳。上の世代がパフォーマーとしての拓いた道の先に、彼女たちが制作者としての道筋をつけていると言えるでしょう。

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姉妹で出演していたのはハイディ・マニーメイカー(Heidi Moneymaker)とレネー・マニーメイカー(Renae Moneymaker)の二人。レネーはこのブログでも「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」でマーゴット・ロビーのスタントとして紹介しましたが、彼女のinstagramを見ると(→こちら)ぱっと見は似ていても腹筋が違いますね。そのとき彼女が演じたアクションシーンはYoutube(→こちら)で視聴できます。

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この映画、驚くようなスタント技術も見せてくれるのですが、何よりそれを演じる生身の人間の生き方が感動的です。飄々とユーモラスなジーニー・エッパーが感傷的になったり、ジェイディ・デイビッドが女性としてだけでなく黒人としても主張を続けていたり、先駆者たちの語りから滲み出すものに気持ちを揺さぶられます。女性スタントの黎明期の証言を記録したという点でも貴重な映画だと思います。

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監督を務めたエイプリル・ライト(April Wright)はほぼ無名ですが、出演者の1人でもあるミシェル・ロドリゲス(Michelle Rodriguez)が製作総指揮として参加しています。

公式サイト
スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち

[仕入れ担当]

2021年1月18日 (月)

映画「ヘルムート・ニュートンと12人の女たち(Helmut Newton: The Bad and the Beautiful )」

HelmutNewton00.jpg 稀代のお騒がせ写真家の生涯と仕事を、関係者たちのインタビューで綴っていくドキュメンタリー映画です。

私も本作の証言者の一人であるスーザン・ソンタグ(Susan Sontag)と同じく、ヘルムート・ニュートンの作品に女性蔑視ではないかという印象を持っていましたので、この映画はスルーしようと思っていたのですが、たまたまタイミングが合い、観に行けて幸いでした。とても面白いインタビュー集です。

よく言えば独創的で衝撃的、悪く言えばセクシズムやミソジニーを感じさせる作品を撮ってきた写真家ですので、原題が示唆するとおり、インタビューの論点もそのあたりが軸になっています。つまり被写体である女性として、どう感じてどう考えたかということ。

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なかにはスーザン・ソンタグのように批評家としての視点から意見を述べている人もいますし、アナ・ウィンター(Anna Wintour)のように発注者としての経験を語っている人もいますが、ほとんどのインタビュイーは作品のモデルになった女性たちですので、仮にヘルムート・ニュートンが差別的な表現者だとすればその犠牲者ということになります。

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その観点からいえば、彼の撮影スタイルに不快感を表明した人はいませんでした。もちろんこういう映画ですから、ヘルムート・ニュートンの人間性を否定するような意見は採り上げられなかったのかも知れませんが、映画全体を通して描かれる彼のチャーミングで愛嬌ある人柄から、それも納得させられてしまう感じです。

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あのアナ・ウィンターでさえ、ヘルムート・ニュートンと最初に仕事をしたときは、自分は現場に行かず、他の人に任せたと言っていましたので、彼にはモデルになる人たちを怖じ気づかせるようなパブリックイメージがあるのでしょう。しかし実際に会って撮影が始まってしまえば、一緒に作品を創り上げていこうと思わせる何か、強い人間的魅力があったようです。

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その鍵になるのがデビューまでの経歴です。ボタン工場を営むユダヤ人の息子として1920年にベルリンで生まれた彼は、ナチズムに染まっていくドイツで成長期を過ごすことになります。彼が最初に影響を受けたのがレニ・リーフェンシュタール(Leni Riefenstahl)の作風。バレリーナ出身の女優だった彼女は、ナチスがアーリア民族の優位性を示す作品を求めたこともあって、被写体の肉体美の表現に注力し、その感覚と志向性がヘルムート・ニュートンの作品作りに引き継がれています。

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そして彼が弟子入りした女性写真家イヴァ(Yva)。商業的なファッション写真家の先駆者であった彼女のもとで、1936年からスタジオが閉鎖される1938年までアシスタントを務め、その経験がファッション誌の仕事に踏み出すきっかけになっています。

とはいえ、時代が時代ですので多難です。ヘルムート・ニュートンはパスポート取得年齢の18歳になってすぐドイツから逃げ出すのですが、イヴァ(本名はElse Ernestine Neuländer-Simon)は夫の意向で現地に残り、病院のX線技師として働いたことが災いして強制収容所で最期を迎えることになります。

いずれにしても、彼の写真に影響を与えた二人のアーティストが共に女性であることは、後年の作品に対する評価を考えると非常に興味深いことです。またイヴァが、ファッション写真やポートレートの他にヌード写真を発表していたことや、多重露光による実験的な作品作りをしていたことも注目に値するでしょう。

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ベルリンから逃れたヘルムート・ニュートンはイタリアのトリエステ港からSSコンテロッソ号に乗り込んで北京に向かいます。しかし、シンガポールで下船することになり、一時的にストレーツ・タイムズのカメラマンの職を得ますが、本人いわく2週間でクビになり、その後、英国当局によってオーストラリアに送られます。

戦後、メルボルンで写真スタジオを開業し、女優のジューン・ブラウン(June Browne)と出会って結婚したことが転機になります。ロンドンに渡り、British Vogueを皮切りにフランスやドイツの雑誌で仕事をして、それを足がかりに評判を高めていくのです。つまりヘルムート・ニュートンの基盤は、影響を与えた二人の女性アーティストと妻ジューン(後にAlice Springs名義で写真を発表しますが)によって築かれたもの。被写体が女性ばかりだったことを含め、あらゆる意味で女性に支えられた写真家と言えるでしょう。

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マリアンヌ・フェイスフル(Marianne Faithfull)は彼のことを“ワイマール時代の芸術家”と評していましたが、退廃的という意味ではシャーロット・ランプリング(Charlotte Rampling)をホテル・ノールピニュ(Nord-Pinus Arles)で撮った作品が筆頭にあげられるでしょう。シャーロット・ランプリング自身も“この撮影を通じて自分のイメージを創り出すことを覚えた、映画「愛の嵐」の直後でタイミングも良かった、私の写真の中で最高傑作だ”と語っています。

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グレイス・ジョーンズ(Grace Jones)やハンナ・シグラ(Hanna Schygulla)も饒舌に語っていましたが、最も示唆に富んだ話をしていたのはイザベラ・ロッセリーニ(Isabella Rossellini)だと思います。

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彼女はヘルムート・ニュートンの作風をマッチョだと認めながら、それは“女性に惹かれながら、弱みを握られて腹を立てている男性文化を暴くもの”だと喝破し、彼の人物像と彼の作品をきれいにつなぎ合わせます。

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本作の監督を務めたのは1954年ハノーファー生まれのドイツ人、ゲロ・フォン・べーム(Gero von Boehm)。数多くのドキュメンタリーを撮ってきた人だそうです。音楽の使い方もそれらしく、時折はさみ込まれる"Libertango"を何も気にせず聞き流していたのですが、ザ・キュアーの"Pictures Of You"がかかった時点で、ヘルムート・ニュートンの人生や作品作りに絡めた選曲をしていたのだと気付きました。スティーヴ・ハーレイ(Steve Harley)の“Make Me Smile: Come Up and See Me”も、きっと同じ観点で選んだ曲なのでしょう。

公式サイト
ヘルムート・ニュートンと12人の女たち

[仕入れ担当]

2021年1月12日 (火)

眠り展:アートと生きること 東京国立近代美術館

日本のナショナルミュージアムによる合同展です。2010年の「陰影礼讃」、2015年の「NO MUSEUM, NO LIFE?これからの美術館事典」(→ご紹介ブログ)に続く第3弾となる今回は〝眠り〟がテーマ。時代やジャンル、地域などの垣根を越えて選ばれたアーティスト33名による作品120点あまりが一堂に会します。

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7つの章に分けられた会場で、ゴヤの版画を皮切りに〝眠り〟にかかわる作品の数々が紹介されます。

日本各地の海や湖に入り、波間に揺られながらシャッターを切った楢橋朝子氏の写真《half awake and half asleep in the water》シリーズは、心地よく水面に浮かんでいるようで、沈んでいくような感覚もあり、生死の境界を暗示しています。三島由紀夫の演説をモチーフにした森村泰昌氏のビデオ《なにものかへのレクイエム》は、政治に無関心で目を閉じた人々への批判をパロディで表現。

会場内は、寝室のカーテンを思わせる布やグラフィックデザインがあしらわれていて〝眠り〟の世界に引き込まれていきます。

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展示会場の雰囲気が楽しめる3DVR(→こちら)には本展のメインビジュアルや会場構成、製作に関わった方々のインタビューも収録されていて必見です。

本展の前に開催されていた「ピーター・ドイグ展」(→ご紹介ブログ)で使われた壁が本会場でも活用されていることや、眠りと目覚めのあいだで揺れ動くさまを表現したタイポグラフィについてなど、なかなか聞くことのできない裏話やアイデアが語られています。

眠り展:アートと生きること
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/sleeping/#section1-1
2021年2月23日(火・祝)まで

[店長]

2021年1月11日 (月)

映画「ブレスレス(Koirat eivät käytä housuja)」

Hundar har inte byxorハンガリー映画に続く新年のご紹介2作目はフィンランド映画です。

フィンランド映画というと、これまでアキ・カウリスマキ監督の「ル・アーヴルの靴みがき」「希望のかなた」や、ユホ・クオスマネン監督の「オリ・マキの人生で最も幸せな日」といった、ちょっとトボけた味のヒューマンドラマばかり取り上げてきましたが、本作はこれらとは趣向が異なる内容も色調もダークな作品。問題を抱えた一人の男性が、SMを通じて人間性を回復していくという奇妙な物語です。

SMをテーマにしていますが、性の深淵を覗くような作品ではありませんのでエロティックな描写は僅かです。ポイントとなるのはSMプレイを通じて与えられる苦痛で、肉体的な苦痛によってのみ、精神的な苦痛から逃れられることを発見した主人公が、どんどん深みに入っていくというお話。痛みの描写が鮮烈ですので、その手の映像に弱い方は要注意です。

映画の始まりは湖畔の別荘とおぼしき一軒家。主人公のユハが妻と娘と一緒に休暇を楽しんでいた際、妻が溺死するという悲劇に見舞われます。この部分は記憶の中の出来事という扱いなのか、ややピンボケ気味に描かれるのですが、この夢の中のようなボケた映像は主人公の心象風景として繰り返し登場します。

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それから数年後、彼は心臓外科医として忙しく働いていますが、相変わらず妻への愛着、妻を救えなかったという心の呵責があるようで、行動の隅々にそれが現れます。とはいえ、思春期を迎えた一人娘のエリに対しては、理解あるシングルファーザーであろうと懸命で、エリが舌にピアスしたいと言ったときも小言など言わずピアススタジオまで付き添っていきます(未成年は親の承諾が要るのかも知れませんが)。

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エリがピアッシングしている間、スタジオから出てSMクラブに迷い込んでしまったユハ。ドミナトリクス(女王様役)のモナから客と勘違いされ、首を絞められてしまうのですが、窒息していく苦しみの中で湖底の妻の幻影を見ます。そうしてこの誤解から生じた出来事が得がたい経験となってしまうのです。

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エリは学校の軽音楽活動に参加していて、発表会が間近です。迎えにきたユハにサトゥ先生を紹介するのですが、それは単に担当教員を紹介したかったわけではなく、いまだ悲劇の記憶から離れられないユハに新たな関係を築いて欲しいというエリの気遣いのようです。

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それにもかかわらず、どんどん窒息プレイにのめりこんでいくユハ。原題や英題(Dogs Don't Wear Pants)に使われている“犬はパンツをはかない”はプレイの際にモナが言うセリフで、行為そのものは異様としか言い様がありませんが、ユハの内面にはこの世のものとは思えない美しい光景が広がっていて、そのギャップの描き方が絶妙です。

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単なる良い客だったのか、何か通じ合うものがあったのか、モナはユハの要求に応えてプレイを過激化させていきます。そしてエリの発表会の当日、当然の帰結と言うべき事故が起こってしまいます。発表会の演奏曲がビーチボーイズの“Then I Kissed Her”というあたりもこの映画らしい選曲ですね。

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拘束具を着けた状態で救急搬送されたユハ。一命はとりとめたものの、社会的信用は揺らぎ、復帰の前提として精神鑑定を受けるように指示されます。一時は考えを改めてサトゥ先生とデートしてみたりしますが、やはり満たされないものがあるようで、結局はモナと彼女から与えられる苦痛への執着から離れられません。

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要するに一種のサイコパスなのでしょう。妻への執着もモナへの執着も見た目が違うだけで同質です。これまでは妻の悲劇が言い訳になり、社会的信用が隠れ蓑になって表面化し難かったユハの本質がモナによって明確化されただけなのですが、それに気付いた彼が、エリに対する責任や心臓外科医としての職務といかにバランスとっていくか模索していきます。若干グロテスクな場面もありますが、ユニークな着地点を見出しますので、ハッピーエンディングと言えるのではないでしょうか。

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監督は1977年生まれのユッカ=ペッカ・バルケアパー(Jukka-Pekka Valkeapää)。ヘルシンキ芸術デザイン大学(Taideteollinen korkeakoulu)の卒業制作「Muukalainen」がフィンランド版アカデミー賞であるユッシ賞にノミネートされてデビューを飾り、本作ではユッシ賞4部門に輝く快挙を果たしたそうです。

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ユハ役のペッカ・ストラング(Pekka Strang)は映画「トム・オブ・フィンランド」の主演で注目されたフィンランドの中堅俳優、モナ役のクリスタ・コソネン(Krista Kosonen)は「ブレードランナー 2049」で娼婦役(マリエットではない方)を演じていたフィンランド女優だそう。

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エリを演じたイローナ・ウフタ(Ilona Huhta)はフィンランドはタンペレ出身の撮影当時16歳。あまり出番はありませんでしたが、サトゥ先生役は「オリ・マキの人生で最も幸せな日」で妻となるライヤを演じていたオーナ・アイロラ(Oona Airola)で、本作でも陽気で人の好さそうな役柄を演じています。

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